チェルシーFC

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チェルシーFC
原語表記 Chelsea Football Club
呼称 CFC、CHE
愛称 The Blues(青)
クラブカラー     青
創設年 1905年
所属リーグ プレミアリーグ
所属ディビジョン 1部(2026-27)
昨季リーグ順位 10位(2025-26)
ホームタウン ロンドン
ホームスタジアム
スタンフォード・ブリッジ
収容人数 40,341[1]
運営法人 BlueCo(英語版)[2]
代表者 アメリカ合衆国の旗 トッド・ベーリー
監督 スペインの旗 シャビ・アロンソ
公式サイト 公式サイト
ホームカラー
アウェイカラー
サードカラー
■テンプレート(■ノート)■サッカークラブPJ

チェルシー・フットボール・クラブ(Chelsea Football Club、イギリス英語発音: [ˈʧelsi ˈfutˌbɔːl klʌb])は、イングランドの首都ロンドンをホームタウンとするイングランドプロサッカーリーグ(プレミアリーグ)に加盟するプロサッカークラブ。

概説

FIFAクラブワールドカップとUEFAチャンピオンズリーグで2度の優勝に輝き、イングランド・プレミアリーグにおいて5回の優勝記録を持つ(フットボールリーグ時代を含めると6回)。ブルーズ(Blues)の愛称で知られる。2003年にロシア人の実業家ロマン・アブラモヴィッチがオーナーに就任して以降、豊富な資金力を活用して積極的な選手補強を行い、世界屈指の強豪クラブとなった。

同じロンドンに本拠地を置くアーセナルは労働者階級の支持層が多かったのに対し、チェルシーは富裕層や政治家など上流階級のサポーターが多かった[3]。上流階級のサポーターが多いのは、高級住宅街の中にスタジアムが位置していることが関係している。

歴史

創立

1905年3月10日、設立のきっかけはスタンフォード・ブリッジを購入したガス・ミアーズとジョゼフ・ミアーズの兄弟がフラムにスタンフォード・ブリッジを本拠地として使用することを打診するも、これを拒絶されたことにある。ミアーズ兄弟はスタンフォード・ブリッジを本拠地として使用するクラブが必要となり、そのクラブとして「チェルシーFC」が設立された。設立当初はサザンフットボールリーグに加入する予定だったが、フラムやトッテナム・ホットスパーなどの反対を受け、フットボールリーグ2部に所属することとなった。

1915年のFAカップで決勝まで進んだ。決勝ではシェフィールド・ユナイテッドに敗れたものの、これがクラブが初めて経験した大舞台だった。第一次世界大戦による中断後の1919-20シーズンには、リーグで3位の成績を残す。以降は2部降格など低迷していった。

1950-80年代

再び脚光を浴びるようになるのは1950年代に入ってからになる。1952年にアーセナルで選手としても活躍したテッド・ドレイクが監督に就任するとチーム改革に着手。1954-55シーズンにクラブ史上初のトップリーグ優勝を手にした。このリーグ優勝により、同年に始まったUEFAチャンピオンズカップのイングランド代表としての出場権を手にしたが、FAやフットボールリーグからの反対を受け、出場を辞退させられる。

その後は低迷期に入り、1961年にクラブの英雄的な存在だったジミー・グリーブスをACミランに引き抜かれた。1961-62シーズンに2部降格の憂き目に遭う。クラブを立て直すために33歳のトミー・ドハーティに監督を依頼すると、これが功を奏してわずか1シーズンで1部に復帰。これ以降は安定して上位を維持するようになり、1964-65シーズンにフットボールリーグカップで初優勝を果たす。1965-66シーズンにインターシティーズ・フェアーズカップ(旧UEFAカップ・現UEFAヨーロッパリーグの前身)でローマ、1860ミュンヘン、ミランなどを破りベスト4まで勝ち進んだ。準決勝では優勝したFCバルセロナに敗れたものの、初めて欧州カップ戦で好成績を残した。

トッテナムと対戦するチェルシー(2008年3月)

1967年に当時のコーチだったデーブ・セクストンが監督に就任すると、1970年にFAカップ初優勝を果たす。1970-71シーズンにFAカップ王者としてUEFAカップウィナーズカップに初出場し、決勝まで勝ち進んだ。レアル・マドリードとの決勝戦はギリシャのスタディオ・ヨルギオス・カライスカキスで行われ、試合は延長戦までもつれ込むものの1-1と決着が付かず引き分け再試合に(当時はPK戦がなかった)。2日後の再試合でピーター・オスグッドとジョン・デンプシーの得点でレアル・マドリードを2-1で破り、初めて欧州タイトルを獲得した。これによりチェルシーは、イングランド国内だけでなくヨーロッパでも一目を置かれるクラブとして確固たる地位を築いた。

1970年代中盤になると再び成績が低迷し、2部に降格。更に1970年代後半には財政難が表面化した。この頃のチェルシーはイングランドでも有数の凶暴なフーリガン集団を抱えるという問題にも苦しみ、1980年代前半までは長らく低迷を味わった。

ケン・ベイツが会長に就任して以降は、なかなか安定した成績を残せないでいたが、1989年に2部で優勝し1部に昇格して以降は、トップリーグに所属し続けている。

1990年代

1990年代に入るとクラブは躍進を始めた。1993年に元イングランド代表のグレン・ホドルを選手兼任監督として迎え、1994年にFAカップで準優勝。1995年にUEFAカップウィナーズカップでベスト4に進出。1994年にケン・ベイツが投資を呼びかけ、チェルシーの熱狂的なファンだった実業家のマシュー・ハーディングがクラブの経営に加わったことで資金面に余裕ができ、イタリアから後に選手兼任監督を務めることになるオランダ人のルート・フリットやダン・ペトレスク、マーク・ヒューズら、大物スター選手の獲得に成功した。

1995年12月にボスマン判決が下されたことで、現在に至るまでの外国人のスター選手を大量に獲得するクラブの経営手法がチェルシーで確立される。これにより、プレミアリーグの国際化に先立って「多国籍軍団」と称されるようになった。この頃からスタンフォード・ブリッジの大規模な改修工事が行われ、スタジアムにホテルとメガストアと呼ばれるショッピングモールを併設した「チェルシービレッジ」の建設が始まった。

1996年に監督のグレン・ホドルがイングランド代表監督に就任したことを受けて、ルート・フリットがプレイングマネージャーに就任。フリットはその長いセリエAでの活躍をもとに築いたイタリアコネクションとボスマン判決を活用してジャンフランコ・ゾラ、ジャンルカ・ヴィアッリ、ロベルト・ディ・マッテオなどの大物外国人選手を多数獲得した。

1996年10月にクラブに多額の資金援助をしていたマシュー・ハーディングがアウェーのボルトン戦の観戦後にヘリコプターの墜落事故で亡くなってしまう(スタンフォード・ブリッジの北側スタンドは、この事故以降彼の死を悼み「マシュー・ハーディングスタンド」と呼ばれている)。十分な財政支援を得られず、大きな負債を抱えることとなった。

1996-97シーズンに、外国人選手の活躍もあり2度目のFAカップ優勝を達成。ジャンフランコ・ゾラがFWA年間最優秀選手賞をチェルシーの選手として初めて受賞した。1997-98シーズンに、グスタボ・ポジェ、トーレ・アンドレ・フロー、エト・デ・フーイらを獲得して戦力強化を図った。リーグでは一時2位につけ、カップ戦も順調に勝ち進んでいたが、シーズン途中でフリット監督は解任。ジャンルカ・ヴィアッリがプレイングマネージャーとして指揮を執ることになった。

1997-98シーズンは、UEFAカップウィナーズカップとコカ・コーラ・カップを制した。UEFAカップウィナーズカップはクラブ史上2度目の制覇だった。カップ決勝では、後半途中出場のゾラが入って1分にも満たない時間で決勝ゴールを挙げ、シュトゥットガルトを1-0で下して優勝を決めた。UEFAスーパーカップの出場権を得たため、UEFAチャンピオンズリーグ王者のレアル・マドリードとモナコで対戦することとなった。試合はグスタボ・ポジェの得点でレアル・マドリードを1-0で破り、UEFAスーパーカップも制した。1998年のチェルシーは、1900年代のチェルシーの中で最も成功した年と言える。

1998-99シーズンは、ピエルルイジ・カジラギ、マルセル・デサイー、ブライアン・ラウドルップ、アルベルト・フェレールらを獲得した。カジラギはシーズン途中で大怪我を負った上に、ブライアン・ラウドルップはシーズン序盤にホームシックでデンマークに帰国するなど問題が発生した。これらを受けて、プレイングマネージャーであったジャンルカ・ヴィアッリは監督業に専念するという理由でシーズン途中で選手としての現役を終えた。このシーズンは、連覇を期待されたUEFAカップウィナーズカップではマジョルカに敗れベスト4に終わったが、プレミアリーグでは一時首位に立つなど終盤までマンチェスター・ユナイテッドやアーセナルと優勝争いを繰り広げ3位に入り、UEFAチャンピオンズリーグ出場権を初めて勝ち取った。このシーズン頃からキャプテンのデニス・ワイズ以外が全員外国人で、ピッチ上の11人全員が外国人ということも当たり前になっていた。

1999-2000シーズンにディディエ・デシャンやクリス・サットンらを獲得するもどちらも目立った活躍を見せられずに1年で退団した。3度目となるFAカップ制覇を達成し、旧ウェンブリー・スタジアムを使用した最後のFAカップ王者というおまけ付きでの優勝だった(2006-07シーズンに現行のウェンブリー・スタジアム最初の優勝も果たしている)。このシーズンはチャンピオンズカップ第1回大会を出場辞退して以来、実に44年ぶりにUEFAチャンピオンズリーグに出場した。1次グループリーグでミラン、ヘルタ・ベルリン、ガラタサライと対戦し1位で通過。2次グループリーグではラツィオ、マルセイユ、フェイエノールトと対戦し、ラツィオに次ぐ2位で決勝トーナメントに進出。決勝トーナメントでは準々決勝でバルセロナと対戦し、ホームでは3-1で快勝したものの、アウェーで1-5で敗れ(90分では1-3だったため延長戦が行われた)、2試合合計4-6で姿を消した。

2000年代

2000-01シーズンにジミー・フロイド・ハッセルバインク、イェスパー・グレンケア、エイドゥル・グジョンセンらを獲得。ハッセルバインクはリーグ得点王に輝くなどチームを牽引した。シーズン序盤に監督のジャンルカ・ヴィアッリが解任され、同じイタリア人のクラウディオ・ラニエリを招聘したもののリーグでは中位に終わった。UEFAカップでも1回戦で敗退した。

