池田昇平

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池田 昇平
名前
愛称 ショウヘイ、ヘイ
カタカナ イケダ ショウヘイ
ラテン文字 IKEDA Shohei
基本情報
国籍 日本の旗 日本
生年月日 (1981-04-27) 1981年4月27日(43歳)
出身地 静岡県[1]静岡市清水区
身長 180cm[1]
体重 70kg[1]
選手情報
ポジション DF[1]
利き足 右足
ユース
1994-1999 日本の旗 清水エスパルス
クラブ1
年 クラブ 出場 (得点)
2000-2004 日本の旗 清水エスパルス 64 (2)
2005 日本の旗 サンフレッチェ広島 10 (0)
2006 日本の旗 ベガルタ仙台 22 (0)
2007-2010 日本の旗 ジェフユナイテッド千葉 59 (0)
2011 日本の旗 愛媛FC 34 (1)
2012 日本の旗 FC岐阜 10 (0)
通算 199 (3)
代表歴
2001  日本U-20 3 (0)
1. 国内リーグ戦に限る。
■テンプレート(■ノート ■解説)■サッカー選手pj

池田 昇平(いけだ しょうへい、1981年4月27日 - )は、静岡県静岡市清水区出身の元プロサッカー選手(DF)。

来歴

清水エスパルスユースから2000年、清水エスパルスに入団。同年、アジアカップウィナーズカップ決勝のアル・ザウラーSC戦では決勝点を決めて優勝に貢献した。身体能力の高さとマンツーマンでの強さを買われ、チームの守備の要として活躍するとともにアジアユースやワールドユースの代表に選出される。2003年にはJリーグフェアプレー個人賞を受賞。アテネオリンピック予選では活躍を見せたが、本大会は故障により出場できなかった。

2005年、守備補強を図るサンフレッチェ広島へ期限付き移籍。序盤はレギュラーとして活躍するも、小村徳男とジニーニョの前に徐々に出番を失い、西河翔吾の台頭で構想外となった。

2006年、ベガルタ仙台へ期限付き移籍するが、控えに回ることが多かった。

2007年、ジェフ千葉に完全移籍で加入。2010年をもって契約満了により退団した。所属中の2008年9月9日に読者モデルの愛里と結婚した[2][3]。

2011年、愛媛FCに完全移籍で加入したが、契約満了に退団。

2012年、FC岐阜に完全移籍。同年限りで現役を引退[1]。

所属クラブ

ユース経歴
  • 清水FC[1]
  • 1994年 - 1996年 清水エスパルスジュニアユース[1]
  • 1997年 - 1999年 清水エスパルスユース[1]
プロ経歴

個人成績

国内大会個人成績
年度クラブ背番号リーグ リーグ戦 リーグ杯オープン杯 期間通算
出場得点 出場得点出場得点 出場得点
日本 リーグ戦 リーグ杯天皇杯 期間通算
2000清水19J110200030
200100000000
20022707030370
200332823040352
2004802010110
2005広島21002000120
2006仙台5J2220-10230
2007千葉14J113020-150
20082705010330
20091905000240
20104J200-1010
2011愛媛18341-21362
2012岐阜3100-10110
通算日本J1 1332280901702
日本J2 661-51712
総通算 19932801412414

その他の公式戦

国際大会個人成績
年度クラブ背番号出場得点
AFCACL
1999-00清水1941
通算AFC 41

代表歴

指導歴

  • 2014年 - 2017年 ファンルーツアカデミースクールコーチ
  • 2015年 - 2017年 関東学院大学サッカー部 コーチ
  • 2018年 - 2023年 ジェフユナイテッド市原・千葉
    • 2018年 - 2020年 U-15 コーチ
    • 2021年 - 2022年 U-14 監督
    • 2023年 U-15 監督
  • 2024年 - 清水エスパルスジュニアユース三島 U-13監督

タイトル

チーム

個人

  • Jリーグフェアプレー個人賞 (2003年)

脚注

  1. 1 2 3 4 5 6 7 8 池田昇平選手、現役引退のお知らせ FC岐阜 2012.12.26
  2. ↑ “池田 昇平 選手 入籍について”. ジェフユナイテッド市原・千葉 公式ウェブサイト (2008年9月10日). 2022年1月27日閲覧。
  3. ↑ “ジェフユナイテッド市原・千葉”. MARBOH BLOG (2010年5月23日). 2014年2月25日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年1月27日閲覧。

関連項目

外部リンク