カリム・ベンゼマ

ウィキペディアから、無料の百科事典
カリム・ベンゼマ
レアル・マドリードでのベンゼマ(2021年)
名前
本名 カリム・モスタファ・ベンゼマ
Karim Mostafa Benzema
愛称 Monsieur(ムッシュ)[1][2]
El Gato(猫)
KB9(姓名のイニシャルと背番号から)[3]
ラテン文字 Karim Benzema
基本情報
国籍 フランスの旗 フランス
アルジェリアの旗 アルジェリア
生年月日 (1987-12-19) 1987年12月19日(37歳)
出身地 フランスの旗 フランス・リヨン
身長 185cm
体重 81.2kg
選手情報
在籍チーム サウジアラビアの旗 アル・イテハド
ポジション FW (CF)
背番号 9
利き足 右足
ユース
1996-2005 フランスの旗 リヨン
クラブ1
年 クラブ 出場 (得点)
2004-2006 フランスの旗 リヨン B 20 (15)
2004-2009 フランスの旗 リヨン 112 (43)
2009-2023 スペインの旗 レアル・マドリード 439 (238)
2023- サウジアラビアの旗 アル・イテハド 39 (25)
代表歴
2003-2004  フランスU-17 4 (1)
2004-2005  フランスU-18 17 (14)
2005-2006  フランスU-19 9 (5)
2006-2007  フランスU-21 5 (0)
2007-2022 フランスの旗 フランス 97 (37)
1. 国内リーグ戦に限る。2025年2月22日現在。
■テンプレート(■ノート ■解説)■サッカー選手pj

カリム・モスタファ・ベンゼマ(Karim Mostafa Benzema、アラビア語: كريم مصطفى بنزيما、1987年12月19日 - )は、フランス・リヨン出身のサッカー選手。サウジ・プロフェッショナルリーグ・アル・イテハド所属。ポジションはフォワード。元フランス代表。

リーグ・アン7連覇中だったオリンピック・リヨンで頭角を現し、2009年にレアル・マドリードへ移籍。レアル・マドリードで共にプレーしたガレス・ベイル、クリスティアーノ・ロナウドとの3トップは3人の名前の頭文字から攻撃版BBCと呼ばれていた[4]。2022年にはバロンドールを受賞した。

経歴

プロ入り前

1950年代の後半に祖父が一家でアルジェリアからリヨンに移住。両親はベルベル系アルジェリア人。リヨン郊外のブロンで生まれ育つ。兄弟は8人。両親のために家を購入し、現在も同居している。9歳の時、当時ベンゼマの所属していたSCブロンはリヨンのジュニアチームと対戦。SCブロンがベンゼマの2得点により2-0で勝利し、この時にリヨンに引き抜かれた。リヨンのU-16チームでは、1シーズンで38ゴールを奪う活躍を見せた[5]。U-18でも高い得点力は健在であり、14試合で12得点を挙げた。

リヨン

オリンピック・リヨンでのベンゼマ

2005年1月15日、メス戦で後半77分から途中交代の形でトップチームデビュー。この試合ではアシストも記録し、2-0での勝利に貢献した。その5日後、トップチームと3年間の選手契約を行った[6]。2005-06シーズンにはアジャクシオ戦でプロ初得点を挙げ、UEFAチャンピオンズリーグに初出場となったローゼンボリ戦でチャンピオンズリーグ初得点も挙げる。2006-07シーズンからはチームの主力となり、リヨンのリーグ6連覇に貢献し、フランス代表に招集される。

背番号を10番に変更し迎えた2007-08シーズンはUEFAチャンピオンズリーグでは、7試合に出場して4得点を記録しリヨンのベスト16入りに貢献。リーグ・アンでは自己最多の36試合に出場し20得点を挙げ得点王となり、リヨンのリーグ7連覇に貢献した。メス戦でハットトリックを記録した。この活躍から2008年のブラヴォー賞を受賞した。2008-09シーズンもUEFAチャンピオンズリーグ8試合に出場し5得点、リーグ36試合に出場し2位タイの17得点を挙げる活躍をみせるが、リヨンは3位に終わり8連覇を逃した。また、2008年3月に、2013年まで契約を延長した。

レアル・マドリード

FCバルセロナ、レアル・マドリード、マンチェスター・ユナイテッドFCなどのビッグクラブ、他にもインテル・ミラノ、ACミランなどからもオファーが届き[7]、2009年オフにはマンチェスター・ユナイテッドとレアル・マドリードが争奪戦を繰り広げた。ベンゼマは当初「あと1シーズンはリヨンに残る」としていたが、7月1日、レアル・マドリードへの移籍がリヨンのホームページで発表された。移籍金は3500万ユーロで移籍後の活躍次第で最大600万ユーロが追加される。2009年8月29日のデポルティーボ・ラ・コルーニャ戦でラ・リーガデビュー。9月20日のシェレス戦で移籍後初得点を挙げた。開幕当初はスタメン起用されていたが、チームやリーグにあまり馴染めずに昨季チーム得点王であったゴンサロ・イグアインにスタメンの位置を奪われる。結局、27試合の出場で9得点にとどまり、結果的に南アフリカW杯出場を逃した。さらに、W杯後の2010年7月21日にはフランク・リベリーとともに買春容疑で事情聴取されるなど公私にわたって惨憺たるシーズンとなった[8]。

