北京西駅
| 北京西駅 | |
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北京西駅外観(2025年6月) | |
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ペキンにし Beijingxi | |
![]() | |
| 所在地 |
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| 所属事業者 |
中国国家鉄路集団(CR) 北京市地鉄運営有限公司 |
| 電報略号 | BXP |
| 北京西駅 | |
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| 各種表記 | |
| 繁体字: | 北京西站 |
| 簡体字: | 北京西站 |
| 拼音: | Běijīng Xī Zhàn |
| 発音: | ペイチン シーチャン |
| 日本語読み: | ペキンにしえき |
| 英文: |
Beijingxi Railway Station[1] |
北京西駅(ペキンにしえき)は中華人民共和国北京市豊台区蓮花池東路にある、中国国家鉄路集団(CR)と北京地下鉄の北京地下鉄の駅。1996年1月21日に開業し、当時はアジア最大規模の鉄道旅客駅の一つであると宣伝された[2]。中国語では、西旅客駅という意味の「西客站」と称されることもある。
概要
占地面積51万平方メートル、建築面積17万平方メートルを有するアジア最大規模の駅の一つである。同市内の北京駅の旅客混雑緩和を目的として建設され、中国の二大幹線路線である京広線、京九線のほか、高速鉄道幹線である京広高速鉄道の多くの旅客列車も当駅を始発駅としている。国鉄の駅の地下には北京地下鉄の7号線および9号線も通っており、乗り換えが可能である。
利用可能な鉄道路線
- 中国国鉄
京九線と京広線の始発駅であるほか、高速鉄道の列車も多くが当駅を始発としており、香港の香港西九龍駅への寝台車連結の高速鉄道列車も設定されている[3]。また中国南西部、中国北西部さらにベトナムなどへの玄関口となっている。更には、ハルビン駅、長春駅、瀋陽駅と台湾を除く中華人民共和国内全ての省の首府へ発着する列車が存在する。2015年には北京駅と北京西駅を結ぶ北京地下直径線が開業した。
歴史
構想と幾度もの中止
1950年代より北京駅に次ぐ、市内第二のターミナル駅として駅の建設が構想されていた。1959年秋、北京駅が中華人民共和国の建国10周年を祝う北京十大建築の一つとして新築された直後、当時の国務院総理周恩来が審査した鉄道整備計画の中で、北京市街地西部に新駅を建設するという案を出した。1960年9月に修正された計画図では、北京西駅と北京駅を市内の主要旅客駅とし、市中心部を複々線の地下トンネルで貫通する可能性が示され、当初の西駅設置予定地は公主墳周辺とされていた。実際に北京市も都市全体計画の中で、当時まだ郊外であった蓮花池付近に土地を確保していたが、3年大飢饉による建設縮小の影響を受け計画は進まず、その後も文化大革命などの混乱によって、都市全体計画がほぼ停止し、計画機関が廃止されたことで凍結された[4]。
1975年1月、鄧小平が国務院副総理に選出され、中央と国務院の日常業務を主宰するようになった。鉄道部長には万里が任命され、当時混乱していた鉄道体系の整理に着手した。同年3月の政策決定によって再び駅の建設が提起された[5]。同年11月の計画案で通過式の駅とし、蓮花橋の南西に設置されることが決定したが、その後まもなくの情勢変化(zh:批邓、反击右倾翻案风)などの影響を受け、計画は審査されないまま再度棚上げとなった[4]。
1980年代に入り改革開放政策の推進によって、中国の鉄道輸送量が急増し、1981年時点で北京駅の年間旅客数が2772万人、1日平均7.8万人に達していた。同年10月3日、当時の北京市長焦若愚と市委書記段君毅は国務院副総理万里に北京の鉄道輸送の状況を報告し、駅の建設の必要性が言及された[4]。
1980年代末になると、北京における鉄道の輸送力不足はますます深刻化した。当時の北京には北京駅、北京北駅、北京南駅の3つの主要駅が存在したが、これらは30年以上大規模拡張が行われていなかった。1989年3月、北京市政府による主導で計画を指揮する組織「北京西客站前期工作小組」が設立され、同時に全国の有力設計企業数社による入札を実施した[4]。また、国務院の承認を得て、駅建設に向けた周辺施設の移転作業が1989年に開始された。当時、工事用地一帯には旧駅である広安門駅の貨物駅や多数の工場群や住宅地があり、立ち退きの必要な範囲が広く、撤去に要する費用が高いことが問題となった。当時の駅への総投資額は230億元で、そのうち移転事業だけで十数億元を要した。