2003-04シーズンは、イタリア人監督のクラウディオ・ラニエリは既存の選手と新加入選手を融合させ、無冠ではあったものの、プレミアリーグで2位、チャンピオンズリーグでもベスト4という好成績を収めた。チャンピオンズリーグの決勝トーナメント準々決勝で、プレミアリーグ無敗優勝という快挙を成し遂げたアーセナルを破り、クラブ史上初めてベスト4に進出した。

2004年夏、前FCポルト監督のジョゼ・モウリーニョが監督に就任。2004-05シーズンは勝ち点95、得失点差57という驚異的な成績でプレミアリーグを独走。1954-55シーズン以来50年ぶりにトップリーグでの優勝を果たし、カーリングカップも制して2冠でクラブ創立100周年を祝った。チャンピオンズリーグでは2年連続でベスト4に進出したものの、大会の優勝チームのリヴァプールに敗れ、クラブ史上初の決勝進出はならなかった。

2005-06シーズンのリーグ連覇

2005-06シーズンは、プレミアリーグ創設後、マンチェスター・ユナイテッドに次いで2クラブ目のリーグ連覇を達成。モウリーニョの就任後、ホームスタジアムであるスタンフォード・ブリッジでは正に無敵の状態で、このシーズンは19戦18勝1分けという圧倒的な強さであった。チャンピオンズリーグでは決勝トーナメント1回戦で2年連続でバルセロナと対戦し、敗れてベスト16に終わっている。

2006年夏の移籍市場で、ミヒャエル・バラック、アンドリー・シェフチェンコ、アシュリー・コールら大物選手を獲得した一方でダミアン・ダフ、エイドゥル・グジョンセン、ウィリアム・ギャラスといったそれまでの主力選手を放出してチーム編成を一新した。2006-07シーズンはカーリングカップとFAカップの2冠を達成し、モウリーニョの監督就任以来3年連続でタイトルを獲得するも、リーグではマンチェスター・ユナイテッドの後塵を拝して2位に終わり、3連覇を逃した。チャンピオンズリーグでも2年前と同様、決勝トーナメント準決勝でリヴァプールに敗れベスト4の壁を越えることはできなかった。このシーズンの結果を受けて、高額な給料に反して期待された活躍が出来ずに終わった新加入選手と、その獲得を推したとされるクラブの経営陣に対する批判が起きた。

こうした状況は2007-08シーズンも続き、シーズン序盤の9月20日に強いカリスマ性で選手やファンから支持されてきたモウリーニョが辞任すると、動揺を露にする選手の声、経営陣の責任を問うファンの声などが頻繁に聞かれた。フットボールディレクターであったアヴラム・グラントが新監督に昇格し、混乱の残るチームを引き継いだグラントはチーム内で燻る不満の沈静化に着手し、コーチとして新たに招聘されたヘンク・テン・カテと共に新体制を始動させた。選手の求心力を失い、優勝を競う力は残されていないかに思われていたが、新体制の下でチームは徐々に息を吹き返し、リーグでは前年同様マンチェスター・ユナイテッドに優勝を譲ったものの、最終節までもつれる猛追を見せた。またクラブ史上初めてチャンピオンズリーグの決勝進出を果たし、再びマンチェスター・ユナイテッドと対戦。雨の降るモスクワ、ルジニキ・スタジアムで行われたチャンピオンズリーグ決勝(2008年5月21日)は、120分で決着が付かずPK戦にもつれ込んだ。キャプテンのジョン・テリーが足をとられて失敗し、またしてもマンチェスター・ユナイテッドの前に敗れ、チャンピオンズリーグ制覇を目前で逃すこととなった。この結果、4シーズンぶりに無冠に終わった責任を取る形でグラントは解任された。

その後、ポルトガル代表監督を退任したルイス・フェリペ・スコラーリが監督に就任し、2008年夏に彼の教え子であるデコなどを獲得した。2008-09シーズンは、開幕当初こそ期待通りのテクニカルなパフォーマンスを見せたものの、優勝を争う上位陣との直接対決で勝負弱さを露呈し、徐々に優勝争いから脱落していった。2004年2月21日から続いたホーム連続無敗記録(86試合)が2008年10月27日のリバプール戦でストップするなど、ホームでの戦績も低迷した。2009年2月11日にスコラーリは解任され、後任としてロシア代表監督であったフース・ヒディンクがシーズン終了まで暫定的にロシア代表との兼任という形で就任した。ヒディンクは短期間でチームの建て直しに成功し、プレミアリーグ3位、チャンピオンズリーグベスト4という成績を残した。シーズン最後の試合となったFAカップ決勝でエヴァートンを破りタイトルをもたらして2008-09シーズンの有終の美を飾った。

2009-10シーズンのリーグとFAカップ2冠達成パレード

モウリーニョの退任後2シーズンで4人の監督が入れ替わった同クラブは、長期政権を築くべく、8シーズンに渡ってACミランの指揮をとり、チャンピオンズリーグを二度制覇したカルロ・アンチェロッティを新たな指揮官として迎えた。2009-10シーズンは、コミュニティーシールドでマンチェスター・ユナイテッドをPK戦の末に破り、4年ぶりに同タイトルを獲得した。この試合、PK戦での勝利は、1998年のジャンルカ・ヴィアッリ監督時代のリーグカップ準々決勝戦以来の11年ぶりの勝利となった。チャンピオンズリーグではラウンド16でモウリーニョ率いるインテル・ミラノと対戦した。結果は2戦2敗で、チェルシーはベスト16に終わった。プレミアリーグでは、マンチェスター・ユナイテッドとの最終節までもつれた優勝争いを制し、4シーズンぶり4度目の優勝を果たした。当時ビッグフォーと呼ばれていたマンチェスター・ユナイテッド、アーセナル、リバプールとの直接対決において、6戦全勝を達成したことが優勝の原動力となった。このシーズンはアンチェロッティ監督の下、攻撃に磨きがかかり、シーズン通算103得点を記録。これは1999-00シーズンのマンチェスター・ユナイテッドの97得点を抜くプレミアリーグ記録となった。得失点差71も2007-08シーズンのマンチェスター・ユナイテッドが記録した58を上回るプレミアリーグ記録である。FAカップ決勝ではディディエ・ドログバのフリーキックで先制し、ポーツマスとのプレミアリーグ優勝・最下位対決を1-0で制してFAカップ2連覇を達成。クラブ初のリーグとFAカップ2冠を達成した。ユースチームもFAユースカップで1960年・61年の連覇以来、3度目の優勝を飾った。

2010年代

2010-11シーズン

プレミアリーグでは序盤は好調だったが主力の離脱や不調が重なり中盤以降失速。冬の移籍市場では、プレミアリーグ史上最高額となる5000万ポンドでフェルナンド・トーレスやSLベンフィカからブラジル代表DFのダヴィド・ルイスを獲得した。終盤は盛り返して首位のマンチェスター・ユナイテッドに迫ったが、最終盤の直接対決で敗れて2位に終わった。チャンピオンズリーグでもユナイテッドに準々決勝で敗れベスト8で敗退。その他のカップ戦でも敗れ、3シーズンぶりの無冠となった。監督のアンチェロッティは解任され、新監督にはFCポルトでモウリーニョ以来の三冠を達成したアンドレ・ビラス・ボアスが就任した。

2011-12シーズン

2011-12シーズンにUEFAチャンピオンズリーグを初制覇

夏の移籍市場では、ラウル・メイレレスやフアン・マタ、ロメル・ルカク、ティボ・クルトゥワ、オリオール・ロメウらを獲得。アンドレ・ビラス・ボアス新監督の下で再生を期したが、プレミアリーグではシーズン半ばから低迷。UEFAチャンピオンズリーグでも決勝トーナメント敗退の危機に陥り、WBAに敗れた翌日の2012年3月4日にアンドレ・ビラス・ボアスは解任された。後任にはアシスタントコーチのロベルト・ディ・マッテオが暫定で就任した。するとチームは調子を上げ、決勝でリバプールを破りFAカップを制覇。UEFAチャンピオンズリーグ決勝ではバイエルン・ミュンヘンと対戦。後半の37分にバイエルンのトーマス・ミュラーが先制点を挙げるも、後半43分にディディエ・ドログバがフアン・マタのコーナーキックからヘディングで同点とした。ドログバはこの試合を最後に退団することが決まっており、その彼の得点時に解説を行っていたギャリー・ネビルの反応は有名である。延長戦ではドログバのリベリへのファールでバイエルンにPKが与えられるもこれをチェフが防ぎ、結局1-1のまま終了。PK戦ではチェフが5本全てのコースを読み、うち2本をセーブしたのち、5人目のキッカーであったドログバがネットを揺らして悲願のチャンピオンズリーグ制覇を達成した。ロベルト・ディ・マッテオは暫定監督にも関わらずFAカップとUEFAチャンピオンズリーグの2冠を達成した。

2012-13シーズン

暫定監督であったロベルト・ディ・マッテオが正式な監督に就任。ドログバやサロモン・カルー、エッシェンが退団する中、移籍市場ではエデン・アザールやオスカル、マルコ・マリン、セサル・アスピリクエタ、ビクター・モーゼス、アンドレアス・クリステンセンらを獲得。UEFAスーパーカップはアトレティコ・マドリードに敗れた。ディ・マッテオ監督は開幕からチームの指揮を執っていたが、11月に成績不振により途中解任。後続にラファエル・ベニテスが就任した。その後立て直しを図ろうとしたものの、UEFAチャンピオンズリーグはユヴェントスやシャフタール・ドネツクに競り負けグループリーグ敗退。グループ3位であったためUEFAヨーロッパリーグに回ることとなった。なお前年度王者がチャンピオンズリーグでグループリーグ敗退となるのは史上初であった。FIFAクラブワールドカップ2012にも出場したが決勝で南米王者コリンチャンスに惜敗し準優勝に終わった。冬の移籍市場ではニューカッスル・ユナイテッドからデンバ・バを獲得した。それでも、UEFAヨーロッパリーグでは決勝でSLベンフィカを破り、前年度UEFAチャンピオンズリーグ優勝に続き、UEFAヨーロッパリーグを制覇した。これによりUEFAチャンピオンズリーグとUEFAヨーロッパリーグのトロフィーを同時に保持する初めてのクラブとなった(EL決勝はCL決勝よりも早く開催されるため)。

