アモス・ベット
| ||||
|---|---|---|---|---|
| 選手情報 | ||||
| ラテン文字 | Amos Kipkemboi BETT | |||
| 国籍 |
| |||
| 競技 | 陸上競技 | |||
| 種目 | 中距離走、長距離走 | |||
| 大学 | 東京国際大学人間社会学部 | |||
| 生年月日 | 2000年8月3日(26歳) | |||
| 出身地 |
| |||
| コーチ担当者 | 中村勇太(2023年〜) | |||
| 自己ベスト | ||||
| 1500m | 3分40秒05 | |||
| 3000m | 7分54秒90(室内:7分42秒53) | |||
| 5000m | 13分11秒33 | |||
| 10000m | 27分44秒02 | |||
| 10km | 27分13秒 | |||
| ハーフマラソン | 59分53秒 | |||
| 編集 | ||||
アモス・ベット(アモス・キプケモイ・ベット〈Amos Kipkemboi BETT〉[1]、2000年8月3日[1] - )はケニアの陸上競技選手。東京国際大学駅伝部所属。専門種目は中距離走、長距離走。WORLD ATHLETICS CODEは15045364[1]。
経歴
ケニア・イテンのイテンミックスデイ高校出身。日本の実業団入りを希望していた中、CHIMA JAPAN ACにリチャード・エティーリと共に加入し、2022年度は日本を中心に活動した。東京国際大学入学前にはWorld Indoor TourMadrid 2023の3000mで優勝し[2][要検証][注 1]、エティーリと共に鳴り物入りで入学することになった[4]。
2023年度
東京国際大入学後には13分20秒40だった5000mの自己記録を13分16秒85に更新したほか、初の10000mでは27分59秒45を記録し、13分00秒17、27分06秒88を記録したエティーリほどのインパクトはないものの、東京国際大の全日本大学駅伝出場に貢献するなど活躍した。9月の日本インカレでは10000mで優勝したエティーリに続いて、得意とする1500mで優勝を狙った。決勝では1着入線するもラスト100mで2着の後田築を妨害したと判定され、後田が優勝、ベットは失格となった[5]。レース後、ベット自身は全日本大学駅伝に出走し、第100回箱根駅伝予選会にはエティーリが出走すると語った[6]。しかし予選会ではエティーリが転倒し、予選会13位の山梨学院大学とは3秒差で出場を逃した[7][8][9][10]。失意の中で迎えた全日本大学駅伝には予定通り出走し、2区5位の走りでシード権獲得に貢献した[11]。自身初のハーフマラソンとなる2024年2月の丸亀ハーフマラソンでは、マウスピースを落とすアクシデントがありながらも1時間00分11秒を記録した[12]。
2024年度
全日本大学駅伝では2年連続となる2区に出走。区間3位ではあったが前回から10秒遅く、区間賞、区間2位の鶴川正也、吉田響とは差をつけられる結果となった。また東京国際大は総合9位となり、前回獲得したシード権を失う結果であった。第101回箱根駅伝にはエティーリが出走し、ベット自身の出走はなかった。
2025年度
第101回箱根駅伝で東京国際大がシード権を獲得したことにより、入学後初の出雲駅伝を迎えたが、エティーリのみが出走し、ベット自身の出走はなかった。全日本大学駅伝関東地区予選会にもエティーリが出走したが、他の日本人選手が全体的に低調に終わり、3年連続の全日本大学駅伝出場とはならなかった。第102回箱根駅伝でもエティーリが出走しベット自身の出走はなかった[13]。東京国際大は前回獲得したシード権を失い、ベット自身の出雲駅伝出走は叶わなかった。
2026年度
2026年度の全日本大学駅伝関東地区予選会にもエティーリが出走し、今回もベット自身の出走はなかったが、他の日本人選手が全体的に低調に終わり、3度目の全日本大学駅伝出走も叶わなかった。関東インカレでは10000mで3位、5000mで2位入賞し、両種目で2冠を果たしたエティーリと共に表彰台に立った[14]。
10月4日、Brașov Running Festivalにて、10000mのPB(27分44秒02)を大きく上回る27分13秒を記録して4位に入った[15]。そのため、13日後の箱根駅伝予選会はエティーリらに命運を託すことになった。当日はエティーリが個人2位と奮闘するが、チーム日本人最速の小柴裕士郎の不調も含め、またしても日本人選手がふるわず15位で予選敗退、ベットは一度も箱根駅伝を走れず卒業することとなった。なお、2026年現在箱根駅伝にエントリー経験のある選手で、箱根駅伝を一度も走れなかった選手の中では5000m、10000m、ハーフマラソン全てにおいて最速である[16]。
