大阪府立天王寺高等学校

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大阪府立天王寺高等学校
北緯34度38分23.2秒 東経135度31分15.4秒 / 北緯34.639778度 東経135.520944度 / 34.639778; 135.520944
過去の名称 大阪府第五尋常中學校
大阪府第五中學校
大阪府天王寺中學校
大阪府立天王寺中學校
国公私立の別 公立学校
設置者 大阪府の旗 大阪府
学区 大阪府内全域
校訓 自由闊達・質実剛健
設立年月日 1896年2月1日(130年前) (1896-02-01)
創立記念日 4月24日
共学・別学 男女共学
課程 全日制の課程
単位制・学年制 学年制
設置学科 文理学科
学校コード D127210000130 ウィキデータを編集
高校コード 27156A
所在地 〒545-0005
大阪府大阪市阿倍野区三明町二丁目4番23号
外部リンク 公式ウェブサイト
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大阪府立天王寺高等学校(おおさかふりつ てんのうじこうとうがっこう、英: Osaka Prefectural Tennoji High School)は、大阪府大阪市阿倍野区三明町二丁目にある公立の全日制専門学科(文理学科)高等学校。略称および通称は天高(てんこう)。

概要

1896年に大阪府第五尋常中学校として創立した。大阪市内の旧制中学校としては二番目の創立である。

文部科学省から『スーパーサイエンスハイスクール(SSH)』に指定されており、学力の伸長、進路指導に重点をおく。希望する生徒への勉強合宿なども実施されている。卒業生のほとんどが4年制国公立大学への進学を希望する。

全国高等学校ラグビーフットボール大会で2度の優勝経験がある。

姉妹校は、オーストラリア ブリスベンのクイーンズランド州立 Holland Park State High Schoolで、継続的に双方向で国際交流を積極的に行っている。[1][2][3]

沿革

略歴

大阪府第一尋常中学校(現在の大阪府立北野高等学校)の過密を解消する目的で、1896年に同校を分割する形で大阪府第五尋常中学校として開校した[4]。

当時、大阪市内で唯一の府立中学校(旧制中学校)であった第一尋常中学校は、小学校制度の変更により3学年が同時に入学資格を得たことなどから志願者・入学者が急増し、学校が過密化し生徒収容が困難な状況であった。このため、第一尋常中学校の学区を分割する形で大阪市内に中学校を増設することになった。

1896年2月1日付で設置の大阪府第五尋常中学校は、初年度の入学試験を第一尋常中学校と合同で実施した。受験生の住所によって、市内北部在住者は第一尋常中学校に、南部在住者は第五尋常中学校へと振り分けた。また、第一尋常中学校の在籍者についても、南部在住188人を第五尋常中学校へ転校させている。同年4月、東成郡西高津村(現在の天王寺区下寺町1丁目)の大蓮寺境内で授業を開始した。

翌1897年には東区東平野大字南平野(現在の天王寺区上本町8丁目、大阪国際交流センター所在地)へと移転した。さらに1919年、東成郡天王寺村大字天王寺字三明(現在の阿倍野区三明町2丁目4番23号)の現校地に移転している。

1927年1月22日には失火により校舎を焼失し、西区江之子島上之町(現在の西区江之子島2丁目)の旧大阪府庁舎、次いで天王寺区北山町の旧大阪府女子師範学校跡(現在の大阪府立夕陽丘高等学校の敷地)を使用して授業を継続した。1929年6月には校舎が復旧し、元の場所に復帰している。

第二次世界大戦の際には、戦時体制として4年制への短縮(旧制中学校は5年制)や勤労動員などが実施された。1945年3月13日の大阪大空襲では、食堂や倉庫など学校の一部を焼失している。

1947年には学制改革により新制中学校が発足したことに伴い、旧制中学校としての新入生募集はおこなわなかった。1947年時点の旧制中学校の第2学年・第3学年については新制中学校に移行し、過渡的に併設中学校を設置した。また空き教室の一部を、新制大阪市立東住吉第一中学校(現在の大阪市立東住吉中学校)と大阪市立東住吉第三中学校(現在の大阪市立田辺中学校)に貸し出した。

