セスク・ファブレガス

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セスク・ファブレガス
2023年のセスク
名前
本名 フランセスク・ファブレガス・ソレール
Francesc Fàbregas Soler
愛称 セスク、エル・アルキテクト
ラテン文字 Cesc Fabregas
基本情報
国籍 スペインの旗 スペイン
生年月日 (1987-05-04) 1987年5月4日(37歳)
出身地 アレニズ・ダ・マール(英語版)
身長 180cm[1]
体重 75kg[1]
選手情報
ポジション MF (CMF) / FW(ST)
利き足 右足
ユース
1995-1997 スペインの旗 マタロー(英語版)
1997-2003 スペインの旗 バルセロナ
2003 イングランドの旗 アーセナル
クラブ1
年 クラブ 出場 (得点)
2003-2011 イングランドの旗 アーセナル 212 (35)
2011-2014 スペインの旗 バルセロナ 96 (28)
2014-2019 イングランドの旗 チェルシー 138 (15)
2019-2022 モナコの旗 モナコ 54 (3)
2022-2023 イタリアの旗 コモ 17 (0)
通算 517 (81)
代表歴
2002-2003  スペイン U-16 8 (0)
2003-2004  スペイン U-17 14 (7)
2005  スペイン U-20 5 (0)
2004-2005  スペイン U-21 12 (8)
2006-2016 スペインの旗 スペイン 110 (15)
監督歴
2023 イタリアの旗 コモ プリマヴェーラ
2023 イタリアの旗 コモ B
2023-2024 イタリアの旗 コモ (アシスタントコーチ)
2024- イタリアの旗 コモ
1. 国内リーグ戦に限る。
■テンプレート(■ノート ■解説)■サッカー選手pj

セスク・ファブレガス(Cesc Fàbregas)ことフランセスク・ファブレガス・ソレール(Francesc Fàbregas Soler, 1987年5月4日 - )は、スペイン・カタルーニャ州アレニズ・ダ・マール(カタルーニャ語版)出身の元サッカー選手、現サッカー指導者。現在はコモ1907の監督を務めている。現役時代のポジションはミッドフィールダー、フォワード。愛称は「セスク (Cesc) 」。

クラブ経歴

バルセロナ

FCバルセロナのカンテラで育つ。ここでリオネル・メッシやジェラール・ピケらと共にプレーした。2003年のU-17世界選手権にU-17スペイン代表の一員として出場し準優勝を果たす。自身も5ゴールを挙げて得点王となると共に、大会最優秀選手に選出された。FCバルセロナでも才能は認められていたものの、トップチームにはシャビ・エルナンデスやイニエスタなどの同ポジションの選手がいたため、大会後間もなく才能に惚れ込んだアーセン・ヴェンゲル率いるアーセナルがスペイン、イングランドの労働法の隙間やFCバルセロナの会長選という期間を狙って移籍金なしで獲得した。その後、裁判所からFCバルセロナへの85万7000ユーロの支払い命令が下った。

アーセナル

アーセナルでキャプテンとしてプレーするセスク

パトリック・ヴィエラの放出に伴いチームの舵取りを委ねられた2005-06シーズンには、シーズン当初は経験不足を感じさせるプレーも多かったものの、シーズンが深まるにつれて調子を上げ、それにつれチームも波に乗っていった。UEFAチャンピオンズリーグのユヴェントス戦ではゲームを支配し、自ら先制点を奪う活躍を見せてチームの勝利を演出。前任者ヴィエラの眼前でその穴を埋めたことを示してみせた。

2006-2007シーズンより、ヴィエラが背負っていた背番号4番を受け継ぐことになった。シーズンオフより移籍の噂が絶えなかったが、新たにアーセナルと8年契約を結んだ。また2007年1月に発表された「2006年UEFA.comユーザーが選ぶベストイレブン」に、唯一10代で選ばれた。また、同シーズンはプレミアリーグでアシストランキング1位となった。

2008年11月29日のFCディナモ・キーウ戦からはウィリアム・ギャラスに代わってキャプテンを任されている。アーセナルではトニー・アダムスに次ぐクラブ史上2番目の若さとなるキャプテン就任となった。

