勝浦正樹

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勝浦正樹
ホンコンJCTパドック(2019年6月2日)
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 千葉県
生年月日 (1978-08-10) 1978年8月10日(48歳)
身長 161cm
体重 50kg
血液型 A型
騎手情報
所属団体 日本中央競馬会(JRA)
所属厩舎 美浦・久恒久夫
(1997.3.1 - 2001.3.25)
美浦・フリー
(2001.3.26 - 2024.4.14)
初免許年 1997年3月1日
免許区分 平地
騎手引退日 2024年4月14日
重賞勝利 22勝(中央17勝、地方5勝)
G1級勝利 2勝
通算勝利 15674戦967勝(中央)
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勝浦 正樹(かつうら まさき、1978年8月10日 - )は 千葉県出身の元騎手・現競馬評論家。

来歴

生家は中山競馬場の近くにあったため、父に連れられて何度か競馬場へ行き、徐々に興味を抱くと、雑誌に掲載されていた競馬学校騎手課程の広告が目に入った[1]。郵送していては間に合わないくらい願書の締切日が近づいていたため、母に頼んで白井の競馬学校まで連れて行ってもらい、手渡しで願書を提出すると、見事合格[1]。

入学後は13期生として秋山真一郎・池田鉄平・板倉真由子・今村康成・江田勇亮・押田純子・武幸四郎・武士沢友治・松田大作・村田一誠と同期になり、2年上の先輩であった西田雄一郎が面倒を見てくれたほか、デビュー後も競馬だけでなく、私生活でも兄貴的な存在となる[1]。

卒業後の1997年に美浦・久恒久夫厩舎からデビューし、1年目の同年は3月2日の中山第2競走4歳未勝利・ミッシーダンサー(14頭中14着)で初騎乗を果たす[2]。6月14日の福島第1競走4歳未勝利・ファンタジーで人気に応えて初勝利[3]を挙げ、セントライト記念・タヤスアストラル(12頭中12着)で重賞初騎乗[4]を果たす。12月14日の中京で初の1日2勝[5]を挙げ、初年度から2桁の11勝[6]をマークし、2022年まで26年連続2桁勝利[6]を記録。

2年目の1998年には4月25日・26日の東京で初の2日連続勝利[5]、8月15日の札幌で初の1日3勝[7]、10月3日の福島で初の1日4勝[7] [8]を挙げる。スプリンターズステークス・エクボ(12頭中12着)でGI初騎乗[4]を果たし、初の50勝[6]をマーク。

1998年からはヤマニンアクロの主戦騎手として活躍し[9]、5頭中5番人気の新馬では1000m通過71秒とメジロブライトの72秒に次ぐ遅さ[10]であったが、最後は最速上がり34秒8で逃げ切る[11]。1999年には共同通信杯4歳ステークスでも逃げてマイペースに持ち込むと[12]、4コーナーで後続を離しにいく頭脳的なプレーを見せ[13]、14頭中10番人気の低評価を覆して快勝[14]。萩原清調教師と共に重賞初勝利[4] [14]となり、13番人気のキンショーテガラが2着に突っ込んで馬連11万4650円の大波乱となった[15]。直行した皐月賞がクラシック初騎乗[4]となり、10着と敗れたが、勝ったテイエムオペラオーからは0.8秒差であった[14]。萩原と共に初のダービー[4]となった東京優駿では飛ばす前の2頭から5馬身差3番手で単独走を続けるが、3コーナー過ぎから上昇を開始し、直線入口で2頭に並びかけたのも束の間、外からブラックタキシードに並びかけられると、さらにその外からテイエムオペラオー・ナリタトップロード・アドマイヤベガの三強が一気に抜け出す[14]。大きくは失速しなかったが、盛り返すほどの末脚は残らず、アドマイヤベガから1.7秒遅れて10着に終わった[14]。

1999年にはノボジャックで京王杯3歳ステークス2着[16]、2000年にはカネツフルーヴでスプリングステークス3着[17]に入るなど後にダートで活躍する2頭を芝の重賞で好走させ、その間の2000年2月6日には小倉第12競走4歳以上500万下・ワシントンヴェルデで通算100勝を達成[18] [19]。

2000年からはクラフトマンシップとのコンビで活躍し[20]、16頭中14番人気の函館記念では中団追走から稍重馬場をものともせず、上がり最速35秒9の脚で勝利[21]。2着には7番人気オースミタイカンが入って馬連3万130円の高配当となり[21]、サンデーレーシングが名義変更後の初重賞制覇となった[22]。2001年は21世紀最初の重賞となった中山金杯10番人気2着、福島で行われた新潟大賞典3着[20]。前年と同じ14番人気の函館記念ではハンデは55kgに増えたが2着に好走し、馬連1万3220円の波乱を演出[21]。