翌1948年に新制の高等学校制度が発足し、大阪府立天王寺高等学校となった。高校1年と併設中学校3年の2学年について、大阪府立夕陽丘高等学校(旧制夕陽丘高等女学校)と教職員・生徒を半分ずつ交換して男女共学になった。両校とも原則として関西本線線路を境に、北部在住者は夕陽丘高校・南部在住者は天王寺高校へ振り分けられることになった。しかし生徒の居住地分布に偏りがあったことなどから、例外もかなりあったという[5]。同年5月には、校舎を新制東住吉第一中学校・東住吉第三中学校の2校に全面転用するようGHQの指令があり、大阪府立夕陽丘高等学校内に移転して同校と同居する形になった。その後新制中学校が独立校舎を設置して退去したため、1950年から1951年にかけて段階的に元の校舎に復帰している。

1960年代後半には学生運動の影響を受け、受験偏重への教育課程への批判も高まった。受験偏重の教育課程を組んだために必修科目の履修漏れがあったなどと1970年2月に新聞で全国報道され、4月より教育課程を是正している[5]。旧制中学校時代より制服制度を導入していたが、1971年になり服装自由化を求める声が高まった。私服で登校する生徒も現れ、また自由化を求めて生徒自治会役員に当選した生徒もいた。生徒・教職員代表による協議会での合意を経て職員会議で承認され、同年11月22日より服装自由化を実施している[5]。

1991年12月には創立100周年を控えて「将来構想委員会」が設置され、学校の将来像や特色づくりが検討された[5]。「将来構想委員会」は1992年、特色づくりの一つとして理数科の設置を提言、それを受け1993年に実現の運びとなった。同年、「将来構想委員会」は学校週5日制への対応と学力向上を掲げ、2学期制の導入を提言、翌1994年度より実施されている。2学期制の導入は大阪府立の高校としては初めてだった(大阪府立布施高等学校と同時導入)。

2009年には大阪府教育委員会から「進学指導特色校」設置の構想が示され、天王寺高校も対象校となった。これに伴い2011年度入学生より理数科を改編し、文理学科を設置した。天王寺高校は進学指導特色校10校の中でも大阪府立北野高等学校と並んで人気が高く[6]、2016年度入学者選抜より普通科を廃止して文理学科のみの募集となった。

定時制

1951年、「大阪市南部における全日制課程の高等学校教育を受けることの出来ない好学の者[5]」を対象に、普通科2学級・100名で発足した。2005年、大阪府の定時制高校再編方針により募集を停止し、2008年3月に閉課程となった。

