菅野智之

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菅野 智之
コロラド・ロッキーズ #11
読売ジャイアンツ時代
(2024年、東京ドームにて)
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 神奈川県相模原市南区[1]
生年月日 (1989-10-11) 1989年10月11日(37歳)[2]
身長
体重
6' 1" =約185.4 cm
227 lb =約103 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 投手
プロ入り 2012年 ドラフト1位
初出場 NPB / 2013年3月30日[3]
MLB / 2025年3月30日[4]
年俸 $5,100,000(2026年)[5]
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
国際大会
代表チーム 日本の旗 日本
WBC 2017年、2026年
プレミア12 2015年
獲得メダル
男子 野球
日本の旗 日本
WBSCプレミア12
銅2015

菅野 智之(すがの ともゆき、1989年〈平成元年〉10月11日 - )は、神奈川県相模原市南区出身[6]のプロ野球選手(投手)[7]。右投右打[8]。MLBのコロラド・ロッキーズ所属[9]。

概要

投手として読売ジャイアンツでは2013年から2024年にわたってエースとして活躍し、5度のリーグ優勝(2013年・2014年・2019年・2020年・2024年)に貢献[10][11][12][13][14]。個人ではNPBで歴代投手最多となる合計27個のタイトル(12個)[注 1]・主要表彰(15個)[注 2]を獲得している[15]。日本代表では第4回WBCでエースとして貢献した[16][17]。

NPBでは、平成最後の沢村栄治賞受賞(NPB最後の旧沢村賞選考基準7項目全ての達成者)[18][19][20]と投手三冠王を達成(セ・リーグ最多タイ記録およびセ・リーグ最後の達成者)[21]。NPB投手最多タイ記録およびセ・リーグ投手最多記録となる最優秀選手を3回受賞[22]、NPB史上5人目となる2年連続沢村賞受賞およびNPB史上14人目となる沢村賞複数回受賞[19]、セ・リーグ投手最多タイ記録となるベストナインを5回受賞[23]、セ・リーグ最多記録となる最優秀防御率を4回獲得およびNPB最長タイ記録となる3年連続で最優秀防御率を獲得[24]、セ・リーグ最長タイ記録となる2年連続での最多勝利を獲得[25]、セ・リーグ投手最多タイ記録となる月間MVPを8回受賞[26]、NPB投手最多タイ記録およびセ・リーグ投手最多記録となる最優秀バッテリー賞を3回受賞[27]。NPBポストシーズン史上初のノーヒットノーランの達成(NPBポストシーズン最多記録・NPBポストシーズン史上唯一・平成最後)[28]、開幕投手からのシーズン13連勝のNPB最多記録[29]、3試合連続完封2回のNPB2リーグ制後最多タイ記録[30]、NPB2リーグ制後史上4人目となる月間防御率0.00を記録[31]、開幕からのシーズン13連勝のセ・リーグ最多タイ記録[29]、開幕からのビジターでのシーズン10連勝のセ・リーグ最多記録[32]、クライマックスシリーズ連続無失点投球回数記録(17投球回)のセ・リーグ記録[33]、クライマックスシリーズ完封のNPB最多タイ記録およびセ・リーグ最多記録(2回)、クライマックスシリーズ完投のセ・リーグ最多記録(2回)[34]などを達成している。

愛称は「トモ」[35][36]、「巨人の大エース」[37][38]、「日本のマダックス」[39]。また、唐川・中田・由規世代(1989年度生まれ世代)初(唯一)のメジャーリーガーである[40][41]。代理人はVCスポーツグループ[42]。

母方の祖父は、福岡県立三池工業高校野球部と東海大相模高校野球部の監督を務めた原貢[43]。母方の伯父は、元プロ野球選手で、読売ジャイアンツと日本代表の監督を務めた原辰徳[44]。

経歴

プロ入り前

小学校に上がる直前の1995年10月8日に伯父の原辰徳の引退試合を観戦したことがきっかけで、本格的に野球を始める[注 3][46]。

鶴の台小学校時代は軟式の少年野球クラブ「東林ファルコンズ」に所属し、当時から投手を務めた[47][48]。

新町中学校時代は最速124km/h(77.1mph)を投げ、エースとしてチームを県大会優勝に導き[49]、最終的に関東大会ベスト8まで進んだ[50]。

高校時代

東海大相模高校へ進学するも、1年の時に右肩を故障し投げられない状態が続いた。野球をやめようとしたが、祖父の原貢から助言を貰い、踏み止まった。その後、右肩の怪我が治り復帰した。そこから力をつけていき、2年秋から主力として活躍した[51]。

3年夏の神奈川大会準決勝の横浜高校戦では、打者として珍しい「振り逃げ3ラン」を記録するなどし、168球を投げ、チームは6対4で勝利した。続く決勝戦の桐光学園高校戦では、準決勝終了後に監督から決勝は中継ぎ登板と聞かされていたが、当日に急遽「やっぱり先発でいってくれ」と告げられ、連投させられることになった。疲労困憊の状態で169球を投げて完投したが、8対10で敗退。県大会準優勝で終わり、甲子園に出場出来なかった[52]。

2021年に、菅野は当時の心境を、「キツくて死にそうで、結果、勝ち負けより、早く試合が終わって欲しかったという部分がすごく大きくて。正直、投げられる状態ではなかったです。だからもう、何だろう、燃え尽き症候群じゃないですけど、その後、夏の大会が終わって(卒業後の)進路のことを考えるじゃないですか。プロに行くのか、大学に行くのか、それとも社会人に行くのか。でも、しばらくは考えることすら嫌でした。『また野球やらなくちゃいけないんだ。こんな辛い思いをして戦って』というのがありましたから」と明かしている[52][53]。

高校時代は最速148km/h(92mph)を記録するなどプロからも注目を集めたが、3年間で甲子園出場は一度も果たせなかった[注 4][52]。

高校の野球部の1学年先輩に田中大二郎、同期に田中広輔、1学年後輩に大田泰示、角晃多、友永翔太がいる。田中広輔とは大学でも同期であった[54][55][56]。

高校3年時、唐川侑己(成田高校)・中田翔(大阪桐蔭高校)・由規(仙台育英学園高校)の高校BIG3が注目を集める中[57]、自身も周囲から勧められ、プロ入りも考えたが大学への進学を選んだ[45][58]。

大学時代

高校卒業後、東海大学へ進学[59]。2008年に第57回全日本大学野球選手権大会に出場し、2回戦の金沢星稜大学戦では6回1/3から中継ぎ登板し0回2/3を投げ、無失点に抑えた[60]。東洋大学との決勝戦でも5回2/3から中継ぎ登板し、0回1/3を投げて無失点で抑えたが、5対7でチームは敗退し、準優勝となった[61][62]。

2010年の第59回全日本大学野球選手権大会にも出場し、1回戦の白鷗大学戦では8回1失点(自責点0)5奪三振で完投勝利し[63]、準々決勝の同志社大学戦では、コールド勝利で参考記録ながら、無安打(3四球)での7回無失点10奪三振の内容でノーヒットノーランを達成した。また、この時の対戦相手の同志社大の中に、プロ入り後、巨人でバッテリーを組む小林誠司がいた[64]。準決勝の慶應義塾大学戦では9回無失点17奪三振の内容で完封勝利した[65]。続く決勝の東洋大学戦にも先発登板したが、連投による疲労困憊の状態で、5回2/3を投げ3失点1奪三振の内容だった。味方打線は藤岡貴裕に完封され、0対5で敗退。菅野にも黒星が付き、準優勝で終えた[66]。この大会で菅野は「敢闘賞」を受賞した[67]。

同年の明治神宮野球大会では決勝まで進み、早稲田大学と対戦し、菅野は8回2失点(自責点0)6奪三振で完投したが、味方打線が福井優也、大石達也、斎藤佑樹のリレーに1点で抑えられ、1対2で敗退。準優勝で終えた[68]。

首都大学リーグでの通算成績は37勝4敗、防御率0.57、347奪三振[69][70]。4年間の間に首都大学リーグ「最高殊勲選手」2回、首都大学リーグ「最優秀投手」6回、首都大学リーグ「特別功労賞」を受賞[69][71]。また、首都大学リーグ53投球回連続無失点のリーグ歴代最多新記録を樹立(2016年に佐々木千隼がこの記録に並びリーグ歴代最多タイ記録となっている)、首都大学リーグ通算14完封もリーグ歴代最多新記録となった[72][73]。

2019年に、菅野は当時の自身の大学時代について、「自分は高校時代に甲子園に出場できなかったので、甲子園で活躍した選手には負けたくないという気持ちで励んできました。大学野球の春と秋はリーグ戦なので、プロ野球と一緒で同じ相手と何度も対戦します。いろいろと研究し、相手の特徴をつかんで考え、弱点を突いて投げたり、逆に相手が練ってきた作戦に、負けないよう対応していった経験は、今に生きています。また、大学には地方から来た選手もいますし、キャンパス内でもさまざまな人と交流して人脈も増え、野球だけでなく人間的にも成長できたのはよかったと思います。田中広輔とは高校、大学ともチームメートですが、プロになってから話す思い出話は大学時代のことのほうが多いですね」と話し、大学での経験がプロでも生かせたといい、また、2010年の全日本大学野球選手権大会の決勝で東洋大に敗れたことについては「あの大会は連投、連投で、とにかく体がきつかったですね。準々決勝(同志社大学戦)のノーヒットノーランは7回コールド勝ちでの参考記録なので、達成感というのはあまり感じませんでした。決勝(東洋大学戦)の相手投手は藤岡貴裕で、彼は休養をとれていて絶好調の状態でしたが、自分は連投続きで疲れきっていたので、試合前から勝てる自信はなく、やはり完敗しました」と苦い経験を明かしている[74]。

大学時代の野球部の1学年先輩に伊志嶺翔大、同期に前述の田中広輔、1学年後輩に坂口真規、伏見寅威がおり、捕手である伏見とは2年以上バッテリーを組んでいた[75][76][77][78]。

ドラフト会議を巡る経緯

2011年10月27日、2011年のドラフト会議では藤岡貴裕(東洋大学)、野村祐輔(明治大学)と共に大学BIG3として注目を集め[79]、伯父の原辰徳が監督を務める読売ジャイアンツと北海道日本ハムファイターズが菅野を1位指名し、抽選の結果、日本ハムが交渉権を獲得した[80]。しかし、11月21日に日本ハム入団を拒否する意向を表明し[81]、浪人することを選択した[82]。入団拒否の理由としては「日本ハムさんからいろいろなお話を聞いて光栄に思いました。しかし、それ以上に自分が小さいころからの夢、そういうものがそれ以上に強かったということです」とコメントした[83][84]。

2012年の1月末から1ヶ月半の間アリゾナ州で過ごし、MLBプレイヤーをはじめ様々な競技のアスリートが集まる施設で、チェン・ウェインに王建民を紹介してもらい、王からアドバイスを受けた[85]。3月31日、日本ハムが菅野の獲得断念を発表した[86]。その後、東海大学の卒業延期制度を利用して就職留年という形で大学に残り、浪人生活を開始する[87]。大学の練習施設を使用して自主練習をしながら翌年以降のドラフト指名を待つことになった[81]。浪人中は大学野球の規定により対外試合に出場できなかったため、東海大野球部を練習拠点とし、投げ込みやチームメイト相手の紅白戦やシート打撃に登板して実戦感覚から遠ざかることを防いだ。ただし、紅白戦やシート打撃での登板は、緊張感や重圧という点では実戦とは異なるため、ブランクが懸念された[88]。菅野自身は、大学野球だけでなく、高校野球や日本プロ野球、メジャーリーグなどを積極的に観戦をし、野球選手としてプラスになったと語っている[89]。

10月25日、2012年のドラフト会議は、菅野の他に、大谷翔平(花巻東高校)、藤浪晋太郎(大阪桐蔭高校)が注目を集める中で行われ、菅野は巨人から単独1位指名を受けた。前年に菅野を指名した日本ハムは大谷を単独1位指名した[90]。ドラフト会議後には伯父であり巨人の監督である原辰徳が東海大学を訪れ、背番号19とネームの入った巨人のユニフォームに袖を通した[91]。

巨人時代

2013年

2012年11月21日に読売ジャイアンツと契約金1億円プラス出来高5000万円、年俸1500万円で仮契約を締結し(金額は推定)[92]、正式に巨人での背番号が19となった[93]。11月23日に開催されたファン感謝デーで入団発表もされた[94]。

