上杉哲平

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上杉 哲平
名前
カタカナ ウエスギ テッペイ
ラテン文字 UESUGI Teppei
基本情報
国籍 日本の旗 日本
生年月日 (1985-11-11) 1985年11月11日(39歳)
出身地 兵庫県神戸市
身長 189cm
体重 77kg
選手情報
ポジション GK
ユース
2001-2003 日本の旗 滝川第二高校
2004 日本の旗 阪南大学
クラブ1
年 クラブ 出場 (得点)
2004-2006 日本の旗 アルビレックス新潟 (0)
2007 日本の旗 徳島ヴォルティス (0)
2008 日本の旗 ザスパ草津 (0)
-2011 日本の旗 藤枝MYFC (0)
1. 国内リーグ戦に限る。
■テンプレート(■ノート ■解説)■サッカー選手pj

上杉 哲平(うえすぎ てっぺい、1985年11月11日 - )は、兵庫県神戸市出身の元サッカー選手、現サッカー指導者。現役当時のポジションはゴールキーパー。

来歴

小学校3年生の時にサッカーを始めたが、先生からの推薦で小学校6年生までは陸上競技の4x100リレーに打ち込み兵庫県代表として出場した全国大会では10位になった[要出典]。その時の1位は岡山県代表でアンカーは苔口卓也だった。中学校2年生の夏に顧問の一言でキーパーへ転身。ナショナルトレセンにも選出され高校は名門滝川第二高校へ入学。 在籍時全ての全国大会へ出場し冬の選手権大会では2年生、3年生と2年連続で全国3位。3年生時には、平山相太、兵藤慎剛率いる国見高校に敗戦。 ヴィッセル神戸、ジェフ千葉の強化指定選手として活動した。82回選手権大会では大会No.1GKと紹介され、U-23北京オリンピック代表候補、それまでも世代別代表にも選出され、西川周作らとレギュラーポジションを争った。滝川第二高時代の一学年下には、岡崎慎司がいた。高校卒業後Jからのオファーがありながら、本人の強い希望で大学へ進学。大学は阪南大学、伊野波雅彦と同期であった。2004年7月末に退学し[1]、ヴィッセル神戸、アルビレックス新潟に指定選手、練習生として加わり、その後アルビレックス新潟に加入。 アルビレックス新潟シンガポールでも活動した。[2][1]。2007年は徳島ヴォルティス[3]、2008年は、ザスパ草津に在籍。2009年途中から斉藤俊秀率いる藤枝MYFCに加入し、昇格へ貢献した。

選手生活9年をもって、引退。選手時代は、怪我に悩まされることが多かった。

2012年から名古屋グランパスアカデミースタッフとして第二の人生をスタートし、育成年代のGKを指導した。 2014年から地元神戸に戻り、INAC神戸レオネッサ育成スタッフ、トップチームGKコーチに就任。関西大学のGKコーチも兼任し、ヴィッセル神戸へ入団した前川を指導している。

所属クラブ


個人成績

国内大会個人成績
年度クラブ背番号リーグ リーグ戦 リーグ杯オープン杯 期間通算
出場得点 出場得点出場得点 出場得点
2005新潟1J1・S290-
2006140-
日本 リーグ戦 リーグ杯天皇杯 期間通算
2007徳島21J2170-0030
2008草津36J2210-0000
I藤枝70--70
2011170--70
通算日本J1 00-0000
日本J2 30-0030
日本ナビスコ 70--70
日本天皇杯 }

代表歴

  • U-18日本代表候補
  • U-19日本代表候補
  • U-20日本代表候補
  • U-20ワールドカップ候補
  • U-22日本代表候補
  • 北京五輪代表候補

指導歴

脚注

  1. 1 2 “元滝川第二高GK上杉 アルビレックス新潟入り”. 神戸新聞. (2005年1月29日). オリジナルの2005年1月31日時点におけるアーカイブ。 2017年9月28日閲覧。
  2. ↑ 『新チーム決定のお知らせ』(プレスリリース)アルビレックス新潟・シンガポール、2004年12月23日。オリジナルの2005年1月21日時点におけるアーカイブ。2017年9月29日閲覧。
  3. ↑ (プレスリリース)徳島ヴォルティス、2007年3月28日。http://www.vortis.jp/news/detail_s.php?pressid=96。2017年9月28日閲覧。

関連項目

外部リンク