Yes Means Yes型刑法

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Yes Means Yes型刑法(イエス・ミーンズ・イエスモデル、Only Yes Means Yes、YMY型刑法)とは、性行為が犯罪とされないために、双方またはすべての当事者の任意の参加を必要とする積極的同意(affirmative consent)モデルの刑法である。同意は自由意思に基づいて言語または非言語で表明されるものとされる[1]。相手が同意も拒絶も示さず受動的である状況での性交も処罰対象となり得る点に特徴がある[2]。なお、状況によっては沈黙や受動的態度なども同意となる[3]。

またYes Means Yes型の法制において、性行為を望んでいないこと(したくないこと)や説得を受けたことだけで、直ちに同意が否定されるわけではなく、そのような場合でも自由かつ任意の意思に基づいて応じた場合には同意が成立する[4][5][6]。

なお、同意確認を怠ったこと自体が独立して処罰されるわけではない。同意の欠如が構成要件となる性犯罪では、相手が同意していなかったことが前提となり、そのうえで被告人の認識や過失などが問題となる。また被告人が同意を合理的に誤信していた場合には無罪となる[7][8]。また同意を確かめる言動は、性交開始前の口頭確認に限定はしない[9]。

概要

刑法上、Yes Means Yes型では、同意は必ずしも明確な「Yes」に限られず、言葉、行為その他の方法によって表明され得る[10]。また、単なる受動性は通常、同意とは解されないが、受動性(沈黙)が「黙示の同意」と評価される場合もある[10]。

積極的同意を採用する規定の中には、過去に関係のある当事者について、従前のコミュニケーションの態様や性質、関係の文脈が、積極的同意の有無に影響し得る[11]。

なお積極的同意教育で用いられる同意の定義は、必ずしも刑法上の同意の定義と一致しない[12]。刑法上の積極的同意における「積極的」とは、性行為への熱意や欲望を意味するものではなく、同意する意思が言葉や行動によって表明・伝達されることを指す[13]。

ハイは、「明確で曖昧さのない同意」や「熱意ある同意」は「Yes means Yes」運動において掲げられる理念ではあるものの、自身が比較した積極的同意型の刑法には、曖昧さなく許可を伝える言動や、熱意ある同意を要求する法制度は確認できないとしている。熱意については、気乗りしない場合や、その性行為を特に望んでいない場合であっても、それを受け入れているのであれば、自由かつ任意の同意は成立し得るとしている[13]。また、積極的同意型刑法は必ずしも曖昧さのない同意を要求するものではなく、同意を伝えるものと解釈し得る言葉や行動が存在する場合には、その表現自体に曖昧さが残ることもあり得る。ハイはこの点について、「Yes means Yes」という社会的・教育的な理念と、刑法上どのような言葉や行動を同意の表現として扱うかという具体的な法的基準とを区別して論じている[13]。

ベネットは、先行研究を引用し、「Yes Means Yes」はスローガンであって法的基準ではないとしている。そのうえで、先行研究を踏まえ、合法な性行為の基準を、倫理的な性行為や良い性行為の基準と混同すべきではないと指摘している。合法な性行為の基準は、性行為に際して刑事責任を負わないために最低限必要な基準を画するものであり、快楽、楽しさ、欲求、相互性などの付加的要素は、犯罪性を回避するための必要条件というより、理想的な性行為についての志向を反映するものとなり得るとしている。また、「同意があるものの性的には望んでいない性行為」のすべてが問題となるわけではないとし、例として、妊娠を目的として頻繁に性交する場合、パートナーへの贈り物として性交する場合、相手に勧められて新たな性行為をためらいながら試す場合などを挙げ、これらは性的欲求や熱意を伴わないことがあり得るものの、犯罪とされるべきではないとしている[14]。

積極的同意基準を採用した場合でも、立証責任が被告人に転換されるわけではなく、検察側が、性的接触が被害者の自由に与えられた同意なしに行われたことを立証する必要があるとされる[15]。また、被害者が性的行為に同意していなかったことに加え、行為者が法律上要求される主観的要件を満たしている場合にのみ、強姦罪の責任が成立するとしている[2]。

批評

ノルウェー刑法審議会は「No means No」型と「Yes means Yes」型の両者はいずれも性的行為の任意性を基礎としていると論じている。そのため、その差は必ずしも大きくなく、「Yes means Yes」型でも沈黙や受動性が同意の表現として解釈され得ると指摘している[16]。同国は、「Yes means Yes」型の規定には、すべての性行為は任意であるべきという社会の姿勢や期待を明確にし、相手が参加を望んでいるか確認することを促す効果が期待できるとしている[17]。なお明示的な同意を必須とすることは、実際には任意の性行為まで刑事責任の対象となり得るため行き過ぎであるとして採用しなかった[16]。

法学者のジョナサン・ウィトマー=リッチは、積極的同意をめぐる議論について、「Yes means yes」という表現は法的基準そのものではなく、教育的なスローガンにすぎないと指摘している[18] 。同スローガンは、相手が拒否しなかったことから同意を推測するのではなく、何らかの肯定的な合意の表示を求めるという教育上の目的には有用であり得るものの、これをそのまま法的要件として理解することは誤りであるとしている[18]。積極的同意は必ずしも明示的・言語的な「Yes」を要求するものではなく、同意は言葉だけでなく行動によって示されることもあり得る。また、「積極的な同意」が存在することと、その同意が「明確で曖昧でない」こととは別の問題であり、積極的同意制度が当然に曖昧さのない明示的な同意まで要求するわけではないとしている[18] 。このため「Yes means yes」という標語のみから、明確な言語的承諾が確認できなければ直ちに不同意であるとの法的結論を導くことはできないという整理になる[18]。

