アクトン・ベイビー
| 『アクトン・ベイビー』 | ||||
|---|---|---|---|---|
| U2 の スタジオ・アルバム | ||||
| リリース | ||||
| 録音 |
1990年 ハンザ・スタジオ(ベルリン) ウィンドミルレーン・スタジオ(ダブリン) | |||
| ジャンル | ロック | |||
| 時間 | ||||
| レーベル | アイランド・レコード | |||
| プロデュース |
ブライアン・イーノ ダニエル・ラノワ | |||
| 専門評論家によるレビュー | ||||
| チャート最高順位 | ||||
| ||||
| U2 アルバム 年表 | ||||
| ||||
『アクトン・ベイビー』(Achtung Baby)は、アイルランドのロックバンド、U2が1991年に発表した第7作目のスタジオ・アルバムである。
世界的な大成功を収めた『ヨシュア・トゥリー』(1987年)や『魂の叫び』(1988年)におけるルーツ・ロック的なアプローチから一転し、インダストリアル、オルタナティヴ・ロック、エレクトロニック・ダンス・ミュージックなどの要素を大々的に取り入れた、バンドのキャリアにおいて最大の転換点となった作品である。レコーディングは東西ドイツ統一直後のベルリンにあるハンザ・スタジオと、母国アイルランドのダブリンで行われた。プロデューサーにブライアン・イーノとダニエル・ラノワを迎え、過去の自らのシリアスで求道的なイメージを破壊し、より皮肉やユーモアに満ちたアプローチを採用することで、1990年代における新たなアイデンティティを確立した。
リリースされるや否や全世界で大ヒットを記録し、現在までに1,800万枚以上のセールスを誇る。グラミー賞で最優秀ロック・パフォーマンス賞(デュオ/グループ)を獲得し、「ワン」「ジ・エンド・オブ・ザ・ワールド」「ミステリアス・ウェイズ」「ザ・フライ」などの数多くの代表曲を生み出した。1990年代を代表する最も重要なロック・アルバムの一つとして、現在も多くのメディアや批評家から最高傑作として高く評価されている。
2011年にはアルバム発表20周年を記念してリマスタリング盤、シングルB面・レアトラックを収録した2CD盤、DVDなど特典付きのデラックス盤など4タイトルをリリース[1]。さらに、困難なレコーディングの模様を振り返るドキュメンタリー映画「フロム・ザ・スカイ・ダウン (From The Sky Down) 」(デイビス・グッゲンハイム監督)が公開された[2]。
概要
路線変更の背景
『アクトン・ベイビー』に至る大規模な路線変更の背景には、前作『魂の叫び』(1988年)をめぐる批判と、バンド自身が抱えていた音楽的な行き詰まりがあった。『魂の叫び』は商業的には成功を収めた一方、U2がアメリカのロック史やルーツ・ミュージックに過度に傾倒し、自らをロック史上の偉大な存在と重ね合わせようとしているとの批判を受けた[3][4]。また、バンドとプロダクション・チームの間でも、次に進むべき音楽的方向をめぐって意見が衝突していた[5]。
1989年12月、ラヴタウン・ツアーの終盤にダブリンのポイント・デポで行われた公演で、ボノは「これはU2にとって何かの終わりだ。僕たちはここを離れて、もう一度すべてを夢見直さなければならない(dream it all up again)」と観客に語った[6]。その言葉通り、ツアー終了後のU2は活動を一旦停止した[7]。
新しい音楽の模索

ツアー終了後、U2はそれまでとは異なる音楽性を模索し始めた。特にジ・エッジは、ソニック・ユース、マイ・ブラッディ・ヴァレンタイン、アインシュテュルツェンデ・ノイバウテン、ナイン・インチ・ネイルズ、ヤング・ゴッズ、KMFDM、タンジェリン・ドリームなどのノイズ・ロック、エレクトロニカ、クラウトロック、インダストリアル・ミュージックを聴き込んでいた。エッジは、こうした新しい音楽で用いられていたドラム・ループやサンプリング、電子的な音響処理をU2の音楽に取り入れる可能性を探っていた。
一方ボノは、ラップがサンプラーなどの新しい技術を使いながら、音楽の感情的な核心へ到達していることに注目していた。特にパブリック・エナミーなどの録音が、強調された低音によってカー・ステレオやクラブの音響装置から大きな効果を引き出していることを評価し、従来のU2の録音にはない音の力強さを感じていた[8][9]。ボノはまた、ストーン・ローゼズやハッピー・マンデーズがロックとダンス・リズムを結び付けた方法にも関心を示していた[8][10]。
さらにボノは、ボーカル専門家の指導を受け、従来の喉を大きく開いた力強い歌唱を抑え、シナトラを思わせる抑制された語りかけるような歌唱法を採用した。ときおりファルセットも交えながら、叫ぶよりもささやくほうが強い力を持つことがあると悟ったのである[11]。その成果は、アルバム制作に先立つ1990年の活動ですでに現れていた。同年、U2はチャリティー・アルバム『Red Hot + Blue』のためにコール・ポーターの「夜も昼も」をカバーし、電子的なビートやヒップホップの要素を取り入れた。また、ボノとエッジはロイヤル・シェイクスピア・カンパニーによる舞台版『時計じかけのオレンジ』の音楽制作にも参加し、「アレックス・ディセンズ・イントゥ・ヘル・フォー・ア・ボトル・オブ・ミルク」など、インダストリアル・ミュージックの影響を強く受けた実験的な楽曲を制作した。これらの試みは、後の『アクトン・ベイビー』の音楽的方向性を先取りするものとなった[12]。
ベルリンでの制作難航

1990年夏にはダブリンのSTSスタジオでデモ制作を行い、「リアル・シング」「ワイルド・ホーセズ」「夢の涯てまでも」「ミステリアス・ウェイズ」など、後に『アクトン・ベイビー』へ収録される楽曲の原型が作られた[12]。同年10月には、ドイツ再統一を目前にしたベルリンへ渡り、ハンザ・スタジオで新作のレコーディングを開始した。プロデューサーにはブライアン・イーノとダニエル・ラノワを迎え、エンジニアとしてフラッドも加わった。イーノはかつてこのスタジオでデヴィッド・ボウイとともに、『ベルリン三部作』を産み出していた[13]。
しかし、ベルリンでのセッションは当初から順調に進んだわけではなかった。エッジによれば、ハンザ・スタジオは非常に広い空間だったため、ダブリンでの制作時のようなメンバー同士の親密な感覚が得られず、楽曲が思うように形にならなかった。また、ボノとエッジが新しい電子的・インダストリアルな方向を推し進めようとしたのに対し、ラリー・マレン・ジュニアとアダム・クレイトンは従来のU2に近い音楽性を志向しており、バンド内部で方向性が分かれていた[14][15]。またこの際、デビュー以来、マネージャーのポール・マクギネスを含めて5人平等に配分されていた利益分配についても、バンドへの貢献度が高いボノとエッジが不満を募らせていたのだという[16]。ボノによれば、「10段階でいうと、解散の危機の9の段階まで来ていた」「バンドのラインナップを拡大して他のミュージシャンを入れることすら考えた」という状況だった[13]。
