工藤壮人

ウィキペディアから、無料の百科事典
工藤 壮人
名前
愛称 クドー、マサト
カタカナ クドウ マサト
ラテン文字 KUDO Masato
基本情報
国籍 日本の旗 日本
生年月日 (1990-05-06) 1990年5月6日
出身地 東京都[注釈 1]
没年月日 (2022-10-21) 2022年10月21日(32歳没)
身長 177cm
体重 72kg
選手情報
ポジション FW / MF
利き足 右足
ユース
2000-2002 日本の旗 柏レイソルU-12
2003-2005 日本の旗 柏レイソルU-15
2006-2008 日本の旗 柏レイソルU-18
クラブ1
年 クラブ 出場 (得点)
2009-2015 日本の旗 柏レイソル 189 (66)
2016 カナダの旗 バンクーバー・ホワイトキャップス 17 (2)
2017-2020 日本の旗 サンフレッチェ広島 30 (4)
2019 →日本の旗 レノファ山口FC (loan) 27 (4)
2020-2021 オーストラリアの旗 ブリスベン・ロアーFC 14 (1)
2022 日本の旗 テゲバジャーロ宮崎 21 (3)
通算 298 (80)
代表歴
2013 日本の旗 日本 4 (2)
1. 国内リーグ戦に限る。
■テンプレート(■ノート ■解説)■サッカー選手pj

工藤 壮人(くどう まさと、1990年5月6日 - 2022年10月21日)は、東京都出身[注釈 1]の元プロサッカー選手。選手時代のポジションはフォワード、ミッドフィールダー。元日本代表。

来歴

プロ入り前

杉並区で生まれ、2歳で足立区に転居した[2]。兄の影響で3歳頃からボールを蹴り始め、小学4年生から柏レイソルのアカデミーに加入[2]。高校は日体大柏高校に通った[4]。柏レイソルユースでは吉田達磨の指導の下、後にプロ入りする酒井宏樹、指宿洋史、仙石廉、武富孝介、山崎正登、比嘉厚平、島川俊郎、畑田真輝らと共にプレー。地中海国際サッカートーナメント、ビジャレアル国際ユースサッカー大会といった海外遠征を経験し、第32回日本クラブユースサッカー選手権では決勝まで勝ち進み、工藤自らも大会得点王に輝いた。

柏レイソル

2009年(平成21年)、酒井、仙石、武富、山崎、比嘉と共にトップチームへ昇格。U-10世代から9年間一貫して下部組織に所属した選手の昇格は、柳澤隼に次いでクラブ史上2人目であった[1]。同年10月7日、J1第29節・FC東京戦で公式戦初出場を果たす。

2010年(平成22年)3月21日、J2第3節・アビスパ福岡戦で公式戦初得点を記録。同年、U-21日本代表に選出され、広州アジア競技大会で金メダルを獲得した。リーグ戦では計10得点を記録し、工藤が得点を挙げた試合では不敗だった(8試合7勝1分)[5]。

チームがJ1へ復帰した2011年(平成23年)は、序盤こそ北嶋秀朗、田中順也ら好調なフォワード陣の陰に隠れたが、シーズン後半戦から出場機会を増やし、リーグ戦計7得点を記録。Jリーグ史上初となる昇格初年度でのJ1優勝に貢献した。2011 FIFAクラブワールドカップでも3試合に出場し、オークランド・シティFC戦で得点を挙げた。

2012年(平成24年)、U-23日本代表としてロンドン五輪アジア最終予選・バーレーン戦に招集されたが、工藤の出場機会はなく、五輪代表メンバーにも選出されなかった。一方、クラブではエースとしての地位を築き、J1第19節・セレッソ大阪戦でハットトリックを達成するなど、チームトップのリーグ戦計13得点を挙げる活躍を見せた[6]。第92回天皇杯でも準々決勝大宮アルディージャ戦、準決勝横浜F・マリノス戦と立て続けに決勝点を挙げ、決勝のガンバ大阪戦では累積警告のため出場停止となったが[7]、クラブ37年ぶりの天皇杯優勝に大きく貢献した。