年表

  • 1896年2月1日 - 大阪府第五尋常中学校として創立。
  • 1896年4月13日 - 東成郡西高津村(現天王寺区下寺町1丁目)の大蓮寺境内で授業を開始[7]。
  • 1897年12月22日 - 東区東平野町大字南平野(現天王寺区上本町8丁目)に移転。
  • 1899年 - 大阪府第五中学校に改称。
  • 1901年6月3日 - 大阪府立天王寺中学校に改称[7]。
  • 1919年 - 東成郡天王寺村三明(現・阿倍野区三明町2丁目4番23号)の現校地に校舎が完成し、移転。
  • 1927年1月22日 - 失火により1棟を残し校舎が焼失[8]。旧大阪府庁舎で授業継続。3月13日、旧大阪女子師範学校跡に仮校舎を設置。
  • 1929年6月5日 - 新校舎が完成し、現在地に復帰[7]。
  • 1945年3月13日 - 第1回大阪大空襲により、校舎の一部が焼失。
  • 1948年4月1日 - 学制改革により大阪府立天王寺高等学校に改称[7]。
  • 1948年4月24日 - 大阪府立夕陽丘高等学校(旧制夕陽丘高等女学校)と教職員・生徒を半分ずつ交換して男女共学となる。
  • 1948年5月 - 校舎を新制中学校(東住吉中学校・田辺中学校)へ全面転用するため、夕陽丘高校内に仮移転。
  • 1950年4月15日 - 1年生・3年生が現在地に復帰。
  • 1951年4月1日 - 定時制課程(普通科)を併設。全日制課程に女子コース(家庭科コース)を併置。
  • 1951年4月8日 - 全学年が現在地に復帰。
  • 1952年4月8日 - 東住吉中学校が独立校舎に完全移転。これに伴い校舎は全面返還される。
  • 1953年 - 交流先の夕陽丘高校との間で、体育系クラブの親善スポーツ大会「夕陽戦」(天高戦)が始まる(1985年まで毎年開催)。
  • 1964年 - 全日制課程の女子コース(家庭科コース)を廃止。
  • 1971年11月22日 - 服装自由化実施。
  • 1992年 - 新校舎(現校舎)完成。
  • 1993年 - 全日制課程に理数科を設置。
  • 1994年 - 2学期制を実施。
  • 1998年 - 台風により『あしび山荘』が損壊、2000年に新『あしび山荘』完成。
  • 2002年 - 大阪府教育委員会よりエル・ハイスクール事業の指定を受ける(2003年度から2007年度までの5年間)。
  • 2004年 - スーパーサイエンスハイスクール(SSH)に指定される。
  • 2006年 - 創立110周年、夕陽丘高校創立100周年を記念し、「夕陽戦」(天高戦)が21年ぶりに復活(以後、毎年開催)。
  • 2007年4月 - 公立高の新4学区制導入に伴い、通学区が拡大。第三学区となる。スーパーサイエンスハイスクールに再び指定される(指定期間は5年間)。
  • 2008年3月 - 定時制課程が閉課程。
  • 2010年 - コアスーパーサイエンスハイスクール(SSH指定校の理数系教育における中核としての機能の強化を図るため、従来の「中核的拠点育成プログラム」及び「重点枠」を整理・統合の上平成22年度から新たに設けられた)に指定される(指定期間は2年間)。
  • 2011年 - 全日制課程に文理学科を設置。
  • 2016年 - 全日制課程の普通科を廃止。
  • 2026年 - 高校改革拠点校に選ばれる[9]。

基礎データ

所在地

大阪府立天王寺高等学校の位置(大阪府内)
大阪府立天王寺高等学校
大阪府立天王寺高等学校の位置(大阪市内)
大阪府立天王寺高等学校

通学区域

  • 大阪府内全域

アクセス

鉄道

■阪和線 JR- R21 「美章園駅」より300m[注釈 1]
■大阪環状線 JR- O02 「寺田町駅」より800m[注釈 2]
■大阪環状線・■大和路線・■阪和線 JR- O01  Q20  R20 「天王寺駅」より南東へ約1.5km(徒歩約19分)
 F02 「河堀口駅」より400m[注釈 3]
 F01 「大阪阿部野橋駅」より南東へ約1.3km(徒歩約16分)
●谷町線  T29 「文の里駅」より700m[注釈 4]
●御堂筋線
 M24 「昭和町駅」より北北東へ約900m(徒歩約11分)
 M23 「天王寺駅」より南東へ約1.4km(徒歩約18分)

バス

(6号系統)
「美章園」停留所より西北西へ約450m(徒歩約6分)
「三明町二丁目」停留所より東南東へ約500m(徒歩約6分)
(62・63・64・67号系統)
「阿倍野筋四丁目」停留所より東へ約950m(徒歩約12分)

軌道

象徴

校章

旧制中学校の「中」の字に見立てた六稜の中央に「天」を配した校章で、背後の二本線は大阪市内で二番目に創立した「大阪二中」であることを表している。

標準服

私服での登校が可能だが、標準服のブレザーまたはそれに準ずる服装の着用が望ましい、とされている(たとえ私服であっても天高バッジを着けることが義務付けられている)。携帯電話の所持は可能だが、原則校内での使用は禁止、運動会や文展などの行事では撮影機能の使用に限定しての使用が認められることがある。

