1848年
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| 千年紀: | 2千年紀 |
|---|---|
| 世紀: | 18世紀 - 19世紀 - 20世紀 |
| 十年紀: | 1820年代 1830年代 1840年代 1850年代 1860年代 |
| 年: | 1845年 1846年 1847年 1848年 1849年 1850年 1851年 |
1848年(1848 ねん)は、西暦(グレゴリオ暦)による、土曜日から始まる閏年。
他の紀年法
[編集]カレンダー
[編集]できごと
[編集]




1月 - 3月
[編集]- 1月12日 - イタリアのシチリア島でパレルモ蜂起が勃発。全欧に波及する1848年革命(「諸国民の春」)の口火を切る[1]。
- 1月12日 - ダルハウジー侯爵がインド総督に着任( - 1856年)。藩王国の併合を進める失権の原理の厳格な適用や鉄道・電信の建設を推進し、後のインド大反乱(セポイの乱)の遠因となる[2]。
- 1月24日 - 米国カリフォルニアのサッター製材所で砂金が発見され、カリフォルニア・ゴールドラッシュが始まる[3]。
- 2月2日 - 米墨戦争が終結し、グアダルーペ・イダルゴ条約が締結される。メキシコが合衆国へカリフォルニアやニューメキシコなど広大な領土(メキシコ割譲地)を割譲し、アメリカ合衆国の領土が太平洋岸に到達[4]。
- 2月21日 - マルクスとエンゲルスがロンドンで共産主義者同盟の綱領として『共産党宣言』を刊行(「万国のプロレタリア団結せよ」)[5]。
- 2月22日 - 2月24日 - フランスで二月革命が勃発。ギゾー内閣による改革宴会弾圧に抗議した市民・労働者が蜂起し、国王ルイ・フィリップがイギリスへ亡命(七月王政の崩壊)[6]。
- 2月25日 - フランスで第二共和政の臨時政府が樹立。穏健共和派の詩人ラマルティーヌ、社会主義者ルイ・ブランらが参画し、男子普通選挙の導入、労働権の保障、国立作業場の設置、植民地奴隷制廃止を決定[7]。
- 2月28日(弘化5年2月28日) - 日本で弘化から嘉永に改元(孝明天皇の代始改元)[8]。
- 3月13日 - オーストリア帝国のウィーンで三月革命が勃発。宰相メッテルニヒが失脚してイギリスへ亡命し、30余年続いたウィーン体制が完全に崩壊[9]。
- 3月15日 - ハンガリー三月革命が勃発。コシュートの指導のもとオーストリアからの自治政府樹立・封建的特権の廃止を要求[10]。
- 3月18日 - 3月19日 - プロイセン王国のベルリンで三月革命が勃発。国王フリードリヒ・ヴィルヘルム4世が憲法制定議会の召集と自由主義的改革を約束[9]。
- 3月18日 - 3月22日 - オーストリア支配下の北イタリア・ミラノで反オーストリア蜂起(「ミラノの5日間」)が成功。続いてヴェネツィアでダニエーレ・マニン指導のもとサン・マルコ共和国の再建が宣言される[11]。
- 3月20日 - オーストリア帝国で農奴制(領主裁判権や賦役)の無償廃止が決議され、農民が解放される[1]。
- 3月20日 - バイエルン王国で国王ルートヴィヒ1世が愛人問題と民衆運動により退位し、マクシミリアン2世が即位[12]。
- 3月23日 - サルデーニャ王国国王カルロ・アルベルトがオーストリアに宣戦布告し、第一次イタリア独立戦争が始まる[13]。
- 3月24日 - キールでドイツ系住民による臨時政府が樹立され、レンツブルク要塞を制圧(デンマークに対する反乱が勃発し、第一次シュレースヴィヒ=ホルシュタイン戦争が始まる。のちにプロイセンなどドイツ連邦軍が介入)[14]。
4月 - 6月
[編集]- 4月10日 - イギリスのロンドン(ケニントン・コモン広場)でチャーティスト運動の第3回国民請願大集会が開催されるが、政府の警備により請願は不発に終わり、運動は退潮期に入る[15]。
