杉本ラララ

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杉本 ラララ
出生名 杉本 拓朗
別名 杉本拓朗
生誕 (1984-09-27) 1984年9月27日(42歳)
出身地 日本の旗 日本山口県下関市
ジャンル
職業
担当楽器
活動期間 2010年 -
レーベル
公式サイト 杉本ラララ
著名使用楽器
杉本ラララ
YouTube
チャンネル
活動期間 2011年 -
ジャンル 音楽
登録者数 14.8万人
総再生回数 25,019,214回視聴
チャンネル登録者数・総再生回数は
2026年9月22日時点。
テンプレートを表示

杉本ラララ(すぎもと ららら、1984年〈昭和59年〉9月27日[2] - )は、日本のシンガーソングライター、YouTuber。山口県下関市出身。2026年1月よりソニー・ミュージックレーベルズに所属、レーベルはSML Management[3]。

2025年6月に「悪魔」に“転生”[4]、同年8月に「死神」に“転職”した[5]。以前は、本名の杉本拓朗(すぎもと たくろう)名義で活動していた[2]。

来歴

杉本拓朗・杉本拓朗ばんど・おつかれーず

音楽好きな両親のもとに長男として誕生。杉本の父は仕事の傍ら、趣味でアマチュアバンド活動をしており、地元のイベントに出演することもあった。杉本は、大勢の前で弾き語りをする父の姿に「かっこいい」と感激、自身もギターを弾いてみたいと興味を持つようになる。中学生になり、父のギターを借りて練習を始めた[6]。下関市立山の田中学校[7]の同級生とともに、フォークデュオ・ゆずのコピー(杉本は岩沢厚治のパートを担当)やオリジナルソングを作り始める。学校の文化祭で披露した際に喝采を受け、その時に感じた高揚感が忘れられず、音楽の道に進む決意をする。山口県立豊浦高等学校在学中[8]、音楽の授業で楽器もしくは歌唱で1曲披露する課題が出された時にはECHOESの『ZOO』を選曲し、弾き語りをして称賛された[9]。友人らと組んだバンドでは洋楽(オアシス、クイーン、ボン・ジョヴィなど)のコピーもした。

東京で音楽活動を行いたいと考え、都内の大学を受験。明治学院大学への進学を機に上京。学内の軽音楽サークル「L.M.S」に所属してオリジナルバンドを組む[9][注釈 1][10]。音楽活動に夢中になり、大学は2年修了後に中退。アルバイトで生計を立てながらプロのミュージシャンを目指す[11]。大学を辞めた後も音楽サークルに籍を残していたが、大学生の友人たちが就職活動を始めたこともあり、徐々に疎遠になっていった[6]。

2007年、本名の杉本拓朗名義でソロ活動を開始。当時住まいがあった神奈川県戸塚駅周辺で路上ライブを始める[12]。少しずつ観客も増えていくなかライブハウスの老舗、渋谷La.mamaのオーディションを勧められる[11]。音楽関係の知り合いが増え、セッションをする機会も多くなった。ドラムスの荒川泰英が杉本のライブサポートをしたことが切っ掛けとなり、当時一緒に活動していたメンバーとバンドを結成。その後、メンバーの入れ代わりを経てベーシストの阿久津拓也、キーボーディストの鎌田瑞輝が加わり4人組バンド「杉本拓朗ばんど♪」(「杉本拓朗ばんど」表記もあり)を結成。のちに阿久津が脱退し、スリーピースバンドとなった[13]。渋谷La.mama、新宿・PINK BIG PIGなど、東京を拠点にライブハウスやストリートで活動する。

2009年11月9日、日本テレビ系のオーディション番組『歌スタ!!』に単独出演し、桑田佳祐の『白い恋人達』を歌った[注釈 2]。審査員として出演していた音楽ディレクターの今井千尋(元Something ELse)が杉本の声と歌唱力を見初め、プロデュースに名乗りを上げた[注釈 3]。杉本はソロではなく“杉本拓朗ばんど”としてのデビューを希望し、その権利を獲得するため今井と楽曲『ひとり』を共同制作する。2010年3月30日放送回にて最終審査に臨むも「杉本の歌唱のみ合格」とする判定が出された。杉本は「バンドとして評価されなければ意味がない」と再審査を申し入れたが判定は覆らなかった(杉本は個人に与えられた合格判定を返上した)。同番組がバックアップするメジャーデビュー企画は白紙に戻されたが、テレビに出演したことでバンドの存在が広く知られ、ライブの動員数は目に見えて増えた[14]。2010年4月23日、渋谷La.mamaで行ったワンマンライブの途中で、今井から突然、“お疲れさまを届ける”をコンセプトにしたアコースティックユニット「おつかれーず」に改名すると通達される[11]。

