ダヤン・ビシエド

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ダヤン・ビシエド
Dayan Viciedo
2022年5月27日 京セラドーム大阪
基本情報
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国[1]
出身地  キューバ
ビジャ・クララ州レメディオス
生年月日 (1989-03-10) 1989年3月10日(35歳)
身長
体重
185 cm
108 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 一塁手、外野手
プロ入り 2010年 アマチュアFA
初出場 MLB / 2010年6月20日
NPB / 2016年3月25日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

ダヤン・ビシエド・ペレス(Dayán Viciedo Pérez、1989年3月10日 - )は、キューバ・ビジャ・クララ州レメディオス出身のプロ野球選手(内野手、外野手)。右投右打。

経歴

キューバ時代

キューバでは同世代リーグでの圧倒的な成績(打率.405・5本塁打・18打点・14盗塁)を携え、2004-2005シーズンに15歳で国内リーグ"セリエ・ナシオナル・デ・ベイスボル"デビュー。

2007-2008シーズンまでナランハス・デ・ビジャ・クララに所属していた。

AA世代(15歳前後)の国際大会出場の頃から注目を集め始め、昔のオマール・リナレスと比較されるようになった[2]。同世代のジュニアナショナルチームの中では遊撃手であったが、三塁手と外野手を掛け持ちで務めて出場した。

2006年の第1回WBCの一次候補にも挙がるなど順調であった。

2006-2007シーズンにおいては90試合で打率.252・8本塁打・OPS.776と前のシーズンより下げ、不振に苦しんだ。

ホワイトソックス時代

シカゴ・ホワイトソックス時代
(2012年6月26日)

2008年5月にいかだに乗ってキューバから亡命し、アメリカ合衆国のフロリダ半島に上陸した後、ドミニカ共和国で居住権を確立した。同年12月12日に同じくキューバ出身の亡命選手であるホセ・コントレラス、アレクセイ・ラミレスが所属しているMLBのシカゴ・ホワイトソックスと4年総額1000万ドルで契約を結び[3]、入団した。

2009年7月のオールスター・フューチャーズゲームの世界選抜に選ばれた[4]。

2010年6月20日のワシントン・ナショナルズ戦で21歳にしてメジャーデビュー。

2011年はAAA級シャーロット・ナイツで119試合に出場し、打率.296・20本塁打・OPS.856を記録。AAA級のオールスターゲームにも選ばれた。8月26日にカルロス・クエンティンが故障者リスト入りしたためメジャーへ昇格。この年は29試合に出場し、1本塁打6打点1盗塁、打率.255だった。

2012年はホワイトソックスの正左翼手として147試合に出場し、打率.255・25本塁打・78打点・OPS.744を記録した。

2013年2月22日に1年契約に合意[5]。4月半ばには脇腹痛により、約3週間DL入りした[6]。この年も正左翼手として124試合に出場したが長打力は影を潜め、打率.265・14本塁打・56打点という成績に終わり、本塁打が10本以上減少した。守備力も低く、左翼を109試合で守って5失策・守備率.970・DRS - 5という内容だった。

2014年1月13日にホワイトソックスと280万ドルの1年契約に合意[7]。この年は中堅手であるアダム・イートンの活躍により、アレハンドロ・デアザが左翼の守備に就くことが多くなり、ビシエドは左翼手と右翼手を兼任することとなった。145試合に出場し、打率.231・21本塁打・58打点だった。本塁打数は2年ぶりに20本台に戻したが、代償として打率を大きく下げた。

2015年1月12日にホワイトソックスと440万ドルの1年契約に合意した[8]。しかし、1月28日に戦力外となり[9]、2月4日に解雇された。

ホワイトソックス退団後

2015年3月1日にトロント・ブルージェイズとマイナー契約を結んだが[10][11]、31日に解雇となる[12]。6月11日にオークランド・アスレチックスとマイナー契約を結ぶが、7月30日に自由契約となる。8月1日にホワイトソックスとマイナー契約を結ぶが、オフに自由契約となる。結局、2015年はマイナーリーグの2球団(AAA級ナッシュビル・サウンズとAAA級シャーロット・ナイツ)で計66試合に出場、打率.287・8本塁打だった。

