1782年
| 千年紀: | 2千年紀 |
|---|---|
| 世紀: | 17世紀 - 18世紀 - 19世紀 |
| 十年紀: | 1760年代 1770年代 1780年代 1790年代 1800年代 |
| 年: | 1779年 1780年 1781年 1782年 1783年 1784年 1785年 |
1782年(1782 ねん)は、西暦(グレゴリオ暦)による、火曜日から始まる平年。
他の紀年法
カレンダー
できごと
- 3月27日 - イギリスで、前年のヨークタウンの戦いでの敗北を受けて対米強硬派のノース内閣が倒れ、対米講和派の第2代ロッキンガム侯爵内閣が成立[1]。アメリカ独立戦争の終結に向けた和平交渉が始まる。
- 4月6日 - タイ王国でクーデターによりトンブリー朝のタークシン王が倒れ、部下のラーマ1世が即位してチャクリー王朝が成立。都をバンコクへ遷都する[2][3]。
- 5月17日 - イギリス東インド会社とマラーター王国の間でサルバイ条約が調印され、第一次マラーター戦争が終結[4]。ベンガル総督ヘースティングズが第二次マイソール戦争との二正面作戦を避けるため講和した。
- 7月1日 - ロッキンガム英首相が急死し、後継の第2代シェルバーン伯爵内閣が対米講和交渉を引き継ぐ[1][5]。
- 8月16日(天明2年7月8日) - 江戸幕府の老中田沼意次の命により、下総国印旛沼の干拓に着工(1786年に水害等で中止)[6]。
- 11月30日 - パリで米英両国の代表(米側全権:フランクリン、ジェイら)の間で、アメリカ独立戦争の講和に関する「米英講和予備条約」が調印される[7]。イギリスがアメリカの独立を承認し、ミシシッピ川以東のルイジアナ割譲を約束した(翌年のパリ条約で正式批准)。
- 秋頃(天明2年) - 西日本での大雨洪水による不作を契機に、近世日本最大の食糧危機とされる天明の大飢饉が本格化( - 1787年)[8]。
- 月日不詳 - 石門心学の手島堵庵が、京都に講舎「明倫舎」を開設[9][10]。
誕生
→「Category:1782年生」も参照
- 1月18日 - ダニエル・ウェブスター[11]、米国の政治家、外交官(+ 1852年)
- 1月29日 - ダニエル=フランソワ=エスプリ・オベール[12]、フランスの作曲家(+ 1871年)
- 3月4日 - ヨハン・ルドルフ・ウィース[13]、スイスの児童文学者(+ 1830年)
- 3月18日 - ジョン・カルフーン[14]、第7代アメリカ合衆国副大統領(+ 1850年)
- 3月19日 - ヴィルヘルム・フォン・ビーラ[15]、オーストリアの天文学者(+ 1856年)
- 3月21日(天明2年2月8日) - 熊谷直好[16]、歌人(+ 1862年)
- 4月21日 - フリードリヒ・フレーベル[17]、ドイツの教育者。世界初の幼稚園を創設(+ 1852年)
- 5月16日 - ジョン・セル・コットマン[18]、イギリスの画家(+ 1842年)
- 5月22日(天明2年4月11日) - 広瀬淡窓[19]、儒学者。豊後に私塾「咸宜園」を開塾(+ 1856年)
- 5月22日(天明2年4月11日) - 伊地知季安[20]、薩摩藩の記録奉行(+ 1867年)
- 6月19日 - フェリシテ・ド・ラムネー[21][22]、フランスのキリスト教社会主義思想家(+ 1854年)
- 7月5日(天明2年5月25日) - 会沢正志斎[23]、水戸藩士、儒学者。尊王攘夷論を体系化した『新論』を著す(+ 1863年)
- 7月19日(天明2年6月10日) - 飯沼慾斎[24]、医師、植物学者(+ 1865年)
- 7月26日 - ジョン・フィールド[25]、アイルランドのピアニスト、作曲家。ノクターンの創始者(+ 1837年)
- 9月16日(乾隆47年8月10日) - 道光帝[26]、清の第8代皇帝。アヘン戦争時の皇帝(+ 1850年)
- 9月25日 - チャールズ・ロバート・マチューリン[27]、アイルランドの小説家、劇作家(+ 1824年)
- 10月9日 - ルイス・カス[28]、アメリカ合衆国国務長官(+ 1866年)
- 10月27日 - ニコロ・パガニーニ[29]、イタリアのヴァイオリニスト、作曲家(+ 1840年)
- 11月1日 - フレデリック・ロビンソン (初代ゴドリッチ子爵)[30]、イギリス首相(+ 1859年)
- 11月13日 - エサイアス・テングネール[31]、スウェーデンの詩人(+ 1846年)
- 12月5日 - マーティン・ヴァン・ビューレン[32]、第8代アメリカ合衆国大統領(+ 1862年)
- 月日不詳 - 岡田半江[33]、南画家(+ 1846年)
- 月日不詳 - 長谷川寛[34]、数学者(+ 1839年)