2011年6月11日、インディーズ・レーベルからシングル『東京アストロノート』でデビュー。同年7月1日、1stアルバム『月宮殿』をリリース。同年秋にはキー局のテレビ番組エンディングテーマのタイアップを獲得するも、大きなヒットに繋がらなかった。2014年、キーボードの鎌田が脱退[15]したことを切っ掛けにバンド活動は凍結、事実上の解散となった。3人での活動を終了したが、杉本はソロプロジェクトとして「おつかれーず」を名乗り、活動を継続する。

2017年4月18日、自身のブログを更新し今後の活動方針を発表。同年6月に「おつかれーず」のラストライブを行い、その後は本名で音楽活動を続けることを表明した(「杉本ラララ」への名義変更は後述参照)。
6月10日、国分寺・Give Heartsにて「サヨナラおつかれーず」と題したラストライブを開催。元メンバーの荒川、鎌田もステージに登場しておよそ3年ぶりに3人での演奏を披露した[16][注釈 4]。

杉本ラララ

2017年5月23日、自身のブログを更新し、「杉本ラララ」名義で活動することを発表[18]。「ラララ」を提案したのは、杉本の盟友であるハシグチカナデリヤ[19]。

2018年10月、アーティストマネジメント事業を展開する「OTO-SEN」(現・「OTOSEN JAPAN」)の企業CMに起用される(「とわのまほろば」を弾き語りする本人役で出演)[注釈 5]。
10月15日(14日深夜)、BSフジの音楽ドキュメンタリー番組『OTOSEN』にて「平成四畳半ドリーム」と題した密着取材の様子が放送された[注釈 6]。

2020年、ドラマー&パーカッショニストのKAZU(KAZU OF THE LEGEND表記もあり)とのユニット「神伝説」始動[20]。

2023年2月、4thアルバム制作資金を募るためクラウドファンディングを開始[21]、終了までの1カ月間に目標額の195%を達成した[22]。

2024年4月13日、歌舞伎町シネシティ広場で開催された「Kabukicho Music Live vol.16」に出演し、好評を得た[23]。

デスメタルシンガー 杉本ラララ

2025年6月6日、自身のXを更新し、今までの純朴でナチュラル系のイメージから一転、濃い化粧を施して険しい表情をする写真と共に「杉本今日から生まれ変わります!」と宣言した[4]。同日、西荻窪・ARTRIONで開催されたライブで「悪魔に魂を売り、悪魔となった」「年齢は“10万40歳”」と発表[24][25]。

しかし、悪魔として音楽活動をしている聖飢魔IIのデーモン閣下と設定が被ってしまうことから「悪魔界の大先輩に対して失礼になるのではないか?」と考え直し、同年8月17日に心斎橋・LIVE&BAR真心場で行われたライブのMCにおいて「死神に“転職”した」ことを発表、年齢も一京40歳に修正した[5]。年齢が一京越えとなったことから出生年を紀元前9,999,999,999,998,016年と改め「宇宙よりも年上」と述べている[26]。また、出生地は冥界と正した。

死神となってから化粧も一層派手になり(杉本曰く「売れなかった期間が長く、そのことに対する鬱積された思いが内側から滲み出て現れたものであり“メイク”ではない」[27][注釈 7])、アクセサリー(ネックレス、イヤーカフ、フェイスピアス(アイブロー、ブリッジ ※シール))を身に着け、サイケデリック柄の衣装を着用することが多くなった。直後に公開したアーティスト写真では血だらけの口元を手で拭い、禍々しいおぞましさを醸し出している。