着工から駅開業へ
1993年1月19日午後4時、当時の総理李鵬、副総理鄒家華らの出席で駅の着工式が開かれ、建設が開始された。同時に京広線と接続する西長連絡線も全面着工した。1995年末までに運行可能な状態にする目標が示された短期工事であったため、10数社の建築会社による合計3万人以上が建設作業に従事した。1993年末までに駅の 主要部分は形作られ、1994年には24体制で途切れることなく作業が行われた。1995年4月に内外の装飾、設備の設置が全面的に開始され、連絡線の軌道敷設工事も順調に進められた。同年6月6日に当時の総書記江沢民によって駅名看板の揮毫が行われ[6]、9月28日午前に初の試運転列車が西長連絡線を通って北京西駅に到着した。
1996年1月21日の春運前、駅は正式に開業し同日午前、国務院総理の李鵬、副総理呉邦国ら中央指導部および関係部門の責任者、各国大使館関係者など1000人余りが駅で開かれた開業式典に出席した。午前10時30分、李鵬によるテープカットの後、東風4B型ディーゼル機関車1893号毛沢東号機関車が牽引する長沙行き1次特快旅客列車が、北京西駅から発車する初の営業列車となった[7]。また、開業によって27往復の北京行き列車が当駅からの発着に変更された[8]。1998年8月8日には京広線の電化開業により、当駅も正式に電化された[9]。
開業後の駅の改修および拡張


従来、当駅の一日あたりの発着可能とする列車本数は60〜70往復であったが、春運などのピーク時には90〜100往復に達することもあり、元々不十分であった駅施設に大きな負担を与えていた。2001年、北京市は2008年夏季オリンピック招致を機に、北京首都国際空港、主要駅とその周辺を対象とした改修工事を開始した[10]。これにより、当駅も駅舎および周辺施設の全面改修が行われたが、駅の輸送力は依然として逼迫していた。2003年下半期までに鉄道部および北京鉄路局は二段階工事を開始し、従来6面であったホームを9面まで増設した。工事によって当駅には一日あたり137往復が発着可能となり、輸送力が向上した[11]。同時にホーム設備の改修を行い、採光設備の改善、雨よけ屋根の改修、動車組の乗り入れに備えたホームの嵩上げなどを実施した[12]。同年10月2日、当駅に出入国検査所が設置され、京九直通列車の旅客は途中駅での下車をせずに、香港へ向かえるようになった[13]。2005年には駅を完全閉鎖しての改修工事も行われ、9番ホームの拡張と10番ホームの新設が行われた[14]。北京駅と北京西駅を接続する北京地下直径線は2005年12月に着工し、2015年3月20日に開通した。 2011年12月31日には国鉄駅の地下に北京地下鉄9号線の駅が開業し[15]、2014年12月28日には次いで7号線が開通した[16]。
駅構造
中国国家鉄路集団
| CR 北京西駅 | |
|---|---|
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駅舎入口 | |
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ペキンにし Beijingxi | |
| 所在地 |
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| 所属事業者 | 中国国家鉄路集団(CR) |
| 駅等級 | 特等 |
| 管轄鉄路局 | 北京鉄路局 |
| 電報略号 | BXP |
| 駅構造 | 地上駅 |
| ホーム | 10面20線 |
| 開業年月日 | 1996年1月21日 |
| 乗入路線 5 路線 | |
| 所属路線 | 京九線 |
| キロ程 | 0.0 km(北京西起点) |
| 所属路線 | 京広線 |
| キロ程 | 0.0 km(北京西起点) |
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後呂村► | |
| 所属路線 | 北京地下直径線 |
| キロ程 | 9.156 km(北京起点) |
| 所属路線 | 京港旅客専用線 |
| キロ程 | 0.0 km(北京西起点) |
| 所属路線 | 京雄都市間鉄道 |