2013年(平成25年)、自ら直訴する形で北嶋秀朗の背番号「9」を受け継いだ[8]。先制点を挙げたJ1第12節・セレッソ大阪戦で逆転負けを喫し、デビュー以来続いていたリーグ戦の「不敗神話」記録は28試合でストップしたが[9]、リーグ中断期間を前に12試合8得点(ACLを含め20試合13得点)と開幕から好調なパフォーマンスを続け、同年5月23日、日本代表に初選出された[10]。7月21日、東アジアカップ2013中国戦で国際Aマッチ初出場。後半16分に初得点を記録した[11]。同大会では全3試合に出場し、日本代表の初優勝に貢献した。リーグ戦、国内カップ戦、ACLを並行して戦い、代表戦を含めた総出場時間は9月の時点で既に前年を上回るという過酷なスケジュールを強いられる中[12]、各大会でゴールを量産。ヤマザキナビスコカップ決勝・浦和レッズ戦では、自らの決勝点によりクラブを優勝へ導き、大会MVPに選出された[13]。リーグ戦でも累積警告による出場停止1試合を除く全33試合に出場し、得点ランキング5位タイの19得点を記録(カップ戦、代表戦を含めると、56試合出場29得点)。これにより、北嶋が保持していたクラブ日本人最多得点記録(18得点)を更新した[14]。

2014年(平成26年)、チーム編成の事情から右サイドでプレーすることが多く、守備の負担が増えたため[15][16][17]、リーグ戦の得点は前年の半分以下となる7得点に留まった。終盤戦は先発から外れる機会もあったものの[16]、自身初となるリーグ戦全試合出場と、同年のJリーグフェアプレー個人賞受賞を果たした。

2015年(平成27年)7月19日、J1 2ndステージ第3節・川崎フロンターレ戦でJ1通算53得点目のゴールを決め、北嶋秀朗を上回りクラブの歴代最多得点者となった[18]。

バンクーバー・ホワイトキャップス

2015年12月29日、メジャーリーグサッカーのバンクーバー・ホワイトキャップスに完全移籍することが発表された[19]。5月9日、第10節・ポートランド・ティンバーズ戦で移籍後初得点をあげて、MLSの公式ホームページで「チーム・オブ・ザ・ウィーク」に選出された。だが5月11日に行われたシカゴ・ファイアーFC戦で、相手GKと交錯して顎の骨を折る重傷を負い、2か月間離脱。年間成績は17試合2得点だった。

サンフレッチェ広島F.C

2017年(平成29年)より、サンフレッチェ広島へ完全移籍[20]。背番号はJリーグ規定で最大の番号である「50」。4月7日、第6節・ガンバ大阪戦では得点を決めてチームの初勝利に貢献したものの、このシーズンは18試合3得点と不振にあえぐ[21]。翌年は背番号を「9」に替え、心機一転臨んだが、前年よりさらに少ない12試合1得点にとどまった。

レノファ山口FC

2019年、レノファ山口FCに期限付き移籍[22]。27試合4得点と結果を残せず1年で期限付き移籍期間満了を迎え、広島からは今後の移籍先について契約交渉中である事が発表された[23]。

ブリスベン・ロアーFC

山口退団後はオーストリア2部のSKアウストリア・クラーゲンフルト(英語版)[24]、ポーランド2部のザグウェンビエ・ソスノビエツ(英語版)[25] のトライアルに参加するも不合格。2020年7月のインタビューではドイツ4部、チェコ2部のクラブの練習に参加したが不合格となった事を明かした[26]。

その後は現役続行を念頭に[26] 母校である日本体育大学柏高等学校の練習に参加[27]。

2020年(令和2年)12月10日、ブリスベン・ロアーFCへの入団が発表された[28][29]。しかし、加入半年で14試合1ゴール、先発出場はわずか3試合に留まり、2021年8月7日に双方合意の下に契約を解除[30][31]。

テゲバジャーロ宮崎

2022年(令和4年)、J3リーグに所属するテゲバジャーロ宮崎へ加入[32]。

開幕戦から先発出場し、第2節・ギラヴァンツ北九州戦、第3節・SC相模原戦にて移籍後初得点を含む2試合連続得点を記録。第5節まで先発出場を続けた後、一時ベンチ外となったが第10節・福島ユナイテッドFC戦からは再び出場機会を得て、9月25日の第26節・FC今治戦までリーグ戦16試合連続出場し[33]、その内2試合を除いて全て先発出場であった。