座右の銘は「人生をもがき楽しむ」。自己紹介の際は「阿鼻叫喚に満ちたおぞましきデスメタルシンガー、杉本ラララだ!」「“死ぬほど生きる”おぞましきデスメタルシンガー、杉本ラララだ!」と雄叫びをあげ、ライブでは「病んでる俺たち最高だ!」と客席を煽る。ファンを「病んでラー」「チャリーン」(金を使ってくれる客の意)、「こころべ」(“心がべっぴんさん”の略)と呼んでいる。

以前より自身のYouTubeチャンネルをはじめ、SNSにライブの様子やトークなどを投稿していたが、悪魔・死神になってからのものは特に反響が大きい[24][25]。これらの動画がきっかけとなり大手レコード会社からオファーが殺到したという[6]。

2026年は飛躍の年となった(以下、特筆事項)。

人物

  • 悪魔に魂を売り死神に転職する以前の人間時代は、自他ともに認める心優しい性格で、常に周囲に気を配り、他人の心の機微に敏感であった。その優しさゆえに心が疲弊するばかりで生きづらくなり、うつ病を発症する。自身の心を守るため、2022年よりSNSにおいてフォローをリセットした[39]。以降、杉本のアカウントからフォローをしないと決めている(公式の情報発信用アカウント、サブアカウントは除く)。うつの症状の浮き沈みを抱えながらも[40]、自分自身と向き合うために心理カウンセラー講座を受講[注釈 9]、2023年4月7日に上級心理カウンセラーの資格を取得した[41]。
  • 不安に苛まれ苦しんでいた時に欲していた言葉や、弱音を吐露した際に周囲の人々から掛けてもらった温かな言葉を形にして残したいとの思いが、自作の歌詞に反映されることがあるという[42]。
  • 父が吉田拓郎のファンであったことから、名前を拝借し「たくろう」と名付けられた。5人家族であり、両親、弟と妹がいる。ライブのMCやラジオのトーク等では両親のことを(自身の「ラララ」に準えて)「パパパ」「マママ」と呼んでいる[43]。実家は父方の祖父の代から左官を主とした工務店を営み、母は美容機器販売の仕事をしていた[44]。共働きで家庭を支え、育ててくれた両親を尊敬し感謝している[9][19]。また、幼少期からおばあちゃん子で、携帯電話(スマートフォン)の待ち受け画面は祖母の笑顔の写真にしている[45]。杉本の楽曲「ばあちゃん」は、祖母のことを思いながら制作した[46]。「とわのまほろば」は、祖父が亡くなった時のことを思い綴った楽曲である[47]。
    家族仲が良く、杉本の音楽活動を応援している。2025年6月に杉本が“悪魔”に魂を売り化粧をするようになった際には、すぐさまファンデーションをはじめとする化粧品やクレンジングクリームを箱一杯に詰めて送るなど寛大な理解を示し、背中を押してくれている[48]。
  • 少年時代の杉本は物静かな子どもで、外で遊ぶよりも家で大人しく過ごすことを好み、コンピュータRPG『ドラゴンクエスト』に夢中になっていた[6]。また、母が買い集めたレコードやCDを借りて聴いていたため、昭和・平成初期の音楽も耳に馴染んでいる。“音楽活動の原点”となった楽曲のひとつに、松任谷由実のアルバム『天国のドア』収録の「Miss BROADCAST」を挙げている[19]。
  • さだまさしの大ファンであり[28]、楽曲はもとよりMCをはじめとする話術に感銘を受けている[9]。さだのトークアルバムも聴き込んでおり、収録されている一節を完全コピーして自身の動画にあげたこともある。
  • 読書好きである[注釈 10]。絵を描くことも好きであり、インディーズ時代にリリースしたCDジャケットの多くは自作の手描きイラストである[49]。その他、おつかれーず時代からシュールなタッチの創作ゆるキャラ「タマ八(たまぱち)先生」を描いている。
  • 体があまり丈夫ではない。体調を崩しやすく、気管支炎や扁桃炎に度々悩まされている。2009年秋には喉に出来たポリープの切除手術を受けている(2014年に再発し歌唱に影響が出たため、同年12月に手術を受けている[50])。
    食も細く、小食。1日の食事回数は基本的に1回である[27]。ただし、毎朝生卵を5つ食すことはルーティーンとなっている。酒はそれなりに飲めるが、2020年頃から控えている。その他、いわゆるジャンクフードや菓子の類も極力控えている[注釈 11]。時々チートデイを設けて好物のひとつである蒙古タンメン中本の蒙古タンメンを食すが、胃腸が弱いため激辛スープの刺激に大抵負けてしまう。
    元々痩身で太りにくい体質だが[注釈 12]、体の線が細いことがコンプレックスだったこともあり、2018年頃から体力づくりと均整の取れた筋肉美の体を作るためスポーツジムに通って筋トレに励み(発声への影響を考慮し、首周りの筋肉を肥大させないよう加減している)[注釈 13]、タンパク質の多い食品(プロテイン飲料など)を意識して摂取している。
  • 身長170cm[51]、体重60kg(2023年5月時点[52])。靴のサイズは27cm。血液型はA型。人間の姿に擬態している時は眼鏡をかけていることが多い。

