柳州駅
| 柳州駅 | |
|---|---|
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柳州駅西広場(2019年4月) | |
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柳州 りゅうしゅう Liuzhou | |
![]() | |
| 所在地 |
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| 所属事業者 | 中国鉄路南寧局集団 |
| 等級 | 特等駅 |
| 駅構造 | 地上駅 |
| ホーム | 6面16線 |
| 開業年月日 | 1941年3月 |
| 乗入路線 | |
| 所属路線 | 衡柳線・黔桂線 |
| 所属路線 | 湘桂線 |
| 所属路線 | 柳梧線 |
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(4 km) 柳州南► | |
| 所属路線 | 焦柳線 |
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◄柳州南 (4 km) | |
| 所属路線 | 柳南都市間鉄道 |
| キロ程 | 0 km(柳州起点) |
| 柳州駅 | |
|---|---|
| 各種表記 | |
| 繁体字: | 柳州站 |
| 簡体字: | 柳州站 |
| 拼音: | Liŭzhōu Zhàn |
| 発音: | リュウヂョウ ヂャン |
| 英文: | Liuzhou Railway Station |
柳州駅(りゅうしゅうえき、中国語: 柳州站)は、中華人民共和国広西チワン族自治区柳州市柳南区にある中国国家鉄路集団(中国国鉄)の南寧局集団が管轄する駅。旅客輸送、貨物輸送の双方を取り扱う一等駅であり[1]、柳州北駅との区別を目的として、当地では「南駅」とも呼ばれている。
所属路線
- 中国国家鉄路集団(中国国鉄)
歴史


駅は1941年3月に完成し、当初の駅名は柳江南駅。湘桂鉄路管理局が管轄していた[2]。当時は3線の発着線と片線のみの留置線が設けられていた[3]。1944年6月には黔桂線の柳州 - 清泰坡間開通により、共同使用駅となった。同年11月、日中戦争における桂柳会戦の直前、占領後の日本軍による路線の軍事利用を避けることを目的に、国民党軍事当局の命令を受けた湘桂鉄路管理局によって、路線の施設は爆破されて戦争終結後まで駅は休止状態となった。
戦争終結後の1946年に湘桂鉄路管理局と黔桂鉄路工程局は合併して湘桂黔鉄路工程局となった。当駅も同局の管轄下に入り、後に柳州総駅と改称された。1950年1月からは発足間もなかった衡陽鉄路管理局柳州鉄路分局の管轄となり、同年8月1日に柳州駅へと改称された[2]。同年8月30日の柳江鉄路特大橋の開通によって[4]、駅はそれまで柳江対岸の柳州北駅が担っていた列車の編成組成の業務を引き継ぐようになった。
1951年5月には中華人民共和国鉄道部によって駅の等級が二等駅に格上げされた[2]。同年12月には湘桂線の来賓 - 鎮南関間を建設工事と同時に、構内が7線の規模へと拡張され、また1588平方メートルの駅舎が増築された[3][5]。1952年1月には駅は南寧鉄路分局の管轄へ移管され、翌年1953年の1月からは柳州鉄路管理局管轄を経て、1956年には柳州鉄路分局の管轄へと移った[2]。
1957年には旅客列車の着発線3線と貨物列車用の着発線および編成組成の線路計6線が設けられた。翌年1958年には黔桂線の金城江 - 都勻間が復旧開通し、同時に当駅の構内線路も11線へと拡張された[3]。同年1958年の1月に柳州鉄路局の直属へと移行し、同年10月からは柳州鉄路局柳州鉄路弁事処の管轄となった。同年12月には黔桂線が全線開通したが、依然として増え続ける輸送量に対して、1961年には構内規模が18線へと拡張された[2]。