中日時代

(2021年4月3日)

2015年12月1日、中日ドラゴンズが獲得を発表[13]。背番号は落合博満が監督時代に着けていた66。

2016年は開幕から3試合連続ソロ本塁打を放ったが、これは新外国人として史上初の快挙だった[14]。さらに2試合目、3試合目に猛打賞を記録し、開幕3連戦終了時点で12打数8安打 打率.667を記録した。4月17日の対阪神タイガース戦では来日初となるサヨナラ本塁打を放った[15]。同月24日の対東京ヤクルトスワローズ戦(ナゴヤドーム)で2点を追う8回一死満塁の打席でジョシュ・ルーキーから来日初の満塁本塁打となる逆転満塁本塁打を放った[16]。5月7日の対読売ジャイアンツ5回戦(東京ドーム)で2回表に今村信貴から左越ソロ、右越3ランの2本の本塁打を放ち、1イニング2本塁打(史上19人目(21度目))を達成[17]。5月10日には、セ・リーグの3・4月度月間MVPを受賞した。外国人枠の野手による来日1年目開幕月での受賞はリーグ初[18]。このようにシーズン序盤は絶好調だったものの、徐々に調子を落としていき、15試合連続本塁打0などスランプに陥った。8月は9日の対ヤクルト戦(ナゴヤドーム)で1-1の同点で迎えた延長10回二死二塁の打席でシーズン2度目のサヨナラ打となるサヨナラ適時打を放った[19]が、13日の阪神戦(京セラドーム大阪)では守備機会中に二塁手の高橋周平と衝突し、左足首を痛めて登録抹消を余儀なくされた[20]。9月13日の広島東洋カープ戦で復帰したが、先発での出場はなく、もっぱら代打としての出場のみでシーズンを終了。球宴明けの本塁打数は3本にとどまった。11月22日、翌2017年シーズンの中日残留が発表された[21]。

2017年、5月は19日の対広島戦(ナゴヤドーム)で3-3の同点で迎えた延長10回二死一塁の打席でジェイ・ジャクソンからサヨナラ2点本塁打を放つ[22]など、25試合に出場し、月間打率.341、8本塁打、25打点の成績で自身2度目の月間MVPを受賞した[23]。交流戦実施期間中の6月16日、米国市民権取得のためチームを離れ、渡米した。当初は1週間程度で再来日できる予定であったものの、手続きが難航した影響で戦線復帰には1か月を要した[24][25]。背景にはドナルド・トランプ政権下での移民政策の転換があるとされる[26]。8月14日のヤクルト戦では近藤一樹が右腕にボールをぶつけて尺骨を骨折、シーズン中の復帰が絶望的となり[27]、結局以降の出場は無いままシーズンを終えた。

2018年は7月10日の対横浜DeNAベイスターズ戦(横浜スタジアム)で6回二死満塁の打席で国吉佑樹からこの試合2本目の本塁打となる満塁本塁打を放つなど、1試合2本塁打6打点と活躍した[28][29]。8月から急激に調子を上げて月間46安打を達成[30]し、村田修一の持つセ・リーグ記録に並んだ。そして、8月最後のナゴヤドームでの巨人戦で先発C.C.メルセデスから左前へ先制適時打を放ち、月間安打を「47」としてリーグ記録を更新した[31]。しかし、イチローの持つ月間最多安打のNPB記録であった48安打には、あと一打届かなかった。同月は月間打率.465、7本塁打、24打点の成績で自身3度目の月間MVPを受賞した[32]。2018年シーズンの対広島戦は132試合消化時点で打率.404、18打点、5本塁打と、打率、打点、本塁打の全てにおいて、50打数以上を記録した選手の中ではチーム1位の対広島戦打撃成績[33]。9月以降も好調をキープし、首位打者と最多安打の2つのタイトルを獲得した[34]。また、セ・リーグ一塁手部門でベストナインを獲得した。

