真打(しんうち)

意味

  1. 落語家や講談師の身分のひとつ。身分の中では最も高く、最高の力量を持つ者だけがなれるとされる。また、興行の最後の出番(主任=トリ)で出演できる権利を与えられる。そこから、芸事以外でも、「他より遅れて/一番遅く・最後に登場する人・物」を「最高の力量を持った人・物(メッセージを伝える相手=客にとって最もメリットのある人・物)」とイメージさせるために使われる暗喩となった。この項で記す。
  2. 日本刀を打つ際、数本打った中で一番出来の良い物。対義語は影打(かげうち)又は影打ち。真打を依頼主に渡し、影打を手元に残すのが一般的。[1][2]

語源

語源に関しては諸説あるが、寄席は当時、灯が全てロウソクだったため、トリで出演する芸人が最後にロウソクの芯を打った(=火を消した)事から転じてそう呼ばれるようになった、というのが最も有力。(例)「お待ちかね!ついに真打登場」。

落語

概要

落語においては、現在は江戸落語(東都)の落語協会、落語芸術協会、五代目円楽一門会、落語立川流の4団体がそれぞれ真打制度を導入している。

上方落語における運用

上方落語では、現在は明確な身分制度は存在しておらず、入門後に何年かの修行期間を務める「年季奉公」の体裁をとっている。なお、内規により「入門から15年目以上」が真打相当として扱われる。以前は大正期までは真打制度が明確に存在し、戦後に上方落語協会で部外秘扱いで復活したが、すぐに有名無実化した。その後、1970年代後半に当時の同協会会長である六代目笑福亭松鶴が真打の復活を提唱するも、複数の芸能事務所などから反対されて頓挫した[18]。さらに天満天神繁昌亭の開設を控えた2005年に、当時協会会長だった桂三枝(現:六代目桂文枝)が真打制度を復活させる計画を提案したが、慎重な対応を求める意見が多く実現しなかった[19]。このため、上方落語家(前述の笑福亭鶴光、一時落語協会客分として参加していた生前の露の五郎を除く)は東日本で江戸の落語家と競演する場合、ごく一部の例外[注釈 5]を除いて基本的に大物や重鎮でも主任(トリ)を務めることができない。

その後、同協会会長が2018年に笑福亭仁智に代わり、2024年になり、上方落語の活性化を図る目的から「上方版の真打」制度を創設する事ととなった(名称は公募で決定される)。この制度では同協会所属の落語家246人の中から、入門から15年程度の若手中堅落語家を対象としていて、実績を評価したうえで初年度は4~5人程度を認定する。認定された落語家は定席興行の天満天神繁昌亭などで1週間主任(トリ)を勤める披露興行を実施できるとしており、同年8月の披露興行実施を目指すとされる。ただし、江戸落語と異なり「前座」「二ツ目」にあたる階級は設けないとしている[19]。

その後の協会内での協議の結果、「上方版の真打」制度については反対意見が多く議論が難航したため継続審議となり、代わって入門から15年目を迎えた同協会所属落語家が定席で1週間主任を務める「翔(と)ぶトリウィーク」を実施する事となった。2024年度の対象者は桂團治郎、桂和歌ぽん、林家愛染、桂福点、桂三語の5名で、同年9月の愛染を皮切りに前出の繁昌亭と神戸新開地・喜楽館で1週間主任(トリ)を務める[21][18]。

抜擢真打

近年の落語協会・落語芸術協会の両団体では、入門順により真打昇進が運用されているが、特に優れたものに関しては「抜擢真打」として入門順を配慮せず、真打昇進が図られる場合がある(下記いずれも、本人記事参照)。この場合、香盤も先に入門した落語家を追い抜くため「~人抜き」と強調される。