2002年からはテレグノシスの主戦騎手として活躍し[23]、スプリングステークスではタニノギムレットの2着と好走[24]。NHKマイルカップでは半マイル45秒3のハイペースで流れた道中はインで脚を溜め、馬群が横に広がった長い直線では外に出す[24]。馬場の真ん中から抜け出して先頭でゴールするが、審議の対象馬となる[24]。外に持ち出す際の斜行で、2度も武豊のタニノギムレットの進路を妨害したため、タニノギムレットは行き場を失くし、3着に滑り込むのが精一杯であった[24]。武は検量室で勝浦を見つけるや否や大激怒し、普段は冷静で声を荒げることの少ない人柄だけに周囲は驚きを隠せなかった[24]。約20分にも及ぶ長い審議が行われ、慎重に協議されたが、結局入線通りの結果で着順は変更されず、管理する杉浦宏昭調教師と共にGI初制覇となった[24]。テレグノシスは重賞初勝利がGIとなり、内国産馬で最初のNHKマイルカップ勝ち馬となった[25]。2003年には京王杯スプリングカップでは59kgを背負いながらも、一頭だけ上り3ハロン33秒台の豪脚を繰り出して圧勝[26]。ローエングリンと共に挑戦したフランスのジャック・ル・マロワ賞では、先行したローエングリンが失速する一方、末脚を伸ばし、一瞬先頭に立つ場面を作る[27]。ローエングリン鞍上の後藤浩輝は途中で失速した後に“勝浦、頑張れ!!”と思いながら追い、勝浦は“何としても自分が勝つぞ!!”と思って追ったが、直後にブリーダーズカップ・マイルを制す名牝シックスパーフェクションズの3着に惜敗[27]。2004年の毎日王冠では3コーナーまで最後方で動かず、直線で大外に持ち出すと、残り100m付近でブルーイレヴンを交わし、ゴール板の僅か前で逃げ粘るローエングリンを抜き去る[26]。レース自体の上り3ハロンが34秒4であったが、テレグノシスは上り3ハロンは33秒4と、メンバー中唯一の33秒台をマークし、GI馬の貫禄を見せつけた[26]。

2002年にはタップダンスシチーの関東遠征時の手綱を任されて日経賞2着[28]、トウカイポイントで札幌記念10番人気2着[29]もあった。同年は53勝[6]をマークし、関東リーディングは11位で惜しくもトップ10入りこそ逃したが、第1回中央競馬騎手年間ホープ賞を受賞[30]。

2005年からはグラスボンバーとのコンビで活躍し、七夕賞3着、新潟記念・オールカマー2着[31]。福島記念では勝負所の最終カーブでグングンとポジションを上げ、直線入口で先頭に立つと、内ラチ沿いで粘るトウカイトリック、懸命に追い上げる1番人気ワンモアチャッターら後続を振り切る[32]。2006年はエプソムカップ2着・七夕賞3着、2008年は12番人気のエプソムカップと15頭中14番人気の福島記念で共に3着であった[31]。

2006年は中山金杯を9番人気の明け8歳馬カナハラドラゴンで追いすがって3着[33]、マーチステークスでは10番人気の関西馬プライドキムで3コーナー過ぎから先頭に立ち、直線ではヒシアトラスに競り負けるも2着に粘る[34]。

スプリンターズステークスでは16頭中16番人気のタガノバスティーユで冷静にインをロスなく捌き[35]、テイクオーバーターゲット(オーストラリア)・メイショウボーラーに次ぐ3着に突っ込んで3連単263万7570円の大波乱を演出[36]。

富士ステークスでは18頭中16番人気のキネティクスでおっつけながら6、7番手につけ、4コーナーでは外を回って進出[37]。直線では坂の下からスパート態勢に移しても、バテることなく坂を駆け上がり、追い込んだ人気のエアシェイディ・スズカフェニックスを退けた[37]。

武蔵野ステークスではシーキングザベストで逃げるサンライズキングに外から並びかけ、残り250mで抜け出すと、遅れて差してきたサンライズバッカスを封じて押し切ってみせた[38]。

