
利尻郡(りしりぐん)は、北海道(北見国)宗谷総合振興局の郡。
人口4,031人、面積182.12km²、人口密度22.1人/km²。(2024年8月31日、住民基本台帳人口)
以下の2町を含む。
利尻はもと「りいしり」と読んだ。江戸時代の利尻郡域は西蝦夷地に属し、松前藩によってリイシリ場所が開かれていた。江戸時代中期の享保年間北見冨士神社が創建されている。
江戸時代後期になると文化4年にはロシアによる利尻島襲撃事件(文化露寇、フヴォストフ事件)が発生し船が焼き払われ島民が拉致されるなどの被害が出ている。南下政策を強力に進めるロシアの脅威に備え文化4年利尻郡域は天領とされこの時は藩士ら252名を派遣し会津藩が警固をおこなった。文政4年には一旦松前藩領に復したものの、安政2年再び天領となり今度は秋田藩が警固をおこない、同6年の6藩分領後は秋田藩領となっていた。戊辰戦争(箱館戦争)終結直後の1869年8月15日、大宝律令の国郡里制を踏襲して利尻郡が置かれた。

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