音楽

  • 2025年6月よりデスメタルシンガーを名乗り、いわゆるダミ声(デスボイス)で話をするようになったが、歌唱の際は以前と変わらず澄んだ声である。杉本曰く「死神である自分の歌声や楽曲は、悪行を働いたり非道な生き方をしている人間には“おぞましいもの”として伝わり、誠実に生きている人間には美しい調べ・心に寄り添う応援歌として伝わる」と述べている[27]。
  • 愛器はフィンガー・ピッキングの達人として名高いギタリストのトミー・エマニュエルが愛用しているブランド、Maton (Maton) のアコースティック・ギターである。トミーのテクニックに憧れ、少しでも近づきたいと同じブランドのギターを購入した。それまでは「おつかれーず」時代から10年以上、K-yairi(Electric Series DYM-96AP)を使用していた[53]。2026年より新たなギター、GibsonL-00も使用している。弦はエリクサー・ストリングス (Elixir Strings) [54]、ダダリオ (D'Addario) [注釈 14]のアコースティックギター弦を愛用。
  • 杉本はスラム奏法に長けている。ギターの他、ブルースハープも演奏する。また、人間年齢39歳からピアノ(鍵盤楽器)を学び始め[55]、ライブでキーボード演奏も披露するようになった。
  • 路上ライブを始めた当初は持ち歌が2曲しかなく、延々と繰り返していた。その懸命さが人目を惹き、日を追うごとに観客が増えて応援の声を貰えるようになる。これまでライブハウスに出演したことのなかった杉本に、出演オーディションを受けるよう勧めてくれたのもその中のひとりであったという[11]。
    • ライブハウスに出演するも満員御礼になることはなく、観客が数人という日もあった。SNSのフォロワーに来場を促すDMを送ったこともある[56]。2022年3月には予約が全くなく[57][注釈 15]、絶望して胸が塞がれそうになる。しかし、自分の音楽の一番のファンであり続けるために、懸命に気持ちを立て直したという[56]。2026年現在、ライブのチケットはほぼ完売になるほどの安定した人気を得たが、その人気に胡坐をかくことなく、これまで以上に謙虚な気持ちでライブ1本1本に臨んでいると表明している[58]。
  • 日本武道館で単独ライブを行うことを目標としている。武道館のステージ立つ姿を両親に見せることが夢のひとつである[59][36]。