2013年、「先発ローテーションに入り、まず1勝する」をテーマに挙げ、NPBの中でも明治神宮野球場と並ぶ屈指の「打者有利」球場である巨人の本拠地「東京ドーム」でのシーズンに挑む[95][96][97][98]。1月20日、キャンプの一軍メンバーに選ばれ、2月1日から宮崎県宮崎市のキャンプ地に入った[99]。また、同日に自身キャンプ初のブルペン投球練習を行った[100]。2月16日、紅白戦で自身プロ入り初の実戦デビューをし[101]、2月24日にはNPB・オープン戦に初出場した[102]。3月29日、菅野が開幕ローテーション入りすることが発表された[103]。3月30日の対広島東洋カープ戦(東京ドーム)で阿部慎之助とバッテリーを組み、自身プロ入り初のNPB・一軍公式戦の初登板・初先発登板をし、1回表に菊池涼介から空振り三振を奪い、自身プロ入り初の奪三振を記録、7回1失点9奪三振と好投するがチームは引き分けに終わった。公式戦での自身プロ初登板に関して菅野は「緊張せずにすんなりとマウンドに上がれた。マウンドに上がる時にファンの皆さんの声援が温かくうれしかった」と話した[104]。4月6日の対中日ドラゴンズ戦(東京ドーム)で8回4失点7奪三振で自身プロ入り初勝利を挙げた。自身プロ初勝利に関して菅野は「春のうちにしたいなと思っていた。今日は素直にうれしい気持ちを感じながら、明日からまた次の登板に向けて頑張っていきたいです」と話した[105][106]。4月13日の対東京ヤクルトスワローズ戦(東京ドーム)で自身プロ入り初の2桁奪三振を記録し、8回1失点10奪三振で勝利投手になった[107]。4月27日の対ヤクルト戦(神宮)で6回4失点3奪三振で敗戦投手となり自身プロ入り初の黒星を喫した[108]。5月4日の対広島戦(東京ドーム)で、6回2/3を投げ、2失点7奪三振で勝利投手になった。打撃では2回裏に中﨑翔太から自身のプロ入り後の初安打(右前適時打)・初打点を記録した[109]。6月15日、セ・パ交流戦の対福岡ソフトバンクホークス戦(ヤフオクドーム)で、9回1失点11奪三振で自身プロ入り初の完投勝利をした[110]。7月20日、オールスターゲームには監督推薦で初出場し、第2戦目に先発して2回1失点1奪三振だった[111]。8月4日の対阪神タイガース戦(東京ドーム)では同じドラフト1位ルーキーの藤浪晋太郎との投げ合いが実現。藤浪は6回無失点5奪三振に抑えたが、菅野は6回1/3を投げ6失点(自責点3)5奪三振で敗戦投手となり、藤浪に江夏豊以来46年ぶりとなる高卒巨人戦勝利を献上した[112]。8月11日の対広島戦(MAZDA Zoom-Zoom スタジアム広島)で7回1失点5奪三振で自身初の2桁勝利となる10勝目を挙げた。巨人の新人で2桁勝利は2011年の澤村拓一以来2年ぶりとなる球団史上11人目となった[113]。9月1日の対中日戦(東京ドーム)で9回2失点(自責点1)5奪三振で勝利投手になれなかったが(チームも引き分け)、自身初の規定投球回に到達した[114]。リーグ優勝がかかった9月22日の対広島戦(東京ドーム)では、8回1失点7奪三振の好投で、勝利投手になり、自身初となるチームのリーグ優勝を決めた[115]。10月8日のシーズン最終戦の対ヤクルト戦(東京ドーム)で5回裏から自身プロ入り初の中継ぎ登板し、4回無失点6奪三振の好投をした[116]。最終成績は176回を投げ、13勝6敗、勝率.684、防御率3.12、155奪三振、1完投の成績を挙げ、自身初のリーグ優勝とポストシーズン進出に大きく貢献した。先発登板数、投球回数、防御率、奪三振数はチームトップ、勝利数、勝率はチームトップタイの成績だった[117]。自身初のポストシーズンとなった広島とのクライマックスシリーズファイナルステージ(東京ドーム)では10月17日の第2戦に先発登板し、9回無失点11奪三振でセ・リーグクライマックスシリーズ史上初の完投・完封勝利を挙げ、セ・リーグクライマックスシリーズ完投・完封最多新記録を樹立した[118]。その活躍で自身初の「クライマックスシリーズMVP」を受賞。また、これがレギュラーシーズン及びポストシーズンも含めた自身プロ入り初の完封勝利だった。チームもアドバンテージを含めた4勝0敗で日本シリーズに進出した。自身プロ初完封勝利に関して菅野は「少し緊張して、ヒヤヒヤした。でも、今までやってきたことを全部出そうと。後悔だけはしないように投げた」「最後まで投げるというのは意識していなかったんですけど、短期決戦なので少しでもリリーフの方を休ませるという意味では良かったと思います」と話した[119][120]。東北楽天ゴールデンイーグルスとの自身初の日本シリーズでは、第2戦と第6戦に先発登板した。いずれも同年レギュラーシーズンからクライマックスシリーズまで無敗の田中将大(レギュラーシーズン24勝無敗1セーブ、クライマックスシリーズ1勝無敗1セーブ)と投げ合った。チームが1勝無敗で迎えた10月27日の第2戦(Kスタ宮城)では6回裏に銀次に適時打を打たれ失点し、5回1/3を投げ1失点6奪三振の内容で、チームも1対2で敗れ、敗戦投手となり楽天に球団シリーズ史上初勝利を献上した[121]。チームが2勝3敗で楽天に王手をかけられた中で迎えた11月2日の第6戦(Kスタ宮城)では、2回裏に嶋基宏の内野ゴロで先制され、ホセ・ロペスの失策もあり2失点するも味方からの援護もあり、7回2失点(自責点1)3奪三振の内容で、チームは4対2で勝利。自身も勝利投手となり、田中にこの年レギュラーシーズン及びポストシーズンを通じて唯一の黒星を付けた[122]。しかし、チームは翌日の第7戦で敗れてしまい、3勝4敗で日本シリーズ優勝を逃した[123]。11月25日、ヤクルトの小川泰弘、阪神の藤浪と新人王争いをしたが[124]、小川が新人王を受賞した。菅野は藤浪と共に自身初のセ・リーグ連盟特別表彰で「新人特別賞」を受賞した[125]。12月9日、契約更改で5500万円増の推定年俸7000万円でサインした[126]。

2014年、「前年(NPB1年目)の成績をすべて上回る」をテーマに挙げ、フォーシームを強化し、シーズンに挑む[127]。また、制球難からワンシームを封印した[128]。3月28日の阪神との開幕戦(東京ドーム)で、阿部慎之助とバッテリーを組み、自身初の開幕投手を務めた。7回4失点(自責点0)3奪三振ながらも味方打線の援護に助けられ、シーズン初勝利を挙げた。入団2年目までの投手が開幕戦で勝利を挙げたのは巨人では1960年の伊藤芳明以来54年ぶりだった[129]。4月22日の対横浜DeNAベイスターズ戦(宮崎サンマリン)で9回1失点9奪三振でシーズン初完投勝利を挙げた[130]。4月29日の対ヤクルト戦(東京ドーム)で9回4失点6奪三振で完投勝利を挙げ、1956年の安原達佳以来58年ぶりとなる球団史上4人目の「4月末でのリーグ全球団勝利」を達成。ドラフト制度以降では球団史上初となった。また、この完投が自身初の無四球試合だった[131][132][133]。3・4月の成績は6試合に先発し47回2/3を投げ5勝無敗、防御率1.89、34奪三振、2完投で自身初の「月間MVP」(3・4月)を受賞した[134]。7月19日、オールスターには、自身初の選手間投票1位で選ばれ、2年連続2度目の出場した。第2戦目の3回裏から中継ぎ登板し、2回1失点0奪三振だった[135]。8月1日の対広島戦(東京ドーム)では、6回2失点6奪三振の内容で好投するも(チームは引き分け)、8月4日に右手中指の腱の炎症でプロ入り初めて出場選手登録を抹消された[136]。9月10日の対阪神戦(甲子園)で復帰し7回1失点4奪三振で2年連続2度目の2桁勝利となる10勝目を挙げた[137]。自身初の最多勝利と最高勝率獲得がかかった10月2日の対ヤクルト戦(神宮)に先発登板したが、右肘靭帯損傷のため2回無失点1奪三振で降板し、勝ち星が付かず(チームは勝利)、最多勝利と最高勝率のタイトル獲得とはならなかった。また、これがシーズン最終登板となった[138][139][140]。最終成績は158回2/3を投げ、12勝5敗、勝率.706、防御率2.33、122奪三振、3完投で自身初、平成生まれ初の「最優秀防御率」のタイトルを獲得した[141]。自身2年連続2度目となるリーグ優勝とポストシーズン進出に大きく貢献したが、怪我の影響でクライマックスシリーズファイナルステージ(対阪神戦、東京ドーム)の登板は叶わず[142]、チームもCS史上初の4連敗を喫し、アドバンテージを含めた1勝4敗で敗退。日本シリーズ進出を逃した[143]。10月22日、阿部と共に自身初の「最優秀バッテリー賞」を受賞した。自身初の最優秀バッテリー賞受賞に関して菅野は「自分ひとりの力でとれる賞ではないので野手の皆さん、特に阿部さんには感謝しています。同賞を励みにし来季はそれに恥じない投球をしていきたいです」と話した[144]。11月20日、投手部門での平成生まれ初の「ベストナイン」を受賞[145]。11月26日、リーグ優勝に貢献したことが評価され、自身初、平成生まれ初の「最優秀選手」を受賞した。自身初の最優秀選手受賞に関して菅野は「うれしい半面、プレッシャー半面。受賞した以上は来年以降、それに見合った活躍をしなければいけない」と話した[146]。11月26日、契約更改で4000万円増の推定年俸1億1000万円でサインした[147]。

2015年、「コンディショニングを大事にしながら1年間戦う」をテーマに挙げ、体幹を強化し、シーズンに挑む[148][149]。3月27日のDeNAとの開幕戦(東京ドーム)で2年連続2度目の開幕投手を務め、7回1失点5奪三振でシーズン初勝利を挙げた[150]。また前年までバッテリーを組んでいた阿部が怪我の影響で一塁手にコンバートされたため、小林誠司とバッテリーを組んだ[151]。5月19日の対阪神戦(甲子園)では、9回無失点3奪三振の内容で、入団3年目にして、レギュラーシーズンでの自身プロ入り初の完封勝利を記録した。自身レギュラーシーズン初完封勝利に関して菅野は「(完封は)いつかはしたいと思っていた。何度かチャンスがあったけどうまくいかないことが多くて、今日完封することができて本当にうれしいです」と話した[152][153]。5月26日の対埼玉西武ライオンズ戦(郡山総合運動場開成山野球場)で9回1失点(自責点0)9奪三振で完投勝利を挙げるが[154]、5月31日に首痛のため登録抹消した[155]。6月10日の対北海道日本ハムファイターズ戦(札幌ドーム)で復帰し、7回3失点4奪三振の好投するも敗戦投手になった[156]。7月17日、オールスターには監督推薦に選ばれ3年連続3度目の出場をしたが、第1戦目の先発で3回4失点2奪三振だった[157]。9月15日の対広島戦(MAZDA Zoom-Zoom スタジアム広島)で、7回1失点(自責点0)5奪三振の内容だったが、味方打線からの援護が無く、敗戦投手になり、自身プロ入り初の10敗目を喫した[158][159]。9月22日の対阪神戦(東京ドーム)で7回無失点10奪三振で3年連続3度目の2桁勝利となる10勝目を挙げた[160]。最終成績は179回を投げ、10勝11敗、勝率.476、防御率1.91、126奪三振、6完投、2完封の成績で、防御率は自身初の1点台を記録。しかし好投しても打線の援護に恵まれなかったことや、勝ち投手の権利を持って降板後にリリーフ陣が追いつかれることが多く、自身プロ入り初の負け越しとなった[161]。チームはリーグ2位でリーグ優勝を逃したが、ポストシーズンに進出した。クライマックスシリーズファーストステージの対阪神戦(東京ドーム)では10月11日の第2戦に先発したが、4回4失点(自責点3)5奪三振で敗戦投手になった[162]。その後、チームは翌日の第3戦で勝利し、2勝1敗でファーストステージを勝ち上がり、クライマックスシリーズファイナルステージに進出した[163]。ファイナルステージの対ヤクルト戦(神宮)では10月16日の第3戦に先発し、6回2失点3奪三振と好投するも打線の援護が無く、またしても敗戦投手になった[164]。チームは翌日の第4戦も敗戦した為、ヤクルトのアドバンテージを含んだ1勝4敗でファイナルステージ敗退。日本シリーズ進出を逃した[165]。11月26日、契約更改で2000万円増の推定年俸1億3000万円でサインした[166]。

