堤俊輔

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堤 俊輔
名前
愛称 ウメチャン (スッパマン)
カタカナ ツツミ シュンスケ
ラテン文字 TSUTSUMI Shunsuke
基本情報
国籍 日本の旗 日本
生年月日 (1987-06-08) 1987年6月8日(37歳)
出身地 埼玉県新座市
身長 179cm
体重 75kg
選手情報
ポジション DF (LSB、CB)
利き足 右足
ユース
2000-2005 日本の旗 浦和レッズ
クラブ1
年 クラブ 出場 (得点)
2006-2011 日本の旗 浦和レッズ 19 (0)
2010 →日本の旗 ロアッソ熊本 (loan) 18 (0)
2011 →日本の旗 栃木SC (loan) 5 (0)
2012-2018 日本の旗 アビスパ福岡 188 (5)
2019 日本の旗 鹿児島ユナイテッドFC 33 (0)
通算 263 (5)
1. 国内リーグ戦に限る。
■テンプレート(■ノート ■解説)■サッカー選手pj

堤 俊輔(つつみ しゅんすけ、1987年6月8日 - )は、埼玉県新座市出身の元プロサッカー選手でJFA登録仲介人。現役時代のポジションは左サイドバック、センターバック。

来歴

中学生・高校生年代では、浦和レッズジュニアユース、ユースに所属。ユース時代にはキャプテンを務めた。2005年の8月に2種登録選手としてトップチームに登録され[1]、以後のトップチームへの帯同を経て、翌2006年、西澤代志也、小池純輝とともにトップチームに昇格した[2]。なお、宇賀神友弥もユース時代の同期である。

2006年はU-19代表に招集され、AFCユース選手権に出場したものの、浦和では公式戦で使われるどころかサブにも入れない日が続いた。その後天皇杯でベンチ入りし、優勝の瞬間を間近に見ることができた。翌2007年シーズン、トップでの試合経験がないことを理由にU-20ワールドカップメンバー入りを逃したが、同時期に行われたA3カップ、山東魯能戦で公式戦初出場。また、ナビスコカップ1回戦G大阪戦で国内戦デビューを果たした。

2008年、ホルガー・オジェックからゲルト・エンゲルスへの監督交代後のJ1第3節・新潟戦でリーグ戦初出場すると、チームのリーグ戦初勝利に貢献し、坪井慶介に変わりレギュラーに定着。

同年5月1日、大原サッカー場近くで自動車を運転中にバイクと接触事故を起こした。双方とも怪我はなかったが、チームではオジェック、内舘秀樹に続いて3件目であり、チームから厳重注意処分を受けた。

2008年シーズン終盤、トレーニング中に左ひざ前十字じん帯断裂の重傷を負い、シーズン終了後に手術を受けた。フォルカー・フィンケから「堤がいるので補強を見送った」と言われるほど[3] 左サイドバックとして高い期待を受けたものの、新しい靭帯が上手く適合せず再手術となってしまい、2009年シーズン中の復帰は絶望的と言われていたが、10月下旬よりトレーニングに部分合流。11月からはほぼ全てのトレーニングに合流し、練習試合にも出場できるまで回復した。

2010年2月20日に行われたプレシーズンマッチ、対徳島戦で左サイドバックとして先発出場。久々に実戦復帰を果たし、シーズン開始後はリーグ戦とカップ戦、それぞれ1試合に出場。しかし、長期離脱した影響で試合勘が戻っておらず低調なパフォーマンスに終始し、その後は出場機会に恵まれず、同年6月よりロアッソ熊本に期限付き移籍した[4]。熊本では移籍直後からDF市村篤司の故障もあり、主力選手として活躍し、熊本の上位進出に貢献した。

シーズン終了後の2010年12月8日、2011年から浦和へ復帰することが発表された[5]。だが2011年は1試合に出場することもなく、7月14日に栃木SCへ期限付き移籍することが発表されたが[6][7]、同年12月2日、栃木との期限付き移籍期間満了及び所属先である浦和から契約満了に伴い来シーズンの契約を更新しないことが発表された。