エピソード

  • デビュー当時からおよそ10年にわたり阿佐ケ谷駅近くの築50年以上の木造アパート(四畳半一間・風呂なし・共同トイレ・エアコンなし・冷蔵庫なし、家賃2万6千円)に住んでいた[注釈 16][注釈 17][27][60][61]。アパートでは大きな音を出せないため、ギターの練習やボイストレーニング、楽曲制作は音楽スタジオよりも安く利用できるカラオケボックスで行い、路上ライブの数時間前には工事現場の前や高架下などで音出しをしてから臨んでいた。
  • ソロ活動を始めてからの主な収入源はライブハウス公演や路上ライブで足を止めた人が購入してくれたCDの売り上げであり、月収が10万円に満たないことも多く(路上ライブや配信での投げ銭はアルバム制作費に充てるために別途会計)、慎ましい生活をしていた[注釈 18]。当初は副業を持たずに音楽一本で勝負をするつもりであったが、音楽活動に必要な諸経費を差し引くと生活が立ち行かなくなってしまうためビルクリーニングや特殊清掃、デリバリーなどのアルバイトを兼業して凌いでいた[62][63][注釈 19]。その他、2015年頃は、SEAL MUSIC SCHOOLにてマンツーマンでボーカルレッスンの講師を務めていた[64]。
  • 髪を脱色して白髪(銀髪)にしていた時期がある。これは人に覚えて貰いやすいようにと考えてのことである[11]。杉本自身は人の顔を覚えることが苦手である。
  • 少年時代のヒーローは、元プロ野球選手のイチロー[65]。好きなタレントは優香[66]。
  • 高校時代、世間では日焼けした黒い肌がカッコいいと持て囃された頃であり(ガングロ、Men's egg参照)、杉本は色白の肌がコンプレックスであった。バンド活動の傍らテニス部にも所属し、日焼けを期待したが赤くなるばかりですぐに元に戻ってしまった。部員たちとの集合写真では、杉本一人だけ真っ白に浮いていたという。
  • ライブではMCと共に小芝居を披露するが、観客が「あ〜知ってる知ってる」「ショートで見たことある」などのリアクションをすると、死神はすこぶる機嫌が悪くなるため、必ず“あたかも初見のように”リアクションを取ることが暗黙のルールとなっている。

ディスコグラフィー

シングル

杉本拓朗
  1. 蜂蜜(2007年5月9日、エクスプロージョンレコーズ)
杉本拓朗ばんど♪
  1. teddy(2008年1月13日)
  2. 蔑ろももんが(2008年7月25日)
  3. 海蛍、悲しくて(2009年11月13日)
おつかれーず
  1. 東京アストロノート(2011年6月10日) - EP
  2. 錨をあげろ(2012年4月15日) - EP
杉本ラララ
  発売日 タイトル 備考
ULTRA-Vybe
1 2018年3月21日 とわのまほろば
2 2019年3月6日 泣き虫でいいのだ
3 2021年7月28日 優勝(feat.タマキング) 杉本ラララ×isao×タマキング 名義
4 2021年9月29日 唄場漂流記
5 2022年1月12日 離陸
6 2022年6月15日 残光
7 2022年8月24日 インドア人
8 2023年6月17日 神伝説 杉本ラララ×KAZU 名義(ライブ会場限定)
9 2026年3月4日 山青し
SML Management
10 2026年7月29日 素敵な成れの果て

アルバム

おつかれーず
  1. 月宮殿(2011年7月1日)〈月宮殿 +1(2012年8月12日)〉
  2. 向日葵をさがして(2011年11月30日)
  3. いたりきたり(2013年10月1日)
  4. BENTO BOX(2015年6月25日)
  5. 露天(2017年2月8日)
杉本ラララ
  発売日 タイトル 規格品番
ULTRA-Vybe
1st 2017年9月6日 ラララララ LALALA-001
2nd 2019年2月6日 ときめきのうず LALALA-003
3rd 2020年5月20日 ゴライコー LALALA-005
4th 2023年9月6日 壊れても好き LALALA-012

ミニアルバム

  • 神伝説(2023年6月17日) ※ 杉本ラララ×KAZU 名義
  • 死ぬとき笑えるように(2026年5月13日、Sony Music Labels Inc)※EP

タイアップ

おつかれーず
タイトルタイアップ時期
向日葵をさがしてフジテレビ「奇跡体験!アンビリーバボー」エンディングテーマ2011年10月 - 12月
きみの町までNHK「釣りびと万歳」テーマソング2013年 -
灯火山口銀行 CMソング2013年
ひまわりテレビ埼玉「マチコミ」エンディングテーマ2016年10月
海蛍山形テレビ スーパーJチャンネルYTSゴジダス「Do〜んな天気」コーナー 4月度テーマ2017年4月
桜コスモ静岡放送 Soleいいね! エンディングテーマ2017年5月・6月
アイスクリーム静岡朝日テレビ「新潟・長野・静岡 よくばりウドちゃん 中部縦断500km 絶景☆絶品☆秘湯へGO!!」エンディングテーマ2017年6月17日
杉本ラララ
タイトルタイアップ時期
死神ナイトフィーバーAbemaTV「原宿アベニュー」9月度エンディングテーマ2017年9月
UX新潟テレビ21・KFB福島放送「内緒にしておけない!?“隠れ名物”第2弾 新潟×福島珍道中」エンディングテーマ2017年9月23日
とわのまほろばOTOSEN JAPAN「アーティストを応援するプロジェクト」CM企業2018年9月 - 10月

