川島竹早町

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川島竹早町
国 日本の旗 日本
都道府県 岐阜県
市町村 各務原市
地区 川島地区
人口
(2024年(令和6年)10月1日現在)[1]
 • 合計 0人
等時帯 UTC+9 (日本標準時)
郵便番号
501-6024[2]
市外局番 0586 (一宮MA)[3]
ナンバープレート 岐阜

川島竹早町(かわしまたけはやまち)は、岐阜県各務原市の地名。丁番を持たない単独町名である。

地理

各務原市の南西部の川島地区に属する。

町域の東部は川島小網町、西部は川島河田町、川島松倉町、川島松原町、南部は川島小網町、川島河田町、北部は川島小網町、川島松倉町に接する。

かつてはエーザイ川島工園及びその関連会社であったクリニカル・サプライの敷地が町域を占めていたが、クリニカル・サプライがテルモ・クリニカルサプライと改称しテクモの完全子会社となり、廃止されたエーザイの社宅、寮の跡地には、物流企業の倉庫が建てられたため、2024年現在は川島竹早町の全域がエーザイ関連とは言えない。

地名はエーザイ本社の所在地(東京都文京区小石川4丁目)のかつての名称である竹早町に因む[4]。

歴史

1962年(昭和37年)、エーザイが新たな工場の建設を計画し、羽島郡川島町の河田町、松倉町、小網町に跨る土地、約13万坪を取得。1963年(昭和38年)12月にエーザイと川島町との間で本契約が調印される[5]。エーザイ川島工場(のちに川島工園)は1966年(昭和41年)3月に開所する[5]。

1970年(昭和45年)11月6日、エーザイ川島工園及びその周囲(河田町の一部、松倉町の一部、小網町の一部)をもって竹早町が成立[6][7]。

2004年(平成16年)11月1日、川島町が各務原市に編入されると同時に川島竹早町に改称する。

2009年(平成21年)、川島町中央土地区画整理組合[8][9]により行われていた川島河田町の一部と川島竹早町の一部(3.43ha)[8]の土地区画整理事業が完了。この地域をもって川島河田町一丁目から三丁目が設置される[10]。

世帯数と人口

2024年(令和6年)10月1日現在の世帯数と人口は以下の通りである[1]。

町丁世帯数人口
川島竹早町 0世帯 0人

かつてはエーザイ川島工園の社宅、寮などがあり、1980年(昭和55年)10月1日時点では、64世帯86人が居住していた[7]。その後社宅、寮は廃止となり、人口も0人となっている。

小・中学校の学区

前述のとおり人口は0人であるが、市立小・中学校に通う場合、学区は以下の通りとなる[11][12]。

番・番地等小学校中学校
全域各務原市立川島小学校各務原市立川島中学校

交通

主な施設

脚注

  1. 1 2 “町名別人口・世帯数” (PDF). 各務原市 (2024年10月1日). 2024年11月7日閲覧。
  2. ↑ “郵便番号”. 日本郵便. 2024年11月7日閲覧。
  3. ↑ “市外局番の一覧”. 総務省. 2024年11月7日閲覧。
  4. ↑ “由来(20070615)”. 内藤記念くすり博物館. 2024年12月28日閲覧。
  5. 1 2 各務原市教育委員会 2024, p. 166.
  6. ↑ 「角川日本地名大辞典」編纂委員会 1980, p. 1113.
  7. 1 2 川島町 1982, p. 51.
  8. 1 2 “岐阜県土地区画整理事業施行地区一覧表(令和4年4月1日時点)” (PDF). 岐阜県. 2024年11月7日閲覧。
  9. ↑ “川島町中央土地区画整理事業をふりかえって(協会だより 平成22年度)” (PDF). 公益社団法人 岐阜県都市整備協会. 2024年11月7日閲覧。
  10. ↑ “地名変更情報2009年3月”. 国土地理協会. 2024年11月7日閲覧。
  11. ↑ “小学校就学区域”. 各務原市. 2024年11月7日閲覧。
  12. ↑ “中学校就学区域”. 各務原市. 2024年11月7日閲覧。

参考文献

  • 川島町 編『川島町史 通史編』川島町、1982年。 
  • 「角川日本地名大辞典」編纂委員会 編『角川日本地名大辞典 21 岐阜県』角川書店、1980年。ISBN 4-04-001210-0。 
  • 各務原市教育委員会 編『新発見!各務原市の歴史』各務原市教育委員会、2024年。