2013-14シーズン

2013年6月3日、ジョゼ・モウリーニョの監督復帰が発表された。フラムからマーク・シュウォーツァー、レヴァークーゼンからアンドレ・シュールレ、アンジ・マハチカラからウィリアン、フィテッセからマルコ・ファン・ヒンケル獲得。さらにはモウリーニョにとってはインテル時代の教え子であるサミュエル・エトーをも獲得した。冬の移籍市場ではフアン・マタやケヴィン・デ・ブライネを放出したが、リヴァプールFCを出し抜きエジプト代表FWのモハメド・サラーをFCバーゼルから獲得し、セルビア代表MFネマニャ・マティッチをSLベンフィカから獲得した。プレミアリーグでは2014年2月4日にそれまで11戦全勝だったエティハド・スタジアムでマンチェスター・シティを、4月27日にそのマンチェスター・シティとのプレミア頂上決戦を制したリヴァプールを破るなど、上位チーム相手には勝負強さを見せたが、2014年4月20日のサンダーランドにホームで敗れるなど、中盤から終盤にかけてアストン・ヴィラやWBA、ノリッジ・シティといった下位相手に勝ち点を取りこぼし、3位に終わった。2シーズンぶりの覇権奪回を目指したチャンピオンズリーグではアトレティコ・マドリードに2戦合計1-3で敗れ、FAカップでは5回戦でシティに(ベスト16)、キャピタル・ワンカップは準々決勝でサンダーランドに敗れた。

2014-15シーズン

アトレティコ・マドリードからジエゴ・コスタ、フィリペ・ルイス、ティボ・クルトゥワ(レンタル期間の終了による復帰)、FCバルセロナからセスク・ファブレガスを獲得。更にガラタサライSKからディディエ・ドログバの約2年ぶりの復帰が決まったのに加え、冬にはフィオレンティーナからフアン・クアドラードを獲得した。キャピタルワンカップではダービー・カウンティ、準決勝ではリヴァプール、決勝はトッテナムを撃破し8年ぶり5回目の優勝を果たした。チャンピオンズリーグでは決勝トーナメント1回戦でパリ・サンジェルマンと対戦。パリでの1stレグを1-1で終え2ndレグもケイヒルのゴールで先制し86分まで1-0(2戦合計で2-1)と優位に立ちながら、奇しくも4950万ユーロで売却したダビド・ルイスに同点のヘディングを決められるという竹箆返しを喰らうと、延長戦でもアザールのPKで一度は勝ち越したものの、その前にPKを献上したセレソンのセンターバック・チアゴ・シウバにもコーナーキックから事実上の逆転弾を決められ2戦合計3-3、アウェーゴール差でベスト16で敗退した。しかし、2015年5月3日のプレミアリーグ第35節のクリスタル・パレス戦で1-0で勝利すると勝ち点を「83」に伸ばし、2009-10シーズン以来となる5年ぶり、5度目のプレミアリーグ制覇を果たした。200日以上も首位に立ち続けての優勝だった。

2015-16シーズン

2015年7月、長年チェルシーの守護神を務めたGKのペトル・チェフがアーセナルに移籍した為、アスミル・ベゴヴィッチを獲得した。加えてFCバルセロナからペドロ・ロドリゲスを、ASモナコからラダメル・ファルカオを獲得。UEFAチャンピオンズリーグではグループリーグを首位で突破して決勝トーナメントに進出したが、プレミアリーグでは前年から10番を背負うアザールの初ゴールを開幕から29試合目まで待たなければならず、ジエゴ・コスタがウェイトオーバーになる誤算が生じ、最少失点を誇っていた守備陣も11節を終えて前年は11失点に抑えていたのが22失点を喫する等パフォーマンスを落として下位に低迷。第16節のレスター・シティ戦に敗れ降格圏まで1ポイント差まで迫られると、2015年12月17日にジョゼ・モウリーニョと契約解消(両者合意のものと発表されたが、事実上の解任)[4]。後任にはシーズン終了までの暫定監督としてフース・ヒディンクが就任した[5]。冬の移籍市場ではアレシャンドレ・パトを獲得。チャンピオンズリーグでは3シーズン連続での対戦となったパリ・サンジェルマンFCに合計スコア2-4で敗れ2年連続ベスト16に終わった。

2016-17シーズン

アントニオ・コンテが新監督に就任。フィオレンティーナからマルコス・アロンソ、オリンピック・マルセイユからミシー・バチュアイ、レスター・シティから昨シーズンの「奇跡の優勝」に貢献したエンゴロ・カンテを獲得し、さらにはパリ・サンジェルマンからダヴィド・ルイスを再獲得、ビクター・モーゼスがレンタルから復帰した。序盤戦はコンテが取り組んだ「3-4-3」システムがはまり、第7節ハル・シティ戦から第20節のトッテナム戦に敗れるまでクラブ記録の13連勝を達成するなど好調を維持。その後はトッテナムに追いすがられるも、第36節のWBA戦で勝利し2季ぶりの優勝を決めた。

2017-18シーズン

コンテ体制2年目。ウィリー・カバジェロ、ティエムエ・バカヨコ、アントニオ・リュディガー、アルバロ・モラタを獲得する一方でアスミル・ベゴヴィッチ、ネマニャ・マティッチ、ナタン・アケ、ナサニエル・チャロバーを売却。クル・ズマ、ルーベン・ロフタス=チークをレンタルで放出。その他には、移籍市場の最終日にダニー・ドリンクウォーターとダヴィデ・ザッパコスタを獲得し、アンドレアス・クリステンセンがレンタルバック。

開幕戦で、ガリー・ケーヒルとセスク・ファブレガスが退場してバーンリーFCに敗れる波乱の幕開けとなったが、その後はモラタなど新戦力がコンスタントに活躍し、リーグ3位の成績で2017年を終える。しかし、年が明けると主力選手が軒並み調子を落とし、同じロンドン市内を本拠地を置くアーセナルからオリヴィエ・ジルーを獲得して乗り切ろうとしたが、チームも一気に低迷。特に、1月31日のAFCボーンマス戦を0-3、2月5日のワトフォードFC戦を1-4で落とす衝撃の連敗を喫するなど1月と2月のリーグ戦計7試合で2勝しかできず、CL出場圏外の5位まで順位を落としてしまった。4月1日のトッテナム・ホットスパーFC戦を1-3で落としたことで4位との勝ち点差が10まで広がった。その後6試合を4勝2分けと追い上げを見せるも、最終節でニューカッスル・ユナイテッドに0-3で敗れて5位フィニッシュ。CL出場権を逃してしまった。シーズン終了後、アントニオ・コンテは解任された。

2018-19シーズン

新監督にSSCナポリの監督を退任したマウリツィオ・サッリを招聘。サッリに引き抜かれる形でナポリからジョルジーニョを獲得した。また、守護神のクルトゥワがレアル・マドリードに移籍することになったが、代役としてアスレティック・ビルバオからケパ・アリサバラガをGK史上最高額の7100万ポンドで獲得した。さらにレアルからはマテオ・コヴァチッチをレンタルで獲得。ティエムエ・バカヨコ、クル・ズマ、ミシー・バチュアイらをレンタルで放出した。

当初はサッリ独特のポゼッション戦術の浸透に時間がかかることから苦戦も予想されていたが、序盤から新戦力がフィットし、開幕12戦無敗とスタートダッシュに成功。冬の移籍市場ではビクター・モーゼス、セスク、モラタを放出し、ゴンサロ・イグアインをレンタルで獲得。しかし、対策が進むと徐々に調子を落としはじめ、24節AFCボーンマス戦に0-4で大敗し、26節で宿敵マンチェスター・シティに0-6で惨敗すると6位に転落しサッリ解任論が浮上。直後のカラバオカップ決勝でケパがサッリの交代命令を拒否して騒動になるなどチーム状態は最悪となった。その後は調子を取り戻し順調に勝ち点を積み上げると、終盤はアーセナル、マンチェスター・ユナイテッドらライバルクラブの急失速もあって順位を上げ、37節ワトフォード戦に勝利し1試合を残して4位以内が確定。結局3位で終了しCL出場権を獲得した。カラバオカップは3回戦でリバプール、準決勝でトッテナムを撃破し4年ぶりに決勝へ進出。決勝はマンチェスター・シティ相手に120分スコアレスと奮闘したがPK戦で敗れた。FAカップは5回戦でマンチェスター・ユナイテッドに敗れた。

ELはグループリーグを5勝1分と無敗で首位通過すると、無敗のままマルメFF、ディナモ・キーウ、スラヴィア・プラハ、フランクフルトを撃破し決勝進出。決勝はアーセナルとの「ビッグロンドン・ダービー」となったが4-1で勝利し5年ぶり2度目の優勝を飾った。欧州大会では11年ぶりとなる大会無敗優勝となった。

2月22日、18歳以下の選手に関する移籍条項に違反したとしてFIFAから今後2度の移籍市場における補強禁止処分を受けた。補強禁止処分を受けるのはレアル・マドリード、アトレティコ・マドリード、バルセロナに次いで4クラブ目、プレミアリーグでは史上初となる[6]。

2019-20シーズン

監督サッリが母国イタリアへの復帰を希望し、ユヴェントスFCの監督に就任。新監督に2部のダービー・カウンティを率いていたクラブのレジェンドであるフランク・ランパードを招聘した。また補強禁止処分のため新戦力は昨年冬にドルトムントから獲得していたクリスチャン・プリシッチのみ。他はミシー・バチュアイ、クル・ズマ、タミー・アブラハム、メイソン・マウントといったレンタルバックで加入した若手のみに留まった。その一方で、長年エースとして活躍したエデン・アザールがかねてより熱望していたレアル・マドリードへの移籍を果たした他、ゴンサロ・イグアインは買い取りオプションを行使せずユヴェントスへ復帰し、ダビド・ルイスはアーセナルFCへ電撃移籍するなど、複数の主力選手を失った。

こうした状況もあって下馬評は高くなくリーグ戦トップ10フィニッシュすら危惧する声もあったが[7]、いざ開幕してみると12節で2桁得点に達したアブラハムやクラブのリーグ戦最年少ハットトリック記録を塗り替えたプリシッチ、さらにはマウントやフィカヨ・トモリ、リース・ジェイムズといった若手選手が続々とブレイクし、第7節からの7連勝で4位まで浮上。その後は調子を落としたが、なんとか4位を守ったまま新型コロナウイルスによる中断期間に入る。中断開けからは調子を落としてきた3位レスター・シティ、逆に調子を上げてきた5位マンチェスター・ユナイテッドと三つ巴のCL出場権争いとなり、最終節までCL出場権獲得チームが決まらない大混戦にもつれ込んだが、最終節でウルヴァーハンプトンを2-0で破り4位となりCL出場権を獲得した[8]。