こうした状況の中、セッションの突破口となったのが「ワン」だった。エッジとラノワがコードを組み合わせているうちにボノがメロディーを思いつき、約10分でメロディー、コード、曲の基本構成が形になった。その後、アダムとラリーが加わり、約2時間で演奏を録音した。エッジは、この曲が生まれたことで、それまでスタジオに張り詰めていた緊張が一気に解けたと振り返っている[17]。
ダブリンでの制作再開
1990年末、U2はベルリンでのセッションを終えてダブリンに戻り、そこで録音した素材を聴き直した。バンドはベルリンでの作業に可能性があることを認め、1991年1月には一度ハンザ・スタジオへ戻って録音を続けたものの、完成した楽曲はわずか2曲だった。しかし、このセッションで得られた経験が、その後の制作を進めるきっかけとなった。1991年2月、U2はダブリン郊外のダルキーにある海辺の邸宅エルシノアに拠点を移した。バンドはこの家を、その外観の趣味の悪さから「ドッグ・タウン(Dog Town)」と呼び、アルバムのクレジットにもこの名称を使用した[19][20]。
エルシノアでの録音には、ダブリンの音響会社Audio Engineeringが機材を提供し、邸宅のガレージを改造した部屋が録音スペースとして使われた。コントロール・ルームと演奏スペースの間にはビデオカメラとテレビ・モニターが設置され、メンバーとスタッフが互いの作業を確認しながら録音できる環境が整えられた。海辺にあり、ボノとエッジの自宅からも近いこの場所は、ベルリンよりもリラックスした環境をもたらし、制作を再び活発化させた[19]。
この時期には、フラッドとロビー・アダムズ」がエンジニアとして作業を続けた。1991年2月から5月末まではフラッドが主任エンジニアを務めていたが、別のセッションのためフラッドが一時的に離れることになった際、ダニエル・ラノワの依頼でアダムズが作業を引き継いだ。その後フラッドが戻ると、シャノン・ストロングも加わり、3人のエンジニアが同時に作業する体制となった[21]。
さらに、エルシノアと並行してエッジの自宅に設けられたスタジオでも作業が行われた。アダムズによれば、2つのスタジオを同時に使用することで、常に別の場所から新しいアイデアや音を持ち帰ることができ、同じ素材を繰り返し検討して行き詰まることを防いだ。朝にエッジの自宅で行った作業を夕方にエルシノアへ持ち帰り、互いの成果を聴き比べることで、制作に新鮮な刺激が生まれていたという[19]。
ダブリンでの作業では、単にベルリンで録音した曲を完成させるのではなく、演奏やアレンジそのものを何度も作り直しながら楽曲を形にしていった。アダムズによれば、U2は「スタジオで曲を書く」バンドであり、最後の瞬間までさまざまな演奏方法やアレンジを試していた。あるパートを新たに加えることで曲全体のバランスが変わり、それに応じてベースやドラムまで変更することも珍しくなかった。そのため、初期のデモと完成した楽曲では、原型をほとんど見分けられないほど変化したものもあったという。その象徴的な例が「ミステリアス・ウェイズ」で、ギターのオーバーダブはミックスが完成した後に追加された。このようにU2は、いったん完成したと思われた曲にも最後まで手を加え続け、録音期限が来るまで楽曲を変化させていった[19]。
また、エルシノアでの制作では、ベルリンで行き詰まった「レディ・ウィズ・ザ・スピニング・ヘッド」のセッションから、新たな楽曲が次々と生まれた。この曲の素材は最終的に「ザ・フライ」「ウルトラヴァイオレット(ライト・マイ・ウェイ)」「ズー・ステーション」という3曲へと発展し、アルバムの中核を形成することになった[22]。
一方、制作途中でブライアン・イーノが、それまでに録音された素材を聴いて「完全な災害(total disaster)」だと判断したことも、アルバム完成への重要な転機となった。イーノはU2が自分たちの音楽に近づきすぎていると考え、過剰なオーバーダビングを取り除く作業を行った。さらに、完成期限の約1か月前には制作全体が混乱していると判断し、バンドに2週間の休暇を取るよう促した。この休止によってメンバーは作品を客観的に見直すことができ、制作は再び前進した[19]。
7月にエルシノアでの作業を終えると、制作の中心はダブリンのウィンドミル・レーン・スタジオへ移された。ここではイーノ、ラノワ、フラッドらがミックスと最終的なオーバーダブを進め、スティーヴ・リリーホワイトも「リアル・シング」と「ワイルド・ホーセズ」のミックスに参加した。こうして、ベルリンで始まった制作は、ダブリンでの長期間にわたる試行錯誤を経て、1991年9月に最終的な形へとまとめられた[22]。
アルバムのタイトル
アルバムのタイトルには「Man」「69」「Zoo Station」「Adam」などの案があり、「Fear of Women」「Cruise Down Main Street[注釈 1]」も候補に挙がった。「Man」はデビュー・アルバム『ボーイ』との対比を意識したもので、「Adam」はアダム・クレイトンのヌード写真をジャケットに使用する案と結びついていた。「Cruise Down Main Street」は、ローリング・ストーンズの『メイン・ストリートのならず者』を踏まえたタイトルで、湾岸戦争で使用された巡航ミサイルも意識したものだった[24]。
最終的にタイトルには『アクトン・ベイビー(Achtung Baby)』が選ばれた。「Achtung」はドイツ語で「注意」あるいは「警告」を意味する言葉で、ドイツで行われたレコーディングを反映するとともに、映画『プロデューサーズ』で使われた言葉でもあった。また、バンドのサウンドマンであるジョー・オーハーリヒーがベルリンでの制作中に頻繁に口にしていたこともタイトルの由来となった[24]。
ジャケット
『アクトン・ベイビー(』のジャケットは、前作『魂の叫び』や『ヨシュア・トゥリー』のモノクロを基調としたデザインから意図的に離れ、鮮やかな色彩の写真を格子状に配置した大胆なデザインとなった。デザインはスティーヴ・アヴェリルとショーン・マクグラスが手がけ、写真はアントン・コービンが撮影した[24]。