2016年、明治神宮野球場

2016年、「圧倒」をテーマに挙げ、これまでは制球の難しさから使用を控えていたワンシームを完全習得し、シーズンに挑む[167][168][169]。3月25日のヤクルトとの開幕戦(東京ドーム)で3年連続3度目の開幕投手を務め、小林誠司とバッテリーを組み、7回無失点4奪三振の好投で、巨人では1993年から1996年にかけての斎藤雅樹以来20年ぶりとなる3年連続開幕先発勝利投手となり球団歴代最長タイ記録となった[170]。4月6日の対阪神戦(東京ドーム)で9回無失点8奪三振の内容でシーズン初完封勝利を挙げた。これが自身初の無四球完封勝利およびレギュラーシーズンでの東京ドームにおける初完封だった[171]。3・4月は6試合に先発し48回を投げ3勝無敗、防御率0.56、42奪三振、2完封の成績で自身2度目の「月間MVP」に選出された。中でも4月は4試合に先発し33回を投げ1失点(自責点0)の内容で中井悦雄、村山実、石井一久と並ぶ月間防御率0.00(30投球回以上)を記録(2勝無敗、33奪三振)。月間防御率0.00は2001年の石井以来15年ぶり、2リーグ制以降では史上4人目の記録となった[172][173]。4月28日の対阪神戦(甲子園)で8回1失点(自責点0)の内容でチームは引き分けに終わったが、12奪三振で2桁奪三振をすると[174]、5月5日の対広島戦(東京ドーム)で9回2失点10奪三振で完投勝利し[175]、5月13日の対ヤクルト戦(東京ドーム)で33イニングぶりに四球を出すものの9回1失点(自責点0)10奪三振の内容で、巨人では高橋一三、槙原寛己、木佐貫洋と並ぶ3試合連続2桁奪三振を達成。2003年の木佐貫以来13年ぶり、球団史上4人目となる球団歴代最多タイ記録となった[176]。7月9日の対DeNA戦(東京ドーム)で9回2失点(自責点1)、自己最多となる13奪三振で完投勝利した[177]。7月15日、オールスターも初めてファン投票1位に選ばれ、4年連続4度目の出場し、第1戦目の先発で2回無失点1奪三振だった[178]。8月5日の対広島戦(MAZDA Zoom-Zoom スタジアム広島)で左足親指の爪と皮膚の間にできた血豆がつぶれ4回2失点3奪三振で降板し(チームは勝利)、翌日登録を抹消した[179][180]。8月16日の対中日戦(ナゴヤドーム)で復帰し6回無失点7奪三振で勝利投手になり4年連続4度目の規定投球回に到達した[181][142]。その後もシーズンを通して防御率1点台後半をキープしていたが、自身の10勝目をかけた9月28日の対中日戦(東京ドーム)で5回2失点5奪三振で勝利投手になれず、防御率も2点台になり、2年連続での防御率1点台も逃した[182]。最終成績は183回1/3を投げ、9勝6敗、勝率.600、防御率2.01、189奪三振、5完投、1完封の内容で、前年に引き続き味方の援護が少なく、自身プロ入り後、初めて2桁勝利に届かなかったが、自身2年ぶり2度目の「最優秀防御率」と自身初の「最多奪三振」のタイトルを獲得した[183][184]。チームはリーグ2位でポストシーズンに進出した。DeNAとのクライマックスシリーズファーストステージは体調不良で登板回避し、チームは1勝2敗で敗退。クライマックスシリーズファイナルステージ進出を逃した[185][186]。10月24日、クリス・ジョンソンと沢村栄治賞を争ったが、勝利数が1桁だったことが評価されず(ジョンソンは15勝)、自身初の沢村賞は叶わなかった[187]。11月8日、自身初、投手部門での平成生まれ初となる「ゴールデングラブ賞」を受賞した[188]。11月28日、契約更改で1億円増の推定年俸2億3000万円でサインした[189]。

2017年、「(マウンドと本塁間の)奥行きを使い、投球の幅を広げる」をテーマに挙げ、新たにチェンジアップを習得し、シーズンに挑む[190][191]。2月22日、WBC出場のため、一時的にチームを離脱した[192]。3月23日、帰国後、チームに再合流した[193]。シーズンではこれまで3年連続で開幕投手を務めていたが、WBC出場での疲労が考慮され、3月31日の対中日戦(東京ドーム)の開幕投手はマイルズ・マイコラスが務めた[194]。4月4日の対DeNA戦(横浜スタジアム)で小林誠司とバッテリーを組み、7回1失点7奪三振でシーズン初勝利を挙げた[195]。4月18日の対ヤクルト戦(藤崎台県営野球場)でシーズン初完封勝利(5奪三振)を挙げると[196]、4月25日の対広島戦(MAZDA Zoom-Zoom スタジアム広島)でも完封勝利(7奪三振)し[197]、さらに5月2日の対DeNA戦(東京ドーム)でも完封勝利(9奪三振)して、自身初の3試合連続完封勝利を達成。セ・リーグでは1989年に斎藤雅樹が達成して以来、28年ぶりの記録であった[198]。5月23日の対阪神戦(甲子園)では7回無失点6奪三振で勝利投手になり自身プロ通算50勝目に到達した[199]。プロ通算50勝について菅野は「守ってくれている野手の皆さんであったり、サポートしてくれている裏方さんであったり、そういう人のサポートなしでは成し遂げられない50勝であったり、1勝でもあると思う。もう一度、勝つっていう難しさ、大切さというのを自分の中で考えながら、もっともっと勝てるようにやっていきたい」と話した[200]。5月の成績は5試合に先発し37回を投げ3勝2敗、防御率2.68、31奪三振、1完封で自身3度目の「月間MVP」を受賞した[201]。7月15日、オールスターも2年連続でファン投票1位に選ばれ、5年連続5度目の出場を果たし、第2戦目の先発で2回無失点3奪三振だった[202]。7月22日の対DeNA戦(横浜スタジアム)で8回無失点10奪三振で2年ぶり4度目の2桁勝利となる10勝目を挙げた[203]。7月は4試合に先発し29回を投げ4勝無敗、防御率0.31、30奪三振で自身4度目の「月間MVP」を受賞した[204]。9月8日の対ヤクルト戦(東京ドーム)で9回1失点(自責点0)8奪三振の完投勝利を挙げ、自身初のシーズン15勝に到達した[205]。9・10月も5試合に先発し38回を投げ4勝無敗、防御率0.47、26奪三振、2完投、1完封の成績で自身5度目の「月間MVP」を受賞した[206]。チームはリーグ4位でポストシーズン進出を逃した[207]。個人の最終成績は187回1/3を投げ、17勝5敗、勝率.773、防御率1.59、171奪三振、6完投、4完封の内容で、自身初の「最多勝利」と自身2年連続3度目の「最優秀防御率」を獲得。3回の最優秀防御率獲得は2013年の前田健太以来4年ぶりでセ・リーグ最多タイ記録となった。また、防御率は自身2年ぶり2度目の1点台だった[208][209][210]。17勝以上で防御率1.60未満は、セ・リーグでは1966年の村山実以来51年ぶりとなった[211]。10月24日、小林誠司と共に自身3年ぶり2度目の「最優秀バッテリー賞」も受賞した。自身2度目、小林とは初の最優秀バッテリー賞受賞に関して菅野は「同い年の誠司(小林)には学生時代からの思い入れもあるので、今回の受賞は特別感慨深いですね。来年も誠司と一緒にとれるように頑張ります」と話した[212]。10月30日、同年はパ・リーグで最多勝利と最優秀防御率を獲得し、ベストナインとゴールデングラブ賞を受賞した菊池雄星と沢村栄治賞を争い、自身の防御率と勝利数がセ・パ共通の最高記録を満たしていたと評価され(防御率1.59、17勝)、自身初、平成生まれ初の「沢村栄治賞」に選出された(史上52人目)。自身沢村賞初受賞に関して菅野は「ピッチャーとしての最高の名誉ある沢村栄治賞を受賞することができて感動しています。ずっと憧れの賞でしたし、改めてもっともっと上を目指したいなとそういう気分でします」と話した[213][214]。巨人の投手の沢村賞受賞は球団史上14人目、2002年の上原浩治以来15年ぶりのことだった[215]。11月9日、自身2年連続2度目となる「ゴールデングラブ賞」を受賞[216]。11月17日、自身3年ぶり2度目となる「ベストナイン」を受賞した[209]。11月29日、契約更改で2億2000万円増の推定年俸4億5000万円でサインした[217]。

2018年、「新たな落ち球」をテーマに挙げ、シンカーを習得し、シーズンに挑む[218]。また、選手会長に就任した[219]。3月30日の阪神との開幕戦(東京ドーム)で、小林誠司とバッテリーを組み、2年ぶり4度目の開幕投手を務めたが、制球に苦しみ7回5失点6奪三振で敗戦投手となった[220]。自身シーズン2度目の先発登板となった4月6日の対ヤクルト戦(神宮)でも6回5失点(自責点4)5奪三振の内容で、自身初の開幕2連敗を喫する[221]。この結果を受け、新球シンカーを封印して臨んだ4月13日の対広島戦(東京ドーム)では8回1失点10奪三振の好投でシーズン初勝利を挙げ[222]、自身の連敗とチームの6連敗をストップさせた。4月20日の対阪神戦(甲子園)で9回2失点6奪三振で勝利投手になり、シーズン初完投となった[223]。5月11日の対中日戦(東京ドーム)では自身2度目となる自己最多タイの13奪三振でシーズン初完封勝利を挙げた[224]。5月18日の対DeNA戦(東京ドーム)では、筒香嘉智に1点本塁打を打たれ、自身のNPB連続無失点投球回数記録が29回2/3で止まったが、6回3失点7奪三振と好投し勝利投手になった。打撃では5回裏に石田健大から自身NPB公式戦320打席目にして自身プロ入り初の本塁打を打った[225]。自身プロ初本塁打に関して菅野は「ピッチングはあまりよくなかったですが、ホームランはうれしい。外野の頭を越えたと思ったんですけど、入るとは思わなかった。まぐれだと思うので、まぐれが続くように頑張ります」と話した[226]。6月15日の対千葉ロッテマリーンズ戦(ZOZOマリンスタジアム)で完封勝利(9奪三振)を挙げ、所属している巨人以外の全11球団勝利を達成した[227]。7月14日、オールスターには選手間投票1位に選ばれ、6年連続6度目の出場し、第2戦目の先発で2回無失点2奪三振だった[228]。7月28日の対中日戦(東京ドーム)で、1回表二死目にダヤン・ビシエドを二飛でアウトにし、自身プロ通算1000投球回に到達するも8回4失点9奪三振で敗戦投手になった[229]。8月18日の対中日戦(東京ドーム)で完封勝利(9奪三振)し2年連続5度目の2桁勝利となる10勝目を挙げ、6年連続6度目の規定投球回にも到達した[230]。シーズン終盤の9月22日の対ヤクルト戦(東京ドーム)で完封勝利(9奪三振)すると[231]、9月28日の対DeNA戦(東京ドーム)でも完封勝利(2奪三振)し[232]、10月4日の対広島戦(MAZDA Zoom-Zoom スタジアム広島)でも完封勝利(11奪三振)して、自身2度目となる3試合連続完封勝利を達成と共に、自身2年連続2度目となるシーズン15勝に到達した[233]。2度の3試合連続完封達成は、ジーン・バッキー以来52年ぶりで、日本プロ野球歴代2位タイ記録および2リーグ制後では、金田正一、米田哲也、バッキーと並ぶ最多タイ記録となった[234]。CS進出がかかったシーズン最終戦の10月9日の対阪神戦(甲子園)で、リードした展開で、9回裏に自身プロ入り初の抑えとして登板し、1回無失点0奪三振で抑え、試合に勝利し、チームはリーグ3位でポストシーズンに進出した[235]。9・10月は7試合(6先発)で49回を投げ4勝1敗、防御率1.10、44奪三振、3完封の成績で自身6度目の「月間MVP」を受賞した[236]。最終成績は202回を投げ、15勝8敗、勝率.652、防御率2.14、200奪三振、10完投、8完封の内容で、自身2年連続2度目の「最多勝利」、自身3年連続4度目の「最優秀防御率」、自身2年ぶり2度目の「最多奪三振」を獲得[237]。2年連続での最多勝利は2012年の内海哲也以来6年ぶりで、金田正一、権藤博、村山実、平松政次、江川卓、遠藤一彦、斎藤雅樹、山本昌、セス・グライシンガー、内海と並ぶセ・リーグ最長タイ記録[238]。さらに自身初、平成生まれ初、平成最後となる「投手三冠王」(史上19人目)を達成。投手三冠王は2010年の前田健太以来8年ぶりとなり、杉下茂、金田正一、権藤博、江川卓、小松辰雄、上原浩治、前田と並ぶセ・リーグ最多タイ記録となった。また、同シーズンでの200投球回と200奪三振の到達は巨人では1981年の江川卓以来37年ぶり、3年連続最優秀防御率は1958年の稲尾和久以来60年ぶり史上2人目の日本プロ野球最長タイ記録、4回目の最優秀防御率は1999年の工藤公康以来19年ぶり史上3人目及びセ・リーグ最多新記録、シーズン8度の完封勝利は1978年の鈴木啓示以来40年ぶり(巨人では1963年の伊藤芳明以来55年ぶり)で平成最多新記録である[239][240][241]。クライマックスシリーズファーストステージでは、10月14日の第2戦の対ヤクルト戦(神宮)に先発登板し、自身初、クライマックスシリーズ及び日本シリーズも含めたNPBポストシーズン史上初の「ノーヒットノーラン」(7奪三振)を達成(平成最後)。これにより、ポストシーズンノーヒットノーラン最多新記録の樹立、成瀬善久と並ぶクライマックスシリーズ完封最多タイ記録(2010年以来8年ぶり)およびセ・リーグクライマックスシリーズ完封最多新記録の樹立、セ・リーグクライマックスシリーズ最多完投新記録の樹立となり[242]、チームのクライマックスシリーズファイナルステージ進出も2勝0敗で決まった[28]。この試合で出塁を許したのは山田哲人への四球1つのみ。また、NPBポストシーズン史上唯一の記録となっている[243]。自身初のノーヒットノーラン達成に関して菅野は「最高の気分です。達成感がすごくあります。6回くらいから意識していた。プレッシャーのかかる場面でできて満足しています」と話した[244]。しかし、チームはファイナルステージで、広島に3連敗を喫してしまい、広島のアドバンテージを含めた0勝4敗で、ファイナルステージ敗退。日本シリーズ進出を逃した。また、ファイナルステージでの自身の登板は無かった[245]。10月24日、2008年の藤川球児以来10年ぶりとなる自身初の「最優秀バッテリー賞特別賞」を受賞した[246]。10月27日、この年ともに最多勝利を獲得し、最高勝率も獲得した大瀬良大地と沢村栄治賞を争い、選考基準7項目全てをクリアしたことが評価され、1996年の斎藤雅樹以来22年ぶり史上5人目となる2年連続の「沢村栄治賞」および平成最後の沢村賞を受賞した(沢村賞の複数回受賞は2015年の前田健太以来3年ぶり史上14人目)。また、選考基準を全て満たしたのは2013年の金子千尋以来5年ぶり、選考基準を全て満たしてでの受賞は2011年の田中将大以来7年ぶり、セ・リーグでの全選考基準達成者は1993年の今中慎二以来25年ぶりとなった(2025年時点で日本プロ野球最後の旧沢村賞選考基準7項目全ての達成者になっている)。自身2年連続での沢村賞受賞に関して菅野は「去年は獲れちゃった沢村賞。今年は有言実行で獲れたので、達成感は今年の方が格段にあります」「現状に満足することなくもっともっと上を目指して頑張ります」と話した[18][19][247]。この年のレギュラーシーズンに菅野が投げた球数は3129球で、レギュラーシーズン3000球以上を投げたセ・リーグ投手では現在(2025年時点)最後(両リーグだと2019年の千賀滉大が最後)で、シーズン200投球回到達も現在(2025年時点)日本プロ野球最後の達成者となっている[248]。11月8日、3年連続3度目となる「ゴールデングラブ賞」を受賞[249]。11月26日、自身2年連続3度目となる「ベストナイン」も受賞した[250]。11月30日、契約更改で2億円増の推定年俸6億5000万円となり、2004年の佐々木主浩以来15年ぶりに日本プロ野球の日本人選手歴代トップタイの年俸になり、日本プロ野球歴代年俸も3位タイとなった。翌年から背番号をルーキー時代からつけていた19から、エースナンバーである18に変更することが発表された[251]。

