エンジェル・オブ・ハーレム
| 「エンジェル・オブ・ハーレム」 | |||||||
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| U2 の シングル | |||||||
| 初出アルバム『魂の叫び』 | |||||||
| B面 | A Room at the Heartbreak Hotel | ||||||
| リリース | |||||||
| 規格 | シングル | ||||||
| 録音 | メンフィス Sun Studios | ||||||
| ジャンル | ロック | ||||||
| 時間 | |||||||
| レーベル | アイランド・レコード | ||||||
| 作詞・作曲 | ボノ | ||||||
| 作曲 | U2 | ||||||
| プロデュース | ジミー・アイオヴィン | ||||||
| チャート最高順位 | |||||||
| 全英9位 全米14位 | |||||||
| U2 シングル 年表 | |||||||
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『エンジェル・オブ・ハーレム』(原題: Angel of Harlem)は、アイルランドのロックバンド、U2の楽曲である。1988年に発表された6枚目のアルバムおよび同名ドキュメンタリー映画『U2/魂の叫び』(原題: Rattle and Hum)からの第2弾シングルとして、同年12月にリリースされた。
この楽曲は、偉大なジャズ・シンガーであるビリー・ホリデイ(愛称:レディ・デイ)への敬意を込めたトリビュート・ソングである。歌詞の中には彼女をはじめ、ジョン・コルトレーンやマイルス・デイヴィスといったジャズの巨匠たちの名前や、ニューヨークのランドマークが散りばめられており、当時のバンドがテーマとしていたアメリカン・ルーツ・ミュージック(ブルース、ジャズ、ソウルなど)への深い探求と憧憬が表現された、軽快なホーン・サウンドが特徴的な一曲となっている。
商業的にも成功を収め、カナダやニュージーランドのチャートで1位を獲得したほか、全英シングルチャートで9位、全米チャート(Billboard Hot 100)でも最高14位を記録した。
解説
コマネラでの作曲
「エンジェル・オブ・ハーレム」の原型は、アイルランド西部のコネマラにある小さな家で作られた。『魂の叫び』の制作に向けて、U2はアメリカ音楽のルーツを探ることを意識するようになっており、ジ・エッジはボブ・ディランの『Biograph』、ザ・ストゥージズの初期作品、カントリー歌手レフティ・フリゼルのボックス・セットなどを聴き込んでいた。そこに数日間ボノが合流し、エッジが用意していた音楽をもとに「ディザイアー」と「エンジェル・オブ・ハーレム」の大まかな原型が作られた[1]。
この時期、エッジはアコースティック・ギターを中心に新しい作曲方法を模索していた。「ディザイアー」や「ホークムーン 269」と同様、「エンジェル・オブ・ハーレム」もアコースティック・ギターから発展した楽曲である。一方、アコースティック・ギターが曲の中心となったことで、エッジはエレクトリック・ギターによるリード・パートをどこに配置するか苦心することになった。最終的には、スティーヴ・クロッパーを思わせるギター・フレーズを取り入れ、スタックス・レコードのソウル・ミュージックを想起させるホーン・セクションとの組み合わせを構築した[2]。
ビリー・ホリデイへの関心

曲の制作にあたって、ボノはビリー・ホリデイに強い関心を抱いていた。サンフランシスコで知り合った友人から、ビリー・ホリデイの伝記を贈られたことをきっかけに、彼女の音楽や生涯に興味を持つようになった。さらにU2がアメリカをツアーする中で、ゴスペル、ジャズ、R&Bを流すラジオに触れたことで、その関心は一層深まっていった[2]。
