東官郡(とうかん-ぐん)は、中国にかつて存在した郡。東晋から南北朝時代にかけて、現在の広東省東部に設置された。
331年(咸和6年)、南海郡を分割して東官郡が立てられた。東官郡は広州に属し、郡治は宝安県に置かれた。
南朝宋のとき、東官郡は宝安・安懐・興寧・海豊・海安・欣楽の6県を管轄した[1]。
南朝斉のとき、東官郡は懐安・宝安・海安・欣楽・海豊・陸安・斉昌・興寧の8県を管轄した[2]。
589年(開皇9年)、隋が南朝陳を滅ぼすと、東官郡は廃止されて、広州に編入された[3]。
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