1787年
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| 千年紀: | 2千年紀 |
|---|---|
| 世紀: | 17世紀 - 18世紀 - 19世紀 |
| 十年紀: | 1760年代 1770年代 1780年代 1790年代 1800年代 |
| 年: | 1784年 1785年 1786年 1787年 1788年 1789年 1790年 |
1787年(1787 ねん)は、西暦(グレゴリオ暦)による、月曜日から始まる平年。
他の紀年法
[編集]カレンダー
[編集]できごと
[編集]

- 1月11日 - 英のウィリアム・ハーシェルが天王星の衛星チタニアとオベロンを発見[1][2]。
- 5月13日 - 英のアーサー・フィリップ率いるファースト・フリートがオーストラリアに初の流刑植民地を建設するため出港(翌年シドニー到着)[3]。
- 5月25日 - 米でシェイズの反乱を機に中央政府権限を強化するためフィラデルフィア憲法制定会議が開会(議長:ジョージ・ワシントン)[4]。
- 6月 - 独の劇作家シラーが疾風怒濤期の戯曲『ドン・カルロス』を刊行[5]。
- 7月13日 - 米連合会議が北西部条例を採択。新領土の対等な州昇格手続きと奴隷制禁止を規定[6]。
- 8月 - 仏の化学者ラヴォアジエらが『化学命名法』を公刊。フロギストン説を否定し近代的命名法を確立[7]。
- 8月19日 - 露土戦争勃発( - 1792年)。ロシア帝国(エカチェリーナ2世)のクリミア併合に反発したオスマン帝国が宣戦布告[8]。
- 8月25日 - 仏の画家ダヴィッドが『ソクラテスの死』をサロンに出品[9]。
- 9月17日 - フィラデルフィア憲法制定会議が人民主権・連邦主義・三権分立を柱とするアメリカ合衆国憲法(草案)を採択[10]。
- 10月27日 - 米の連邦派(ハミルトン、マディソンら)が憲法批准を促す解説書『ザ・フェデラリスト』の連載を開始[11]。
- 10月29日 - モーツァルトがプラハでオペラ『ドン・ジョヴァンニ』を初演[12]。
- 12月 - 米各州で憲法批准が開始:
- 月日不詳 - 仏のジャック・シャルルが気体の熱膨張に関するシャルルの法則を発見[16]。
日本
[編集]- 天明の大飢饉により米価高騰と治安悪化が極限に達する[17]。
- 4月(天明7年3月) - 国学者の本居宣長が、紀州藩主に為政者の心得と農民救済を説いた『玉櫛笥』『秘本玉くしげ』を献上[18][19]。
- 5月31日(天明7年4月15日) - 徳川家斉が第11代征夷大将軍に就任(-1837年)[20]。
- 7月4日夜 - 7月8日(天明7年5月20日夜 - 24日) - 天明の打ちこわし。米価暴騰により江戸・大坂・京都など全国主要都市で民衆が米屋や豪商を襲撃[21][22][23][24]。
- 8月2日(天明7年6月19日) - 打ちこわし鎮静と幕政刷新のため、白河藩主松平定信が老中(将軍補佐)に就任し、寛政の改革に着手( - 1793年)[25]。
- 8月13日(天明7年7月1日) - 老中松平定信が諸役人に訓令を発し、徳川吉宗の「享保の政治」への復帰を宣言[26]。
- 10月11日(天明7年9月1日) - 前政権(田沼派)の大老井伊直幸が辞任[27]。