2年ぶりに参戦となったCLはグループリーグでアヤックス、バレンシア、リールと同組になり、大混戦の末最終節でリールに勝利して2位に浮上し逆転で決勝トーナメント進出を決めた。ラウンド16ではバイエルン・ミュンヘンと対戦。この年トレブルを達成する相手に力の差を見せつけられ2戦合計1-7で完敗、4大会連続のベスト16敗退となった。

12月6日、補強禁止処分に対する異議申し立てがCASに認められ、処分軽減の裁定が下された。これにより今冬の移籍市場から選手補強が可能となった[9]。しかし、結局冬の移籍市場で新戦力を獲得することはなかった[10]。

2020年代

2020-21シーズン

ランパード体制2年目。前年補強がなかったために発生した潤沢な補強資金を使い、超大型補強を展開。シーズン中の2月にアヤックスからハキム・ツィエク[11]、6月にRBライプツィヒからティモ・ヴェルナー[12]の加入が決定。移籍期間になるとレスター・シティからベン・チルウェル、クラブレコードの移籍金でレヴァークーゼンからMFカイ・ハフェルツ、PSGを退団したチアゴ・シウバとニースを退団したマラング・サールをいずれもフリーで獲得。シーズン開幕後にはレンヌからエドゥアール・メンディも獲得し、獲得に費やした移籍金は300億円を超えたとも言われる[13]。一方で、7年在籍したウィリアン、5年在籍したペドロが退団し、ミシー・バチュアイ、ロス・バークリー、ルーベン・ロフタス=チークが出場機会を求めてレンタル移籍するなど、大幅な血の入れ替えが行われた。

大型補強により躍進が期待されたシーズンは、9月末から12月初めまで公式戦17試合無敗を記録し、リーグ戦でも12月5日に暫定首位に浮上するなど安定した戦いを見せていたが、ヴェルナーが8節のシェフィールド・ユナイテッド戦を最後に得点をあげられなくなり、ハフェルツやツィエクは適したポジションを見つけ出せないなど新戦力の融合に苦しみ、12節のエバートン戦に1-0で敗れてからは[14]、6試合で1勝1分4敗と急失速。前半戦を9位で折り返すことになり、1月25日、フランク・ランパード監督が解任された。翌日に前PSG監督のトーマス・トゥヘル監督が就任すると、そこから14試合で2失点と堅守を手に入れ、チームが一気に復活。退場者を出した30節ウェスト・ブロムウィッチ・アルビオン戦こそ2-5で落としたが[15]、35節まで16試合で10勝5分1敗で3位まで浮上し、レスター・シティ、リヴァプールとのCL出場権争いに入り込む。36節のアーセナルFC戦で敗れたが37節にレスターとの直接対決を制した。最終節アストン・ヴィラ戦で敗れたものの、レスターがトッテナム・ホットスパーFCに敗れたため、4位でCL出場権を獲得した。FAカップは順調に勝ち進み、2年連続で決勝に進出するも、決勝でレスターに屈して2年連続の準優勝に終わった。カラバオカップは2回戦でトッテナムにPK戦の末敗退した。

チャンピオンズリーグはグループリーグでセビージャFC、FCクラスノダール、スタッド・レンヌと同組になり、4戦目に3勝1分で決勝トーナメント進出を決め、5節にオリヴィエ・ジルーの4ゴールでセビージャを破って、首位通過を確定させた。監督交代を経て、ラウンド16はアトレティコ・マドリードと対戦し、2戦合計3-0で7年ぶりに準々決勝進出を決めた。その後FCポルト、レアル・マドリードを撃破して9年ぶりに決勝に駒を進めると、決勝ではリーグ王者のマンチェスター・シティと対戦。42分にハフェルツが挙げたCL初ゴールを守り切って9年ぶりに優勝を果たした[16]。

2021-22シーズン

トゥヘル体制2年目。インテルからクラブ史上最高額の移籍金でロメル・ルカクが7年ぶりに復帰[17]。アトレティコ・マドリードからサウール・ニゲスを買取オプション付レンタルで獲得[18]、マーカス・ベッティネッリをフリーで獲得した。オリヴィエ・ジルーがACミラン、タミー・アブラハムがローマ、クル・ズマがウェストハム、ダヴィデ・ザッパコスタがアタランタBCに完全移籍したほか、ビリー・ギルモアがノリッジ・シティ、エメルソンがリヨンにレンタル移籍した。第4節のアストン・ヴィラ戦に勝利したことで、マンチェスター・ユナイテッドに続いて史上2クラブ目にプレミアリーグ通算600勝を達成した[19][20]。2度目の出場となったFIFAクラブワールドカップ2021は決勝で南米代表のパルメイラスに延長戦の末ルカクとハフェルツのゴールで2-1で勝利し、初の世界一に輝いた[21]。クラブW杯とUEFA主要タイトルを全て獲得したクラブとなった[22]。

序盤は攻守がかみ合い、最初の10試合を8勝1分1敗の勝ち点25として首位を走る。しかし12月に入るとベン・チルウェルの長期離脱をはじめ、怪我と新型コロナウイルス感染によって試合成立もギリギリの状況になり[23]、次の10試合で3勝5分2敗と勝ち切れない状況が続いて3位に下がる。その後、後述のロシア侵攻による制裁で一時はクラブ存続すら危ぶまれる事態となるが、FIFAクラブワールドカップ2021参戦による過密日程の中で粘り強く戦い順位をキープ。最終的には過去5年で最高となる勝ち点74を獲得、3位でリーグ戦を終え、来季のCL出場権を得た。

前年王者として迎えたCLはグループリーグでユヴェントス、マルメFF、ゼニトと対戦。第2節で敗れたユヴェントスを第5節で4-0と返り討ちにしたところでグループ通過を決めたが、勝てば首位通過となった第6節でゼニトに引き分けて2位通過となる。ラウンド16ではリールを相手に2連勝し、準々決勝でレアル・マドリードと対戦。ホームでの第1戦を1-3で落とすと第2戦では一時3-0として2戦合計で逆転するも、その後1点を返されて2戦合計4-4となり、延長戦で勝ち越されて敗退した。PFLカップとFAカップでは共に決勝に進出したが、共に延長PK戦の末にリヴァプールに敗れ[24][25]、FIFAクラブワールドカップを獲得したのみに終わった。

2月24日から始まったロシアのウクライナ侵攻に伴い、オーナーのアブラモビッチがロシアのプーチン大統領との関係が深いことなどが疑われ、イギリス政府によりアブラモビッチの資産凍結が3月10日になされた。この決定によりアブラモビッチの資産であるチェルシーFCは、選手の契約延長、新選手獲得の禁止、および公式グッズの販売禁止などの制裁を受けることとなった[26]。この制裁が影響して、アントニオ・リュディガーやアンドレアス・クリステンセンといった主力選手との契約更新ができず、フリーでの放出を余儀なくされることとなった。

2022年5月30日、ロサンゼルス・ドジャースの共同オーナーであるトッド・ベーリーらの共同事業体は、総額42億5000万ポンド(約6800億円)でクラブの買収を完了したことを発表した[27][28]。

2022-23シーズン

トゥヘル体制3年目。新体制初の補強としてマンチェスター・シティからラヒーム・スターリングを獲得。さらにSSCナポリからカリドゥ・クリバリ、ブライトンからマルク・ククレジャ、レスターからウェズレイ・フォファナ、アストン・ヴィラFCからカーニー・チュクエメカ、移籍期限最終日にはFCバルセロナからピエール=エメリク・オーバメヤン、ユヴェントスFCからデニス・ザカリアをレンタルで獲得した。補強に投じた費用は総額2億5000万ポンドとも言われ、アブラモヴィッチ体制と変わらないような大補強を行った。さらに昨シーズンそれぞれレンタル先で評価を高めたアルマンド・ブロヤとコナー・ギャラガーが復帰した。一方、前述のリュディガー、クリステンセンの退団に加え、昨年クラブ記録の移籍金で獲得したロメル・ルカクはインテルに復帰。サウールは買取オプションを行使せずアトレティコにレンタルバック、ティモ・ヴェルナーがRBライプツィヒに復帰、マルコス・アロンソがバルセロナ、エメルソン・パルミエリがウェストハム、マラング・サールがASモナコ、ビリー・ギルモアがブライトン、ミシー・バチュアイがフェネルバフチェSKへそれぞれ移籍。ロス・バークリーと契約解除した[29]。カラム・ハドソン=オドイはバイエル・レバークーゼンにレンタル移籍した。

エヴァートンとの開幕戦でジョルジーニョのPKによって勝利を収めた[30]。しかし、その後なかなか攻守が噛み合わず、CLグループステージ第一節ザグレブ戦の敗北後トゥヘル監督を解任[31]、ブライトンの監督であったグレアム・ポッターを招聘し、コーチ陣を引き抜いた[32]。就任後はリーグ戦4連勝を果たし一度はCL圏内まで浮上したが、その後3連敗を喫して8位に転落。ワールドカップ中断を迎えた。中断後も引き続き10名以上の負傷離脱者に悩まされ[33]、順位を10位まで落とした。

CLはグループリーグでザグレブ、ザルツブルグ、ACミランと同組となる。ポッターの初陣となったザルツブルグ戦を引き分けて一時グループ最下位となるも、3節からACミランに連勝するとそのまま4連勝で首位突破を果たした。ラウンド16ではボルシア・ドルトムントと対戦することが決定[34]。2戦合計スコア2−1で勝利し、ラウンド8ではレアルマドリード相手に2戦合計スコア0−4で敗北した。

冬の移籍市場では英国史上最高額となる1億680万ポンド(約170億円)でエンゾ・フェルナンデスを獲得。その他にも計8人の選手を獲得し3億2300万ポンド(約515億円)を費やした[35]。

4月2日のプレミアリーグ第28節、アストン・ヴィラ戦での敗戦をきっかけに、成績不振のためポッター監督が解任され、アシスタントコーチを務めていたブルーノ・サルトールが暫定的に指揮を執ることとなった。

4月6日、フランク・ランパードがシーズン終了まで暫定監督に就任する。しかしチームを立て直すことができず、公式戦1勝2分け8敗、最終的に12位でシーズンを終えた。

プレミアリーグではクラブ史上最低勝ち点および最低得失点差であり、勝ち点「44」は、2部に降格した1987-88シーズンの勝ち点「42」以来の最少勝ち点となり、12位という順位は1993-94シーズンの14位に次ぐワースト記録となった[36]。