写真撮影は1990年末のベルリンから始まり、1991年2月にはテネリフェ島で行われたカーニバルで追加撮影が行われ、さらに7月にはモロッコでも撮影された。これらの写真に加え、スタジオで撮影されたメンバーの写真も使用され、12インチ盤の表ジャケットには**4×4の格子状に16枚の写真**が配置された。裏ジャケットにも同様のグリッドが用いられている[24]。
デザインの大きな狙いの一つは、前作『魂の叫び』や『ヨシュア・トゥリー』との視覚的な差別化だった。そのため、従来のU2の作品に多かった黒と白を避け、鮮やかなカラー写真を大量に組み合わせることで、バンドのイメージそのものを刷新した。一方で、写真のすべてがカラーというわけではなく、モノクロ写真も一部に組み込まれている[24]。
ジャケットには、ベルリンの壁崩壊後のヨーロッパを象徴するような写真や、テネリフェ島のカーニバル、メンバーの変装的な姿など、従来のU2とは異なるイメージが並べられた。さらに、ジャケット写真にはアダム・クレイトンのヌード写真も含まれていた。この写真は北米のレコード会社関係者に提示された際に問題となり、デザイナーは該当部分に手書きの「X」を重ねた代替デザインを用意した。一部の盤では、アダムの下半身を四つ葉のクローバーで隠す処理も施された[24]。
CDのレーベル面には、ウィンドミル・レーン・スタジオの壁に描かれていた赤ん坊のグラフィティが使用された。このイラストはチャーリー・ウィスカーによるもので、後にZoo TVツアーでも使用され、『ZOOROPA』のアートワークにも登場するなど、1990年代のU2を象徴するイメージへと発展した[24]。
海賊版流出
レコーディング中の1991年4月、本作の制作途中の音源が海賊版として闇市場に流出した。ドイツのレコード・プレス工場で製造されたとみられる2種類のダブル・アルバム『The New U2: Rehearsels [sic] & Full Versions』には、合計3時間を超える未加工の音源が収録され、1枚につき最高40ポンドで取引されていた。音源はハンザから盗み出されたものとみられ、アイランド・レコードは『ミュージック・ウィーク』誌に広告を掲載して法的措置を警告。捜査にはFBI、イギリス警察、税関、BPIの海賊版対策部門も加わり、多くの業者が取り扱いを拒否した。流出元は特定できなかったものの、アイランドはプレス工場を閉鎖させ、関係者の起訴にまでこぎつけた。ボノは流出音源を「意味不明なでたらめ」と軽視した一方、エッジは後に、この出来事を「レイプされたようなものだった」と振り返っている[25]。
収録曲
オリジナル盤
| 全作詞: ボノ、全作曲: U2。 | |||
| # | タイトル | プロデューサー | 時間 |
|---|---|---|---|
| 1. | 「ズー・ステーション」 | ダニエル・ラノワ | |
| 2. | 「リアル・シング」 | スティーヴ・リリーホワイト, with ブライアン・イーノ and ラノワ | |
| 3. | 「ワン」 | ラノワ with イーノ | |
| 4. | 「夢の涯てまでも」 | ラノワ with イーノ | |
| 5. | 「ワイルド・ホーセズ」 | リリリーホワイト, ラノワ, イーノ | |
| 6. | 「ソー・クルーエル」 | ラノワ | |
| 7. | 「ザ・フライ」 | ラノワ | |
| 8. | 「ミステリアス・ウェイズ」 | ラノワ with イーノ | |
| 9. | 「世界を抱きしめて」 | ラノワ with イーノ | |
| 10. | 「ウルトラ・ヴァイオレット」 | ラノワ with イーノ | |
| 11. | 「アクロバット」 | ラノワ | |
| 12. | 「恋は盲目」 | ラノワ | |
合計時間: | |||
20周年記念盤
30周年記念盤
『アクトン・ベイビー:ザ・ビデオズ、ザ・カメオズ・アンド・ア・ホール・ロット・オブ・インターフェアレンス・フロム・ズーTV』
| アクトン・ベイビー:ザ・ビデオズ、ザ・カメオズ・アンド・ア・ホール・ロット・オブ・インターフェアレンス・フロム・ズーTV | |
|---|---|
| Achtung Baby: The Videos, The Cameos, and a Whole Lot of Interference from Zoo TV | |
| 出演者 | U2 |
| 製作会社 | アイランド・レコード、PolyGram Video |
| 上映時間 | 65分 |
| 製作国 |
|
解説
『アクトン・ベイビー:ザ・ビデオズ、ザ・カメオズ・アンド・ア・ホール・ロット・オブ・インターフェアレンス・フロム・ズーTV』(Achtung Baby: The Videos, The Cameos, and a Whole Lot of Interference from Zoo TV)は、U2のアルバム『アクトン・ベイビー』に関連して1992年に発表された映像作品。VHSおよびレーザーディスクで発売され、『アクトン・ベイビー』から制作されたミュージック・ビデオと、Zoo TVツアーのステージ映像を思わせる「Interference(インターフェアレンス)」と題された映像素材を組み合わせた構成となっている[26]。
本作には、「リアル・シング」「ミステリアス・ウェイズ」「ワン」「ザ・フライ」「夢の涯てまでも」のミュージック・ビデオを収録。「ワン」は3種類、「リアル・シング」は3種類の映像バージョンが収録されており、アルバムのプロモーションにおいて展開された多様な映像表現をまとめて見ることができる作品となっている[26]。
また、ミュージック・ビデオの間に挿入される「Interference」では、U2の過去を振り返る映像、アルバム制作時のベルリンでのレコーディング風景、メディア映像、Zoo TVツアーに関連する映像などが用いられている。こうした構成は、テレビ画面やニュース映像、広告、ドキュメンタリーなどを大量に混在させたZoo TVの視覚的コンセプトを映像作品として再現したものといえる[26]。
収録内容
| # | タイトル | 時間 |
|---|---|---|
| 1. | 「インターフェアレンス 1」(Interference 1) | |
| 2. | 「リアル・シング(ヴァージョン1)」(Even Better Than the Real Thing (Version 1)) | |
| 3. | 「インターフェアレンス 2」(Interference 2) | |
| 4. | 「ミステリアス・ウェイズ」(Mysterious Ways) | |
| 5. | 「ワン(ヴァージョン1)」(One (Version 1)) | |
| 6. | 「ザ・フライ」(The Fly) | |
