1841年
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| 千年紀: | 2千年紀 |
|---|---|
| 世紀: | 18世紀 - 19世紀 - 20世紀 |
| 十年紀: | 1820年代 1830年代 1840年代 1850年代 1860年代 |
| 年: | 1838年 1839年 1840年 1841年 1842年 1843年 1844年 |
1841年(1841 ねん)は、西暦(グレゴリオ暦)による、金曜日から始まる平年。
他の紀年法
[編集]カレンダー
[編集]できごと
[編集]1月 - 3月
[編集]- 1月26日 - アヘン戦争で、チャールズ・エリオット率いるイギリス軍が清の香港島を占領(翌年の南京条約で正式に割譲され、イギリスの東アジア進出およびパクス・ブリタニカの重要拠点となる)[1]。
- 2月8日 - イギリスの科学者タルボットが、陰画(ネガ)から陽画(ポジ)を焼き付ける紙写真術「カロタイプ」の特許を取得[2]。
- 2月27日(天保12年閏1月7日) - 江戸幕府第11代将軍徳川家斉(大御所)が死去。約50年に及んだ放漫財政(大御所時代)が終焉を迎え、12代将軍徳川家慶のもとで老中水野忠邦が実権を掌握し、幕政改革へ舵を切る契機となる[3]。
- 3月4日 - 米国でウィリアム・ハリソンが第9代アメリカ合衆国大統領に就任[4]。
4月 - 6月
[編集]- 4月 - アメリカの作家エドガー・アラン・ポーが、世界初の本格的な推理小説とされる『モルグ街の殺人』を発表[5]。
- 4月4日 - ハリソン米大統領が就任わずか1か月で肺炎により急死。副大統領のジョン・タイラーが大統領に昇格(アメリカ史上初となる現職大統領の死去に伴う昇格例)[6]。
- 6月(天保12年5月) - 老中・水野忠邦の主導により、緊縮財政・風紀取締り・綱紀粛正を柱とする幕藩体制再建策天保の改革が江戸幕府によって本格的に開始(江戸幕府三大改革の最後)[7]。
- 6月27日(天保12年5月9日)
- 6月29日 - 7月22日 - イギリスで総選挙が行われ、不況による支持低迷からメルバーン子爵率いる与党ホイッグ党が惨敗し、ロバート・ピール率いる野党保守党が勝利[10]。
7月 - 9月
[編集]- 7月5日 - イギリスのトーマス・クックが、禁酒運動大会の参加者輸送のためレスターからラフバラー間の往復団体列車を企画・運行。世界初の組織的な鉄道旅行とされ、近代観光および旅行代理店業(のちのトーマス・クック・グループ)の端緒となる[11]。
- 7月12日(天保12年5月24日) - 江戸幕府が、前年に命じた庄内藩・長岡藩・川越藩の三方領地替えの撤回を決定。庄内藩領民による大規模な反対・直訴運動(天保義民事件)が幕命を覆す異例の結果となり、幕府権威の動揺を示す[12]。
- 7月13日 - 第2次エジプト・トルコ戦争の収束に伴い、英・露・仏・墺・普・オスマン帝国の間でロンドン海峡協定(海峡条約)が締結。ボスフォラス海峡・ダーダネルス海峡への外国軍艦の通航が禁止され、ロシアがウンキャル・スケレッシ条約で得た単独通航特権が失効して南下政策が阻止される(東方問題の展開)[13]。
- 7月17日 - イギリスで週刊風刺漫画雑誌『パンチ』が創刊[14]。
- 8月30日 - イギリスで総選挙の敗北を受けて第2次メルバーン内閣が総辞職し、第2次ピール内閣(保守党政権)が成立。産業資本家の台頭を背景に自由貿易体制への転換を進める[15]。
- 9月4日 - 米国で先買権法(公有地優先販売法)が成立。西部の公有地に入植していた開拓者に格安での土地優先購入権を認める(のちの1862年ホームステッド法の先駆け)[16]。
- 9月16日(天保12年8月1日) - 水戸藩第9代藩主徳川斉昭が、藩校弘道館を開設。藩士に文武両道を奨励し、のちの幕末期に尊王攘夷思想(後期水戸学)の発信拠点となる[17]。
- 9月24日 - ボルネオ島北西部で、イギリスの探検家ジェームズ・ブルックが反乱鎮圧の功によりブルネイから領地を譲渡されサラワク王国を建国。白人ラージャ(藩王)による統治が始まる[18]。
日付不詳
[編集]- ドイツの経済学者フリードリヒ・リストが『政治経済学の国民的体系』を刊行[19]。