| キロ程 | 0.0 km(北京西起点) |
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北京大興► | |


駅舎
駅舎は北駅舎、高架待合室、南駅舎の3部分で構成されている[17][18]。 北駅舎は東西の長さ740メートル。北駅舎中央部には幅43.8メートル、高さ50メートルの門の形の空洞が空いているが、これは駅舎建設の段階で北京地下鉄の路線を駅の地下を通すことが決定していたことで、構造的負担を軽くする為に設けられたとされる。空洞上部の梁と主要部分は鋼構造、空洞両側の円筒部分は鉄骨鉄筋コンクリート構造、その他部分は鉄筋コンクリート構造である[19]。
空洞の下部には中央コンコースが設けられ、コンコースの天井にはガラス屋根を採用、地上2階コンコースの外には送迎による自動車を寄せ付けるスペースが設けられている[18]。 北駅舎主要部分のビルは地上15階建てで、4階以上は鉄道関連組織による宿舎が設けられている[17]。北駅舎の両側部分は主にオフィスやホテルなどの用途に用いられている[20][21]。
南駅舎は東西全長201メートルを有し、中央部は8階建てで、4階以上はホテルの客室、最上階には屋上テラスが設けられている[17]。 高架の待合室は地上2階で南北駅舎と連絡し、合計10の広いコンコースを有している。そのうち3つの待合コンコースはそれぞれ2つの待合室に分けられている。地下2階は地下鉄への乗り換え階の役割も果たしている[17]。
ホーム
10面18線のホームを有し、うち1・18番が単式ホーム、その他は島式ホームである。ホーム上部は雨よけ屋根と13の待合室で覆われている。駅の高架待合室は、1〜7号待合室が在来線列車用、8〜13号が動車組用である。1号待合室はソファが設備された待合室で、2号および10号待合室はそれぞれ普速場と高速場の優先旅客用待合室、12号待合室はビジネスクラス(商務座)旅客用待合室である。
北京地下鉄
| 北京地下鉄 北京西駅 | |
|---|---|
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地下鉄駅入口 | |
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ペキンにし Beijing West Railway Station | |
| 所在地 |
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| 所属事業者 | 北京市地鉄運営有限公司 |
| 駅構造 | 地下駅 |
| ホーム | 2面4線 |
| 開業年月日 | 2011年12月31日 |
| 乗入路線 2 路線 | |
| 所属路線 | ■7号線 |
| キロ程 | 0 km(当駅起点) |
| 所属路線 | ■9号線 |
| キロ程 | ? km(国家図書館起点) |
島式ホーム2面4線を有する地下駅。外側2線を9号線、内側2線を7号線が使用している。7号線当駅止まりと9号線国家図書館方面、7号線環球度假区方面と9号線郭公荘方面は対面乗り換えができる。
のりば
案内上ののりば番号は設定されていない。駅東側からの線路順で記す。
| 北方向 | 軍事博物館・国家図書館方面 | |
|---|---|---|
| 西方面 | (降車専用ホーム) | |
| 南方面 | 広安門内・双井・ | |
| 東方面 | 七里荘・郭公荘方面 |
駅周辺
北広場
- 瑞海大厦
- 首都医科大学附属北京世紀壇病院
- 光耀東方広場
- 北京市建築設計研究院
南広場
- 蓮花池公園
- 国投財富広場
- 大方瑞廷西郊酒店
隣の駅
脚注
- ↑ 铁道部:火车站名含"东西南北"统一改用拼音(これによるとbeijingxiになったが、地下鉄のほうがBeijing Westとされたままである)
- ↑ 北京西站——莲花池畔的北京新地标 Archived 2012-09-12 at Archive.is
- ↑ 「スマート寝台高速列車「復興号」が北京-香港間と上海-香港間で10月1日より運行開始」『人民網』2024年9月26日。2026年4月6日閲覧。
- 1 2 3 4 张寿岩 (1996). 再造京门 : 北京西站工程建设纪实. 北京: 中国铁道出版社. ISBN 9787113022419
- ↑ 沈博 (2009年6月). “1983年北京西站选址方案的确定”. 北京规划建设 (北京: 北京城市规划设计研究院): 93-94. ISSN 1003-627X.