2023-24シーズン

新監督にマウリシオ・ポチェッティーノが就任。11年在籍した主将セサル・アスピリクエタ(→アトレティコ・マドリード)、8年在籍したエンゴロ・カンテ(→アル・イテハド)を筆頭に、メイソン・マウント(→マンチェスター・ユナイテッド)、カイ・ハフェルツ(→アーセナルFC)、マテオ・コヴァチッチ(→マンチェスター・シティ)、ルーベン・ロフタス=チーク、クリスチャン・プリシッチ(→共にACミラン)、エドゥアール・メンディ(→アル・アハリ)など多くの主力・クラブ生え抜き選手が移籍した。さらにピエール=エメリク・オーバメヤン(→マルセイユ)、カリドゥ・クリバリ(→アル・ヒラル)は1年で退団、デニス・ザカリアは買取オプションを行使せず、ジョアン・フェリックスはローンバックした。レンタル移籍を含めると総勢24名がクラブを離れた。

RBライプツィヒからクリストファー・エンクンク、ビジャレアルCFからニコラス・ジャクソン、ブライトンから英国史上最高額となる1億2100万ポンドでモイセス・カイセド、サウサンプトンFCからロメオ・ラヴィア、ASモナコからアクセル・ディサシを獲得。ブライトンからはGKロベルト・サンチェスも獲得し、全ポジション満遍なく補強を行った。さらにレンタル先で評価を高めたリーヴァイ・コルウィルが復帰し、レスリー・ウゴチュク(←レンヌ)、ペトロヴィッチ(←ニューイングランド)など若手も積極的に獲得。最終日にはマンチェスター・シティからコール・パーマーを獲得し、総勢12名が加入。

リーグ戦は開幕節のリヴァプール戦で引き分け、2節のウェストハム戦は1-3の敗戦。3節ルートン・タウン戦で初勝利を挙げるも、以降6節まで無得点の試合が続くなど得点力不足に悩まされた。しかし7節のフラム戦で2得点を奪い勝利すると、続く8節バーンリー戦[37]や11節トッテナム戦[38]、12節マンチェスター・シティ戦[39]で4得点を挙げるなど、得点力に改善が見られ始める。逆に守備に問題を抱え始め、特に11月にはリーグ戦3試合で9失点を喫した。12月に入っても同じ状況が続き、同月のリーグ戦7試合中無失点はリーグ最下位のシェフィールド・ユナイテッド戦[40]1回のみとなった。この月は11失点を喫している。好調とは言えない戦いが続いた結果、前半戦を終えて7勝4分8敗と負け越し、11位と昨季の苦戦の繰り返しを思わせる展開となった。

その後も22節のリヴァプール戦[41]と23節のウルブス戦[42]で2試合連続の4失点。3月には公式戦7試合連続複数失点[43]を喫するが、この7試合を含む公式戦12試合でわずか1敗(8勝3分)とするなど、守備力をパーマー[44]を中心とする得点力でカバーする展開が多くなり、欧州カップ戦出場権争いに割り込む。

4月24日のアーセナルとのダービーマッチを0-5という惨敗[45][46]で終え、翌35節アストン・ヴィラ戦でも前半から0-2となると、後半から攻撃時に3バックとなる可変システムを採用[47]。この試合で2点差を追いつき2-2のドローとし、その後最終節のボーンマス戦まで一貫して採用し5連勝。最終的には昨季を上回る6位でシーズンを終え、2024-25シーズンのUEFAカンファレンスリーグの出場権を獲得した。

カラバオカップ準決勝ではミドルスブラを相手にアウェイの1stレグを0-1で落とした[48]ものの、ホームで行われた2ndレグで6-1の圧勝[49]。決勝に進出した。決勝では21/22シーズンと同じリヴァプールと対戦。延長戦の末最終盤に失点し0-1で敗れ、準優勝となった[50]。なお、チェルシーはこの敗戦で国内カップ戦決勝6連敗となり、これはイングランド史上初の記録となった[51]。FAカップは準決勝でマンチェスター・シティに敗れた。

チアゴ・シウバがこの年をもって退団。最終節にフル出場し、試合後にはセレモニーが行われた[52]。

シーズン22ゴール11アシスト[53]を記録したコール・パーマーが最優秀若手選手賞を受賞した[54]。

最終節でのチアゴ・シウバのコレオ

2024-25シーズン

新監督にエンツォ・マレスカが就任。

マレスカの教え子であるキアナン・デューズバリー=ホール、トシン・アダラビオヨ(←フラム)、ペドロ・ネト(←ウォルバーハンプトン)といったプレミアリーグ経験のある選手のほか、レナト・ヴェイガ、マルク・ギヴ、アーロン・アンセルミーノ、フィリップ・ヨルゲンセン、オマリ・ケリーマンといった若手を中心に獲得した。シーズン開幕後にはアトレティコ・マドリードからジョアン・フェリックスが1年ぶりに復帰、マンチェスター・ユナイテッドからジェイドン・サンチョがレンタル加入した。

プレシーズンマッチでは1勝2分3敗に終わり再びの低迷を危惧する声も聞かれ、リーグ開幕戦もマンチェスター・シティ相手に0-2と完敗したものの、2節ウォルバーハンプトン戦で6-2と大勝するとそこから6試合負けなしと好スタートを切る。その後も好調を維持し、16節終了時点で10勝4分2敗、暫定ながら首位リバプールとの勝ち点差2の2位まで浮上[55]。しかしそこからニコラス・ジャクソン[56]、コール・パーマー[57]といった得点源がゴールから遠ざかると、次の10試合を2勝3分5敗と急失速。7位まで転落し、激しいCL出場権争いに巻き込まれる。その後は下馬評の高くない中[58]、粘り強く勝ち点を拾うと、最終節で7位ノッティンガム・フォレストとの直接対決を制して4位となり、3年ぶりにCL出場権を獲得した。

初出場となったUEFAカンファレンスリーグでは順調に勝ち上がり、決勝でベティスを4-1で下し優勝。これでチェルシーは、チャンピオンズリーグ、ヨーロッパリーグ、ウィナーズカップを含め、UEFA主催の4大大会すべてで優勝した初めてのクラブとなった[59]。

2025-26シーズン

マレスカ体制2年目。

大会フォーマットが変わったFIFAクラブワールドカップ2025に参戦。グループステージでフラメンゴに敗れ2位通過となるも、ラウンド16でベンフィカを延長戦の末に破ると、その後パルメイラス、フルミネンセを下して決勝に進出。決勝で昨年のCL王者PSGを3-0で粉砕し、3年ぶりに世界王者となった。

ヘンクからマイク・ペンダース、スポルティングCPからダリオ・エスーゴ、イプスウィッチでリーグ戦12得点を挙げたリアム・デラップを獲得。前述のFIFAクラブワールドカップ期間中にジョアン・ペドロ(←ブライトン)、ジェイミー・バイノー・ギッテンス(←ドルトムント)を獲得。ジョアン・ペドロは加入2日後のクラブワールドカップ準々決勝で初出場すると、準決勝で2得点、決勝でも1得点を挙げて優勝に貢献した。その後はアヤックスからヨレル・ハトを獲得し、加入が内定していたケンドリー・パエス、エステヴァンが合流、移籍期間最終日にマンチェスター・ユナイテッドからアレハンドロ・ガルナチョが加入した。

ノニ・マドゥエケとケパ・アリサバラガがアーセナル、マーカス・ベッティネッリがマンチェスター・シティへ移籍したほか、ジョアン・フェリックス(→アル・ナスル)、キアナン・デューズバリー=ホール(→エヴァートン)、レナト・ヴェイガ(→ビジャレアル)、クリストファー・エンクンク(→ACミラン)、ジョルジェ・ペトロヴィッチ(→ボーンマス)などが出場機会を求めて移籍。下部組織出身のアルマンド・ブロヤ(→バーンリー)、アルフィ・ギルクリスト(→WBA)も退団したほか、ジェイドン・サンチョは買取オプションを行使せずマンチェスター・ユナイテッドに復帰、ニコラス・ジャクソンもバイエルンにレンタル移籍した。

ケパとベッティネッリの退団により、チーム最年長が28歳のトシン・アダラビオヨ、平均年齢23.4歳という若手主体のチームとなったが、前半戦は5節マンチェスター・ユナイテッド戦から4試合連続で連続で退場者を出す[60][61]など規律面の未熟さが露呈し思うように勝ち点を伸ばすことができず。19試合を終えて8勝6分5敗の5位で2025年を終える。

2026年元日にエンツォ・マレスカ監督がフロントとの確執から電撃解任[62]。後任にRCストラスブールを率いていたリアム・ロシニアーが就任した[63]。就任後は公式戦6連勝でスタートする好発進を見せたが、徐々に求心力を失って失速し、3月14日の30節ニューカッスル戦からクラブ114年ぶりとなるリーグ戦5戦連続完封負けを喫する歴史的惨状となった[64]。

4月22日にロシニアーは解任され、U-21監督のカラム・マクファーレンが暫定監督に就任[65]。しかしチームの勢いは戻らず、最終節でサンダーランドに敗れ10位に転落。次年度の欧州カップ戦出場権を獲得することができなかった。

大会フォーマット変更後初めて参加したチャンピオンズリーグは、リーグフェーズでバルセロナを3-0で破るなど、5勝1分2敗で6位となり、ベスト16に進出した。ラウンド16はCWC決勝でも対戦した昨年王者PSGと対戦。アウェイでの第1戦を2-5で落とすと、ホームでも0-3と大敗し、2戦合計2-8で姿を消した。

FAカップは決勝まで勝ち進んだものの、マンチェスター・シティに0-1で屈し、優勝はならなかった[66]。この敗戦で国内カップ戦決勝7連敗となった。カラバオ杯は準決勝でアーセナルに2連敗で敗れた。

2026-27シーズン

新監督にシャビ・アロンソが就任。トット・ボーリー体制で初めての「マネージャー」としての就任となる。

若手中心の選手補強方針を転換[67]し、ブライトンからダニー・ウェルベック(35歳)、ブレントフォードからジョーダン・ヘンダーソン(36歳)、アストン・ヴィラからエミリアーノ・マルティネス(33歳)、ラージョ・バジェカーノからペップ・チャバリア(28歳)、クリスタル・パレスからマクサンス・ラクロワ(26歳)といった経験値の高い中堅・ベテラン選手を獲得。アストン・ヴィラからはクラブ史上最高額でモーガン・ロジャーズ、アタランタからマルコ・パレストラ、姉妹クラブのストラスブールからバレンティン・バルコ、エマニュエル・エメガ、スポルティングCPのジオバニー・クエンダといった若手も積極的に獲得した。

