万里小路栄子

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万里小路 栄子
第106代天皇母
皇太后 (追贈)永禄元年9月26日
(1558年11月6日)

誕生 1494年(明応3年)
死去 大永2年10月10日
(1522年10月29日)
諱 栄子
別称 吉徳門院[1]
阿茶局
万里小路局
氏族 藤原氏(万里小路家)
父親 万里小路賢房
配偶者 知仁親王(後の後奈良天皇)
子女 正親町天皇
永寿女王
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万里小路 栄子(までのこうじ えいし、1494年〈明応3年〉- 1522年10月29日〈大永2年10月10日〉)は、室町時代の女性。後奈良天皇の後宮で、正親町天皇の生母。父は参議右大弁、従三位万里小路賢房。院号は吉徳門院(きっとくもんいん)[1]。

生涯

知仁親王(後の後奈良天皇)の宮に入り、方仁親王(後の正親町天皇)・永寿女王ら2男2女を産んだ。しかし、知仁親王が践祚する前の大永2年(1522年)に29歳で死去。その後、永禄元年(1558年)9月26日に皇太后を追贈された。

参考資料

脚注

  1. 1 2 『女院号便覧類聚』『門院伝』に載るが、院号宣下の事実を確認できず、疑義がある。