バルセロナ

バルセロナの入団セレモニーでのセスク

2011年8月15日、ユース時代に所属していたFCバルセロナへ5年契約で移籍。移籍金は最大3900万ユーロ(約43億円)といわれる。背番号はアーセナル時代から愛着のある4番。開幕から、本来のポジションとは違うセンターフォワードを任されながらも、3試合連続ゴール。しかし、10月初めの練習中に負傷。3週間の離脱を余儀なくされた[2]。しかし、復帰後も離脱前と変わらない活躍を見せる。12月10日のレアル・マドリードとのクラシコでは、素早いカウンターからダニエウ・アウヴェスのピンポイントクロスをダイビングヘッドで押し込み、試合を決定づける3点目を決めた。12月18日に日本で開催されたFIFAクラブワールドカップ決勝でも混戦の中からこぼれ球を押しこみ3点目をマークしている。この時、カメラに向かって指を7本立てるパフォーマンスを披露し、準決勝のアル・サッド戦で左足脛骨を骨折し戦線離脱したチームメイトのダビド・ビジャ(背番号7)にゴールを捧げた。

チェルシー

2014年、QPR戦でのセスク(右側はカール・ヘンリー)

2014年6月13日に古巣アーセナルのライバルであるチェルシーFCへの移籍が発表された。背番号はアーセナル、バルセロナ時代に続き4番となった。開幕戦からボランチとしてレギュラーに定着すると、ともにリーグ最多の18アシスト、2,236本のパス成功を記録[3]。移籍初年度からプレミアリーグの優勝を飾った。

2016年12月31日のストーク戦にてプレミアリーグでの100アシストを達成した[4]。 これにより、セスクはライアン・ギグスの367試合よりも約70試合少ない293試合で100アシストを達成した選手となり、2018年にこの記録はギネス世界記録に認定された。なお、セスクは2017年にリヴァプールやトッテナムで活躍したジェイミー・レドナップ氏とともに「2人組で30秒間ボレーパス」に挑戦してギネス世界記録(15回)を獲得している[5]。

2017年2月4日には古巣のアーセナル相手に得点した一方、セレブレーションは控えた。25日のスウォンジー戦でプレミアリーグ300試合出場を達成、またこの時点で、プレミアリーグでのアシスト数102回で歴代リーグ2位タイに並んだ(もう一人はフランク・ランパード)[6]。

モナコ

2019年1月11日、元同僚のティエリ・アンリ監督率いるASモナコに2022年6月までの3年半契約で移籍[7]。2月2日のトゥールーズFC戦にて移籍後リーグ戦初ゴールを決めた[8]。

コモ

2022年8月1日、セリエBのコモ1907に移籍した[9]。2023年7月1日、サッカー選手として現役を引退することを発表。同時に、引退後はコモのBチームとU-19チームの監督に就任することも発表された[10]。2023年11月13日監督を務めていたモレノ・ロンゴ氏が解任されたため暫定監督に就任した。

2024年7月19日、コモの監督に就任すると発表された[11]。前シーズンまではライセンスを保持していなかったため、オシアン・ロバーツ監督の元でアシスタントコーチを務めていたが、実質的な監督としてセリエA昇格を決めていた[12]。

代表経歴

2006年3月1日にバリャドリードで行われたコートジボワール戦でスペイン代表デビュー。1アシストを記録した。代表デビュー以降、リオネル・メッシ(2005年のFIFAワールドユース選手権準々決勝で対戦)と同い年のティーンエイジャーという話題性も手伝って、「超新星」などと称してマスメディアに取り上げられ、2006年ワールドカップドイツ大会にも出場を果たした。また、EURO2008でのスペイン代表では10番を背負い、その中盤はシャビ・エルナンデス、アンドレス・イニエスタ、ダビド・シルバらと共に「クアトロ・フゴーネス(4人の創造者たち)」と称された。

