シジクレイ・デ・ソウザ

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シジクレイ
名前
本名 シジクレイ・デ・ソウザ
Sidiclei de Souza
愛称 シジ
ラテン文字 SIDICLEI
基本情報
国籍 ブラジルの旗 ブラジル
生年月日 (1972-05-13) 1972年5月13日(52歳)
出身地 カスカヴェル
身長 187cm
体重 84kg
選手情報
ポジション DF / MF
利き足 右足
ユース
カスカヴェルEC(英語版)
クラブ1
年 クラブ 出場 (得点)
1990-1997 ブラジルの旗 マツバラ
1996 →ブラジルの旗 アトレチコ-PR (loan)
1997-1998 日本の旗 モンテディオ山形 49 (9)
1999-2000 日本の旗 京都パープルサンガ 29 (4)
2000 →日本の旗 大分トリニータ (loan) 35 (5)
2001 →日本の旗 ヴィッセル神戸 (loan) 28 (0)
2002-2003 日本の旗 ヴィッセル神戸 57 (12)
2004-2007 日本の旗 ガンバ大阪 122 (9)
2008-2009 日本の旗 京都サンガF.C. 53 (1)
2010-2011 ブラジルの旗 カスカヴェルCR
2011 →ブラジルの旗 マルシリオ・ジアス (loan)
2011 ブラジルの旗 アギア・ネグラ
通算 373 (40)
1. 国内リーグ戦に限る。
■テンプレート(■ノート ■解説)■サッカー選手pj

シジクレイ・デ・ソウザ(Sidiclei de Souza、1972年5月13日 - )は、ブラジル出身の元サッカー選手、サッカー指導者。ポジションはディフェンダー、ミッドフィールダー。

経歴

父のシジネイ、兄のジャン・カルロ、さらに3人の親戚もブラジルでプロサッカー選手になったサッカー一家で生まれ育つ[1]。ボランチだった父の影響で、自らも少年時代からボランチとしてプレーしていた[1]。地元のカスカヴェルECのジュニオールでプレーした後、1990年にパラナ州内にある日系クラブのSEマツバラに移り、1993年、20歳の頃にプロ契約を結ぶ[1]。

1996年、アトレチコ・パラナエンセに移籍し、兄のジャン・カルロと同じチームでプレーする[2]。アトレチコでは全国選手権で8位となったチームの主力選手だった[3]。

1997年にマツバラからジャパンフットボールリーグのモンテディオ山形に加入して、初来日を果たす。1998年にはクラブのJFL3位という好成績に大きく貢献した[1]。

1999年、J1の京都パープルサンガに完全移籍。4月17日の浦和レッズ戦のJリーグ初ゴールは[4] 決勝ゴールとなった。初のJリーグでも1年を通して活躍し、出場停止1試合を除く29試合にフル出場した[5]。自身は翌2000年も京都でのプレーを考えていたが、「このチームで続けられる、と思っていたらできなかった。いまでもその理由が分からない」[5] と述懐する何らかの理由により実現せず、この年は大分トリニータに期限付き移籍される事になった。大分は最終節までJ1昇格争いに絡み、2位と勝ち点1差の3位でシーズンを終えた。

翌2001年、今度はヴィッセル神戸に期限付き移籍で加入し、2002年からは完全移籍となった[6]。2002年はDFながら途中加入のFWオゼアスと並ぶチーム最多6得点を記録。

2004年、神戸からガンバ大阪に完全移籍[7]。2005年はクラブ史上初となる外国人キャプテンに任命され[8][9]、G大阪はこの年にナビスコカップ準優勝、J1リーグ初優勝を果たすなど、ガンバの躍進に貢献した[10]。2007年のナビスコカップ準決勝、鹿島アントラーズ戦の2ndレグでは2-3と敗れたが、66分に決めたゴール[11] によりガンバは決勝に進出し、決勝でも先発出場し、川崎フロンターレを1-0と破って[12] の優勝に貢献した。