2010年夏の移籍市場では、チームの象徴だったラウル・ゴンサレスがドイツのシャルケ04へと移籍したことにより空いた背番号7番をクリスティアーノ・ロナウドが求めたため、それまでロナウドが付けていた背番号9番が空き番となり、憧れの選手であるロナウドと同じ9番を付けることとなった。2010-11シーズン前、ベンゼマはファンに「最高のベンゼマを披露すると約束する。今年は僕の年になるだろう。」[9]と語った。しかし、シーズンが始まってもベンゼマは寝坊や練習の怠慢などを繰り返したため、ジョゼ・モウリーニョ監督から叱責を受けた[10]。その後手術によってイグアインが離脱してからは多くのチャンスが与えられ、先発出場する機会も増えた。UEFAチャンピオンズリーググループステージ最終戦のオセール戦や8-0で大勝したコパ・デル・レイのレバンテ戦ではハットトリックを記録した。一方リーグ戦では得点を決めることが出来ず、リーガ第4節エスパニョール戦で決めて以降、1月24日の第20節マジョルカ戦まで無得点であった。モウリーニョからの信頼を勝ち取ることが出来ず、アルメリア戦では怪我明けのカカを起用するために、チーム唯一のCFであるにも関わらずベンゼマは先発に選ばれなかった。しかし、3月になって突如量産体制に入り[11]、アトレティコ・マドリードとのマドリードダービー直近の8試合で10得点を挙げた。

ビジャレアルCF戦でのベンゼマ(2011年)

2011-12シーズン前にアーセナルFCやユヴェントスFCからの関心が伝えられるもレアル・マドリード残留を明言。その際には「来シーズンは、本当のベンゼマを見ることになるよ」[12]と語った。シーズン前のトレーニングにより体重を8kg落として臨み[13]、プレシーズンでは、7試合で8得点を挙げるなど好調を保ち、リーガ開幕前のスーペルコパでもメスト・エジルの先制点をアシストすると、自らも同点ゴールを決めた。リーガではともに自己最多となる34試合21得点を記録。全大会合計で34得点、15アシストを挙げ、レアルのUEFAチャンピオンズリーグ準決勝進出、4年ぶりのリーガ制覇に貢献した[13]。

2014年1月18日、レアル・ベティス戦にてレアル・マドリード通算100得点を記録。2013-14シーズンのコパ・デル・レイ決勝、FCバルセロナ戦ではアンヘル・ディ・マリアの先制点をアシストしてタイトル獲得に貢献し、一週間後に行われたUEFAチャンピオンズリーグ準決勝のバイエルン・ミュンヘン戦1stレグでは試合唯一のゴールを奪い、クラブの10度目のUEFAチャンピオンズリーグ優勝に貢献した。

シャルケ04戦でのベンゼマ(2015年)

2014-15シーズン、UEFAチャンピオンズリーググループステージのFCバーゼル戦では、UEFA主催大会におけるレアル・マドリード通算1000得点目を記録した[14]。

2015-16シーズン、2016年1月9日に行われたデポルティーボ戦でラ・リーガでの自身通算100得点を記録[15]。2016-17シーズン、2016年12月7日に行われたドルトムント戦でUEFAチャンピオンズリーグ通算50得点に到達した[16]。同月に行われたクラブワールドカップの準決勝のクラブ・アメリカ戦[17]、決勝の鹿島アントラーズ戦ではいずれも先制ゴールを記録した[18]。2017年9月21日、レアル・マドリードとの契約を2021年まで延長した。

クリスティアーノ・ロナウドが退団した2018-19シーズンは、2011-12シーズン以来のキャリア通算3度目となるシーズン30得点を記録した。また、UEFAチャンピオンズリーグのアヤックスにてクリスティアーノ・ロナウド、リオネル・メッシ、ラウルに次ぎルート・ファン・ニステルローイに並ぶ大会通算60得点目を記録した[19]。

2019-20シーズン、2020年6月18日、第29節のバレンシアCF戦で2ゴールを記録、クラブ通算得点を243に伸ばし、フェレンツ・プスカシュを超えて歴代5位となった[20]。リーガ第32節のRCDエスパニョール戦では、2010年1月31日にデポルティーボ・ラ・コルーニャ戦でベンゼマのゴールをアシストしたグティのヒールパスに酷似したパスでカゼミーロのゴールをアシストし話題になった[21]。リーグ戦ではメッシの25ゴールに次ぐ21ゴールを決め[22]、3年振りのリーグ制覇に貢献した。