2012年より、アビスパ福岡へ完全移籍。移籍初年度の2012年は、調子の波があり本来の実力を発揮できなかったが、2013年は開幕戦となる第1節の東京V戦(味の素ス)でスターティングメンバ―に起用されると、その後も主力選手として完全に定着。第13節の横浜FC戦(ニッパツ三ッ沢)では、決勝点となるプロ入り初ゴールを決めている。

2018年シーズン終了後、契約満了により退団[8]。同年12月12日、フクダ電子アリーナで行われたJリーグ合同トライアウトに出場した[9]。

2019年、鹿児島ユナイテッドFCに加入。センターバックとして33試合に出場するがチームは21位でJ3降格となり、シーズン終了後契約満了で退団[10]、翌2020年1月22日に引退を発表[11]。

現役引退後はSARCLE所属の代理人に転身した[12]。

エピソード

所属クラブ

個人成績

国内大会個人成績
年度クラブ背番号リーグ リーグ戦 リーグ杯オープン杯 期間通算
出場得点 出場得点出場得点 出場得点
日本 リーグ戦 リーグ杯天皇杯 期間通算
2006浦和36J100000000
20071200200020
20081805010240
200900000000
20101010-20
熊本19J2180-20200
2011浦和J10000-00
栃木29J250-1060
2012福岡230-10240
201319401-00401
2014424-00424
2015400-20420
2016J11503020200
2017J2170-20190
2018110-20130
2019鹿児島330-10340
通算日本J1 34011030480
日本J2 2295-1102405
総通算 26351101402885
  • 2005年 2種登録選手としての公式戦出場は無し

その他の公式戦

国際大会個人成績
年度クラブ背番号出場得点
AFCACL
2008浦和1210
通算AFC 10

その他の国際公式戦

代表歴

脚注

  1. ↑ レッズユース3選手を、Jリーグ出場可能選手として登録 - 浦和レッズ オフィシャルサイト(2005年8月26日)
  2. ↑ 新加入選手、内定のお知らせ - 浦和レッズ オフィシャルサイト(2005年11月15日)
  3. ↑ Jリーグ第3節前日 フィンケ監督 - 浦和レッズ オフィシャルサイト(2009年3月20日)
  4. ↑ 堤 俊輔選手、浦和レッズより期限付き移籍加入のお知らせ - ロアッソ熊本公式サイト 2010年6月13日閲覧
  5. ↑ 堤俊輔、期限付き移籍から復帰 - 浦和レッズ オフィシャルサイト(2010年12月8日)
  6. ↑ “堤 俊輔、栃木SCに期限付き移籍”. 浦和レッドダイヤモンズ. (2011年7月14日) 2011年7月16日閲覧。
  7. ↑ 堤俊輔選手期限付き移籍加入のお知らせ - 栃木SC公式サイト 2011年7月14日閲覧
  8. ↑ 『アビスパ福岡 契約満了選手のお知らせ』(プレスリリース)アビスパ福岡、2018年11月22日。2018年12月14日閲覧。
  9. ↑ “2018 JPFAトライアウト”. sportsnavi (2018年12月12日). 2022年12月3日閲覧。
  10. ↑ 堤 俊輔 選手 契約満了のお知らせ2019年11月28日 鹿児島ユナイテッドFC
  11. ↑ 堤 俊輔 選手 現役引退のお知らせ2020年1月22日 鹿児島ユナイテッドFC
  12. ↑ “仲介人リスト”, 日本サッカー協会 2021年3月1日閲覧。
  13. ↑ 利き腕は左である。野球は左投げ、食事の際は箸を左手で持つ。(小齋秀樹著「浦和レッズ敗戦記」81ページより)
  14. ↑ - 堤俊輔オフィシャルブログ「1.2.3.アビスパー!」
  15. ↑ - 堤俊輔オフィシャルブログ「1.2.3.アビスパー!」

関連項目

外部リンク