グラビアアイドル

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グラビアアイドル(英: Gravure idol)とは、雑誌やデジタル媒体などで、水着やファッションを中心とした写真を通じて魅力や個性を表現する日本の女性モデル。「グラドル」と略される事が多い[1]。

書店の雑誌(2013年)

概要

雑誌やウェブ媒体などで活動するグラビアアイドルのうち、特定の作品や活動が高く評価された例に対して「グラビアクイーン」と呼ばれることがある[2]。この呼称は、主にメディア報道や企画の中で用いられるもので、公式な区分ではない。

「グラビア」の語は、本来は凹版によるグラビア印刷(凹版印刷)を指す技術用語であり、かつてカラー雑誌の印刷に広く用いられていたため、その誌面に掲載された写真を指して「グラビア」と呼ぶようになった[3]。

グラビアアイドルの主な活動には、紙やデジタル写真集の発売、雑誌の誌面・表紙への掲載、ファンが参加できる公開撮影会やイベントへの出演などが挙げられる。日本の人気女性タレントの中には、グラビアアイドルからキャリアをスタートさせた女性も多い[4]。

また、オンライン配信・SNSでの発信も一般的になっている。また、多くのグラビアアイドルはイメージDVDや動画作品をリリースし、企画や演出を通じて自身の個性や魅力を表現している。

詳細

その活動領域は静止画にとどまらず映像作品や各種パフォーマンスにも及んでおり、イメージビデオをはじめとする映像媒体では、演出や構成を通じてモデルの動きや表情を立体的に捉えるなど、写真とは異なる魅力の表現が追求されている。

グラビアタレントは一般的に女性が多いが、同様の活動には男性もアイドル誌『Myojo』(集英社)や『Kindai』(近代映画社、2009年休刊)で行っており、『週刊ヤングマガジン』(講談社)では2025年時点で男性を対象としたグラビア企画「推しメンFile」の更新をウェブサイトで行い[5]、男性アイドルが雑誌表紙となる場合もある[6]。『週刊SPA!』(扶桑社)の企画、グラビアン魂でも男性が登場したことがある[7]。ただしこの活動を職業として行うものものは稀であり、彼らをグラビアアイドルとは呼ばない[6]。

海外ではピンナップガール(Pin-up Girl)とも訳される[8]。性的要素の強い表現であるため、日本の漫画雑誌巻頭グラビアなどを指すには適当ではない。漫画雑誌というコンテンツが日本にしかないことにより発展した日本独自の要素が強い職種・存在であるとの指摘もある[9]。

「グラビア」の海外進出

海外では日本特有のポップカルチャーの一つとしても認知されている。

2013年にはフランスのジャパンエキスポ内で「JAPANESE GRAVURE IDOLS - Boy meets Girl」(日本のグラビアアイドル展)[10]

2025年には台北でグラビアアイドルの写真展及び登壇イベント「FRIDAY 40th IMMERSIVE PHOTO EXHIBITION in TAIPEI」が開催された[11]。

表現と視覚的特徴

グラビアには多様な表現があり、作品によっては清潔感のある美しさやかわいらしさを強調するものから、いわゆる「セクシー」と形容されるものまで幅広い。グラビアの表現手法は多様である。

撮影では、水着やファッションを中心とした視覚的な魅力を引き出す構図や演出が用いられるほか、テーマ性や雰囲気づくりを重視した作品も多い。

衣装・テーマ表現

衣装やテーマの選択は、作品の方向性やモデル本人の意図、撮影スタッフとの調整によって多様に変化する。水着を用いたグラビア作品は広く見られ、海辺やプールなどの屋外だけでなく、スタジオや室内空間で撮影される例も多い。これらの作品では、開放的な雰囲気や季節感を表現するものから、落ち着いた構図や柔らかな光を用いた演出まで幅広い。

水着以外にも、カジュアルファッションやワンピースなどの日常的な衣装を取り入れた作品があり、スタイルやイメージに応じて多彩なバリエーションが見られる。また、企画によっては制服風の衣装で『かわいらしさ』や『無邪気さ』を演出したり、浴衣などの和服によって季節感やしとやかさを際立たせたりするなど、衣装に応じた多彩な世界観が表現される傾向がある。

1990年代は制服、体操着など学校を想起させるグラビアも多かったが、講談社によれば2020年代以降はコンプラの問題から制服系の衣装から水着に展開させる「お約束」が厳しくなっており、制服姿で「17歳の初々しい柔肌」などと題したデジタル写真集はAmazonから削除されてしまうという[12]。


映像・デジタルメディアへの展開

雑誌や写真集に加え、グラビアアイドルはイメージビデオなどの映像作品にも出演している。作品の企画に出演者自身が関わる例もあり、2024年にはそちおが自身のライブ配信の様子を取り入れる企画を提案し、イメージDVDとして制作された[13]。2022年、グラビア評論家の徳重龍徳は、イメージDVDの売り上げ減少と作品の過激化を指摘した[14]。また、2024年には、イメージDVDを発売せず、雑誌のグラビアやデジタル写真集を中心に活動する出演者の例も報じられている[15]。