- 11月6日(天明7年9月27日) - 幕府、田沼期の特権専売機構である大坂の鉄座・真鍮座を廃止。重商主義から農本主義政策へ転換[28][29]。
誕生
[編集]→「Category:1787年生」も参照
- 2月24日(天明7年1月7日)- 草場佩川[30]、儒学者、漢詩人(+ 1867年)
- 3月6日 - ヨゼフ・フォン・フラウンホーファー[31]、ドイツの物理学者(+ 1826年)
- 3月10日 - ウィリアム・エッティ[32]、イギリスの画家(+ 1849年)
- 3月17日 - エドマンド・キーン[33]、イギリスの俳優(+ 1833年)※生年は1789年の説もある
- 4月14日 - ピエール=シャルル・ルイ[34]、フランスの医師(+ 1872年)
- 4月26日 - ルートヴィヒ・ウーラント[35]、ドイツの詩人(+ 1862年)
- 5月20日(天明7年4月4日)- 江馬細香[36]、女流漢詩人、画家(+ 1861年)
- 7月25日(天明7年6月11日)- 小関三英[37]、蘭学者、医師(+ 1839年)
- 8月15日 - アレクサンドル・アリャービエフ[38]、ロシアの作曲家(+ 1851年)
- 9月4日(天明7年7月23日)- 二宮尊徳[39]、農政家(+ 1856年)
- 10月4日 - フランソワ・ピエール・ギヨーム・ギゾー[40]、フランス首相(+ 1874年)
- 11月6日 - ヴーク・カラジッチ[41]、セルビアの言語学者、文献学者、民俗学者(+ 1864年)
- 11月18日 - ルイ・ジャック・マンデ・ダゲール[42]、画家、写真家、ダゲレオタイプを完成(+ 1851年)
- 11月21日 - サミュエル・キュナード[43]、イギリスの実業家(+ 1865年)
- 11月22日 - ラスムス・ラスク[44]、デンマークの言語学者(+ 1832年)
- 11月24日(天明7年10月15日) - 渋川景佑[45]、暦学者、江戸幕府天文方(+ 1856年)
- 12月10日 - トーマス・ホプキンズ・ギャローデット[46]、アメリカのろう教育者(+ 1851年)
- 12月12日 - トーマス・ホジスキン[47]、リカード派社会主義者(+ 1869年)
- 12月17日 - ヤン・エヴァンゲリスタ・プルキンエ[48]、チェコの生理学者(+ 1869年)
- 12月30日 - オットー・フォン・コツェブー[49]、ロシアの航海士、探検家(+ 1846年)
- 月日不詳 - 中山信名[50]、国学者(+ 1836年)
- 月日不詳 - 馬場貞由(馬場佐十郎[51])、洋学者(+ 1822年)
- 月日不詳 - 本因坊丈和[52]、囲碁棋士(+ 1847年)
- 月日不詳 - 和田寧[53]、数学者(+ 1840年)
死去
[編集]→「Category:1787年没」も参照
- 1月1日 - アーサー・ミドルトン[54]、アメリカ独立宣言署名者(* 1742年)
- 2月4日 - ポンペオ・バトーニ[55]、イタリアの画家(* 1708年)
- 2月13日 - ルジェル・ヨシプ・ボスコヴィッチ[56]、イタリアの天文学者、数学者、自然哲学者(* 1711年)
- 4月2日 - トマス・ゲイジ[57]、イギリス軍の将軍(* 1719年?)