- ドイツの哲学者ルートヴィヒ・フォイエルバッハが『キリスト教の本質』を刊行[20]。
- イギリスの歴史家トマス・カーライルが『英雄崇拝論』を刊行[21]。
誕生
[編集]→「Category:1841年生」も参照
- 1月11日 - オットー・フォン・ギールケ[22]、ドイツの法学者(+ 1921年)
- 1月14日 - ベルト・モリゾ[23]、フランスの画家(+ 1895年)
- 1月18日 - エマニュエル・シャブリエ[24]、フランスの作曲家(+ 1894年)
- 1月28日 - ヴァシリー・クリュチェフスキー[25]、ロシアの歴史家(+ 1911年)
- 1月28日 - ヘンリー・モートン・スタンリー[26]、アメリカのジャーナリスト、探検家(+ 1904年)
- 1月30日 - サム・ロイド[27]、アメリカのパズル作家(+ 1911年)
- 2月8日(天保12年1月17日) - 赤松連城[28]、浄土真宗本願寺派の僧(+ 1919年)
- 2月16日 - アルマン・ギヨマン[29]、フランスの印象派画家(+ 1927年)
- 2月19日 - フェリペ・ペドレル[30]、スペインの作曲家、音楽学者(+ 1922年)
- 2月24日 - カール・グレーベ[31]、ドイツの化学者(+ 1927年)
- 2月25日 - ピエール=オーギュスト・ルノワール[32][33]、フランスの印象派画家(+ 1919年)
- 2月26日 - イヴリン・ベアリング (初代クローマー伯爵)[34]、イギリスの行政官、外交官。エジプトの財政を再建(+ 1917年)
- 3月3日 - ジョン・マレー[35]、イギリスの海洋学者(+ 1914年)
- 3月6日 - マリー・アルフレッド・コルニュ[36]、フランスの物理学者(+ 1902年)
- 3月8日 - オリバー・ウェンデル・ホームズ・ジュニア[37]、アメリカの法律家(+ 1935年)
- 4月1日 - アフマド・オラービー[38][39]、エジプトの軍人。ウラービー革命を指導(+ 1911年)
- 4月6日(天保12年2月15日) - 服部誠一(服部撫松[40])、戯作者(+ 1908年)
- 4月9日 - ウィリアム・ジョージ・アストン[41]、イギリスの外交官。日本古典を英訳(+ 1911年)
- 5月7日 - ギュスターヴ・ル・ボン[42]、フランスの社会心理学者(+ 1931年)
- 5月13日(天保12年3月23日) - 福地桜痴[43](福地源一郎)、ジャーナリスト、劇作家。立憲帝政党を結成(+ 1906年)
- 5月22日 - カチュール・マンデス[44]、フランスの詩人(+ 1909年)
- 5月28日(天保12年4月8日) - 境川浪右衛門[45]、第14代横綱(+ 1887年)
- 6月4日 - カール・ビンディング[46]、ドイツの刑法学者(+ 1920年)
- 7月8日 - ヴィンチェンツォ・ラグーザ[47]、イタリアの彫刻家、お雇い外国人(+ 1927年)
- 7月13日 - オットー・ワーグナー[48]、オーストリアの建築家(+ 1918年)
- 7月29日 - アルマウェル・ハンセン[49]、ノルウェーの医学者。らい菌の発見者(+ 1912年)
- 7月29日 - アンリ・ファヨール[50]、フランスの企業経営者、経営管理論の祖(+ 1925年)
- 8月3日(天保12年6月16日) - 藤田伝三郎[51]、藤田財閥創業者、実業家(+ 1912年)
- 8月4日 - ウィリアム・ハドソン[52]、イギリスの博物学者、小説家(+ 1922年)
- 8月25日 - エミール・テオドール・コッハー[53]、スイスの外科医(+ 1917年)
- 9月8日 - アントニン・ドヴォルザーク[54][55]、チェコの作曲家。代表作に交響曲第9番『新世界より』(+ 1904年)
- 9月28日 - ジョルジュ・クレマンソー[56]、フランスの政治家。第一次世界大戦時の首相、パリ講和会議を主導(+ 1929年)
- 10月4日 - トマス・メンデンホール[57]、アメリカの物理学者、お雇い外国人(+ 1924年)
- 10月16日(天保12年9月2日) - 伊藤博文[58]、日本の初代内閣総理大臣。大日本帝国憲法起草を主導(+ 1909年)
