| 笛壺 | |
|---|---|
| 作者 | 松本清張 |
| 国 |
|
| 言語 | 日本語 |
| ジャンル | 短編小説 |
| 発表形態 | 雑誌掲載 |
| 初出情報 | |
| 初出 | 『文藝春秋』1955年6月号 |
| 出版元 | 文藝春秋新社 |
| 刊本情報 | |
| 収録 | 『風雪』 |
| 出版元 | 角川書店 |
| 出版年月日 | 1956年11月5日 |
『笛壺』(ふえつぼ)は、松本清張の短編小説。『文藝春秋』1955年6月号に掲載され、1956年11月に短編集『風雪』収録の1作として、角川書店より刊行された。
おれ(畑岡謙造)は、妻と子を置き去りにし、家と一万五千冊の蔵書を捨て去った。学問も、先輩も、友人も、おれは一挙にうしなった。貞代という女に没入したその代償の高価に人は嘲笑した。しかし、これも失ってみれば、いつかはそんなことになる儚いものであった心がする。
おれは福岡県の田舎の中学校教師だった。あるとき東京帝大教授の淵島由太郎先生が史跡調査に来て、郷土史など調べていたおれは案内役を言いつけられたが、先生はおれの言葉に耳を傾けるようになり、とうとうすっかりおれが気に入って、東大の史料編纂所員に引きあげてくれた。しかし、しだいに先生の研究が学問的な研究ではなく、学界の政治家でしかないと知り、おれはこの世の最初の失望を知らされた。おれは決して第二の淵島由太郎にはなるまいと決心し、二十数年間、延喜式の研究と取り組んで暮らした。淵島の媒酌で結婚した妻・志摩子はおれの心を奪うような女ではなく、亭主がどんなものを研究しているのか興味をもって質問したこともなかったが、研究の邪魔をされたくなかったおれはそのほうがよかった。
延喜式の論文を書きおえたとき、おれの生涯の歓喜も生命も燃えつくした。この瞬間に乾いた虚脱が待ちかまえていようとは夢にも思っていなかった。畑岡謙造はこの論文のなかに消えこみ、残っているおれは残骸であった。論文が学士院恩賜賞と内定したとき、おれはこの世の中のいびつなものにわらいたくなった。その時からおれは、教えをうけに来た女学校の教師・貞代の虜囚になったのであった。
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