2008年、9年ぶりに京都サンガF.C.に復帰[13]。2009年12月1日、京都は契約満了に伴いシジクレイと来シーズンの契約を結ばないことを発表した[14]。Jリーグでは通算289試合26ゴール(2020年 4月の時点で、外国人選手としては289試合出場は歴代2位[10])、Jリーグカップでは60試合11ゴール、J2では35試合5ゴールの成績を残した[4]。

2010年、古巣のカスカヴェルCR(ポルトガル語版)(旧・カスカヴェルEC)と契約。5月にCNマルシリオ・ジアスへ移籍[15]。

2011年、カスカヴェルにて再び兄のジャン・カルロとチームメイトになる[2]。その後ECアギア・ネグラ(ポルトガル語版)に移籍。主将として2012年のマットグロッソドスル州選手権に優勝し、2012年5月に現役を引退した[16][17]。引退後、ECアギア・ネグラのコーチに就任。

2013年、ガンバ大阪のコーチに就任[18]。2015年シーズン終了後、契約満了により退団[19]。

インターネットスラング

シジクレイがガンバ大阪在籍時の2005年頃、ガンバ守備陣の主軸として敵の攻撃を弾き返す彼の姿を讃えた「残念、そこはシジクレイだ」という言い回しがインターネット掲示板「2ちゃんねる」で生まれ、シジクレイを模したアスキーアートとともに用いられた[20]。その後、「残念、そこは(選手名)だ」という表現は、シジクレイに限らず優れた守備力で敵の攻撃を食い止める選手に対して用いられるようになり[21][22][23]、さらに野球など他のスポーツでも守備に優れた選手に対して用いられる[24][25]インターネットスラングとなっている。

所属クラブ

ユース経歴
  • 1987年 - 1990年 ブラジルの旗 カスカヴェルEC 下部組織
プロ経歴

個人成績

国内大会個人成績
年度クラブ背番号リーグ リーグ戦 リーグ杯オープン杯 期間通算
出場得点 出場得点出場得点 出場得点
ブラジル リーグ戦 ブラジル杯オープン杯 期間通算
1990マツバラ-
1991-
1992セリエC
1993
1994
1995
1996アトレチコ-PRセリエA
マツバラセリエC
1997-
日本 リーグ戦 リーグ杯天皇杯 期間通算
1997山形8旧JFL225-31256
1998274-42316
1999京都5J12944010344
2000大分J23552131407
2001神戸J12803120331
20022766210348
20033066131398
2004G大阪23035130384
200528111331425
20063132010343
2007533211230474
2008京都33315020401
20092005020270
ブラジル リーグ戦 ブラジル杯オープン杯 期間通算
2010カスカヴェル-
通算ブラジルセリエA
ブラジルセリエC
日本J1 28926581021236838
日本J2 3552131407
日本旧JFL 499-735612
総通算

その他の公式戦

国際大会個人成績
年度クラブ背番号出場得点
AFCACL
2006G大阪260
通算AFC 60

その他の国際公式戦

タイトル

クラブ

ガンバ大阪

ECアギア・ネグラ

個人

  • Jリーグ優秀選手賞:4回(2001年、2002年、2004年、2006年)