また、「No means no」から「Yes means yes」への移行が従来の法からの大幅な転換であるとの説明にも疑問を呈している。アメリカでは、被害者に明示的な拒絶や身体的抵抗を要求する法理は以前から後退しており、積極的同意という名称を採用しなくても、同様の変化は判例法上すでに進行してきたとしている。[18] したがって、「Yes means yes」を導入することによって初めて、拒絶がなければ同意とみなす法制度から脱却したと理解するのは単純化しすぎであるとしている[18]。さらに、沈黙や受動性のみでは通常、積極的な同意の表示として十分ではない一方、それらを具体的な状況から完全に切り離して評価することも適切ではないとしている。実際の性的コミュニケーションでは、言葉だけでなく身体的行動や非言語的な反応など様々な形で意思が伝達されるため、法的判断において重要なのは、単に明示的な「Yes」が存在したかではなく、当事者間の言語的・非言語的な言動を具体的な文脈の中でどのように解釈するかであると論じている[18]。

ドイツの刑法学者エリサ・ホーフェンは、「Yes means Yes(Nur Ja heißt Ja)」型の同意モデルに批判的な立場を示している。ホーフェンは2018年、このモデルには「重大な刑事政策上の異論」があるとし、性的接触を原則として望まれないものと捉え、積極的な同意によって初めてその刑事的な問題性が失われるという発想は、「時代遅れの性観」に基づくものだと批判した。また、意思表示が曖昧な場面では、性的接触を開始した「能動的な側」に刑事責任のリスクを全面的に負わせることになると指摘している[19]。またホーフェンは、「Yes means Yes」に対する期待そのものが高すぎると指摘している。2024年のインタビューでは、現行の「Nein heißt Nein」との違いはそれほど大きくないとし、「Yes means Yes」であっても同意は積極的な参加などの行動によって示され得るため、その意味をめぐる解釈の余地は残ると述べた。そのため、同意モデルを変更するだけで性犯罪をめぐる問題が大きく改善するとの期待には否定的な見方を示している[20]。さらにホーフェンは、性犯罪事件の困難の多くは法規定そのものではなく証拠に由来するとし、「Yes means Yes」を採用しても供述対供述の問題は解消されず、事件処理が従来から大きく変化するとは限らないと指摘している。以前の性犯罪法改革についても、刑法に過大な期待を抱かせれば、証拠上の困難によって被害者の期待が大きく裏切られる可能性があると警告していた[21]。また、男性側に積極的な確認を求める一方で女性側を受動的な立場に置く考え方についても、女性を「子ども扱い」することにつながるとして批判している[20]。

なおドイツ女性法律家協会は、「Yes means Yes(Nur Ja heißt Ja)」型への改正を支持している。ドイツ女性法律家協会は、現行法では被害者が拒否の意思を外部から認識可能な形で示すことを事実上求められており、沈黙や受動的な態度が同意と同様に扱われ得ることを問題視している。特に、恐怖やショック、力関係などから拒否を表明できない場合があるとして、性的行為について同意が示されたかを基準とすることで、こうした保護の空白を解消できると主張している[22]。一方で、「Yes means Yes」への改正だけでは性犯罪に固有の立証上の困難はほとんど変わらないことも認めている。しかし、立証困難が悪化するわけでもなく、拒否の意思が認識可能であったかを判断するよりも、同意が示されたかを判断する方が容易な場合もあるとしている。また、改正の意義は単に有罪判決を得やすくすることではなく、拒否を表明する責任を被害者側に負わせる現行法の評価を改め、性的行為は当事者双方の同意がある場合にのみ行われるべきだという規範を明確にする点にあるとしている[22]。

各国の状況

欧州評議会議員会議は、ベルギー、フランス、アイルランド、アイスランド、マルタ、スウェーデン、デンマーク、フィンランド、ポルトガル、スペインをYes Means Yes型の法律を採用している国として挙げている[23]。

日本の2023年改正刑法(不同意性交等・不同意わいせつ)では、性的行為について相手方の積極的な同意がない限り性犯罪が成立する、いわゆる「Yes means Yes」型の規定は採用されていない[24]

ニューサウスウェールズ州

概要

オーストラリアのニューサウスウェールズ州(NSW)では、2022年6月1日に積極的な同意(affirmative consent)を重視する性犯罪法の改正が施行された。1900年犯罪法第61HI条は、性的行為への同意を、その行為の時点で本人が自由かつ任意に合意することと定義している。同意は必ずしも言葉で表明する必要はなく、行動によっても示すことができる。政府は、相手の行動に応じる身体言語や肯定的な発言なども、同意の表現となり得ると説明している[6]。

説得を受けて性的行為に応じた場合でも、最終的に本人が自由かつ任意に同意したのであれば、その同意は有効とされる。NSW州司法委員会の裁判官向け資料『Criminal Trial Courts Bench Book』では、説得によって得られた同意であっても、最終的に自由かつ任意に与えられた場合には、なお同意に当たることが明示されている。このため、本人が当初は性的行為に消極的であった場合や、説得を受けて考えを変えた場合でも、それだけで同意の有効性が否定されるわけではない[6]。

また、2021年の法改正時には、司法長官が、強制や威圧に関する規定は強制的支配(coercive control)に相当する行為を対象としており、単なる懇願や繰り返しの要求(mere begging and nagging)を対象とするものではないと説明した。したがって、性的行為を繰り返し求めたという事情だけで、直ちに法律上の強制や威圧に当たるわけではない。ただし、個別の状況において、最終的に自由かつ任意の合意が存在したかは別途判断される[6]。

暴力については、犯罪法第61HJ条第1項(e)が、暴力、暴力への恐怖又は重大な危害への恐怖を理由として性的行為に参加した場合に、同意がないと定めている。同規定では、暴力が存在したかという事情だけでなく、本人がその暴力又は恐怖を理由として性的行為に参加したかという因果関係が問題となる。司法委員会の解説も、同項(e)から(k)までの規定には因果関係の要件があると説明している。したがって、当事者間で暴力があったという事実だけで、別の機会の性的行為についてまで、当然に同意がなかったと判断されるわけではない[6]。

欺罔による同意についても、あらゆる嘘が同意を無効にするわけではない。同条第3項は、収入、資産又は感情についての虚偽の説明を、法律上の詐欺的誘導(fraudulent inducement)から明示的に除外している。司法長官は、この規定について、非常に重大な欺罔が必要であり、一般的な口説き文句や些細な嘘は通常該当しないと説明した[6]。