2020-21シーズン、2020年10月4日、第5節のレバンテ戦でゴールを決め、レアル・マドリードでの通算250ゴールを達成した[23]。また、2021年11月4日のUEFAチャンピオンズリーググループステージのFCシャフタール・ドネツクでレアル・マドリードのUEFAチャンピオンズリーグ通算1000ゴール目を達成した[24]。

2021-22シーズン、スーペルコパではFCバルセロナ戦、アスレティック・ビルバオ戦の両試合で得点を挙げ、スーペルコパを獲得。また、2022年3月9日の欧州CL・決勝T1回戦2ndレグのパリ・サンジェルマンFC戦ではUEFAチャンピオンズリーグ史上最年長のハットトリックを決め[25]、4月6日、UEFAチャンピオンズリーグ準々決勝1stレグのチェルシーFC戦でも再びハットトリックをきめた[26]。ラ・リーガで27得点、UEFAチャンピオンズリーグでは15得点を記録して2大会で得点王に輝き、レアル・マドリードも両大会で優勝して3冠を達成した。

2022年8月10日に行われたUEFAスーパーカップでは、アイントラハト・フランクフルト相手に2点目を決めてタイトル獲得に貢献した[27]。同年10月17日には、バロンドールを受賞した[28]。

2023年6月4日、レアル・マドリードがベンゼマの退団を発表した。レアル・マドリードは公式サイトにてベンゼマの退団を「その輝かしく忘れがたい我々のクラブの選手としての時代に終止符を打つことで合意しました。レアル・マドリードは我々にとっての偉大なレジェンドの一人に対し感謝とあらゆる愛情を示したいと思います。」と綴った[29]。レアル・マドリードでは、公式戦647試合353得点を記録し、25個のタイトルを獲得した[30]。

アル・イテハド

2023年6月6日、サウジ・プロフェッショナルリーグのアル・イテハドに加入することが発表された[31]。契約期間は2026年6月までの3年間。3年間で2億5800万ポント(約450億円)という報酬という巨額契約であり、イスラム教徒であるベンゼマはサウジアラビアを「ずっと住みたいと思っていた聖なる王国」と語った[32]。

7月27日、アラブ・クラブ・チャンピオンズカップのエスペランス戦で公式戦デビューを果たすと、前半にアブデルラザク・ハムダラーのゴールをアシストし、後半には移籍後初得点も記録するなど1ゴール1アシストの活躍で勝利に貢献した[33]。ベンゼマ自身は公式戦20試合で12得点5アシストと結果を残したがアル・イテハドはその時点でリーグ6位に甘んじており、ファンからは「敗北の息子」というあだ名をつけられ、リーグ17節のアル・ナスルFC戦に敗れた後には自身のインスタグラムを公開停止にした[34]。

代表経歴

欧州選手権でプレーするベンゼマ(2012年)

全世代のフランス代表に選抜された。2004年のUEFA U-17欧州選手権では優勝メンバーの一員となった。アルジェリア国籍を持つことからアルジェリア代表からも招集を受けるが、フランス代表を選択し、2007年3月28日の親善試合・オーストリア戦でフランス代表デビュー。この試合で決勝点となる代表初得点を挙げた。EURO2008代表メンバーにも選ばれるが、目立った活躍はできずフランス代表もグループリーグで敗退した。所属クラブであるレアル・マドリードでのプレーの調子や前述の買春問題などから南アフリカW杯メンバーからは落選した。

2012年の欧州選手権では招集を受け、全試合に先発出場した。ウクライナ戦では2アシストを記録して勝利に貢献したが[35]、ベンゼマ自身は大会4試合でゴールを決められず、決勝トーナメント1回戦でスペインに敗れた。

2012年6月5日のエストニア戦以降15試合、およそ1222分間代表でのゴールから見放されていたが、2013年10月に行われたオーストラリア代表との親善試合でゴールを決めた。

恐喝容疑〜代表追放

2015年11月に、性行為を映した映像を利用し、同じフランス代表の僚友マテュー・ヴァルブエナの恐喝に関与した容疑でフランス警察当局に逮捕された[36]。

事件の発端は、2014年夏頃に当時、マルセイユに所属していたヴァルブエナがマルセイユの選手らと親交の深かった人物に携帯電話のデータ移行を手伝ってもらった際にデータを抜かれたこととされる。2015年6月頃からこの人物らが含まれる犯罪グループからヴァルブエナへの恐喝が始まり、ヴァルブエナはフランス代表の警備を務める警察官を通じて警察に被害届を提出した。以来、恐喝はなかったが、10月の代表合宿中にベンゼマがヴァルブエナに映像の件を解決してくれる人物として自身の幼馴染と面会するよう勧めてきたという。この幼馴染はベンゼマと兄弟同然の幼馴染だが、犯罪歴のある人物とされ、ヴァルブエナはこれを金銭を目的とした仲介と受け止め、警察もこの幼馴染を事前に参考人として捜査していた。警察は事前にこの幼馴染の電話を盗聴しており、ベンゼマがヴァルブエナを茶化しながら幼馴染に報告していたことから関与したと判断した(ただしこの幼馴染はベンゼマの援助のおかげで困窮しておらず、ベンゼマも恐喝の意図を否定したうえで純粋にヴァルブエナを助けることが目的だったと断言、この電話でヴァルブエナを茶化したことは軽率だったと後に釈明している)[37]。またこの犯罪グループには潜入していた覆面警官もおり、仲介役を担ったこの警官が犯行を積極的に促したとして後にベンゼマの弁護士が警察の不正捜査を訴えることになる[38]。

