神置町

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神置町
国 日本の旗 日本
都道府県 岐阜県
市町村 各務原市
地区 稲羽地区
人口
(2024年(令和6年)10月1日現在)[1]
 • 合計 457人
等時帯 UTC+9 (日本標準時)
郵便番号
504-0933[2]
市外局番 058 (岐阜MA)[3]
ナンバープレート 岐阜

神置町(かみおきちょう)は、岐阜県各務原市の地名。現行行政町名は神置町及び神置町一丁目から四丁目。

地理

各務原市の稲羽地区の西部(旧・中屋村)に属する。

町域の東部は下中屋町、成清町、西部は川島笠田町及び羽島郡岐南町平島、羽島郡笠松町米野、南部は川島笠田町、下中屋町(弥平島集落)、北部は成清町である。

町域には県道178号下中屋笠松線が通過し、木曽川(北派川・新境川)が流れる。

道路

歴史

江戸時代、この地域は羽栗郡間嶋村であったが、東は熊野神社を鎮守とし、西は八幡神社を鎮守としていたため、事実上は東と西とは異なる村であった。1874年(明治7年)に住民の対立が激化したため、羽栗郡は村の分轄を認め、東間島村と西間島村に分立する。翌年に 権令小崎利準の仲裁などもあり、東間島村と西間島村が合併。神置村となる。1889年(明治22年)に町村制施行に伴い村制施行し、神置村が発足[4]。

1897年(明治30年)に羽島郡神置村、松本村、上中屋村、下中屋村、大佐野村、成清村合併し、羽島郡中屋村が発足。中屋村大字神置となる[4]。

1955年(昭和30年)に稲葉郡更木村、前宮村、羽島郡中屋村が合併、稲羽町が発足すると稲羽町神置町に改称[4]。1963年(昭和38年)、蘇原町、鵜沼町、鵜沼町、稲羽町が合併し各務原市が発足すると、各務原市神置町となる[5]。

稲羽西部土地改良区の区画整理により、1981年(昭和56年)8月20日、神置町の大部分をもって神置町一丁目から四丁目が成立[6]。同年11月10日、成清町、神置町の一部、下中屋町の一部で成清町が成立[7]。

世帯数と人口

2024年(令和6年)10月1日現在の世帯数と人口は以下の通りである[8]。尚、丁番の無い神置町は殆どが木曽川(三派川・新境川)河川敷であり、住民は0人である。

丁目世帯数人口
神置町 0世帯 0人
神置町一丁目 13世帯 30人
神置町二丁目 26世帯 56人
神置町三丁目 108世帯 252人
神置町四丁目 45世帯 119人
計 192世帯 457人

小・中学校の学区

市立小・中学校に通う場合、学区は以下の通りとなる[9][10]。

番・番地等小学校中学校
全域各務原市立稲羽西小学校各務原市立稲羽中学校

主な施設

1982年(昭和57年)熊野神社と八幡神社を合祀し、新たな神社とし創立[11]。八幡神社跡地は稲羽地区体育館、神置町公民館となり、神社時代の建物もある。
  • 秋葉神社

交通

※各務原市ふれあいバス稲羽線にも「神置」停留所があるが、所在地は成清町である。

脚注

  1. ↑ “町名別人口・世帯数” (PDF). 各務原市 (2024年10月1日). 2024年12月4日閲覧。
  2. ↑ “郵便番号”. 日本郵便. 2024年12月4日閲覧。
  3. ↑ “市外局番の一覧”. 総務省. 2024年12月4日閲覧。
  4. 1 2 3 「角川日本地名大辞典」編纂委員会 1980, p. 252.
  5. ↑ 「角川日本地名大辞典」編纂委員会 1980, p. 864.
  6. ↑ 広報かかみがはら№439(昭和56年8月1日発行)
  7. ↑ 広報かかみがはら№445(昭和56年11月1日発行)
  8. ↑ “町丁目別人口・世帯数” (PDF). 各務原市 (2024年10月1日). 2024年12月4日閲覧。
  9. ↑ “小学校就学区域”. 各務原市. 2024年12月4日閲覧。
  10. ↑ “中学校就学区域”. 各務原市. 2024年12月4日閲覧。
  11. ↑ “熊野八幡神社”. 岐阜県神社庁. 2024年12月4日閲覧。

参考文献

  • 「角川日本地名大辞典」編纂委員会 編『角川日本地名大辞典 21 岐阜県』角川書店、1980年。ISBN 4-04-001210-0。