1800年
表示
| 千年紀: | 2千年紀 |
|---|---|
| 世紀: | 17世紀 - 18世紀 - 19世紀 |
| 十年紀: | 1780年代 1790年代 1800年代 1810年代 1820年代 |
| 年: | 1797年 1798年 1799年 1800年 1801年 1802年 1803年 |
1800年(1800 ねん)は、西暦(グレゴリオ暦)による、水曜日から始まる平年。18世紀最後の年である[注釈 1]。
他の紀年法
[編集]カレンダー
[編集]できごと
[編集]
- 1月18日 - フランスで第一執政ナポレオン・ボナパルトの意向により、民間銀行としてフランス銀行が設立される[1]。
- 3月14日 - オーストリア軍占領下のヴェネツィアで開催されたコンクラーベで、ピウス7世が第251代ローマ教皇に選出される(前教皇ピウス6世のフランスでの獄死後約7か月ぶりの空位解消)[2]。
- 3月20日 - 北イタリア・コモ出身の物理学者アレッサンドロ・ボルタが、ロンドンの王立協会会長ジョゼフ・バンクス宛ての書簡で世界初の化学電池「ボルタの電堆(ボルタ電池)」の発明と起電原理を報告(同年6月26日に同協会で発表)[3][4]。
- 5月 - ナポレオン率いるフランス予備軍がグラン・サン・ベルナール峠を越えて北イタリアへ進軍(のちに新古典主義の宮廷画家ダヴィッドが『サン=ベルナール峠を越えるボナパルト』として顕彰)[5]。
- 6月11日(寛政12年閏4月19日) - 幕府天文方高橋至時に師事した56歳の伊能忠敬が、幕府の許可を得て蝦夷地の測量に出発(以後17年間にわたり計10回実施された日本全国沿海測量の端緒)[6]。
- 6月14日 - フランス革命戦争(第二次対仏大同盟): マレンゴの戦いでナポレオン率いるフランス軍がオーストリア軍に逆転勝利[7]。
- 7月2日 - イギリス議会で合同法が国王裁可を受ける(アイルランド反乱鎮圧を受け、8月1日にはアイルランド議会でも可決。翌年1月1日に施行されアイルランド王国を併合、「グレートブリテン及びアイルランド連合王国」が成立)[8]。
- 10月1日 - フランスとスペインの間で第三次サン・イルデフォンソ条約が締結され、スペイン領ルイジアナ植民地のフランス(ナポレオン)への返還が決定[9]。
- 11月17日 - アメリカ合衆国第6議会が新首都ワシントンD.C.の連邦議会議事堂で初召集され、臨時首都フィラデルフィアからの首都機能移転が完了(大統領ジョン・アダムズはこれに先立ち11月1日に完成途上のホワイトハウスへ初入居)[10]。
- 日付不詳
誕生
[編集]→「Category:1800年生」も参照
- 1月7日 - ミラード・フィルモア[13]、第13代アメリカ合衆国大統領(+ 1874年)
- 1月14日 - ルートヴィヒ・フォン・ケッヘル[14]、ケッヘル番号考案者(+ 1877年)
- 1月24日 - エドウィン・チャドウィック[15]、イギリスの公衆衛生の改革者(+ 1890年)
- 2月11日 - ウィリアム・ヘンリー・フォックス・タルボット[16]、イギリスの写真技術の先駆者(+ 1877年)
- 3月2日 - エヴゲーニー・バラトゥインスキー[17]、ロシアの詩人(+ 1844年)
- 3月13日 - ムスタファ・レシト・パシャ[18]、オスマン帝国の政治家、タンジマートの推進者(+ 1858年)
- 3月16日(寛政12年2月21日) - 仁孝天皇[19]、第120代天皇(+ 1846年)
- 4月4日(寛政12年3月11日) - 徳川斉昭[20]、常陸水戸藩第9代藩主・徳川慶喜の父(+ 1860年)
- 4月15日 - ジェイムズ・クラーク・ロス[21]、イギリスの軍人、探検家、北磁極を確定(+ 1862年)
- 5月5日 - ルイ・アシェット[22]、フランスの出版者(+ 1864年)
- 5月9日 - ジョン・ブラウン[23]、アメリカの奴隷制廃止論者(+ 1859年)
- 6月17日 - ウィリアム・パーソンズ[21][24]、イギリスの天文学者(+ 1867年)
- 7月14日 - ジャン=バティスト・デュマ[25]、フランスの化学者(+ 1884年)
- 7月31日 - フリードリヒ・ヴェーラー[26]、ドイツの化学者、尿素の合成に成功(+ 1882年)
- 8月22日(寛政12年7月3日) - 平賀元義[27]、国学者、歌人(+ 1866年)
- 10月2日 - ナット・ターナー[28]、アメリカの黒人奴隷暴動の指導者(+ 1831年)
- 10月3日 - ジョージ・バンクロフト[29]、アメリカの歴史家・外交官(+ 1891年)
- 10月25日 - トーマス・マコーリー[30]、イギリスの政治家・歴史家(+ 1859年)
- 10月25日 - ジャック・ポール・ミーニュ[31]、フランスの教父学者(+ 1875年)
- 10月26日 - ヘルムート・カール・ベルンハルト・フォン・モルトケ[32]、プロイセンの軍人(+ 1891年)
- 12月1日 - ヴェレシュマルティ・ミハーイ[33]、ハンガリーの詩人、劇作家(+ 1855年)
- 12月3日 - フランツェ・プレシェーレン[34][35]、スロベニアの詩人(+ 1849年)
- 12月29日 - チャールズ・グッドイヤー[36]、アメリカの発明家(+ 1860年)
- 月日不詳
死去
[編集]→「Category:1800年没」も参照
- 1月27日(寛政12年1月3日)- 柳原紀光[40]、公卿(* 1746年)
- 2月9日(寛政12年1月16日)- 佐竹義躬[41]、洋風画家(* 1749年)
- 4月22日(寛政12年3月29日)- 岩井半四郎 (4代目)[42]、歌舞伎俳優(* 1747年)
- 4月25日 - ウィリアム・クーパー[43]、イギリスの詩人(* 1731年)
- 5月7日 - ニコロ・ピッチンニ[44]、イタリアのオペラ作曲家(* 1728年)
- 5月18日 - アレクサンドル・スヴォーロフ[45]、ロシア帝国大元帥(* 1729年?)