マルク・ククレジャがレアル・マドリード、ニコラス・ジャクソンがアストン・ヴィラ、アンドレイ・サントスがマンチェスター・ユナイテッド、トレヴォ・チャロバーがコモ、トシン・アダラバイヨがトッテナムへ完全移籍。リアム・デラップ(→ノッティンガム・フォレスト)、アレハンドロ・ガルナチョ(→アストン・ヴィラ)は1年でチームを離れた。移籍市場最終日にはエンソ・フェルナンデスが英国史上最高額の移籍金でマンチェスター・シティへ移籍した。


チェルシーと移籍マーケット

ロマン・アブラモヴィッチのオーナー就任当初はスター選手の大量補強で話題となったが、ジョゼ・モウリーニョの監督就任後は彼の意向に沿った堅実路線をとり、調和を重視した成熟されたチーム作りが行われた(無論、そこにはピーター・ケニオンの力があったことは否めない)。ただアブラモヴィッチの豊富な財力を背景にした資金力は欧州随一で、提示する移籍額は相対的にも桁違いで、他クラブが移籍交渉を進めていても、チェルシーが介入した時点で資金力の差から獲得を断念するケースもしばしば見受けられる。そのため、移籍市場のバランスを崩しているとの批判も多いが、この資金力を目当てに相場を超えた移籍金をチェルシーに対し要求するクラブも多いと言われる。少なくとも慢性的な資金不足に悩むクラブにとってチェルシーに選手を売却することは、クラブの財政には好影響を与えるものであることは間違いなく、世界全体の移籍マーケットを活性化し資金を流動化させているとの見方もある。また、近年のプレミアリーグにある移籍傾向などからリーグの資産価値そのものを高めた先駆者として一定の評価をする有識者も存在する。

2006-07シーズン開始前の移籍市場では、ACミランからウクライナ代表FWアンドリー・シェフチェンコ、バイエルン・ミュンヘンからドイツ代表MFミヒャエル・バラックを獲得するなど、レアル・マドリードに代わり移籍市場の主役となった。こうしたスター選手の獲得に加え、将来を有望視される若手選手の発掘もチェルシーの得意とする(ケニオンに加えて、スポーティング・ディレクターのフランク・アルネセンの功績も大きい)ところであり、将来を見据えてラッサナ・ディアラをル・アーブルから獲得。最近ではノルウェーのリンとマンチェスター・ユナイテッドの共同保有選手であったナイジェリア出身の若手MFジョン・オビ・ミケルを獲得し、またフェイエノールトからはFWサロモン・カルーを新たに獲得し若手の育成にも力を入れるなど、将来を見据えた基盤改革を行っている。

2020年夏の移籍期間では、他のクラブが新型コロナウイルスの流行による減収によって資金不足に苦しむなか、前年の補強禁止処分により例年以上に潤沢となった資金を元手に、ハキム・ツィエク、ティモ・ヴェルナー、ベン・チルウェル、カイ・ハフェルツ、チアゴ・シウバら即戦力を補強。獲得に費やした移籍金は2位マンチェスター・シティの1.5倍以上、総額で300億円を超えたとも言われ[13]、ヨーロッパで最も移籍金を支出したクラブとなった[68]。

しかし、前記の通り、2022年2月24日からのロシアのウクライナ侵攻から始まったロシア資産の凍結でアブラモビッチによる移籍マーケット市場参戦は終わりを告げることとなった。

2022年夏の移籍市場では総額2億7110万ポンドともいわれる金額を費やし、プレミアリーグのクラブが一つの移籍市場で費やした移籍金の規模では史上最大の記録を樹立した[69]。また冬の移籍市場でも積極的な動きをみせ、英国史上最高額となる1億680万ポンド(約170億円)でエンソ・フェルナンデスを獲得。その他にも計8人の選手を獲得し3億2300万ポンド(約515億円)を費やした[35]。それだけでなく、上述のフェルナンデス(8年半契約)を始めミハイロ・ムドリク(8年半)・ノニ・マドゥエケ、ブノワ・バジアシーレ(ともに7年半)など、長期契約を締結することで移籍金の減価償却の期間を伸ばし、単年の負担を減らす手法を取った。これを受けて2023年シーズンから、移籍金の減価償却ルールが最大5年以内に変更された。

2023-24シーズン以降はフロント主導で23歳以下の若手選手と長期契約を締結する補強方針がより顕著となり、2025-26シーズンには平均年齢が23.4歳、最年長が28歳というリーグ最年少のチームとなっていたが、若手主体が故の課題が露呈し10位に終わった同シーズンの反省をふまえ、2026-27シーズンからは新監督シャビ・アロンソの意向も汲み30歳以上のベテラン選手も補強する方針へ転換した。

トット・ベーリー率いる共同事業体BlueCo(英語版)は、2023年6月にリーグ・アンのRCストラスブールの株式を取得。以降、同クラブへの若手選手のレンタル移籍[70]や、同クラブからの選手・監督の引き抜き[71]など、取引が積極的に行われており、姉妹クラブと表現されることもある[72]。

ダービーマッチ

同じ西ロンドンに本拠を置くフラムFCとクイーンズ・パーク・レンジャーズFCとブレントフォードFCはライバル関係にあり、両クラブの試合はウェスト・ロンドン・ダービーと呼ばれる。マンチェスター・ダービー、ノース・ロンドン・ダービー、タイン・ウェア・ダービーなどと並ぶダービーマッチの一つである。上位を争っているアーセナルFCとの戦いはビッグロンドン・ダービーと呼ばれる。トッテナム・ホットスパーFCとも激しいライバル関係にある。

特にフラムとの縁は深く、1905年のチェルシーのクラブ創設以来続いている。スタンフォード・ブリッジはフラムの本拠地として使用依頼を受けていたものの、金銭面で折り合いがつかず拒絶されたことにある。その結果宙に浮いたスタジアムの有効利用のためにスタジアムのオーナーは自ら「チェルシーFC」という名の新しいクラブを立ち上げた経緯がある。

エピソード

スタンフォード・ブリッジのウエスト・スタンド入り口
  • チームマスコットはスタンフォード・ライオン。
  • 古くには熱狂的で凶暴なサポーターが存在することで知られていたが、プレミアリーグ誕生以降はスタジアム整備に力を入れたこともあり、今は問題が起こることはほとんどなくなっている[要出典]。
  • 代表的な応援ソングは「ブルー・イズ・ザ・カラー」で、1972年に作られた。当時の歴代所属選手達が歌っており、歌はホームでの試合終了後にスタジアムに流れる。FAカップの決勝戦でタイトルを手に入れた試合終了後にウェンブリー・スタジアムでも流れた。
  • 2014年1月、世界最大の会計事務所である『デロイト』が公表したデロイト・フットボール・マネー・リーグによると、2012-13シーズンのクラブ収入は3億340万ユーロであり、世界第7位である。プレミアリーグではマンチェスター・ユナイテッド、マンチェスター・シティに次ぐ第3位である[73]。
  • イギリスメディアが2012年に公表した調査によると、チェルシーFCの平均年俸は約679万ドルであり、世界で4番目に平均年俸が高いクラブである。これはアメリカのスポーツチームで最も平均年俸が高いロサンゼルス・レイカーズやニューヨーク・ヤンキースよりも高い給与水準である[74]。
  • 2012年4月、スイスに拠点を置くF1チーム・ザウバーとのパートナーシップを結ぶことを発表した[75]。2012年12月、日本企業オリコともパートナーシップを結ぶことを発表した[76]。
  • 2015-16シーズンより5年間の契約で日本の横浜ゴムがユニホームの胸部スポンサーとなった[77]。2016-17シーズンまではアディダスがユニフォームサプライヤーとなっていたが、2017-18シーズンよりナイキに変更される。
  • 大量の若手選手と契約し、彼らをレンタル移籍させることで出場機会を確保している。その一方で、毎年のように別のクラブに放出され続けている選手もおり、賛否両論となっている[78][79]。

タイトル

国内タイトル

  • FAカップ:8回
    • 1969-70, 1996-97, 1999-00, 2006-07, 2008-09, 2009-10, 2011-12, 2017-18
  • EFLカップ:5回
    • 1964-65, 1997-98, 2004-05, 2006-07, 2014-15