設置する課程、学科、コースならびに定員

2011年度入学生から理数科を発展解消した、難関大学進学に重点を置く“文理学科”(4クラス160名)が設置され、普通科(5クラスで200名)と合わせて9クラス360名体制となった。また、医学部進学者のための、医系コースが新たに設置された(それまでは文系・理系コースに分かれていた)[要出典]。2016年度入学者選抜より普通科を廃止して、文理学科(9クラス360名)のみの募集となっている。

入学者選抜

「一般入学者選抜(全日制の課程)」が実施され、また、合格者数が募集人員に満たない場合は「二次入学者選抜」が実施される。入学者は、学力検査の成績に調査書の評定を加えた総合点により選抜された者が、校長により決定される。

総合点を算出するにあたって、「学力検査問題の種類並びに学力検査の成績及び調査書の評定にかける倍率のタイプ」はⅠであり、学力検査の満点は630点、 調査書の満点は270点とし、総合点の満点は900点となる。

また、学力検査における問題の種類については、国語、英語、ならびに数学は「発展的問題(C)」が選択されており、英語のリスニングテストの配点は約33%(3分の1)とされる。

教育課程

教育内容

校訓に『自由闊達 質実剛健』、生徒指導方針として『授業第一主義 鍛錬主義』を掲げる。2学期制で、完全学校週5日制(週休2日制)への対応として2002年より45分×7限という授業スタイルをとっている(早く授業を終わらせ、早く部活を開始し、早く家に帰って、少しでも多く勉強を出来るようにさせるため)。また、公立高校進学率日本一、呼応の教育の徹底を目標にしている。以上の方針で「天高魂」を育むことを最終目標としている。

特別活動

学校行事

「自由闊達」「質実剛健」をモットーに授業と同じく学校行事も重視しており、個性的な行事が多く存在する。

運動会

毎年5月末に実施。『祭(遊び)ではない』という考えから、体育祭ではなく「運動会」と呼ぶ。開始直後、当校独自の体操である『天高体操』を行う(通常の体育の授業でも行われている)。目玉種目はプログラム後半で、2年男子の『マスゲーム(高校生体操、組体操、棒倒し〈2017年度に廃止、2019年度に3年男子の種目として再開〉〉』と3年男子の『陸上ボート』。地元では一種の名物となっている。2009年より2年生の創作物が在学生テントの上に設置されることになった(2018年より立て看板方式へと変更)。また、運動会終了後に3年生だけが残って、学校のグラウンドで「ファイヤーストーム」が行われる。これは陸上ボートで使用したダンボールなどを燃やして、その周りで男女がペアでフォークダンスを踊るというものである。

水泳訓練

『臨海(学校)』とも呼ぶ。大阪のほとんどの学校で廃止されている伝統的行事。1年生のみ、泳力に応じて訓練する。ただし参加は希望制である。

野外生活体験学習

『林間(学校)』とも呼ぶ。1年生のみの行事で、同校山岳会(OB会)が奈良県の山中に所有している『あしび山荘』にクラス単位で1泊する。

なお、2016年度までは全員参加であったが、2017年度より希望者制となった。2018年度は猛暑のために中止になったが、夏季休業後に代替行事が行われた。

文化展示発表会

略して『文展』と呼ぶ。上記運動会と同じ理由で『文化祭』とは呼ばない。毎年9月の初〜中旬の土曜日に1日だけ行われ、舞台発表、飲食模擬店、研究発表などを開催する。

毎年、生徒自治会が中心となって運営が行われていたが、文展の趣旨を踏まえ、2011年度から運営形態を見直し、文化展示発表会実行委員会の組織が強化された。

例年、1年生は舞台発表部門、2年生は飲食部門、3年生はイベント研究発表部門に分かれて発表を行っていたが、文理科設置に伴うクラス数増加の影響により、2011年度からは、飲食模擬店を行っていた2年生の一部のクラスがイベント研究発表に回ることになり、イベント研究発表部門の学年の障壁が撤廃された。1年生の舞台発表では、各クラスが約15分間の劇を行い、審査集計が行われる。審査方法は年度によって多少異なる(毎年、アンケートを実施し改善を施しながらの実施となっている)。