能力が影響を受ける場合

飲酒や薬物の影響については、酒を飲んでいたという事実だけで同意が無効になるわけではない。犯罪法第61HJ条第1項(c)は、アルコールその他の薬物の影響によって本人が性的行為に同意する能力を失っていた場合を規定している。このため、飲酒していたかどうかだけではなく、その影響によって同意能力が失われていたかが問題となる[25]。

NSW州法改革委員会は、2020年の報告書『Consent in relation to sexual offences』において、飲酒後の性的行為が直ちに同意のないものとみなされるべきではなく、同意能力を失うほど酩酊していたかが重要であると説明した[26]。

同報告書は、どの程度の酩酊で同意能力を失うかについて一律の数値を設けず、具体的な証拠や状況に基づいて判断することが適切であるとした。また、本人が自らの意思で飲酒したかどうかではなく、実際にアルコールが同意能力に及ぼした影響が重要であるとしている。このため、判断力が低下していたことや、著しく酩酊していたことと、法律上の同意能力を失っていたことは区別される[26]。

2024年のNSW州刑事控訴裁判所判決「Smee v. R」([2024] NSWCCA 121)では、2022年改正前の法律に基づき、著しく酩酊しているという事情だけで、直ちに性的行為への同意がなかったと判断することはできないとされた。第一審では、女性が著しく酩酊していた場合には同意がないとする趣旨の陪審説示が行われたが、控訴裁判所はこれを誤りと判断し、有罪判決を破棄して再審理を命じた。旧法の下でも、著しい酩酊は自由かつ任意の合意が存在したかを判断する事情の一つであり、それだけで不同意が確定するわけではないとされた。ただし、同判決は改正前の規定に関するものであり、現在の同意能力喪失の基準を直接判断したものではない[27]。

地位や上下関係についても、上司と部下などの関係が存在するだけでは同意が否定されない。同条第1項(h)は、権威、信頼又は依存関係の濫用によって本人の意思が押し切られ、性的行為に参加した場合を規定している。したがって、上下関係があることと、その関係の濫用によって本人が参加したことは区別される[25]。

NSW州法改革委員会は、単に相手の監督・権威の下にある者を同意できない者と扱う案や、当事者間に不平等な立場があるだけで同意を否定する案について、適用範囲が広すぎるとして採用しなかった。現在の第61HJ条第1項(h)の「意思が押し切られた(overborne)」という要件については、地位関係の濫用によって本人が自由かつ任意に性的行為への合意を与える能力を失った状態を意味し、検察側がその事情を立証する必要があると説明している[26]。

立証責任・立証水準

NSW州の性的暴行罪では、検察側が、性的行為が行われたこと、本人の同意がなかったこと、及び被告人が法律上その不同意を認識していたことを、合理的な疑いを超えて立証する必要がある。いずれかの要件について合理的な疑いが残る場合には、被告人は無罪とされる[6]。

被告人の認識については、相手が同意していないことを実際に知っていた場合だけでなく、同意の有無について無謀であった場合や、同意があるとの認識が合理的でなかった場合も含まれる。そのため、本人が実際には同意していなかったというだけで、直ちに被告人の刑事責任が成立するわけではない[6]。

同意を確かめるための言動は、必ずしも言葉による質問に限られない。NSW州の性的健康に関する啓発資料『Word on the Sheets』では、非言語的な確認方法として、視線、身体言語、身振りなどを観察することがあげられている[28]。

カナダ

概要

カナダでは、1992年の刑法改正によって、性的暴行罪における同意を、問題となる性的行為に参加することについての本人の任意の合意(voluntary agreement)と定義する規定が導入された。現在の刑法第273.1条もこの定義を採用している。1999年の最高裁判決「R. v. Ewanchuk」及び2019年の最高裁判決「R. v. Barton」によれば、同意の有無は、本人が実際にその行為に合意していたかという主観的な意思に基づいて判断される。一方、行為者が同意があると誤信していたかという問題では、本人が言葉又は行動によって同意を伝えていたと行為者が認識したかが重要となる[29][30]。

性的行為を積極的に望んでいなかったことと、その行為に同意していなかったことは、必ずしも同じではない。2026年のユーコン準州最高裁判所の決定「R. v. H.D.」(2026 YKSC 21)では、長期的な親密関係において、女性が性的行為を望まないものの、相手から繰り返し求められて応じていたとされる事件が扱われた。検察側は、当初は女性が消極的ながら性的行為に応じていたものの、継続的な圧力によって、ある時点から同意が法律上無効になったと主張していた[31]。

裁判所は、本人にとって望ましい行為ではなかったものの、別の理由から参加に合意した性的行為と、刑法上同意が存在しない性的行為とを区別する必要があると指摘した。そのため、当事者間の過去の性的交流や意思疎通がどのように変化したかを具体的に検討する必要があるとした。また、裁判所は検察側に対し、本人が「気が進まないながらも、自らの意思で応じた(reluctantly but volitionally gave in)」性的行為と、起訴対象となった行為とを区別する事実を明らかにするよう求めた。ただし、同決定は過去の性的行為に関する証拠の採用をめぐる予備的な判断であり、被告人の有罪・無罪を確定したものではない[31]。

また、本人が同意していなかった場合でも、それだけで直ちに行為者の刑事責任が成立するわけではない。「R. v. Barton」判決によれば、行為者が相手の言葉又は行動によって同意が伝えられたと誠実に誤信していた場合には、一定の条件の下で刑事責任が否定される余地がある。ただし、刑法第273.2条により、同意を確かめる合理的な措置をとっていなかった場合や、同意が言葉又は行動によって積極的に表明されたことを示す証拠がない場合には、この抗弁は認められない[30][32]。

欺罔による同意についても、あらゆる嘘が刑法上の同意を無効にするわけではない。2014年の最高裁判決「R. v. Hutchinson」(2014 SCC 19)は、刑法第265条第3項(c)の詐欺について、不誠実な行為によって重大な不利益が生じることを必要とすると説明した。同判決は、単なる金銭的不利益、嘘をつかれたことによる悲しみ、精神的ストレスなどだけでは、同規定によって同意を無効にするために必要な不利益としては足りないとした[33]。