2019年は4月12日の対阪神戦で2本の本塁打を放ちチームは連勝を飾った[35]。同月27日の対阪神戦で4回に3点本塁打で逆転し、連敗を止めた[36]。しかし、5月は本塁打が中々出ず[37]、31日に114打席ぶりの本塁打を放った[38]。9月4日の対巨人戦、4回に自打球を当て途中交代し、「左足関節内側の打撲」と診断された[39]。しかし、強行出場し[40]、全試合に出場、打率.315、18本塁打、93打点を記録し[41]、2年連続でセ・リーグ一塁手部門でベストナインに選出[42]された。

2020年は開幕戦となった6月19日の対ヤクルト戦、1回に先制2点本塁打を放った[43]。また、この本塁打はシーズン12球団最速となった[43]。7月10日の対広島戦(ナゴヤドーム)で2-2の同点で迎えた延長10回一死無走者の打席でヘロニモ・フランスアからサヨナラ本塁打を放った[44]。その後は好調を維持するも7月21日の巨人戦で菅野智之から左肘に死球を受けたのを機に調子が低迷し[45]、シーズン終盤に入ると、9月23日の対ヤクルト戦(ナゴヤドーム)で8回一死満塁の打席で清水昇から満塁本塁打を放った[46]が、10月28日の阪神戦では、8回裏の守備で近本光司の放った打球に飛びついた際に左肩を脱臼[47]。そのままシーズンを終え、打率は規定打席に到達したシーズンでは自己ワーストとなる.267、本塁打数はチームトップながらも自己最少となる17本だった一方で、打点はチームトップかつリーグ4位となる82打点を記録し、勝負強さを発揮した。また、オフに中日の外国人選手としてはアレックス・オチョア以来16年ぶりとなるゴールデングラブ賞を一塁手部門で受賞した[注 1][48]。

2021年は3月6日の東北楽天ゴールデンイーグルスとのオープン戦で実戦復帰[49]。3月26日の開幕戦(対広島)では、8回表に逆転2点本塁打を放った[50]。5月18日のDeNA戦から20試合連続安打を記録し[51]、交流戦では6月5日のオリックス・バファローズ戦でシーズン初の1試合2本塁打[52]。12球団トップの打率.409を記録し、交流戦の首位打者を獲得した[53]。7月1日に選手間投票で自身5年ぶり2度目となるオールスターゲームに選出[54]。8月27日の巨人戦で4打点を記録し、レオ・ゴメスが持っていた球団外国人選手の通算打点記録を更新した[55]。最終的に130試合に出場、2年連続となるゴールデングラブ賞を受賞した。また、3年総額1000万ドル(約11億3000万円)で残留した[56]。

2022年は3月25日の対巨人戦で、4回にソロ本塁打を放った。これで3年連続開幕戦での本塁打となった[57]。6月21日に左肩の炎症のため、出場選手登録を抹消[58]。7月5日に出場選手登録される[59]と、同月26日のオールスターゲームの第1戦(福岡PayPayドーム)に「6番・一塁手」で先発出場。2回無死無走者の打席で山岡泰輔から球宴初となる本塁打を放つ[注 2][60]など、2安打1打点の成績で敢闘選手賞に選出された[61]。同月30日の広島戦では来日初の1試合3本塁打を記録した[62]。9・10月は22試合に出場してリーグトップの36安打を放ち、月間打率.367の成績で自身4度目の月間MVPを受賞した[63]。しかし最終的にシーズン本塁打は自己最少の14本に留まり、打率は.294だったものの併殺打はリーグワーストの20個だった[64]。

2023年は開幕から8試合に出場して打率.281、0打点の成績で、4月12日に出場選手登録を抹消[65]。5月2日に一軍に復帰する[66]も、復帰後は打率.174、0打点の成績に終わり、同月10日に再び出場選手登録を抹消[67]。同月23日に再び一軍に復帰する[68]と、同月25日の対広島戦(マツダスタジアム)で7回一死一・三塁の打席でシーズン69打席目でシーズン初本塁打となる3点本塁打を放った[69]。6月13日の対千葉ロッテマリーンズ戦で、6回にソロ本塁打を放ち、日米通算200本塁打を達成した[70]。7月25日の対DeNA戦(バンテリンドーム ナゴヤ)では来日初めて1番打者で先発出場するも、結果は3打数無安打に終わった[71]。シーズンでは91試合に出場し、打率.244、6本塁打、23打点と低調な成績に終わった[72]。国内フリーエージェント権の取得条件を満たし、2024年からは日本人選手扱いとなる[72]。