- 4月 - イギリスの哲学者・経済学者ジョン・スチュアート・ミルが主著『経済学原理』を刊行。古典派経済学を集大成しつつ、社会改良主義的再分配論を提示[16]。
- 4月18日 - インドで第二次シク戦争が勃発( - 1849年、イギリス東インド会社によるパンジャーブ併合と全インド征服完成への契機)[17]。
- 4月23日 - フランスで憲法制定議会の男子普通選挙が実施され、農民層の支持を得た穏健共和派が圧勝(急進社会主義派が惨敗)[7]。
- 5月18日 - ドイツ統一と憲法制定を討議するため、初の普通選挙による国民議会であるフランクフルト国民議会がパウロ教会で開幕(オーストリアを含む大ドイツ主義と、オーストリアを除外してプロイセンを中心とする小ドイツ主義が対立)[18]。
- 5月29日 - 米国でウィスコンシン州が連邦30番目の州(自由州)として昇格[19]。
- 6月2日 - 6月12日 - プラハでパラツキーらの主導により第1回スラヴ民族会議が開催されるが、オーストリアのヴィンディシュグレーツ将軍率いる軍により武力鎮圧される[20]。
- 6月23日 - 6月26日 - フランスで六月蜂起(国立作業場の閉鎖・再編に反発したパリ労働者の武装蜂起)が発生し、陸軍大臣カヴェニャック将軍により武力鎮圧される(ブルジョワ・農民と労働者階級の決裂が決定的となる)[21]。
7月 - 9月
[編集]- 7月 - 米国の捕鯨船員ラナルド・マクドナルドが日本潜入を企て利尻島に密入国。長崎に送られ、森山栄之助らオランダ通詞に日本初の体系的英語教育を行う[22]。
- 7月19日 - 7月20日 - 米国ニューヨーク州でセネカ・フォールズ会議が開催され、「所感の宣言」が採択される(アメリカ最初の女性参政権・人権に関する会議)[23]。
- 7月25日 - 第一次イタリア独立戦争:クストーツァの戦いで、ラデツキー将軍率いるオーストリア軍がサルデーニャ王国軍を撃破。
- 8月31日 - ウィーンでヨハン・シュトラウス1世の『ラデツキー行進曲』(北イタリア独立運動を鎮圧したラデツキー将軍を称賛する楽曲)が初演される[24]。
- 9月12日 - スイスで新憲法(1848年憲法)が採択。国家連合から近代的な連邦国家への移行を果たし、連邦議会が確立する[25]。
- 9月 - ロンドンで、ダンテ・ゲイブリエル・ロセッティ、ジョン・エヴァレット・ミレー、ウィリアム・ホルマン・ハントらによってラファエル前派が結成される[26]。
- 9月 - イラン(ガージャール朝)でナーセロッディーン・シャーが即位。大宰相アミール・キャビールによる近代化改革が進められる一方、バーブ教徒の乱( - 1850年)の激しい弾圧が始まる[27]。
10月 - 12月
[編集]- 10月6日 - ウィーン十月蜂起が急進派市民や学生により発生。皇帝フェルディナント1世が退避し、ヴィンディシュグレーツ軍による鎮圧後、反革命派の巻き返しが決定的となる[28]。
- 11月7日 - 米大統領選挙で米墨戦争の英雄であるホイッグ党のザカリー・テイラーが当選[29]。
- 11月24日 - 教皇領で民主派の暴動が激化し、教皇ピウス9世がローマからナポリ王国のガエータへ脱出・亡命。
- 12月2日 - オーストリア皇帝フェルディナント1世が退位し、18歳の甥フランツ・ヨーゼフ1世が新皇帝に即位( - 1916年、反革命・絶対主義的再統合を推進)[30]。
- 12月10日 - フランス第二共和政大統領選挙が実施され、秩序の回復とナポレオン神話を望む農民層・保守層の圧倒的支持を集めたルイ=ナポレオン・ボナパルトが圧勝して初代大統領に選出される[31]。
誕生
[編集]→「Category:1848年生」も参照
- 1月4日(弘化4年11月28日) - 桂太郎[32]、日本の陸軍軍人・政治家、第11・13・15代内閣総理大臣(+ 1913年)
- 1月6日 - フリスト・ボテフ[33]、ブルガリアの詩人・革命家(+ 1876年)
- 1月10日(弘化4年12月5日) - 鳥尾小弥太[34]、日本の陸軍軍人・政治家(+ 1905年)