特に六代目三遊亭圓生の会長在任時(1965年8月~1972年3月)においては、圓生自身の真打に対する信条から、実質的に真打昇進は「圓生会長に芸が認められた」抜擢と同様の運用であり、香盤上で追い抜かれる者も多く、極端に真打昇進者が少なかった(後述)。
近年では単独での抜擢真打は2012年3月の一之輔、抜擢真打も2012年9月の志ん陽と文菊以降は途絶えていたが、2024年3月より林家つる子(12人抜き)、三遊亭わん丈(16人抜き)がそれぞれ抜擢で真打昇進となった。つる子は(女性の落語家が現在の共通の香盤になって以降では)初の女性の落語家の抜擢真打となる[22][23]。
その後、春風亭昇太(1992年、7人抜き)が芸協では2人目の抜擢真打となっており、この時は席亭推薦により抜擢真打となっている。これ以降、長らく芸協の落語家としての抜擢真打の運用例はなかった。歴代の会長のうち、特に桂歌丸(第5代会長)は生前抜擢真打について否定的な考えであったとされており[9]、会長在任中の2016年に新宿末廣亭の席亭推薦による抜擢の打診があった、芸協及び日本講談協会所属講談師の神田松之丞(後述の六代目神田伯山)の真打昇進について理事会で否決している。
歌丸会長の没後に先述の春風亭昇太が会長となり、講談師ではあったが、2020年2月中席から神田松之丞改メ六代目神田伯山を抜擢で真打に昇進[注釈 7]させ、さらに2021年2月中席より桂宮治が芸協の落語家としては29年ぶりに5人抜きでの抜擢真打とした[25][26]。

落語協会における真打昇進試験

真打昇進を決定する基準の一つとして、落語協会では五代目柳家小さん会長の下で、1980年から1987年まで「真打昇進試験」が導入されたことがあった。試験導入の背景には以下のようなものがあった。

騒動後、大量昇進路線による真打濫造の批判もあった事で協会内でもその問題を補正するべく「抜擢真打」と併用して1980年より導入されたのが「真打昇進試験」(正式名称は「真打審査会」)であった。第1回(1980年11月)の試験は16名が受験し11名が合格した。この11名は翌1981年春に7名[注釈 17]、秋に4名[注釈 18]と分かれて昇進披露を行った。

しかし、昇進試験の導入は、真打昇進の基準としていた「入門から約12年」を満たしても試験に落第して真打に昇進できない事で若手落語家を中心に不満の意見が出たほか、協会側も「試験の受験は必須ではない」という姿勢であったことから、僅かながらも昇進試験の受験を拒否する者が出る[注釈 19]など、運用面に課題を残す事となった[32]。

問題が発生したのが1983年春の昇進認定試験で、10名受験者のうち6名が不合格(秋に追試が決定)となっているが、この中に談志の弟子であった2名[注釈 20]が含まれており、運用面に不満を抱いた談志とその一門の集団離脱を生む事態となった(落語立川流#誕生)[注釈 21]。談志一門以外からも二ツ目を中心に試験制度を継続する執行部に対する批判の声が上がり、改善を求める「要望書」を若手育成担当の幹部であった志ん朝に手渡す一件に発展しており[33]、さらに同年秋の試験では受験者6名全員が不合格となり、翌1984年春の認定試験実施が見送りとされるなど、試験の運用の一貫性が担保されず、試験制度に対する不満がくすぶり続けた。

その後も試験の運用は続いていたが、真打昇進認定試験の意義を問う面で決定的となったのが、1987年5月に受験した古今亭志ん八(後の古今亭右朝)の不合格を巡る混乱であった。志ん八は多数の受賞歴があるなど、席亭や他の落語家などの関係者からも合格が有力視されていたが、不合格決定に対し席亭などの関係者から協会へ強硬に異議を申し入れる事態に発展した[注釈 22]ため、慌てた協会は急遽志ん八の追試を決定し、結果は一転して合格となり、翌1988年5月に真打に昇進した。

この年の試験直前の理事会でも、制度を巡る不満の噴出や圓生時代と比較して真打の数も増えてきたことから「真打昇進認定試験の廃止」が検討されていたが、この一件が決定打となり1987年限りで真打昇進認定試験を廃止し[36]、導入前の年功序列と一部の抜擢による真打昇進に改めている。

女性落語家の真打

女性の落語家の真打は、2024年9月現在で落語協会が12名、落語芸術協会が4名所属しており、2023年5月に落語立川流でも初の女性落語家の真打が誕生した。円楽一門会では女性落語家の真打はまだ誕生していない。

真打昇進披露興行

江戸落語の4団体では、真打昇進を披露するための興行が定席の各寄席を中心に行われる。

漫才

講談

浪曲

脚注

[脚注の使い方]

