國領經郎
國領 經郎(こくりょう つねろう、1919年 <大正8年> 10月12日[1] - 1999年 <平成11年> 3月13日[1])は、日本の洋画家。日本芸術院会員。位階は従四位。
来歴
神奈川県横浜市井土ヶ谷生まれ[1]。1939年、東京美術学校図画師範科卒業[1]。小林万吾、南薫造、伊原宇三郎らに油彩画を学び、矢沢弦月らに日本画を学ぶ[1]。
1947年、日展初入選[1]、1955年、日展特選[1][2]、光風会賞受賞[2]。1968年、横浜国立大学教育学部助教授[1]。1969年、改組日展特選[1][2]。1971年、日展特選[2]。1982年、第2回宮本三郎記念賞受賞[1]。1986年日展で内閣総理大臣賞受賞[1][2]。1991年、日本芸術院賞受賞[1][2]、日本芸術院会員[1][2]。1992年紺綬褒章受章、日展常務理事(以降没年まで)。1994年、勲三等瑞宝章受章[3]。
1999年3月13日、肺炎のため死去[1]。死没日付をもって叙従四位[4]。同年4月、横浜美術館で國領經郎展が開催された。この展覧会は本来個展として実施予定だったが[1]、追悼展となった。同年11月の第31回日展に遺作が出品された。
砂をモチーフとした画家として著名である[1]。1950年代後半から様々な点描法による風景画を試みていたが、1960年代中頃より徐々に砂のある風景を描くようになり、技法もモチーフも変化していった[1]。以降は若者の群像、砂丘や風紋、海や舟、鳥などのモチーフで構成した「砂の風景」をテーマに数多くの作品を描き、彼の作品群のメインテーマとなった[1]。
主な作品
著書など
- 中学校美術科基本的事項の指導 2 高山正喜久共編 明治図書出版 1971(共編)
- 国領経郎 裸婦 学習研究社 1983
- 国領経郎 砂の風景 学習研究社 1985
- 国領経郎展 日動画廊 1993
- 國領經郎展 横浜美術館 1999