| 7. | 「インターフェアレンス 3」(Interference 3) | |
| 8. | 「イーヴン・ベター・ザン・ザ・リアル・シング(ダンス・ミックス)」(Even Better Than the Real Thing (Dance Mix)) | |
| 9. | 「ワン(ヴァージョン2)」(One (Version 2)) | |
| 10. | 「リアル・シング(ヴァージョン2)」(Even Better Than the Real Thing (Version 2)) | |
| 11. | 「ワン(ヴァージョン3)」(One (Version 3)) | |
| 12. | 「夢の涯てまでも」(Until the End of the World) |
『AHK-toong BAY-bi Covered』
| 『AHK-toong BAY-bi Covered』 | |
|---|---|
| Various Artists の スタジオ・アルバム | |
| リリース | |
| ジャンル | ロック |
| レーベル | マーキュリー・レコードインタースコープ・レコードユニバーサル・レコード |
| チャート最高順位 | |
| |
『AHK-toong BAY-bi Covered』は、U2のアルバム『アクトン・ベイビー』の発売20周年を記念して制作されたトリビュート・アルバム。2011年10月25日に、イギリスの音楽雑誌『Q』2011年12月号(第305号)の付録CDとして発表された[27]。『Q』の創刊25周年と『Achtung Baby』の発売20周年を記念した企画で、ナイン・インチ・ネイルズ、パティ・スミス、デペッシュ・モード、スノウ・パトロール、ザ・キラーズ、ジャック・ホワイトら、U2とは異なる世代・音楽的背景を持つアーティストが『Achtung Baby』の全12曲をそれぞれカバーした[28]。 企画を担当した『Q』編集長ポール・リースは、この作品について『アクトン・ベイビー』を「私たちの時代における重要なアルバム」の一つと位置づけ、同誌の25周年を記念する企画としてふさわしいものだと語っている[28]。
| # | タイトル | 時間 |
|---|---|---|
| 1. | 「ズー・ステーション」(ナイン・インチ・ネイルズ) | |
| 2. | 「リアル・シング」(U2(ジャック・ル・コン・ミックス)) | |
| 3. | 「ワン」(ダミアン・ライス) | |
| 4. | 「夢の涯てまでも」(パティ・スミス) | |
| 5. | 「ワイルド・ホーセズ」(ガービッジ) | |
| 6. | 「ソー・クルーエル」(デペッシュ・モード) | |
| 7. | 「ミステリアス・ウェイズ」(スノウ・パトロール) | |
| 8. | 「世界を抱きしめよう」(ザ・フレイ) | |
| 9. | 「ザ・フライ」(ギャヴィン・フライデー) | |
| 10. | 「ウルトラヴァイオレット(ライト・マイ・ウェイ)」(ザ・キラーズ) | |
| 11. | 「アクロバット」(グラスヴェガス) | |
| 12. | 「恋は盲目」(ジャック・ホワイト) | |
合計時間: | ||
ツアー
Zoo TVツアー
U2は1992年から1993年にかけて、本作および『ZOOROPA』をサポートする世界規模のコンサート・ツアーを行った。メディアの過飽和状態やテレビ文化を痛烈に風刺したこのツアーは、ステージ上に多数のテレビモニターや巨大なビデオスクリーンを配置し、意図的に情報過多な空間を作り出すという前衛的なマルチメディア・ショーであった。これにより、1980年代の彼らが持っていた「真面目でストイック」というパブリックイメージからの劇的な脱却を図ることとなった。
ツアーは全5レグ(北米、ヨーロッパ、オセアニア、アジア)で構成され、およそ2年弱で合計157公演が行われた。フロントマンのボノは、「ザ・フライ」、「ミラーボール・マン」、「マクフィスト」といった複数の架空のキャラクターをステージ上で演じ分け、ライブ中にホワイトハウスや各国の政治家、地元のピザ屋などに電話をかけるといった奇抜なパフォーマンスを行った。その視覚的・概念的なスケールの大きさから、現在でもロック史に残る最も野心的で革新的なツアーの一つとして高く評価されている。
U2:UV アクトン・ベイビー・ライブ・アット・スフィア
2023年9月から2024年3月にかけて、U2はラスベガスのスフィアで、同会場の開業公演となるレジデンシー公演「U2:UV アクトン・ベイビー・ライブ・アット・スフィア」を全40回開催した。公演では『アクトン・ベイビー』の全曲が演奏され、スフィアの巨大なLEDスクリーンと立体音響を生かした映像演出が施された。手術後の療養中だったラリー・マレン・ジュニアは参加せず、クレジップのブラム・ファン・デン・ベルフがドラムを担当した[29]。
後続への影響
『アクトン・ベイビー』は、音楽性とイメージの刷新、ロックとダンス音楽の融合、ライブ演出という面で、後続の音楽家に影響を与えた。『NME』のタリア・ソゴモニアンは2010年、本作がその後約20年間のギター・ロックの基準となったと論じ、エッジのギター・サウンドだけでなく、大規模な会場を志向するバンドの活動姿勢にも影響が及んだと批判的に評した[30]。
音楽性とイメージの刷新
音楽理論研究者のクリストファー・エンドリナルは、U2が『ヨシュア・トゥリー』『魂の叫び』の成功に安住せず、本作で音楽性とイメージを刷新したと論じている。成功によって定着したバンド像を自ら変える姿勢は、その後のロック・バンドにとっても参照点となった[31]。
R.E.M.のマイケル・スタイプは、『モンスター』(1994年)で新たな方向性を探る際、本作で演劇的な表現を取り入れたU2の変化に刺激を受けたと述べている[32]。コールドプレイのクリス・マーティンも、本作やレディオヘッドの『キッドA』にみられる自己変革を高く評価し、自分たちも作品ごとに音楽性を変えてきたと説明している[33]。
ロックとダンス音楽の融合
本作ではダンス音楽のリズムや電子的な音響処理が取り入れられ、その方向性は『ZOOROPA』『ポップ』へと続いた。U2はポール・オークンフォールドらとの共同制作やリミックスを通じ、ロックとクラブ・ミュージックの接点を広げた[34]。音楽研究者のエド・モンターノは、こうした活動がダンス音楽をロックの聴衆に紹介し、他のロック・アーティストによる電子音楽の導入や、DJによるロック楽曲のリミックスを促したと評価している[35]。