2022年、グラビア評論家の徳重龍徳は、雑誌の売り上げ低下を補うため、各出版社が多数のデジタル写真集を刊行していると述べた。デジタル写真集には雑誌に掲載されなかった写真を活用する例があるほか、グラビア撮影の様子を収めた動画もYouTubeなどで公開されている。徳重が紹介した2022年時点のチャンネル登録者数は、「週プレChannel」が約100万人、「講談社ヤンマガch」が約73万人、「ヤンジャンTV」が約40万人だった [14]。また、デジタル媒体の特性を生かした作品も制作されている。写真家の熊谷貫は2021年のインタビューで、紙とデジタルの写真集の違いや、写真の構成、スマートフォンでの鑑賞を想定した撮影、GIF画像を取り入れた表現などについて語っている[16]。

オンラインでは、撮影風景や作品についてのインタビューなども動画で配信されている。2024年には、広山楓のデジタル写真集『ソーシャルヒロイン』の制作にファンの意見が取り入れられ、打ち合わせや撮影の様子がライブ配信された[17]。また、前述の『週刊プレイボーイ』の公式YouTubeチャンネルでは、出演者が自身のデジタル写真集について撮影時の経験などを語る動画企画も行われている[18]。

さらに、グラビアアイドルの映像はカラオケの背景映像としても提供されている。通信カラオケ「DAM」の「グラカラDX」では、毎月3名のグラビアアイドルが追加され、計30名のオリジナル映像を楽しめると案内されている。[19] また、「ときめきガールDX」では、計10名のグラビアアイドルの映像が提供されている[20]。

活動年齢とキャリア

グラビアには、10代から活動するアイドルや俳優、モデルも出演している。2011年には14歳の赤沼夢羅が映画やグラビアなどで活動していたことが報じられた[21]。2018年には15歳の沢口愛華が、アイドルグループ「dela」のメンバーとして「ミスマガジン2018」のグランプリを受賞した[22]。また、2025年には当時高校2年生の苺ひなが『週刊プレイボーイ』のグラビアに初登場し、インタビューで撮影の経験やアイドル活動について語っている[23]。

一方、成人後に芸能活動を始める例もある。ミスヤングチャンピオン2023のグランプリを受賞した板野優花は、中学生のころからモデルの仕事に関心を持っていたものの、実際に芸能活動を始めたのは成人後だったとインタビューで語っている[24]。

長期にわたり活動を続ける例もある。2000年代にジュニアアイドルとしてデビューした山中真由美と山中知恵の姉妹は、2026年にも共同で雑誌のグラビアに出演した。同年のインタビューでは、グラビアを続ける思いや、知恵が制作を手がけた姉妹共演の映像作品について語っている[25]。

磯山さやかは2025年にデビュー25周年を記念した写真集を発売し、高校生で芸能活動を始めた当時は40代までグラビアを続けるとは想像していなかったと語った[26]。また、中島史恵は39歳でいったんグラビア活動を終了した後、49歳で復帰し、50代になっても写真集や映像作品を発表している[27]。

活動分野と表現

グラビアへの取り組み方や活動の目的は出演者によって異なり、自身の表現活動として継続する例もある。グラビア誌『STRiKE!』の編集長・木村親八郎は、2021年のインタビューで、主体性を持ち、自己表現としてグラビアに取り組む出演者が増えたとの印象を述べた。また、写真の構成やストーリー性を重視し、出演者それぞれの個性や自然な姿を伝えることを目指していると語っている[28]。

グラビアアイドルの鈴木ふみ奈は、2021年のインタビューで、出演者が趣味や他の芸能活動とグラビアを組み合わせ、それぞれの個性を生かした活動を展開していることに言及した。自身も写真集で新たな表現を試みるとともに、俳優業にも取り組んでおり、グラビアを続ける楽しさや、その魅力をより幅広い人々に伝えたいという思いを語っている[29]。

歌手やアイドルグループの活動と並行してグラビアに出演する例もある。NMB48の白間美瑠は、2021年のインタビューで、歌やダンスの際に楽曲に合わせて表情を変える経験が、グラビアでの表現にも影響した可能性を語った。また、グループ卒業を記念した写真集『REBORN』では、自ら写真家を指名し、衣装の選択にも携わった。[30] また、鈴木愛理の写真集『泳がない夏』について、ライターの佐々木康晴は、写真に表れた表情や雰囲気を、当時の℃-uteの活動や成長と関連づけて論じている[31]。

俳優やファッションモデルとして活動しながらグラビアにも出演する例がある。『non-no』のモデルや俳優として活動してきた馬場ふみかは、2017年のインタビューで、衣服を見せることを重視するファッションモデルの仕事と、自身のポーズや新たな表情を見せるグラビアとでは、求められるものが異なると説明した。また、俳優業を志しながらも、グラビアやモデルの活動を続けたいという意向を示している[32]。俳優の高田里穂は、2022年のインタビューで、11年ぶりにグラビア活動を再開した経験を振り返り、美しく見せることだけでなく、自然な表情や動きを捉えることの大切さを感じたと語っている。写真集『完成された未完成』の制作では、写真家の熊谷貫らと打ち合わせを重ね、故郷での素顔や、それまでの経験を経た現在の自分を表現することを目指したという[33]。

声優として活動する人がグラビアや写真集の制作に取り組む例もある。尾崎由香は2018年のインタビューで、声優や歌手として活動する一方、雑誌のグラビアや写真集にも出演していることについて語った。撮影にはまだ慣れていないとしながらも、もともと写真を見たり撮ったりすることが好きで、他のアイドルの写真集から表現の参考になるものを探していると述べている[34]。

