1814年
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| 千年紀: | 2千年紀 |
|---|---|
| 世紀: | 18世紀 - 19世紀 - 20世紀 |
| 十年紀: | 1790年代 1800年代 1810年代 1820年代 1830年代 |
| 年: | 1811年 1812年 1813年 1814年 1815年 1816年 1817年 |
1814年(1814 ねん)は、西暦(グレゴリオ暦)による、土曜日から始まる平年。
他の紀年法
[編集]カレンダー
[編集]できごと
[編集]


- 1月14日 - キール条約締結[1]。フランスと同盟を結んでいたデンマークが、敗戦に伴いスウェーデンへノルウェーを割譲。
- 2月16日 - ノルウェーの指導層がウェーデンへの併合拒否と独立を決議(5月17日に1814年ノルウェー憲法を制定し[2][3]、クリスチャン・フレデリクを国王に推戴)。
- 3月31日 - 第六次対仏大同盟軍がパリに入城(パリの戦い)[4]。
- 4月6日 - フランス元老院がナポレオン・ボナパルトの廃位とルイ18世の王位招請を決議(ブルボン朝の復活)[5]。ナポレオンが退位を表明(4月11日にフォンテーヌブロー条約締結[6])。
- 5月4日 - 退位したナポレオンが流刑地の地中海・エルバ島に上陸、小領主としての統治を開始[7]。
- 5月30日 - フランスと連合国の間で第1次パリ条約締結[8]。フランスの国境を1792年当時の状態に戻すことが定められる。
- 7月25日 - イギリスの技術者ジョージ・スティーヴンソンが、自作の蒸気機関車「ブリュッヘル号」の試運転に成功[9]。
- 8月24日 - 米英戦争: イギリス軍がブラーデンスバーグの戦いに勝利して首都ワシントンD.C.を占領し、ホワイトハウスや連邦議会議事堂などの公的建物を焼き払う(ワシントン焼き討ち)[10]。
- 9月中旬 - オーストリア帝国の宰相メッテルニヒの主宰によりウィーン会議が開幕(9月18日から個別交渉開始、1815年6月9日の最終議定書調印まで)[11]。フランス外相タレーランが提唱した正統主義と勢力均衡を基本原則にウィーン体制(ヨーロッパ協調)の形成を目指す。
- 9月12日-15日 - 米英戦争: ボルティモアの戦い[12]。米軍がマクヘンリー砦の防衛に成功。この戦いに触発され、フランシス・スコット・キーが後にアメリカ合衆国国歌となる詩を作詞[13]。
- 11月1日 - イギリス東インド会社がネパール(ゴルカ朝)に宣戦布告し、グルカ戦争が勃発[14]。
- 12月22日(文化11年11月11日) - 備前国・今村宮の神官黒住宗忠が「天命直授」を受け、幕末三大新宗教の一つである黒住教を開教[15]。
- 12月24日 - ガン条約が締結され、米英戦争が講和(領土現状維持)[16]。
日付不詳
[編集]- ドイツのサヴィニーが『立法と法学に対するわれわれの時代の使命について』を刊行し、歴史法学派を創始[17]。
- スペインのフランシスコ・デ・ゴヤが、フランス軍の侵略とマドリード市民の抵抗・銃殺事件を描いた『1808年5月2日、マドリード』および『1808年5月3日、マドリード』[18]を制作。
- フランスのドミニク・アングルが、オリエンタリズムを反映した『グランド・オダリスク』を制作[19]。
- 曲亭馬琴が読本『南総里見八犬伝』の初編を刊行[20]。
- 葛飾北斎が絵手本『北斎漫画』の初編を刊行[21]。
- 清で勅撰の類書・詩文集『全唐文』(嘉慶帝の勅命による編纂)が完成[22]。
誕生
[編集]→「Category:1814年生」も参照
- 1月1日(嘉慶18年12月10日) - 洪秀全[23]、清末の宗教指導者、太平天国の乱を起こす(+ 1864年)
- 1月23日 - アレキサンダー・カニンガム[24]、イギリスの軍人、インド考古調査局を創設(+ 1893年)
- 1月27日 - ウジェーヌ・エマニュエル・ヴィオレ・ル・デュク[25][26]、フランスの建築家、美術史家(+ 1879年)
- 3月3日(文化11年1月12日) - 小野湖山[27]、儒者、漢詩人(+ 1910年)
- 3月7日 - カメハメハ3世[28][29]、ハワイ王国第3代国王、立憲君主制憲法を発布(+ 1854年)
- 3月9日 - タラス・シェフチェンコ[30]、ウクライナの国民的詩人、画家(+ 1861年)