逮捕後の12月にフランス首相を務めていたマニュエル・ヴァルスから「偉大なスポーツ選手は模範的でないとならない。そうでないならば、フランス代表のチームに居場所はない」と批判され、フランスサッカー連盟からは無期限代表活動停止処分が科された[39][40]。処分を受けたベンゼマはヴァルブエナの捏造と非難し、ヴァルブエナもベンゼマが関与したとして二人は非難の応酬となった。

2016年3月11日、恐喝行為への関与によって科されていた法的制約の一部解除が決定され、UEFA EURO 2016に向けて法的にフランス代表への復帰が可能となった[41]。この件についてマニュエル・ヴァルス首相とパトリック・カネル大臣はベンゼマの代表復帰に懐疑的な見解を示したが、ベンゼマの代表復帰に肯定的なフランソワ・オランド大統領は「下らない事はやめろ」とこの問題に触れないよう促した[42]。4月14日、フランスサッカー連盟のノエル・ル・グラエ会長が「和を乱さぬため」とUEFA EURO 2016にベンゼマを招集しない事を発表した[43]。代表監督のディディエ・デシャンもこの決定を支持したことから、ベンゼマは「人種差別主義者グループの圧力に屈した」とデシャンを非難、両者の確執へと発展した[44]。2016年8月、事件の容疑者のひとりがベンゼマの無罪を認めたことが報じられた[45]。

これ以降、連盟やデシャンとの確執から2021年まで代表に復帰することはなかった。フランスサッカー連盟のノエル・ル・グラエ会長は「フランス代表での彼の冒険は終わった」と今後も復帰させないことを明言しており、デシャンもこれに同調している。ベンゼマは「他国の代表チームでプレーさせて欲しい」と訴えている[46]。また、2019-20シーズン終了後にル・グラエが「すべての試合を見たわけではないが、彼はキャリアのなかで、最高のシーズンを過ごした」とベンゼマを称賛したところ、ベンゼマはそのコメントを伝えたフランスのテレビ局「RMCスポーツ」のツイートに対し「笑っちゃうね」と冷ややかな反応を見せている[47]。

代表復帰

フランスサッカー連盟は追放処分を解除し、代表監督ディディエ・デシャンも前言を撤回[48]。2021年5月18日、EURO 2020のフランス代表に選出され[49]、5年半ぶりに代表に復帰することとなった。同年10月10日、UEFAネーションズリーグの決勝戦ではスペインと対戦し、同点ゴールをきめて初優勝に貢献した[50]。

2021年11月13日、ベンゼマは2022年ワールドカップ予選で初ゴールを決め、カザフスタン戦で2得点を挙げた。フランスはこの試合に8-0で勝利し、カタールW杯への出場を決めた[51]。 この2得点により、彼の代表通算ゴール数は35に達し、ダビド・トレゼゲを抜いてフランス代表歴代5位の得点者となった。 ベンゼマは2022 FIFAワールドカップのフランス代表最終メンバーに選ばれたものの、11月19日、フランスサッカー連盟は彼が太ももの負傷により大会を欠場することを発表した[52][53][54]。 大会には出場しなかったものの、彼の代わりに選手が追加招集されなかったため、ベンゼマには銀メダルが授与された。一方、クリストファー・エンクンクはランダル・コロ・ムアニに交代されたため、異なる扱いを受けた[55]。 そして12月19日、ベンゼマはフランス代表からの引退を発表した[56]。

人物

  • 小さいころからロナウドのファンで、試合をした際にもらったユニフォーム(当時ACミラン、背番号99)を部屋に飾っており、「何よりも大切なもの」と言うほどロナウドを敬愛している。また、(ロナウドが入団した)14歳のころからレアル・マドリードのファンであり、入団会見ではロナウドやクラブへの思いを語った[57]。
  • レアル・マドリードでゴンサロ・イグアインとポジション争いをしていた当時、イグアインが長期離脱した際にジョゼ・モウリーニョ監督が「犬とともに狩りに行けないならば、猫とともに狩りに出なければならない」と発言した[58]ことで、El Gato(猫)という愛称が広まった[59]。その後、特にクリスティアーノ・ロナウドのユヴェントスFC移籍後の活躍により、「猫が虎に変わった」と評価されるようになった[60]。
  • 2013年2月に116kmのスピード違反で1万8000ユーロの罰金と8カ月の免停処分に科された[61]。2015年10月にはマドリード市内の禁止区域でUターンをしたところ、警察官に止められ、その際に無免許運転が発覚した[62]。
  • 2017年5月、ESPNは世界で最も有名なアスリート100人を発表し、44位に選出された。サッカー選手としては15位[63]。
  • 2019年1月、レアル・マドリードは3つのコンペティションを戦う忙しいシーズンを送っていた中、ベンゼマは試合中に右手の指を骨折。数週間の離脱が予想され、チームはエースを欠く痛手を負うと予想されていたが、チームを助けたいと言い手術を延期した。以降、右手に包帯を巻いて試合に出場し続け、彼のトレードマークとなっている。