2024年は開幕を二軍で迎えた[73]。5月16日に一軍初昇格される[74]と、6月6日の対福岡ソフトバンクホークス戦(バンテリンドーム ナゴヤ)で4回無死無走者の打席で石川柊太からシーズン初本塁打を放ち、チームで1950年の2リーグ分立後の通算5000勝に貢献した[75]。同月9日までは15試合に出場し、打率.209(43打数9安打)、1本塁打、2打点の成績で、同日付で出場選手登録を抹消[74]。同月以降は二軍調整が続いていた[76][77]。10月6日、球団が翌年の契約を更新しない通告をしたと発表[76]。

選手としての特徴

打撃

レベルスイングで広角にライナーを打ち分ける打撃を持ち味とし[78]、本塁打も全方向に打ち込んでいる[79]。速球への対応は平凡だが[80]、変化球を苦にしない[81]。ストライクゾーンの真ん中の球に滅法強い反面、内角や外角の球に弱い[82]。

多少のボール球でも振りに行くフリースインガーで[6]、キューバ人選手特有の早いカウントから積極的に打ちに行く姿勢は年々改善されているが[83]、ボール球を振る悪癖については「わかっていても難しい」と語っている[84]。また、好不調の波がある[85]。

NPB移籍後は特に阪神タイガースとの相性がよく、2016年シーズンは「打率.377(77打数29安打)、7本塁打(22試合)、20打点」で、特に本塁打はシーズンのおよそ3分の1を阪神戦で量産している[86]。来日当初に懸念されていたフリースインガーぶりは改善傾向を示しており、2016年の「PA/K」(1三振までに掛かる打席数)は「6.93」、「BB/K」(四球と三振の割合から打者の選球眼を見る指標の一つ)は「0.65」で、これはセ・リーグの外国人打者としてはいずれもリーグ1位(全体では「PA/K」がリーグ8位、「BB/K」がリーグ12位)の成績である。また、長打力を示す指標であるIsoPは2016年以後の2シーズンで「0.212→0.202」と高い水準で推移している[87][88]。広角に打ち分けることができるスプレーヒッターでもあり、2016年は左方向、右方向に9本塁打ずつをそれぞれ放っている。その一方で、3月・4月は「打率.347(98打数34安打、9本塁打)」を記録したが、交流戦は「打率.182(66打数12安打、2本塁打)」、球宴明け以後は「打率.219(91打数20安打、3本塁打)」という成績に終わり、懸念されていた好不調の波の激しさを払拭することができない結果に終わった[89][90]。

対左投手をとても得意にしており、2016年は「140打席、打率.303、8本塁打、OPS.944(対左投手のOPSはリーグ5位)」、2017年は「63打席、打率.339、8本塁打、OPS1.161(対左投手のOPSはリーグ1位相当)」と、高い水準で推移している[87][88]。また、ハイボールヒッターであり、2016年は22本塁打のうち高めの球が12本塁打、2017年は18本塁打のうち高めの球が10本塁打であった[87][88]。

守備・走塁

守備ではキューバ時代とメジャーデビュー当初は主に三塁手として起用されていたが、2011年から外野手に転向。2012年に左翼手リーグ2位の13補殺を記録した[91]強肩を備えるが[92]、外野守備は敏捷性に欠け守備範囲が狭く[85]、メジャー通算のDRSとUZR共に平均を大きく下回る。一塁手での出場経験もあるが、一塁守備もメジャー通算のDRSとUZR共に平均を下回る。守備の動きの鈍さはキューバ時代から指摘され、ビジャ・クララやキューバ代表で監督を務めていたビクトル・メサからは「彼は優れた打撃技術を持っているが、同時に年齢の割に驚くほど守備の動きが鈍い」と評されていた[93]。