- 1月15日 - ラファエル・フォン・ケーベル[35]、ロシア出身・ドイツ系の哲学者・音楽家、東京帝国大学教師(+ 1923年)
- 1月19日 - マシュー・ウェッブ[36]、イギリスの冒険家、ドーバー海峡単独泳断の成功者(+ 1883年)
- 1月21日 - アンリ・デュパルク[37]、フランスの作曲家(+ 1933年)
- 1月23日(弘化4年12月18日) - 坂東家橘 (初代)(十四代目市村羽左衛門)[38]、歌舞伎役者、市村座座元(+ 1893年)
- 1月24日 - ワシーリー・スリコフ[39]、ロシアの歴史画家(+ 1916年)
- 1月27日(弘化4年12月22日) - 東郷平八郎[40]、日本の海軍軍人、元帥海軍大将、日露戦争時の連合艦隊司令長官(+ 1934年)
- 2月1日 - アデマール・エスマン[41]、フランスの法学者(+ 1913年)
- 2月5日 - ジョリス=カルル・ユイスマンス[42]、フランスの小説家(+ 1907年)
- 2月5日 - ベル・スター[43]、アメリカの西部開拓時代の女性無法者(+ 1889年)
- 2月7日(弘化5年1月3日) - 中野武営[44]、日本の実業家・政治家、東京商業会議所会頭(+ 1918年)
- 2月14日(嘉永元年3月1日) - 肥塚龍[45][46]、日本の政治家、衆議院副議長(+ 1920年)
- 2月16日 - ユーゴー・ド・フリース[47]、オランダの植物学者、突然変異説の提唱者(+ 1935年)
- 2月16日 - オクターヴ・ミルボー[48]、フランスの作家・劇作家(+ 1917年)
- 2月18日 - ルイス・カムフォート・ティファニー[49]、アメリカの宝飾デザイナー・ガラス工芸家(+ 1933年)
- 2月20日 - エドワード・ヘンリー・ハリマン[50]、アメリカの鉄道実業家(+ 1909年)
- 2月27日 - チャールズ・ヒューバート・パリー[51]、イギリスの作曲家(+ 1918年)
- 3月1日 - オーガスタス・セント=ゴーデンス[52]、アメリカの彫刻家(+ 1907年)
- 3月19日 - ワイアット・アープ[53]、アメリカ西部開拓時代の保安官(+ 1929年)
- 3月29日 - アレクセイ・クロパトキン[54]、ロシア帝国の軍人、日露戦争時の満州軍総司令官(+ 1925年)
- 4月4日(嘉永元年3月1日) - 塚原渋柿園[55]、日本の小説家・新聞記者(+ 1917年)
- 4月13日(嘉永元年3月10日) - 浅野総一郎[56]、日本の実業家、浅野財閥創業者、京浜工業地帯開拓者(+ 1930年)
- 4月21日 - カール・シュトゥンプ[57]、ドイツの哲学者・心理学者(+ 1936年)
- 4月27日 - オットー1世[58]、第5代バイエルン国王(+ 1916年)
- 4月27日(道光28年3月24日) - 黄遵憲[59]、清末の詩人・外交官・変法派思想家(+ 1905年)
- 5月10日 - トーマス・リプトン[60]、イギリスの実業家、リプトン創業者(+ 1931年)
- 5月11日 - ヴィルヘルム・ヴィンデルバント[61]、ドイツの哲学者、新カント派(新カント主義)西南学派の指導者(+ 1915年)
- 5月12日 - ピーター・フォーサイス[62]、スコットランドの神学者(+ 1921年)
- 5月15日 - カール・ウェルニッケ[63]、ドイツの神経精神医学者(+ 1905年)
- 5月15日 - ヴィクトル・ヴァスネツォフ[64]、ロシアの画家(+ 1926年)
- 5月18日 - ヘルマン・ディールス[65]、ドイツの古典文献学者(+ 1922年)
- 5月22日 - フリッツ・フォン・ウーデ[66]、ドイツの画家(+ 1911年)
- 5月23日 - オットー・リリエンタール[67]、ドイツの航空工学者・飛行パイオニア(+ 1896年)