2019年、「力感がないフォーム」をテーマに挙げ、球威強化のために「脱力投法」を取り入れ、シーズンに挑む[252]。3月29日、広島との開幕戦(MAZDA Zoom-Zoom スタジアム広島)で小林誠司とバッテリーを組み、2年連続5度目の開幕投手を務め、7回1失点3奪三振だったが援護が無く、敗戦投手となった[253]。4月5日の対DeNA戦(横浜スタジアム)では9回2失点8奪三振でシーズン初完投及びシーズン初勝利を挙げた[254]。自身の平成最後の登板となった4月25日の対ヤクルト戦(神宮)に先発したが、青木宣親、山田哲人、ウラディミール・バレンティンに平成最後かつ自身初の3者連続本塁打(2点本塁打、1点本塁打、1点本塁打)を打たれるなど、3回1/3を投げ7失点2奪三振で敗戦投手になった[255]。令和初の試合となった5月1日の対中日戦(東京ドーム)では1回表に渡辺勝から見逃し三振を奪い、令和初奪三振を記録すると、7回表に平田良介から空振り三振を奪い、自身プロ通算1000奪三振を記録。坂本勇人が令和初の本塁打を打つなど打線の援護もあり、9回1失点10奪三振で完投勝利を挙げ、新元号・令和第1号の勝利投手になった[256][257]。5月8日の対DeNA戦(HARD OFF ECOスタジアム新潟)で、6回5失点(自責点4)4奪三振の内容ながら打線の援護があり勝利投手になった。また、自身が5失点以上してでの勝ち星はプロ入り後初めてのことだった[258]。5月15日の対阪神戦(東京ドーム)、初回に糸井嘉男に2点本塁打、5回表に福留孝介に1点本塁打、6回表には木浪聖也に1点本塁打と大山悠輔に2点本塁打を打たれ、自己ワーストの1試合で4被弾し[259]、5回2/3を投げ、失点も自己ワーストとなる10失点(自責点7)、4奪三振で敗戦投手になり[260]、5月21日に腰の違和感で登録を抹消された。セ・パ交流戦の6月9日の対ロッテ戦(東京ドーム)で復帰し、6回2失点7奪三振の好投で勝利投手になった[261]。6月23日の対福岡ソフトバンク戦(東京ドーム)では初回に福田秀平に先頭打者本塁打を打たれるなどし、1回0/3を投げ、4失点(自責点2)1奪三振の内容で敗戦投手になった。また、1回0/3での降板は先発投手として当時の自身プロ最短降板となった[262]。7月2日の対中日戦(東京ドーム)で、9回無失点6奪三振の内容でシーズン初完封勝利をした[263]。7月13日、オールスターには監督推薦で選ばれて7年連続7度目の出場し、第2戦目に先発、2回を無失点で抑え、打線の援護もあり、オールスターでの自身初の勝利投手になった[264][265]。8月21日の対中日戦(ナゴヤドーム)で7回1失点5奪三振で3年連続6度目の2桁勝利となる10勝目を挙げた[266]。9月4日の対中日戦(群馬県立敷島公園野球場)で、2回4失点2奪三振の内容で降板し敗戦投手になった。9月5日に腰痛により登録抹消された[267][268]。9月15日の対阪神戦(東京ドーム)で復帰したが、4回4失点4奪三振で降板。味方打線からの援護があり、自身に黒星は付かず、チームは勝利したが、9月16日に腰痛の再発により登録抹消された[269][270]。以降はレギュラーシーズンの登板が見送られた[271]。レギュラーシーズンで、11勝を挙げて自身5年ぶり3度目となるリーグ優勝とポストシーズン進出に貢献したが[272]、入団から6年連続で達成していた規定投球回には届かず、最終的成績は136回1/3を投げ、11勝6敗、勝率.647、防御率3.89、120奪三振、3完投、1完封の成績だった[273]。クライマックスシリーズファイナルステージの対阪神戦(東京ドーム)は腰痛の影響で登板を回避した[274]。チームはアドバンテージを含んだ4勝1敗で、日本シリーズに進出した[275]。福岡ソフトバンクホークスとの日本シリーズでは、チームが0勝3敗で王手をかけられた中で迎えた10月23日の第4戦(東京ドーム)で復帰し、先発したが、4回表にジュリスベル・グラシアルに3点本塁打を打たれ、7回表に味方の2失策も絡んで失点するなど6回1/3を投げ4失点(自責点3)8奪三振で降板[276]。チームも3対4で試合に敗れ、自身も敗戦投手になり、チームは0勝4敗で日本シリーズ優勝を逃した[277]。国内FA権を取得したが巨人に残留を表明した[278]。11月28日、契約更改は前年と同じく推定年俸6億5000万円で現状維持となった[279]。

2020年、「どれだけ腹を括って投げられるか」をテーマに挙げ、投球フォームを変更し、シーズンに挑む[280][281]。オープン戦では4登板、17回を投げ3失点、防御率1.59、10奪三振と安定したピッチングを続けていたが、新型コロナウイルスの影響でシーズンの開幕が6月に延期された[282]。6月19日の阪神との開幕戦(東京ドーム)で小林誠司とバッテリーを組み、3年連続自身6度目の開幕投手を務め、7回2失点8奪三振の内容でシーズン初勝利を挙げた。これが自身の開幕戦通算4勝目となり、1996年の斎藤雅樹以来24年ぶりとなる球団歴代最多タイ記録となった[283]。また、この勝利が球団の公式戦通算6000勝目の記録になった[284]。その後、小林が怪我で抹消されたため、自身の2登板目からは大城卓三とバッテリーを組んだ[285]。7月3日の対中日戦(東京ドーム)では、7回1/3まで被安打0、四死球2と、相手打線を抑え込んでいたが、ダヤン・ビシエドに二塁打を打たれ、自身2度目のノーヒットノーランとはならなかった。それでも9回無失点11奪三振の内容でシーズン初完封勝利した[286][287]。7月14日の対広島戦(MAZDA Zoom-Zoom スタジアム広島)で5回無失点5奪三振の内容で勝利投手になり、6回を投げずに勝ち星を手にしたのは自身プロ入り後初となった[288]。6・7月は6試合に先発し42回2/3を投げ5勝無敗、防御率1.69、46奪三振、2完封の成績で自身7度目の「月間MVP」を受賞。特に、7月の成績は4戦4勝、30回を投げて2失点(自責点1)、防御率0.30、34奪三振で、2リーグ制後に月間防御率0.30以下を2度記録したのは金田正一、村山実、田中将大に次いで史上4人目の記録となった[289]。また自身7度目となった受賞は松井秀喜に並ぶ球団史上最多タイ記録となった[290]。大城と共に自身初の「月間最優秀バッテリー賞」(6・7月)も受賞した[291]。8月は4試合に先発し30回を投げ4勝無敗、防御率1.50、21奪三振、1完封の成績で自身8度目の「月間MVP」を受賞。セ・リーグ投手での2ヶ月連続受賞は2013年の能見篤史以来7年ぶり8人目、8度目の受賞は2008年の山本昌以来12年ぶりとなるセ・リーグ投手最多タイ記録となった[26]。9月8日の対中日戦(ナゴヤドーム)で7回無失点6奪三振で4年連続7度目の2桁勝利となる10勝目を挙げた。また自身初のシーズン10連勝(無敗)での到達となった[292]。9月15日の対阪神戦(東京ドーム)で6回3失点5奪三振で勝利投手となり、セ・リーグでは1982年の北別府学以来38年ぶり、巨人では1938年の1リーグ時代のヴィクトル・スタルヒン以来82年ぶりとなる開幕投手からのシーズン11連勝を達成し、セ・リーグ最多タイ記録および日本プロ野球史上歴代2位タイとなった。開幕からのシーズン連勝記録もセ・リーグ史上歴代2位タイ記録となった。また、この勝利でチームの優勝マジックが点灯した[293]。9月29日の対広島戦(MAZDA Zoom-Zoom スタジアム広島)で6回1失点9奪三振の内容で勝利投手になり、2004年の岩隈久志以来16年ぶりとなる開幕投手からのシーズン12連勝を達成。これがセ・リーグ最多新記録および岩隈と並ぶ日本プロ野球最多タイ記録となった[294]。10月6日の対DeNA戦(東京ドーム)で7回3失点4奪三振で勝利投手になり日本プロ野球最多新記録の「開幕投手からのシーズン13連勝」を達成[29]。開幕からの連勝記録も1966年の堀内恒夫以来54年ぶりとなるセ・リーグ最多タイ記録となった。また、この勝利が自身プロ通算100勝目となり平成生まれ初の到達者となった(192試合目でプロ100勝到達は歴代史上7番目のスピード、ドラフト制以降では松坂大輔、上原浩治に次いで、史上3番目のスピード)[295]。自身のプロ野球新記録達成と自身プロ通算100勝目について菅野は「素直にうれしい気持ちと感謝の気持ちでいっぱいです。(開幕投手連勝記録更新について)先人たちが築いてきた記録は、なかなか抜けないものと思っていました。それを更新できて本当にうれしい」「(自身が2013年の新人の時に内海哲也のプロ通算100勝達成を見て)そのときに自分は何勝できるんだろうと思った。まさか100勝できるとは。いろんな人に感謝したい」と話した[296]。10月13日の対広島戦(東京ドーム)で6回4失点(自責点3)5奪三振でシーズン初の敗戦投手になり連勝記録が止まったが、2年ぶり7度目の規定投球回に到達した[297]。10月31日の対ヤクルト戦(東京ドーム)で5回1失点5奪三振で勝利投手となりチームの連敗を止め、翌日にコンディション調整のため、登録抹消された[298]。自身の15勝目をかけたシーズン最終戦の11月14日の対DeNA戦(横浜スタジアム)で復帰。5回無失点(5奪三振)の好投で勝ち投手の権利を得て降板したが、9回に田口麗斗が満塁から神里和毅に適時打を打たれ逆転サヨナラ負けを喫し、自身3度目の15勝とはならなかった[299]。最終成績は137回1/3を投げ、14勝2敗、勝率.875、防御率1.97、131奪三振、3完投、3完封で、自身3年ぶり3度目の防御率1点台を記録[300]。規定到達での3度の防御率1点台は2013年の田中将大以来7年ぶり史上20人目となった[301][302]。また、自身2年ぶり3度目の「最多勝利」と自身初の「最高勝率」のタイトルも獲得し、自身2年連続4度目のリーグ優勝に大きく貢献。チームはポストシーズンに進出した。さらに最高勝率を獲得したことにより通算で先発投手の主要タイトルを全て獲得。先発投手タイトルを全て揃えた菅野は「先発ピッチャーにとって勝ち星って何よりもうれしいこと。その中で一番勝てたというのは、もちろん僕一人の力じゃ成し遂げられない。勝率に関しては、これで主要タイトルを全部とれたので、僕の中では最高勝率の方がうれしいです」と話した[303]。通算での獲得タイトル数も10個となり、10個以上の先発投手の主要タイトル獲得は2000年の工藤公康以来20年ぶり史上8人目の記録となった[304]。福岡ソフトバンクホークスとの日本シリーズでは、特例により全試合に指名打者制度が導入された。11月21日の第1戦(京セラドーム大阪)に先発したが、2回表と6回表に栗原陵矢に2点本塁打と2点適時二塁打を打たれるなど、6回4失点4奪三振で敗戦投手となった[305][306]。その後、0勝3敗で王手をかけられた中で迎えた第4戦は、自らの志願でブルペン入りしたが、中継ぎ登板の機会は訪れず[307]、チームも4連敗し、0勝4敗で日本シリーズ優勝を逃した[308]。11月23日、最優秀防御率と最多奪三振を獲得した大野雄大と沢村栄治賞争いをしたが、防御率、完投数、投球回で12球団トップの成績を残した大野が沢村賞を受賞し、自身3度目の沢村賞は叶わなかった[309]。12月14日、開幕投手からのシーズン13連勝のプロ野球新記録が評価され、自身2度目のセ・リーグ連盟特別表彰で、リーグ特別賞を初受賞した[310]。12月16日、自身2年ぶり4度目の「ベストナイン」を受賞した[311]。12月17日、自身6年ぶり2度目、セ・リーグ投手最多タイ記録となる「最優秀選手」を受賞した(投手として初受賞からの最長ブランク選出)。セ・リーグ投手で最優秀選手を複数回受賞するのは別所毅彦、藤田元司に並ぶ史上3人目、1959年の藤田以来61年ぶりとなった。自身2度目の最優秀選手受賞に関して菅野は「開幕から13連勝もあった。僕だけの力じゃとれない。新しいことにも挑戦し、いろんな人が関わってくれて実力、結果で示すことができた」「去年から、来年こそMVPや賞をとれる活躍がしたいと思っていた」と話した[13]。12月18日、自身2年ぶり4度目の「ゴールデングラブ賞」も受賞した[312]。

