宇賀神友弥

ウィキペディアから、無料の百科事典
宇賀神 友弥
名前
愛称 ウガ
カタカナ ウガジン トモヤ
ラテン文字 UGAJIN Tomoya
基本情報
国籍 日本の旗 日本
生年月日 (1988-03-23) 1988年3月23日(36歳)
出身地 埼玉県戸田市
身長 172cm
体重 71kg
選手情報
ポジション MF / DF
利き足 右足
ユース
2000-2002 浦和レッズジュニアユース(戸田市立戸田中学校)
2003-2005 浦和レッズユース(埼玉県立いずみ高等学校)
2006-2009 流通経済大学
クラブ1
年 クラブ 出場 (得点)
2010-2021 浦和レッズ 293 (16)
2022-2023 FC岐阜 64 (4)
2024 浦和レッズ 2 (0)
代表歴
2017-2018 日本の旗 日本 1 (0)
1. 国内リーグ戦に限る。2024年12月8日現在。
■テンプレート(■ノート ■解説)■サッカー選手pj

宇賀神 友弥(うがじん ともや、1988年3月23日 - )は、埼玉県戸田市出身の元プロサッカー選手。現役時代のポジションはミッドフィールダー、ディフェンダー。元日本代表。

来歴

プロ入り前

中学・高校年代ではジュニアユース・ユースと浦和レッズのアカデミーに所属し、同期には堤俊輔、西澤代志也、小池純輝らがいたが、トップ昇格は果たせず、流通経済大学に進学。流通経済大学でも当初はRKU-19、20、21、22(サテライトチーム)からのスタートでクラブ・ドラゴンズ(社会人チーム)流通経済大学FC(社会人チーム)を経てトップチーム(学生リーグ用)に昇格した。

2009年シーズン途中に流通経済大学に在籍しながら、特別指定選手として浦和にトップチーム登録された[1]。

浦和レッズ

2009年10月21日、2010年シーズンより正式に浦和に加入する事が発表された[2]。ユース→大学→トップチームという経歴の選手は、浦和では宇賀神が初となる。

2010年、キャンプや練習試合で左サイドバックとして質の高いプレーを披露し、2月20日に行われたプレシーズンマッチ・徳島ヴォルティス戦では柏木陽介、ロブソン・ポンテが欠場したことにより左サイドハーフとして先発出場した。この試合では序盤から積極的なプレーで攻撃陣を牽引し、後半には鋭い突破から精度の高いクロスを上げエスクデロ競飛王のゴールをアシストした。そして3月6日のJ1第1節・鹿島アントラーズ戦で左サイドバックとして先発出場。これがプロでの公式戦デビューとなった。その後はウィルフリード・サヌと左サイドバックのポジションを争う中でJ1第15節の京都サンガF.C.戦で途中出場し、J1初得点を記録。J1第18節・名古屋グランパス戦では一時同点となる鮮やかなミドルシュートを決めるなど、守備的なポジションでありながらも左サイドの攻撃の起点として活躍。終盤は故障での離脱を繰り返すこともあったが、最終的に公式戦32試合に出場し、3得点を記録した。

2011年は背番号を3番に変更し、開幕当初は左サイドバックのレギュラーとして定着していたが、不安定なプレーに終始しJ1第15節のサンフレッチェ広島戦から平川忠亮にポジションを奪われてしまった。その後も故障や体調不良に悩まされ、前年から大きく出場機会を減らすこととなった。

2012年は、ベンチスタートが多いものの途中出場ではコンスタントに出場。また、左ウィングバックの梅崎司が2シャドーに入る試合は左ウイングバックでスタメン出場している。

2015年からは橋本和の加入で右ウイングバックにコンバートを予想されたが、橋本とのポジション争いに競り勝ってスタメン出場しているが、右ウイングバックでも出場した。この年はJ1最多タイの9回の警告を受けた[3]。