具体的な制作上の影響として、ガービッジのブッチ・ヴィグは、本作がデビュー・アルバム『Garbage』(1995年)に大きな影響を与えたと述べている。ヴィグは、電子音楽やインダストリアル・ロックの導入に加え、ドラム、ギター、歌声への音響処理や、曲ごとに異なる音響空間を作る手法を高く評価した[36]。
ライブ演出への影響
本作に伴うZoo TVツアーは、音楽、映像、演劇的な演出、メディア批評を組み合わせた公演となった。音楽評論家のアンソニー・デカーティスは、本作とZoo TVがU2自身だけでなく、ライブ・パフォーマンスの多くの側面を刷新したと評価している[37]。また、ミシェル・オブライエンは、Zoo TVを、映像や情報技術、社会批評を含む舞台表現として論じている[38]。
スタイプも、R.E.M.がスタジアム公演を行うようになった時期の自身の舞台表現について、『アクトン・ベイビー』『ZOOROPA』期のU2や、グラム・ロックの演劇性から影響を受けたと述べている[39]。
後年のバンドへの影響
本作は、21世紀のバンドにとっても制作上の参照点となった。スノウ・パトロールは、『Fallen Empires』(2011年)の着想源として、本作、LCDサウンドシステムの『Sound of Silver』、アーケイド・ファイアの『ザ・サバーブス』を挙げ、電子音楽やクラブ・ミュージックの要素を取り入れた[40]。ミューズのマシュー・ベラミーも、U2とのツアーでの共演が『The 2nd Law』(2012年)の制作に影響し、同作には『アクトン・ベイビー』の要素が随所にあると述べている[41]。
批評
『アクトン・ベイビー』は、U2が1980年代に確立した壮大で求道的なロックから大きく方向転換し、電子音楽、ダンス・ミュージック、オルタナティヴ・ロックなどの要素を取り込んだ作品として、発売当時から高く評価された。『ローリング・ストーン』誌のイライザ・ガードナーは、前作『魂の叫び』で見られたアメリカン・ルーツ・ミュージックへの傾倒を踏まえ、本作では過去へのオマージュではなく「実験」に取り組んでいる点を評価し、U2が新しい音楽的要素を自分たちの持ち味の中に消化していると評した。また、ヒップホップ由来の電子的なビートをギター主体のサウンドに重ねることで、新たな音楽的パレットを獲得したと指摘した[42]。
『インディペンデント』紙のベン・トンプソンは、本作を「驚くほど内省的で複雑」な作品と評価し、従来のU2に付きまとっていた大仰さや自己重要視のイメージとは異なる側面を指摘した[43]。また、発売当時の『タイム』誌のレビューでも、本作は1991年の優れたアルバム群の一つとして取り上げられ、U2が新たな音楽的局面を切り開いたことが評価された[44]。
一方、現在の評価では、単なる「イメージチェンジ」ではなく、U2の音楽そのものを再構築した作品として位置づけられている。『AllMusic』のスティーヴン・トマス・アールワインは、本作をU2のサウンドとスタイルを完全に変えた徹底した再発明と評価し、デヴィッド・ボウイの1970年代後半の電子的・前衛的な作品や、当時イギリスで盛んだったレイヴ、マッドチェスターの影響を指摘している。また、厚いダンス・ビート、渦巻くギター、エフェクト、サンプリングされたような音響を用いながらも、楽曲そのものの構造を大きく崩すのではなく、従来のU2のソングライティングを新しい音響空間の中に置き直した点を評価し、最終的に「おそらく彼らの最高傑作」と評した[45]。
また、本作の変化は単純なダンス・ミュージックへの接近として捉えることもできない。『ローリング・ストーン』誌のドイツ版は、当時のクラブ・カルチャーへの対応としばしば解釈されたリズム面の変化について、実際にはそのディスコ的要素は後から振り返るとやや無理のある解釈でもあると指摘している。その一方で、「ズー・ステーション」に象徴される金属的で都市的なサウンドは、それまでのU2からの決定的な断絶として評価されている[46]。
こうした評価に共通するのは、『アクトン・ベイビー』がU2の過去を完全に捨て去った作品ではなく、従来の壮大なロック・サウンドを維持しながら、その内部に電子音、ダンス・ビート、ノイズ、エフェクト、官能性、自己批判的なユーモアを持ち込んだ作品だという点である。政治的・宗教的なメッセージを正面から掲げた1980年代の作品と比較すると、本作では愛、欲望、裏切り、孤独、信仰の揺らぎといった個人的なテーマが前面に出ており、音楽的な変化と歌詞の内面化が一体となっている。『AllMusic』も、本作では政治的な主題よりも個人的な問題が中心となり、ボノがそれまでになく感情を露わにしていると評価している[47]。
結果として『アクトン・ベイビー』は、U2が1980年代の成功によって確立したイメージを自ら解体し、1990年代の音楽環境に適応するだけでなく、自らその変化を主導した作品として評価されている。後年にはU2の最も重要なアルバムの一つ、さらにはロック史における代表的な「再発明」の一例として位置づけられるようになった[48]。
評価
イヤーオブ
- 1991年ローリングストーン年間ベストアルバム第2位[49]
- 1991年ローリングストーン読者が選ぶ年間ベストアルバム第1位[49]
- 1991年ヴィレッジ・ボイスPazz&Jopアルバムリスト第4位[50]
- 1991年NME年間ベストアルバム50第20位[51]
- 1991年Qマガジン年間ベストアルバム[52]
- 1991年Vox年間ベストアルバム50[53]
- 1991年OOR(オランダ)年間トップ10アルバム第10位[54]
- 1991年Humo(フランス)年間ベストアルバム第2位[55]
- 1991年アイ・ウィークリー(カナダ)年間ベストアルバム第10位[56]
- 1992年ロックコンパクトディスクマガジン年間ベストアルバム[57]
- 1992年フェイス年間ベストアルバム第19位[58]
- 1993年グラミー賞最優秀ロック・パフォーマンス デュオ/グループ
- 2011年アンカット年間ベスト再発アルバム第20位[59]
- 2011年ホットプレス年間ベスト再発アルバム第1位[60]
オールタイム
- 1993年エンターテインメント・ウィークリーが選ぶオールタイムベスト100第28位[61]
- 1994年ギネスが選ぶオールタイムトップアルバム1000第103位[62]
- 1995年Vpro(OORと提携しているオランダのラジオ局)が選ぶ1991~1995のトップ100アルバム第2位[63]
- 1995年スピンが選ぶベスト100オルタナアルバム第86位[64]
- 1995年Qマガジンが選ぶ人生のアルバム100[65]
- 1996年Mojo読者が選ぶオールタイムベストアルバム100第93位[66]