ポスティングでのメジャー挑戦に向けて

2020年12月8日、MLBに挑戦するためにポスティングシステムを申請・受理された[313]。交渉期限は日本時間の2021年1月8日までで、球団副代表の大塚淳弘は「申請しても残留の選択肢もあります」とコメントし、申請後も残留を認める考えを明かした。 巨人では2019年にトロント・ブルージェイズに移籍した山口俊以来となる球団史上2人目のポスティング申請となり、巨人の生え抜きの選手では初となった[314]。

12月28日、ブルージェイズ、サンディエゴ・パドレス、サンフランシスコ・ジャイアンツ、ニューヨーク・メッツ、ボストン・レッドソックス、テキサス・レンジャーズの6球団と交渉を開始していることが報じられ[315][316]、2021年1月1日、MLB球団との交渉のために渡米した[317]。しかし、同月8日までにポスティング成立に至らず、巨人に残留することが発表された。NPBからMLBへのポスティング不成立は前月に同じくポスティング不成立となり日本ハムに残留した西川遥輝以来9人目10度目となった[318]。6球団からオファーがあったものの、コロナウイルスの影響でMLB球団の財務が圧迫され、MLBのFA市場が全体的に低調で、菅野の希望額に届かなかったことが代理人を務めたジョエル・ウルフから明かされた。決断前にはダルビッシュ有や前田健太から電話で助言を貰い、ウルフの紹介でノーラン・アレナドと直接会ってアドバイスを受けた。アメリカの感染状況や政権交代の混乱などの環境も踏まえて熟考し、巨人残留を決断した[319][320]。

1月14日、巨人との契約更改で1億5000万円増の推定年俸8億円の単年契約でサインし、2003年のロベルト・ペタジーニの推定年俸7億2000万円を18年ぶりに更新し、当時の日本プロ野球歴代史上最高年俸となった[321]。しかし、半月後の1月28日に、田中将大がニューヨーク・ヤンキースから古巣の楽天へ推定年俸9億円で移籍し、この額を更新した[322]。

2025年1月に、このポスティング時の状況を振り返り、「つらかった。いいことはひとつもなかった。自分が想像してたモノとは違いました」と明かしている。交渉期限の30日間にわたって交渉を続けたが、コロナ禍の影響で上手くいかず、巨人残留を決断したのは交渉期間の締め切り5分前だったという。菅野は「(メジャー移籍か巨人残留か悩んだ)あの1週間は人生で一番泣きました。ずっと涙止まらないんですよ。普通にソファに座っているだけで急に涙出てきた。交渉とかして、いろいろ悩んでる時に『悔しいな』とか『なんでこうなっちゃんだろうな』とか、ずっと泣いてたんですよね」「2年間くらいメジャーリーグを見たくなくなりました」「それを見る度にフラッシュバックする。『本当はここで投げていたんだろうな』と思う自分も嫌だった」「人生のどん底みたいな…。もうキツかったですよ」と当時の心境を明かしている[323][324]。

巨人残留後

2021年、「縦の変化球」をテーマに挙げ、カーブを強化し、シーズンに挑む[325]。2月1日、新型コロナウイルスの感染リスクを減らすために巨人の春季キャンプは東京ドーム、ひなたサンマリンスタジアム宮崎、ひなたひむかスタジアム、読売ジャイアンツ球場の4箇所に分かれて行うことになり、菅野は東京ドームのキャンプ組に入った[326]。3月26日のDeNAとの開幕戦(東京ドーム)で大城卓三とバッテリーを組み、4年連続自身7度目の開幕投手を務め、6回3失点4奪三振の内容だったが、勝利投手になれなかった。また、開幕投手7回は巨人では2006年の上原浩治以来15年ぶりの球団歴代最多タイ記録となった[327]。3月30日、足の違和感で登録抹消された[328]。4月9日、対広島戦(MAZDA Zoom-Zoom スタジアム広島)で復帰し、7回2失点7奪三振だったが打線の援護が無く敗戦投手になった[329]。4月16日の対DeNA戦(横浜スタジアム)で9回無失点4奪三振の内容でシーズン初勝利およびシーズン初完封を挙げた[330]。これでセ・リーグ本拠地6球場すべてで完封勝利を記録した[331]。5月7日の対ヤクルト戦(東京ドーム)で、4回無失点3奪三振の内容だったが、右肘違和感で降板。5月8日に登録抹消された[332][333]。6月6日の対日本ハム戦(東京ドーム)で復帰したが、5回2失点6奪三振の内容で敗戦投手になった[334]。6月8日、自身初の「紺綬褒章」を受章した[335][336]。6月13日の対ロッテ戦(ZOZOマリンスタジアム)では2回2/3を投げ、4失点1奪三振で敗戦投手になり、6月16日にコンディション調整のため登録抹消された[337][338]。7月1日の対広島戦(東京ドーム)で復帰するも2回1/3を投げ4失点1奪三振で降板[339]。7月2日にコンディション調整のため、登録抹消された[340]。8月26日の対広島戦(東京ドーム)で復帰するも6回5失点6奪三振で敗戦投手になった[341]。10月11日、海外FA権を取得した[342]。10月23日、CS進出がかかった対ヤクルト戦(東京ドーム)に先発し、5回1失点6奪三振の好投で勝利投手になり、チームはリーグ3位でポストシーズンに進出した[343]。シーズン終盤は主に中5日や中4日のローテーションで先発し[344]、6試合連続でQSを達成するなど復調したが[345]、シーズン中に4度の離脱もあり規定投球回に届かず、2桁勝利も逃し、自身プロ入り2度目のシーズン負け越しとなった。最終成績は115回2/3を投げ、6勝7敗、勝率.462、防御率3.19、102奪三振、2完投、1完封だった[346][347]。11月6日のクライマックスシリーズファーストステージでは、第1戦の対阪神戦(甲子園)に先発し、7回無失点4奪三振で勝利投手になった[348]。チームは翌日の第2戦も勝利。2勝0敗でファイナルステージに進出した[349]。クライマックスシリーズファイナルステージでは、11月11日の第2戦の対ヤクルト戦(神宮)に先発するも打線の援護がなく、味方の失策も絡み、5回2/3を投げ5失点(自責点1)6奪三振で降板し敗戦投手になった[350]。また、自身のCS連続無失点投球回数記録も17で止まったが、これが2010年の涌井秀章以来11年ぶりとなる日本プロ野球最多タイ記録となった(2023年に山本由伸が17回1/3で更新したため、菅野の記録はプロ野球歴代2位タイおよびセ・リーグ最多記録となっている)[33]。チームは翌日の第3戦も勝利出来ず、引き分けた為、ヤクルトのアドバンテージを含めた0勝3敗1分で、ファイナルステージ敗退。日本シリーズ進出を逃した[351]。シーズン終了後、海外FA権を行使せずに残留することが発表された[352]。12月16日、契約更改で2億円減の推定年俸6億円でサインし、これが自身初の減俸となった[353]。

2022年、「スライダーの強度と身体を隅々まで操る」をテーマに挙げ、スライダーを強化し、シーズンに挑む[354]。3月25日の中日との開幕戦(東京ドーム)で小林誠司とバッテリーを組み、5年連続8度目の開幕投手を務め、6回2失点でシーズン初勝利した[355]。開幕投手8回と開幕戦通算5勝目は共に球団歴代最多記録となった[355]。4月22日の対中日戦(バンテリンドーム)の1回裏三死目に木下拓也を一邪飛でアウトにし、自身プロ通算1500投球回を達成[356]。試合も7回1失点3奪三振で勝利投手になった[357]。4月29日の対阪神戦(東京ドーム)で3回2失点2奪三振で降板し敗戦投手になり、翌日、右肘違和感で登録抹消された[358]。5月12日の対DeNA戦(横浜スタジアム)で復帰し、6回1失点8奪三振で勝利投手になり、チームの連敗を5で止めた。菅野が巨人の5連敗以上を止めたのは通算6度目で、桑田真澄と並ぶ球団歴代最多タイ記録となった[359]。6月2日の対ソフトバンク戦(東京ドーム)で8回無失点4奪三振の内容で勝利投手になり[360]、次の6月9日の対西武戦(ベルーナドーム)にも先発予定だったが、発熱のため、感染拡大防止特例2022で登録抹消された(PCR検査は陰性)[361]。6月17日の対中日戦(バンテリンドーム)で復帰し、7回無失点4奪三振だったが味方からの援護点は無く、自身に勝敗はつかなかった[362]。7月14日、オールスターに監督推薦で選ばれた[363]。7月18日の対ヤクルト戦(神宮)で6回0/3を投げ、7失点5奪三振の内容だったが、味方打線からの援護があり、自身に黒星は付かず、チームも勝利。次週も登板予定だったが、7月21日に巨人で菅野を含む選手、スタッフ合わせて57人が新型コロナウイルスに感染したため、登録抹消となり[364][365]、オールスターも辞退した[366]。8月16日の対DeNA戦(横浜スタジアム)で復帰し、6回3失点1奪三振の内容だったが敗戦投手になった[367]。8月23日の対中日戦(東京ドーム)で8回無失点4奪三振で勝利投手になり、チームの連敗を6で止めた。菅野が巨人の5連敗以上を止めたのは通算7度目となり、球団歴代最多記録となった[368]。10月2日、チームのシーズン最終戦の対DeNA戦(横浜スタジアム)に先発し、5回無失点2奪三振の内容で、2年ぶり8度目の規定投球回に到達した。その後も味方がリードを守りきって勝利投手になり、2年ぶり8度目の2桁勝利となる10勝目を挙げた[369]。チームはリーグ4位でポストシーズン進出を逃した[370]。最終成績は147回を投げ、10勝7敗、勝率.588、防御率3.12、104奪三振だった[371]。11月9日、海外FAを行使せず残留を表明した[372]。11月30日、契約更改では1億円減の推定5億円でサインした[373]。