プレースタイル・評価

テクニックが高く、パワフルなプレーが魅力であり、高い得点力を誇る[5]。大柄な体躯にもかかわらず、柔らかな身のこなしと抜群のスピードを備え、MFのような高度なテクニックを駆使して組み立ての局面で存在感を示しながら、難易度の高いシュートも決める。同世代のロベルト・レヴァンドフスキやルイス・スアレス、ハリー・ケインらと並ぶ当代随一の万能型ストライカーであり[64]、2022年にはティエリ・アンリを抜きフランス人選手の史上最多得点記録者となった[65]。レアル・マドリードにおいてもクリスティアーノ・ロナウドに次ぐクラブ得点記録で2位に位置しており、アシスト数ではクラブ最多を誇る[66]。

センターフォワードの他にも右ウイングとして機能する。センターフォワードでありながら、アレックス・ファーガソンから「ジネディーヌ・ジダンを思わせる」と称されるボールスキルも彼の武器の一つである[67]。また、視野の広さとゲームコントロールの能力もあることから"9.5番"(ストライカーである9番とゲームメイカーである10番の中間)と元ACミランのストライカー、マルコ・シモーネはコメントしており、ベンゼマ自身もまた「僕は10番のようにプレーする、9番の選手だ」と語っている[68]。オリンピック・リヨンではロナウドのようなハーフウェーラインからのドリブルシュートはトレードマークだったが、レアル・マドリードではボールを渡すジダンのようなプレーにシフトした[69]。

アーセン・ベンゲルからは、「知性を感じる動きをし、連動して違いがつくれる選手」と評されている[70]。カルロ・アンチェロッティからは「素晴らしい選手だ。素晴らしいFWではない、素晴らしい選手なのだ。全てを備えた選手だ」などと評されている[71]。コスタス・マノラスは「技術があり、フィジカルも強い。完璧なFWだ。」などと述べている[72]。

個人成績

クラブ成績

クラブ シーズン リーグ リーグ戦 カップ戦 国際大会 その他 合計
出場得点出場得点出場得点出場得点出場得点
リヨン 2004-05 リーグ・アン 6000000 060
2005-06 13122110 0164
2006-07 21520321 1278
2007-08 362087741 05231
2008-09 361721851 04723
通算 11243141019123 114866
レアル・マドリード 2009-10 プリメーラ 27810510 0339
2010-11 331575860 04826
2011-12 342153117215232
2012-13 301184105205020
2013-14 3517621150 05224
2014-15 29153096514622
2015-16 272400940 03628
2016-17 291131135324819
2017-18 3251195514712
2018-19 36216484315330
2019-20 372131850 04827
2020-21 342310106114630
2021-22 3227001215224644
2022-23 241954104444331
通算 4392384925133782713648354
通算 5512816835152903014796420
クラブ シーズン リーグ リーグ戦 合計
出場得点出場得点
リヨンB 2004-05 フランス全国選手権 111011 10
2005-06 959 5
総通算20152015

代表成績

  • 国際Aマッチ 97試合 37得点(2007年-2022年)[73]
フランス代表国際Aマッチ
年出場得点
200783
2008112
200983
201053
2011102
2012122
2013103
2014137
201542
2021139
202231
通算9737

