1802年
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| 千年紀: | 2千年紀 |
|---|---|
| 世紀: | 18世紀 - 19世紀 - 20世紀 |
| 十年紀: | 1780年代 1790年代 1800年代 1810年代 1820年代 |
| 年: | 1799年 1800年 1801年 1802年 1803年 1804年 1805年 |
1802年(1802 ねん)は、西暦(グレゴリオ暦)による、金曜日から始まる平年。
他の紀年法
[編集]カレンダー
[編集]できごと
[編集]- 3月25日 - フランスとイギリスの間でアミアンの和約が調印される(3月27日に署名完了。第二次対仏大同盟が実質的に崩壊し、ヨーロッパに一時的な平和が到来)[1]。
- 3月26日(享和2年2月23日) - ロシアの南下政策に対応した北方防備と直轄地経営のため、蝦夷奉行を常設[2]。
- 4月8日 - フランスの立法院でコンコルダート(1801年のコンコルダート)と有機条項が正式に可決・法制化される。4月18日の復活祭にはノートルダム大聖堂で公布祝典が挙行され、これに合わせてシャトーブリアンが刊行した『キリスト教精髄』とともにフランス社会のカトリック復興を世論に定着させ、ロマン主義文学の先駆となる[3][4]。
- 6月1日(景盛10年5月2日) - ベトナムで阮福暎がフエで皇帝(嘉隆帝)に即位し、阮朝を創始(7月にはハノイを制圧して西山朝を滅ぼし、南北ベトナム統一を達成)[5]。
- 6月7日 - フランス領サン=ドマング(現ハイチ)の革命指導者トゥーサン・ルーヴェルチュールが、平和交渉の名目で誘出されたのちルクレール将軍配下のフランス軍によって拘束される(フランス本土へ送還され、翌年獄死)[6]。
- 6月10日(享和2年5月11日) - 蝦夷奉行の役所拠点が箱館に置かれたことに伴い、箱館奉行と改称[7]。
- 8月2日 - フランスで元老院決議により共和暦10年憲法が採択され、人民投票の結果を受けてナポレオン・ボナパルトが第一執政の終身職に就任[8]。
- 8月21日(享和2年7月24日) - 1799年(寛政11年)以来、松前藩から仮上知していた東蝦夷地を幕府の直轄地とする[9]。
- 8月25日 - フランスが地中海のエルバ島の領有権を確定・併合[10][11]。
- 11月(享和2年10月) - 長崎通詞の志筑忠雄が、ジョン・キールの天文学書のオランダ語訳本を重訳・注釈した『暦象新書』下編を脱稿(「重力」「引力」「遠心力」などの学術訳語を創出)[12][13]。
- 12月31日 - イギリス東インド会社とマラーター同盟の宰相(ペーシュワー)バージー・ラーオ2世の間でバセイン条約が締結される(第二次マラーター戦争の発端)[14]。
- 日付不詳 - 十返舎一九の滑稽本『東海道中膝栗毛』初編が刊行される[15]。
誕生
[編集]→「Category:1802年生」も参照
- 2月6日 - チャールズ・ホイートストン[16]、イギリスの物理学者(+ 1875年)
- 2月20日 - シャルル=オーギュスト・ド・ベリオ[17]、ベルギーのヴァイオリニスト、作曲家(+ 1870年)
- 2月26日 - ヴィクトル・ユーゴー[18][19]、フランスの小説家・詩人(+ 1885年)
- 3月7日 - エドウィン・ランシア[20]、イギリスの画家(+ 1873年)
- 3月10日(享和2年2月7日) - 楢林宗建[21]、蘭方医(+ 1852年)
- 3月18日(享和2年2月15日) - 三条実万[22]、公卿(+ 1859年)
- 4月4日 - ドロシア・ディックス[23]、アメリカの社会活動家、精神病院を多数設立(+ 1887年)
- 4月9日 - エリアス・リョンロート[24][25]、フィンランドの口承文芸研究家(+ 1884年)
- 6月24日(享和2年5月25日) - 伊達千広[26]、歌人・国学者・陸奥宗光の父(+ 1877年)
- 7月1日 - ギデオン・ウェルズ[27]、アメリカ合衆国海軍長官(+ 1878年)
- 7月24日 - アレクサンドル・デュマ・ペール(大デュマ)[28]、フランスの小説家、劇作家(+ 1870年)
- 8月5日 - ニールス・アーベル[29]、ノルウェーの数学者(+ 1829年)
- 8月7日 - ジェルマン・アンリ・ヘス[30]、スイスの化学者(+ 1850年)
- 8月13日 - ニコラウス・レーナウ[31]、オーストリアの詩人(+ 1850年)
- 8月28日 - カール・ヨーゼフ・ジムロック[32]、ドイツの詩人、言語学者、古代ドイツ文学研究家(+ 1876年)