海外交流

春に小論文や面接で選考された1年生3名、2年生2名の計5名が約2週間、派遣する。派遣にかかる費用は、そのほとんどが同校の同窓会から支出されるシステムがある。帰国後、次年度の生徒総会にて海外交流の報告会が行われ、海外留学前に事前に決めていた研究テーマの発表も併せて行われる。また、Holland Park State High Schoolから夏季にyear11の短期ホームステイを受け入れ、学内で数日間授業やイベントを共にする。

その他
  • 入学式
  • 遠足(全学年で4月下旬に実施)
  • 修学旅行(2年)
  • 文楽鑑賞会(2年)
  • 能楽鑑賞会(1年)
  • 長距離走大会(長居公園にて、1月下旬に開催。男子10km、女子6km)(1・2年)
  • 合唱コンクール(優勝クラスは音楽祭で歌唱)(1年)
  • 金剛登山(1年)
  • 徒歩訓練(2年)
  • 卒業式
  • 球技大会(1・2・3年)
  • 挌技大会(2年男子)
  • 水泳大会(1・2年)
  • 校内作品展(1・2年)
  • 音楽祭(天高唯一の「祭」である。参加は希望制、運営は自治会が行う。)
  • 勉強合宿(全学年の希望者)
  • 職場見学・社会人講演会(1年)

自治会活動

会長1名、副会長1名、書記2名、財政委員長1名、生活委員長1名、運動委員長1名、文化委員長1名の計8名で構成される、学生の自治組織である。役員選挙は学期ごとの生徒総会で、候補者の立会演説の後に行われる。様々な行事の企画・運営を行い、生徒の自主性を尊重した活動が行われている。

  • 会長
自治会を代表し、執行部の部長を兼任する。
  • 副会長
会長を補佐し、会長に何らかの事情が生じた場合、その職務を代行する。
  • 書記
自治会広報誌「瓦版」を発行している。
  • 財政委員長
財政に関わる事柄の総括を行う。年度末には、「クラブ活動援助費」の振り分けを決定するための予算折衝も行う。
  • 生活委員長
他の学校の風紀委員に相当する役目を担う。
  • 運動委員長
毎週1回行われる「キャプテン会議」を主宰する。
  • 文化委員長
毎週1回行われる「文化部部長会議」を主宰する。

部活動

本学のおよそ9割の生徒がクラブ活動に所属している。 クラブ活動の形態によって、運動系、文化系に分類され、毎週1回運動系クラブは「キャプテン会議」、文化系クラブは「文化部部長会議」が開かれ、各クラブの活動状況の報告、対戦成績の報告などが行われる。また、文化展示発表会に関する決め事などもこの会議で行われる。

運動系クラブ

陸上競技部、水泳部、体操部、野球部、ハンドボール部、ラグビー部、バレーボール部、バスケットボール部、サッカー部、ホッケー部、硬式テニス部、ソフトテニス部、柔道部、剣道部、卓球部、山岳・スキー部、ワンダーフォーゲル部(平成23年度時点)

文化系クラブ

数学研究部、物理研究部、化学研究部、生物研究部、社会研究部、情報研究部、美術部、文藝部、演劇部、吹奏楽部、軽音楽部、放送部、茶華道部、フォークソング部、音楽部、書道部、囲碁将棋部、家庭科部、図書部、FAN(平成30年度時点)、競技かるた部 (現在活動休止中の部活は映画研究部、PPURI、園芸部)

リーダーズアセンブリー

3月の上旬におこなわれる。運動部リーダーズアセンブリーと文化部リーダーズアセンブリーとがあり、それぞれ運動部の部長と生徒自治会の運動委員長、文化部の部長と生徒自治会の生活委員長が出席する。