- 月日不詳 - 播隆[35]、修験道の山岳行者。槍ヶ岳初登頂者(+ 1840年)
死去
→「Category:1782年没」も参照
- 1月1日 - ヨハン・クリスティアン・バッハ[36]、ドイツの作曲家。ヨハン・ゼバスティアン・バッハの末子(* 1735年)
- 1月4日 - アンジュ=ジャック・ガブリエル[37]、フランスの建築家。コンコルド広場や小トリアノン宮殿を設計(* 1698年)
- 1月18日 - ジョン・プリングル[38]、スコットランドの医師、王立協会会長。近代軍医衛生学の祖(* 1707年)
- 3月17日 - ダニエル・ベルヌーイ[39]、スイスの数学者、物理学者(* 1700年)
- 4月6日 - タークシン[40]、タイのトンブリー朝国王。一代でビルマ軍を駆逐しタイを再統一(* 1734年)
- 4月12日 - ピエトロ・メタスタージオ[41]、イタリアの劇作家。オペラ・セリアの台本作家(* 1698年)
- 4月19日(天明2年3月7日) - 三井親和[42]、書家(* 1700年)
- 4月20日(天明2年3月8日) - 建部清庵[43][44]、医師(* 1712年)
- 5月5日(天明2年3月23日) - 楫取魚彦[45]、国学者、歌人(* 1723年)
- 5月8日 - ポンバル侯爵セバスティアン・デ・カルヴァーリョ[46]、ポルトガルの政治家(* 1699年)
- 5月11日(天明2年3月29日) - 片山兼山[47]、儒学者。折衷学派(* 1730年)
- 5月14日(天明2年4月3日) - 後藤芝山[48]、儒学者。高松藩校の総裁(* 1721年)
- 5月21日(天明2年4月10日) - 坂東三津五郎 (初代)[49]、歌舞伎俳優(* 1745年)
- 7月1日 - ロッキンガム侯チャールズ・ワトソン=ウェントワース[1]、イギリスの首相(* 1730年)
- 9月6日 - マーサ・ジェファーソン[50]、トーマス・ジェファーソンの妻(* 1748年)
- 9月16日 - ファリネッリ[51]、イタリアのソプラノカストラート歌手(* 1705年)
脚注
出典
- 1 2 3 『ロッキンガム』 - コトバンク
- ↑ 『チャクリ王朝記念日』 - コトバンク
- ↑ 『バンコク朝』 - コトバンク
- ↑ 『マラーター戦争』 - コトバンク
- ↑ 『シェルバーン』 - コトバンク
- ↑ 『印旛沼』 - コトバンク
- ↑ 『パリ条約』 - コトバンク
- ↑ 『天明の飢饉』 - コトバンク
- ↑ 『明倫舎』 - コトバンク
- ↑ 『手島堵庵』 - コトバンク
- ↑ 『ウェブスター』 - コトバンク
- ↑ 『オーベール』 - コトバンク
- ↑ 『ウィース』 - コトバンク
- ↑ 『カルフーン』 - コトバンク
- ↑ Wilhelm-Freiherr-von-Biela - ブリタニカ百科事典
- ↑ 『熊谷直好』 - コトバンク
- ↑ 『フレーベル』 - コトバンク
- ↑ 『コットマン』 - コトバンク
- ↑ 『広瀬淡窓』 - コトバンク
- ↑ 『伊地知季安』 - コトバンク
- ↑ 『ラムネ』 - コトバンク
- ↑ 『ラムネー』 - コトバンク
- ↑ 『会沢正志斎』 - コトバンク
- ↑ 『飯沼慾斎』 - コトバンク
- ↑ 『フィールド』 - コトバンク
- ↑ 『道光帝』 - コトバンク
- ↑ 『マチューリン』 - コトバンク
- ↑ Lewis-Cass - ブリタニカ百科事典
- ↑ 『パガニーニ』 - コトバンク
- ↑ Frederick-John-Robinson-1st-Earl-of-Ripon - ブリタニカ百科事典
- ↑ 『テグネール』 - コトバンク
- ↑ 『バンビューレン』 - コトバンク
- ↑ 『岡田半江』 - コトバンク
- ↑ 『長谷川寛』 - コトバンク
- ↑ 『播隆』 - コトバンク
- ↑ 『バッハ』 - コトバンク
- ↑ 『ガブリエル』 - コトバンク
- ↑ Sir-John-Pringle-1st-Baronet - ブリタニカ百科事典
- ↑ 『ベルヌーイ』 - コトバンク
- ↑ 『タークシン』 - コトバンク
- ↑ 『メタスタージオ』 - コトバンク
- ↑ 『三井親和』 - コトバンク
- ↑ 『建部清庵』 - コトバンク
- ↑ 『建部清菴』 - コトバンク
- ↑ 『楫取魚彦』 - コトバンク
- ↑ Marquis-de-Pombal - ブリタニカ百科事典
- ↑ 『片山兼山』 - コトバンク
- ↑ 『後藤芝山』 - コトバンク
- ↑ 『坂東三津五郎』 - コトバンク
- ↑ Martha-Jefferson - ブリタニカ百科事典
- ↑ 『ファリネリ』 - コトバンク