2016年は左ウイングバックでスタメン出場を続け、日本代表サポートメンバーに選出された。Jリーグ2ndステージ第9節で槙野智章が負傷し遠藤航が槙野の代わりにサッカー日本代表に選出されたため、Jリーグカップ準々決勝のヴィッセル神戸戦は自身初の左センターバックで出場した。また準決勝第2戦のFC東京戦も左センターバックで出場したほか、阿部勇樹が肋骨を骨折し出場を回避したためキャプテンマークを巻いた。

2018年12月9日、天皇杯決勝のベガルタ仙台戦では決勝ゴールを決めて優勝に貢献した。

2021年11月18日、浦和レッズとの契約が満了となり、今季限りで退団することをクラブが発表した[4]。

FC岐阜

2022年、FC岐阜へ完全移籍[5]。FC岐阜社長の小松裕志は浦和レッズユースの同級生であり、また浦和でチームメイトだった柏木が在籍していた縁もあって移籍を決断した[6]。

浦和レッズ復帰

2024年1月9日、古巣・浦和レッズへ完全移籍で加入することが発表された[7]。3年ぶりの復帰となる[8]。6月30日、J1第21節ジュビロ磐田戦で途中出場し、浦和での公式戦通算400試合出場を達成し勝利に貢献した。11月25日、今シーズン限りでの現役引退を表明した[9]。

2024年12月8日のJ1第38節・アルビレックス新潟戦をもって現役引退。

2025年より、浦和レッズの強化部への入閣が決まった。

日本代表

2017年5月25日、日本代表に初選出された[10]。2018年3月23日、酒井宏樹の代役として国際親善試合・マリ戦で右サイドバックとして先発出場し日本代表デビューを果たした。しかし、前半終了間際にPKを与えてしまい、前半の出場のみで交代した[11]。

人物・エピソード

  • 金久保順、船山貴之、石川大徳、林彰洋は大学の同期。また1年後輩に浦和でチームメイトになる武藤雄樹がいた[12]。
  • トップチームに昇格出来なかった悔しさから、流通経済大学在学中は「ライバルクラブ、大宮アルディージャの選手として埼スタに乗り込んで、レッズを倒したい」と思っていたという[13]。また、浦和への練習参加の話もユース時代の同僚に「成長していないと思われるのが嫌だ」と当初は拒否の姿勢を示していた中での参加だったが、そこでフォルカー・フィンケ監督に見初められ、特別指定選手として加入する事になった[14]。
  • 浦和との契約を決断したのは、2009年天皇杯でのガンバ大阪戦。本人曰く「通用しなかったらJ2から始めようと思っていた」が、得意とするプレーがある程度通用したため、J1の浦和との契約に踏み切った。また、流通経済大学の先輩にあたる宮崎智彦に「(オファーを受けたクラブの中で最も競争が厳しい)鹿島を選んだことに後悔していない」とアドバイスされたことも影響したと語っている[15]。
  • プロ入り後は、ユース時代の同期である西澤をライバルとして強く意識していると語っていた。その西澤は2010年途中、ザスパ草津へ期限付き移籍し、2011年に栃木SCへ完全移籍したが、その年の2月27日に行われたプレシーズンマッチ、栃木SC対浦和レッズ戦で西澤は右サイドバックで、宇賀神は左サイドバックで先発出場し、対面サイドでのマッチアップが実現した。
  • 2018年7月30日、地元の埼玉県戸田市にサッカースクール「エスフォルソ」ならびにフットサルコートをオープンした。
  • 2019年10月、台風19号による記録的な大雨で荒川が氾濫した際に水没した、埼玉県のサッカー場「レッズランド」と「彩湖・道満グリーンパーク」の復興支援のため「きみのて」プロジェクトを、浦和レッズのユース時代を共に過ごした現役Jリーガーたちと立ち上げた。上記クラウドファンディングで1000万円以上の支援を集めた。