突然の死去

2022年10月2日、練習時間外に体調不良を訴え、その日に行われたアウェイ北九州戦は17試合ぶりにベンチ入りメンバーから外れた。翌3日に医療機関を受診した結果、水頭症との診断を受けた。11日に手術を行ったが、容態が悪化し17日から集中治療室(ICU)での治療に推移[34]。18日、病状について公表された[35][36]。

その後も治療を続けていたが、同年10月21日14時50分、入院先の病院で死去[37][38]、32歳没。

一報を受け古巣の柏・広島・山口の各クラブが哀悼の意を表したほか[39]、バンクーバー・ホワイトキャップスやブリスベン・ロアーの公式サイトも追悼コメントを寄せた[40]。

死去翌日の10月22日、宮崎はアウェイで藤枝MYFCとの試合があったが、高崎康嗣監督は移動中に訃報を知らされ、チームメイトには宿舎で伝えられた。試合には宮崎の選手が背番号9のシャツを着用し、黙祷を捧げた[41]。

また、同日に国立競技場で開催された2022JリーグYBCルヴァンカップ決勝は工藤の古巣・広島とセレッソ大阪の対戦だったが、広島ベンチには工藤の名前が入った背番号9のユニフォームが掲げられ[42]、キックオフ前には黙祷が捧げられたほか、両チームのサポーターがゴール裏に工藤を悼む横断幕を掲げた[43]。試合は広島が逆転勝利し、広島での戦友である佐々木翔や青山敏弘、塩谷司、柏の育成組織の後輩にあたる川浪吾郎らが工藤への思いを語り[44][45][46]、GKの大迫敬介はSNSで工藤のユニフォームに優勝メダルを添えて勝利を報告した[47]。

プレースタイル

高い決定力と多彩なゴールパターンを持つストライカーで[48]、工藤自身「武器は何ですか?という問いを投げられると困ってしまう」と発していることでパワー、スピード、テクニックといった面で際立った長所は無いが、その分鋭い洞察力と戦術眼でゲームの情勢を読み取り、相手ディフェンスとの駆け引きの中から得点機会を作り出す能力に長けていた[48][49]。

体を張ったポストプレーや献身的な守備も持ち味で、チーム事情によってはサイドハーフも務めていた[48][50]。柏時代には指揮官のネルシーニョから工藤の守備意識と戦術理解度の高さを評価され右サイドバックで起用されたこともある[51]。

エピソード

所属クラブ

個人成績

国内大会個人成績
年度クラブ背番号リーグ リーグ戦 リーグ杯オープン杯 期間通算
出場得点 出場得点出場得点 出場得点
日本 リーグ戦 リーグ杯天皇杯 期間通算
2009柏36J130002050
201019J22710-212911
2011J12572032309
2012331342524218
20139331942203921
2014347104204611
2015341021303911
カナダ リーグ戦 リーグ杯オープン杯 期間通算
2016バンクーバー9MLS1720000172
日本 リーグ戦 リーグ杯天皇杯 期間通算
2017広島50J11834133257
201891215222195
2019山口19J2274-21295
オーストラリア リーグ戦 リーグ杯FFA杯 期間通算
2020-21ブリスベン9Aリーグ141-00141
日本 リーグ戦 リーグ杯天皇杯 期間通算
2022宮崎9J3213--213
通算日本J1 19260311222924581
日本J2 5414-425816
日本J3 213--213
カナダMLS 1720000172
オーストラリアAリーグ 141-00141
総通算 2988031122611385103
その他の公式戦
国際大会個人成績 FIFA
年度クラブ背番号出場得点出場得点
AFCACLクラブW杯
2011柏19-31
201260-
20139126-
201584-
CONCACAFCONCACAF CL-
2016-17バンクーバー921-
通算AFC 261031
CONCACAF 21-
その他の国際公式戦

