1810年
表示
| 千年紀: | 2千年紀 |
|---|---|
| 世紀: | 18世紀 - 19世紀 - 20世紀 |
| 十年紀: | 1790年代 1800年代 1810年代 1820年代 1830年代 |
| 年: | 1807年 1808年 1809年 1810年 1811年 1812年 1813年 |
1810年(1810 ねん)は、西暦(グレゴリオ暦)による、月曜日から始まる平年。
他の紀年法
[編集]カレンダー
[編集]できごと
[編集]


- 3月31日(文化7年2月26日) - 江戸幕府が、フェートン号事件(1808年)等を受けた海防強化のため、白河藩(松平定信)に房総沿岸(安房国・上総国)、会津藩に三浦半島(相模国)の警備・台場築造を命じる[1][2]。
- 4月1日 - フランス皇帝ナポレオン1世が、オーストリア帝国皇女マリー・ルイーズと再婚。ハプスブルク=ロートリンゲン家との政略結婚により統治の正統性を図る[3]。
- 4月19日 - スペイン独立戦争に伴う本国統治麻痺に乗じ、ベネズエラのカラカスでクリオーリョがスペイン人総督を追放して自治組織フンタを樹立(のちにシモン・ボリバルが指導するベネズエラ独立戦争の発端)[4]。
- 5月8日 - スコットランドのウォルター・スコットが物語詩『湖上の美人』を発表[5][6]。
- 5月25日 - リオ・デ・ラ・プラタ副王領のブエノスアイレスでカビルド(市参事会)により五月革命が勃発。副王シスネロスを解任して自治政府(プリメラ・フンタ)を樹立(のちのアルゼンチン独立への端緒)[7]。
- 6月20日 - スウェーデン貴族で、かつてフランス王妃マリー・アントワネットの救出(ヴァレンヌ事件)を画策したハンス・アクセル・フォン・フェルセンが、王太子カール・アウグスト急死に伴う毒殺疑惑の混乱の中、葬儀の途上で民衆により虐殺される[8]。
- 7月20日 - ヌエバ・グラナダ副王領(現コロンビア)の首都ボゴタで、クリオーリョがスペイン人副王の支配に反発して蜂起。自治評議会(フンタ)を樹立して実質的な独立を宣言する(のちの大コロンビア独立への端緒)[9]。
- 8月21日 - スウェーデン身分制議会、後継者の絶えたスウェーデン王太子にフランス元帥ベルナドットを選出(のちのカール14世ヨハン、現スウェーデン王室ベルナドッテ家の始祖)[10][11]。
- 9月16日 - ヌエバ・エスパーニャ(現メキシコ)で神父ミゲル・イダルゴが蜂起を呼びかける(ドロレスの叫び、メキシコ独立革命の始まり)[12]。
- 9月18日 - チリのサンティアゴでクリオーリョ主導のカビルドにより、自治政府(第一回フンタ)が樹立される(のちのチリ独立戦争への端緒)[13]。
- 9月24日 - フランスの自由主義作家スタール夫人の著作『ドイツ論』に対し、ナポレオン政権の警察省が発禁を通告[14]。
- 10月15日 - プロイセン王国でベルリン大学(現・フンボルト大学ベルリン)が開校。プロイセン改革の一環として、内務省公教育局長ヴィルヘルム・フォン・フンボルトが設立を指導(フンボルトの教育理念)。フィヒテが初代哲学部長に就任[15]。
- 11月 - イギリス国王ジョージ3世の精神疾患が再発・悪化し統治不能に陥る。翌年2月施行の摂政法に基づき、皇太子(のちのジョージ4世)による摂政時代が開始[16]。
- 12月31日 - ロシア帝国皇帝アレクサンドル1世が、新関税令を発布して大陸封鎖令(1806年)を実質的に離脱(中立国船の寄港を認めて対英貿易を再開し、フランス産奢侈品に関税を賦課)[17]。
誕生
[編集]→「Category:1810年生」も参照
- 1月29日 - エルンスト・クンマー[18]、ドイツの数学者(+ 1893年)
- 2月5日 - オーレ・ブル[19]、ノルウェーのヴァイオリニスト、作曲家(+ 1880年)
- 2月8日 - ノルベルト・ブルグミュラー[20]、ドイツの作曲家(+ 1836年)
- 2月8日 - エリファス・レヴィ[21]、フランスの魔術理論家(+ 1875年)
- 3月1日(2月22日説あり) - フレデリック・ショパン[22]、ポーランドの作曲家、ピアニスト(+ 1849年)