暴力や上下関係が存在する場合

カナダ刑法第265条第3項は、本人が暴力、その脅迫又は暴力への恐怖を理由として従い、又は抵抗しなかった場合などに、同意が得られたとは扱わないと規定している。このため、暴力が存在したことと、問題となる性的行為について本人がその暴力や恐怖を理由として参加したことは区別される[34]。

2025年のオンタリオ州控訴裁判所判決「R. v. D.L.」(2025 ONCA 533)では、同棲していた女性に対する暴行や脅迫と、複数の性的暴行の訴えが争われた。第一審では、被告人は暴行や脅迫に関する16件で有罪とされた一方、性的暴行3件及び恐喝1件については無罪となった[35]。

第一審は、女性が恐怖や圧力を感じて性的行為に応じていたことを認めたものの、問題となった性的行為について同意がなかったことが合理的な疑いを超えて立証されたかについて疑問が残ると判断した。控訴審は、第一審の判断理由には不同意の意思表示の必要性について問題のある表現が含まれているとしつつも、判断理由全体を検討し、不同意の立証が不十分であったことなどを理由として無罪判決を維持した[35]。

この判決では、同じ当事者間における暴行や脅迫について有罪判決が下された一方で、性的暴行については不同意の立証が不十分であるとして無罪判決が維持された。したがって、当事者間に暴力や脅迫が存在した場合であっても、個々の性的行為について犯罪成立に必要な要件が立証される必要があることを示す事例である[35]。

地位や上下関係については、刑法第273.1条第2項(c)が、信頼、権力又は権威のある地位を濫用して本人を性的行為に参加させた場合を規定している。このため、単に上司と部下などの上下関係が存在するだけでなく、その地位を濫用して性的行為に参加させたことが問題となる[29]。

2009年のオンタリオ州控訴裁判所判決「R. v. F.L.」(2009 ONCA 813)は、牧師と相談者という信頼関係があることだけで同意が無効になるとする検察官の説明は誤りであり、実際にその地位を濫用して性的行為に応じさせたことを検察側が立証する必要があるとした。したがって、上司と部下などの関係があっても、その存在だけで第273.1条第2項(c)による同意の無効が認められるわけではない[36]。一方、2019年の最高裁判決「R. v. Snelgrove」(2019 SCC 16)によれば、露骨な脅迫がなくても、地位に由来する信頼感や個人的感情を利用して相手から表面上の同意を得た場合には、地位の濫用による同意の無効が問題となり得る[37]。

能力が影響を受ける場合

飲酒や薬物の影響については、飲酒していたという事実だけで、当然に同意能力が失われるわけではない。2021年の最高裁判決「R. v. G.F.」(2021 SCC 20)は、同意能力について、本人が性的行為の身体的内容、その性的性質、相手の具体的な身元、及び参加するかどうかを選択できることを理解する能力が必要であると説明した。したがって、単に酩酊していることではなく、そのような理解や選択の能力を有していたかが問題となる[38]。

2018年のユーコン準州最高裁判所判決「R. v. Campbell」(2018 YKSC 37)では、相当量の飲酒をしていた女性に対する性的暴行罪について、2人の被告人が無罪とされた。専門家の推定によれば、問題となった時間帯の女性の血中アルコール濃度は0.171〜0.241%(血液100mL当たり171〜241mg)であった。同事件で証言した毒物学の専門家は、平均的な飲酒者について、0.150%程度で高度な機能低下を伴う酩酊状態と考えられると説明した。一方、酩酊していても意識的な思考や意思決定が可能な場合があり、しらふでは選ばないような判断をすることもあると述べた[39]。

同判決は、飲酒による判断力の低下、抑制の低下、記憶喪失は、必ずしも同意能力の喪失を意味しないと説明した。また、飲酒している者でも、しらふであれば選択しなかった性的行為に同意する能力を有する場合があると指摘した。事件当夜の出来事の多くについて女性は記憶を失っていたが、裁判所は、そのことだけでは能力喪失を立証できないと判断した。証拠全体を評価した結果、同意の欠如について合理的な疑いが残るとして、両被告人を無罪とした[39]。

同判決では、酩酊によって同意能力を失う血中アルコール濃度について、確立された数値的な基準は存在しないことも説明されている。したがって、同事件で示された0.171〜0.241%という数値は、同意能力の喪失が認定されなかった個別事案における推定値であり、その濃度以下であれば常に同意が有効であるという基準ではない[39]。

2024年の最高裁判決「R. v. Vu」(2024 SCC 1)でも、高度に酩酊していた女性に対する性的暴行罪について、被告人の無罪判決が維持された。事件では、性的行為の様子が約5分間の動画に記録されていた。第一審は、女性が同意能力を失っていたことについて、検察側が合理的な疑いを超えて立証できなかったと判断した。最高裁の多数意見は、第一審が証拠全体を検討しており、上訴審が介入すべき誤りはないとして無罪判決を維持した[40]。

これらの判決は、本人が高度に酩酊していた場合や、事件当時の記憶を失っていた場合でも、それだけで直ちに同意能力が失われていたと認定されるわけではなく、個別の証拠に基づく判断が必要であることを示している[39][40]。

立証責任・立証水準

カナダでは、検察側が、性的接触、その性的性質、本人の同意の欠如、及び行為者に必要な主観的要件について、合理的な疑いを超えて立証する必要がある。被告人は原則として、自身の無罪を証明する責任を負わない[30]。

本人が実際には同意していなかった場合でも、行為者が同意があると誠実に誤信していたとの抗弁について、法律上必要な証拠上の基礎がある場合には、検察側が合理的な疑いを超えてその抗弁を否定する必要がある[30][32]。

「R. v. Campbell」判決では、裁判所は被告人らの供述を全面的に信用したわけではなく、一部について疑問を示していた。しかし、刑事裁判では被告人の供述を信用できないというだけで有罪とすることはできず、証拠全体を検討した結果、合理的な疑いが残る場合には無罪としなければならないと説明した。同事件では、同意の欠如について合理的な疑いが残るとして、両被告人が無罪とされた[39]。