NPB移籍後は、外野手登録ながら一塁手としての起用が主体(2016年は、一塁手として100試合、左翼手として8試合に先発出場)となり、2018年より内野手登録となる。来日後は守備が上達したと指摘されており[94]、伊東勤ヘッドコーチからは「ハンドリングが素晴らしい。難しいワンバウンドした球でも器用にミットにおさめる」と、京田陽太からは「ビシエドが一塁にいると安心して投げられる」と評されている。2020年シーズンは僅か1失策のみでゴールデングラブ賞を受賞している[95]。

人物

  • 愛称は「エル・タンケ(El Tanque)」(スペイン語で「戦車」の意)[96]。「戦車」を表す愛称は元々、シカゴ・ホワイトソックスの実況アナウンサーであるケン・ハレルソンが丸々とした体形から名付けたもので、メジャー時代は英語で「The Tank(ザ・タンク)」[97]と呼ばれていた。
  • 家族構成は妻と子供3人。中日への移籍当初はフロリダに家族を残し単身で来日。2016年オープン戦期間中の3月11日に、第3子出産の立ち合いのために一時帰国。出産後、子供の体調が思わしくなく、予定より遅れて3月20日の再来日となったが、翌日のオープン戦から試合に出場している[98]。2018年現在は家族も日本に呼び寄せて一緒に暮らしており、子供のうち1人は名古屋市内の学童野球チームに所属しているほか、2021年2月よりドラゴンズベースボールアカデミーに入校[99][100][101]。また、2019年には子供の都合で12月に帰国を延ばしたことにより、通常は外国人選手が参加することがない11月に開催される球団の納会及びファンフェスタにも参加している[102][103]。
  • バットは打席ごとにメジャー時代から慣れ親しんだ米ビクタス社製とミズノ製のバットを使い分けている[104][105]。
  • キューバ野球の英雄でかつて中日にも在籍したオマール・リナレスを尊敬している。
  • 中日に入団した2016年に作成された応援歌は通常版とチャンステーマの2曲あり、どちらも気に入っている。他球団の応援歌では横浜DeNAベイスターズの筒香嘉智の曲が好きだと述べている[106]。
  • かつて千葉ロッテマリーンズに所属したレオネス・マーティンとは幼馴染で、ナランハス・デ・ビジャ・クララ時代のチームメイトでもある[107]。

詳細情報

年度別打撃成績

[108]

年

度
球

団
試

合
打

席
打

数
得

点
安

打
二
塁
打
三
塁
打
本
塁
打
塁

打
打

点
盗

塁
盗
塁
死
犠

打
犠

飛
四

球
敬

遠
死

球
三

振
併
殺
打
打

率
出
塁
率
長
打
率
O
P
S
2004-2005 VCL 72199186144454160160111902449.237.278.323.600
2005-2006 86361323541091641417558341421312446.338.394.542.936
2006-2007 90369301397614381203524614912125214.253.377.399.776
2007-2008 57214177415251108938213128115279.294.403.503.906
2010 CWS 38106104173270554131000200255.308.321.519.840
2011 2911310211263013261000902234.255.327.314.641
2012 1475435056412918125224780204280612018.255.300.444.744
2013 124473441431172331418856000524039811.265.304.426.731
2014 1455635236512122321212580103323512219.231.281.405.686
2016 中日 119471416631142202220268100344086813.274.352.486.838
2017 8736733243831111815049400129055210.250.319.452.771
2018 1355825129117826126284993404514156124.348.419.555.974
2019 1435945345616843018265932106419138822.315.374.496.870
2020 1094624094810923017183823201034394817.267.329.447.776
2021 130526480441322311720870120335985615.275.333.433.766
2022 129532483521422701421163110240275920.294.355.437.792
2023 9134731520779061042300012714418.244.311.330.641
2024 15464329101132000021133.209.261.302.563
CNS:4年 3051143987148281401233444147710117107263116738.285.370.450.820
MLB:5年 4831798167520042573766710211220149531638857.254.298.424.722
NPB:9年 9583927352441910121853139162054915100303032970476132.287.353.460.812
  • 2024年度シーズン終了時
  • 各年度の太字はリーグ最高
  • キューバで通常用いられる個人通算成績は、プレーオフや選抜リーグなども合算するため、この表の合計とは一致しない