出場歴

タイトル

クラブ

柏レイソル

代表

U-21日本代表
日本代表

個人

代表歴

出場大会

試合数

  • 国際Aマッチ 4試合 2得点(2013年)
日本代表国際Aマッチ
年出場得点
201342
通算 42

出場

No. 開催日 開催都市 スタジアム 対戦国 結果 大会
1. 2013年7月21日[58] 大韓民国の旗ソウル ソウルワールドカップ競技場 中華人民共和国の旗 中国 △3-3 東アジアカップ2013
2. 2013年7月25日[59] 大韓民国の旗華城 華城総合運動場 オーストラリアの旗 オーストラリア ○3-2 東アジアカップ2013
3. 2013年7月28日[60] 大韓民国の旗ソウル ソウルオリンピック主競技場 大韓民国の旗 韓国 ○2-1 東アジアカップ2013
4. 2013年9月6日 日本の旗大阪 大阪長居スタジアム グアテマラの旗 グアテマラ ○3-0 キリンチャレンジカップ2013

ゴール

No.開催日開催都市 スタジアム対戦国結果大会
1.2013年7月21日大韓民国の旗ソウル ソウルワールドカップスタジアム中華人民共和国の旗 中国△3-3東アジアカップ2013
2.2013年9月6日日本の旗大阪 大阪長居スタジアムグアテマラの旗 グアテマラ○3-0キリンチャレンジカップ2013

脚注

注釈

  1. 1 2 柏レイソルの加入時のリリース[1] では「杉並区出身」としており、足立区のインタビュー[2] では「足立区出身」としている。なお、2019年に在籍したレノファ山口FCのプロフィール[3] では、単に「東京都出身」としている。

