日光修験

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日光修験(にっこうしゅげん)とは、栃木県の日光山で行われてきた修験道をいう。勝道上人が開山、役小角(役行者)を開祖と仰ぐ。

概説

奈良時代(767年、神護景雲元年)に勝道上人が大剣峰で3年にわたる修行の後に、二荒山(現在の日光山)を開基した[1][2]。勝道らによる開山などにより、784年(延暦3年)頃には一帯は京都の公家の間でも認知される様になった。820年(弘仁11年)には空海によって後述の滝尾権現が祀られ、勝道の弟子・道珍が初代上人になったとされている[1]。

第24世座主の弁覚法印によって、日光山では熊野修験の修法を取り入れ始め、室町時代に独自の修験道を発展させた。江戸時代には日光山第53世貫主の天海によって山王神道の下で徳川家康(東照大権現)が日光東照宮に祀られた。

新宮権現、滝尾権現(現在の滝尾神社)[1]、本宮権現を日光三所大権現として祀る[3]。併せて日光十八王子も祀るとともに、明星天子(明星天)や深沙大王も信仰する。

明治維新の神仏分離・廃仏毀釈によって日光修験は禁じられて一旦は途絶したものの、現在は輪王寺、中禅寺、日光二荒山神社の協力で復興され、春・夏・秋の3回の峰入りを実施している。

関連項目

脚注

  1. 1 2 3 “聖地 中禅寺と滝尾”. 日光山輪王寺 (2022年8月29日). 2026年7月23日閲覧。
  2. ↑ “日光修験道略史”. 日光修験道. 2026年8月24日閲覧。
  3. ↑ “本宮神社”. 日光市公式観光 WEB. 日光市観光協会. 2026年8月24日閲覧。

外部リンク