代表での得点

 # 日時場所対戦相手スコア最終結果大会
1.2007年3月28日フランスの旗 サン=ドニ オーストリア1-01-0親善試合
2.2007年10月13日フェロー諸島の旗 トースハウン フェロー諸島0-30-6UEFA EURO 2008予選
3.0-5
4.2008年8月20日スウェーデンの旗 ヨーテボリ スウェーデン1-12-3親善試合
5.2008年10月15日フランスの旗 サン=ドニ チュニジア3-13-1
6.2009年6月5日フランスの旗 リヨン トルコ1-01-0
7.2009年10月10日フランスの旗 ガンガン フェロー諸島5-05-02010 FIFAワールドカップ・ヨーロッパ予選
8.2009年10月14日フランスの旗 サン=ドニ オーストリア1-03-1
9.2010年9月7日ボスニア・ヘルツェゴビナの旗 サラエヴォ ボスニア・ヘルツェゴビナ0-10-2UEFA EURO 2012予選
10.2010年10月12日フランスの旗 メス ルクセンブルク1-02-0
11.2010年11月17日イングランドの旗 ロンドン イングランド0-11-2親善試合
12.2011年2月9日フランスの旗 サン=ドニ ブラジル1-01-0
13.2011年9月2日アルバニアの旗 ティラナ アルバニア0-11-2UEFA EURO 2012予選
14.2012年6月5日フランスの旗 ル・マン エストニア2-04-0親善試合
15.3-0
16.2013年10月11日フランスの旗 パリ オーストラリア6-06-0
17.2013年10月15日フランスの旗 サン=ドニ フィンランド3-03-02014 FIFAワールドカップ・ヨーロッパ予選
18.2013年11月19日 ウクライナ2-03-02014 FIFAワールドカップ・ヨーロッパ予選プレーオフ
19.2014年3月5日 オランダ1-02-0親善試合
20.2014年6月8日フランスの旗 リール ジャマイカ3-08-0
21.5-0
22.2014年6月14日ブラジルの旗 ポルト・アレグレ ホンジュラス1-03-02014 FIFAワールドカップ
23.3-0
24.2014年6月20日ブラジルの旗 サルヴァドール スイス0-42-5
25.2014年10月11日フランスの旗 サン=ドニ ポルトガル1-02-1親善試合
26.2015年10月8日フランスの旗 ニース アルメニア3-04-0
27.4-0
28.2021年6月23日ハンガリーの旗 ブダペスト ポルトガル1-12-2UEFA EURO 2020
29.2-1
30.2021年6月29日ハンガリーの旗 ブダペスト スイス1-13-3
31.2-1
32.2021年10月8日イタリアの旗 トリノ、ユヴェントス・スタジアムベルギーの旗 ベルギー2-12-3UEFAネーションズリーグ2020-21
33.2021年10月11日イタリアの旗 ミラノ、スタディオ・ジュゼッペ・メアッツァスペインの旗 スペイン1-11-2
34.2021年11月14日フランスの旗 パリ、パルク・デ・プランス カザフスタン4-08-02022 FIFAワールドカップ・ヨーロッパ予選
35.5-0
36.2021年11月17日フィンランドの旗 ヘルシンキ、ヘルシンキ・オリンピックスタジアム フィンランド0-10-2
37.2022年6月4日フランスの旗 サン=ドニ デンマーク1-01-2UEFAネーションズリーグ2022-23

