バウムクーヘン

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バウムクーヘン
ドイツのバウムクーヘン
種類 洋菓子
発祥地 ドイツの旗 ドイツ
主な材料
その他お好みで
Cookbook ウィキメディア・コモンズ
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バウムクーヘン(ドイツ語: Baumkuchen[注釈 1]、バウム(木)ドイツ語発音: [baʊm] ( 音声ファイル)+クーヘン(ケーキの意)ドイツ語発音: [kuːxən] ( 音声ファイル))は、中心に穴があり断面に樹木の年輪のような同心円状の模様が浮き出たドイツのケーキである。

「バームクーヘン」と表記されることもあるが、「バウムクーヘン」と表記するほうがドイツ語の発音に近い。

概要

年輪のような形状から日本では贈答品のひとつとして好まれ、結婚式や祝い事の引き出物として使われることが多い。日本人にとっては大正・昭和初期から知られ、ドイツを象徴する菓子のひとつと見なされているが、ドイツでは日本ほど一般的ではなく[1]、駐日ドイツ大使館によれば、日本に赴任して初めて食べる職員も多いという[2]。日本では高級品だけでなく、スーパーに並ぶほど安価な品も存在する[1]。

菓子としての認知度は高いが、伝統的な製法が非常に特殊で専門装置や技能を要するため、一般的な菓子店では扱っていないことも多い。

製法

焼き上がったバウムクーヘンにチョコレートを塗り付ける作業

バウムクーヘンは製法が特殊であることから、普通のオーブンでは作れず、バウムクーヘン専用のオーブンが存在する。専用オーブンは生地を巻きつけるための芯と、芯を自動的に、あるいはハンドルを使用して手動で回転させる装置が上部にあり、下部に生地を焼き上げるバーナーが設置されている。庫内が密閉されて壁面からの輻射熱を利用する一般のオーブンと異なり、開放型となっており、直火で生地を焼き上げる。

今日一般的な製法は18世紀ごろに成立したもので、生地は小麦粉、バター、全卵からなり、比率は1対1対2が基本である。伝統的な製法では、ベーキングパウダーは用いられない。その他の材料として、砂糖、蜂蜜、バニラ、マジパン、ラム酒、 ブランデー、砕いたナッツ類、ヌガーなどが適宜加えられる。芯になる棒の表面に生地を少量かけてバーナーで焼くと、表面に焼き色が付いた厚さ1 - 2mmの薄い層ができる。焼けた層の上に生地をかけながら焼くことを繰り返し、薄い層を10 - 20層程度重ねて作る。焼きあがった後に芯を抜いて輪切りにすると、バーナーであぶった際に出来た焼き色と内側の白い部分が層状に表れ木の年輪のように見える。ローラーにケーキ生地をかけて回しながら焼き、焼き色がついたらまた生地をかけて焼き、これを20回は繰り返し層ができるように焼き上げる工程は、生地の配合や火の加減が難しく、年季の入った職人でなければなかなかできない[3]、とされる。

表面にフォンダン、チョコレートなどをコーティングする場合もある。

バウムクーヘンを薄切りにして、さらに一口サイズに切り分けたものはバウムクーヘン・シュピッツェンと呼ばれる。

特殊な装置と技術が必要で、家庭で作るのは困難ともされた一方、家庭向けレシピも存在する[4]。

歴史

原型は紀元前の古代ギリシアまで遡り、木の棒にパン生地を巻きつけて焼いたオベリアスというものであると考えられている[5][6][7][8]。中世ポーランド=リトアニア連合伝統のシャコティス(リトアニア語: Šakotis、あるいはセンカチュ(ポーランド語: Sękacz)とも)を基にした説、あるいは「ガトー・ア・ラ・ブロッシュ」を基にした説が存在しており、ドイツのザクセン=アンハルト州で元祖をめぐる争いがあったが、1920年に両店は同一人物に買い取られている[6]。ドイツ東部地域、とくにドレスデン、コトブス、ザルツヴェーデルはいずれもドイツのバウムクーヘンの本場とみなされており、ザルツウェーデル式バウムクーヘンは2010年にEUの原産地名称保護認証を受けた。