フェアリーステークスでは13番人気のアポロティアラに騎乗し、中団のインで折り合うと、直線でも内を突いて抜け出す鮮やかなレースぶりで勝利[39]。

2007年には朝日杯フューチュリティステークスで16頭中最低の収得賞金額400万円、抽選を突破して出走のゴスホークケンに騎乗[40]。1番枠から好スタートを決めてハナを切ると、軽快なピッチを緩めることなく直線に入る[40]。3コーナー過ぎから後続がペースを上げ、一団となって背後に迫られてからも底力を発揮[40]。内から差を詰めようとするレッツゴーキリシマと外から食い下がるキャプテントゥーレを突き放し、最後は逃げ馬ながらメンバー中最速上がり35秒2の脚を使って、2馬身半差をつけ勝利[40]。勝ち時計1分33秒5は2004年マイネルレコルトの持つレースレコードと0.1秒差であり[41]、GI・2勝目、開業2年目の斎藤誠調教師はGI初制覇となった[42]。

2009年9月20日の中山第9競走上総特別・アロマンシェス[43]で通算500勝を達成し[44]、2011年には自己最多の54勝[6]をマーク。

2013年2月23日の小倉第9競走4歳以上500万下・アクアブルーフライで史上27人目のJRA通算10000回騎乗を達成し[45]、序盤は後方でゆったり構え、2周目の向こう流しで中団につけると、3コーナーで一気にまくり切って先頭に立つ[46]。かなりのスローペースで上がり時計を33秒台でまとめ、後続を寄せつけず勝利[46]。

2013年には山吹賞(500万下)からアポロソニックに騎乗し、前走から一転して先行策に出る[47]。5ハロン通過64秒0の超スローで引っ張り、直線では後続を突き放して逃げ切る[48]。青葉賞でも好枠を利してハナを奪うと、直後2頭のマークが厳しかったが、直線に向いてからも余裕十分の手応えを見せる[49]。残り1ハロンを過ぎてからは二枚腰を使い、ゴール寸前までしぶとく粘り、勝ったヒラボクディープを交わすまで手間取らせる2着[49]。東京優駿では前半1000m通過60秒3→1200m1分12秒2と完璧な平均ペースでレースを先導し、途中から行きたがったメイケイペガスターに先頭を譲る場面もあったが、最後は1度交わされたペプチドアマゾンを差し返して3着にとどまった[50]。

2014年の優駿牝馬では18頭中17番人気のニシノアカツキでスタートは出遅れたが、前半はじっくり折り合い、勝負どころから早めにスパートすると、外を回りながら最後まで長くいい脚を使って見せ場十分の4着と健闘[51]。朝日杯フューチュリティステークスでは14番人気のアルマワイオリで3コーナーからも内に閉じ込められて動けなかったが、直線でバラけると、内めからしぶとく脚を伸ばして2着に入った[52]。

2016年のダイヤモンドステークスではトゥインクルで3コーナーを回り始めたところから早めに仕掛けていき、直線でも脚色の衰えを見せることなく、後続との差を徐々に広げていく[53]。直線半ばでようやく差を詰めにかかるフェイムゲームに4馬身差のセーフティリードを保ち、重賞初勝利に導いた[53]。

2017年のマーチステークスでは10番人気のインカンテーション[54]でゲートが開くと内枠からダッシュよく先行し、ハナを叩いたコクスイセン、押して前に迫っていったアスカノロマンやディアデルレイを捌いて内の3番手に付ける[55]。道中は飛ばす逃げ馬を見ながら、1000m通過60.7秒というミドルペースを坦々と追走し、折り合いに気をつけながら仕掛けどころを窺う[55]。勝負どころの4コーナーで馬群が詰まると、手を激しく動かせたが、馬群を割ってじわじわと伸びる[55]。一瞬は外のディアデルレイが前に出る場面もあったが、残り50mほどで2着馬を競り落とすと、半馬身差を付けたところでゴールし、実に約2年ぶりの勝利となった[55]。

2018年からはニシノデイジーの主戦騎手を務め、札幌2歳ステークスでは3コーナー8番手から4コーナーで2番手まで押し上げ、最後は先に抜け出したホッカイドウ競馬のナイママをクビ差で競り落とした[56]。東京スポーツ杯2歳ステークスでは道中は中団から内ラチ沿いを回り[57]、行きたがるのを何とか我慢させて追走[58]。直線でもなかなか前が開かなかったが[58]、追い出しをワンテンポ我慢し[57]、馬群がばらけたところでスパート[57]。残り300mで1頭分の外に進路を見つけて追い出されるとグイグイと伸びてゴール寸前差し切り[58]、4着までが同タイムでフィニッシュする大混戦を制して重賞連勝となった[57]。ホープフルステークスでは好位の内を進み、勝負どころで前が詰まる苦しい展開になり、直線は内から懸命に迫うも3着までが精一杯であった[59]。

ニシノデイジーの東スポ杯2歳Sが最後の重賞勝利となり[1]、2021年にはセイウンコウセイでキーンランドカップ3着[60]に入り、12月28日の中山第6競走2歳新馬・ハイリミットカフェ(14頭中7着)[61]で史上16人目のJRA通算15000回騎乗を達成[62]。