タイトル

クラブ

オリンピック・リヨン
レアル・マドリード

代表

U-17フランス代表
  • UEFA U-17欧州選手権:2004
フランス代表

個人

脚注・出典

  1. ↑ Monsieur Benzemasport.es 2019年2月5日
  2. ↑ La Liga de 'monsieur' BenzemaEl Independiente 2020年7月16日
  3. ↑ “«KB9!» : Emmanuel Macron félicite Karim Benzema après son Ballon d’or, et cartonne sur Twitter”. Parisien. (2022年10月17日) 2022年10月19日閲覧。ベンゼマのバロンドール2022受賞が発表された瞬間にフランス大統領エマニュエル・マクロンは自身のTwitterアカウントで"KB9 ! フランスの旗"とツイートしてその受賞を祝福した。
  4. ↑ “レアル36戦不敗!ジダン監督“神采配”リーグ戦温存の3人が活躍 - スポニチ Sponichi Annex サッカー”. スポニチ Sponichi Annex. 2025年3月19日閲覧。
  5. 1 2 Karim Benzemaespn.go.com
  6. ↑ Benzema va signer prolequipe.fr 2005年1月20日
  7. ↑ “ベンゼマ「インテル、ミラン、バルサ、ユナイテッドと契約することもできたが…」”. livedoorスポーツ (2010年7月5日). 2010年10月25日閲覧。
  8. ↑ リベリとベンゼマが未成年売春で事情聴取Goal.com 2011年7月21日
  9. ↑ “レアル・マドリーのベンゼマ「最高のベンゼマを披露すると約束する」”. sportsnavi.yahoo.co.jp (2010年8月2日). 2010年10月14日閲覧。
  10. ↑ “モウリーニョ監督、ベンゼマに「目を覚ませ」”. news.livedoor.com (2010年8月23日). 2010年10月14日閲覧。
  11. ↑ カリム・ベンゼマ「自分のゴールでタイトルをもたらす」スポーツナビ 2011年4月4日
  12. ↑ ベンゼマ:「マドリーに僕を放出するつもりはない」Goal.com 2011年5月27日
  13. 1 2 全50人の選手を発表! Goal.com 50 - 16位 カリム・ベンゼマ Goal.com
  14. ↑ “ベンゼマが欧州大会におけるレアル・マドリード1000点目を記録”. サッカーキング (2014年9月17日). 2019年5月30日閲覧。
  15. ↑ “レアルのベンゼマ、リーガ通算100得点に到達…299試合で達成”. サッカーキング (2016年1月10日). 2016年1月10日閲覧。
  16. ↑ “ベンゼマがCL通算50ゴールに到達…史上6人目の快挙、現役では単独3位に”. サッカーキング (2016年12月8日). 2016年12月11日閲覧。
  17. ↑ “Cロナ、ゴール! レアルがクラブ・アメリカ下し鹿島待つ決勝へ進出”. フットボールチャンネル (2016年12月15日). 2016年12月19日閲覧。
  18. ↑ “鹿島を勢いづけたレアルの怠惰。最も優れていたのは疑いなくベンゼマ【スペイン人記者の目】”. フットボールチャンネル (2016年12月19日). 2016年12月19日閲覧。
  19. ↑ 「結果はとても重要でいいものになった」とレアル・マドリードでアヤックス相手に公式戦450試合目を戦ったフランス人FWは語った レアル・マドリード公式 2019年2月13日
  20. ↑ ベンゼマがゴール数でクラブ歴代5位に! プスカシュ氏を抜く!超WORLDサッカー!、2020年6月19日
  21. ↑ 森田泰史 (2020年8月1日). “メッシとベンゼマのパフォーマンス変化。進化する「ライン間」の概念。”. Yahoo!ニュース. 2020年8月23日閲覧。
  22. ↑ “メッシが4年連続、史上最多7度目の得点王に! 21アシストはリーガ新”. サッカーキング (2020年7月20日). 2020年7月20日閲覧。
  23. ↑ “ベンゼマがレアル通算250得点を達成…クラブ得点ランクは5位に”. web.gekisaka (2020年10月5日). 2020年10月5日閲覧。
  24. ↑ “ベンゼマがCLの歴史に名を刻む! レアルの大会史上初1000点目のスコアラーに”. ゲキサカ (2021年11月4日). 2021年11月4日閲覧。
  25. ↑ “34歳・ベンゼマ CL最年長ハット!レアルが大逆転8強「最後まで全てを出し切った」”. スポニチ (2022年3月11日). 2022年3月12日閲覧。
  26. ↑ “Rマドリード監督 3得点のベンゼマを「ワインのように日々良くなっている」と称える - 欧州CL : 日刊スポーツ”. 日刊スポーツ (2022年4月7日). 2022年4月9日閲覧。
  27. ↑ “RマドリードがUEFAスーパー杯を制して今季初タイトル! フランクフルト・鎌田は先発フル出場で躍動”. サッカーキング (2022年8月11日). 2022年8月11日閲覧。
  28. ↑ “ベンゼマがバロンドール初受賞! 昨季公式戦44発でリーガとCLの“2冠”に貢献”. サッカーキング. (2022年10月18日) 2022年10月18日閲覧。
  29. ↑ “公式声明:ベンゼマ選手について”. レアル・マドリード (2023年6月4日). 2023年6月6日閲覧。
  30. ↑ “ベンゼマのレアル退団が正式発表! 通算647試合353ゴールの偉大な記録”. 超ワールドサッカー (2023年6月4日). 2023年8月19日閲覧。
  31. ↑ “ベンゼマがアル・イテハド加入、年俸150億円の破格3年契約”. 超ワールドサッカー (2023年6月6日). 2023年8月19日閲覧。
  32. ↑ “ベンゼマ、サウジアラビア移籍は3年450億円が目的でなくイスラム教徒として「住みたかった」”. 日刊スポーツ (2023年6月9日). 2023年12月29日閲覧。
  33. ↑ “ベンゼマがアル・イテハド公式戦デビューで1ゴール1アシスト!チームの逆転勝利に貢献!”. 超ワールドサッカー (2023年7月28日). 2023年8月19日閲覧。
  34. ↑ “サウジで得点量産も“四面楚歌”に…ベンゼマ、ファンから「敗北の息子」とあだ名をつけられる インスタも削除か”. yahoo.co.jp (2023年12月29日). 2023年12月29日閲覧。
  35. ↑ 【ニュース】フランス代表のベンゼマが2アシストの活躍「W杯とユーロでは久しく勝てなかったので嬉しい」wowow.co.jp
  36. ↑ 仏代表ベンゼマ逮捕!性行為を写した映像で恐喝容疑 日刊スポーツ 2015年11月5日
  37. ↑ 脅迫関与容疑のベンゼマは“白”。事件を複雑化させた交友関係、“億万長者”に金銭要求の理由なしフットボールチャンネル、2015年12月7日