- 3月2日 - レオ13世[23][24]、第256代ローマ教皇(+ 1903年)
- 4月5日 - ヘンリー・ローリンソン[25]、イギリスの軍人、外交官、アッシリア学者(+ 1895年)
- 4月20日(文化7年3月17日) - 玉松真弘(玉松操[26])、国学者(+ 1872年)
- 5月23日 - マーガレット・フラー[27]、アメリカの評論家(+ 1850年)
- 6月8日 - ロベルト・シューマン[28]、ドイツのロマン派作曲家(+ 1856年)
- 6月9日 - オットー・ニコライ[29]、ドイツの作曲家、指揮者(+ 1849年)
- 6月16日 - サミュエル・ロビンス・ブラウン[30]、アメリカの改革派教会の宣教師(+ 1880年)
- 6月17日 - フェルディナント・フライリヒラート[31]、ドイツの詩人(+ 1876年)
- 6月23日 - ファニー・エルスラー[32]、オーストリアのバレエダンサー(+ 1884年)
- 7月5日 - P・T・バーナム[33]、アメリカの興行師(+ 1891年)
- 7月21日 - アンリ・ヴィクトル・ルニョー[34]、フランスの実験科学者(+ 1878年)
- 8月4日 - モーリス・ド・ゲラン[35]、フランスの詩人(+ 1839年)
- 8月10日 - カミッロ・カヴール[36]、イタリア王国初代首相(+ 1861年)
- 8月13日(文化7年7月14日) - 緒方洪庵[37]、蘭学者、医者、教育者(+ 1863年)
- 8月18日 - ジュール・ペロー[38]、フランスのバレエダンサー・振付家(+ 1892年)
- 8月30日(文化7年8月1日)- 堀田正睦[39]、老中首座、下総国佐倉藩第5代藩主(+ 1864年)
- 9月7日 - ヘルマン・ハインリヒ・ゴッセン[40]、ドイツの経済学者(+ 1858年)
- 9月29日 - エリザベス・ギャスケル[41]、イギリスの小説家(+ 1865年)
- 10月22日(文化7年9月24日)- 玉木文之進[42]、松下村塾の創立者(+ 1876年)
- 11月7日 - フリッツ・ロイター[43]、ドイツの小説家(+ 1874年)
- 11月16日 - カレル・ヒネク・マーハ[44]、チェコの詩人(+ 1836年)
- 11月18日 - エイサ・グレイ[45]、アメリカの植物学者(+ 1888年)
- 11月26日 - ウィリアム・アームストロング[46]、イギリスの企業家(+ 1900年)
- 12月7日 - テオドール・シュワン[47]、ドイツの動物生理学者(+ 1882年)
- 12月11日 - アルフレッド・ド・ミュッセ[48]、フランスの詩人、小説家、劇作家(+ 1857年)
- 月日不詳
死去
[編集]→「Category:1810年没」も参照
- 1月23日 - ヨハン・ヴィルヘルム・リッター[53]、ドイツの物理学者(* 1776年)
- 2月4日 - ヘンリー・キャヴェンディッシュ[54][55]、イギリスの化学者・物理学者(* 1731年)
- 2月22日 - チャールズ・ブロックデン・ブラウン[30]、アメリカの小説家(* 1771年)
- 2月28日(文化7年1月25日)- 唐来参和[56]、狂歌師、戯作者(* 1744年?)
- 3月2日(文化7年1月27日)- 小野蘭山[57]、本草学者(* 1729年)
- 5月21日 - シュヴァリエ・デオン(ボーモン[58])、フランスの外交官(* 1728年)
- 6月12日(文化7年5月11日)- 大屋裏住[59]、狂歌師(* 1734年)
- 6月20日 - ハンス・アクセル・フォン・フェルセン[60]、スウェーデン貴族(* 1755年)
- 6月26日 - ジョゼフ=ミシェル・モンゴルフィエ[61]、フランスの発明家、熱気球による人類初の空中飛行に成功(* 1740年)
- 7月6日(文化7年6月5日)- 木喰(木喰五行明満[62])、僧(* 1718年)
- 8月3日(文化7年7月4日)- 鶴賀新内[63]、新内節の太夫(* 生年未詳)
- 8月8日(文化7年7月9日)- 植村文楽軒[64]、人形浄瑠璃の文楽座座元(* 1751年?)