また、「R. v. D.L.」判決では、暴行や脅迫に関する有罪判決があった場合でも、性的暴行については不同意の立証が不十分として無罪が維持された。「R. v. Vu」判決でも、飲酒による同意能力の喪失について検察側の立証が十分ではないとされた。これらは、性的暴行が疑われる状況であっても、犯罪成立に必要な各要件について、個別に合理的な疑いを超える立証が必要であることを示している[35][40]。

スウェーデン

概要

スウェーデンでは、2018年7月1日に、任意性に基づく性犯罪規定が施行された。刑法第6章第1条は、任意に参加していない者との性交またはこれに相当する性的行為を強姦として処罰する。参加が任意であったかを判断する際には、任意性が言葉、行動その他の方法によって表現されていたかを特に考慮するとされる[41]。「その他の方法」には身体言語や表情などが含まれる。任意の参加が特定の方法で表明されること自体は要件とされていない[41]。また政府は、性的行為への任意の参加をどのように表現するかは極めて多様であり、その表現は、程度の差はあれ積極的なもの又は微妙なものとなり得るとしている[5]。また圧力や説得を受けた場合も、それだけでは任意性は否定されず、いわゆる「tjatsex(執拗な説得の末の性交)」も、本人が最終的に参加を選択した場合には処罰されないとされる[5]。

性的自己決定権には、本人ができれば避けたいと思っている行為であっても、それに参加することを選択できることが含まれるとしている。そのため、参加が任意であったかを判断する際には、本人が内心で性的関係に肯定的であったか否定的であったかは意味を持たず、本人が参加することを選択し、暴力、脅迫、特に脆弱な状況の利用などがなければ、本人が内心ではその行為に否定的であったとしても処罰されるべきではないとする。また、政府は、本人が何を表明し、または表明しなかったかは刑事責任の判断における中心的な部分であるとし、任意性の要件は本人の内心ではなく実際の参加を対象とするため、任意性は本人の行動や表明に基づいて判断されるとしている[5]。

スウェーデンでは委員会が、任意の参加が言葉や行動によって表明されることを法的要件とする案を提示したが、政府は採用しなかった。政府は、この案では、各々の新しい性的行為の前に、参加が引き続き任意であるとみなされるための新たな表明が必要になるとし、何を「新しい性的行為」とみるか、また異なる性的行為への移行時にどのような表明を要求するかという困難を指摘した。また、性的な交流における意思表示の方法に形式的な要件を設けることは「現実離れしている」とした。同改正の立法資料では、性的な交流は、当事者間で何が行われるかについてあらかじめ詳細に話し合って始まるとは限らず、相互のキス、抱擁、愛撫などの行動を通じて徐々に発展することがあり、意思の伝達は直接的にも間接的にもなり得るとも説明されている。最終的に、任意の参加が外部に表明されていること自体を犯罪成立の絶対的な要件とはせず、言葉、行動その他の方法によって任意性が表明されていたかを判断において特に考慮する制度を採用した。意思表示がない場合は通常、参加が任意ではないと理解される一方、外部に表明されていない「無言の同意」によって任意の参加が認められる場合もある[5]。

2022年の最高裁判決「Övernattningen II」(NJA 2022 s. 237)では、被害者が問題となった性交およびオーラルセックスに任意に参加していなかったこと自体は認定されたものの、被告人は過失強姦について無罪とされた。最高裁は、両者が以前から主として性的交流を目的として複数回会っており、性的行為について詳しく話し合うことなく「主に試しながら」交流していたこと、事件当日も性行為をすることを明示的には話していなかったものの双方がそのことを了解していたことなどを認定した。また、同日それ以前の性的行為では、女性が嫌がった際に肩に触れて意思を示すと、男性は直ちに行為を中止していた[42]。最高裁は、問題となった行為中に女性が高度に受動的であり、一定の有形力も用いられていたことは、男性が任意参加でないことを理解すべきであったことを一定程度示すとしつつ、それ以外に以前とは異なり女性が参加していないことを示す徴表がなく、両者の関係や従前の性的交流を考慮しても、男性が今回は任意に参加していないと理解すべきであったとする明確な裏付けはないとした。仮に過失があったとしても、刑事責任を生じさせるほど著しく非難すべき重大な過失には当たらないとして無罪とした[43]。

スウェーデンの過失強姦では、検察側が、相手が任意に参加していなかったことだけでなく、行為者がその事情について重過失であったことを立証する必要がある。政府によれば、行為者が相手が任意に参加していないことを実際に疑いながら性的行為を行った場合(意識ある過失)には、原則として重過失に当たる。一方、その可能性を認識していなかった場合には、行為者にそれを認識するためにできたことがあり、かつ、それを行うべきであったことが必要とされる。この場合、事後的にみてさらに何らかの措置をとる理由があったというだけでは足りず、個別の事案における過失が明らかに非難に値するものであることが必要とされる[5]。

2022年の最低刑引上げ後、2023年の通常の強姦の平均刑期は37か月(3年1か月)、重過失強姦は10か月であった[44]。同報告書の判決調査では、実刑となった事件の刑期の中央値は、通常の強姦が38か月、暴力や脆弱な状態の利用を伴わず任意に参加しなかったことのみを理由とする強姦が36か月、より軽い強姦が12か月、重過失強姦が8か月であった[44]。なお、重過失強姦については、行為が事情に照らしてより軽微である場合には責任を問わない[45]。

能力が影響を受ける場合

酩酊、睡眠、重大な恐怖などについては、その存在だけではなく、本人が「特に脆弱な状況」に置かれ、それを相手が不当に利用したことが問題となる。完全に抵抗能力や行動を制御する能力を失う必要はないが、性的侵害を避ける可能性が明確に制限されていることが必要とされる。酩酊については、高度に酩酊しているものの、後に出来事の一部をある程度まとまって説明できる場合も含まれ得る。重大な恐怖には、相手が突然ドアを施錠して態度を変えたため、恐怖で身体が麻痺して受動的になる「frozen fright」などが含まれる[5]。