- 5月23日 - ヘンリー・コート[46]、イギリスの製鉄業者、発明家(* 1741年?)
- 8月18日(正祖28年6月28日)- 正祖[47]、第22代李氏朝鮮王(* 1752年)
- 10月4日(寛政12年8月16日)- 吉雄耕牛[48]、オランダ語通詞、蘭方医(* 1724年)
- 10月27日(寛政12年9月10日)- 伊藤若冲[49]、絵師(* 1716年)
- 11月22日 - ザーロモン・マイモン[50]、ユダヤ系の哲学者(* 1753年)
脚注
[編集]注釈
[編集]出典
[編集]- ↑ 『フランス銀行』 - コトバンク
- ↑ “Pius VII”. Encyclopædia Britannica. 2026年9月12日閲覧。
- ↑ 『ボルタ』 - コトバンク
- ↑ “March 20, 1800: Volta describes the Electric Battery”. American Physical Society. 2026年9月12日閲覧。
- ↑ “Napoleon crosses the Alps”. Khan Academy. 2026年9月12日閲覧。
- ↑ 『伊能忠敬』 - コトバンク
- ↑ 『マレンゴの戦い』 - コトバンク
- ↑ "Act of Union" - Encyclopædia Britannica
- ↑ “Treaty of San Ildefonso”. Encyclopædia Britannica. 2026年9月12日閲覧。
- ↑ 『ワシントン』 - コトバンク
- ↑ 『シェリング』 - コトバンク
- ↑ 『ノバーリス』 - コトバンク
- ↑ 『フィルモア』 - コトバンク
- ↑ 『ケッヘル』 - コトバンク
- ↑ 『チャドウィック』 - コトバンク
- ↑ 『タルボット』 - コトバンク
- ↑ 『バラトゥインスキー』 - コトバンク
- ↑ 『ムスタファ・レシト・パシャ』 - コトバンク
- ↑ 『仁孝天皇』 - コトバンク
- ↑ 『徳川斉昭』 - コトバンク
- 1 2 『ロス』 - コトバンク
- ↑ 『アシェット』 - コトバンク
- ↑ 『ブラウン』 - コトバンク
- ↑ 『パーソンズ』 - コトバンク
- ↑ 『デュマ』 - コトバンク
- ↑ 『ウェーラー』 - コトバンク
- ↑ 『平賀元義』 - コトバンク
- ↑ 『ターナー』 - コトバンク
- ↑ 『バンクロフト』 - コトバンク
- ↑ 『マコーレー』 - コトバンク
- ↑ 『ミーニュ』 - コトバンク
- ↑ 『モルトケ』 - コトバンク
- ↑ 『ベレシュマルティ』 - コトバンク
- ↑ 『プレシェーレン』 - コトバンク
- ↑ 『プレシェレン』 - コトバンク
- ↑ 『グッドイヤー』 - コトバンク
- ↑ 『井上文雄』 - コトバンク
- ↑ 『杵屋六左衛門』 - コトバンク
- ↑ 『新門辰五郎』 - コトバンク
- ↑ 『柳原紀光』 - コトバンク
- ↑ 『佐竹義躬』 - コトバンク
- ↑ 『岩井半四郎』 - コトバンク
- ↑ 『クーパー』 - コトバンク
- ↑ 『ピッチンニ』 - コトバンク
- ↑ 『スボロフ』 - コトバンク
- ↑ 『コート』 - コトバンク
- ↑ 『正祖』 - コトバンク
- ↑ 『吉雄耕牛』 - コトバンク
- ↑ 『伊藤若冲』 - コトバンク
- ↑ 『マイモン』 - コトバンク