- 10月26日 - テオドール・オッポルツァー[59]、オーストリアの天文学者(+ 1886年)
- 11月4日 - カール・タウジヒ[60]、ポーランドのピアニスト(+ 1871年)
- 11月9日 - エドワード7世[61][62]、イギリス国王(+ 1910年)
- 11月9日 - フランシス・ブリンクリー[63]、来日したイギリスの海軍軍人、ジャーナリスト(+ 1912年)
- 11月20日 - ウィルフリッド・ローリエ[64]、カナダの政治家(+ 1919年)
- 12月6日 - フレデリック・バジール[65]、フランス印象派の画家(+ 1870年)
- 12月13日(天保12年11月1日) - 赤松則良[66]、海軍軍人(+ 1920年)
- 12月15日(天保12年11月3日) - 田中正造[67]、政治家。足尾鉱毒事件の解決に奔走(+ 1913年)
- 12月15日(天保12年11月3日)? - 野津道貫[68]、大日本帝国陸軍軍人(+ 1908年)
- 12月20日 - フェルディナン・ビュイソン[69]、フランスの政治家、教育学者(+ 1932年)
- 12月22日(天保12年11月10日) - 池田謙斎[70]、医師(+ 1918年)
- 月日不詳 - 斎藤きち(唐人お吉[71])、伊豆下田の女性。アメリカ総領事ハリスに雇用される(+ 1890年)
死去
[編集]→「Category:1841年没」も参照
- 1月6日(天保11年12月14日) - 谷文晁[72]、南画家(* 1763年)
- 1月20日 - 明命帝[73]、ベトナム阮朝第2代皇帝(* 1791年)
- 2月20日 - フリードリヒ・ゼルチュルナー[74]、ドイツの薬剤師。モルヒネの分離に成功(* 1783年)
- 2月27日(天保12年閏1月7日) - 徳川家斉[3]、江戸幕府第11代将軍。大御所政治を敷く(* 1773年)
- 3月1日 - クロード・ヴィクトル=ペラン[75]、フランス帝国元帥(* 1764年)
- 3月10日(天保12年閏1月18日) - 屋代弘賢[76]、国学者(* 1758年)
- 3月16日 - フェリックス・サヴァール[77]、フランスの物理学者(* 1791年)
- 3月31日 - ジョージ・グリーン[78]、イギリスの数学者(* 1793年)
- 4月4日 - ウィリアム・ハリソン[4][79]、第9代アメリカ合衆国大統領(* 1773年)
- 5月23日 - フランツ・クサファー・フォン・バーダー[80]、ドイツの哲学者(* 1765年)
- 6月25日(天保12年5月7日) - 久米通賢[81]、技術者、暦学者(* 1780年)
- 7月1日 - ニコラ・アペール[82]、フランスの食品加工業者。瓶詰(缶詰の祖)を発明(* 1749年)
- 7月27日 - ミハイル・レールモントフ[83]、ロシアの詩人、小説家(* 1814年)
- 7月27日(天保12年6月10日) - 滝亭鯉丈[84]、滑稽本作者(* 生年不詳)
- 8月14日 - ヨハン・フリードリヒ・ヘルバルト[85]、ドイツの哲学者、教育学者(* 1776年)
- 8月15日(天保12年6月29日) - 松浦静山[86]、大名、平戸藩第9代藩主。随筆『甲子夜話』の著者(* 1760年)
- 8月30日(天保12年7月14日) - 林述斎[87]、儒学者(* 1768年)
- 9月9日 - オーギュスタン・ピラミュ・ドゥ・カンドール[88]、スイスの植物学者(* 1778年)
- 9月26日(道光21年8月12日) - 龔自珍[89]、清の学者(* 1792年)
- 10月9日 - カルル・フリードリッヒ・シンケル[90]、ドイツの建築家(* 1781年)
- 11月21日(天保12年10月9日) - 賀茂季鷹[91]、国学者、歌人(* 1754年)
- 11月23日(天保12年10月11日) - 渡辺崋山[92]、蘭学者、画家、田原藩家老。蛮社の獄で拘禁され自刃(* 1793年)
脚注
[編集]注釈
[編集]出典
[編集]- ↑ 『アヘン戦争』 - コトバンク
- ↑ 『タルボット』 - コトバンク
- 1 2 『徳川家斉』 - コトバンク
- 1 2 『ハリソン』 - コトバンク
- ↑ 『モルグ街の殺人』 - コトバンク
- ↑ 『タイラー』 - コトバンク