- ↑ “1995年11月铁路大事记”. 铁流网 (2007年6月27日). 2019年6月1日時点のオリジナルよりアーカイブ。2011年5月1日閲覧。
- ↑ 刘爱虹; 赵忆宁 (1996). “北京西站开通了”. 瞭望新闻周刊 (新華通訊社) (05): 46. ISSN 1002-5723. オリジナルの2022-04-22時点におけるアーカイブ。 2015年3月11日閲覧。.
- ↑ 顾华 (1996). “举世瞩目的北京西站”. 交通世界 (交通部科学研究院) (02): 41、42. ISSN 1006-8872. オリジナルの2015-04-02時点におけるアーカイブ。 2015年3月11日閲覧。.
- ↑ 董中英 (1999). “京郑电气化北京西至石家庄间开通”. 北京铁路局年鉴 (北京铁路年鉴社): 58. ISSN 1006-2734.
- ↑ 荣东岳 (2000年12月29日). “北京启动“进京第一印象”工程”. 北京晚報. 2016年8月4日時点のオリジナルよりアーカイブ. 2016年6月5日閲覧.
- ↑ “二期工程春节后启动 北京西站列车到发能力将翻番”. 北京日報 (2004年1月5日). 2011年3月2日時点のオリジナルよりアーカイブ。2011年5月1日閲覧。
- ↑ “北京西站一号站台开始改造”. 北京日報 (2004年8月13日). 2015年4月2日時点のオリジナルよりアーカイブ。2011年5月1日閲覧。
- ↑ “京九线旅客2日起可在北京西站办理出入境手续”. 中国新闻网. 2003年10月2日. 2015年1月19日時点のオリジナルよりアーカイブ. 2015年1月19日閲覧.
- ↑ “北京西站扩建两站台分流南站客流”. 新京报 (2005年7月1日). 2008年2月25日時点のオリジナルよりアーカイブ。2011年5月1日閲覧。
- ↑ “9号线南段将于2011年年底开通试运营”. 北京市交通委员会 (2011年12月9日). 2013年12月24日時点のオリジナルよりアーカイブ。2013年1月18日閲覧。
- ↑ “地铁7号线”. 北京市重大项目建设指挥部办公室 (2010年5月17日). 2012年7月30日時点のオリジナルよりアーカイブ。2011年1月8日閲覧。
- 1 2 3 4 杨嗣信; 郭耀嵩; 宗之豹; 马士昌 (1995). “北京西客站工程概况”. 建筑技术 (北京建工集团有限责任公司) 22 (11): 659-664. ISSN 1000-4726.
- 1 2 丁宗梁 (1996). “北京西站结构设计”. 建筑结构学报 (中国建築学会) (05): 2-13. ISSN 1000-6869.
- ↑ 张青; 陈彬磊; 丁宗梁; 霍焕德 (1996). “北京西站北站房主楼抗震设计与研究”. 建筑结构学报 (中国建築学会) (05): 14-21. ISSN 1000-6869.
- ↑ 王薇 (2015年2月17日). “北京行车公寓:19年叫醒列车司机130万次”. 北京青年報. 2025年6月16日閲覧.
- ↑ 王天淇 (2025年1月30日). “高铁司机叫醒员:让“归乡”的列车准时出发”. 北京日報. 2025年6月16日閲覧.
参考文献
- 张寿岩 (1996). 《再造京门 : 北京西站工程建设纪实》. 北京: 中国铁道出版社. ISBN 9787113022419
- 张学亮 (2010). 《共和国故事·铸造京门:北京西客站工程胜利竣工》. 吉林出版集团. ISBN 9787546319049
- 沈博 (2009年6月). “1983年北京西站选址方案的确定”. 《北京规划建设》 (北京: 北京城市规划设计研究院): 93-94. ISSN 1003-627X.