- 5月28日 - レオポルト・モーツァルト[58]、ドイツの作曲家、ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトの父(* 1719年)
- 6月20日 - カール・フリードリヒ・アーベル[59]、ドイツの作曲家(* 1723年)
- 7月4日 - シャルル・ド・ロアン (スービーズ公)[60]、フランスの貴族、軍人(* 1715年)
- 8月1日 - アルフォンソ・デ・リゴリ[61]、イタリアのカトリック司祭(* 1696年)
- 10月17日(天明7年9月7日)- 大島蓼太[62]、俳人(* 1718年)
- 10月28日 - ヨハン・カール・アウグスト・ムゼーウス[63]、ドイツの作家(* 1735年)
- 11月15日 - クリストフ・ヴィリバルト・グルック[64]、ドイツの作曲家(* 1714年)
脚注
[編集]注釈
出典
- ↑ 『ティタニヤ』 - コトバンク
- ↑ 『オベロン』 - コトバンク
- ↑ Arthur-Phillip - ブリタニカ百科事典
- ↑ 『アメリカ合衆国憲法』 - コトバンク
- ↑ 『ドン・カルロス』 - コトバンク
- ↑ Northwest Ordinance (1787) - National Archives
- ↑ 『ラボアジエ』 - コトバンク
- ↑ 『露土戦争』 - コトバンク
- ↑ The Death of Socrates - The Metropolitan Museum of Art
- ↑ 『アメリカ合衆国憲法』 - コトバンク
- ↑ 『フェデラリスト』 - コトバンク
- ↑ 『ドン・ジョバンニ』 - コトバンク
- ↑ 『デラウェア州』 - コトバンク
- ↑ 『ペンシルベニア』 - コトバンク
- ↑ 『ニュージャージー州』 - コトバンク
- ↑ 『シャルルの法則』 - コトバンク
- ↑ 『天明の飢饉』 - コトバンク
- ↑ 『玉櫛笥』 - コトバンク
- ↑ 『秘本玉くしげ』 - コトバンク
- ↑ 『徳川家斉』 - コトバンク
- ↑ 『打ち壊し』 - コトバンク
- ↑ 『打毀』 - コトバンク
- ↑ 『大坂打ちこわし』 - コトバンク
- ↑ 『江戸打ちこわし』 - コトバンク
- ↑ 『松平定信』 - コトバンク
- ↑ 『寛政の改革』 - コトバンク
- ↑ 『井伊直幸』 - コトバンク
- ↑ 『鉄座』 - コトバンク
- ↑ 『真鍮座』 - コトバンク
- ↑ 『草場佩川』 - コトバンク
- ↑ 『フラウンホーファー』 - コトバンク
- ↑ 『エッティ』 - コトバンク
- ↑ 『キーン』 - コトバンク
- ↑ 『ルイ』 - コトバンク
- ↑ 『ウーラント』 - コトバンク
- ↑ 『江馬細香』 - コトバンク
- ↑ 『小関三英』 - コトバンク
- ↑ 『アリャビエフ』 - コトバンク
- ↑ 『二宮尊徳』 - コトバンク
- ↑ 『ギゾー』 - コトバンク
- ↑ 『カラジッチ』 - コトバンク
- ↑ 『ダゲール』 - コトバンク
- ↑ Sir-Samuel-Cunard-1st-Baronet - ブリタニカ百科事典
- ↑ 『ラスク』 - コトバンク
- ↑ 『渋川景佑』 - コトバンク
- ↑ Thomas-Hopkins-Gallaudet - ブリタニカ百科事典
- ↑ 『ホジスキン』 - コトバンク
- ↑ 『プルキンエ』 - コトバンク
- ↑ Otto-von-Kotzebue - ブリタニカ百科事典
- ↑ 『中山信名』 - コトバンク
- ↑ 『馬場佐十郎』 - コトバンク
- ↑ 『本因坊丈和』 - コトバンク
- ↑ 『和田寧』 - コトバンク
- ↑ 『ミドルトン』 - コトバンク
- ↑ Pompeo-Girolamo-Batoni - ブリタニカ百科事典
- ↑ Ruggero-Giuseppe-Boscovich - ブリタニカ百科事典
- ↑ Thomas-Gage - ブリタニカ百科事典
- ↑ 『モーツァルト』 - コトバンク
- ↑ Carl-Friedrich-Abel - ブリタニカ百科事典
- ↑ Charles-de-Rohan-prince-de-Soubise - ブリタニカ百科事典
- ↑ Saint-Alfonso-Maria-de-Liguori - ブリタニカ百科事典
- ↑ 『大島蓼太』 - コトバンク
- ↑ Johann-Karl-August-Musaus - ブリタニカ百科事典
- ↑ 『グルック』 - コトバンク