所属クラブ

個人成績

国内大会個人成績
年度クラブ背番号リーグ リーグ戦 リーグ杯オープン杯 期間通算
出場得点 出場得点出場得点 出場得点
日本 リーグ戦 リーグ杯天皇杯 期間通算
2006流経大-JFL20-0020
2007ドラゴンズ8関東2部--
2007流経大-JFL10-0010
200829182-21203
20096103-10113
2010浦和35J12624021323
201131404030210
20122424230314
20133115000361
20143134011364
20153112031362
20162634010313
20172200010230
20182923062384
20192111020241
202019010-200
20211918061332
2022岐阜30J3303-00303
20233341-10351
2024浦和35J12000-20
通算日本J1 2951640228636324
日本J3 644-10654
日本JFL 315-31346
日本関東2部 --
総通算 3902540232746234

その他の公式戦

国際大会個人成績 FIFA
年度クラブ背番号出場得点出場得点
AFCACLクラブW杯
2013浦和350-
201530-
201651-
20176110
201980-
通算AFC 27210

その他の国際公式戦

タイトル

クラブ

浦和レッズ

個人

  • 浦和レッズ後援会 会長賞:1回(2018年)
  • 浦和レッズ後援会 特別功労賞:1回(2024年)
  • 戸田市スポーツ賞:1回(2018年)

代表歴

試合数

  • 国際Aマッチ 1試合 0得点(2017年 - 2018年)
日本代表国際Aマッチ
年出場得点
201700
201810
通算 10

出場

No. 開催日 開催都市 スタジアム 対戦国 結果 監督 大会
1. 2018年3月23日ベルギーの旗 リエージュスタッド・モーリス・デュフランマリ共和国の旗 マリ△1-1ハリルホジッチ国際親善試合

脚注

  1. ↑ 宇賀神友弥選手、特別指定選手承認
  2. ↑ 宇賀神友弥選手(流通経済大学)加入内定
  3. ↑ 2015明治安田生命J1リーグ選手ランキング Soccer D.B.
  4. ↑ 阿部勇樹、槙野智章に続き…浦和MF宇賀神友弥が今季限りで退団 サッカーキング(2021年11月18日)2021年11月20日閲覧。
  5. ↑ 宇賀神友弥選手、浦和レッズ(J1)より完全移籍加入のお知らせ FC岐阜(2022年1月3日)2022年1月4日閲覧。
  6. ↑ “浦和ユース同級生の社長から「ウガ、一緒に上を目指さないか?」宇賀神友弥が13年目の初移籍で「J3岐阜」を選んだ理由”. Number web (2022年3月18日). 2022年3月23日閲覧。
  7. ↑ “宇賀神友弥選手 完全移籍加入のお知らせ”. 浦和レッドダイヤモンズ公式サイト (2024年1月9日). 2024年1月14日閲覧。
  8. ↑ “「共に闘いましょう。ただいま」サッカー元日本代表 宇賀神友弥が浦和に復帰”. 日テレNEWS NNN (2024年1月10日). 2024年1月14日閲覧。
  9. ↑ “宇賀神友弥 現役引退のお知らせ”. 浦和レッドダイヤモンズ公式サイト (2024年11月25日). 2024年11月25日閲覧。
  10. ↑ 初選出のG大阪DF三浦弦太「遠慮せずに」…日本代表メンバーのJ所属選手コメント一覧 ゲキサカ、2017年5月25日
  11. ↑ 代表デビュー戦でまさかのPK献上。不完全燃焼の宇賀神友弥が漏らしたのは… サッカーダイジェスト 2018年3月24日
  12. ↑ 武藤雄樹や宇賀神友弥などJリーガー多数…流通経済大出身の主な選手 ゲキサカ(2015年9月9日)
  13. ↑ 宇賀神、出戻りシンデレラボーイ 決勝PK演出!…浦和今季初勝利
  14. ↑ "浦和レッズのレジェンドが1日でプロ入りを決めた奇跡!人生を一変させた監督のひと言". Asagei Plus. 徳間書店. 18 October 2024. 2024年10月18日閲覧。
  15. ↑ 週刊サッカーダイジェスト 2010年4月6日号 p.22 インタビュー 宇賀神友弥(浦和)「運命の遠回り」
  16. ↑ 試合速報|浦和レッドダイヤモンズ公式サイト

関連項目

外部リンク