その後、1966年1月に当駅で扱っていた貨物業務はすべて柳州南駅へと移管されたのち、当駅は旅客輸送業務を主体とする駅となり、貨物営業は柳南工業区の専用線への車両の入出場業務のみの取り扱いとなった[2]。1968年2月には駅舎が4067平方メートルに拡張され、1969年4月にはさらに4200.4平方メートルへと拡張されるとともに、ホームの上屋、駅舎からホームへの地下通路、中間ホームなどの施設が増設された[3]。1971年には電気連動装置が完成し、色灯式信号機と電力連動器による連動装置の使用が開始された[2]。
1980年には14線を備えた旅客ホームの改修が実施され[3]、1番線から4番線にはアスファルト乳剤と広めの枕木によるロングレールが敷設された。翌年に駅は柳州鉄路局によって一等駅へと格上げされた[2]。1982年4月には駅舎の南端に面積660平方メートルの軟座旅客用待合室を新設[3]。1985年12月には北京 - 南寧間の5/6次特快列車の編成がそれまでの15両編成から20両編成に拡大ことに対応するため、47.9万人民元が投じられて1番ホームの有効長が495メートルに延伸され、2番ホームにも4212平方メートルの上屋を増設が実施され、これらの関連施設は1986年に供用を開始した[2][3][5]。1986年の時点で、駅の1日あたりの最大旅客数はすでに3800人に達しており、既存の駅施設では増え続ける需要に徐々に対応できなくなった。そのため、柳州鉄路局によって1986年11月から駅舎の全面改修が開始され、駅舎の総面積は11511平方メートルへと拡張された[2]。
1987年8月に駅舎の北側に面積1734平方メートルの出札窓口が新設され[5]、1988年12月25日に改修後の駅舎が全面供用を開始した。なお同年における柳州駅の旅客発送数はすでに448.8万人に達していた[5]。
2001年には柳州鉄路局によって4500万人民元が投じられて再び駅舎の改修が行われた。当時新設された駅舎の面積は7366平方メートルで、外観にはカーテンウォール構造のガラス張りが採用された[6]。建物は4階建てで、そのうち1階と2階が待合室となっており、最大収容人数は5000人であった。普通待合室が3箇所、軟座待合室および軍人、母子用の優先待合室が各1箇所設けられ、20個の出札窓口が設置された。また、構内には駅舎とホームを結ぶ地下通路が2本と駅入場用の跨線橋1本が増設された。この改築工事は2002年12月28日に竣工した[7]:51-52。
2009年、2002年に竣工した駅舎前面のカーテンウォール構造にひび割れが生じ、通行人に危険を及ぼす恐れが出てきたため、対策として駅舎前面の構造は、以前のカーテンウォール構造から金属と金属の間にロックウールを挟んだサンドイッチパネルのものに交換された[6]。
2013年4月の時点で、構内には客車列車を想定した低い高さの旅客用ホームが3面あるのみの貧弱な設備となっていた。新線である衡柳線と柳南都市間鉄道の乗り入れに備えるため、同月より駅構内の改修が開始され、動車組の乗り入れを想定した高いホーム3面の新設と、既存の3面のホームは嵩上げされた[8]。同年11月18日の未明に柳南都市間鉄道と衡柳線の線路切り替え工事が行われ、新設された4-10番線は同日午前10時頃に供用を開始した。その後、既存ホームの改修を行うために当駅を発着する在来線列車は従来の1〜5番線から新設された6-10番線を経由するよう変更された[9][10]。この閉鎖工事の影響により、駅では多数の列車に遅れが生じ[11]、中には15時間以上遅延する列車もあった[12]。12月9日に衡柳線の柳州西〜柳州間および柳南都市間鉄道の柳州〜進徳間で本格的な試運転が開始されたため、南寧鉄路局は同日から12月13日までの期間、当駅に停車する列車に対して運休または販売停止の措置を講じ、柳州発のすべての乗車券の発売が一時停止された[13]。この措置は翌日14日に解除されている。同年12月30日に南寧 - 桂林間で動車組の運行が正式に開始された[14]。
2014年5月には構内改修工事が竣工検査を通過した[15]。同年7月1日にそれまで北京西駅から桂林駅の区間で運行していたG529/530次列車が当駅まで延長され、同時に動車組の増発による需要増加を備える措置として、臨時待合室が動車組用待合室へ改装された[16]。