アナウンサーがグラビアを含む写真作品を発表する例もある。ABEMAのアナウンサー・西澤由夏は、2023年に刊行したフォトエッセイ『ABEMAアナウンサー西澤由夏です』でグラビア撮影にも取り組んだ。インタビューでは、静止画の撮影には不慣れだったものの、写真家やスタッフと協力し、自ら希望した浴衣姿での撮影などに取り組んだ経験を語っている[35]。また、女子プロレスラーの紫雷イオは、2017年に写真集『素顔』を発売し、リング上とは異なる一面を見せるとともに、女子プロレスへの関心を広げたいという思いを語った[36]。

グラビアアイドルの倉持由香は、2019年の著書『グラビアアイドルの仕事論』で、十分な収入を得られる出演者は一握りであると述べ、仕事の厳しさを指摘している[37]。また、俳優として活動の幅を広げた後もグラビアに取り組む例がある。寺本莉緒は2026年に約5年ぶりにグラビアを再開し、インタビューでは、撮影を通じて自然な自分を表現できることへの思いを語るとともに、今後も長くグラビアを続けたいという意向を示した[38]。

歴史

1960年代〜1970年代

戦後の雑誌出版の発展を背景に、1960年代には『平凡パンチ』(1964年創刊)や『週刊プレイボーイ』(1966年創刊)など、若者向けの週刊誌が登場した。これらの雑誌では、芸能やファッションなどの記事とともに、女性タレントの写真も掲載されていた[39]。女性アイドルのメインは、ほぼすべてがテレビ出演やコンサートでの歌手活動で「アイドル歌手」とも呼ばれ、彼女らのグラビアにおける水着披露は、歌手としての人気を獲得するプロモーションの一環に過ぎず、「あくまで本業は歌手」の前提であった[40]。

1970年代には、歌手として活動するアイドルを取り上げる雑誌の写真や記事も発展した。『明星』では1971年から篠山紀信が表紙写真を担当し、山口百恵、桜田淳子、郷ひろみら、テレビの音楽番組などで活動する男女の歌手が多く表紙に登場するようになった[41]。同誌はテレビのオーディション番組『スター誕生!』や歌番組とも連動し、出演者の故郷や家族、学校生活などを紹介することで、テレビとは異なる角度から人物像を伝えていた[41]。

1970年代には、写真家の篠山紀信が雑誌『GORO』で手がけた「激写」シリーズが注目を集めた。1975年に掲載された山口百恵の写真に由来するこの呼称のもと、著名な俳優やアイドルだけでなく、芸能活動をしていない女性も被写体となった[42]。当時『GORO』の編集に携わった根本恒夫は、篠山が被写体一人ひとりの個性や希望を考えながら、撮影の構想を練っていたと振り返っている[43]。篠山のアイドルや俳優の肖像写真を含む幅広い活動は、2012年の熊本市現代美術館による回顧展でも取り上げられた[44]。

また、1975年に日本で芸能活動を始めたアグネス・ラムは、広告出演とともに雑誌のグラビアでも人気を集めた。『週刊プレイボーイ』によれば、1976年の初掲載時に実施したポスター50枚のプレゼント企画には、約12万通の応募があったという。同誌の元カメラマン・﨑山健一郎は、彼女の自然な笑顔やポーズが印象的だったと振り返っている[45]。

この時期には、歌手や俳優として活動するアイドルも雑誌のグラビアに登場していた。例えば、岡田奈々は1977年1月17日号の『平凡パンチ』で表紙を飾り、同年2月14日号にはカラーグラビアが掲載されたことが、国立国会図書館の調査で確認されている[46]。

1980年代

1980年には、熊本大学在学中の宮崎美子が『週刊朝日』の公募企画に応募し、篠山紀信が撮影した写真が同年1月25日号の表紙に掲載された。これをきっかけにカメラの広告やテレビドラマへの出演につながり、俳優や歌手としても活動するようになった。宮崎は後年のインタビューで、一度はプロの写真家に撮影してもらいたいという思いから応募し、それが長年の芸能活動につながるとは想像していなかったと振り返っている[47]。

1980年代には、アイドルの写真を中心に扱う専門誌も展開された。『BOMB』は1980年4月号からアイドルを表紙に起用し、1981年2月号から月刊化、1983年秋には姉妹誌『Momoco』が創刊された[48]。『Momoco』の巻頭グラビア企画「Momoco写真館」では、写真家の小澤忠恭が撮影した写真を10ページ以上にわたって掲載していた。同企画の写真は後年、当時のフィルムをデジタル化した写真集としても復刻されている[49]。また、1982年には女性アイドルのグラビアを中心に扱い、芸能や音楽などの情報も掲載する雑誌『スコラ』が創刊された[50]。

漫画雑誌においてもグラビアが掲載され、1979年創刊の『週刊ヤングジャンプ』や、1980年6月創刊の『週刊ヤングマガジン』などがその媒体となった[51][52]。