参加作品

曲名 リリース日 アーティスト 備考
今日からキミも!スイクンマン!(feat.杉本ラララ) 2026年7月24日 歌:杉本ラララ / 作詞・作曲:小川ハル 一般社団法人パワーストローク・岡崎竜城スイミングクラブによる子ども向け水難事故防止活動に伴うプロジェクトの一環、水難教育ソングに参加[67]

コラボレーション作品

曲名 リリース日 アーティスト 備考
夜の向こう側 2026年8月12日配信 杉本ラララ&栢本ての 作詞:栢本ての / 作曲:杉本ラララ

メディア出演

テレビ番組

テレビドラマ

ラジオ

放送中
  • きしん伝心「杉本ラララの死ぬほど生きるラジオ」(2023年8月29日 - 、まえばしラジオ) - 第5火曜日パーソナリティ[72]
  • SPARK(2026年5月 - 、J-WAVE) - 木曜ナビゲーター ※2026年7月31日より杉本の公式YouTubeチャンネル及びJ-WAVEの公式YouTubeチャンネルにて過去放送回を一部公開[注釈 23]

配信番組

  • 杉本ラララの勉強させていただきます(2018年6月2日 - 、YouTube) - MC
  • music monster(2020年2月27日、FRESH LIVE) - ゲスト
  • 水音(YouTube)
    • 未奈と頃合いまで(2025年7月23日) - ゲスト
    • ラララと地獄の果てまで(2026年1月16日 - 6月10日) - 第2水曜日MC
    • よしえん家(2026年7月8日) - ゲスト

CM・広告

  • OTOSEN JAPAN 企業CM「アーティストを応援するプロジェクト」(2018年)[84]

脚注

注釈

  1. ↑ 「Light Music Society」の略(通称:エルエム)。サークルの同期にwacciの小野裕基がいる。
  2. ↑ プロフィールには「杉本拓朗 24歳 山口県出身(清掃員)」と記されていた。
  3. ↑ 司会の東野幸治に「アンガールズの動きに似てる」とツッコまれた際、杉本がアドリブで応じたことも功を奏し、今井に「タレント性もある」と好評価であった。
  4. ↑ ラストライブから1年余り後の2018年8月、1日限定でメンバー3人が集まり、テレビ番組「釣りびと万歳」のテーマ曲に使用されている「おつかれーず」の楽曲『きみの町まで』のMVを撮影した[17]。
  5. ↑ 主にデジタルサイネージ及びWeb-CMとして展開。
  6. ↑ 杉本が出演した「OTO-SEN」のCMの監督を務めたグ・スーヨンがコメンテーターとして出演している。なお、グと杉本は同じ高校の卒業生である。
  7. ↑ 2026年現在は「内側から滲み出たもの」と述べているが、悪魔に転生して間もない2025年7月頃はメイクであることを否定していない[28]。
  8. ↑ これまでは杉本が個人で管理・運営をしていたが、リニューアルにあたりSony Music Labelsの管理となった。
  9. ↑ 一般財団法人 日本能力開発推進協会による民間資格。
  10. ↑ 一時期、百田尚樹を好きな作家として挙げていた。
  11. ↑ 2025年5月、白米を節制して玄米を食す、糖質制限を始めたが、ひと月に体重が3kgも減ってしまった。ライブに必要な体力や声量に影響してしまうため、適度に白米も取り入れる食生活に戻した。
  12. ↑ 成人してからも、身長170㎝に対し標準体重を大幅に下回る50kg前後であった。
  13. ↑ ベンチプレスは100kg上げることが出来る。
  14. ↑ EJ11 80/20 Bronze
  15. ↑ 2019年末より新型コロナウイルス感染症が蔓延し、いわゆるコロナ禍にて外出制限が求められ、ライブハウスは窮地に立たされた。一時緩和されたものの、2022年初頭にオミクロン株の拡大が報じられ、再び外出自粛の動きが広がった時期である。
  16. ↑ BSフジ「OTOSEN」“平成四畳半ドリーム”(2018年10月14日放送)及び、J-WAVE「SPARK」(2026年9月17日放送)にて発言。
  17. ↑ アルバム『ゴライコー』収録曲「阿佐ケ谷駅」に出てくる歌詞“スターロード”は杉本が住んでいたアパート近くの商店街の名称。
  18. ↑ 閉店時間間際のスーパーマーケットで割引シールの貼られた弁当を購入して凌ぐことも多々あった。電気・ガス・水道を止められたこともある。
  19. ↑ 本業はあくまで音楽活動であるため、ライブや地方遠征などに支障が出ないよう、融通の利くシフト制のバイトを選んでいた。
  20. ↑ 2012年4月7日にフジテレビV5スタジオで行われた公開収録『FACTORY LIVE 0407』の模様を放送。「おつかれーず」はオープニングアクトとして出演。
  21. ↑ 「オトコミ」コーナー
  22. ↑ ラテ欄は「ラヴソング 福山雅治が3年振りに月9に帰って来る!30分拡大SP」。
  23. ↑ J-WAVE CHANNEL
  24. ↑ 「県人アワー ふるさとdeつなごう」コーナー
  25. ↑ 「東京ガスグループ presents ゲストdeダバダ」コーナー