- 9月18日(文化7年8月20日)- 清原雄風[65]、歌人(* 1747年)
- 10月19日 - ジャン=ジョルジュ・ノヴェール[66]、フランスの舞踊家、振付師(* 1727年)
- 12月2日 - フィリップ・オットー・ルンゲ[67]、ドイツの画家(* 1777年)
- 12月29日(文化7年12月4日)- 瀬川菊之丞 (3代目)[68]、歌舞伎俳優(* 1751年)
- 12月29日(文化7年12月4日)- 森島中良[69](森羅万象[70]、万象亭[71]、桂川甫粲[72])、蘭学者、戯作者、狂歌師(* 1756年)
脚注
[編集]- ↑ 『安房国』 - コトバンク
- ↑ 『松平定信』 - コトバンク
- ↑ 『マリ・ルイーズ』 - コトバンク
- ↑ 『ベネズエラ』 - コトバンク
- ↑ 『湖上の美人』 - コトバンク
- ↑ “The Lady of the Lake”. Edinburgh University Library. 2026年9月5日閲覧。
- ↑ 『五月広場』 - コトバンク
- ↑ 『フェルセン』 - コトバンク
- ↑ 『コロンビア』 - コトバンク
- ↑ 『カール14世』 - コトバンク
- ↑ 『カール』 - コトバンク
- ↑ 『どろれすの叫び』 - コトバンク
- ↑ 『チリ』 - コトバンク
- ↑ 『スタール夫人』 - コトバンク
- ↑ 『ベルリン大学』 - コトバンク
- ↑ 『ジョージ3世』 - コトバンク
- ↑ “German Soldiers in Russia, 1812”. Freie Universität Berlin. 2026年9月5日閲覧。
- ↑ 『クンマー』 - コトバンク
- ↑ Ole-Bull - ブリタニカ百科事典
- ↑ 『ブルクミュラー』 - コトバンク
- ↑ 『レビ』 - コトバンク
- ↑ 『ショパン』 - コトバンク
- ↑ 『レオ13世』 - コトバンク
- ↑ 『レオ』 - コトバンク
- ↑ 『ローリンソン』 - コトバンク
- ↑ 『玉松操』 - コトバンク
- ↑ 『フラー』 - コトバンク
- ↑ 『シューマン』 - コトバンク
- ↑ 『ニコライ』 - コトバンク
- 1 2 『ブラウン』 - コトバンク
- ↑ 『フライリヒラート』 - コトバンク
- ↑ 『エルスラー』 - コトバンク
- ↑ 『バーナム』 - コトバンク
- ↑ 『ルニョー』 - コトバンク
- ↑ 『ゲラン』 - コトバンク
- ↑ 『カブール』 - コトバンク
- ↑ 『緒方洪庵』 - コトバンク
- ↑ 『ペロー』 - コトバンク
- ↑ 『堀田正睦』 - コトバンク
- ↑ 『ゴッセン』 - コトバンク
- ↑ 『ギャスケル』 - コトバンク
- ↑ 『玉木文之進』 - コトバンク
- ↑ 『ロイター』 - コトバンク
- ↑ 『マーハ』 - コトバンク
- ↑ 『グレー』 - コトバンク
- ↑ 『アームストロング』 - コトバンク
- ↑ 『シュワン』 - コトバンク
- ↑ 『ミュッセ』 - コトバンク
- ↑ 『川本幸民』 - コトバンク
- ↑ 『国定忠治』 - コトバンク
- ↑ 『笹川繁蔵』 - コトバンク
- ↑ 『陳澧』 - コトバンク
- ↑ 『リッター』 - コトバンク
- ↑ 『キャベンディッシュ』 - コトバンク
- ↑ 『キャベンディシュ』 - コトバンク
- ↑ 『唐来参和』 - コトバンク
- ↑ 『小野蘭山』 - コトバンク
- ↑ 『ボーモン』 - コトバンク
- ↑ 『大屋裏住』 - コトバンク
- ↑ 『フェルセン』 - コトバンク
- ↑ 『モンゴルフィエ兄弟』 - コトバンク
- ↑ 『木喰五行明満』 - コトバンク
- ↑ 『鶴賀新内』 - コトバンク
- ↑ 『植村文楽軒』 - コトバンク
- ↑ 『清原雄風』 - コトバンク
- ↑ 『ノベール』 - コトバンク
- ↑ 『ルンゲ』 - コトバンク
- ↑ 『瀬川菊之丞』 - コトバンク
- ↑ 『森島中良』 - コトバンク
- ↑ 『森羅万象』 - コトバンク
- ↑ 『万象亭』 - コトバンク
- ↑ 『桂川甫粲』 - コトバンク