1982年には、講談社のグラビアコンテスト「ミスマガジン」が始まり、写真家の野村誠一もその企画に携わった。初期の受賞者には伊藤麻衣子や斉藤由貴らがいる[53]。1984年に『週刊少年サンデー』編集部へ戻った佐藤敏章は、競合誌『週刊少年マガジン』のグラビア企画が人気を集めていたことから、自誌でもグラビアページの制作を担当したと振り返っている[54]。1984年、堀江しのぶがデビューする。堀江は後に巨乳アイドルブームの立役者となる野田義治(現:サンズエンタテインメント会長)の秘蔵っ子であり、野田に「堀江を売り出すためにイエローキャブを創った」と言わしめるほどの存在だった。グラビアで人気を獲得した堀江は徐々にバラエティー番組やドラマ、映画へと活動の幅を拡げ、現代においても見られる「グラドル→マルチタレント」の流れの基礎を築いたが、4年後の1988年9月に、胃癌により23歳の若さで急逝。彼女の死が大きく報じられたことによりグラドルの存在を世に記す第一歩となり、その後野田が手掛けたかとうれいこや細川ふみえも、豊満で肉感的なスタイルを活かしてまずグラビアで人気を博した後、テレビ番組など活動の幅を拡げており、野田率いるイエローキャブはグラビア界で地位を確立した[40]。

1985年に歌手デビューした南野陽子も、音楽活動と並行して漫画誌のグラビアに登場した。当時の担当音楽プロデューサー・吉田格は、南野を『週刊少年マガジン』編集部に紹介し、「マガジンガール」として大きく取り上げられたと振り返っている。[55] また、野村誠一が撮影した南野の『週刊少年マガジン』『週刊ヤングマガジン』などの表紙・グラビア写真は、2019年の写真集『記憶×南野陽子』に再収録された[56]。

1986年3月には、ワニブックスのアイドルグラビア誌『アップトゥボーイ』が創刊された。創刊号の表紙は、同誌の誌上オーディション「ミス・アップ」の初代受賞者である勇直子が飾った[57]。同誌は創刊時から「ミス・アップ」を実施し、後にWinkを結成する鈴木早智子と相田翔子、俳優の和久井映見らを輩出した[58]。また、同誌の編集長・一坊寺麻衣は2021年のインタビューで、創刊以来、写真集に匹敵する質のグラビアを重視してきたと説明している[59]。

1990年代

1990年代初頭には、芸能事務所イエローキャブに所属するかとうれいこや細川ふみえらが、雑誌のグラビアや写真集などで活動した。かとうは1989年にクラリオンガールに選出され、1990年代前半にはグラビアのほか、歌手や俳優、タレントとして幅広く活動した[60]。細川は1990年の「ミスマガジン」グランプリをきっかけに芸能界入りし、その後はテレビ番組の司会や歌手としても活動した[61]。この時期には『ギルガメッシュないと』(テレビ東京)、『トゥナイト2』(テレビ朝日)などの深夜番組が開始され、水着アイドルが雑誌以外の媒体で活動する機会も増加した[40]。

「グラビアアイドル」という呼称について、1990年頃にはまだ定着していなかったとする見解がある[62]一方、2019年の『日刊ゲンダイ』の回顧記事では、1993年に同呼称が定着したと位置づけている[63]。

写真集の制作について、写真家の山岸伸は、かとうの初期作品を撮影した1989年頃から写真集の刊行が活発になったと振り返っている。山岸によれば、写真集は出演者の知名度を高め、雑誌への掲載など次の活動につながる役割も果たしていた。また、かとうの撮影では海外ロケだけでなく、スタジオ撮影やモノクロ写真も取り入れられたという。[64] 当時の写真集には、山岸が撮影したかとうの『かとうれいこ写真集:1990クラリオンガール』(1989年)や、斉木弘吉が撮影した細川の『One sweet dream』(1991年)などがある[65][66]。

グループでの活動も見られ、1990年にはC.C.ガールズがデビューし、1994年には「美と健康」をテーマにシェイプUPガールズが結成された。後者のメンバーである中島史恵は、その後グラビアやバラエティ番組などでも活動した[67][68] 。また、1992年にテレビドラマで俳優デビューした雛形あきこは、イエローキャブに移籍して水着グラビアを始めるとその素質が一気に開花。1994年に「ビジュアルクイーンオブザイヤー」に選ばれ、グラビアで人気を集めた[69][70]。当時の胸を寄せた写真から広まった「雛ポーズ」について、雛形は後年、撮影中に立ったり座ったりする動作を捉えた姿勢に由来し、本人は当初その呼称を知らなかったと説明している[71]。またグラビアアイドルという呼称が世の中に伝播したのもこの当時とされる[40]。1996年にはグラビアアイドルをピックアップしたバラエティー番組『BiKiNi』(テレビ東京、司会は雛形あきこ)が開始された[40]。

1995年に芸能界デビューした青木裕子は、翌1996年に「ビジュアルクイーンオブザイヤー」に選出され、多くの雑誌のグラビアに登場した。青木は後年、当時は海外での撮影も盛んに行われていたと振り返っている。[72]

1996年には、山田まりやが第1回「ミスヤングマガジン」のグランプリを受賞し、グラビアで人気を集めた。同年にはグラビアアイドルらが出演するテレビ東京の深夜バラエティ番組『BiKiNi』の放送も始まった。[73] 山田は1997年に『スーパーJOCKEY』のレギュラー出演や特撮ドラマ『ウルトラマンダイナ』への出演など、活動の幅を広げた。山田は後年のインタビューで、当時はグラビア撮影とテレビ番組の収録を並行して行っていたことや、俳優としての活動機会も増えていったことを振り返っている。[74]