衡柳線や柳南都市間鉄道の開通後、急速な旅客数増加に既存の平屋建て駅舎では対応しきれなくなったことから[17][18]、2015年8月に建築面積5万平方メートルの橋上駅を建設することとし、報告書が当時の中国鉄路総公司によって提出されたのち承認された[17][19]。同年12月31日に旧駅舎の解体を含めた駅舎建て替え工事が着工し、初期段階として西駅舎と6〜11番ホーム上方への高架待合室の建設が開始された。
西駅舎は2017年3月1日に供用を開始し、同時にそれまで南站路にあった旧東駅舎は閉鎖された。新駅舎供用開始当初は1-5番ホームのみの供用となり、西駅舎の改札口からホームへは高架待合室に設けられた臨時通路および旧駅舎の入場用跨線橋を経由する必要があった[20]。また、当時は西駅舎の出場通路がまだ完成していなかったため、駅からの出場では引き続き旧東駅舎の出場口を使用していた。同年3月13日に旧東駅舎を取り壊す工事が開始されたのち[21]、9月12日に西駅舎の出場通路が供用を開始し、同時に7-11番ホームの営業が再開された。
東駅舎の主体構造は2018年中に完成し[22]、東側の高架待合室と2-5番ホームは同年12月6日に供用を開始したが、引き続き西駅舎からの駅入場および出場の体制が維持され、6-8番ホームも一時的に閉鎖された[23]。2019年9月29日に東駅舎と東広場は全面的に正式供用を開始し、高架待合室と出場用地下通路が全通した[24]。
駅構造
駅舎



西駅舎は約1.58万平方メートルの規模を有する。地下には下車客用の出場通路、地上1階にはホーム階と乗車券発売所に設置されている。駅前には1万平方メートル超の広場が整備された[25]。
ホーム
構内は旅客ホームと貨物ホームに分かれている。このうち旅客ホームは東側に位置し、5面11線の規模で、1〜11の番号が振られている。旅客ホームには長さ550メートル、幅13メートルの基本プラットホーム1面と、長さ550メートル、幅10.5メートルの中間ホーム5面が設けられている[26]。
貨物ホームは西側に位置し、5線の線路と12-16の番号が振られている。このうち12番は着発線である。駅の北端からは防腐剤工場への専用線が連絡しており、南端からは車両工場への専用線が延びている[26]。
利用状況
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2010年2月時点では、各種別を含め毎日70本余りの旅客列車が発着していた[27]。柳州駅は中国鉄路南寧局集団の他の始発駅(桂林駅、湛江駅、南寧駅)に比べて始発列車が少なく、予め他の駅始発のうちの一部分の切符を取り置く形で出発客の需要に応えてきた。 柳州では以前の柳州鉄路局時代には北京鉄路局管轄下の駅への列車は無かった。北京への切符は寧局の看板列車であるT6次(南寧 - 北京西)ではなく、K158次(湛江 - 北京西)となる。以前は柳州始発の列車が多数有ったがそれらは皆湛江始発となった。
隣の駅
脚注
- ↑ “南宁铁路局—车务系统—柳州站”. 南寧鉄路局人事処 (2015年9月30日). 2018年10月20日時点のオリジナルよりアーカイブ。2017年11月6日閲覧。
- 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 “柳州市志第四卷 第一节 主要车站”. 广西地情网. 2017年11月7日時点のオリジナルよりアーカイブ。2017年11月6日閲覧。
- 1 2 3 4 5 6 7 “柳州市柳南区志 第二节 火车站”. 広西地情網. 2017年11月7日時点のオリジナルよりアーカイブ。2017年11月6日閲覧。
- ↑ “柳州市志第四卷 第七节 柳江铁路特大桥”. 広西地情網. 2017年11月7日時点のオリジナルよりアーカイブ。2017年11月6日閲覧。
- 1 2 3 4 “广西通志(第一轮) 铁路志 第一节 柳州枢纽”. 広西地情網. 2017年11月7日時点のオリジナルよりアーカイブ。2017年11月6日閲覧。
- 1 2 孙妮; 谢裕增 (2009年9月30日). “柳州火车站外立面改造工程基本完成 现以新妆迎客”. 広西新聞網. 2020年4月6日時点のオリジナルよりアーカイブ. 2017年11月7日閲覧.