- 1996年ゲイリー・グラフのエッセンシャルアルバムガイド収録アルバム[67]
- 1997年ガーディアンが選ぶオールタイムベストアルバム100第71位[68]
- 1997年チャンネル4が選ぶオールタイムベストアルバム100第53位[69]
- 1997年ヴァージンメガストアが選ぶオールタイムベスト100第27位[70]
- 1997年ローリングストーンが選ぶ重要なロックコレクション[71]
- 1997年ジュース(豪州)が選ぶオールタイムベストアルバム50第7位[72]
- 1998年ヴァージンが選ぶオールタイムベストアルバム1000第28位[73]
- 1998年Qマガジン読者が選ぶベストアルバム100第15位[74]
- 1998年スタジオ・ブリュッセル(ベルギー)の視聴者が選んだオールタイムベストアルバム第3位[75]
- 1999年VH1が選ぶオールタイムベストアルバム100第65位[76]
- 1999年ジュース(豪州)が選ぶ90年代ベストアルバム1100第8位[77]
- 2000年クラシックロックマガジンが選ぶ90年代のベストアルバム30第15位[78]
- 2000年ヴァージンが選ぶオールタイムベストアルバム1000第36位[79]
- 2000年エルビス・コステロが選ぶ500枚のアルバム[80]
- ローリングストーンが選ぶ90年代の重要なアルバム[81]
- ヴィレッジ・ボイスが選ぶ90年代ベストアルバム80第28位[82]
- スピンが選ぶ90年代ベストアルバム90第19位[83]
- セレクトが選ぶ90年代ベストアルバム100第24位[84]
- 2001年Qマガジンが選ぶ人生のアルバム50第9位[85]
- 2001年Mojoが選ぶアルバム1000第255位[86]
- 2002年ローリングストーン読者が選ぶトップ100アルバム第10位[87]
- 2002年BBCレディオ6が選ぶオールタイムベストアルバム第24位[88]
- 2003年Qマガジン読者が選ぶベストアルバム100第10位[89]
- 2003年ローリングストーンが選ぶアルバム500第62位[90]
- 2004年レコードコレクターが選ぶ最も価値のあるアルバム100(900ポンド)[91]
- 2004年Claus(アイルランド)が選ぶオールタイムベストアルバム第10位[92]
- 2005年ホットプレスが選ぶオールタイムベスト第3位
- 2005年死ぬ前に聴いておくべきアルバム1001[93]
- 2005年Qマガジンが選ぶ究極の音楽コレクション:100ポンドしか金を持っていないときに買うアルバム5[94]
- 2005年Qマガジンが選ぶ世界を変えた音楽:アルバム1980~2004第3位[95]
- 2005年スピンが選ぶ1985~2005ベストアルバム100第11位[96]
- 2006年Qマガジンが選ぶ人生のアルバム20第6位[97]
- 2006年Qマガジン読者が選ぶベストアルバム100第9位[98]
- 2006年NMEが選ぶオールタイムベストアルバム100第40位[99]
- 2007年ガーディアンが選ぶ死ぬ前に聴いておくべきアルバム1000[100]
- 2007年OOR(オランダ)が選ぶトップ100アルバム第23位[101]
- 2008年死ぬ前に聴いておくべきアルバム1000[102]
- 2009年Mojoが選ぶアイランドのアルバムベスト50第44位[103]
- 2010年スピンが選ぶこの25年のベスト・アルバム125第1位[104]
- 2011年Qマガジンが選ぶ人生のアルバム250第9位[105]
- 2012年ローリングストーンが選ぶアルバム500第63位[106]
- 2013年ジョン・ミーガー(アイリッシュ・インディペンデント紙)が選ぶオールタイムベスト第2位
- アイリッシュ・タイムズが選ぶオールタイムベストアルバム第2位
脚注
注釈
- ↑ ローリング・ストーンズの『メイン・ストリートのならず者(Exile on Main St.)』を意識したタイトルである。アルバムのジャケットも同作を意識している。
出典
- ↑ U2、発売20周年を記念し『アクトン・ベイビー』4タイトル登場 - BARKS(2011年11月28日)
- ↑ U2:メンバーが語る「アクトン・ベイビー」誕生秘話 日本未公開ドキュメンタリーがWOWOWで - まんたんウェブ(2011年12月26日)
- ↑ “The First Temptation of U2: Will the Biting Criticism of “Rattle and Hum” Cause the Band to Weaken Its Vision?”. Los Angeles Times (1988年11月20日). 2026年8月17日閲覧。
- ↑ “Rattle and Hum Review - Anthony DeCurtis in Rolling Stone”. U2.com (1988年9月30日). 2026年8月17日閲覧。
- ↑ “U2 > Band”. U2.com. 2026年8月17日閲覧。
- ↑ “U2 > Band”. U2.com. 2026年8月17日閲覧。
- ↑ “U2 > Band”. U2.com. 2026年8月17日閲覧。
- 1 2 Flanagan 1996, pp. 7–9.
- ↑ Flanagan 1996, pp. 28–29.
- ↑ McCormick 2012, pp. 214–216.
- ↑ Jobling 2014, p. 222.
- 1 2 “Achtung Baby at 30: how U2 launched their daring decade”. Irish Independent (2021年11月13日). 2026年8月17日閲覧。
- 1 2 「ロッキング・オン2017年8月号」、ロッキング・オン、2018年、36-37頁。
- ↑ “The Edge: “Digital delay was a way for me to add coloration, dimension, additional rhythm and a certain machine-age quality””. Guitar World. 2026年8月17日閲覧。
- ↑ “U2 begin recording Achtung Baby in Germany”. U2.com (1990年10月30日). 2026年8月17日閲覧。
- ↑ Jobling 2014, p. 213.
- ↑ “Billboard, 16.11.02”. U2.com. 2026年8月17日閲覧。
- ↑ グラハム 1998, p. 113.
