風岡尚幸

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風岡 尚幸
オリックス・バファローズ 二軍ヘッドコーチ #76
2016年5月17日 こまちスタジアムにて
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 愛知県春日井市
生年月日 (1968-01-24) 1968年1月24日(57歳)
身長
体重
174 cm
72 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 二塁手、遊撃手
プロ入り 1985年 ドラフト5位
初出場 1988年10月22日
最終出場 1998年10月12日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
選手歴
コーチ歴
  • 阪神タイガース (2001 - 2004)
  • 中日ドラゴンズ (2005 - 2010)
  • 阪神タイガース (2011 - 2015)
  • オリックス・バファローズ (2016 - )

風岡 尚幸(かざおか なおゆき、1968年1月24日 - )は、愛知県春日井市出身の元プロ野球選手(内野手、右投右打)、コーチ。

来歴・人物

プロ入り前

中部大春日丘高[注 1]より、1985年のドラフト会議で阪急ブレーブスに6位指名されて入団。背番号は62。安定した遊撃の守備は「弓岡2世」と評された。

阪急・オリックス時代

1988年に初めて一軍公式戦に出場。

1991年に38試合に出場。その後は1年おきに一軍に40 - 60試合出場する。

1993年オフに背番号を37に変更。

1997年オフにオリックスを自由契約になり阪神タイガースにテスト入団。移籍後も背番号が変わらなかった。

阪神時代

1998年は61試合に出場する(出場試合数は自身2番目に多かった)。

1999年以降は一軍出場が無かった。

2000年に現役を引退。翌年よりコーチに転身し、背番号も87に変更された。

現役引退後

2001年から2002年まで阪神で二軍守備・走塁コーチを務めた。

2003年から2004年までは三軍コーチを務めた。

2005年からは地元に戻り、中日ドラゴンズの二軍内野守備・走塁コーチを務めた。背番号は74。

2010年は二軍監督に転身した川相昌弘に代わって一軍内野守備・走塁コーチに配置転換されたが、6月3日の時点で12球団最多の失策数だったために、シーズン途中で二軍内野守備・走塁コーチに転じ[1]、同年退団した。

中日二軍内野守備走塁コーチ時代 2008年6月26日 阪神鳴尾浜球場

2011年からは阪神に再び戻り、二軍守備・走塁コーチを務める[2]。背番号は73。

2013年、11月26日から台湾で開催された2013アジアウインターベースボールリーグにおいて、NPB選抜の内野守備走塁コーチを務めた。

2015年は、一軍守備・走塁コーチとなったが[3]、10月15日に今季限りのコーチ契約であることを伝えられた[4]。

2016年からは古巣のオリックスに戻り一軍内野守備走塁コーチに就任[5]。背番号は76。同年は4年ぶりの最下位に終わった。

2017年も同職を務めたが、チーム78失策のうち、48失策は内野陣の拙守が散見されたと『週刊ベースボール』で指摘され、盗塁数も12球団最少の33だった[6]。11月25日から台湾で開催される2017アジアウインターベースボールリーグにおいて、4年ぶりにNPBウエスタン選抜の内野守備走塁コーチを務めた[7]。

2019年は一軍ヘッドコーチを務めたが[8]、3年ぶりの最下位に終わった。

2020年は再び一軍内野守備走塁コーチを務めた[9]。

2021年からは、コーチに一軍・二軍の区別がなくなったため、役職名は内野守備・走塁コーチとなった[10][11]。

2025年からは二軍のヘッドコーチを務める[12]。

家族

次男の風岡賢汰はハナマウイ野球部に所属する社会人野球選手(内野手)[13]。2024年より同部の主将を務める[14]。

長女は宝塚歌劇団宙組男役の大路りせ。

詳細情報

年度別打撃成績

年

度
球

団
試

合
打

席
打

数
得

点
安

打
二
塁
打
三
塁
打
本
塁
打
塁

打
打

点
盗

塁
盗
塁
死
犠

打
犠

飛
四

球
敬

遠
死

球
三

振
併
殺
打
打

率
出
塁
率
長
打
率
O
P
S
1988 阪急
オリックス
2220000000000000010.000.000.000.000
1991 3821201200020000010032.100.143.100.243
1992 1525190110021105010060.053.100.105.205
1993 5327257620084110110081.240.259.320.579
1994 2000000000000000000----------------
1995 6451393400042315040381.103.239.103.342
1996 11221000000000000010.000.000.000.000
1997 1000000000000000000----------------
1998 阪神 6154491090101102140001100.184.200.224.424
通算:9年 247182156222231027773141704374.141.196.173.370
  • 阪急(阪急ブレーブス)は、1989年にオリックス(オリックス・ブレーブス)に球団名を変更

記録

初記録

背番号

  • 62(1986年 - 1993年)
  • 37(1994年 - 2000年)
  • 87(2001年 - 2004年)
  • 74(2005年 - 2010年)
  • 73(2011年 - 2015年)
  • 76(2016年 - )

代表歴

脚注

注釈

  1. ↑ 『ラグビーマガジン』(ベースボール・マガジン社)2月号恒例の別冊付録「全国高校大会ガイド」には、「ラグビー部以外の主な出身者」の欄に酒井大輔(元広島東洋カープ投手)が毎回掲載されている一方、風岡は長らく掲載されていなかったが、2022年版でようやく掲載された。

出典

  1. ↑ “チーム45失策にオレ竜異例の大ナタ人事”. 日刊スポーツ. (2010年6月4日) 2021年12月12日閲覧。
  2. ↑ 新入団コーチについて
  3. ↑ 2015年度 監督・コーチについて 阪神タイガース公式サイト 2014年11月6日閲覧。
  4. ↑ 来季のコーチ契約について 阪神タイガース公式サイト 2015年10月15日閲覧。
  5. ↑ “風岡尚幸内野守備走塁コーチ就任のお知らせ”. オリックス・バファローズ (2015年10月20日). 2015年10月20日閲覧。
  6. ↑ 『週刊ベースボール』2017年12月18日号、P68
  7. 1 2 “2017アジアウインターベースボールリーグ(AWB)NPBメンバー一覧”. NPB (2017年11月17日). 2017年11月21日閲覧。
  8. ↑ “新コーチングスタッフ決定のお知らせ”. オリックス・バファローズ (2018年10月22日). 2021年12月12日閲覧。
  9. ↑ “新コーチングスタッフ決定のお知らせ”. オリックス・バファローズ (2019年10月12日). 2021年12月12日閲覧。
  10. ↑ “肩書から「1軍」「2軍」なくしたオリックスのコーチ革命、低迷するチームを変えるか”. 産経新聞. (2020年12月11日) 2021年12月12日閲覧。
  11. ↑ “オリックスが来季コーチ陣25人を発表 8人が新入閣”. ベースボールキング (2021年12月8日). 2021年12月12日閲覧。
  12. ↑ “新コーチングスタッフ決定のお知らせ”. オリックス・バファローズ. 2025年2月11日閲覧。
  13. ↑ “父はオリックス風岡コーチ ハナマウイ風岡賢汰に、本西監督「親父の(プロ)1年目より良い」”. Sponichi Annex. (2021年2月21日) 2023年4月21日閲覧。
  14. ↑ ハナマウイ硬式野球部 [@HanaMaui_bbc] (2024年1月30日). "主将 4風岡賢汰(立正大)※新任". X(旧Twitter)より2024年1月30日閲覧。

関連項目

外部リンク