EURO2008本大会グループステージ1戦目のロシア戦で、代表初ゴール。シャビやマルコス・セナの控えとして臨んだ大会であったが、スーパーサブとして活躍。準々決勝のイタリア戦のPK戦では5人目のキッカーを務め、「15歳の時からまともにPKを蹴ったことがない(本人談)」にも関わらず、イタリアのGKジャンルイジ・ブッフォンの動きを読み、落ち着いて沈め、スペインの勝利を決めた。準決勝のロシア戦では、セルヒオ・ラモスからのグラウンダーのパスを、柔らかいタッチでふわりと浮かせ、前方へ走り込むダニエル・グイサの胸にピタリと合わせ、ゴールを演出。さらに、左サイドに空いたスペースでイニエスタからのパスを受けると、相手守備陣が戻り切れていないゴール前に走り込むシルバへ低い弾道の正確なセンタリングを送り、これをシルバが落ち着いてゴール左隅に決めた。これら2アシストを含む4アシスト(大会最多)を記録するなど、スペインの優勝に貢献した。

2010年のワールドカップでもスーパーサブとして臨み、主に膠着状態を打破するために途中出場した。決勝戦のオランダ戦では80分から投入され、延長後半のイニエスタの決勝点をアシストするなど活躍した。

2014 FIFAワールドカップでは、グループリーグ第1戦のオランダ戦、第3戦のオーストラリア戦にそれぞれ途中出場したのみとなり、チームもグループリーグ敗退という結果に終わった[13][14]。

2015年10月12日のUEFA EURO 2016予選、ウクライナ戦で代表通算100試合出場を達成した[15]。

エピソード

バルセロナ入団セレモニーでのセスク

個人成績

クラブでの成績

クラブ シーズン 背番号 リーグ戦 カップ戦 リーグ杯 UEFA その他 通算
ディビジョン出場得点出場得点出場得点出場得点出場得点出場得点
アーセナル 2003-04 57 プレミアリーグ 003100000031
2004-05 15 3326010501[a]0463
2005-06 35300101311[a]1505
2006-07 4 3822040102-544
2007-08 3271020106-4513
2008-09 2231000100-333
2009-10 2715100084-3619
2010-11 253323153-369
クラブ通算 2123514214261172130357
バルセロナ 2011-12 4 プリメーラ 28983-913[b]24815
2012-13 321172-811[c]04814
2013-14 36884-912[c]05513
クラブ通算 9628239-2636215142
チェルシー 2014-15 4 プレミアリーグ 343104082-475
2015-16 3754010711[a]0496
2016-17 2956022--377
2017-18 3224040811[a]0493
2018-19 601031501[a]0161
クラブ通算 138151601332743019822
モナコ 2018-19 44 リーグ・アン 1311010--151
2019-20 4 1802020--220
2020-21 21251---263
2021-22 2000-30-50
クラブ通算 543813030-684
コモ 2022-23 4 セリエB 17000---170
クラブ通算 17000---170
キャリア総通算 51781611230511824113738125

代表歴

出場大会

試合数

  • 国際Aマッチ 110試合 15得点(2006年-2016年)[21]
スペイン代表国際Aマッチ
年出場得点
2006140
200780
2008151
2009104
2010111
201142
2012133
2013112
201480
201571
201691
通算11015

得点

#開催日開催地対戦国スコア結果大会
1.2008年6月10日オーストリアの旗インスブルック、ティヴォリ・シュターディオンロシアの旗 ロシア4–14–1UEFA EURO 2008
2.2009年6月14日南アフリカ共和国の旗ルステンブルク、ロイヤル・バフォケン・スタジアムニュージーランドの旗 ニュージーランド4–05–0コンフェデ杯2009
3.2009年9月9日スペインの旗メリダ、エスタディオ・ロマーノエストニアの旗 エストニア1–03–0南アフリカW杯・欧州予選
4.2009年10月10日アルメニアの旗エレバン、ハンラペタカン・スタディウムアルメニアの旗 アルメニア1–02–1南アフリカW杯・欧州予選
5.2009年11月18日オーストリアの旗ウィーン、エルンスト・ハッペル・シュターディオンオーストリアの旗 オーストリア1–15–1親善試合
6.2010年6月8日スペインの旗ムルシア、エスタディオ・ヌエバ・コンドミーナポーランドの旗 ポーランド4–06–0親善試合
7.2011年9月2日スイスの旗ザンクト・ガレン、AFGアレナチリの旗 チリ2–23–2親善試合
8.3–2
9.2012年6月10日ポーランドの旗グダニスク、PGEアリーナ・グダニスクイタリアの旗 イタリア1–11–1UEFA EURO 2012
10.2012年6月14日ポーランドの旗グダニスク、PGEアリーナ・グダニスクアイルランドの旗 アイルランド4–04–0UEFA EURO 2012
11.2012年8月15日プエルトリコの旗バヤモン、エスタディオ・フアン・ラモン・ローブリエルプエルトリコの旗 プエルトリコ2–02–1親善試合
12.2013年2月6日カタールの旗ドーハ、ハリーファ国際スタジアムウルグアイの旗 ウルグアイ1–03–1親善試合
13.2013年6月8日アメリカ合衆国の旗マイアミ、サンライフ・スタジアムハイチの旗 ハイチ2–02–1親善試合
14.2015年6月11日スペインの旗レオン、エスタディオ・レイノ・デ・レオンコスタリカの旗 コスタリカ2–12–1親善試合
15.2016年6月1日オーストリアの旗ザルツブルク、レッドブル・アレーナ大韓民国の旗 韓国2–06–1親善試合