睡眠については、眠っている者への性的な接近は不当であることが出発点とされる一方、互いによく知る者の間では、性的な接近によってパートナーを起こすことが必ずしも不自然ではなく、許容される余地もあるとされる。他方、飲酒して眠った者が性的行為によって目覚め、睡眠と覚醒の間で参加しているように見える動きをした場合でも、任意に参加したとはみなされないことがある[5]。

地位や上下関係については、行為者に対する依存関係を行為者が「重大に濫用」して本人を参加させた場合、任意に参加したとはみなされない。依存関係には、経済的関係、雇用・指揮命令関係、被収容者と職員との関係などが含まれ得る[5][46]。

立証責任・立証水準

スウェーデンでは、検察官が立証責任を負い、強姦事件の立証水準は他の犯罪と同じである。有罪判決には、犯罪が行われたことが「合理的な疑いを超えて(ställt utom rimligt tvivel)」立証されることが必要とされる[47]。

デンマーク

概要

デンマークでは、2021年1月1日に、同意に基づく強姦罪の規定が施行された。刑法第216条第1項は、性交について同意していない者との性交を強姦として処罰する。同意は任意に与えられ、本人の自由意思の表現でなければならず、具体的な状況に基づいて判断される。同意は言葉又は行動によって表現することができ、直接表明することその他特定の方法によることは要求されない。同意を示し得る行動として、キス、身体への接触、快感を示す声、相手の方を向くこと、自ら下着を脱ぐのを手伝うこと、性交に対応した身体の動きなどが挙げられている[48]。また同意の有無は、本人の内心ではなく、性交への参加についての言葉や行動などから客観的に評価される。そのため、内心では性交を望んでいなかったとしても、それでも性交を受け入れることを選択した場合には、性交に同意したものとされる[48]。

一方が完全に受動的である場合には、同意していないとの推定があり、性交を望む側は相手が同意していることを確かめるために何らかの行動をとらなければならない。ただし、完全な受動の場合であっても、具体的事情を総合的に評価した結果、同意が認められることがある。その際には、当事者が以前にも同意の下で同じような方法による性交をしていたか、その際に間接的な脅迫や心理的暴力などがなかったか、又はそれまで性的関係がなかったかなどが考慮され得る。恐怖に基づくフリーズ状態による受動性については同意は認められず、身体が「自動操縦」のように動き、相手の指示に従って身体を動かしたり性的行為を行ったりした場合でも、それが本人の自由意思の表現でなければ同意とはならない[48]。

強姦は故意犯として処罰され、行為者には相手が性交に同意していないことについて故意が必要であり、相手が同意していないことを知るべきであったというだけでは足りない。立証責任は検察側が負い、性交が行われたこと、相手が同意していなかったこと及び行為者にその点について故意があったことを立証しなければならない。被告人と被害者の供述以外に証拠がなく、両者の相反する供述が裁判所によって同程度に信用できると評価された場合には、無罪とされる[48]。

デンマークでは、同意のない性交のうち、相手が純粋に受動的である場合の量刑水準は拘禁刑1年2か月とされ、暴力を伴う場合は2年6か月とされている[44]。

能力が影響を受ける場合

キスや身体への接触など、通常は同意を示し得る行動が存在していても、性交が威圧的に作用し得る状況で行われた場合には、同意が存在しないとの推定が生じ得る。また、暴力若しくは暴力の脅迫によって性交を強制した場合、又は刑法第260条の違法な強制によって性交を得た場合には、有効な同意は認められない。同条の強制手段には、財産への重大な損害、身体拘束、犯罪若しくは名誉を害する行為についての告発又は私生活上の事実の暴露などを告知することが含まれる[48]。

本人がその行為に抵抗することのできない状態又は状況にある場合にも、有効な同意は認められない。この「状態」には、睡眠、意識喪失、高度の酩酊、催眠性トランス、身体の麻痺などが含まれる[48]。

また行為者が相手の特に脆弱な状況を利用した結果、性交への参加が本人の自由意思によるものではない場合、例えば刑法第243条の心理的暴力の結果として性交に至った場合には同意はなく、原則として強姦となるとしている[49]。

立証責任・立証水準

デンマークでは、同意に基づく強姦規定の導入によって立証責任の転換は行われておらず、検察側が犯罪の成立について立証責任を負う。有罪判決には、被告人が有罪であることについて「合理的な疑いがない」程度の証明が必要とされる。強姦事件では、検察側が、性交が行われたこと、相手方が同意していなかったこと及び被告人が不同意について故意を有していたことを立証しなければならない[49][50]。

スペイン

概要

スペインでは、2022年10月7日に、同意を中心とする性犯罪規定が施行された。刑法第178条第1項は、同意なく他人の性的自由を侵害する行為を性的暴行として処罰し、同意は、事案の事情に照らして本人の意思を明確に表す行為によって自由に表明された場合にのみ存在すると定めている[51]。

もっとも、同意は明示的な言葉に限定されない。最高裁判所は、同意は明示又は黙示のいずれでもあり得るとしており、その有無は事案の事情から判断するとしている[52]。検察庁は、性的な場面では当事者が通常明示的に同意するとは限らず、意思や了承を確認するために微妙な表現が用いられることがあるとしている[53]。

スペイン検察庁は、同意は内心に生じるものであり、外部への表出がないにもかかわらず同意が存在する場合もあり得るとして、同意そのものの存在とその外部への表現を区別している。第178条第1項は立証責任を転換するものではなく、同意の不存在は犯罪構成要件として立証されなければならない。同意が明確に表明されていない場合には不同意であったとの推論が働くが、この推論は反証可能であるとされる[53]。

性的暴行の主観的要件については、性的意味を有する行為によって相手の性的自由を侵害することについての認識と意思、すなわち故意が必要とされる[53]。

能力が影響を受ける場合

刑法第178条第2項は、暴力又は脅迫を用いた場合のほか、被害者の優越的又は脆弱な状況を濫用した場合、意識を失っている者に対する場合、精神状態を濫用した場合、又は何らかの原因によって本人の意思が無効化されている場合を性的暴行としている[54]。

酩酊については、完全な意識喪失まで必要とされるわけではない。検察庁が引用する判例では、「意識を失っている」と評価するためには、知的・意思的能力が相当かつ著しく低下し、性的な働きかけに対する反応能力が強く制限されている場合も含まれるとされ、被害者自身によるアルコール等の摂取によってその状態となった場合も対象となり得る[53]。