1997年には、ホリプロ所属の優香が『週刊プレイボーイ』に登場し、同誌の誌面とインターネットを通じて芸名が公募された。約1万7000通の応募から「優香」の名が選ばれ、翌1998年には同誌で芸名を披露するとともに水着グラビアに登場した[75]。当時の撮影を担当した写真家の小塚毅之は、優香がスカウトされた池袋で撮影した写真が芸名募集の誌面に使用されたと振り返っている。また、小塚は、集英社のスタジオで接した写真家・中村昇による人物の表情や色彩を生かした撮影手法に影響を受けたことも語っている[76]。優香は1年後の1998年にゴールデン・アロー賞のグラフ賞を受賞したのを皮切りに、1999年度には最優秀新人賞・放送新人賞を、2000年度にも放送賞を受賞し、2002年度には記念表彰のゴールデングラフ賞を受ける快挙を成し遂げ、グラビアタレントの地位向上に大きく貢献した[40]。

1990年代後半には、歌手として活動するアイドルもグラビア誌や写真集に登場していた。1998年にはモーニング娘。が、写真家の野村誠一による初の写真集『morning musume』を刊行した[77] 同年9月発売のアイドル誌『アップトゥボーイ』第96号には、モーニング娘。のほか、鈴木あみ、広末涼子、ともさかりえなどが掲載されている。[78] 同誌編集長の一坊寺麻衣は後年、人気アイドルを掲載するだけでなく、読者が初めて出会う新人を紹介することも同誌の狙いだったと説明している。[79]。1990年代末期になると、バストのサイズが100cmを超えるグラドルも登場。大沢舞子(100cm、1999年デビュー当時はみなみ名義)を皮切りに、2000年代以降の根本はるみ(103cm)、石川夕紀(105cm)へとつながっていく。また、巨乳グラドルの増加に伴い、雑誌の紹介記事などでは、サイズに加えてカップが記載され、キャッチコピーで使われることも多くなっていった[40]。

1998年には、日本テレビによるアイドル企画「日テレジェニック」が始まった。初年度には加藤あいや佐藤江梨子らが選ばれ、1999年には酒井若菜らが選出された。同企画では、選出者のイメージ映像の制作やテレビ番組への出演なども行われ、グラビアとテレビを結ぶ活動の場となった[80][81]。90年代後期は雑誌社もミス○○というグラビアの仕掛けを展開し始め、フジテレビ「ビジュアルクイーンオブザイヤー」がグラビア発掘系にシフトする[40]。俗に「アイドル冬の時代」と呼ばれ、歌って踊るアイドルは日の目を浴びにくい状況だったが、自らの肢体を武器に新たなスター像を確立したグラビアアイドルは大きく花を咲かせた[40]。

写真集の分野では、1998年11月に新潮社がムック形式の「月刊シリーズ」を創刊した。第1作は写真家の平間至が撮影した『月刊 永作博美』で、同年12月には『月刊 篠原涼子』、1999年には『月刊 ともさかりえ』や『月刊 山田まりや』などが刊行された。同シリーズは俳優やタレントと写真家それぞれの個性を重視し、写真家の名前も前面に出した構成を特徴とした[82][83]。写真家の笠井爾示は後年のインタビューで、同シリーズがコンビニエンスストアでも販売され、雑誌に近い感覚で手に取ることができた点に言及し、写真家の作品性を発揮できる企画として関心を抱いたと振り返っている[84]。

この時期には、俳優やタレントとしての活動とグラビアを並行する出演者もいた。小池栄子は1997年にテレビドラマで俳優デビューし、翌1998年には『美少女H』で主演を経験した。その後グラビアでも活動し、1999年には写真集『Eiko』が刊行された。小池は当初グラビアの仕事に積極的ではなかったものの、後には雑誌への出演を自らの知名度を高める機会として捉えるようになったという[85][86]。

1998年4月には、広末涼子の写真集『NO MAKE』(撮影:熊谷貫、集英社)が刊行された[87]。『週刊ヤングジャンプ』の連載をもとに、1997年から約500日間にわたり、ドラマや音楽の収録現場、日常生活などを撮影した作品で、25万部を超える売り上げを記録した[88] 。熊谷は後年、歳月を経て見返せるアルバムのような写真集を意図していたと説明しており、広末も撮影中は自然体でいられたと振り返っている[87]。

また、子役時代から俳優として活動していた安達祐実は、1999年に写真家の橋本雅司が撮影した写真集『17歳』を刊行した。安達は後年、成長する自身と世間が抱く子役時代のイメージとの間で葛藤していた当時、橋本との撮影を通じて自然体の自分でいられることに救われ、グラビアを好きになったと振り返っている[89][90]。

2000年代

2000年代初頭について、2000年にデビューした磯山さやかと2001年にデビューした熊田曜子は、2016年の対談で、当時は雑誌や写真集、イメージDVDなどの制作が盛んで、海外での撮影も多かったと振り返っている。また、熊田はグラビアを俳優やタレントへの足がかりとしてではなく、主な仕事として活動する出演者が増えたとの印象を語っている。[91] 1999年にグラビアでデビューしたMEGUMIは、当初は歌手を志していたが、その後バラエティ番組への出演が増え、グラビア撮影とテレビ番組の収録を並行して行っていたと振り返っている。2003年には歌手としてCDデビューも果たした。[92]