- 9月13日 - アーノルド・ルーゲ[33]、ドイツの思想家、ジャーナリスト(+ 1880年)
- 9月19日 - コシュート・ラヨシュ[34][35]、ハンガリーの民族主義運動指導者(+ 1894年)
- 10月15日 - ルイ・ウジェーヌ・カヴェニャック[36][37]、フランスの軍人、政治家(+ 1857年)
- 10月25日 - リチャード・パークス・ボニントン[38]、イギリスの画家(+ 1828年)
- 10月26日 - ミゲル1世[39]、ポルトガル王(+ 1866年)
- 11月29日 - ヴィルヘルム・ハウフ[40]、ドイツの童話作家、小説家(+ 1827年)
- 12月15日 - ボーヤイ・ヤーノシュ[41][42]、ハンガリーの数学者(+ 1860年)
- 月日不詳
死去
[編集]→「Category:1802年没」も参照
- 2月27日(享和2年1月25日) - 木村蒹葭堂[45]、文人・文人画家(* 1736年)
- 4月1日 - ジョゼフ・デュプレシ[46]、フランスの画家(* 1725年)
- 4月18日 - エラズマス・ダーウィン[47]、イギリスの医師・詩人・自然哲学者(* 1731年)
- 5月18日(享和2年4月17日) - 朽木昌綱[48]、丹波福知山藩主、蘭学・古銭研究家(* 1750年)
- 7月22日 - マリー・フランソワ・クサヴィエ・ビシャ[49][50]、フランスの解剖学者・生理学者(* 1771年)
- 8月15日(享和2年7月18日) - 唐衣橘洲[51]、狂歌師(* 1744年)
- 9月24日 - アレクサンドル・ラジーシチェフ[52]、ロシアの思想家(* 1749年)
- 10月30日 - シャルル・アレクサンドル・ド・カロンヌ[53]、フランスの政治家(* 1734年)
- 11月9日 - トーマス・ガーティン[54]、イギリスの水彩画家(* 1775年)
- 11月15日 - ジョージ・ロムニー[55]、イギリスの画家(* 1734年)
- 月日不明 - 黄易[56]、文人画家(* 1744年)
脚注
[編集]注釈
出典
- ↑ 『アミアンの和約』 - コトバンク
- ↑ 『箱館奉行』 - コトバンク
- ↑ 『コンコルダート』 - コトバンク
- ↑ 『キリスト教精髄』 - コトバンク
- ↑ 『ザロン』 - コトバンク
- ↑ 『トゥサン・ルベルチュール』 - コトバンク
- ↑ 『箱館奉行』 - コトバンク
- ↑ 『ナポレオン1世』 - コトバンク
- ↑ 『蝦夷地』 - コトバンク
- ↑ 『エルバ島』 - コトバンク
- ↑ 『ピエモンテ』 - コトバンク
- ↑ 『暦象新書』 - コトバンク
- ↑ 『志筑忠雄』 - コトバンク
- ↑ 『マラーター戦争』 - コトバンク
- ↑ 『東海道中膝栗毛』 - コトバンク
- ↑ 『ホイートストン』 - コトバンク
- ↑ 『ベリオ』 - コトバンク
- ↑ 『ユーゴー』 - コトバンク
- ↑ 『ユゴー』 - コトバンク
- ↑ Edwin-Landseer - ブリタニカ百科事典
- ↑ 『楢林宗建』 - コトバンク
- ↑ 『三条実万』 - コトバンク
- ↑ 『ディックス』 - コトバンク
- ↑ 『リョンロート』 - コトバンク
- ↑ 『ロンルート』 - コトバンク
- ↑ 『伊達千広』 - コトバンク
- ↑ Gideon-Welles - ブリタニカ百科事典
- ↑ 『デュマ』 - コトバンク
- ↑ 『アーベル』 - コトバンク
- ↑ 『ヘス』 - コトバンク
- ↑ 『レーナウ』 - コトバンク
- ↑ 『ジムロック』 - コトバンク
- ↑ 『ルーゲ』 - コトバンク
- ↑ 『コシュート』 - コトバンク
- ↑ 『コッシュート』 - コトバンク
- ↑ 『カベニャック』 - コトバンク
- ↑ 『カベニャク』 - コトバンク
- ↑ 『ボニントン』 - コトバンク
- ↑ 『ミゲル』 - コトバンク
- ↑ 『ハウフ』 - コトバンク
- ↑ 『ボーヤイ』 - コトバンク
- ↑ 『ボヤイ』 - コトバンク
- ↑ 『清元延寿太夫』 - コトバンク
- ↑ 『西沢一鳳』 - コトバンク
- ↑ 『木村蒹葭堂』 - コトバンク
- ↑ 『デュプレシ』 - コトバンク
- ↑ 『ダーウィン』 - コトバンク
- ↑ 『朽木昌綱』 - コトバンク
- ↑ 『ビシャー』 - コトバンク
- ↑ 『ビシャ』 - コトバンク
- ↑ 『唐衣橘洲』 - コトバンク
- ↑ 『ラジーシチェフ』 - コトバンク
- ↑ 『カロンヌ』 - コトバンク
- ↑ 『ガーティン』 - コトバンク
- ↑ 『ロムニー』 - コトバンク
- ↑ 『黄易』 - コトバンク