睡眠中の性的行為については、飲酒後に眠っていたパートナーに対し、本人が睡眠中の性的行為を望まないことを以前から伝えていたにもかかわらず、繰り返し性的行為を行った事案で有罪判決が言い渡された例がある[55]。

地位や上下関係については、その存在自体ではなく、第178条第2項は「優越的又は脆弱な状況を濫用」した場合を性的暴行としている。また、第180条は、犯罪の実行に際して被害者に対する優越関係を利用した場合を加重類型としている[54]。

立証責任・立証水準

スペインでは、同意の不存在について被告人側に立証責任が転換されるわけではない。検察庁は、第178条第1項について、同意の不存在は犯罪構成要件の一つとして通常の刑事手続の原則に従って立証されなければならないとしている[53]。

フィンランド

概要

フィンランドでは、2023年1月1日に、任意の参加に基づく強姦罪の規定が施行された。刑法第20章第1条は、任意に参加していない者との性交を強姦として処罰し、参加者が言葉、行動その他の方法によって任意に参加することを表現していない場合、その参加は任意とはみなされない[56]。政府案によれば任意性について、人の任意性を知ることができるのは、その人が表明したことに基づいてのみであるとしている。そのため、言葉、行動その他の方法によって性交に任意に参加することを表明していない場合、その参加は任意とはみなされない。「その他の方法」は、人が性交への任意の参加を伝達するあらゆる方法を含むものとされる。任意性は、明示的な言葉のほか、性交やそれに先立つ性的なやり取りへの積極的な参加などによって表現することができる。一方、受動性それ自体は任意の参加の表現とはみなされないが、一方が性交を開始する際に他方が受動的又はわずかな身振りしか示していない場合でも、それ以前の当事者間の言語的又は非言語的なやり取りから、そのように性交を開始することについて共通理解がある場合には、任意の参加が認められ得る[57]。

また強姦は故意犯として処罰され、過失犯は採用されていない。政府は、過失責任を導入すると、任意性が他の方法で確認されている場合でも、刑事責任を避けるため明示的な口頭確認が実務上必要と受け取られ得ることや、私生活の保護・比例原則との関係で問題となり得ることを指摘した。また、新しい任意性規定は故意犯に限定しても従来の問題を包括的に是正すると評価し、運用経験のない段階では過失犯化の必要性・比例性を十分に評価できないとして採用しなかった[57]。

フィンランドについて、Bråが示した非暴力の強姦の仮想事例では、フィンランドの研究者が経験豊富な裁判官と検討した結果、拘禁刑1年6か月から1年8か月程度になると推定している[44]。

能力が影響を受ける場合

説得や意思形成への影響、社会的圧力、相反する動機、強制といえない程度の脅威など、選択可能性への影響が比較的小さい事情は、それだけでは任意性を否定しない。また、任意に参加した性交を後になって後悔したことや、性交後に初めて否定的に評価するようになったことによって、その性交が強姦となるわけではない。暴力についても、その存在のみで任意性が否定されるものではなく、性交を強制するためのものであったかが問題となる。脅迫についても、軽微な利益を失わせるとの告知などは通常、性交を強制する脅迫とはならない一方、雇用、住居、生活手段などの基本的条件を失わせるとの脅迫は強制となり得る[57]。

アルコールその他の酩酊については、高度の酩酊により意思を形成又は表明できない場合には任意性が否定されるが、単に抑制が弱まっただけではこの状態には当たらない。恐怖についても、意思を形成又は表明できない状態に至ることが必要であり、気まずさ、相手の不機嫌、口論など比較的軽微な不利益を避けるために任意の参加を表現した場合は、通常これに当たらない。また、特別な地位・権力関係が存在するだけでは強姦とはならず、そのような関係にある者同士でも任意の性交はあり得る。特別な地位・権力関係が重大に濫用され、相手が意思を形成又は表明できなくなった場合には強姦となり得る一方、その影響がこれより軽い場合には性的虐待として評価され得る[57]。

立証責任・立証水準

フィンランドでは、刑事事件において刑罰請求の基礎となる事実については訴追側が立証責任を負い、有罪判決には被告人の有罪について「考慮に値する疑い」が残らないことが必要とされる。最高裁判所は、性犯罪について直接的かつ明確な証拠を得ることが困難な場合があるとしても、立証水準は同程度に重大な他の犯罪より低くならないとしている[58]。

ノルウェー

概要

ノルウェーでは、2025年7月1日に、同意に基づく強姦罪の規定が施行された。刑法第291条第1項は、言葉又は行動のいずれによっても同意していない者との性的交わりを強姦として処罰する[59]。政府は、「言葉又は行動」という文言は口頭による同意を要求するものではなく、明示的な同意も必要ではないとしている。同意は、言葉のほか、音声、いちゃつくような身体言語、表情その他の「誘うような」身体の動きなどによって表現することができる。また、性的交わりを行うことについての合意や「交渉」は、探るような接触、身体言語、音声などを通じて徐々に形成されることが多いとしている[17]。

受動性についても、例外的に同意の表現として認められ得るが、受動性を同意と解釈するためには具体的な根拠が必要とされる。その判断では、当事者間の関係、過去の経緯、性的行為に至るまでの経緯などが重要となる。政府は、互いにいちゃつき、キスや愛撫をし、互いの服を脱がせて同じベッドに入った場合と、特段の前触れなく、会ったばかりの相手に性的な働きかけをした場合とでは、受動性について異なる評価となり得るとしている[17]。

Yes Means Yes型の規定については、故意犯のみが処罰され、重過失による違反は処罰されない。政府は、同意は身体言語など様々な方法で表現され、例外的には受動性によって示される場合もあるため、客観的には同意が存在しなかったものの、行為者が主観的には同意があると認識していた場合、その認識が正しいかを確認しなかったことについて行為者を強く非難できるかの判断は、かなり裁量的なものになるとした。また、被害者が受動的であった事案において重過失強姦の適用が困難となっているスウェーデンの経験も一定程度考慮し、同規定について重過失による違反まで犯罪化することは行き過ぎるとして、重過失責任を採用しなかった[17]。