- ↑ 『天保の改革』 - コトバンク
- ↑ 『高島秋帆』 - コトバンク
- ↑ 『中浜万次郎』 - コトバンク
- ↑ 『メルバーン』 - コトバンク
- ↑ 『クック』 - コトバンク
- ↑ 『三方領地替』 - コトバンク
- ↑ 『ロンドン条約』 - コトバンク
- ↑ 『パンチ』 - コトバンク
- ↑ 『ピール』 - コトバンク
- ↑ 『公有地政策』 - コトバンク
- ↑ 『弘道館』 - コトバンク
- ↑ 『サラワク』 - コトバンク
- ↑ 『リスト』 - コトバンク
- ↑ 『キリスト教の本質』 - コトバンク
- ↑ 『カーライル』 - コトバンク
- ↑ 『ギールケ』 - コトバンク
- ↑ 『モリゾ』 - コトバンク
- ↑ 『シャブリエ』 - コトバンク
- ↑ 『クリュチェフスキー』 - コトバンク
- ↑ 『スタンリー』 - コトバンク
- ↑ Sam-Loyd - ブリタニカ百科事典
- ↑ 『赤松連城』 - コトバンク
- ↑ 『ギヨーマン』 - コトバンク
- ↑ 『ペドレル』 - コトバンク
- ↑ 『グレーベ』 - コトバンク
- ↑ 『ルノワール』 - コトバンク
- ↑ 『ルノアール』 - コトバンク
- ↑ 『クローマー』 - コトバンク
- ↑ 『マレー』 - コトバンク
- ↑ 『コルニュ』 - コトバンク
- ↑ 『ホームズ』 - コトバンク
- ↑ 『アラービー・パシャ』 - コトバンク
- ↑ 『アフマド・アラービー』 - コトバンク
- ↑ 『服部撫松』 - コトバンク
- ↑ 『アストン』 - コトバンク
- ↑ 『ル・ボン』 - コトバンク
- ↑ 『福地桜痴』 - コトバンク
- ↑ 『マンデス』 - コトバンク
- ↑ 『境川浪右衛門』 - コトバンク
- ↑ 『ビンディング』 - コトバンク
- ↑ 『ラグーザ』 - コトバンク
- ↑ 『ワーグナー』 - コトバンク
- ↑ 『ハンセン』 - コトバンク
- ↑ 『フェイヨル』 - コトバンク
- ↑ 『藤田伝三郎』 - コトバンク
- ↑ 『ハドソン』 - コトバンク
- ↑ 『コッハー』 - コトバンク
- ↑ 『ドボルザーク』 - コトバンク
- ↑ 『ドボルジャーク』 - コトバンク
- ↑ 『クレマンソー』 - コトバンク
- ↑ 『メンデンホール』 - コトバンク
- ↑ 『伊藤博文』 - コトバンク
- ↑ 『オッポルツァー』 - コトバンク
- ↑ 『タウジヒ』 - コトバンク
- ↑ 『エドワード』 - コトバンク
- ↑ 『エドワード7世』 - コトバンク
- ↑ 『ブリンクリー』 - コトバンク
- ↑ 『ローリエ』 - コトバンク
- ↑ 『バジール』 - コトバンク
- ↑ 『赤松則良』 - コトバンク
- ↑ 『田中正造』 - コトバンク
- ↑ 『野津道貫』 - コトバンク
- ↑ 『ビュイッソン』 - コトバンク
- ↑ 『池田謙斎』 - コトバンク
- ↑ 『唐人お吉』 - コトバンク
- ↑ 『谷文晁』 - コトバンク
- ↑ 『ミンマン』 - コトバンク
- ↑ 『ゼルチュルナー』 - コトバンク
- ↑ Claude-Victor-Perrin-Duc-De-Bellune - ブリタニカ百科事典
- ↑ 『屋代弘賢』 - コトバンク
- ↑ 『サバール』 - コトバンク
- ↑ George-Green - ブリタニカ百科事典
- ↑ Freeman Cleaves (1939). Old Tippecanoe: William Henry Harrison and His Time. New York: C. Scribner's Sons. pp. 152
- ↑ 『バーダー』 - コトバンク
- ↑ 『久米通賢』 - コトバンク
- ↑ 『アペール』 - コトバンク
- ↑ 『レールモントフ』 - コトバンク
- ↑ 『滝亭鯉丈』 - コトバンク
- ↑ 『ヘルバルト』 - コトバンク
- ↑ 『松浦静山』 - コトバンク
- ↑ 『林述斎』 - コトバンク
- ↑ 『ド・カンドル』 - コトバンク
- ↑ 『龔自珍』 - コトバンク
- ↑ 『シンケル』 - コトバンク
- ↑ 『賀茂季鷹』 - コトバンク
- ↑ 『渡辺崋山』 - コトバンク