国際タイトル

過去の成績

略称説明

優勝 準優勝 昇格↑ 降格↓
  • 1954-55シーズン以降の成績
  • 1980-81シーズンまでは1勝につき勝ち点2点。1981-82シーズンから勝ち点3点。
シーズン リーグ戦 FA杯 リーグ杯 CS CL EL ECL CW SC CWC
ディビジョン試勝分敗得失点順位
1954-55 Div 1 422012108157521位ベスト16---大会
創設前
---
1955-56 4214111764773916位ベスト16優勝出場辞退
1956-57 4213131673733913位4回戦
1957-58 4215121583794211位4回戦
1958-59 421842077984014位4回戦
1959-60 421491976913718位4回戦
1960-61 4215720981003712位3回戦4回戦
1961-62 429102363942822位3回戦
1962-63 Div 2 42244148142522位ベスト16
1963-64 Div 1 422010127256505位4回戦2回戦
1964-65 42248108954563位ベスト4優勝
1965-66 42227136553515位ベスト4ベスト4
1966-67 421514136762449位準優勝3回戦
1967-68 421812126268486位ベスト82回戦
1968-69 422010127353505位ベスト83回戦2回戦
1969-70 42211387050553位優勝4回戦
1970-71 42181595242516位4回戦4回戦準優勝優勝
1971-72 421812125849487位ベスト16準優勝2回戦
1972-73 4213141549514012位ベスト8ベスト4
1973-74 4212131756603717位3回戦2回戦
1974-75 429151842723321位4回戦3回戦
1975-76 Div 2 4212161453544011位ベスト162回戦
1976-77 42211387353552位3回戦4回戦
1977-78 Div 1 4211141746693616位ベスト162回戦
1978-79 425102744922022位3回戦2回戦
1979-80 Div 2 42237126652534位3回戦2回戦
1980-81 4214121646414012位3回戦2回戦
1981-82 4215121560605712位ベスト83回戦
1982-83 4211141751614718位4回戦3回戦
1983-84 42251349040881位3回戦3回戦
1984-85 Div 1 421812126348666位4回戦ベスト4
1985-86 422011115756716位4回戦ベスト8
1986-87 4213131653645214位4回戦3回戦
1987-88 409151650684218位4回戦2回戦
1988-89 Div 246291259650991位3回戦2回戦
1989-90 Div 1 381612105850605位4回戦2回戦
1990-91 3813101558694911位3回戦ベスト4
1991-92 4213141560535314位ベスト82回戦
1992-93 プレミアリーグ 4214141451545611位3回戦ベスト8
1993-94 4213121749535114位準優勝3回戦
1994-95 4213151450555411位4回戦3回戦ベスト4
1995-96 3812141246445011位ベスト42回戦
1996-97 381611115855596位優勝3回戦
1997-98 38203157143634位3回戦優勝準優勝優勝
1998-99 38201535730753位ベスト8ベスト8ベスト4優勝
1999-00 38181195334655位優勝3回戦ベスト8-
2000-01 381710116845616位ベスト163回戦優勝1回戦
2001-02 38171386638646位準優勝ベスト42回戦
2002-03 38191096838674位ベスト8ベスト81回戦
2003-04 3824776730792位ベスト16ベスト8ベスト4
2004-05 3829817215951位ベスト16優勝ベスト4
2005-06 3829457222911位ベスト43回戦優勝ベスト16
2006-07 38241136424832位優勝優勝準優勝ベスト4
2007-08 38251036526852位ベスト8準優勝準優勝準優勝
2008-09 3825856824833位優勝4回戦ベスト4
2009-10 38275610332861位優勝ベスト8優勝ベスト16
2010-11 3821896933712位4回戦3回戦準優勝ベスト8
2011-12 381810106546646位優勝ベスト8優勝
2012-13 3822977539753位ベスト4ベスト4準優勝GS敗退優勝準優勝準優勝
2013-14 3825767127823位ベスト16ベスト8ベスト4
2014-15 3826937332871位4回戦優勝ベスト16
2015-16 3812141259535010位ベスト8ベスト16準優勝ベスト16
2016-17 3830358533931位準優勝4回戦
2017-18 38217106238705位優勝ベスト4準優勝ベスト16
2018-19 3821986339723位5回戦準優勝準優勝優勝
2019-20 38206126954664位準優勝4回戦ベスト16
2020-21 38191095836674位準優勝4回戦優勝
2021-22 38211167633743位準優勝準優勝ベスト8優勝優勝
2022-23 3811111638474412位3回戦3回戦ベスト8
2023-24 38189117763636位ベスト4準優勝
2024-25 3820996443694位4回戦4回戦優勝優勝

現所属メンバー

プレミアリーグ 2026-27シーズン 基本フォーメーション(3-4-2-1)
2026年9月1日現在[80]

注:選手の国籍表記はFIFAの定めた代表資格ルールに基づく。

No. Pos. 選手名
1 GK アルゼンチン エミリアーノ・マルティネス (スペイン)
2 DF イタリア マルコ・パレストラ ☆
3 DF フランス ウェズレイ・フォファナ(コートジボワール)
4 MF アルゼンチン バレンティン・バルコ
5 DF フランス マクサンス・ラクロワ
6 DF イングランド リーヴァイ・コルウィル ★☆
7 FW ポルトガル ペドロ・ネト
9 FW ブラジル ジョアン・ペドロ
10 MF イングランド コール・パーマー (セントクリストファー・ネイビス)★
11 FW イングランド ジェイミー・バイノー=ギッテンス ☆
14 MF イングランド ジョーダン・ヘンダーソン ★
17 MF イングランド モーガン・ロジャース ★
18 FW イングランド ダニー・ウェルベック (ガーナ)★
No. Pos. 選手名
21 DF オランダ ヨレル・ハト (キュラソー (オランダ王国))☆
22 FW オランダ エマヌエル・エメガ
23 FW ポルトガル ジオバニー・クエンダ
24 DF イングランド リース・ジェームズ キャプテン★
25 MF エクアドル モイセス・カイセド
27 DF フランス マロ・ギュスト (ポルトガル, マルティニーク)☆
28 GK イングランド テディ・シャーマン=ロウ(英語版)
29 DF スペイン ペップ・チャバリア
30 DF アルゼンチン アーロン・アンセルミーノ (イタリア)☆
34 DF イングランド ジョシュ・アチャンポン (セネガル)★☆
39 GK ベルギー マイク・ペンダース ☆
41 FW ブラジル エステヴァン・ウィリアン
44 GK アメリカ合衆国 ガガ・スロニナ
45 MF ベルギー ロメオ・ラヴィア (セネガル)☆

※括弧内の国旗はその他の保有国籍を、★はホーム・グロウン選手、☆は21歳以下の選手を示す。

監督

ローン移籍

in

注:選手の国籍表記はFIFAの定めた代表資格ルールに基づく。

No. Pos. 選手名
No. Pos. 選手名
out

注:選手の国籍表記はFIFAの定めた代表資格ルールに基づく。

No. Pos. 選手名
-- GK スペイン ロベルト・サンチェス (コモ)(イングランド)★
-- DF セネガル ママドゥ・サール (レアル・ソシエダ)(フランス)☆
-- DF フランス ブノワ・バジアシーレ (ナポリ) (コンゴ民主共和国)
No. Pos. 選手名
-- MF エクアドル ケンドリー・パエス (CAリーベル・プレート)
16 MF ポルトガル ダリオ・エスーゴ (ストラスブール)(アンゴラ)
33 FW ウクライナ ミハイロ・ムドリク (トッテナム)