  38. ↑ ワールドサッカーダイジェストWeb、2017年7月12日
  39. ↑ Co.,Ltd, livedoor (2015年12月2日). “仏首相、恐喝容疑のベンゼマ追放を希望「代表チームに居場所はない」”. サッカーキング. 2025年3月19日閲覧。
  40. ↑ “ベンゼマが代表追放処分…ユーロ地元Vへ暗雲漂うフランス - スポニチ Sponichi Annex サッカー”. スポニチ Sponichi Annex. 2025年3月19日閲覧。
  41. ↑ ベンゼマ、代表復帰とEURO出場へ前進か ヴァルブエナとの接触制限解除 Goal.com 2016年3月11日
  42. ↑ “「くだらないことはやめろ」仏大統領、“ベンゼマ問題”の鎮火を図る”. フットボールチャンネル (2016年3月25日). 2025年3月19日閲覧。
  43. ↑ “ベンゼマの仏代表落選は「和を乱さぬため」、連盟会長”. www.afpbb.com (2016年4月15日). 2025年3月19日閲覧。
  44. ↑ ベンゼマ沈黙破る。「デシャンは周囲の圧力に負け、俺を代表から外した」フットボールチャンネル、2016年6月2日
  45. ↑ “「ベンゼマは無罪」。セックステープ事件の容疑者が認める”. フットボールチャンネル (2016年8月2日). 2016年12月11日閲覧。
  46. ↑ “ベンゼマ、フランス代表復帰閉ざされ異例の訴え。「他国でプレーさせて」”. フットボールチャンネル. 2020年4月22日閲覧。
  47. ↑ “レアルFWベンゼマ、仏会長の称賛を「笑っちゃうね」と一蹴 関係修復は不可能か”. football-zone (2020年7月26日). 2020年8月23日閲覧。
  48. ↑ “ベンゼマが6年ぶりフランス代表復帰!デシャン監督が説明した理由は… | Goal.com 日本”. www.goal.com (2021年5月18日). 2025年3月19日閲覧。
  49. ↑ “La liste des vingt-six pour l'UEFA Euro 2020”. www.fff.fr (2021年5月18日). 2021年5月21日閲覧。
  50. ↑ “長らく“追放状態”だったベンゼマ、フランス代表での初タイトルに歓喜!「本当に欲しかったんだ」”. ゲキサカ (2021年10月11日). 2021年10月11日閲覧。
  51. ↑ “France 8-0 Kazakhstan: Kylian Mbappe scores four times for world champions to book Qatar place”. www.tntsports.co.uk. 2025年3月19日閲覧。
  52. ↑ “Karim Benzema forfait pour la Coupe du Monde”. www.fff.fr. 2025年3月19日閲覧。
  53. ↑ Nigel Chiu (2025年2月11日). “U888” (英語). 2025年3月19日閲覧。
  54. ↑ “Karim Benzema: France striker ruled out of 2022 World Cup in Qatar” (英語). Sky Sports 2025年3月19日閲覧。
  55. ↑ Smith, Sam (2022年12月12日). “Benzema may receive World Cup medal despite devastating France injury” (英語). Express.co.uk. 2025年3月19日閲覧。
  56. ↑ “Karim Benzema retires from international football on his 35th birthday, 24 hours after World Cup final”. www.tntsports.co.uk. 2025年3月19日閲覧。
  57. ↑ ベンゼマ:「14歳からの夢だった」
  58. ↑ モウリーニョに「猫」と形容されたベンゼマ、「あのときには気が狂いそうだった」 Goal.com 2017年11月13日
  59. ↑ ¿Por qué le dicen el Gato a Karim Benzema? mediotiempo.com 2021年11月12日
  60. ↑ “Karim Benzema: el gato se convirtió en tigre” (スペイン語). Bernabéu Digital. 2025年3月19日閲覧。
  61. ↑ スピード違反を犯したベンゼマの処分が決定…禁固刑はなし サッカーキング 2013年3月17日
  62. ↑ “ベンゼマ、無免許運転でまたも検挙…愛車没収”. ゲキサカ (2015年10月30日). 2025年3月19日閲覧。
  63. ↑ “Check out ESPN's 2017 ranking of the top 100 most famous athletes on the planet” (英語). ESPN.com. 2025年3月19日閲覧。
  64. ↑ “薄幸の点取り屋ベンゼマの美学。「ナンバーワンでなくてもいい」”. Number Web (2020年7月29日). 2020年8月23日閲覧。
  65. ↑ “「413」得点のベンゼマ、英雄アンリ超え フランス人選手の史上最多得点記録者に”. football-zone (2022年3月15日). 2023年7月1日閲覧。
  66. ↑ “カリム・ベンゼマは偽9番にして9番でもある――“現代に求められるCF像”の最高峰、その凄みを言語化する”. footballista (2022年5月25日). 2023年7月1日閲覧。
  67. ↑ マンU・ファーガソン監督、ジダン2世は「グルキュフよりベンゼマ」 - ライブドアニュース
  68. ↑ “フィルミーノとベンゼマ。ゼロトップ時代後に示される、「9.5番」の価値。”. yahoo.co.jp (2019年2月23日). 2021年10月21日閲覧。
  69. ↑ “万能型FWベンゼマはダイエット成功で「ジダン+ロナウド」に進化した”. sportiva (2020年7月3日). 2021年10月21日閲覧。
  70. ↑ ヴェンゲルがベンゼマの獲得を示唆「好きな選手だ」 Livedoorスポーツ 2011年5月25日
  71. ↑ “「謙虚で、世界一の選手になる気がないのだ」かつての恩師がFWベンゼマを評価”. フットボールチャンネル (2016年9月23日). 2021年6月8日閲覧。
  72. ↑ “「メッシは世界で5番目のFW」と語るマノラス、その理由とは…?”. SANSPO.COM (2016年10月12日). 2016年10月14日閲覧。
  73. ↑ カリム・ベンゼマ - National-Football-Teams.com

関連項目

外部リンク