日本では第一次世界大戦の捕虜として来日したドイツ人の菓子職人カール・ユーハイムによって持ち込まれ、1919年(大正8年)3月4日に広島物産陳列館(後の原爆ドーム)で開催されたドイツ作品展示即売会において販売されたのが最初である[6][9][10][11][12][13]。このことを記念して、毎年3月4日は「バウムクーヘンの日」と決められている[14][15]。カールは第一次大戦後に日本で菓子店を開き、当時はピラミッドケーキという名前で販売されていたが、1960年代からバウムクーヘンの名で知られるようになった[6]。彼の事業を継承する株式会社ユーハイムは、現在も売上300億円の2割程度を占める主力商品としてバウムクーヘンの製造を続けている。そのほか、小規模ながら人気を集める専門メーカー、袋菓子として廉価に全国販売を行うメーカーも多く、日本におけるバウムクーヘンはドイツをしのぐ一般的な普及をみている。

ドイツでは、二度の世界大戦の影響などで職人による技術継承ができず廃れてしまった地域も多い。実際にコトブスでは伝統的な製法の再現ができず、再現のためにユーハイムの指導を仰いだ[16]。

各国におけるバリエーション

各地のバリエーション

参考画像

脚注

注釈

  1. ↑ 複数形も同じ。

出典

  1. 1 2 山田香織. “「世界を食べる日本」:ドイツ編 年輪の意味” (PDF). 総合日本文化研究実践教育プログラム:「食から見た日本文化の国際的受容と日本における文化変容」. 総合研究大学院大学. 2015年5月18日時点のオリジナルよりアーカイブ。2012年4月8日閲覧。
  2. ↑ ドイツ大使館 [@GermanyinJapan]「【バウムクーヘンの日】」2020年3月3日。X(旧Twitter)より2026年9月30日閲覧。
  3. ↑ 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)「バウムクーヘン」小林文子
  4. ↑ 三浦裕子『バウムクーヘンの比較文化史的考察 : 15世紀のドイツから現代までのレシピの解読を中心に』 九州大学〈博士(比較社会文化) 甲第15354号〉、2021年、81頁。hdl:2324/4474914。NAID 500001461875。
  5. ↑ Stanley Cauvain and Linda Young (2001). Baking problems solved. Woodhead Pub Ltd, S. 261. ISBN 0-8493-1221-3.
  6. 1 2 3 4 猫井 2008, p. 85.
  7. ↑ “Baumkuchen (バウムクーヘン)”. Food in Japan (2023年). 2023年4月6日時点のオリジナルよりアーカイブ。2025年5月14日閲覧。
  8. ↑ “Obelias (bread) - the origin of Baumkuchen”. The Classical Society of Japan (2012年). 2013年8月21日時点のオリジナルよりアーカイブ。2025年5月14日閲覧。
  9. ↑ “ユーハイムの歴史”. ユーハイム (2020年). 2020年10月27日時点のオリジナルよりアーカイブ。2024年6月7日閲覧。
  10. ↑ “日本のバウムクーヘン発祥の地 似島のアウトドア宿泊施設の呼称が 「ユーハイム似島歓迎交流センター」に決定”. ユーハイム (2023年11月25日). 2024年6月7日時点のオリジナルよりアーカイブ。2024年6月7日閲覧。
  11. ↑ “バックナンバー 焼け跡とバウムクーヘン-あるドイツ人夫妻の苦難と愛-”. 歴史秘話ヒストリア. NHK総合テレビジョン. 2024年2月17日時点のオリジナルよりアーカイブ。2023年6月7日閲覧。
  12. ↑ “実は広島 バウムクーヘン伝来100年の秘密”. 産経新聞. 産業経済新聞社. 2019年6月24日. 2022年3月11日時点のオリジナルよりアーカイブ. 2023年6月7日閲覧.
  13. ↑ ““バウムクーヘンの島” で学ぶ戦争 似島がミュージカルに 日本初のバウムクーヘンが販売されたのは「原爆ドーム」だった・・・”. TBS NEWS DIG. ジャパン・ニュース・ネットワーク (2024年3月27日). 2023年6月7日時点のオリジナルよりアーカイブ。2023年6月7日閲覧。
  14. ↑ 日本記念日協会
  15. ↑ 読売新聞全国版 2010年1月31日付朝刊
  16. ↑ “甘い洋菓子から、平和と幸せを ユーハイム100年 創業者の願い、未来にも”. 産経新聞. 2023年9月1日.

参考文献

関連項目

外部リンク