注釈

  1. ↑ 実例として、家元の談志が存命時に著書『万年前座』を談志が評価する形で昇進試験を免除され、真打に昇進した立川キウイ(2011年)[8]、「トライアル以外の方法で真打に昇進できると後輩に伝えたい」と、師匠立川談修からの真打昇進内定直後に「真打昇進内定落語会」を行った立川談吉(2025年) がある。
  2. ↑ 小福の師匠である初代雷門福助が戦後東京を離れて、名古屋で旅館を経営する傍ら、地元の大須演芸場の高座に上がるようになったことも背景とされる。
  3. ↑ (江戸落語家の)慣習として師匠が死去した場合、二ツ目以下の弟子は他の真打の門下に移籍する事が通例となっていることから、一門の中心として獅篭を「真打」に据えることで、なごや雷門一門を守るという意図もあったとみられる。
  4. ↑ これらの事実は、獅篭が師匠である小福の没後にコラムで言及している[17]。その後、獅篭には2018年に入門した登龍亭獅鉄(旧名:雷門獅鉄)、2021年に入門した登龍亭篭二、2023年に入門した登龍亭篭登、2024年に入門した登龍亭ゆり篭と四人の弟子(篭二は休業中)がおり、獅篭の弟弟子の登龍亭幸福に2022年に入門した登龍亭幸吉も含め、いずれも「前座」の身分を称している(前座修業を終えた獅鉄は2021年11月に、幸吉改メ門助は2025年4月に「年季明け」となっている)。
  5. ↑ 六代目文枝が三枝当時に2006年4月中席(11~20日)の鈴本演芸場・夜の部の興行で主任を務めた例がある[20]。文枝を襲名してからは2024年6月中席(11~20日)の鈴本演芸場・昼の部の興行で主任を務めた。いずれも落語協会の定席興行の枠内で行われている。
  6. ↑ 3月に1969年入門の小遊三を抜擢真打とし、小遊三の前に入門していた二代目柳亭小痴楽、五代目三遊亭圓雀、五代目春風亭柳條、古今亭寿輔、四代目春雨や雷蔵、三笑亭夢之助、桂京丸が1か月遅れで真打に昇進している。
  7. ↑ 後述する芸協内の落語家と講談師の香盤序列が整理される以前は、講談師としての香盤序列は守られる一方で、芸協内の当時の香盤上では9人抜きとなっていた。
  8. ↑ 吉幸は芸協で二ツ目昇進後は3年で真打に昇進しており、落語立川流での修業期間(約17年)も算入された形で、形式的ではあるが当時の香盤で28人追い抜く形で真打に昇進している。もっとも吉幸が芸協で前座修業中の2015年10月に、かつての弟弟子(当時の二代目快楽亭ブラック門下)であった立川左平次、立川志ら玉が落語立川流で先に真打に昇進している[27]。
    また、幸之進も芸協で二ツ目昇進から8年(立川流での修業期間11年も含め21年)と真打昇進までやや期間を要したものの(2025年まで廃業者が出るなど香盤に変動がなければ)香盤上では12人追い抜く形となる[28]。
  9. ↑ 圓生が「真打は落語家としてのゴールである」という認識を持っており、それに達しない者に関しては二ツ目のままで置いておいても構わないという考えであった[29]。
  10. ↑ 圓生が会長に就任した1965年8月以降、退任する1972年3月までの約7年の間に真打に昇進できたのは9人に留まった。