出典

  1. 1 2 『柏レイソルU-18所属 酒井宏樹、比嘉厚平、工藤壮人、山崎正登、武富孝介 5選手新加入内定』(プレスリリース)柏レイソル、2008年11月25日。オリジナルの2018年1月5日時点におけるアーカイブ。2022年10月22日閲覧。
  2. 1 2 3 “~足立大好きインタビュー~ プロサッカー選手 工藤壮人さん”. 足立区報道広報課. 2022年10月22日閲覧。
  3. ↑ “FW 19 工藤壮人”. レノファ山口FC. 2022年10月22日閲覧。
  4. ↑ “元柏レイソルの工藤壮人さん死去 日本代表でも活躍 水頭症で入院中に”. 千葉日報. (2022年10月22日) 2022年11月12日閲覧。
  5. ↑ “柏、“不敗弾”で逆転! 初制覇へ王手!!”. スポーツニッポン. (2011年11月21日) 2018年12月28日閲覧。
  6. ↑ 【柏】工藤“不敗神話弾”継続誓った - スポーツ報知 2013年3月2日
  7. ↑ 柏・工藤、2戦連続V弾も出場停止で号泣 / 天皇杯 - サンケイスポーツ 2012年12月30日
  8. ↑ 「“北嶋魂”を継承、柏の新9番・工藤「すべての責任を負う」 - ゲキサカ 2013年1月17日
  9. ↑ 【柏】工藤弾も逆転負け! 不敗神話28でストップ - スポーツ報知 2013年5月19日
  10. ↑ 工藤、サプライズ代表初選出! ザック、得点力に期待 - スポーツ報知 2013年5月24日
  11. ↑ 工藤デビュー弾!アシストも / 東アジア杯 - 日刊スポーツ 2013年7月22日
  12. ↑ 柏・工藤、猛虎魂で“倍返し”誓う - デイリースポーツ 2013年9月25日
  13. ↑ ナビスコ杯MVPの柏FW工藤「全ての気持ちを酌んで、優勝できてよかった」 - サッカーキング 2013年11月2日
  14. ↑ 柏・工藤が今季19点目 熊本・北嶋の記録上回る - サンケイスポーツ 2013年11月30日
  15. ↑ 工藤壮人が明かした「W杯メンバー発表という重圧」 - web Sportiva 2014年5月9日
  16. 1 2 2015年2月14日発売 『Jリーグ選手名鑑2015 J1・J2・J3 エル・ゴラッソ特別編集』 45P
  17. ↑ 【インタビュー】工藤壮人「後半戦は、攻撃でよりインパクトを残す」 [再掲載記事] (2536文字)(2014/08/12) 柏フットボールジャーナル
  18. ↑ 柏工藤、北嶋超えJ1通算53得点/柏-川3節 - 日刊スポーツ 2015年7月19日
  19. ↑ 『工藤 壮人選手 バンクーバー・ホワイトキャップスへの移籍合意』(プレスリリース)柏レイソル、2015年12月29日。2018年12月28日閲覧。
  20. ↑ 『工藤壮人選手 バンクーバー・ホワイトキャップス(MLS)より完全移籍加入のお知らせ』(プレスリリース)サンフレッチェ広島、2016年12月31日。2016年12月31日閲覧。
  21. ↑ 元川悦子 (2018年4月9日). “古巣相手に決勝点をお膳立て…工藤壮人、新生・広島サッカーの体現者に”. サッカーキング. 2018年12月28日閲覧。
  22. ↑ 『工藤 壮人 選手 サンフレッチェ広島より期限付き移籍加入のお知らせ』(プレスリリース)レノファ山口FC、2018年12月28日。2018年12月28日閲覧。
  23. ↑ 『工藤壮人選手 レノファ山口FCへの期限付き移籍期間満了のお知らせ』(プレスリリース)サンフレッチェ広島、2020年1月6日。2020年3月1日閲覧。
  24. ↑ “工藤壮人、オーストリア2部チームでの練習参加でアピールも…契約にはつながらず帰路へ”. ゲキサカ. (2020年1月28日) 2020年3月1日閲覧。
  25. ↑ “工藤壮人、新天地が決まらず…ポーランド2部も不合格に”. ゲキサカ. (2020年2月26日) 2020年3月1日閲覧。
  26. 1 2 “『SEVENDAYS FOOTBALLDAY』:ゴールと生きる(工藤壮人)”. ゲキサカ. (2020年7月17日) 2020年11月25日閲覧。
  27. ↑ “工藤壮人 選手のアドバイスを受けるマレー(2年 市川第三中)”. @NK_soccer_. Twitter (2020年11月24日). 2020年11月25日閲覧。
  28. ↑ "Roar sign experienced J1 League striker Masato Kudo" (Press release). ブリスベン・ロアーFC. 11 December 2020. 2021年8月7日閲覧。
  29. ↑ 『工藤壮人選手 ブリスベン・ロアーFC(オーストラリア1部)に完全移籍のお知らせ』(プレスリリース)サンフレッチェ広島、2020年12月10日。2020年12月10日閲覧。
  30. ↑ "Masato Kudo departs Brisbane Roar" (Press release). ブリスベン・ロアーFC. 7 August 2021. 2021年8月7日閲覧。
  31. ↑ “工藤壮人、豪州1部クラブと契約解除!昨年末に加入も出場機会恵まれず…”. Football Tribe (2021年8月7日). 2021年8月7日閲覧。
  32. ↑ 『工藤 壮人選手 新加入のお知らせ』(プレスリリース)テゲバジャーロ宮崎、2022年1月7日。2022年1月7日閲覧。