2023年、「野性的」をテーマに挙げ、筋力や体の可動域を強化し、投球フォームを腕主導のフォームに変更して、シーズンに挑む[374][375]。3月18日、オープン戦の対日本ハム戦(東京ドーム)で右肘に張りが出たため、自身プロ入り後初の開幕二軍スタートとなった[376]。その後、二軍の試合に登板するなどファームで調整し[377]、6月11日の対福岡ソフトバンク戦(福岡PayPayドーム)で一軍に復帰。大城卓三とバッテリーを組み、5回2失点4奪三振でシーズン初勝利を挙げた[378]。7月17日、対ヤクルト戦(神宮)で0回1/3を投げ6失点0奪三振で降板し、自身プロ入り後の先発投手としての最短降板を更新してしまった。味方打線の援護もあり、自身に黒星は付かなかったが、チームは延長戦で敗戦した[379]。8月17日、対中日戦(バンテリンドーム)で6回1/3を投げ無失点2奪三振で、勝利投手になった。この勝ち星により菅野自身、セ・リーグ5球団全てからの20勝以上となり、これが球団史上8人目の記録となった[380]。8月23日、対ヤクルト戦(東京ドーム)に先発予定だったフォスター・グリフィンが当日の試合前練習で、頭部に打球を受け負傷したため、急遽、菅野が1日前倒しして自身プロ入り初のスクランブル先発登板をすることになった。結果は7回3失点9奪三振の内容で自身に勝ち星は付かなかったが、チームは延長戦で勝利した[381]。9月16日、対中日戦(バンテリンドーム)で、6回1失点6奪三振の内容だったが、味方からの援護点が無く、敗戦投手になった。この試合の1回裏、先頭打者の岡林勇希に本塁打を打たれ、その1失点によりチームは敗戦した。初回先頭打者本塁打による0対1の試合は日本プロ野球13度目(セ・リーグ7度目)であり、巨人が敗戦するのは初の記録となった[382]。チームはリーグ4位で2年連続でポストシーズン進出を逃した[383]。最終成績は77回2/3を投げ、4勝8敗、勝率.333、防御率3.36、54奪三振の成績だった[384]。投球回数、勝ち星、奪三振数はプロ入り後、自己最小で、勝率もプロ入り後、自己ワーストを更新。規定投球回と2桁勝利も逃し、自身プロ入り3度目のシーズン負け越しとなった[385]。10月19日、自身が6期務めた選手会長を2024年から大城卓三に引き継ぐと発表された[386]。11月14日、FA権を行使せず残留を表明した[387]。12月1日、契約更改では1億円減の推定年俸4億円でサインした[388]。

2024年、「完全復活」をテーマに挙げ、「今年ダメなら」という覚悟でシーズンに挑む[389][390]。また、「プレートを踏む位置を、従来の一塁側から三塁側に変更」、「登板前のルーティンの遠投を廃止し、ライナーで投げる練習法に切り替え」、「ブルペンの球数を減らす」など新たな調整法を取り入れる[391]。4月4日、対中日戦(バンテリンドーム)で小林誠司とバッテリーを組み、7回無失点3奪三振の内容でシーズン初勝利を挙げた[392]。5月11日、対ヤクルト戦(神宮)で6回裏に村上宗隆から空振り三振を奪い、自身プロ通算1500奪三振を記録。通算投球回数1739回2/3で到達は1994年の槙原寛己の1750回1/3を抜く球団史上最速での達成となり、30年ぶりに更新した。試合も6回2失点4奪三振の内容で勝利投手になり、この勝ち星で自身5度目となる開幕からのシーズン4連勝となった。5度目の開幕からのシーズン4連勝は日本プロ野球史上3人目、2004年の工藤公康以来20年ぶりの記録で、ヴィクトル・スタルヒン、工藤公康と並ぶ日本プロ野球最多タイ記録となった[393][394]。5月16日、体調不良のため登録抹消された[395]。5月26日、対阪神戦(甲子園)で復帰し、6回1/3を投げ、1失点4奪三振の内容だった。自身に勝ち星は付かなかったが、チームは延長戦で勝利した[396]。7月28日、対DeNA戦(横浜スタジアム)で無四球でのシーズン初完封勝利(8奪三振)を挙げた[397]。8月4日、対ヤクルト戦(東京ドーム)で7回1失点4奪三振の内容で勝利投手になり、2年ぶり9度目の2桁勝利となる10勝目を挙げた。また9度目の2桁勝利はヴィクトル・スタルヒン、藤本英雄、別所毅彦、槙原寛己、斎藤雅樹と並ぶ球団史上4位タイの記録となった[398]。また、35歳以上シーズンでの2桁勝利は生え抜きでは1955年の中尾碩志以来69年ぶりとなった[399]。8月11日の対中日戦(バンテリンドーム)で8回1/3を投げ1失点3奪三振の内容で勝利投手になり、開幕からのビジターでのシーズン8連勝を達成。これは2001年の入来祐作以来23年ぶりとなるセ・リーグ最多タイ記録となった。またこの記録は島田源太郎、高橋一三、外木場義郎、入来と並ぶセ・リーグ史上5人目の記録となった[400]。9月1日の対阪神戦(甲子園)で7回1失点(自責点0)3奪三振の内容で完投(雨天コールド)勝利を挙げ、開幕からのビジターでのシーズン9連勝を達成。これはセ・リーグ最多新記録および日本プロ野球史上歴代3位となった[401]。9月10日、対広島戦(MAZDA Zoom-Zoom スタジアム広島)で5回無失点5奪三振の内容で勝利投手になった。これで2013年の田中将大以来11年ぶりとなる開幕からのビジターでのシーズン10連勝を達成。自身のセ・リーグ最多新記録も更新し、岩隈久志と並ぶ日本プロ野球史上歴代2位タイの記録となった[402]。9月22日、対阪神戦(甲子園)で8回1失点2奪三振の内容で完投したが、味方からの援護点が無く、敗戦投手になった。これで開幕からのビジターでの連勝記録が止まったが、2年ぶり9度目の規定投球回に到達した[403]。9月28日、勝利すれば自力でのリーグ優勝を決められる対広島戦(MAZDA Zoom-Zoom スタジアム広島)に先発登板し、8回1失点4奪三振の内容で勝利投手になった。これにより自身4年ぶり5度目となるリーグ優勝を達成し、ポストシーズンに進出。さらにこの勝利で自身6年ぶり3度目となるシーズン15勝も達成した。35歳以上のシーズンでの15勝は球団では1955年の中尾碩志以来69年ぶりで[404]、同じく35歳以上のシーズンでの貯金12個は1953年の藤本英雄の貯金11個を超える71年ぶりの球団最年長新記録の更新となった[405]。この年に最後まで優勝争いをした阪神監督の岡田彰布は巨人の優勝の要因について「やっぱり菅野やろ、結局は。菅野であれだけ貯金をつくったことが大きいよ。そこに尽きるよな」と菅野を称えた[406]。また、堀内恒夫は「昨年4勝で35歳になる菅野が、ここまでの成績を残すとは正直、思わなかったし、誰もが同じ気持ちだったんじゃないか。力のあるベテランが復活して、勝ち星を積み重ねていくと、チームに「落ち着き」のようなものが出てくるんだよ。優勝をたぐりよせる影響力は、間違いなくエースナンバー「18」がもたらしたよな」と巨人優勝のMVPは菅野だと絶賛し[407]、スポーツ報知がアンケートをとった「ファンが選ぶ2024巨人MVP」でも菅野が1位に選ばれた[408]。最終成績は156回2/3を投げ、15勝3敗、勝率.833、防御率1.67、111奪三振、3完投、1完封の成績で[409]、自身4年ぶり4度目の「最多勝利」と自身4年ぶり2度目の「最高勝率」のタイトルを獲得し[410]、自身4年ぶり4度目の防御率1点台も達成。35歳以上のシーズンでの最多勝利および最高勝率の獲得は2014年の山井大介以来10年ぶりだった[411]。また、35歳以上のシーズンでの防御率1点台は2リーグ制後初で、1944年の1リーグ時代の若林忠志以来80年ぶりの記録となった[412]。クライマックスシリーズファイナルステージでは、第2戦と第6戦に登板。10月17日の第2戦の対DeNA戦(東京ドーム)に先発し、7回2失点5奪三振の内容だったが、味方からの援護がわずか1点で、敗戦投手になった[413]。10月21日、第6戦の対DeNA戦(東京ドーム)で2対2の同点の8回表から中継ぎ登板し、この回は三者凡退で抑えたが、回跨ぎをした9回表に二死三塁で牧秀悟に適時打を打たれ失点した。次の打者の佐野恵太を抑えたが、9回裏で味方が追いつくことが出来ず、結果は2対3で試合終了。中3日での登板(自身初のポストシーズンでの中継ぎ登板)だったが、2回1失点1奪三振の内容で敗戦投手になった。これによりチームはアドバンテージを含めた3勝4敗でファイナルステージ敗退。日本シリーズ進出を逃した[414][415]。この自身の黒星で、個人でのCS通算5敗目となり、斉藤和巳、杉内俊哉、チェン・ウェインと並ぶ日本プロ野球最多タイ記録およびセ・リーグ最多新記録となってしまった[416]。菅野は試合終了後に涙を流し、インタビューでは「みんながつないでくれた登板だったので、なんとか結果で応えたかったですけど、でも、全部のボールに悔いはないし、最善の準備をしてマウンドに上がったので。ホント結果としては、申し訳ないし、でも、きょう投げたボールに悔いはないです」と話した。また、この試合で菅野が日本最後の登板になる可能性があるということで、登板した際はファンから大歓声があがり、これに関して菅野は「そういうふうに思ってくれてるってのは僕も分かってますし、それだけにやっぱり悔しいですよね。でも、ホントに。でも、今日の歓声っていうのは。はい。一生忘れることできない。うれしかったです」とコメントした[417]。10月22日、小林誠司と共に自身3度目となる「最優秀バッテリー賞」を受賞した。自身の受賞は2017年以来7年ぶり、小林との受賞も2017年以来7年ぶりの受賞となり、菅野は「最多勝、最高勝率も獲ったけど、(バッテリー賞が)一番うれしい」、「また、誠司とバッテリーを組めると思ってなかったし、何とか誠司も頑張ってくれて結果が出た。最後の最後まで組めて本当に良かった」と話した。また、投手の3回受賞は2023年の山本由伸以来1年ぶりで、西口文也、山本と並ぶ日本プロ野球投手最多タイ記録およびセ・リーグ投手最多新記録となった[418][419]。10月28日、沢村賞の発表がされたが、該当者なしとされた。この年は戸郷翔征、有原航平、伊藤大海、東克樹と争ったが、堀内恒雄は「たくさんの選手の名が挙がったが、帯に短し襷に長し、あちらを立てればこちらが立たぬ、ということで一本化することができなかった」、「これほどの投高打低の時代に、もう少し成績が出てもいい。この賞は最優秀投手を選ぶのではない。沢村さんの名前を冠した格式、威厳ある賞。無理に選ぶことはない」と話した。平松政次は菅野を推したが、山田久志は「菅野はどうしても三振、イニング数が見劣ってしまう」、斎藤雅樹は「僕は菅野が非常にいいと思ったが、イニング数が物足りなかった」、工藤公康は「今回は飛び抜けた存在が見つからなかった」と評し、2024年シーズンの菅野は投球回数、奪三振数が少なかったため、選ばれず、自身3度目の沢村賞受賞は叶わなかった[420][421]。また、菅野が15勝、防御率1.67の成績でも受賞出来なかったことで、賛否両論の議論が生まれた。ファンの間では「突出した選手がいなかったから仕方がない」と選考に理解を示す声がある一方で、投手分業制が進む中で「年間200イニングは厳しい」「(選考基準が)時代に合わなくなりつつある」という指摘もされ、先発完投型の選手をたたえる賞という枠組みの中で、令和の野球界にも新たな見識、選考基準の見直し、アップデートが必要ではないかという声が多く出た[422]。11月12日、自身4年ぶり5度目となる「ゴールデングラブ賞」を受賞した[423]。11月13日、自身初となる「ゴールデンスピリット賞」を受賞した。巨人では、2016年の内海哲也以来8年ぶりとなった。菅野は「続けることを目標にやってきたので、そこを評価していただいて本当にうれしいです」と話した[424]。11月25日、自身4年ぶり5度目となる「ベストナイン」を受賞した。ベストナインの5回受賞は1996年の斎藤雅樹以来28年ぶりで、稲尾和久、山田久志、斎藤に並ぶ日本プロ野球歴代2位タイ、斎藤と並ぶセ・リーグ投手最多タイ記録となった[425]。11月26日、自身4年ぶり3度目となる「最優秀選手」を受賞した。投手の3度の受賞は2023年の山本由伸以来1年ぶり、山田久志、山本と並ぶ日本プロ野球投手史上3人目で、セ・リーグ投手では史上初となり、日本プロ野球投手最多タイ記録およびセ・リーグ投手最多新記録となった。また、35歳での最優秀選手の受賞はセ・リーグ投手最年長新記録で、1956年に34歳で受賞した別所毅彦のセ・リーグ投手最年長記録を68年ぶりに更新した。自身3度目の最優秀選手受賞に関して菅野は「本当に充実したシーズンでしたし、優勝もできてすごくいいシーズンだったんですけど。最後ああいう形で日本シリーズにいけなかったのは悔しいですけど、それも含めていい経験をさせてもらったので野球人生で忘れられない試合になりました」と笑顔を見せ、「おそらく去年の今ごろは菅野がMVPを獲るとは誰も思ってなかったと思いますが、やれるんだとオフから見つめ直してきた」「いろんな要因があると思いますけど1つは久保康生コーチとの出会いが大きかった。去年の5、6月から新しいフォームをつくって。久保コーチと会っていなかったらここにいない」と久保に感謝し、「あとはキャッチャーの小林の存在が大きい」と小林にも感謝のコメントをした[426][427][428]。