- 5月25日 - ヘルムート・ヨハン・ルートヴィヒ・フォン・モルトケ(小モルトケ)[68]、ドイツ帝国の軍人、第一次世界大戦開戦時の参謀総長(+ 1916年)
- 6月5日 - ユリウス・スクリバ[69]、ドイツの外科学者、東京帝国大学のお雇い外国人(+ 1905年)
- 6月7日 - ポール・ゴーギャン[70]、フランスの後期印象派の画家(+ 1903年)
- 6月8日(嘉永元年5月15日) - 佐久間貞一[71]、日本の実業家、秀英舎創業者(+ 1898年)
- 7月10日 - アナトーリイ・ステッセリ[72][73]、ロシア帝国の軍人、日露戦争時の旅順要塞司令官(+ 1915年)
- 7月15日 - ヴィルフレド・パレート[74]、イタリアの経済学者・社会学者、パレートの法則・パレート効率性の提唱者(+ 1923年)
- 7月19日 - エドウィン・ダン[75]、アメリカの畜産技術者、開拓使のお雇い外国人(+ 1931年)
- 7月25日 - アーサー・バルフォア[76]、イギリスの首相、バルフォア宣言で知られる(+ 1930年)
- 7月26日(嘉永元年6月26日) - 木村鐙子[77]、日本の教育者、明治女学校創設者(+ 1886年)
- 7月27日 - エトヴェシュ・ロラーンド[78]、ハンガリーの物理学者(+ 1919年)
- 7月27日 - ヴラディーミル・ド・パハマン[79]、ウクライナ出身のピアニスト(+ 1933年)
- 8月16日 - ヘンリー・ダイアー[80][81]、スコットランドの工学教育者、工部大学校初代都検(お雇い外国人)(+ 1918年)
- 8月26日(嘉永元年7月28日) - 林忠崇[82]、上総請西藩主、幕末に脱藩して戊辰戦争を戦った最後の藩主(+ 1941年)
- 9月1日(嘉永元年8月4日) - 神鞭知常[83]、日本の官僚・政治家(+ 1905年)
- 9月8日 - ヴィクトル・マイヤー[84]、ドイツの化学者(+ 1897年)
- 9月12日(嘉永元年8月15日) - 鈴木長吉[85]、日本の鋳金家、帝室技芸員(+ 1899年)
- 10月12日 - ドウェイト・ウィットニー・ラーネッド[86]、アメリカの教育宣教師、同志社英学校教員(+ 1943年)
- 10月23日(嘉永元年9月27日) - 外山正一[87]、日本の教育者・社会学者、東京帝国大学総長、文部大臣(+ 1900年)
- 10月29日(嘉永元年10月3日) - 上野理一[88]、日本の新聞経営者、朝日新聞共同創業者(+ 1919年)
- 11月8日 - ゴットロープ・フレーゲ[89]、ドイツの数学者・論理学者・哲学者、現代論理学および分析哲学の祖(+ 1925年)
- 11月11日 - ジノヴィー・ロジェストヴェンスキー[90]、ロシア帝国の海軍軍人、日露戦争時のバルチック艦隊司令長官(+ 1909年)
- 11月12日(嘉永元年10月17日) - 益田孝[91]、日本の実業家、三井物産創設者、茶人(+ 1938年)
- 11月13日 - アルベール1世[92]、モナコ大公、海洋学者(+ 1922年)
- 11月27日 - ヘンリー・ローランド[93]、アメリカの物理学者、凹面回折格子を発明(+ 1901年)
- 12月6日(嘉永元年11月11日) - 川上操六[94]、日本の陸軍軍人、日清戦争時の参謀次長(+ 1899年)
- 12月6日 - ヨハン・パリサ[95]、オーストリアの天文学者(+ 1925年)
- 12月8日 - ジョーエル・チャンドラー・ハリス[96]、アメリカの作家(+ 1908年)
- 12月20日(嘉永元年11月25日) - 近藤廉平[97]、日本の実業家、日本郵船社長(+ 1921年)
- 12月22日 - ウルリヒ・フォン・ヴィラモーヴィッツ=メレンドルフ[98]、ドイツの古典文献学者(+ 1931年)
- 月日不詳
死去
[編集]→「Category:1848年没」も参照
- 1月20日 - クリスチャン8世[102]、デンマーク国王(* 1786年)