写真集の分野では、2001年に藤代冥砂が撮影した井川遥の『月刊 井川遥』が刊行された。井川は1999年に芸能界入りし、2000年ごろから雑誌のグラビアにも登場するようになった。同時期には女性誌での活動も広がり、本人は男性誌と女性誌のいずれも写真を通じて自分を見せる仕事だと考えていたという。[93] 写真家の笠井爾示は後年、『月刊 井川遥』について、藤代の写真家としての個性と井川の魅力がともに表れていたことに感銘を受け、自身も「月刊」シリーズの撮影を志すきっかけになったと語っている。[94]

新人発掘の分野では、1982年に始まった「ミスマガジン」が、2001年から2011年まで11年連続で開催された。同企画からは中川翔子、岩佐真悠子、北乃きいら、グラビアのほか歌手や俳優などとしても活動する出演者が輩出された。[95]

映像分野では、写真と映像を組み合わせた新たな形式も試みられた。2002年には小学館が、吉岡美穂をモデルに、複数の静止画の間を補間して動きを作り出す「モーショングラビア」技術を採用したDVD『BALIAN』を発売した。[96] 2003年にはソニー・ミュージックエンタテインメントが、同技術を用いたPlayStation 2向けのデジタル写真集を発売し、MEGUMI、根本はるみ、森ひろこ、北川友美の4人を起用した。写真の拡大や再生速度の操作など、ゲーム機の機能を利用した鑑賞方法も取り入れられた。[97]

2004年には、歌手として活動する後藤真希が『週刊ヤングジャンプ』の表紙・巻頭グラビアに登場し、同誌ではBerryz工房もグラビアに掲載された。後藤の撮影は細野晋司、Berryz工房の撮影は外山繁らが担当した。[98] また、同年の「ミスマガジン2004」で読者特別賞を受賞した山崎真実は、雑誌のグラビアに出演する一方、2005年にはNHKの英会話番組、2006年には特撮ドラマ『轟轟戦隊ボウケンジャー』にも出演した。山崎は後年、活動初期には撮影時のポーズや表情の作り方に苦労し、経験を積む必要を感じていたと振り返っている。[99]

2005年11月には、角川書店から『グラビアザテレビジョン』第1号が刊行された。同誌は『月刊ザテレビジョン』の別冊ムックで、相武紗季、岩佐真悠子、安めぐみ、堀北真希、小野真弓らの撮り下ろし写真を掲載し、特典映像を収録したDVDも付属した。[100]

この時期に多くの雑誌の表紙を飾ったほしのあきは、2005年から2007年にかけての『週刊プレイボーイ』の撮影を振り返り、撮影場所や衣装が毎回変わるため、仕事を楽しんでいたと語っている。また、俳優やタレントではなく「グラビアアイドル」を自らの職業として捉え、事務所にもその肩書きを希望していたという。当時のイベントでは女性のファンも増えてきたと感じていたことを明かしている。[101]

携帯電話向けの写真集配信も始まり、2006年1月にはビットウェイがNTTドコモのiモード向けに「Handy写真集」を開設した。開始時には安田美沙子、ほしのあき、小倉優子、眞鍋かをりらの作品を含む約250タイトルが用意され、対応するFOMA端末で閲覧できた。[102]

テレビでは、2007年3月まで放送されたフジテレビの『グラビアトークオーディション』が、バラエティ番組での会話能力を持つグラビアアイドルの発掘・育成を目的に掲げていた。司会は若槻千夏とほしのあきが務めた。[103]

2008年8月には、ネットドリーマーズがNTTドコモのiモード向け動画配信サイト「日刊グラドル100円TV」を開設した。ほしのあき、眞鍋かをり、小倉優子らの作品を含む3000本以上の動画が用意され、ストリーミング配信やダウンロードに対応した。[104]

新人発掘の分野では、2009年に『週刊ヤングジャンプ』と『週刊プレイボーイ』が合同でオーディション企画「グラビアJAPAN」を開催した。約1200人の応募者から松岡音々がグランプリに選ばれ、清野菜名ら4人が準グランプリを受賞した。選考にはYahoo! JAPANでのブログ更新やニコニコ動画での動画配信も取り入れられ、アクセス数や再生数、ウェブサイトとはがきによる投票などが反映された。[105]

同年の『週刊ヤングジャンプ』には、グラビアアイドルや俳優、歌手などさまざまな出演者が登場した。10月22日発売号ではAKB48が表紙・巻頭・センターグラビアを飾り、桑島智輝と栗山秀作が撮影を担当した。また、11月12日発売号では杉本有美が表紙・巻頭グラビアに、福井未菜がセンターグラビアに登場し、いずれも細野晋司が撮影を担当した。[106]

一方、雑誌の出版環境にも変化がみられた。『週刊プレイボーイ』の発行部数は1990年の68万部から2008年には22万部に減少し、2009年には編集長の樋口尚也が出版環境の厳しさについて語っている。[107] また、小学館は2009年10月、グラビア誌『sabra』を2010年1月25日発売号で休刊すると発表した。同誌の発行部数は2004年の最高20万5000部から約8万5000部に減少しており、出版社は雑誌とウェブを取り巻く環境の変化を理由に挙げた。[108]