目的は「キャプテンないしは部長のリーダーシップの育成と部活のより良い発展」であり、同校独自の行事である。

  • 運動部リーダーズアセンブリー

現キャプテンと新キャプテン(キャプテン候補)と運動委員長が上の目的から一泊二日の合宿を行い、合計約7時間程度の会議を行い、また各クラブの部員に緊急的案件があった時のためにAEDの研修も開催される。ここで同校の運動部目標も決定する。

  • 文化部リーダーズアセンブリー

運動部リーダーズアセンブリーとは異なり日帰り形式であり夕方には帰途につくが、翌日の朝に再度集結する。主に来年度の文展のことについて話し合われる。

高校関係者と組織

高校関係者組織

  • 大阪府立天王寺高等学校学校運営協議会 - 保護者、地域住民、校長、関係行政機関の職員の中から委嘱された委員による機関。学校運営及び当該運営への必要な支援に関して協議する。
  • 大阪府立天王寺高等学校PTA - 生徒保護者と教員による父母と教師の会(PTA)組織で、会員は入会金及び年会費を納入する。
  • 大阪府立高等学校PTA協議会 - 大阪府教育庁に近接する大阪市中央区糸屋町に事務局を置くPTA協議会。大阪府立天王寺高等学校PTAの会員をもって会員とし、会員は単位PTA分担金として会費を納入する。
  • 大阪府立天王寺高等学校同窓会 - 前身学校を含む卒業生による同窓会組織。事務局を校地内に所在する同窓会館「桃陰会館」に置く。
  • 公益財団法人桃陰奨学財団 - 同校に在籍する生徒に対し学校教育設備の維持・充実を図ることをもって大阪府の学校教育の発展向上に寄与することを目的とする奨学団体。育英奨学事業、海外生徒派遣・交流事業ならびに講演会なども実施する。

高校関係者一覧

著名な出身者

政治(立法・行政)
政治(司法)・法曹
メディア
経済・実業
学術
文芸・芸術
舞台芸術・芸能
スポーツ

関連項目

参考文献

  • 大阪府立天王寺高等学校創立100周年記念事業委員会記念誌委員会『桃陰百年:大阪府立天王寺高等学校創立100周年記念誌』1996年。 

脚注

注釈

  1. ↑ 正確には、北北西へ約370m(徒歩約5分)。
  2. ↑ 正確には、南へ約1.1km(徒歩約14分)。
  3. ↑ 正確には、南西へ約420m(徒歩約5分)。
  4. ↑ 正確には、南西へ約450m。
  5. ↑ 大阪府で最古の高校ラグビー部。

出典

  1. ↑ https://tennoji-hs.jp/event/4924
  2. ↑ https://www.facebook.com/HollandParkSHS/posts/since-the-beginning-of-2020-our-senior-japanese-students-have-been-regular-zoom-/2637564749886260/
  3. ↑ https://tennoji-hs.jp/event/4943
  4. ↑ 『読売新聞』1896年2月19日朝刊教育面2頁「本年度より新設せられるべき中學校」
  5. 1 2 3 4 5 『桃陰百年:大阪府立天王寺高等学校創立100周年記念誌』
  6. ↑ 『一貫校対策で府県トップが改革断行 3年間だけで伸ばせる! 逆襲する名門公立高校 大阪府立北野高校』(週刊東洋経済、2013年7月6日号)、p.58
  7. 1 2 3 4 『朝日新聞』1964年4月7日夕刊4頁「(54)天王寺中学(天王寺高校) わたしの母校」(朝日新聞東京本社)
  8. ↑ 『東京朝日新聞』1927年1月23日朝刊7頁「天王寺中學燒く」
  9. ↑ 「国の高校改革拠点校に大阪から4校採択 教育長「改革にブーストかける」」『産経ニュース』産業経済新聞社、2026年9月18日。2026年10月29日閲覧。
  10. ↑ 清水謙司 (2012年1月18日). “「後輩よ国際競争力を」林駐英大使、母校・天王寺高で講演”. 朝日新聞. 2020年5月6日閲覧.

外部リンク