出典

  1. ↑ “狂気のデスメタルシンガー・杉本ラララ降臨 閣下のパク…オマージュ? 悪魔から死神に「ビズリーチ」SNSでバズり中の1京41歳 12・9渋谷で大規模ワンマン開催決定”. デイリースポーツ (2026年5月22日). 2026年6月4日閲覧。
  2. 1 2 “シンガーソングライター・杉本ラララ インタビューVol.1”. suocillé (2019年7月30日). 2026年6月4日閲覧。
  3. ↑ “ARTISTS”. SML Management. Sony Music Labels Inc.. 2026年6月4日閲覧。
  4. 1 2 sugimotolalalaの2025年6月6日のポスト、2026年7月6日閲覧。
  5. 1 2 “【重大発表】転職します - 杉本ラララMC 2025.8.17 心斎橋真心場 杉本ラララpresents「ラララと過ごす14日間 Road to JANUS Day12」より”. 杉本ラララInstagram (2025年8月19日). 2026年6月5日閲覧。
  6. 1 2 3 4 “杉本ラララ インタビュー SNSで大バズリの“デスメタルシンガー”が肯定するのは「生きること」”. 音楽ナタリー. ナターシャ (2026年5月16日). 2026年6月4日閲覧。
  7. ↑ “山の田中学校吹奏楽部スプリングコンサートとMV撮影”. 杉本ラララのブログ とわのまほろば (2015年3月22日). 2026年6月20日閲覧。
  8. ↑ “杉本拓朗君を応援してください。”. 山口県立豊浦高等学校コミュ. mixi (2008年4月27日). 2026年6月11日閲覧。
  9. 1 2 3 4 “杉本ラララ 注目浴びる話術と歌唱力…意外なようで納得の、影響受けたレジェンド告白「こうなりたい!と」”. Sponichi Annex. スポーツニッポン新聞社 (2026年5月22日). 2026年6月4日閲覧。
  10. ↑ onopeの2026年6月15日のポスト、2026年7月6日閲覧。
  11. 1 2 3 4 5 “シンガーソングライター・杉本ラララ インタビューVol.2”. suocillé (2019年7月30日). 2026年6月4日閲覧。
  12. ↑ sugimotolalalaの2015年10月16日のポスト、2026年8月13日閲覧。
  13. ↑ “おつかれーずprofile”. おつかれーずオフィシャルサイト. 2026年10月9日閲覧。
  14. ↑ “芋洗い坂音楽ストリート”. ORICON NEWS. oricon ME (2013年6月21日). 2026年6月4日閲覧。
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