指導歴

脚注

  1. 1 2 3 4 「ウイークリー・インタビュー VOICE!」『週刊サッカーマガジン』ベースボールマガジン社、1999年9月22日号 No.729、61-63ページ。
  2. 1 2 “Sul-Matogrossense: Jogo entre Comercial e Águia Negra terá duelo de irmãos”. Futebol Interior. (2012年2月1日) 2017年10月24日閲覧。
  3. ↑ Furacao.com - Noticias - Site 100% não-oficial http://www.furacao.com/materia.php?cod=16821
  4. 1 2 “シジクレイ”. data.j-league. 28 April 2020閲覧。
  5. 1 2 「蹴球波乱万丈」『週刊サッカーマガジン』ベースボールマガジン社、2001年3月21日号 No.805、36-37ページ。
  6. ↑ 『来季の新加入選手および退団選手など(の移籍先)について(2月17日現在)』(プレスリリース)京都パープルサンガ、2002年2月17日。オリジナルの2002年12月20日時点におけるアーカイブ。2017年10月19日閲覧。
  7. ↑ 「ヴィッセル神戸DF・シジクレイ選手2004年より移籍加入のお知らせ」『J’s GOALアーカイブ』、Jリーグ、2003年12月24日。2017年10月24日閲覧。
  8. ↑ 「2005年度チーム新体制について」『J’s GOALアーカイブ』、Jリーグ、2005年1月27日。2017年10月24日閲覧。
  9. ↑ “クラブヒストリー2000年代”. ガンバ大阪オフィシャルサイト. 2009年1月17日閲覧。
  10. 1 2 “ガンバ大阪、歴代最強外国籍選手5人。衝撃的だったエムボマとタイトル獲得に貢献したブラジル人ストライカー”. www.footballchannel.jp. 28 April 2020閲覧。
  11. ↑ “2007Jリーグヤマザキナビスコカップ 準決勝 第2戦”. data.j-league. 28 April 2020閲覧。
  12. ↑ “2007Jリーグヤマザキナビスコカップ 決勝”. data.j-league. 28 April 2020閲覧。
  13. ↑ 「シジクレイ選手 完全移籍加入のお知らせ」『J’s GOALアーカイブ』、Jリーグ、2008年1月21日。2017年10月24日閲覧。
  14. ↑ 『契約満了選手のお知らせ』(プレスリリース)京都サンガF.C.、2009年12月1日。オリジナルの2009年12月4日時点におけるアーカイブ。2017年10月24日閲覧。
  15. ↑ "Marcílio Dias contrata mais quatro jogadores" (Press release). Clube Náutico Marcílio Dias. 31 May 2010. 2011年8月25日時点のオリジナルよりアーカイブ。2017年10月24日閲覧。
  16. ↑ “Águia Negra e Naviraiense fazem a última batalha em clima de despedidas e mistério”. msrepórter. (2012年5月9日) 2017年10月24日閲覧。
  17. ↑ “Atletas e torcida comemoram bicampeonato do Águia Negra”. Campo Grande News. (2012年5月10日) 2017年10月24日閲覧。
  18. ↑ 『2013シーズン ガンバ大阪 新加入コーチングスタッフのお知らせ』(プレスリリース)ガンバ大阪、2013年1月11日。オリジナルの2013年3月13日時点におけるアーカイブ。2017年10月24日閲覧。
  19. ↑ 『コーチングスタッフ契約満了のお知らせ』(プレスリリース)ガンバ大阪、2016年1月2日。2017年10月24日閲覧。
  20. ↑ “京都サンガのサイトに2ちゃん発AA 「残念、そこはシジクレイだ」”. ITmedia NEWS (2009年4月16日). 2020年5月13日閲覧。
  21. ↑ ““残念そこは…?” 柏トップ昇格内定GK猿田遥己「航輔くんを抜かすというつもりで」”. ゲキサカ (2017年12月12日). 2020年5月13日閲覧。
  22. ↑ “ノイアー、まさに超人的!大迫も頭を抱えた今季No.1級のミラクルセーブ”. Qoly.jp (2017年3月8日). 2020年5月13日閲覧。
  23. ↑ “残念、そこは東口!左手一本でやった「鬼セーブ」が凄すぎる”. Qoly.jp (2017年11月20日). 2020年5月13日閲覧。
  24. ↑ 長谷川晶一、佐野文二郎(画)『プロ野球語辞典』誠文堂新光社、2017年。ISBN 978-4-416-51717-8。79頁。
  25. ↑ “【6回表】「残念、そこは岡田だ」発動!! マリーンズ・岡田「一歩目の早さ」光るスライディングキャッチ!! 2016/5/1 M-F”. PERSOL パ・リーグTV (2016年5月1日). 2020年5月13日閲覧。

関連項目

外部リンク