年度別打撃成績所属リーグ内順位

年

度
年

齢
リ
|
グ
打

率
安

打
二
塁
打
三
塁
打
本
塁
打
打

点
盗

塁
出
塁
率
2010[109]21 ア・リーグ --------
2011[110]22 --------
2012[111]23 --------
2013[112]24 --------
2014[113]25 --------
2016[114]27 セ・リーグ ----9位---
2017[115]28 --------
2018[116]29 1位1位--9位3位-6位
2019[117]30 2位3位2位--6位-10位
2020[118]31 -----4位--
2021[119]32 --------
2022[120]33 5位-10位----7位
2023[121]34 --------
  • 太字年度は規定打席到達年度
  • -は10位未満(打率は規定打席未到達の場合も-と表記)

年度別守備成績

年
度
球
団
一塁(1B)三塁(3B)外野(OF)左翼(LF)中堅(CF)右翼(RF)
試

合
刺

殺
補

殺
失

策
併

殺
守
備
率
試

合
刺

殺
補

殺
失

策
併

殺
守
備
率
試

合
刺

殺
補

殺
失

策
併

殺
守
備
率
試

合
刺

殺
補

殺
失

策
併

殺
守
備
率
試

合
刺

殺
補

殺
失

策
併

殺
守
備
率
試

合
刺

殺
補

殺
失

策
併

殺
守
備
率
2004-2005 VCL -6939138821.957-10000------
2005-2006 -47311081012.933--510001.0005274541.952
2006-2007 -72491641418.938---3327121.933
2007-2008 -53229879.945-210001.000-630001.000
2010 CWS 7300021.0002382745.897----
2011 4181011.000---- 21262011.000
2012 --- 1312331320.992--
2013 --- 1091471250.970--
2014 4250011.000 - 5578240.952-84137340.972
2016 中日 105904661269.988-961001.000---
2017 8777151581.994-----
2018 132122178595.996-----
2019 142113291695.995-----
2020 10993767189.999-----
2021 128103293784.994-----
2022 128106496595.996-----
2023 9071970465.995-----
CNS -2411415083960.943-310001.000510001.00091104662.948
MLB 15731041.0002382745.897- 29545827110.978-105163541.977
NPB 921778061245673.995- 961001.000---
  • 2023年度シーズン終了時
  • 各年度の太字はリーグ最高
  • 太字年はゴールデングラブ賞受賞年
  • キューバで通常用いられる個人通算成績は、プレーオフや選抜リーグなども合算するため、この表の合計とは一致しない

タイトル

NPB

表彰

NPB

記録

MLB

初記録
その他の記録

NPB

初記録
節目の記録
  • 100本塁打:2020年10月21日、対横浜DeNAベイスターズ20回戦(ナゴヤドーム)、7回裏にエドウィン・エスコバーから右越3ラン ※史上298人目
  • 1000安打:2023年9月24日、対阪神タイガース23回戦(バンテリンドーム ナゴヤ)、9回裏に才木浩人から三塁内野安打 ※史上317人目、中日の外国人では史上初[125]
その他の記録

MLB/NPB通算

節目の記録

背番号

  • 24(2010年 - 2014年)
  • 66(2016年 - 2024年)

登場曲

脚注

注釈

  1. ↑ 中日に所属する外国人選手が一塁手部門で受賞することは、球団史上初。
  2. ↑ 中日で、オールスターゲームで本塁打を放った選手は2015年の第2戦(マツダスタジアム)の平田良介以来7年ぶり。外国人選手としては2008年の第2戦(横浜)のタイロン・ウッズ以来14年ぶり。
  3. ↑ 谷繁元信監督の選曲。

出典

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  125. ↑ 「中日・ビシエドがNPB通算1000安打 来日8年目で達成」『サンケイスポーツ』2023年9月24日。2023年9月25日閲覧。
  126. ↑ 「中日ビシエド1イニング2本塁打、右に左に豪打炸裂」『日刊スポーツ』2016年5月7日。2024年5月18日閲覧。
  127. ↑ 「【中日】ビシエド日米通算200号「グッドスイングだったよ」MLB66本、NPB134本」『日刊スポーツ』2023年6月13日。2023年6月14日閲覧。

関連項目

外部リンク