現役最終騎乗後の勝浦(写真奥)と吉田(手前)

2024年4月6日は同14日付で騎手免許の取消申請を行い、引退する事を表明[63]。

正式に引退を発表した後の2週間では24頭の騎乗馬が集まり、2勝、2着4回を記録し、JRA通算成績を967勝まで伸ばした[1]。

13日の中山第3競走3歳未勝利・キングクレオールが最後の勝利[64]となり、最後の騎乗となった14日の中山第7競走4歳以上1勝クラス・ニシノピウモッソで2着[64]。ニシノピウモッソは西田の管理馬、勝ったグランフォーブルの鞍上は懇意にしていた吉田豊であった[1]。

最終騎乗を終えた時の勝浦(騎乗馬ニシノピウモッソ)

同年5月4日の東京の最終競走終了後に引退式が行われ[65]、引退後は競馬評論家に転身。グリーンチャンネル「中央競馬全レース中継」やテレビ東京「ウイニング競馬」へのゲスト出演をはじめ、競馬関連の各種イベントへ出演している[66]。

2026年からはインゼルサラブレッドクラブの広報に就任したほか、自身のYouTubeチャンネル「勝浦正樹 YouTubeチャンネル(仮)」も開設した[67][68]。その後視聴者公募により同年6月19日にチャンネル名を「馬勝ちゃんねる【勝浦正樹】」に決定した。

人物

「最終の勝浦」の異名を持ち、その日の最終競走(通常の場合は第12競走)で人気薄の馬を上位に持ってくるなどの活躍が目立った。

ばんえい競馬のイベント、JRAジョッキーDayのエキシビジョンレースに第1回より参加している。2017年の第11回では悲願の初勝利を挙げた[69]。

好きなスポーツは大相撲とゴルフ。相撲は両国国技館へ足を運ぶほどの熱心なファン(好角家)でもある。

騎乗成績

日付競馬場・開催競走名馬名頭数人気着順
初騎乗1997年3月2日2回中山4日2R4歳未勝利ミッシーダンサー14頭1314着
初勝利1997年6月14日1回福島1日1R4歳未勝利ファンタジー12頭11着
重賞初騎乗1997年9月21日4回中山6日11Rセントライト記念タヤスアストラル12頭1012着
重賞初勝利1999年2月14日1回東京6日11R共同通信杯4歳Sヤマニンアクロ14頭101着
GI初騎乗1999年4月18日3回中山8日11R皐月賞ヤマニンアクロ17頭1010着
GI初勝利2002年5月4日3回東京6日11RNHKマイルカップテレグノシス18頭41着
最終騎乗2024年4月14日3回中山8日7R4歳以上1勝クラスニシノピウモッソ16頭12着
年度1着2着3着騎乗数勝率連対率複勝率
1997年111325247.045.097.198
1998年503946475.105.187.284
1999年345140547.062.155.229
2000年425442629.067.153.219
2001年314241523.059.140.218
2002年536157706.075.161.242
2003年474761585.080.161.265
2004年475156704.067.139.219
2005年364141681.053.113.173
2006年354267686.051.112.210
2007年434256770.056.110.183
2008年354947678.052.124.193
2009年455060704.064.135.220
2010年365063728.049.118.205
2011年545656694.078.159.239
2012年434144524.082.160.244
2013年516054710.072.156.232
2014年 46 53 55 644 .071 .154 .239
2015年 50 60 46 715 .070 .154 .218
2016年 38 37 46 674 .056 .111 .180
2017年 31 49 43 615 .050 .130 .200
2018年 27 39 42 554 .049 .119 .195
2019年 16 26 25 393 .041 .107 .170
2020年 17 19 31 405 .042 .089 .165
2021年 19 23 25 410 .046 .102 .163
2022年 16 23 16 335 .048 .116 .164
2023年9913244.037.074.127
2024年57294.053.128.149
中央 967 1134 1200 15674 .062 .134 .211
主な騎乗馬

表彰歴

  • フェアプレー賞(関東)(2001年度、2002年度、2006年度、2009年度、2010年度、2011年度、2012年度、2015年度、2016年度、2017年度[70])
  • 中央競馬騎手年間ホープ賞(2002年度)[30]

出典

  1. 1 2 3 4 5 6 “手渡し願書で始まった勝浦正樹の騎手人生。最後の騎乗でのエピソード(平松さとし) - エキスパート - Yahoo!ニュース”. news.yahoo.co.jp. 2026年10月1日閲覧。
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関連項目

外部リンク