宝寿院常泉

ウィキペディアから、無料の百科事典

宝寿院 常泉(ほうじゅいん じょうせん、生年不詳 - 慶長17年8月2日〈1612年8月28日〉?)は、戦国時代から安土桃山時代にかけての祇園社(現・八坂神社)の社務執行(宝寿院門主)を務めた人物である。幼名は猿千世丸。

前任の宝寿院顕淳の跡を継いだ玉寿の早世に伴い、祇園社務執行職および宝寿院の家督を継承した。彼の時代以降、歴代の宝寿院門主が用いた通字である「顕」の字を冠さず「常泉」と名乗った。室町幕府・奉行人層や諸大名との交渉、神札進上、社領支配にあたった。

また、公家の冷泉家、神道界の吉田兼見(吉田神社)、武家の明智光秀らと佐竹蓮養坊家を介して複雑かつ広範な姻戚関係を結んでいた。

生涯・血縁

得度と執行職の継承

幼名は「猿千世丸」と伝える[1]。天文13年(1544年)12月、天台宗門跡の青蓮院(青門)において得度した[2]。

前社務執行の宝寿院顕淳の没後(あるいは退任後)、その嗣子である「玉寿(2代目)」が一時執行職に就いたが早世したため、常泉がその跡を継いで宝寿院門主・祇園社務執行職に就任した[1]。歴代の宝寿院門主・社務執行(顕重・顕増・顕淳など)が受け継いできた通字の「顕」の字を僧名に用いなかった背景には、この継承経緯が関係していると推測されている[1]。

血縁・婚姻関係

常泉の血縁および婚姻関係は、公家・神職・武家を結ぶ複雑なネットワークを形成していた。

  • 母:権大納言・冷泉為広の妹(あるいは姉)にあたる[3]。
  • 妻:高野佐竹蓮養坊の娘[3]。
    • 吉田兼見との関係(義兄弟):佐竹蓮養坊の別の娘(常泉の妻の姉妹)は吉田神社の神職・吉田兼見の妻(室)となったため、常泉と吉田兼見は相義兄(義理の兄弟)にあたる[3]。
    • 明智光秀との関係:佐竹蓮養坊の子である「佐竹出羽守」(佐竹宗実/明智秀慶)は、史料上明智光秀(日向守)の「甥」と記載されている[3]。この記述に基づけば、明智光秀の側室や姉妹を巡って佐竹蓮養坊家と明智家の間に婚姻関係(光秀の側室等に佐竹蓮養坊の姉妹が入るなど)が存在したことになり、常泉は佐竹蓮養坊家を介して明智光秀とも姻戚関係で結ばれていたことになる[3]。

事績

幕府・諸大名との交渉と神札進上

社務執行として、室町幕府奉行人の飯尾大和守(貞連)宛てに申状を提出して6月の例年通りの神事執行や御神馬代の下知を要請したほか[4]、近江国守護の六角承禎・六角義治、朝倉氏、波々伯部氏、中澤備前守、吉田安芸守らと書状を交わした。

また、越前国の朝倉氏(朝倉右衛門督)や魚住帯刀左衛門尉に対し、神供米の祈祷とともに牛玉・守札・巻数・五明壺本などを例年通り進渡し、武運長久を祈念するとともに公用運上の調整・交渉を行った[5]。吉田安芸守や松村左馬丞らに対しても、御神供米の寄進に対する感謝を伝え、重ねて社頭での祈祷を行った[6]。

社領管理と公用運上

祇園社領の経営・年貢徴収において活発な文書発給を行った。

  • 永禄6年(1563年)12月23日、進士美作守宛てに書状を送り、社領である山科音羽郷神田年貢の未納分について督促を行った[7]。
  • 丹波国波々伯部保の波々伯部兵庫助(元長)に対し、神供米の厳重な運上を促し、上洛の際の面会を求めた[8]。
  • 清暉軒乗彰との間で、3箇年分の公用運上や年礼物の納入を巡って調停・交渉を行った[9]。

晩年と後継

天正15年(1587年)正月に継嗣の祐雅が得度するまで、長期間にわたり社務執行職を務めた[1][2]。天正17年(1589年)9月4日付の記録にも「常泉」の署名が見られるが、肩書きから「執行」が外れているため、祐雅に職を譲り退任した後に記したものと考えられている[1]。

没年については、慶長17年(1612年)8月2日没とする説(『雑録』)のほか、慶長16年(1611年)8月2日没や慶長18年(1613年)没などの異説が存在する[1]。没後、社務執行職は宝寿院祐雅へ継承された。

脚注

  1. 1 2 3 4 5 6 『新編 八坂神社記録』「祇園社・同社御旅所の役職歴代」83頁
  2. 1 2 『八坂神社記録 4』295頁 / 『新編 八坂神社文書 第一部』325頁
  3. 1 2 3 4 5 『八坂神社記録 4』「雑録」119頁
  4. ↑ 『八坂神社文書 上』弘治2年5月10日付「社務執行宝寿院常泉申状案」
  5. ↑ 『八坂神社文書 上』80頁、402頁
  6. ↑ 『八坂神社文書 上』369頁
  7. ↑ 『八坂神社文書 下1』182頁
  8. ↑ 『八坂神社文書 下1』515頁
  9. ↑ 『八坂神社文書 下1』401頁

参考文献

  • 『八坂神社文書』(上巻・下巻1)
  • 『八坂神社記録』(第4巻)
  • 『新編 八坂神社記録』
  • 『新編 八坂神社文書 第一部』