{{cite news}}: CS1メンテナンス: 複数の名前/author (カテゴリ) - ↑ 広西壮族自治区地方志編纂委員会 (2016). 广西通志 铁路志(1991-2005). 広西人民出版社. ISBN 978-7-219-09902-5
- ↑ 陈枫 (2013年7月2日). “为迎接高速列车的到来 柳州站新站台已打好"基础"”. 南国今報. 2019年8月14日時点のオリジナルよりアーカイブ. 2017年11月7日閲覧.
- ↑ 黎兆齐; 谢裕增; 赵金霞 (2013年11月19日). “柳南客专成功拨接衡柳高铁 3000工人夜战5小时”. 南寧晚報. 2020年6月17日時点のオリジナルよりアーカイブ. 2017年11月7日閲覧.
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- ↑ 陈枫 (2013年11月22日). “柳州火车站晚点情况逐步缓解 25日后或能恢复正常”. 南国今報. 2020年6月17日時点のオリジナルよりアーカイブ. 2017年11月7日閲覧.
- ↑ 陈枫 (2013年12月10日). “9-13日不能从柳州乘火车 停售车票为动车测试让路”. 南国今報. 2020年6月17日時点のオリジナルよりアーカイブ. 2017年11月7日閲覧.
- ↑ 杨郑宝 (2013年12月27日). “广西高铁动车组26日开始售票 票价正式公布”. 広西新聞網. 2021年6月27日時点のオリジナルよりアーカイブ. 2017年11月7日閲覧.
- ↑ 莫育杰; 李付成 (2014年5月15日). “柳州火车站站改工程通过竣工验收”. 南寧鉄道報. 2017年11月7日時点のオリジナルよりアーカイブ. 2017年11月7日閲覧.
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- ↑ 黄河畅 (2016年7月21日). “柳州火车站扩能改造"大变身" 有望2018年建成”. 広西新聞網. 2017年11月7日時点のオリジナルよりアーカイブ. 2017年11月7日閲覧.
- ↑ “中国铁路总公司关于柳州站站房扩建工程可行性研究报告的批复”. 中国鉄路総公司. 广西壮族自治区发展和改革委员会 (2015年8月24日). 2017年11月7日時点のオリジナルよりアーカイブ。2017年11月7日閲覧。
- ↑ 周育舟; 陈枫; 黄晋川; 李蕾 (2017年3月2日). “柳州火车站西站房昨日正式启用 车站从容迎客 旅客新奇感受”. 南国今報. 2017年11月7日時点のオリジナルよりアーカイブ. 2017年11月7日閲覧.
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{{cite news}}: CS1メンテナンス: 複数の名前/author (カテゴリ) - ↑ 唐小玉; 曾兴荣 (2018年9月3日). “新火车站年底将整体亮相 改扩建工程进入最后冲刺阶段”. 柳州日報. 2018年10月19日時点のオリジナルよりアーカイブ. 2018年10月19日閲覧.
{{cite news}}: CS1メンテナンス: 複数の名前/author (カテゴリ) - ↑ 周育舟; 程露 (2018年12月6日). “柳州火车站高架候车室12月6日起全面启用”. 広西新聞網-南国今報. 2018年12月7日時点のオリジナルよりアーカイブ. 2018年12月7日閲覧.
{{cite news}}: CS1メンテナンス: 複数の名前/author (カテゴリ) - ↑ “柳州火车站“升级”完工启用 总面积增3倍”. 南寧晚報. 2019年9月29日. 2019年9月29日時点のオリジナルよりアーカイブ. 2019年9月29日閲覧.
- ↑ “柳州火车站西站房年底迎客 站前建万余平方米广场”. 柳州市交通運輸局. 2016年8月5日. 2026年7月20日閲覧.
- 1 2 陈志铭 (2017). “柳州站15、16道调车线改到发线方案研究”. 铁道运营技术. doi:10.13572/j.cnki.tdyy.2017.03.017.
- ↑ 桂林火車站時刻表
関連項目
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