    特に自身の弟子であった三遊亭さん生(後の川柳川柳)や三遊亭好生(後の春風亭一柳)は、後から八代目春風亭柳枝の死去により圓生門下へ移籍した三遊亭吉生改メ六代目三遊亭圓窓(1969年真打昇進)、同じく八代目柳枝門下から移籍した三遊亭圓弥(1972年真打昇進)、さらに林家こん平(1972年真打昇進)と、香盤が下位だった者に相次いで追い抜かれるなど冷遇を受けている。
    一方で人気先行型であったこん平の真打昇進は、圓生にとって自身の昇進基準と相容れずに承服しがたかったが「三平の弟子なので(仕方がなく)」という理由で渋々昇進を認めたとされる[30]。
  11. ↑ 小さん(は「真打は(一人前の落語家としての)スタートライン」と考えており、長い間二つ目のままでいる落語家は真打にしてやればよい、昇進したら、あとは売れるも売れないも自己責任という考え方であった[29]。圓生の弟子であった五代目圓楽も真打昇進の考えは小さんの考えに近く、自身が円楽党を設立した際は前述の通り、既存の組織よりさらに早い段階で真打に昇進させる運用をとっており、いずれにしても真打昇進に関する理想では、これらの現実的な落語家たちと、あくまで理想に固執する圓生の考えとは大きく齟齬が生じていた。
  12. ↑ 柳家かゑる(現:五代目鈴々舎馬風)、三升家勝彌(後の七代目三升家小勝)、橘家圓平、三遊亭さん生(後の川柳川柳)、三代目吉原朝馬、柳家小のぶ、三升家勝二(現:八代目三升家小勝)、桂小益(現:九代目桂文楽)、林家枝二(後の七代目春風亭栄枝)、柳家さん吉。
  13. ↑ (初代)林家木久蔵(現:林家木久扇)、三遊亭好生(後の春風亭一柳)、桂文平(現:六代目柳亭左楽)、四代目三遊亭歌笑、三遊亭生之助、橘家三蔵、柳家小きん(後の六代目柳家つば女)、三遊亭歌雀(後の三代目三遊亭歌奴)、柳家さん弥(後の二代目柳家小はん)、金原亭桂太(現:金原亭伯楽)。
  14. ↑ 大量真打が諮問された理事会では、談志が「(圓生)自身が認めるもの」という圓生の判断基準を「論理が成り立たない」と疑義を呈しているほか、五代目圓楽も圓生が「五代目橘家圓好」として昇進した当時の評(芸が拙く、継父である五代目圓生の強い引き立てもあり真打に昇進できた)を暗に持ち出し「本当にお客様が納得したんですか?」と問うと、圓生は「お前、痛い事を言うなよ」と苦々しく答えている[31]。
  15. ↑ 圓生は弟子のさん生、好生の真打昇進決定に最後まで抵抗し、二人の昇進披露のパーティーや披露興行の口上には一切出席しなかったとされる[30]。
  16. ↑ もっとも、1973年の真打大量昇進後は、1978年までの真打昇進者は6人に留まり、二ツ目が滞留し始めていたことで、再び大量の真打昇進を行うかどうかの是非が背景にあった。
  17. ↑ 柳家さん喬、六代目五街道雲助、七代目むかし家今松、三遊亭歌司、金原亭駒三郎改メ二代目金原亭馬の助、橘家竹蔵、三遊亭旭生改メ三遊亭圓龍。
  18. ↑ 林家九蔵(現:三遊亭好楽)、柳家さん八、柳家さん治改メ柳家小袁治、立川談十郎改メ十代目土橋亭里う馬。
  19. ↑ 1980年の第1回の真打昇進試験の対象者は20名であり、16人が試験を受験した一方で4名が受験しなかった。明らかになっている不受験者として初代古今亭志ん五がいる(志ん五は翌1982年11月に真打に昇進した)。