海外FAでのメジャー挑戦に向けて

2024年10月4日、菅野が2024年オフに海外FA権を行使してメジャーリーグへの移籍を目指す見込みだとESPNで報じられた[429]。また、MLB関係者からは菅野のことを「日本のマダックス」と評価されていることも報じられた[430]。10月5日、菅野はMLBへの移籍について「こういう大事な時期に(報道が)出て申し訳ない。きょうしっかり自分の気持ちを話して、以降はこの件については聞かないでほしい。シーズン終わったら、また自分の口から話をさせてもらうので」「球団に伝えたのはもうちょっと前ですね。まだ伝えてない人もいるので報道で知ってしまった人には申し訳ない」と語り「今回、FAというのもありますけど、僕の権利ですし。(球団側からは)『戦力的には痛いけど応援する』と言ってもらいました。ありがたいです」「2020年にいけなかったのがずっとあったので、そういう決断をしました」とMLBへの挑戦を表明した[431]。また、代理人事務所「VCスポーツグループ」と契約したことも報じられた[432]。10月29日、巨人の秋季練習で、読売ジャイアンツ球場にベテランも含む選手全員が集まった中、菅野はスーツ姿で球場を訪れ、阿部慎之助監督などチーム関係者にあいさつした[433]。阿部は「個人的には応援したいこと。12月に入ってから渡米するようなので、ぜひ、頑張っていいチームにいってほしいと伝えさせてもらった。(明日以降は)離れると思います」と明かした[434]。11月1日、ジ・アスレチックで「球速は平均的ながら、信じられないほどの制球力があり、それが、ピッチングを支えている。持っている球以上にパフォーマンスを出す投手を狙うなら、それが菅野だ」と紹介された[435]。11月4日、MLB公式サイトのMLB.comで菅野が紹介され「彼は国際フリーエージェントになるための十分な現役期間を積んでいるので、ポスティング期間内ではなく、オフシーズンを通してオプションを追求することができる。抜群のコントロールで知られ、今年の奪三振率は6.94。彼のプロフィールは、33歳でメジャーに挑み、ロサンゼルス・ドジャースとニューヨーク・ヤンキースで7シーズンにわたって先発投手として活躍した黒田博樹に似ている」と評された[436]。11月5日、サンディエゴ・パドレスが菅野争奪戦に参入の方向となったとパドレスGMのA.J.プレラーが明かした[437]。11月7日、菅野が6日に海外FA権の申請書類を提出したことを明かし、またトレードルーマーズで、菅野の移籍先の予想候補としてテキサス・レンジャーズ、ロサンゼルス・エンゼルス、ミルウォーキー・ブルワーズ、ニューヨーク・メッツだと報じられた[438]。11月8日、パドレス、レンジャーズ、エンゼルス、ブルワーズ、メッツに加え、シカゴ・カブス、ボストン・レッドソックス、ピッツバーグ・パイレーツも菅野に関心を示していると報じられた[439]。11月14日、菅野がNPBから海外FA宣言選手として公示された[440][441]。11月24日、サンフランシスコ・ジャイアンツが菅野を獲得調査していることが報じられた[442]。11月25日、自身の移籍の現状について「(MLB球団から)僕の方にはまだ話は来ていないです」「代理人が毎日のように各球団と交渉してくれていると思う」と明かし「今決まっているのは12月頭に渡米してハワイで自主トレをやりながら、そういう機会があれば向こうでZoomミーティングなりを考えています」と話した[443][444]。12月3日、自主トレ先のハワイに向かうために空港へ来た際、サプライズで大勢、山﨑伊織、泉圭輔、船迫大雅、高橋礼が空港まで見送りに来てくれ、菅野は見送りにきた後輩達に「ありがとう」と何度も感謝し、日本を出発した[445]。12月13日、オークランド・アスレチックスが菅野に興味を持っていると報じられた[446]。

35歳でMLBに挑戦した事に関して、2026年8月のインタビューで、菅野は「一番の理由は、自分のキャリアを振り返った時に後悔したくなかったからです。それが一番大きな決断要因でした」と話し、決断前にはダルビッシュ有と前田健太に相談し、2人からは「メジャーリーグは厳しい場所だが、とても良い経験になる」と助言された事も明かした[447]。

オリオールズ時代

2024年12月17日、ボルチモア・オリオールズと1年1300万ドル(約20億円)で契約合意したと、オリオールズ公式Xが報じた[448][449]。オリオールズへの歴代日本人選手の加入は、上原浩治、和田毅、藤浪晋太郎に続く4人目[450]。巨人からMLBへ移籍した歴代日本人選手は柏田貴史、松井秀喜、桑田真澄、上原、髙橋尚成、山口俊に続き、菅野が7人目[451]。菅野の母校である東海大相模高校出身者初のメジャーリーガーとなった[452]。また、1989年度生まれ世代(唐川・中田・由規世代[453])初(唯一)のメジャーリーガーでもある[41]。オリオールズ専門メディア「Birds Watcher」は菅野獲得に関して、「素晴らしい契約だ。オリオールズがMVP3度の菅野を獲得した。日本人右腕はNPBで長年にわたり成功を収めている。35歳の菅野は、先発投手としての全盛期は過ぎているのは間違いない。近年は球速が90mph台前半(約146~150km/h)まで落ちているが、正確なコントロールと弱いコンタクトを誘発する能力は、日本人投手のランキング上位に位置する。球速の低下から生じる課題を考慮しても、その能力はMLBで期待できる」と伝え、さらに「菅野の基本的なスキルセットは高水準を誇っており、ザック・エフリン、グレイソン・ロドリゲスに続く、3番手または4番手の先発投手としてローテーションに組み込まれるだろう」と報じた[454]。また、AP通信はオリオールズと菅野の契約について、「同意なしでマイナーリーグに配属されることはなく、1300万ドルの年俸に加えていくつかのボーナスを受け取れる。オールスター選出で5万ドル(約770万円)、サイ・ヤング賞で10万ドル(約1540万円)、同2位で7万5000ドル(約1150万円)、同3位で5万ドル、ゴールドグラブ賞で5万ドル、リーグチャンピオンシップシリーズMVPで5万ドル、ワールドシリーズMVPで10万ドル。契約満了後にはFAになる」と契約の詳細を報じた[455]。12月19日に入団会見が取り行われた。オリオールズを選んだ理由に関して、「素晴らしいピッチングスタッフ、プレーオフ、ワールドシリーズで勝ちたいという熱意が伝わってきた。純粋にここでプレーしたいと思った。」「やっぱり一番熱意を感じたし、素晴らしいピッチングスタッフもそろっているし、捕手もメジャー屈指。シンプルにチャンピオンを狙えるチームと契約したいなと思った。」と話した。1年契約に関しての質問には「それをモチベーションにしたい。(この)1年で勝負する。」と決意を表明した[456][457]。2025年1月29日、オリオールズGMのマイク・エリアスが、オリオールズのGM付特別アドバイザー権コミュニティー・アンバサダーのアダム・ジョーンズから菅野の獲得を勧められたことを明かした[458][459]。2月7日、オリオールズでの背番号は19と発表された[460]。2月14日、菅野の就労ビザ発給の遅れにより、キャンプインが遅れていることを球団が発表した[461]。2月15日、菅野の通訳に関して、過去にMLB時代の山口俊の通訳を務めた桜井悠人が担当することになったと発表された[462]。

2025年 、「先入観を持たないようにして、求められたことに対して力を発揮する」をテーマに挙げ、これまでは制球の難しさから使用を控えていたシンカーを完全習得し、35歳の「オールドルーキー」[注 5][463][464]として、MLBの中でも「最大の激戦区」(菅野が所属しているオリオールズ以外の4球団全てが強豪[注 6])と言われているアメリカンリーグ東地区でのシーズンに挑む[465][466][467]。2月16日、菅野がフロリダ州サラソタのキャンプ地に入ったことが報じられた[468]。2月19日、自身キャンプ初のブルペン投球練習を行った[469]。2月21日、自身初のライブBPの練習を行った。また、「(マウンドは)違和感がなくて。いや、なんなら、こっちの方が柔らかいと思いますよ。東京ドーム(のマウンド)より硬いのは、経験したことがない。(読売)ジャイアンツの外国人選手からも、東京ドームに対応できれば、どこでも大丈夫と言われていた。(ボールに関しても)全然、違和感ないです。若干滑る感じは、なくもないですけど、気になるほどじゃない。(ピッチコムについて)いや、あんまり覚えてない。多分、気になってないってことかな」と話した[470]。2月27日、MLB・オープン戦に初出場した[471]。3月23日、菅野が正式に開幕ローテーション入りすることがマイク・エリアスGMから発表された[472]。3月31日、対トロント・ブルージェイズ戦(ロジャーズ・センター)でアドリー・ラッチマンとバッテリーを組み、自身MLB初登板・初先発登板をした。1回裏にウィル・ワグナーから空振り三振を奪い、MLBでの自身初の奪三振を記録。4回2失点1奪三振の内容で、5回も1度はマウンドに上がって投球練習を行ったが、右手を気にするようなしぐさを見せて通訳やトレーナーらがマウンドに向かい、話し合った結果、降板。球団は「けいれん」と発表した。その後、チームは敗れ、自身も敗戦投手となり、自身MLB初黒星を喫した。ブランドン・ハイド監督は菅野について「両手にけいれんがあり、もちろん右手の方が懸念材料だった。だが水分と食べ物を取り、状態は改善されている。次回登板は問題ないだろう。けいれんは5回になって初めて自覚したそうだ」と明かした。また、日本人投手がメジャーで先発デビューした投手の中では、菅野の35歳は、日本人歴代最年長となった[473][474][475]。自身メジャー初登板に関して菅野は「想像していた通り、素晴らしい空間だなと思いました」「あんなに初回からストライクが入らなくなることは人生で一度もないんですけど、いい経験になったと思います」と話した[476]。4月6日、対カンザスシティ・ロイヤルズ戦(カウフマン・スタジアム)で、ゲイリー・サンチェスとバッテリーを組み、5回1/3を投げ、1失点4奪三振の内容で自身MLB初勝利を挙げた[477]。また、35歳5か月でのMLB先発初勝利は、上原浩治の34歳0か月を抜いて、日本人歴代最年長となった[478]。自身のメジャー初勝利に関して菅野は「もちろん特別なことではあるが、1勝することを目標に来ていないので」「とにかく毎試合自分のベストを尽くすのと、チームがチャンピオンシップを取れるように、そこだけの目標を持ってやっている」と話した[479]。5月18日、チームの成績不振によりハイド監督が解任。代わりにコーチのトニー・マンソリーノが監督代行に就任した。シーズン途中で監督が解任されるのは自身がプロ入りしてから初めての経験となった[480][481]。6月28日、対タンパベイ・レイズ戦(オリオール・パーク・アット・カムデン・ヤーズ)では、5回7失点2奪三振の内容だったが、味方から22得点の援護をもらい、菅野が勝利投手になった。7失点でのMLB勝利投手は、野茂英雄、松坂大輔、上原浩治に並ぶ歴代日本人史上最多タイ記録となった[482][483]。7月3日の対テキサス・レンジャーズ戦(グローブライフ・フィールド)では、4回2/3を投げ、6失点5奪三振の内容で敗戦投手になったが、この試合で、巨人時代にチームメイトだったアドリス・ガルシアとの対戦が実現した[484]。8月1日、MLB他球団へのトレードの可能性がメディアで報じられていたが、2025年シーズンのオリオールズへの残留が決まった[485]。8月15日、対シアトル・マリナーズ戦(オリオール・パーク・アット・カムデン・ヤーズ)で、5回1/3を投げ、1失点2奪三振の内容で勝利投手になり、MLBでの自身初の10勝目を挙げた。また、日本人のMLB新人投手の10勝は2024年の今永昇太以来の1年ぶりで日本人歴代MLB新人投手史上10人目、36歳シーズンでの日本人のMLB新人投手の2桁勝利達成は2010年に35歳シーズンで達成した髙橋尚成の日本人歴代新人投手史上最年長記録を15年ぶりに更新、36歳以上のシーズンでMLBでの日本人2桁勝利は2022年のダルビッシュ有以来3年ぶりで黒田博樹、ダルビッシュに続く日本人史上3人目となった[486][487][488]。9月8日、対ロサンゼルス・ドジャース戦(オリオール・パーク・アット・カムデン・ヤーズ)では3回表二死目にフレディ・フリーマンを一ゴロでアウトにし、日米通算2000投球回(NPB:1857回、MLB:143回)に到達した。4回表に金慧成の打球が右足つま先に直撃したため、緊急降板となり、菅野は3回0/3を投げ、4失点(自責点3)1奪三振の内容で敗戦投手になった。試合後の検査では骨に異常は無く、9月14日の対トロント・ブルージェイズ戦(ロジャーズ・センター)にも先発登板した。1回裏にブラディミール・ゲレーロ・ジュニアの打球が右足首付近に直撃したが続投した。菅野は6回1失点4奪三振の内容で勝ち投手の権利を持って降板した。しかしチームはリードを守りきれず9回裏に逆転され敗戦した。2戦連続で打球直撃のアクシデントがあったが、怪我は無かった[489][490][491]。9月28日の対ニューヨーク・ヤンキース戦(ヤンキー・スタジアム)で、4回1/3を投げ、4失点3奪三振の内容で敗戦投手になり、自身MLB初の10敗目を喫した[492]。最終成績は157回を投げ、10勝10敗、勝率.500、防御率4.64、106奪三振[493]。被本塁打33はア・リーグワーストだった(MLB全体だとジェイク・アービンの被本塁打38、ザック・リッテルの被本塁打36に次ぐ3位)[494]。規定投球回にはわずかに足りなかったが、登板数は30登板、30先発登板で共に日米通算でのシーズン自己最多登板数を更新。新人でありながらオリオールズでは、唯一1度も離脱が無く最後までローテーションを守った(先発登板数はチームトップ)。チームはア・リーグ東地区最下位(地区優勝3チームを除くワイルドカード争いではア・リーグ12球団中9位)で、ポストシーズン進出を逃した。菅野は自身のMLBルーキーイヤーに関して「初めて経験することばかりで、毎日、新鮮な気持ちで球場に来ていました」「最初の方は、今思い起こすと、出来過ぎだったという部分もありますけど、途中で壁にぶち当たって乗り越える事ができましたし、いろんな経験ができたシーズンだったと思います」と話した[495][496][497][498]。また、1シーズンの間に公式戦で捕手6人とバッテリーを組むという自身プロ入り初の経験をし、捕手陣とのコミュニケーションの重要さを実感したと明かした[499]。