人物・エピソード
ベットと入れ替わりで東京国際大学を卒業したイェゴン・ヴィンセントとは同い年で同じカレンジン族だが、ベットが来日するまで両者は面識がなかった。
第55回、56回全日本大学駅伝ではともに1区木村海斗、3区佐藤榛紀という布陣であったため、ベットはこの2名としかタスキリレーをしていない。なお、第101回箱根駅伝でも1区木村、3区佐藤という布陣であった。
戦績・記録
大学三大駅伝戦績
| 学年(年度) | 出雲駅伝 | 全日本大学駅伝 | 箱根駅伝 |
|---|---|---|---|
| 1年生 (2023年度) | 第35回 不出場 | 第55回 2区-区間5位 31分27秒 | 第100回 不出場 |
| 2年生 (2024年度) | 第36回 不出場 | 第56回 2区-区間3位 31分37秒 | 第101回 ― - ― 出走なし |
| 3年生 (2025年度) | 第37回 ― - ― 出走なし | 第57回 不出場 | 第102回 ― - ― 出走なし |
| 4年生 (2026年度) | 第38回 不出場 | 第58回 不出場 | 第103回 不出場 |
脚注
注釈
- ↑ 公式記録での優勝タイムは7分42秒53だが[3]、ワールドランキングにこの記録はベットの自己記録として反映されていない。なお、公式記録での3000m優勝者「BETT Amos」の生年は「1986(年)」と表記されており[3]、ワールドアスレティックスでは、同記録は似た名前の別選手Amos BETTの記録としている。
出典
- 1 2 3 “Amos Kipkemoi BETT - Profile”. World Athletics. 2026年8月1日閲覧。
- ↑ いきなり「史上最強」ヴィンセント超えの衝撃! 東京国際大・驚異の新留学生は箱根駅伝で活躍できるのか (2ページ目)
- 1 2 “WORLD ATHLETICS INDOOE TOUR GOLD MADRID 23”. madridindoorathletics.es. p. 7. 2026年8月5日閲覧。
- ↑ 東京国際大に強力留学生2名が加入!! 1万m27分27秒エティーリ&5000m13分20秒ベット
- ↑ [https://www.sanspo.com/article/20230915-VWUBIVS4DJBCTB5FDTQXPK4TCM/?outputType=amp&usqp=mq331AQGsAEggAID 順大ルーキー・後田築が男子1500mで繰り上げV 東京国際大のアモス・ベットがラストで走路妨害 日本インカレ/陸上
- ↑ 東京国際大のもうひとりの「強力留学生」ベットは1500Mでトップゴールも失格「箱根駅伝を目指します」
- ↑ 【駅伝】箱根駅伝予選会の結果 東京国際大学
- ↑ エティーリが転倒した東京国際大が「3秒」に泣く14位敗退「悔しいし、情けない」/箱根駅伝予選会 月陸Online
- ↑ “あと3秒届かず・・・箱根駅伝予選会で東京国際大が次点で泣く 留学生エティーリの転倒が響く”. 2024年3月13日時点のオリジナルよりアーカイブ。2024年3月13日閲覧。
- ↑ “『わずか3秒差…』東京国際大、14位で本大会逃す 持ちタイムトップのエティーリ転倒などアクシデント響く【箱根駅伝予選会】”. 2024年3月13日閲覧。
- ↑ https://4years.asahi.com/article/15053571
- ↑ https://www.rikujyokyogi.co.jp/archives/127746
- ↑ “【箱根駅伝】東京国際大・エティーリが左足痛で不発「ペースを上げると痛む」…往路19位”. スポーツ報知 (2026年1月2日). 2026年5月25日閲覧。
- ↑ 男子2部5000Mはエティーリが優勝 日本人トップの4位は国学院大のエース野中「箱根駅伝は死ぬ気で走ります」関東学生陸上
- ↑ tRUNsylvania International 10K Brasov
- ↑ 箱根駅伝にエントリー経験のない選手も含めた場合、10000mはワンジク・チャールズ・カマウの27分18秒89が最速であるが、10kmロードレースの記録(27分13秒)も含めるとベットが最速となる。なお、5000m、ハーフマラソンにおいては箱根駅伝にエントリー経験のない選手を含めても最速である。
関連項目
外部リンク
- Amos Kipkemoi BETT - World Athletics