- 1 2 3 4 5 “Robbie Adams: U2's Achtung Baby & Zooropa”. Sound on Sound. 2026年8月17日閲覧。
- ↑ U2. “U2 > Discography > Albums > Achtung Baby” (英語). U2.com. 2026年8月17日閲覧。
- ↑ “Robbie Adams: U2's Achtung Baby & Zooropa”. Sound on Sound. 2026年8月17日閲覧。
- 1 2 “u2songs | discography”. www.u2songs.com. 2026年8月17日閲覧。
- ↑ Jobling 2014, p. 219.
- 1 2 3 4 5 6 7 “Achtung Baby”. u2songs.com. 2026年8月17日閲覧。
- ↑ Jobling 2014, p. 216.
- 1 2 3 “Achtung Baby the videos, the cameos and a whole lot of interference from Zoo tv”. U2.com. 2026年8月29日閲覧。
- ↑ “'AHK-toong BAY-bi'”. U2.com (2011年10月25日). 2026年8月29日閲覧。
- 1 2 “'AHK-toong BAY-bi Covered'”. U2.com (2011年10月10日). 2026年8月29日閲覧。
- ↑ “‘U2:UV Achtung Baby Live At Sphere’”. Sphere Entertainment Co. (2023年12月4日). 2026年9月13日閲覧。
- ↑ Soghomonian, Talia (2010年4月30日). “It’s Depressing, But True – U2 Are The Most Influential Band Of The Last 25 Years” (英語). NME. 2026年10月15日閲覧。
- ↑ Endrinal 2012, pp. 70–73.
- ↑ “'I'm a pretty good pop star': Michael Stipe on his favourite REM songs” (英語). The Guardian (2018年1月18日). 2026年9月2日閲覧。
- ↑ “Chris Martin” (英語). Pitchfork (2011年10月21日). 2026年9月2日閲覧。
- ↑ Montano 2015, pp. 36–38.
- ↑ Montano 2015, pp. 53–54.
- ↑ Bosso, Joe (2015年10月8日). “Butch Vig: The 10 Records That Changed My Life” (英語). Classic Rock. 2026年10月15日閲覧。
- ↑ DeCurtis 2012, p. vii.
- ↑ O'Brien 2012, pp. 107–109.
- ↑ “Michael Stipe on the period when R.E.M. became a stadium band and he turned into a frontman to match it” (英語). Louder (2025年1月31日). 2026年9月2日閲覧。
- ↑ “BIOGRAPHY – SNOW PATROL”. ユニバーサルミュージックジャパン. 2026年9月2日閲覧。
- ↑ “Muse’s Matt Bellamy: 'The 2nd Law' is influenced by U2” (英語). NME (2012年8月20日). 2026年9月2日閲覧。
- ↑ “Achtung Baby Review - Elysa Gardner in Rolling Stone”. U2.com. 2026年8月17日閲覧。
- ↑ “Achtung Baby Review - Ben Thompson in The Independent”. U2.com. 2026年8月17日閲覧。
- ↑ “Achtung Baby Review - Jay Cocks in Time Magazine”. U2.com. 2026年8月17日閲覧。
- ↑ “Achtung Baby Tracks & Reviews”. AllMusic. 2026年8月17日閲覧。
- ↑ “U2 Richtung Zoo: So entstand "Achtung Baby"”. Rolling Stone Deutschland. 2026年8月17日閲覧。
- ↑ “Achtung Baby Tracks & Reviews”. AllMusic. 2026年8月17日閲覧。
- ↑ “U2: Achtung Baby [Super Deluxe Edition Album Review]”. Pitchfork. 2026年8月17日閲覧。
- 1 2 “Rocklist.net....Rolling Stone (USA) Lists Page 2...”. www.rocklistmusic.co.uk. 2024年4月1日閲覧。
- ↑ “Rocklist.net...Village Voice (Pazz & Jop) Lists 1990 to 1997... .....”. www.rocklistmusic.co.uk. 2024年4月1日閲覧。
- ↑ “Rocklist.net...NME End Of Year Lists 1991...”. www.rocklistmusic.co.uk. 2024年4月1日閲覧。
- ↑ “Rocklist.net...Q End Of Year Lists Lists .....”. www.rocklistmusic.co.uk. 2024年4月1日閲覧。
- ↑ “Vox Magazine End Of Year Lists... 1990 - 1997”. www.rocklistmusic.co.uk. 2024年4月1日閲覧。
- ↑ “Rocklist.net..OOR End Of Year lists...”. www.rocklistmusic.co.uk. 2024年4月1日閲覧。
- ↑ “Rocklist.net...Humo - Albums of the year..”. www.rocklistmusic.co.uk. 2024年4月1日閲覧。
- ↑ “Rocklist.net...Eye Weekly End Of year Lists..”. www.rocklistmusic.co.uk. 2024年4月1日閲覧。
- ↑ “Rocklist.net...Steve Parker...CD Magazine..”. www.rocklistmusic.co.uk. 2024年4月1日閲覧。
- ↑ “Rocklist.net.......The Face Recordings Of The Year...”. www.rocklistmusic.co.uk. 2024年4月1日閲覧。
- ↑ “Rocklist.net...Uncut Recordings Of The Year Lists .....”. www.rocklistmusic.co.uk. 2024年4月1日閲覧。
- ↑ “Rocklist.net...HOT PRESS Albums & Singles of the year...”. www.rocklistmusic.co.uk. 2024年4月1日閲覧。
- ↑ “Rocklist.net....ENTERTAINMENT WEEKLY Lists”. www.rocklistmusic.co.uk. 2024年4月1日閲覧。
- ↑ “Rocklist.net...Colin Larkin 1000 Albums - 1994”. www.rocklistmusic.co.uk. 2024年4月1日閲覧。
- ↑ “Rocklist.net..OOR Moordlijst...”. www.rocklistmusic.co.uk. 2024年4月1日閲覧。
- ↑ “Rocklist.net...Spin Magazine (USA) Lists...Page 2..”. www.rocklistmusic.co.uk. 2024年4月1日閲覧。
- ↑ “Rocklist.net...Q Magazine Lists”. www.rocklistmusic.co.uk. 2024年4月1日閲覧。
- ↑ “Rocklist.net...Mojo Lists Page 3...”. www.rocklistmusic.co.uk. 2024年4月1日閲覧。
- ↑ “Rocklist.net... Gary Graff - MusicHound”. www.rocklistmusic.co.uk. 2024年4月1日閲覧。
- ↑ “Rocklist.net...The Guardian Best Albums Lists...”. www.rocklistmusic.co.uk. 2024年4月1日閲覧。