歌詞にはビリー・ホリデイを中心に、ジョン・コルトレーン、チャーリー・パーカー、マイルス・デイヴィスといったジャズ・ミュージシャンの名前が登場する。映画的で視覚的なイメージを持つ歌詞と、メンフィス・ホーンズによるホーン・アレンジによって、ニューヨークの音楽文化を描いた楽曲として完成された。ちなみに、歌詞に登場する「Lady Day」は、ビリー・ホリデイの愛称であり、「Lady Day got diamond eyes, She sees the truth behind the lies.」と歌われている[2]。
ボノは後に、「エンジェル・オブ・ハーレム」の着想につながったニューヨークでの体験について語っている。ボーイ・ツアー・アメリカ公演の際にJFK空港に到着した際、初めて乗るリムジンでマンハッタンへ向かったボノは、運転手が黒人で、車内のラジオから黒人音楽専門局WBLSが流れていたことを印象深く記憶している。ラジオではビリー・ホリデイの歌が流れ、トライボロー橋からマンハッタンのスカイラインを眺めながら、街の光やネオン、降り始めた雪を目にしたという。ボノは、このニューヨーク到着時の光景と体験を「エンジェル・オブ・ハーレム」に歌い込んだと説明している[3]。
サン・スタジオでの録音

楽曲のレコーディングは、1987年にテネシー州メンフィスのサン・スタジオで行われた。同スタジオは、エルヴィス・プレスリー、ロイ・オービソン、ジェリー・リー・ルイス、カール・パーキンスらの録音で知られ、ロックンロールの歴史を象徴する場所の一つである。U2はアメリカ音楽のルーツを探る旅の一環としてメンフィスを訪れ、メンフィス・ホーンズを招いて演奏を録音した。セッションでは「カウボーイ」・ジャック・クレメントが録音を担当した[1]。
録音時、ボノはセッションの雰囲気を盛り上げようとしてアブソルート・ウォッカを大量に用意し、メンフィス・ホーンズのメンバーにも振る舞った。しかしクレメントから、ホーン奏者に酒を飲ませるべきではないと叱責された。ホーン楽器は唇の動きが重要であり、アルコールによって演奏に支障が出るためであった。この出来事は、アメリカ南部の音楽文化に触れながら行われた録音セッションのエピソードとして、後にボノによって語られている[1]。
ちなみに、「エンジェル・オブ・ハーレム」「ラヴ・レスキュー・ミー」「ホエン・ラヴ・カムズ・トゥ・タウン」の3曲は、この際一緒にレコーディングされた。また、U2がフォークウェイズ・レコードの企画アルバム『Folkways: A Vision Shared』に提供したウディ・ガスリーのカバー曲「ジーザス・クライスト」や、ロイ・オービソンのアルバム『Mystery Girl』に提供した「シーズ・ミステリー・トゥ・ミー」もレコーディングされた。また、「トリップ・スルー・ユア・ワイヤーズ」のミュージック・ビデオの撮影も同地で行われた。
完成した「エンジェル・オブ・ハーレム」は、ビリー・ホリデイへのトリビュートであると同時に、ジャズ、ソウル、R&Bなど、アメリカが生み出した音楽の伝統に対するU2なりの敬意を示す作品となった。ボノは後年、この曲を「ジュークボックス・ソング」と表現し、自分たちにはそのような曲が多くないものの、「エンジェル・オブ・ハーレム」はバーなどで人々が流すことのできる曲だと語っている[2]。
収録曲
7インチ・シングル盤、カセット盤、3インチCD盤(日本等)
| 全作詞・作曲: U2。 | ||
| # | タイトル | 時間 |
|---|---|---|
| 1. | 「エンジェル・オブ・ハーレム (リミックス)」(Angel of Harlem (Remix)) | |
| 2. | 「ア・ルーム・アット・ザ・ハートブレイク・ホテル (スタジオ・バージョン)」(A Room at the Heartbreak Hotel (Studio Version)) | |
12インチ・シングル盤、5インチCD盤、3インチCD盤(米国)
| 全作詞・作曲: U2。 | ||
| # | タイトル | 時間 |
|---|---|---|
| 1. | 「エンジェル・オブ・ハーレム (リミックス)」(Angel of Harlem (Remix)) | |
| 2. | 「ア・ルーム・アット・ザ・ハートブレイク・ホテル (スタジオ・バージョン)」(A Room at the Heartbreak Hotel (Studio Version)) | |