- 1月24日 - ホーレス・ウェルズ[103]、アメリカの歯科医、麻酔(笑気ガス)の先駆者(* 1815年)
- 2月11日 - トマス・コール[104]、アメリカの画家、ハドソン・リバー派の創始者(* 1801年)
- 2月23日 - ジョン・クィンシー・アダムズ[105]、第6代アメリカ合衆国大統領、モンロー宣言起草者(* 1767年)
- 3月29日 - ジョン・ジェイコブ・アスター[106]、ドイツ出身のアメリカの実業家、毛皮貿易で財を成した初の大富豪(* 1763年)
- 4月8日 - ガエターノ・ドニゼッティ[107]、イタリアのオペラ作曲家(* 1797年)
- 5月25日 - アネッテ・フォン・ドロステ=ヒュルスホフ[108]、ドイツの詩人・作家(* 1797年)
- 6月7日 - ヴィッサリオン・ベリンスキー[109]、ロシアの文芸評論家・西欧派思想家(* 1811年)
- 7月4日 - フランソワ=ルネ・ド・シャトーブリアン[110]、フランスの作家・外交官・政治家、フランスロマン主義の先駆(* 1768年)
- 7月27日(嘉永元年6月27日) - 新見正路[111]、江戸幕府の旗本、外国奉行・新見正興の父(* 1791年)
- 7月31日(嘉永元年7月2日)- 土井利位[112]、江戸幕府老中、下総古河藩主、『雪華図説』著者(* 1789年)
- 8月7日 - イェンス・ベルセリウス[113][114]、スウェーデンの化学者、現代の元素記号表記法を考案(* 1779年)
- 8月9日 - フレデリック・マリアット[115]、イギリスの海軍士官・海洋冒険小説家(* 1792年)
- 8月12日 - ジョージ・スチーブンソン[116][117]、イギリスの技術者、実用的な蒸気機関車を開発した「鉄道の父」(* 1781年)
- 8月20日(嘉永元年7月22日)- 渓斎英泉[118]、日本の江戸時代後期の浮世絵師(* 1791年?)
- 9月14日(嘉永元年8月17日) - 土生玄碩[119]、日本の江戸時代後期の眼科医、シーボルト事件連座者(* 1762年)
- 10月1日 - ジェームズ・ビドル[120]、アメリカ海軍の軍人、1846年に浦賀に来航し開国を要求(* 1783年)
- 10月7日(嘉永元年9月11日) - 八重崎検校[121]、日本の盲人音楽家・箏曲演奏家(* 1776年頃)
- 11月10日 - イブラーヒーム・パシャ[122]、ムハンマド・アリー朝の第2代エジプト総督(* 1789年)
- 11月24日 - 第2代メルバーン子爵ウィリアム・ラム[123]、イギリスの首相(ホイッグ党)(* 1779年)
- 12月1日(嘉永元年11月6日) - 曲亭馬琴[124]、日本の江戸後期の読本作者、『南総里見八犬伝』『椿説弓張月』著者(* 1767年)
- 12月3日(嘉永元年11月8日)- 坪井信道[125]、日本の幕末の蘭方医、蘭学塾「日新堂」主宰(* 1795年)
- 12月18日 - ベルナルト・ボルツァーノ[126]、ボヘミア(チェコ)の哲学者・数学者(* 1781年)
- 12月19日 - エミリー・ブロンテ[127]、イギリスの小説家・詩人、『嵐が丘』著者(* 1818年)
- 月日不詳 - ルードヴィヒ・ライヒハルト[128]、ドイツ出身のオーストラリア探検家・植物学者(* 1813年)
脚注
[編集]注釈
出典
- 1 2 『1848年革命』 - コトバンク
- ↑ 『ダルフージー』 - コトバンク
- ↑ 『ゴールドラッシュ』 - コトバンク
- ↑ 『グアダルーペ・イダルゴ条約』 - コトバンク
- ↑ 『共産党宣言』 - コトバンク
- ↑ 『二月革命』 - コトバンク
- 1 2 『第二共和政』 - コトバンク
- ↑ 『嘉永』 - コトバンク
- 1 2 『三月革命』 - コトバンク
- ↑ 『コシュート』 - コトバンク
- ↑ 『リソルジメント』 - コトバンク
- ↑ 『ルートウィヒ1世』 - コトバンク
- ↑ 『カルロ・アルベルト』 - コトバンク