- ↑ “Rocklist.net...Channel 4/HMV best music of this millennium”. www.rocklistmusic.co.uk. 2024年4月1日閲覧。
- ↑ “Rocklist.net...Virgin Chart Of The 20th Century..”. www.rocklistmusic.co.uk. 2024年4月1日閲覧。
- ↑ “Rocklist.net....Rolling Stone (USA) Lists Page 2...”. www.rocklistmusic.co.uk. 2024年4月1日閲覧。
- ↑ “Rocklist.net...Juice Fanzine lists...”. www.rocklistmusic.co.uk. 2024年4月1日閲覧。
- ↑ “Rocklist.net..Colin Larkin 1000 Albums - 2000”. www.rocklistmusic.co.uk. 2024年4月1日閲覧。
- ↑ “Rocklist.net...Q Magazine Lists”. www.rocklistmusic.co.uk. 2024年4月1日閲覧。
- ↑ “Rocklist.net...Studio Brussels Listeners Charts”. www.rocklistmusic.co.uk. 2024年4月1日閲覧。
- ↑ “Rocklist.net - Rock 'N' Roll's 100 to Albums - 1999 - VH1”. www.rocklistmusic.co.uk. 2024年4月1日閲覧。
- ↑ “Rocklist.net...Juice Fanzine lists...”. www.rocklistmusic.co.uk. 2024年4月1日閲覧。
- ↑ “Rocklist.net...Steve Parker...Classic Rock Lists...”. www.rocklistmusic.co.uk. 2024年4月1日閲覧。
- ↑ “Rocklist.net..Colin Larkin 1000 Albums - 2000”. www.rocklistmusic.co.uk. 2024年4月1日閲覧。
- ↑ “Rocklist.net...Elvis Costello’s 500 Albums You Need – The Best Of The Best”. www.rocklistmusic.co.uk. 2024年4月1日閲覧。
- ↑ “Rocklist.net....Rolling Stone Lists - Main Page”. www.rocklistmusic.co.uk. 2024年4月1日閲覧。
- ↑ “Rocklist.net...Village Voice Best Of The 90's .....”. www.rocklistmusic.co.uk. 2024年4月1日閲覧。
- ↑ “Rocklist.net...Spin Magazine (USA) Lists...Page 2..”. www.rocklistmusic.co.uk. 2024年4月1日閲覧。
- ↑ “Rocklist.net...Select Best of the '90's..”. www.rocklistmusic.co.uk. 2024年4月1日閲覧。
- ↑ “Rocklist.net...Q Magazine Lists”. www.rocklistmusic.co.uk. 2024年4月1日閲覧。
- ↑ “Rocklist.net...Mojo Lists Page 4...”. www.rocklistmusic.co.uk. 2024年4月1日閲覧。
- ↑ “Rocklist.net....Rolling Stone Lists - Main Page”. www.rocklistmusic.co.uk. 2024年4月1日閲覧。
- ↑ “Rocklist.net...UK BBC Radio Lists...”. www.rocklistmusic.co.uk. 2024年4月1日閲覧。
- ↑ “Rocklist.net...Q Magazine Lists”. www.rocklistmusic.co.uk. 2024年4月1日閲覧。
- ↑ “Rocklist.net....Rolling Stone (USA) Lists Page 2...”. www.rocklistmusic.co.uk. 2024年4月1日閲覧。
- ↑ “Rocklist.net...Record Collector End Of Year Lists...”. www.rocklistmusic.co.uk. 2024年4月1日閲覧。
- ↑ “CLUAS | Polls | Top 50 Irish albums of all time”. www.cluas.com. 2024年4月1日閲覧。
- ↑ “Rocklist.net...Steve Parker...1001 Albums..”. www.rocklistmusic.co.uk. 2024年4月1日閲覧。
- ↑ “Rocklist.net... The Q Collection..”. www.rocklistmusic.co.uk. 2024年4月1日閲覧。
- ↑ “Rocklist.net...Q Magazine Lists..”. www.rocklistmusic.co.uk. 2024年4月1日閲覧。
- ↑ “Rocklist.net...Spin Magazine (USA) Lists...Page 2..”. www.rocklistmusic.co.uk. 2024年4月1日閲覧。
- ↑ “Rocklist.net...Q Magazine Lists..”. www.rocklistmusic.co.uk. 2024年4月1日閲覧。
- ↑ “Rocklist.net...Q Magazine Lists”. www.rocklistmusic.co.uk. 2024年4月1日閲覧。
- ↑ “Rocklist.net....NME Readers Lists..”. www.rocklistmusic.co.uk. 2024年4月1日閲覧。
- ↑ “Rocklist.net...The Guardian Best Albums Lists...”. www.rocklistmusic.co.uk. 2024年4月1日閲覧。
- ↑ “Rocklist.net...More OOR lists...Page 2”. www.rocklistmusic.co.uk. 2024年4月1日閲覧。
- ↑ “Rocklist.net...Steve Parker...Tom Moon 1000..”. www.rocklistmusic.co.uk. 2024年4月1日閲覧。
- ↑ “Rocklist.net...Mojo Lists Page 2...”. www.rocklistmusic.co.uk. 2024年4月1日閲覧。
- ↑ “スピン誌がこの25年間のベストにU2『アクトン・ベイビー』を選出-rockinon.com|https://rockinon.com/news/detail/33898”. rockinon.com. 2024年4月1日閲覧。
- ↑ “Rocklist.net... Q - 1001 Best Ever Songs...”. www.rocklistmusic.co.uk. 2024年4月1日閲覧。
- ↑ “Rocklist.net....Rolling Stone (USA) Lists Page 2...”. www.rocklistmusic.co.uk. 2024年4月1日閲覧。
参考文献
- グラハム, ビル 著、川原真理子 訳『スーパーロックガイド/U2』シンコーミュージック、1998年。ISBN 978-4401615131。
- U2 著、前むつみ,久保田祐子 訳『U2 BY U2』シンコーミュージックエンタテイメント、2006年。ISBN 978-4401630417。
- Flanagan, Bill『"U2" at the End of the World』Bantam Press、1995年。ISBN 978-0593036266。
- Stokes, Nail (1996). Into the Heart: The Stories Behind Every U2 Song. Omnibus Press
- Jobling, John『U2 : The Definitive Biography』New York : Thomas Dunne Books : St. Martin's Press、2014年。
- Bono (2025). Bono: Stories of Surrender. Penguin (Cornerstone). ISBN 978-1529160598