2010年代

2010年代初頭には、歌手・アイドルグループのメンバーや俳優、グラビアを中心に活動するタレントなどが、引き続き同じ雑誌のグラビアに登場していた。2010年5月刊の『G(グラビア)ザテレビジョン』第16号では、AKB48が表紙・巻頭特集を飾り、SKE48、ハロー!プロジェクトの所属者のほか、桜庭ななみ、川口春奈、小池里奈らが掲載された。[109] 同年11月号の『BOMB』にも、AKB48の特集に加え、原幹恵、井上和香、森田涼花らのグラビアが掲載された。[110] 写真家の桑島智輝は後年、2008年の『アップトゥボーイ』の誌面をきっかけに女性出演者のグラビア撮影に関心を持ち、その後AKB48の北原里英や篠田麻里子らを撮影するようになった経緯を振り返っている。[111]

グラビアと音楽活動を並行する出演者もいた。篠崎愛は2011年にアイドルグループAeLL.のメンバーとしてCDデビューし、一時グラビアから離れたものの、その後活動を再開した。[112] 篠崎は後年、歌うことが好きでグループへの参加を決めたことや、AeLL.を知ってもらうためにもグラビアに積極的に取り組もうと考えたことを語っている。[113]

℃-uteのメンバーとして活動していた鈴木愛理は、2010年から2012年にかけて、四国、新潟、九州など日本各地を舞台とする写真集『登校日』『巡る春』『この風が好き』を刊行した。これらは2013年の高校卒業記念写真集『鈴木愛理 全集2010-2013「卒業」』にも収録され、学生生活を題材にした連作として構成された。[114] 2012年の『この風が好き』では鈴木自身も企画段階から参加し、作品のテーマに沿った撮影が行われた。[115] また、同年発売の映像作品『ここが好き』には、写真集のメイキング映像も収録された。[116]

新人発掘の分野では、1982年に始まった「ミスマガジン」が2011年の開催後に中断した。[117] 一方、2012年には講談社が、モデル、俳優、グラビアアイドルなどの分野にとらわれず、音楽、映像、文章、漫画、ダンスなど多様な表現による応募を認める新人発掘企画「ミスiD2013」を開始した。選考委員にはグラビアや音楽活動などで知られる吉木りさも参加した。[118]

また、TwitterなどのSNSを活用し、出演者自身が発信や協力を行う動きもみられた。倉持由香は2014年1月に、グラビアアイドルが自ら撮影した写真を共通のハッシュタグで投稿する「グラドル自画撮り部」を立ち上げた。倉持は同年のインタビューで、グラビアの仕事を得ることが難しいと感じていたことや、知名度を高めるために自ら写真を発信し、ほかの出演者とも協力するようになった経緯を語っている。[119] 2016年には倉持、鈴木咲、青山ひかる、菜乃花による相互撮影企画が『週刊プレイボーイ』の増刊号に掲載され、撮影の様子を収めたDVDも付属した。[120]

デジタル写真集の分野では、『週刊プレイボーイ』が2012年からデジタル写真集を制作・販売し、2014年には専門サイト「週プレ グラジャパ!」を開設した。2015年には橋本マナミや佐野ひなこ、片山萌美らの作品が刊行され、扱う出演者や企画の幅が広がっていった。[121]

2010年代半ばには、ファッションモデルとグラビアの両方で活動する「モグラ女子」と呼ばれる出演者が注目された。女性ファッション誌『non-no』のモデルで俳優としても活動する馬場ふみかは、2016年に写真家・熊谷貫の撮影による初の写真集『色っぽょ』を刊行した。[122] また、女性ファッション誌『MORE』のモデルで俳優でもある内田理央と逢沢りなは、2016年と2017年に同誌と連動したデジタル写真集を刊行した。2017年の作品には誌面未掲載の写真や新たな撮り下ろしが収録された。[123]

アイドルグループのメンバーによる写真集も大きな売り上げを記録した。2017年2月に刊行された乃木坂46の白石麻衣の写真集『パスポート』(撮影:中村和孝)は、同年上半期のオリコン写真集ランキングで約20万1000部を売り上げ、同部門の首位となった。[124] 編集を担当した講談社の谷口晴紀によれば、撮影地のロサンゼルスは白石自身の提案であり、写真の構想にも本人が参加した。制作には女性ファッション誌で活動する写真家やスタイリストらが起用され、女性読者やグループのファンを含む幅広い読者層が意識された。また、写真の一部をウェブ上で先行公開する宣伝手法も採用された。[125]

一方、グラビアを主な職業とする出演者が、雑誌への掲載機会をめぐって苦労することもあった。倉持由香は2017年のインタビューで、アイドルグループのメンバーやファッションモデルもグラビアに登場する状況について語り、自らの仕事を広げるためにSNSでの発信やほかの出演者との協力を重ねてきたと振り返っている。また、グラビアを俳優などへの足がかりではなく、自らの職業として続けたいという考えを示した。[126]

2018年には、声優を対象とする写真・インタビュー誌でもグラビア企画が展開された。2月刊行の『声優グランプリNEXT Girls』では高橋李依、尾崎由香、諏訪ななからを取り上げ、撮り下ろし写真とともに、声優を志した経緯や仕事への考え方などを紹介した。[127]

写真集の形式も多様化した。2018年6月には、乃木坂46のメンバー同士が撮影した写真をまとめた『乃木坂46写真集 乃木撮 VOL.01』が刊行された。2017年から『FRIDAY』で連載されていた企画をもとに、メンバーが互いの楽屋での様子や日常的な姿を撮影した作品で、秋元真夏はインタビューで、メンバー同士だからこそ撮影できる自然な表情や距離感について語っている。[128] 同書は発売初週に約18万2000部を売り上げ、当時のオリコン写真集部門の初週売上記録を更新した。[129] 2019年12月には続編『乃木撮 VOL.02』も刊行された。[130]