能力が影響を受ける場合

アルコールの影響について、政府は、性的交わりを望んでいないものの、酩酊や寝ぼけた状態によって拒否を表現する能力が著しく低下し、性的な働きかけに対して受動的になっている場合を、新たな同意に基づく強姦規定が適用され得る例として挙げている[17]。また、強い酩酊によって「抵抗することができない」状態となることもあり得るが、この要件の閾値は高く、抵抗することが困難であるだけでは足りず、実際に抵抗することができないことが必要とされる[17]。強い酩酊のため「抵抗することができない」状態であったことに合理的な疑いが残る場合でも、少なくとも、言葉又は行動による同意がなかった者と故意に性的交わりを行ったことが合理的な疑いを超えて立証されれば、新たな同意に基づく規定を適用することができる[17]。

性的交わりへの同意が説得の結果として与えられた場合でも、原則として同意は無効とはならない。これは、性的交わりに応じなければ恋愛関係を終わらせると告げられた場合などにも当てはまり得る。一方、暴力、脅迫的行動又は違法な強制によって強いられた同意には、法的な意味は認められない[17]。

上下関係などについては、地位、依存関係又は信頼関係を濫用して性的交わりを得る行為が処罰される。単にそのような関係が存在するだけでは足りず、その優越的な立場を濫用して性的交わりを得たことが必要であり、優越関係と性的交わりとの間には因果関係が必要とされる[17]。

また政府は、約束が後に守られなかったことや、嘘、誤導又は策略によって同意を得たことについて、それだけで同意が無効となるものではなく、新たな規定によって処罰対象となるものでもないとしている。正しい情報を知っていれば性的関係を持たなかったということと、性的なやり取り自体が任意でなかったこととは同一ではないとされる。また、自らの身元について嘘をついた場合や、裕福又は著名であると偽った場合も、それ自体では犯罪とはならない[17]。

立証責任・立証水準

ノルウェーでは、刑事事件の立証責任は訴追側にあり、有罪判決には被告人の客観的・主観的な犯罪成立要件が合理的な疑いを超えて立証されることが必要とされる[60]。2025年の同意に基づく強姦規定の立法資料でも、新たな第291条第1項の適用には、被告人が故意に、言葉によっても行動によっても同意していない者と性的交わりを行ったことが「すべての合理的な疑いを超えて(utover enhver rimelig tvil)」立証されることが必要とされている[17]。

刑罰

同意を基礎とする強姦罪では、従来より処罰対象が拡大することに対応して、事案の重大性に応じた量刑の区別が設けられることがある[17][44]。ノルウェーでは2025年の改正により、「YES MEANS YES」型に基づく、言葉または行動による同意のない性的行為の法定刑を6年以下とする一方、暴力・脅迫を用いた場合や、相手が言葉または行動で拒絶を示した場合などについては10年以下としている[59][17]。なおスウェーデン犯罪防止評議会(Brå)が同意・任意性を基礎とする強姦法を有する欧州諸国を比較したところ、暴力、脅迫または特に脆弱な状態の利用を伴わない「純粋な不同意事案」に対する刑罰は、比較対象国ではスウェーデンより大幅に低い傾向がみられた[44]。

またBråは、スウェーデンで有罪判決となった事案に類似する3つの仮想事例を作成し、同意を基礎とする強姦法を有する欧州諸国の法律専門家に、自国で想定される刑罰を尋ねている。事例は匿名性を確保するため若干変更されている[44]。

第1の事例は、20代男女の初デートで、女性が「NO」と繰り返したにもかかわらず男性が膣性交を開始し、数分後に中止して謝罪したもので、暴力や脅迫はなかった。フィンランドでは1年6か月から1年8か月、スロベニアでは10か月から12か月の執行猶予付き拘禁刑、デンマークでは2年6か月または3年と評価された。ベルギーでは、前科がなく暴力を用いず事後に謝罪した場合、拘禁刑より執行猶予付き刑と保護観察となる可能性が高いとされた。イングランドおよびウェールズでは量刑の出発点は5年であるが、認罪などにより最大3分の1の減刑が可能とされた[44]。

第2の事例は、任意の膣性交後、男性が女性の肛門に指を挿入し、女性が言葉を発さず身体で嫌がる意思を示してベッドから離れた後、男性が陰茎を女性の口に挿入し、女性が口を手で塞いでもその手を除いて継続したものである。デンマークでは7か月、膣性交であれば1年2か月、フィンランドでは2年2か月から2年4か月、スロベニアでは執行猶予付き刑とされた。ベルギーでは拘禁刑のほか社会奉仕、保護観察、電子監視、執行猶予付き刑も可能とされ、イングランドおよびウェールズでは5年が想定された[44]。なおデンマークでは、性交について純粋な受動性の事案で1年2か月、暴力を伴う場合で2年6か月、性交以外の性的行為では実務上7か月から8か月程度が量刑水準とされる[44]。

第3の事例は、対人交流能力に影響する神経発達上の障害を双方が有する若いカップルが任意に膣性交をした後、女性が疲れて続けたくないと述べて中止したものの、男性が陰茎を膣内に残し、その後再び勃起すると性交を再開し、数分後、女性から肯定的な反応がないため適切ではないと感じて中止したものである。フィンランドでは1年6か月から1年8か月、デンマークでは1年2か月が出発点とされた。スロベニアでは有罪となるか自体が不確実で、有罪の場合は1か月から3か月の執行猶予付き拘禁刑、ベルギーでは治療を伴う保護観察となる可能性が高いとされた。イングランドおよびウェールズでは5年が出発点であるが、被告人の障害の程度によって減刑され、または検察官が訴追しない可能性があるとされた[44]。

また積極的同意を欠くことによる性的違反については、相手の意思に反して性的行為を行う場合より軽い類型として区別すべきであるとの見解がある。ドハティは、積極的同意が明確に表明されていない性的行為は、相手の意思に反した性的行為より重大性が相当に低く、これに対する制裁も相当に軽いものとすべきであると論じている[61]。

関連項目

出典

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