- ↑ 『シュレスウィヒホルシュタイン』 - コトバンク
- ↑ 『チャーティスト運動』 - コトバンク
- ↑ 『経済学原理』 - コトバンク
- ↑ 『シク戦争』 - コトバンク
- ↑ 『フランクフルト国民議会』 - コトバンク
- ↑ 『ウィスコンシン』 - コトバンク
- ↑ 『スラヴ民族会議』 - コトバンク
- ↑ 『六月蜂起』 - コトバンク
- ↑ 『マクドナルド』 - コトバンク
- ↑ 『セネカフォールズ会議』 - コトバンク
- ↑ 『ラデツキー行進曲』 - コトバンク
- ↑ 『スイス』 - コトバンク
- ↑ 『ラファエル前派』 - コトバンク
- ↑ 『バーブ教徒の乱』 - コトバンク
- ↑ 『ういーん蜂起』 - コトバンク
- ↑ 『テーラー』 - コトバンク
- ↑ 『フランツ・ヨーゼフ』 - コトバンク
- ↑ 『ナポレオン3世』 - コトバンク
- ↑ 『桂太郎』 - コトバンク
- ↑ 『ボテフ』 - コトバンク
- ↑ 『鳥尾小弥太』 - コトバンク
- ↑ 『ケーベル』 - コトバンク
- ↑ 『ウェッブ』 - コトバンク
- ↑ 『デュパルク』 - コトバンク
- ↑ 『市村羽左衛門』 - コトバンク
- ↑ 『スリコフ』 - コトバンク
- ↑ 『東郷平八郎』 - コトバンク
- ↑ 『エスマン』 - コトバンク
- ↑ 『ユイスマンス』 - コトバンク
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- ↑ 『神鞭知常』 - コトバンク
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- ↑ 『鈴木長吉』 - コトバンク
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- ↑ 『上野理一』 - コトバンク
- ↑ 『フレーゲ』 - コトバンク
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- ↑ 『益田孝』 - コトバンク
- ↑ Albert_I,_Prince_of_Monaco - ブリタニカ百科事典
- ↑ 『ローランド』 - コトバンク
- ↑ 『川上操六』 - コトバンク
- ↑ Johann-Palisa - ブリタニカ百科事典
- ↑ 『ハリス』 - コトバンク
- ↑ 『近藤廉平』 - コトバンク
- ↑ 『ウィラモーウィツメレンドルフ』 - コトバンク
- ↑ 『魚允中』 - コトバンク
- ↑ 『島田一良』 - コトバンク
- ↑ 『孫詒譲』 - コトバンク
- ↑ Christian-VIII - ブリタニカ百科事典
- ↑ 『ウェルズ』 - コトバンク
- ↑ 『コール』 - コトバンク
- ↑ 『アダムズ』 - コトバンク
- ↑ 『アスター』 - コトバンク
- ↑ 『ドニゼッティ』 - コトバンク
- ↑ 『ドロステ・ヒュルスホフ』 - コトバンク
- ↑ 『ベリンスキー』 - コトバンク
- ↑ 『シャトーブリアン』 - コトバンク
- ↑ 『新見正路』 - コトバンク
- ↑ 『土井利位』 - コトバンク
- ↑ 『ベルツェリウス』 - コトバンク
- ↑ 『ベルセリウス』 - コトバンク
- ↑ 『マリヤット』 - コトバンク
- ↑ 『スチーブンソン』 - コトバンク
- ↑ 『スティーブンソン』 - コトバンク
- ↑ 『渓斎英泉』 - コトバンク
- ↑ 『土生玄碩』 - コトバンク
- ↑ 『ビッドル』 - コトバンク
- ↑ 『八重崎検校』 - コトバンク
- ↑ 『イブラーヒーム・パシャ』 - コトバンク
- ↑ 『メルバーン』 - コトバンク
- ↑ 『曲亭馬琴』 - コトバンク
- ↑ 『坪井信道』 - コトバンク
- ↑ 『ボルツァーノ』 - コトバンク
- ↑ 『ブロンテ』 - コトバンク
- ↑ 『ライカート』 - コトバンク