リザーブチーム

歴代監督

歴代所属選手

提携クラブ

傘下クラブ

脚注

  1. ↑ “General Information”. チェルシーFC. 2023年5月9日閲覧。
  2. ↑ “Grup Tax Strategy”. Chelsea F.C. 2023年4月12日閲覧.
  3. ↑ “【コラム】スタンフォード・ブリッジが静かな理由は、本当に「高級住宅地にあること」なのか。”. Qoly (2013年11月21日). 2023年1月9日閲覧。
  4. ↑ “クラブ声明”. Chelsea FC. 2015年12月17日. 2015年12月17日閲覧.
  5. ↑ “ヒディンク就任”. Chelsea FC. 2015年12月19日. 2015年12月19日閲覧.
  6. ↑ co.,Ltd, FromOne. “チェルシーが受けた補強禁止処分の実態…サッリ監督やアザールらへの影響は?”. サッカーキング. 2019年8月9日閲覧。
  7. ↑ “チェルシー、ノルマはまさかの…。エース流出、補強禁止、DF再編。終わりにすべき泡沫の恋【粕谷秀樹のプレミアリーグ補強診断(5)】”. フットボールチャンネル. 2020年4月2日閲覧。
  8. ↑ “チェルシー、2-0勝利で来季のCL出場権を獲得。ウルブスは7位で今季を終える”. フットボールチャンネル. 2020年7月26日閲覧。
  9. ↑ “チェルシーの補強禁止処分が半減、1月から新戦力獲得が可能に”. www.afpbb.com. 2020年10月6日閲覧。
  10. ↑ “チェルシー監督ランパードが冬の移籍市場に言及。4位争いに与える影響とは?”. Football Tribe Japan (2020年2月2日). 2020年10月6日閲覧。
  11. ↑ “CHELSEA TRANSFER NEWS: DEAL REACHED WITH AJAX FOR HAKIM ZIYECH | 公式サイト | チェルシーフットボールクラブ”. ChelseaFC. 2020年10月6日閲覧。
  12. ↑ “Chelsea transfer news: Timo Werner transfer agreed | 公式サイト | チェルシーフットボールクラブ”. ChelseaFC. 2020年10月6日閲覧。
  13. 1 2 “今夏300億円投入のチェルシー、さらなる補強も? ランパードは除外せず”. Goal.com. 2020年10月6日閲覧。
  14. ↑ “エヴァートン、シグルズソンのPK弾でチェルシーを撃破!チェルシーは今季2敗目 | Goal.com”. www.goal.com (2020年12月13日). 2023年1月9日閲覧。
  15. ↑ “チェルシーがトゥヘル体制で初黒星、WBAに5失点大敗…T・シウヴァの“8年ぶり”退場響く”. サッカーキング (2021年4月3日). 2023年1月9日閲覧。
  16. ↑ “チェルシーが9年ぶり2度目のチャンピオンズリーグ制覇!ハヴァーツが決勝で大会初得点、1月就任トゥヘルが歓喜もたらす | Goal.com”. www.goal.com (2021年5月30日). 2023年1月9日閲覧。
  17. ↑ “ROMELU LUKAKU COMES HOME”. 2021年8月13日閲覧。
  18. ↑ “SAUL NIGUEZ – SPANISH MIDFIELDER MOVES TO CHELSEA ON LOAN”. 2021年9月1日閲覧。
  19. ↑ “チェルシーがリーグ戦通算600勝達成!!”. ChelseaFC (2021年9月12日). 2021年9月15日閲覧。
  20. ↑ “チェルシー、プレミアリーグ通算600勝を達成…史上2クラブ目の快挙”. サッカーキング (2021年9月13日). 2021年9月15日閲覧。
  21. ↑ “チェルシー初のクラブ世界一、ハバーツ延長後半に決勝PK弾 トゥヘル監督「ベストを尽くした」 - 海外サッカー : 日刊スポーツ”. nikkansports.com. 2023年1月9日閲覧。
  22. ↑ “チェルシーがクラブW杯初優勝! 延長後半V弾のハバーツはメッシ以来の快挙”. ゲキサカ (2022年2月13日). 2023年7月5日閲覧。
  23. ↑ “新型コロナと負傷で離脱者続出…満身創痍のチェルシー、U23から12人引き上げ”. サッカーキング (2021年11月21日). 2023年1月9日閲覧。
  24. ↑ “120分間に及ぶ死闘はPK戦で決着…リヴァプールがチェルシー破り10年ぶりリーグ杯戴冠!南野拓実は出番なし | Goal.com”. www.goal.com (2022年2月28日). 2023年1月9日閲覧。
  25. ↑ “リヴァプールがFAカップを制覇! チェルシーとのPK戦を制し今シーズン2冠を達成”. サッカーキング (2022年5月15日). 2023年1月9日閲覧。
  26. ↑ “アブラモビッチ氏の英国内資産凍結でチェルシー売却不可に プーチン大統領から経済的利益と認定 - プレミアリーグ : 日刊スポーツ”. nikkansports.com. 2022年3月10日閲覧。
  27. ↑ “チェルシー買収完了のベーリー氏、意気込みを語る「クラブに100パーセント尽力する」”. サッカーキング (2022年5月31日). 2023年1月9日閲覧。
  28. ↑ “サッカー=チェルシー、ロシア富豪からドジャース共同オーナーらに売却成立”. ロイター. 2022年5月31日. 2023年6月19日閲覧.
  29. ↑ その後ニースへ加入
  30. ↑ “新戦力が上々デビューのチェルシーがエバートンに競り勝って開幕白星スタート!《プレミアリーグ》”. 超ワールドサッカー (2022年8月7日). 2023年1月9日閲覧。
  31. ↑ “チェルシー、トゥヘル監督を電撃解任 | Goal.com”. www.goal.com. 2023年1月15日閲覧。
  32. ↑ co.,Ltd, FromOne. “チェルシーがポッター監督就任を発表! 三笘所属のブライトンからコーチ陣も“引き抜き””. サッカーキング. 2023年1月15日閲覧。
  33. ↑ 1月の試合ではカンテ、ジェームズ、フォファナ、ブロヤ、チルウェル、メンディ、マウント、ロフタスチーク、スターリング、プリシッチ、ザカリア、オーバメヤンが負傷離脱している
  34. ↑ “CLラウンド16の組み合わせが決定!レアルvsリヴァプール、昨季決勝カードが実現。鎌田&長谷部フランクフルトはナポリと対戦へ | Goal.com”. www.goal.com. 2023年1月15日閲覧。
  35. 1 2 co.,Ltd, FromOne (2023年2月3日). “プレミア全体の移籍金総額は約1300億円…各クラブの冬の補強を10点満点で採点 〜トップ10編〜”. サッカーキング. 2023年6月6日閲覧。
  36. ↑ co.,Ltd, FromOne (2023年5月29日). “低迷チェルシーは12位で終了…ランパード暫定監督「やるべきことは多い」”. サッカーキング. 2023年6月1日閲覧。
  37. ↑ Inc, SEESAW GAME (2023年10月8日). “チェルシーが今季プレミアで初の連勝! 敵地でバーンリーを粉砕、スターリングは全4得点を演出”. サッカーキング. 2024年4月29日閲覧。
  38. ↑ Inc, SEESAW GAME (2023年11月7日). “チェルシーが逆転で“ロンドン・ダービー”を制す! 敗れたトッテナムは退場者2名&負傷者2名とトラブル続出”. サッカーキング. 2024年4月29日閲覧。
  39. ↑ “マンチェスター・Cとチェルシーによる壮絶な打ち合いは4-4ドロー決着!パルマーが古巣相手に劇的同点PK弾 | Goal.com 日本”. www.goal.com (2023年11月12日). 2024年4月29日閲覧。
  40. ↑ Inc, SEESAW GAME (2023年12月17日). “チェルシーがホームで3戦ぶり白星! パルマー&N・ジャクソン弾でシェフィールド・Uを下す”. サッカーキング. 2024年4月29日閲覧。
  41. ↑ “リヴァプール、チェルシー相手に4発快勝で首位キープ!20歳ブラッドリーが1G2Aの大活躍…次節アーセナル戦へはずみ | Goal.com 日本”. www.goal.com (2024年1月31日). 2024年4月29日閲覧。
  42. ↑ Inc, SEESAW GAME (2024年2月5日). “パルマー弾で先制も…チェルシーがウルブスに4発逆転負け、クーニャにハットトリック許す”. サッカーキング. 2024年4月29日閲覧。
  43. ↑ FAカップ5回戦・準々決勝、リーグ戦27節~32節
  44. ↑ この期間11試合に出場し、2度のハットトリックを記録する等11ゴール6アシスト
  45. ↑ “アーセナル、ハヴァーツ&ホワイトの2ゴールなどでチェルシーを5発粉砕!冨安健洋は72分までプレー | Goal.com 日本”. www.goal.com (2024年4月23日). 2024年4月29日閲覧。
  46. ↑ チェルシーがアーセナルに5失点を喫するのは2011年10月29日以来約12年半ぶり
  47. ↑ graygoat2admin (2024年4月28日). “後半に2点を追いつきアストンヴィラと引き分けたチェルシー。主審の一貫性のない判定についてポチェッティーノ監督が激怒”. 2026年10月11日閲覧。
  48. ↑ Inc, SEESAW GAME (2024年1月10日). “チェルシー、カラバオ杯準決勝第1戦は敗戦…2部ミドルスブラが先勝”. サッカーキング. 2024年4月29日閲覧。
  49. ↑ Inc, SEESAW GAME (2024年1月24日). “チェルシー、逆転でカラバオ杯決勝進出! 2部ミドルスブラに6発大勝”. サッカーキング. 2024年4月29日閲覧。
  50. ↑ Inc, SEESAW GAME (2024年2月26日). “延長終盤にファン・ダイクが決勝弾! リヴァプール、チェルシーを破り通算10度目カラバオ杯制覇”. サッカーキング. 2024年4月29日閲覧。
  51. ↑ Inc, SEESAW GAME (2024年2月26日). “またもリヴァプールに敗れたチェルシー、国内カップ戦決勝で史上初の6連敗”. サッカーキング. 2024年4月29日閲覧。
  52. ↑ “チアゴ・シウバ、チェルシーに涙の別れ「夢は息子がここでプレーすること。永遠にブルーズだ」”. Goal.com. 2024年5月25日閲覧。
  53. ↑ 得点はアーリング・ハーランド、アシストはオリー・ワトキンスに次いでどちらもリーグ2位、ゴール+アシスト数(33)はリーグ1位
  54. ↑ “パーマーがプレミアリーグ最優秀若手選手賞を受賞…今季チェルシーで32ゴールに関与”. Goal.com. 2024年5月25日閲覧。
  55. ↑ “5連勝で首位と暫定勝ち点『2』差も…チェルシー指揮官「タイトルを争う準備はできていない」”. サッカーキング. 2025年6月12日閲覧。
  56. ↑ 16節ブレントフォード戦を最後に無得点が続き、24節ウェストハム戦で負傷し2か月離脱
  57. ↑ 21節ボーンマス戦を最後に13試合無得点
  58. ↑ MOUNT (2025年4月26日). “チェルシー脱落?プレミアCL出場争い予想、シティとフォレストが優位”. Football Tribe Japan. 2025年6月12日閲覧。
  59. ↑ Co.,Ltd, livedoor (2025年5月29日). “創設4年目のECLはチェルシーが制覇! 新指揮官の下で1年目からタイトル獲得…“史上初”の快挙も達成”. サッカーキング. 2025年6月17日閲覧。
  60. ↑ 7節リヴァプール戦のマレスカ監督の退場処分を含む
  61. ↑ ゲキサカ編集部 (2025年10月30日). “チェルシーは9試合で6回目のレッドカード…22歳FWに不満のマレスカ監督「5回くらい落ち着くように伝えた」”. ゲキサカ. 2026年10月11日閲覧。
  62. ↑ “Club statement: Enzo Maresca” (英語). www.chelseafc.com. 2026年10月11日閲覧。
  63. ↑ “Liam Rosenior arrives at Cobham!” (英語). www.chelseafc.com. 2026年10月11日閲覧。
  64. ↑ graygoat2admin (2026年4月1日). “新オーナー体制から4年…改めて考えたい、チェルシーの「ビジョン2030年」は成功するのか?失敗するのか?”. 2026年10月11日閲覧。
  65. ↑ “Club statement: Liam Rosenior” (英語). www.chelseafc.com. 2026年10月11日閲覧。
  66. ↑ “マンチェスター・シティはチェルシーを破りFAカップ決勝で優勝、2冠を達成。ペップ・グアルディオラ監督はイングランドサッカー史に名を刻んだ。 | Goal.com 日本”. www.goal.com (2026年5月16日). 2026年10月11日閲覧。
  67. ↑ Co.,Ltd, livedoor (2026年4月18日). “チェルシー、今夏は補強方針を変更か…共同オーナー「即戦力となる選手を獲得する」”. サッカーキング. 2026年10月11日閲覧。
  68. ↑ “コロナ禍の影響はなかった!? 移籍金の最高額は? 数字で振り返る今夏の移籍マーケット | サッカーダイジェストWeb”. www.soccerdigestweb.com. 2020年10月6日閲覧。
  69. ↑ ““438億円”のプレミア史上最高額を今夏に投じたチェルシー それでも感じる無駄遣い感の少なさ”. www.theworldmagazine.jp (2022年9月3日). 2023年1月9日閲覧。
  70. ↑ 毎年複数人がレンタル移籍しており、2024-25シーズンはジョルジェ・ペトロヴィッチ、A・サントス、25-26シーズンはペンダース、ママドゥ・サール、ケンドリー・パエス、26-27シーズンはフィリップ・ヨルゲンセン、ダリオ・エスーゴが移籍している
  71. ↑ リアム・ロシニアー監督(2025シーズン冬)、バレンティン・バルコ、エマニュエル・エメガ(2026-27シーズン)など
  72. ↑ Co.,Ltd, livedoor (2025年8月2日). “チェルシー、ストラスブールへの今季レンタル組が決定…今夏合流の3選手が武者修行へ”. サッカーキング. 2026年10月11日閲覧。
  73. ↑ Deloitte Football Money League 2014 Archived 2014年9月7日, at the Wayback Machine.(2014年1月に国際監査法人『デロイト』が公表した2012-2013シーズンの欧州サッカーのクラブ収入ランキング)
  74. ↑ 2012年にイギリスメディア『sportingintelligence.com』が調査した、世界のスポーツチームの平均年俸ランキング
  75. ↑ ESPNF1 ザウバー、チェルシーとのパートナーシップを発表。
  76. ↑ “NEW JAPANESE FINANCIAL SERVICES PARTNER” (2012年12月7日). 2012年12月7日時点のオリジナルよりアーカイブ。2020年5月15日閲覧。
  77. ↑ 横浜ゴム、イングランドプレミアリーグ「チェルシーFC」と スポンサー契約を締結 - 横浜ゴム公式サイト、2015年2月27日
  78. ↑ チェルシーのレンタル移籍も悪くない 今夏復帰のDFは「すぐ見捨てるとか言うけど……」 - theWORLD、2017年7月27日
  79. ↑ チェルシー、今季は38人レンタル放出。選手から「意味なし」と疑問の声も - フットボールチャンネル、2016年9月7日
  80. ↑ “Men's Profiles” (英語). www.chelseafc.com. 2026年7月8日閲覧。

関連項目

外部リンク

公式
ニュース
試合結果