タイトル

クラブ

スペインでのEURO2008優勝パレードの様子。
アーセナルFC
FCバルセロナ
チェルシーFC

代表

スペイン代表

個人

脚注

  1. 1 2 Fitxa Web Oficial de Cesc Fàbregas
  2. ↑ http://www.asahi.com/sports/fb/world/goal/GOC201110010087.html
  3. ↑ “今季プレミアでアシスト王のセスク、パス成功本数も断トツでトップに”. サッカーキング (2015年5月27日). 2015年6月1日閲覧。
  4. ↑ “Willian double sinks brave Stoke and extends Chelsea run to 13 straight wins”. theguardian.com (31 Dec 2016). 16 April 2017閲覧。
  5. ↑ “Cesc Fàbregas plays his way into Guinness World Records 2019 with Premier League assist record”. Guinness World Records (2018年10月17日). 2023年7月2日閲覧。
  6. ↑ “All-time Premier League Player Stats”. premierleague.com. 16 April 2017閲覧。
  7. ↑ “Cesc Fabregas à l’AS Monaco”. AS Monaco Site Officiel. 12 January 2019閲覧。
  8. ↑ “Monaco 2–1 Toulouse”. BBC Sport 2 February 2019閲覧。
  9. ↑ “Comunicato Como 1907: Cesc Fabregas e Nuovo Kit” (イタリア語). Como 1907 (1 August 2022). 1 August 2022閲覧。
  10. ↑ “Ex-Arsenal and Chelsea midfielder Fabregas retires” (英語). BBC Sport 2023年7月1日閲覧。
  11. ↑ “コモをセリエA昇格に導いたセスク氏が新指揮官に就任! 4年契約を締結「準備はできている」”. サッカーキング (2024年7月20日). 2024年7月21日閲覧。
  12. ↑ “セリエA昇格のセスク率いるコモが秘める巨大な可能性「4、5年でセリエAトップと肩を並べたい」 - footballista | フットボリスタ”. www.footballista.jp (2024年5月31日). 2024年7月21日閲覧。
  13. ↑ “Spain 1–5 Netherlands”. (13 June 2014) 5 July 2014閲覧。
  14. ↑ Chowdhury, Saj (23 June 2014). “Australia 0–3 Spain” 5 July 2014閲覧。
  15. 1 2 “スペイン代表100試合出場のセスク、通算4本のPKを全て失敗する”. サッカーキング (2015年10月13日). 2015年10月13日閲覧。
  16. ↑ footballista 2009/5/27号
  17. ↑ “セスク、PSG戦中に長女誕生で二重の喜び…バルサは今季7人目の子供”. サッカーキング (2013年4月11日). 2013年5月23日時点のオリジナルよりアーカイブ。2013年4月12日閲覧。
  18. ↑ “スペイン代表のセスクに「27歳差」の妹が誕生…母親が第三子を出産”. サッカーキング (2014年9月25日). 2014年9月25日閲覧。
  19. ↑ ESPN World Fame 100 ESPN.com 2017年6月10日閲覧。
  20. ↑ “セスク、モウリーニョ&ペップの名将コンビとの“対照的”な関係を告白 「友人の1人」「何もない」”. フットボールゾーン (2020年11月20日). 2020年11月20日閲覧。
  21. ↑ セスク・ファブレガス - National-Football-Teams.com

関連項目

外部リンク