谷原 | |
|---|---|
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東京ガス練馬整圧所のガスタンク群(谷原1丁目) | |
| 北緯35度45分1.8秒 東経139度37分1.99秒 / 北緯35.750500度 東経139.6172194度 | |
| 国 |
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| 都道府県 |
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| 特別区 |
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| 面積 | |
| • 合計 | 1.131 km2 |
| 人口 | |
| • 合計 | 12,857人 |
| • 密度 | 11,000人/km2 |
| 等時帯 | UTC+9 (日本標準時) |
| 郵便番号 |
177-0032[3] |
| 市外局番 | 03[4] |
| ナンバープレート | 練馬 |
谷原(やはら)は、東京都練馬区の町名。現行行政地名は谷原一丁目から六丁目。住居表示実施済み区域である。元の読みは「やわら」。郵便番号は177-0032[3]。
練馬区のほぼ中心部に位置する地域。北部を光が丘(北東)・高松・土支田(北西)、南部を高野台、東部を高松、西部を三原台南西を石神井町と接する。
2017年(平成29年)12月1日現在の世帯数と人口は以下の通りである[2]。
| 丁目 | 世帯数 | 人口 |
|---|---|---|
| 谷原一丁目 | 914世帯 | 2,030人 |
| 谷原二丁目 | 823世帯 | 1,770人 |
| 谷原三丁目 | 825世帯 | 2,035人 |
| 谷原四丁目 | 742世帯 | 1,935人 |
| 谷原五丁目 | 1,231世帯 | 2,770人 |
| 谷原六丁目 | 987世帯 | 2,317人 |
| 計 | 5,522世帯 | 12,857人 |
区立小・中学校に通う場合、学区は以下の通りとなる[5]。
| 丁目 | 番地 | 小学校 | 中学校 |
|---|---|---|---|
| 谷原一丁目 | 全域 | 練馬区立高松小学校 | 練馬区立谷原中学校 |
| 谷原二丁目 | 全域 | 練馬区立谷原小学校 | |
| 谷原三丁目 | 全域 | 練馬区立北原小学校 | |
| 谷原四丁目 | 全域 | ||
| 谷原五丁目 | 全域 | 練馬区立谷原小学校 | |
| 谷原六丁目 | 全域 | 練馬区立北原小学校 |
住宅地の地価は、2015年(平成27年)1月1日の公示地価によれば、谷原4-16-14の地点で28万8000円/m2となっている。[6]
旧・武蔵国豊島郡石神井村谷原在家(やわらざいけ)、後の谷原村(やわらむら)。
1889年(明治22年)、谷原村は町村制施行により石神井村大字谷原(やわら)となる。1932年(昭和7年)、東京市への編入に伴い当時の板橋区に所属し、同区石神井谷原町(しゃくじいやわらちょう)一丁目および二丁目となり、1949年(昭和24年)1月1日に冠称を外して練馬区谷原町(やわらちょう)一・二丁目となった。
1965年(昭和40年)4月1日に住居表示を施行し、谷原町二丁目の目白通りより北の部分の大半に、北田中町・土支田町・高松町のそれぞれ一部を編入して境界整理を行い、現行の谷原(やはら)一丁目から六丁目までが誕生した。谷原町二丁目の目白通りより南は高野台、谷原町一丁目および谷原町二丁目の目白通りより北の部分の残りは富士見台となった。
地名は旧村名に由来するが、読みは住居表示施行時に変更している。なお、谷原小学校(1957年開校)・谷原中学校(1977年開校)の読みはいずれも「やわら」であり、両校のホームページのURLもyawaraとなっている。
西部の三原台との境界付近に関越自動車道 練馬インターチェンジがある。


谷原交差点(やはらこうさてん)は、東京都練馬区谷原にある東京都道8号千代田練馬田無線(目白通り上り→富士街道下り)、東京都道24号練馬所沢線(目白通り下り、大泉街道)、東京都道441号池袋谷原線(富士街道上り)、東京都道443号南田中町旭町線(笹目通り)の交差点である。
東京都道24号練馬所沢線、東京都道441号池袋谷原線においてはこの交差点を起点とする。目白通り、富士街道はこの交差点を境に道路名が変わる。
都心方面から関越自動車道練馬インターチェンジ、東京外環自動車道大泉インターチェンジに至るにはこの交差点を通過する必要があり、夜間・早朝を除き渋滞が頻発する。
| 隣接街区の駅 | バス移動等で利用可能の駅 |
|---|---|
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| 練馬区土支田 | 練馬区光が丘 | 練馬区高松 | ||
| 練馬区三原台 | 練馬区高松 | |||
| 練馬区石神井町 | 練馬区高野台 |
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