同年には、2011年を最後に中断していた「ミスマガジン」が7年ぶりに再開され、名古屋のアイドルグループdelaのメンバーとして活動していた沢口愛華が、応募総数2893人の中からグランプリに選ばれた。[131] 2019年には、子役やアイドルとして活動してきた豊田ルナが、応募総数3023人からグランプリに選出された。[132] 再開後の同企画は、芸能活動の未経験者に加え、アイドルグループのメンバーや俳優、モデルなど、さまざまな分野の応募者を対象としていた。[133]

グラビアを主な活動分野とする出演者の活動も続いた。2018年にはイメージDVDの制作・販売会社の関係者が選考する「グラビア・オブ・ザ・イヤー」が創設され、森咲智美が2018年と2019年にグランプリを受賞した。[134][135] 森咲は2019年のインタビューで、衣装やメイク、写真の企画に自ら携わる機会が増えたと振り返っている。[135]

2020年代

そして脊山麻理子・塩地美澄・薄井しお里・鷲見玲奈・森香澄ら、アナウンサーからの転身組、えなこ・伊織もえなどのコスプレーヤーの登場など、多種多様なジャンルから、モデルが参入する。2020年代からはりりか、あみちなどSNSインフルエンサーのグラビア進出が本格化。週刊プレイボーイ編集部・金髪りさはグラビアをやっているインフルエンサーに「グラエンサー」と名付けた[136]。

こうして、群雄割拠な状況ながら、グラビアタレントは復権しつつある。2022年5月、週刊プレイボーイ編集部(週プレチャンネル担当)の金髪りさ、とりはグラビアアイドル104人にアンケートを行い、ライバルは「いない」と答えた女性が多かったことに言及し、SNSで誰でも自己発信できるようになり、いかに自分らしさを写真などで表現するかが大事になった時代と考察している[137]。

一方、2023年12月には女性ファッション誌『LARME』から仲川瑠夏と月足天音を起用したデジタル写真集が発売。これまでも女性向け女性グラビアは『an an』や『ar』で観られたが、デジタル写真集に落とし込んだのは珍しく、水着や下着表現も多いことから、女性向け女性グラビアの誕生と位置付けられた[136]。週刊プレイボーイにおいてもファッション誌カメラマンである東京祐、中村和孝、前康輔の起用が増えるなどコンテンツのボーダーレス化が増した[136]。

2025年は芹那が約11年ぶりにグラビア復帰、かとうれいこが約26年ぶりグラビア活動に復帰、原幹恵が同じく8年ぶりに復帰などグラビア活動復帰が話題となった[138]。

プロジェクト・コンテスト

ゴールデン・アロー賞「グラフ賞」

社団法人(現:一般社団法人)日本雑誌協会雑誌芸能記者クラブ主催の「ゴールデン・アロー賞」には、日本雑誌写真記者会が選考する「グラフ賞」があり、もともとその年度で最も雑誌のグラビアを飾り話題を提供した被写体が受賞者に選出されていた。

以下、1998年度(第36回)受賞の優香以降は、グラビアアイドルの登龍門的な賞となっていた。

受賞者は、自動的に翌年度の「雑誌愛読月間」[注釈 1]イメージキャラクターに起用される。いずれも、その時代を反映したフォトジェニックであり、受賞者を改めて見ることで、一般大衆が求めるグラビアの傾向やその推移が見て取れる。

そして、他のミスコンのように、同性の視線を意識してか、均整の取れたプロポーションの持ち主が選ばれやすいのが特徴。また受賞者は、ミスマガジンなどの、当該年度キャンペーンの受賞者であることなどから、実績、活動に対しては非常に厳しい評価がされている。ゴールデン・アロー賞は第45回をもって終了したが、雑誌愛読月間イメキャラの選出は2013年度まで行われた。

2009年度以降は佐々木希、桜庭ななみ、武井咲、剛力彩芽、能年玲奈が起用されており、ゴールデン・アロー賞終了後のイメキャラは、グラドルから若手女優へとシフトしている。つまり2012年度はグラドル勢で孤軍奮闘していた吉木りさが、2013年度はそのエロティックなキャラクターが広く話題となり、女性ファッション誌にも出演機会があった壇蜜が落選しているのである。

AKB48および姉妹グループのメンバーは、2009年頃以降の雑誌グラビアを席巻していた時期でも、選出者がいなかった。 2010年代中盤には「カバーガール大賞」として、事実上復活している。

グラビア・オブ・ザ・イヤー

2018年よりキネマ旬報社が主催する年間表彰[139]。イメージビデオを制作するイーネット・フロンティア、エスデジタル、スパイスビジュアル、竹書房の4社協議により選出。売り上げだけではなく、話題性やファンサービスなどの貢献度も審査対象[140]。2020年まで森咲智美が3年連続でグランプリ選出され、殿堂入りとなった[139]。

具体例

グラビアページを掲載している主な媒体

消防庁や公共団体・業界団体が、ポスター撮影にグラビアアイドルを採用するケースも多い。

脚注

注釈

  1. ↑ 2000年度までの名称は「雑誌月間」。2014年度以降も企画そのものは継続する。

出典

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関連項目