- 5月4日(文化11年3月15日) - 養鸕徹定[31]、浄土宗の僧、近代仏教学の先駆者(+ 1891年)
- 5月9日 - アドルフ・フォン・ヘンゼルト[32]、ドイツのロマン派作曲家、ピアニスト(+ 1889年)
- 5月22日(文化11年4月3日) - 島田虎之助[33]、直心影流の剣術家、「幕末の三剣士」の一人(+ 1852年)
- 5月30日 - ミハイル・バクーニン[34]、ロシアの革命家、アナキズムの理論的指導者(+ 1876年)
- 6月14日 - アレクサンダー・ジョン・エリス[35]、イギリスの音声学者、音律測定法(セント単位)を考案(+ 1890年)
- 6月25日 - ガブリエル・オーギュスト・ドブレ[36]、フランスの地質学者、実験地球科学の先駆者(+ 1896年)
- 6月30日 - フランツ・フォン・ディンゲルシュテット[37]、ドイツの詩人・劇作家、ウィーン宮廷歌劇場総監督(+ 1881年)
- 7月19日 - サミュエル・コルト[38]、アメリカの発明家・実業家、回転式拳銃を実用化しコルト・ファイヤーアームズを創立(+ 1862年)
- 8月13日 - アンデルス・オングストローム[39]、スウェーデンの物理学者、分光学の父(+ 1874年)
- 8月28日 - シェリダン・レ・ファニュ[40]、アイルランドの小説家、ゴシックホラー・女吸血鬼小説『カーミラ』の作者(+ 1873年)
- 9月3日 - ジェームス・ジョセフ・シルベスター[41]、イギリスの数学者(+ 1897年)
- 9月29日(文化11年8月16日) - 金光大神[42]、幕末三大新宗教の一つ金光教の教祖(+ 1883年)
- 10月4日 - ジャン=フランソワ・ミレー[43]、フランスのバルビゾン派画家、『落穂拾い』『晩鐘』の作者(+ 1875年)
- 10月15日 - ミハイル・レールモントフ[44]、ロシアのロマン主義詩人・小説家、代表作に『現代の英雄』(+ 1841年)
- 11月6日 - アドルフ・サックス[45]、ベルギーの楽器製作者、管楽器サクソフォーンの発明者(+ 1894年)
- 11月25日 - ユリウス・ロベルト・フォン・マイヤー[46]、ドイツの物理学者・医師、エネルギー保存の法則を提唱(+ 1878年)
- 12月3日(文化11年10月22日) - 池内大学[47]、儒学者・尊皇攘夷派の志士(+ 1863年)
- 月日不詳
死去
[編集]→「Category:1814年没」も参照
- 1月21日 - ジャック=アンリ・ベルナルダン・ド・サン=ピエール[50]、フランスの作家・博物学者(* 1737年)
- 1月24日(文化10年12月4日) - 尾藤二洲[51]、儒学者、「寛政の三博士」の一人(* 1747年)
- 1月27日 - ヨハン・ゴットリープ・フィヒテ[52]、ドイツ観念論の哲学者(* 1762年)
- 2月26日 - ユーハン・トービアス・セルゲル[53]、スウェーデンの新古典主義彫刻家(* 1740年)
- 3月3日(文化11年1月12日)- 歌川豊春[54]、浮世絵師、歌川派開祖(* 1735年)
- 3月26日 - ジョゼフ・ギヨタン[55]、フランスの医師・政治家、ギロチン(断頭台)の導入を提案(* 1738年)
- 3月29日 - クロード・ミシェル(通称クローディオン)[56]、フランスのロココ彫刻家(* 1738年)
- 4月12日 - チャールズ・バーニー[57]、イギリスの音楽史家(* 1726年)
- 4月21日(文化11年3月2日) - 亀井南冥[58]、福岡藩の儒学者・医師、金印(漢委奴国王印)を鑑定(* 1743年)
- 5月29日 - ジョゼフィーヌ・ド・ボアルネ[59]、ナポレオン1世の最初の皇后(* 1763年)
- 6月5日(嘉慶19年4月17日) - 趙翼[60]、清の考証学者・史学者、『二十二史箚記』の著者(* 1727年)
- 7月12日 - ウィリアム・ハウ[61]、アメリカ独立戦争期のイギリス軍北米総司令官(* 1729年)
- 7月19日 - マシュー・フリンダース[62][63]、イギリスの探検家・航海士、オーストラリア大陸を一周(* 1774年)
- 8月21日 - ベンジャミン・トンプソン(ランフォード伯)[64]、アメリカ生まれの物理学者・政治家、熱の運動説を主張(* 1753年)
- 8月31日 - アーサー・フィリップ[65]、イギリス海軍提督、オーストラリア初代総督としてシドニーを建設(* 1738年)