  20. ↑ 立川談四楼、立川小談志(のちの喜久亭寿楽)。
  21. ↑ 合格者は林家源平、柳家小里ん、蝶花楼花蝶(後の七代目蝶花楼馬楽)、林家正雀(抜擢での試験受験で合格)の4名で、談志が特に問題視したのは力量的に劣ると見られた源平の合格であった。
  22. ↑ この試験では、初代林家三平の長男で当時は「親の七光り」と揶揄されていた林家こぶ平(現:九代目林家正蔵)が合格していた事も席亭らの反動を生む形となった。
    ただし、同時に試験を受けて合格した三遊亭きん歌(歌之介を経て現:四代目三遊亭圓歌、きん歌は抜擢試験組)によれば、志ん八は試験会場に来るのも遅れ、噺の出来も明らかに不出来であったという。原因はその前夜に兄弟子達が前祝いと称して遅くまで飲ませたとされている[34]。
    また、試験の当事者となった小さんも「志ん八については採点は間違いなかったと思う。出来はあんましよくなかったよ。あんときゃ、きん歌やこぶ平の方が光ってた。こりゃ剣道の試験の時と同じで、志ん八は本当の実力が出なかったのかもしれない」と語っている[35]。
  23. ↑ 2023年10月に改修のため一時閉場となった後は「国立演芸場主催興行」という形で紀尾井小ホールを代替として公演を行う。
  24. ↑ 落語協会は大須演芸場の定席興行に組み込む形で、落語芸術協会は年数回の貸席興行『芸協らくご名古屋寄席』の中に組み込む形で実施する。
  25. ↑ 落語協会の場合、他の襲名披露興行などが入る関係で春・秋のいずれかが行われないケース(例:2023年は春に「五代目江戸家猫八襲名披露興行」を実施したため、真打昇進披露は9月のみとなった)がある。また、落語芸術協会では、2019年9月の三代目柳亭小痴楽、2020年2月の六代目神田伯山、2021年2月の桂宮治の真打昇進披露興行などが該当する。
  26. ↑ 立川晴の輔は番組内で不定期に行われる「若手大喜利」コーナーのレギュラー出演者であったことから、番組内で真打昇進披露を行っている。また、2009年11月15日放送回では円楽一門会の2名(三遊亭大楽・三遊亭王楽)とともに立川志遊が昇進披露を行っており、立川ぜん馬とともに出演している。
  27. ↑ 同年7月までの真打昇進者が対象。落語芸術協会:桂翔丸、春風亭吉好、柳亭明楽、落語立川流:立川小春志、五代目円楽一門会:錦笑亭満堂。落語協会はこの時点で真打昇進の対象者(同年9月より4名が真打昇進)がいないため、出演がなかった。
  28. ↑ 2024年のオキシジェンの真打昇進以前は、漫才協会内の表記は「真打ち」であった。
  29. ↑ 香盤は日本講談協会での序列に準ぜられるため、真打の序列は松鯉、陽子、紫、紅、山陽、京子、鯉栄、蘭、伯山、伯知。
  30. ↑ 例外としては六代目神田伯山の真打昇進・襲名披露興行で、芸協における例年の披露興行の時期(通常は5月)から外れた2月に単独で行われる昇進披露であったこともあり、芸協での披露が先行して行われた。
  31. ↑ 四代目宝井琴柳、四代目宝井琴調(以上、講談協会所属)、神田茜(日本講談協会所属)の3名のみ(2023年5月現在)。
  32. ↑ 三遊亭王楽のYouTubeチャンネルにおける玉川太福の発言より[46]。

