邵陵郡

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邵陵郡(しょうりょう-ぐん)は、中国にかつて存在した郡。三国時代から隋代にかけて、現在の湖南省邵陽市に設置された。

概要

266年(宝鼎元年)、三国の呉により零陵郡北部を分割して、邵陵郡が立てられた[1]。邵陵郡は荊州に属した。

晋のとき、邵陵郡は邵陵・都梁・夫彝・建興・邵陽・高平の6県を管轄した[2]。307年(永嘉元年)、荊州の7郡と江州の桂陽郡を分割して湘州が立てられると、邵陵郡は湘州に転属した。

南朝宋のとき、邵陵郡は邵陵・武剛・建興・高平・都梁・邵陽・扶の7県を管轄した[3]。

南朝斉のとき、邵陵郡は都梁・邵陵・高平・武剛・建興・邵陽・扶の7県を管轄した[4]。

589年(開皇9年)、隋が南朝陳を滅ぼすと、邵陵郡は廃止されて、湘州に編入され、邵陵郡の呼称は姿を消した[5]。

脚注

  1. ↑ 『三国志』呉書三嗣主伝
  2. ↑ 『晋書』地理志下
  3. ↑ 『宋書』州郡志三
  4. ↑ 『南斉書』州郡志下
  5. ↑ 『隋書』地理志下