- 10月1日(文化11年8月18日) - 中山愛親[66]、公卿、尊号一件で幕府と折衝(* 1741年)
- 11月23日 - エルブリッジ・ゲリー[67]、第5代アメリカ合衆国副大統領、不公正な選挙区割り「ゲリマンダー」の語源(* 1744年)
- 12月2日 - マルキ・ド・サド(サド侯爵)[68]、フランスの貴族・小説家、「サディズム」の語源(* 1740年)
- 12月28日(文化11年11月17日)- 建部巣兆[69][70]、俳人・文人画家(* 1761年)
脚注
[編集]注釈
出典
- ↑ 『キール条約』 - コトバンク
- ↑ 『あいすぼる憲法』 - コトバンク
- ↑ 『エイズボル憲法』 - コトバンク
- ↑ Napoleonic-Wars - ブリタニカ百科事典
- ↑ 『王政復古』 - コトバンク
- ↑ Marie-Louise-Austrian-archduchess - ブリタニカ百科事典
- ↑ 『エルバ島』 - コトバンク
- ↑ 『パリ条約』 - コトバンク
- ↑ 『スティーブンソン』 - コトバンク
- ↑ 『一八一二年戦争』 - コトバンク
- ↑ 『ウィーン会議』 - コトバンク
- ↑ Battle-of-Baltimore-1814 - ブリタニカ百科事典
- ↑ Fort-McHenry-National-Monument-and-Historic-Shrine - ブリタニカ百科事典
- ↑ 『ネパール戦争』 - コトバンク
- ↑ 『黒住教』 - コトバンク
- ↑ 『ガン条約』 - コトバンク
- ↑ 『歴史法学』 - コトバンク
- ↑ 『1808年5月3日』 - コトバンク
- ↑ 『グランド・オダリスク』 - コトバンク
- ↑ 『南総里見八犬伝』 - コトバンク
- ↑ 『北斎漫画』 - コトバンク
- ↑ 『全唐文』 - コトバンク
- ↑ 『洪秀全』 - コトバンク
- ↑ 『カニンガム』 - コトバンク
- ↑ 『ビオレ・ル・デュク』 - コトバンク
- ↑ 『ビオレ・ル・デュック』 - コトバンク
- ↑ 『小野湖山』 - コトバンク
- ↑ 『カメハメハ3世』 - コトバンク
- ↑ Kamehameha-III - ブリタニカ百科事典
- ↑ 『シェフチェンコ』 - コトバンク
- ↑ 『養鸕徹定』 - コトバンク
- ↑ Adolf-von-Henselt - ブリタニカ百科事典
- ↑ 『島田虎之助』 - コトバンク
- ↑ 『バクーニン』 - コトバンク
- ↑ 『エリス』 - コトバンク
- ↑ Gabriel-Auguste-Daubree - ブリタニカ百科事典
- ↑ Franz-Ferdinand-Freiherr-von-Dingelstedt - ブリタニカ百科事典
- ↑ 『コルト』 - コトバンク
- ↑ 『オングストレーム』 - コトバンク
- ↑ 『レ・ファニュ』 - コトバンク
- ↑ 『シルベスター』 - コトバンク
- ↑ 『金光大神』 - コトバンク
- ↑ 『ミレー』 - コトバンク
- ↑ 『レールモントフ』 - コトバンク
- ↑ Antoine-Joseph-Sax - ブリタニカ百科事典
- ↑ 『マイヤー』 - コトバンク
- ↑ 『池内大学』 - コトバンク
- ↑ 『日下部伊三治』 - コトバンク
- ↑ 『パジェス』 - コトバンク
- ↑ 『ベルナルダン・ド・サン・ピエール』 - コトバンク
- ↑ 『尾藤二洲』 - コトバンク
- ↑ 『フィヒテ』 - コトバンク
- ↑ 『セルゲル』 - コトバンク
- ↑ 『歌川豊春』 - コトバンク
- ↑ 『ギヨタン』 - コトバンク
- ↑ 『クローディオン』 - コトバンク
- ↑ 『バーニー』 - コトバンク
- ↑ 『亀井南冥』 - コトバンク
- ↑ 『ジョゼフィーヌ』 - コトバンク
- ↑ 『趙翼』 - コトバンク
- ↑ William-Howe-5th-Viscount-Howe - ブリタニカ百科事典
- ↑ 『フリンダーズ』 - コトバンク
- ↑ Matthew-Flinders - ブリタニカ百科事典
- ↑ 『ランフォード』 - コトバンク
- ↑ Arthur-Phillip - ブリタニカ百科事典
- ↑ 『中山愛親』 - コトバンク
- ↑ Elbridge-Gerry - ブリタニカ百科事典
- ↑ 『サド』 - コトバンク
- ↑ 『建部巣兆』 - コトバンク
- ↑ 『巣兆』 - コトバンク