出典

  1. ↑ 三重)「村正」の忠実な写しを制作へ ネットで資金募る - 朝日新聞デジタル
  2. ↑ 小狐の太刀の話 - 福井市立郷土歴史博物館
  3. 1 2 吉川潮『戦後落語史』新潮社〈新潮新書 343〉、2009年12月20日、24頁。ISBN 978-4-10-610343-8。
  4. 1 2 吉川潮『戦後落語史』、25頁。
  5. 1 2 吉川潮『戦後落語史』、91頁。
  6. ↑ 海老名香葉子さん、こん平さんの思い出を手紙に「天国で師匠!と言って甘えていることと思います」[出典無効] - サンスポ 2020年12月22日
  7. ↑ 立川流の「二つ目、真打ちへの昇進基準」はなぜ厳しかったか 大事なことはすべて立川談志に教わった(立川談慶) - 一個人 2018年5月30日
  8. ↑ 前座16年立川キウイ真打ちにスピード昇格 - nikkansports.com 2010年3月27日
  9. 1 2 朝日新聞デジタル:真打ち選び、基準は実力?年季? 東京落語で試行錯誤 - 朝日新聞デジタル(アーカイブ)2012年5月16日
  10. ↑ 立川志らく、志獅丸を真打ちに昇進「戻さないといろんな人に迷惑がかかる」 - SANSPO.COM 2019年7月14日
  11. ↑ 吉川潮『戦後落語史』新潮社、2009年12月20日、205頁。ISBN 9784106103438。
  12. 1 2 3 4 協会員プロフィール - 落語芸術協会
  13. ↑ “円楽 落語芸術協会に加入 落語界“統一”へ一歩”. デイリースポーツ. (2017年6月28日) 2017年7月6日閲覧。
  14. ↑ 2019年度真打昇進について - 落語芸術協会 2019年12月28日
  15. ↑ “令和七年五月 公益社団法人落語芸術協会真打昇進について”. www.geikyo.com. 2024年5月24日閲覧。
  16. ↑ 東方落語とは? - 東方落語ホームページ
  17. ↑ 『長屋の花見』の巻 | 達人に訊け! - 中日新聞プラス 2016年4月8日(アーカイブ分)
  18. 1 2 上方落語「真打ち」登場お預け…代わりに若手が期間限定トリ - 読売新聞 2024年8月19日
  19. 1 2 「真打ち」がいない上方落語、若手の実力認定の取り組み…桂三枝会長時代には模索したが実現せず - 読売新聞 2024年3月17日
  20. ↑ 『東京かわら版 平成18年4月号 東京寄席案内』東京かわら版、2006年3月28日、46頁。
  21. ↑ 「上方落語・噺家成人式」公演、入門から15年となる落語家を対象 真打制度導入は継続審議 - 日刊スポーツ 2024年3月25日
  22. ↑ 令和6年 春 真打昇進決定 - 一般社団法人 落語協会 2023年4月1日
  23. ↑ 落語協会、12年ぶり抜てき真打ち 次世代ホープの林家つる子、三遊亭わん丈が来年3月昇進 - スポーツ報知 2023年4月1日
  24. ↑ 弘文出版『落語』1988年第27号特大号 P16-P17より
  25. ↑ 令和三年二月 桂 宮治 真打昇進について - 落語芸術協会 2020年3月17日
  26. ↑ 昇太会長が決断「新しいスターを」29年ぶり抜てき真打ち誕生 来年2月に桂宮治が5人抜き昇進 - スポーツ報知 2020年3月17日
  27. ↑ 真打ち目前で前座に逆戻り 数奇な運命を歩んだ立川吉幸が来年5月に真打ち昇進決定 - スポーツ報知 2018年8月6日
  28. ↑ 松江出身の落語家・立川幸之進さん、2025年に真打ち昇進 「精進する」決意新た - 山陰中央新報デジタル 2024年5月24日
  29. 1 2 川柳川柳『ガーコン落語一代』、河出文庫、ISBN 978-4-309-40988-7、2009年、138-139ページ。
  30. 1 2 3 川柳川柳『ガーコン落語一代』P145、P151-154より。
  31. 1 2 3 弘文出版『落語』1988年第27号特大号 P10-12より
  32. 1 2 弘文出版『落語』1988年第27号特大号 P13より
  33. ↑ 弘文出版『落語』1988年第27号特大号 P15より
  34. ↑ 三遊亭歌之介『月ば撃つぞ!落語家歌之介がゆく』、うなぎ書房、ISBN 978-4-901174-27-5、2009年、199-200ページ
  35. ↑ 弘文出版『落語』1988年第27号特大号 P14より
  36. ↑ 吉川潮『戦後落語史』P124-125より。
  37. ↑ 蝶花楼桃花 真打昇進から4カ月の落語協会史上最速で初トリ決定 - デイリースポーツ online 2022年6月10日
  38. ↑ 林家つる子、三遊亭わん丈、最短記録で初トリ「真打ち昇進が決まったときより10倍うれしい」 - ENCOUNT 2024年6月19日
  39. ↑ 立川こはる、令和5年5月5日に真打ち昇進「魔法をかけられる人になりたい」立川流初の女性真打ち - スポーツ報知 2022年11月20日
  40. ↑ 日記「真打昇進披露興行大初日」 - 九代目春風亭柳枝オフィシャルブログ「柳枝の一筆啓上」Powered by Ameba 2021年3月22日
  41. ↑ 『東京かわら版 2022年5月号』東京かわら版、2022年4月28日、27頁。ISBN 9784910085210。
  42. ↑ 芸協新真打2024年挨拶回りと空治さん二ツ目昇進! - 桂鷹治の「語る詞す」 噺家・桂鷹治のオフィシャルブログ 2024年3月1日
  43. ↑ 新真打5人の「高座扇・口上書き」お求めのご案内 - 三遊亭丈助オフィシャルブログ 2020年4月15日
  44. ↑ 令和四年秋 真打昇進襲名披露興行 祝扇会ご報告 - 十代目入船亭扇橋公式ウェブサイト
  45. ↑ コロナ禍でできること、できないこと…知恵と配慮の真打ち昇進披露宴 - 読売新聞オンライン 2022年4月22日
  46. ↑ (日本語) 【玉川太福の世界③】浪曲の世界に真打制度ってあるの?浪曲で新作をする上で心掛けている事とは? 2024年5月5日閲覧。

関連項目

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