  33. ↑ 第25節・愛媛FC戦は令和4年台風第14号の影響で中止・延期
  34. ↑ 元日本代表の工藤壮人選手が死去、32歳…練習時間外に体調不良訴え水頭症と診断
  35. ↑ 『工藤壮人選手の体調について』(プレスリリース)テゲバジャーロ宮崎、2022年10月18日。2022年10月18日閲覧。
  36. ↑ “J3宮崎・元日本代表FW工藤壮人が水頭症で入院 容態悪化で17日から集中治療室に”. デイリースポーツ online (株式会社デイリースポーツ). (2022年10月18日) 2022年10月18日閲覧。
  37. ↑ 『【訃報】工藤壮人選手 逝去のお知らせ』(プレスリリース)テゲバジャーロ宮崎、2022年10月21日。2022年10月21日閲覧。
  38. ↑ “元日本代表FW・工藤壮人さんが死去 32歳 水頭症の診断、集中治療室での治療も及ばず J3宮崎が発表”. Sponichi Annex (スポーツニッポン新聞社). (2022年10月21日) 2022年10月21日閲覧。
  39. ↑ “元日本代表FW工藤壮人さんの死去に古巣クラブが追悼 柏は「一番辛い仕事です」広島は「言葉が出ません」”. スポーツ報知 (2022年10月22日). 2022年10月23日閲覧。
  40. ↑ “「愛すべき人間だった」工藤壮人の訃報にカナダ&オーストラリアのファンからも悲しみの声が続々「サッカーの神様は何をしてるんだ」”. サッカーダイジェストweb (2022年10月22日). 2022年10月23日閲覧。
  41. ↑ “J3宮崎高崎監督「まだまだ力不足とあいつに言われているようで…」 工藤壮人さんへの思い語る”. スポーツニッポン (2022年10月22日). 2022年10月23日閲覧。
  42. ↑ “【ルヴァン杯】工藤壮人さんの冥福を祈りキックオフ前に黙とう 広島ベンチには背番号「9」”. 日刊スポーツ (2022年10月22日). 2022年10月22日閲覧。
  43. ↑ “急逝の元日本代表・工藤壮人さんへ、C大阪&広島の選手とサポーターが追悼 「魂は永遠に俺達と共に」横断幕【ルヴァン杯】:中日スポーツ・東京中日スポーツ”. 中日スポーツ・東京中日スポーツ (2022年10月22日). 2022年10月22日閲覧。
  44. ↑ “「力をもらえたのかな」 主将・佐々木、工藤に捧ぐ初栄冠「彼の分もプレーし続けないといけない」”. SOCCER KING (2022年10月22日). 2022年10月22日閲覧。
  45. ↑ INC, SANKEI DIGITAL (2022年10月22日). “戦友、工藤壮人へ捧げる優勝…J1広島MF青山敏弘「本当に良いやつなんです」「力を借りて、今日は一緒に戦えたと思う」/ルヴァン杯”. サンケイスポーツ. 2022年10月22日閲覧。
  46. ↑ “ルヴァン杯制覇の広島イレブンが工藤壮人さんに優勝を捧げる 塩谷「彼のためにという思いあった」”. スポーツニッポン (2022年10月22日). 2022年10月22日閲覧。
  47. ↑ “「工藤さんやったよ」前日に急逝した先輩・工藤壮人へ広島GK大迫敬介が優勝を報告…ユニフォームにメダルを添える【超ワールドサッカー】”. 超ワールドサッカー. 2022年10月22日閲覧。
  48. 1 2 3 待望の新戦力、初招集の柏FW工藤壮人とはどんなプレーヤーか - サッカーキング 2013年5月23日
  49. ↑ 初招集!異能のストライカー工藤壮人が「日本代表」を語る - web Sportiva 2013年5月23日
  50. ↑ どんなポジションも演じきる J1柏・工藤壮人 (上) - 日本経済新聞 2013年7月6日
  51. ↑ 小6以来の右SBを務めた柏FW工藤「本職の選手より結果を出したい」 - ゲキサカ 2012年8月25日
  52. ↑ “工藤壮人さん【悼む】阪神の話題にも真剣応対、優しい笑顔忘れられない”. デイリースポーツ. 神戸新聞社 (2022年10月22日). 2022年10月25日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年10月25日閲覧。
  53. ↑ 【J2日記】柏:目指すはロンドン! - J's GOAL 2010年9月30日
  54. ↑ 「人-ひと-」 熊本日日新聞 2013年11月3日朝刊
  55. ↑ 工藤壮人選手が入籍 - 柏レイソル公式サイト 2013年9月11日
  56. ↑ “広島FW工藤壮人に第一子となる長女が誕生”. サッカーキング (2018年12月22日). 2022年10月29日閲覧。
  57. ↑ “工藤壮人選手ありがとうオークション【第1弾】開始のお知らせ”. 日本プロサッカー選手会 (2023年1月23日). 2023年1月25日閲覧。
  58. ↑ “代表TIMELINE | SAMURAI BLUE サッカー日本代表 | 日本サッカー協会”. samuraiblue.jp. 2021年4月10日閲覧。
  59. ↑ “代表TIMELINE | SAMURAI BLUE サッカー日本代表 | 日本サッカー協会”. samuraiblue.jp. 2021年4月10日閲覧。
  60. ↑ “代表TIMELINE | SAMURAI BLUE サッカー日本代表 | 日本サッカー協会”. samuraiblue.jp. 2021年4月10日閲覧。

関連項目

外部リンク