西山真一

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西山 真一(にしやま しんいち、1906年7月20日 - 1989年4月19日)は、洋画家、日本芸術院会員。

福井県鯖江市出身。福井師範学校(現・福井大学教育地域科学部)卒。鈴木千久馬、辻永に師事。1931年帝展初入選。人物画で出発し、戦後のパリ留学時代に風景画に転換。1980年日本芸術院賞受賞[1]。1984年日本芸術院会員。光風会常任理事。『西山真一画集』(六芸書房、2000)がある。

経歴

教員から画家へ

1906年(明治39年)7月20日、福井県今立郡に生まれた。片上尋常小学校を経て、1926年に福井県師範学校を卒業し、同じ今立郡の岡本尋常高等小学校の教員になった。1929年に文部省の検定試験(図画・用器画)に合格し、翌1930年に上京した。東京府荏原郡の旭小学校で図画専科の訓導を務めながら、9月から自由ケ丘研究所に通った[2]。

1931年、第18回光風会展に「風景」で初めて入選した。鈴木千久馬に師事し、同じ年の第12回帝展にも「初秋風景」で初入選している。1938年の第25回光風会展には「描く子供達」「蜜柑畠」「初秋」を出してI氏賞を受けた。光風会では1940年に会友、1942年に会員となった[2]。

戦後

戦後も光風会展と日展に出品を続け、1949年の第5回日展に出した「夏日」で特選となった。1954年の正月にフランスへ渡り、アカデミー・グラン・ショーミエールで学んで、1955年の夏に帰国した。それまでは人物画が多かったが、帰国後は風景画を主に描くようになった[2]。

1958年に日展会員、1964年に日展評議員となった。1973年の第5回改組日展に出品した「トレド風景」で文部大臣賞を受けた。1980年には、前年の第11回日展の「六月の頃」などによって日本芸術院賞を受け、1984年に日本芸術院会員となった。1985年には東京・渋谷の東急百貨店本店で芸術院会員就任の記念展が、1987年には郷里の福井県立美術館で回顧展が開かれた[2]。

1989年4月19日、脳梗塞のため東京警察病院で亡くなった。82歳だった[2]。

作風

筆致は奔放で力強く、絵具を厚く重ねたマチエールと明るい色彩を特徴とする。箱根や東尋坊など各地の風景画で知られる。ヨーロッパに渡ったころは石造りの建物の並ぶ町の風景を好んで描いたが、晩年になるにつれて郊外の自然から題材を取ることが多くなった[2]。

関連項目

脚注

  1. ↑ 『朝日新聞』1980年3月5日(東京本社発行)朝刊、22頁。
  2. 1 2 3 4 5 6 「西山真一」『日本美術年鑑』平成2年版、238-239頁(東京文化財研究所 物故者記事、2026年10月26日閲覧)。

外部リンク