| 3. | 「ラヴ・レスキュー・ミー (ライブ・フロム・ロンドン)」(Love Rescue Me (Live from London, Oct. 16, 1988)) | |
B面曲
A Room at the Heartbreak Hotel

「ア・ルーム・アット・ザ・ハートブレイク・ホテル」は、エルヴィス・プレスリーの代表曲「ハートブレイク・ホテル」を想起させるタイトルを持つ楽曲である。歌詞には「ミステリー・トレイン」への言及もあり、エルヴィスが録音した同名曲をはじめ、初期ロックンロールのイメージが取り入れられている[4]。
歌詞では、愛や欲望だけでなく、金銭、性的な取引、裏切りといったテーマが描かれている。「愛なのか、それとも金なのか」という対比や、相手に人生を吸い取られるようなイメージを通じて、恋愛と欲望の危うい関係を表現している。また、ジュディ・ガーランドやルドルフ・ヴァレンティノにも言及し、ロックンロールをめぐる華やかな世界と、その背後にある孤独や代償を重ね合わせている[4]。
音楽面では、ジ・エッジが本曲を「ゴスペルとスーサイドの出会い」と表現しており、ゴスペルやソウルの要素と、ニューヨークの前衛的ロック・デュオであるスーサイドを想起させる暗く実験的なサウンドが組み合わされている[4]。
制作にはジミー・アイオヴィンとU2がプロデューサーとして参加し、デイヴィッド・ティックルが録音エンジニアを務めた。追加録音とブラスのアレンジ、ミックスはアイルランド人プロデューサーのポール・バレットが担当し、バック・ボーカルにはマキシン・ウォーターズ、ジュリア・ウォーターズ、エドナ・ライトらが参加した。
1998年の『ザ・ベスト・オブU2 1980-1990』には編集版が収録された。オリジナルのスタジオ・バージョンは約5分30秒で、ベスト盤収録版は約4分34秒である。
ミュージック・ビデオ
- 監督:リチャード・ロウェンスタイン
- プロデューサー:マイケル・ハムリン、イアン・ブラウン
- 撮影地:ニューヨーク、ロサンゼルス
- アポロ・シアター(ニューヨーク)
- ロウズ・アスター・プレイス・シアター(ニューヨーク)
- マンズ・チャイニーズ・シアター(ロサンゼルス)
- 撮影時期:1988年11月
- 公開:1988年12月
- 映像時間:3分41秒
- 内容:ニューヨークのアポロ・シアターでU2が無観客の劇場で「エンジェル・オブ・ハーレム」を演奏する映像を中心に構成されている。ビリー・ホリデイ、ジョン・コルトレーン、マイルス・デイヴィスらの古い映像や写真、現代のニューヨークの街並みも挿入されている。さらに、『U2/魂の叫び』のニューヨークおよびロサンゼルスでのプレミア上映時の映像や、メンフィスのサン・スタジオでのレコーディング風景も使用されている。
- 関連映像:ミュージック・ビデオは1988年12月に音楽専門テレビ局で公開され、「ディザイアー」に続くプロモーション映像として制作された。その後、『ザ・ベスト・オブU2 1980-1990』の映像作品にも収録された[5]。
評価
脚注
出典
- 1 2 3 U2 BY U2 2006, pp. 196–197.
- 1 2 3 4 Stokes 1996, pp. 87–88.
- ↑ U2 BY U2 2006, p. 102.
- 1 2 3 Stokes 1996, p. 131.
- ↑ “u2songs | Angel of Harlem (Richard Lowenstein Video) - U2 (03:41) |”. www.u2songs.com. 2026年8月11日閲覧。
- 1 2 “Rocklist.net...HOT PRESS Albums & Singles of the year...”. www.rocklistmusic.co.uk. 2024年4月1日閲覧。
参考文献
- U2 著、前むつみ,久保田祐子 訳『U2 BY U2』シンコーミュージックエンタテイメント、2006年。ISBN 978-4401630417。
- Stokes, Nail (1996). Into the Heart: The Stories Behind Every U2 Song. Omnibus Press