オフの11月2日にFAとなった[500]。11月11日、新人王の発表がされたが、菅野は選ばれず、ア・リーグではアスレチックスのニック・カーツが受賞した[501]。11月13日、オリオールズのマイク・エリアスGMが菅野について、「彼はここメジャーで通用することを証明したと思うし、彼と再び話をすることを楽しみにしている。我々は彼との交渉のアポイントを得たいと願っている」と再契約に関して前向きだと明かした[502]。2026年1月23日、菅野がインタビューで、現状について「(複数の球団と話をして)オファーを待っている状態」「しっかり最善の準備をして待つっていうことしか、現段階では言えない」「(NPBに復帰することは)全く考えていないです。」と明かした[503]。また、古巣の巨人を含めたNPBの複数球団が菅野獲得に向けて調査していることが報じられた[504]。

ロッキーズ時代

2026年2月11日、菅野がコロラド・ロッキーズと1年510万ドル(約7億8000万円)で契約合意したとMLB公式Xが報じた[505][506]。契約内容は、出来高も含めると年俸534万7000ドル(約8億2600万円)で、2027年は球団に契約延長の選択権があり、日米間のビジネスクラスかファーストクラスの往復航空券6回分(1枚の上限は1万2000ドル(約185万円))が支給され、通訳及びフィジカルトレーナーの報酬は合計17万5000ドル(約2700万円)になるとニューヨーク・ポストで報じられた[507]。食事に関しても、チームの遠征先で菅野専用の和食が用意されることになり、菅野、通訳、トレーナーの分が毎日(遠征先の)クラブハウスに届く手配がされる[508]。ロッキーズへの歴代日本人選手の加入は、吉井理人、マック鈴木、松井稼頭央に続く4人目。自身初のナショナルリーグのチーム所属となった[509]。菅野を獲得した理由に関して、ロッキーズの野球運営部門の責任者で、映画「マネーボール」の登場人物のモデルにもなったポール・デポデスタが菅野を高く評価したためと報じられた[510]。また、前年菅野が所属していたボルチモア・オリオールズが、オリオールズ公式SNSに「Thank you and best of luck in Colorado Tomo!(トモ、ありがとう、そしてコロラドでの幸運を祈ります)」とメッセージを添えた菅野の1年間をまとめた動画を投稿。わずか1年しか所属していない選手に対して異例となるメッセージとなった[511]。2月12日、ロッキーズでの背番号は11と発表された[512]。

2026年、「前年(MLB1年目)で見えた改善点を克服し、被本塁打を減らす」をテーマに挙げ、「投手地獄」、「投手の墓場」と言われている標高1600mのロッキーズ本拠地「クアーズ・フィールド」[注 7][注 8]対策の為、新たにジャイロスライダーを習得し、シーズンに挑む[513][514][515][516][517][518][519][520]。2月12日、ロッキーズのキャンプ地であるアリゾナ州スコッツデールに入り、チームに合流した[521]。2月13日、入団会見が取り行われ、ロッキーズを選んだ理由に関して菅野は「一番僕の投球を評価してくれた。まだまだ改善の余地があると思うし、ここでプレーしたいと思いました」と話し、ロッキーズのウォーレン・シュエファー監督は「彼(菅野)は究極のプロフェッショナルだ。ストライクゾーンに投げて、5日に1度投げてくれること、リーダーシップを発揮してくれることを期待している。彼は本当に素晴らしい人間だ。彼が加入してくれたことに興奮している」とコメントした[522][523]。2月18日、WBCに出場するため、一時的にチームを離脱した[524]。3月18日、チームに再合流した[525]。同日、ロッキーズの開幕投手は、カイル・フリーランドと発表された為、MLBでの自身初の開幕投手とはならなかった[526]。3月23日、シュエファー監督から菅野が開幕ローテーション入りすることが発表された[527]。3月31日、対トロント・ブルージェイズ戦(ロジャーズ・センター)で、ハンター・グッドマンとバッテリーを組み、自身移籍後初登板・初先発登板をした。4回2/3を投げ、1失点4奪三振の内容で、自身に勝ち星は付かなかったが、チームは勝利した。この試合で、巨人時代にチームメイトだった岡本和真との対戦が実現した。菅野は自身の移籍後初登板と、岡本との初対戦に関して「いいピッチングができた」「(岡本の所属しているブルージェイズとは)リーグが違うので、年間3試合しかない中で、そこで投げられるというのは、なんか運命を感じます。」「(岡本と対戦してみて)やっぱりどうしても特別な感情はありましたし、絶対に抑えたいと思っていました。和真のことは18歳の時からずっと成長を見てきたので、感慨深いものがありました」と話した[528][529]。4月6日の対フィラデルフィア・フィリーズ戦(クアーズ・フィールド)では、アドリス・ガルシアに1点本塁打を打たれるも、6回1失点5奪三振の内容で、自身移籍後初勝利を挙げた。自身の移籍後初勝利に関して菅野は「本当に気候も投げやすくて、最高の登板になりました」「素直にうれしいですけど、本当にまだ始まったばかりですし、長丁場の1年なので。一喜一憂せずに、しっかりまた次に向けて準備できたらなと思います」と話した[530][531]。4月18日、気温1.6度の極寒の中で行われた対ロサンゼルス・ドジャース戦(クアーズ・フィールド)では、4回5失点3奪三振の内容で敗戦投手になった。菅野は「間違いなく人生で投げた中で一番寒かった。相手も同じ条件なので、そこは言い訳にはしたくない」と話すなど、NPB時代には経験した事が無い過酷な登板となった[532]。5月5日の対ニューヨーク・メッツ戦(クアーズ・フィールド)では、5回終了まで被安打0、四球1と相手打線を抑え込んでいたが、6回に先頭打者のカーソン・ベンジに1点本塁打を浴び、自身MLB初のノーヒットノーランとはならず、その後も失点してしまい、5回1/3を投げ、4失点1奪三振で敗戦投手となった。また、自身の連続無失点投球回数記録が15回で止まったが、これが自身MLB最長無失点記録となった[533]。5月16日の対アリゾナ・ダイヤモンドバックス戦(クアーズ・フィールド)で、5回2失点1奪三振の内容で勝利投手になり、日米プロ通算150勝目(NPB:136勝、MLB:14勝)に到達した。日米通算150勝は2022年の和田毅以来4年ぶりで日本人史上10人目、大卒投手としても和田以来で日本人史上3人目、プロ通算150勝も平成生まれ初の到達者となった。菅野は「素直にうれしいですし、自分1人の力ではここまで到達できなかったと思いますし、(読売)ジャイアンツのチームメートだったり、去年のオリオールズのチームメート、今のチームメートにすごく感謝していますし、ただ通過点なので次の151勝目を目指してやっていきます。こうやってこっち(MLB)で戦えていることに関しては本当に、毎日充実していますし、本当にこっちに来られたことは僕にとってすごく大きなことなので、まだまだこっちでそういうものを積み重ねられるように、頑張っていきたいなと思います」と話した[534][535][536][537]。6月5日には、同時点で防御率3.98にして期待防御率7.48とSNS上では「こんな大きな差は見たことがない」と話題になるほどで、奪三振率や与四球率、バレル率などのセイバーメトリクスの指標が2025年シーズンより悪化と、セイバーメトリクスの指標だけでは測れない菅野の勝負強さと投球術が窺い知れると報じられた[538]。6月15日、球場の標高600m、気温は38度を超え、乾燥した気候でボールが飛びやすい環境の中で行われた対アスレチックス戦(ラスベガスボールパーク)では、自身MLBワーストを更新する8失点を喫し、5回8失点(自責点6)2奪三振の内容だった。しかし、味方が球団史上最多記録となる23得点の援護により勝利投手となった。さらに8失点でのMLB勝利投手は、歴代日本人史上初となった[539][540][541][542]。7月5日、対サンフランシスコ・ジャイアンツ戦(クアーズ・フィールド)に先発登板する予定だったが、急遽回避され、背中の張りで15日間の故障者リスト(IL)に登録された。これが自身MLB初のIL入りとなった。菅野は「自分ではケガという認識ではないが、オールスター明けに向けて調整する」と話すなど、軽症だと明かした[543][544]。7月19日、対シンシナティ・レッズ戦(クアーズ・フィールド)で復帰し、6回1/3を投げ、3失点3奪三振の内容で、勝利投手になった[545]。7月25日の対ミルウォーキー・ブルワーズ戦(アメリカンファミリー・フィールド)で、5回1/3を投げ、2失点5奪三振の内容で、MLBでの自身2年連続2度目の2桁勝利となる10勝目を挙げた。日本人の新人からの2年連続10勝は、2017年の前田健太以来9年ぶりで日本人史上6人目。また、シーズン10勝達成は、球団では2021年のヘルマン・マルケス以来5年ぶりとなった[546]。8月4日、MLB他球団へのトレードの可能性がメディアで報じられていたが、交渉がまとまらず、2026年シーズンのロッキーズへの残留が決まった[547]。8月24日、対クリーブランド・ガーディアンズ戦(クアーズ・フィールド)で、3回5失点2奪三振の内容で敗戦投手になった。また、この試合で、巨人時代にチームメイトだったフォスター・グリフィンとの投げ合いが実現した[548]。9月15日、対サンディエゴ・パドレス戦(クアーズ・フィールド)で、5回6失点2奪三振の内容で敗戦投手になり、MLBでの自身2年連続2度目となる10敗目を喫した[549]。最終成績は、154回1/3を投げ、12勝12敗、勝率.500、防御率5.37、96奪三振で、規定投球回にはわずかに足りなかったが、投手にとって最も過酷な環境の中でローテーションを守った(先発登板数、投球回数、勝利数はチームトップ)。しかし、チームはナ・リーグ西地区最下位(地区優勝3チームを除くワイルドカード争いもナ・リーグ12球団中最下位)で、ポストシーズン進出を逃した。さらに4年連続での最下位および100敗到達となった。菅野は「おそらくロッキーズ以上に厳しい環境にあるチームは多分ないと思うので、しっかりそこで1年間戦い抜けたっていうのは、自分自身しっかり糧にして、また来年以降の自分の野球人生につなげられると思う。もちろん上手くいかなかったこともありますけど、しっかりこのオフシーズン、課題を消化できるように、あと少し休んでまた考えたいなと思います」「去年できて今年できなかったことっていうのは1個もないので、また来年にステップアップできたんじゃないかな」と話した[550][551][552]。

代表経歴

日本代表時代(2015年)

アマチュア時代

2009年、第37回日米大学野球選手権大会の大学日本代表メンバーに選ばれ、チームは優勝した[553]。

同年、2009年アジア野球選手権大会のアマチュア日本代表メンバーに選ばれ、チームは優勝した[553]。

同年、「セ・パ誕生60周年記念 U-26 NPB選抜 対 大学日本代表」の大学日本代表メンバーに選ばれた[554]。結果は1対1の引き分けに終わった[555]。

2010年の大学3年の時に第5回世界大学野球選手権大会の大学日本代表メンバーに選ばれた。背番号は11[556]。予選リーグのキューバ戦(明治神宮野球場)で7回裏から中継ぎ登板し、3回3失点5奪三振の内容だった。チームは7対12で敗戦したが、予選リーグを突破した[557]。また、この試合で自己最速となる157km/hを記録した[59]。準々決勝の台湾戦(横浜スタジアム)に先発登板し5回無失点4奪三振の内容で勝利した[558]。準決勝のアメリカ戦(横浜スタジアム)では、自身は登板しなかったが、この試合に先発登板した斎藤佑樹が6回4失点4奪三振の内容で、チームは2対4で敗戦。決勝進出を逃した[559]。3位決定戦の韓国戦(神宮)でも自身の登板は無かったが、チームは9対0で勝利したため、チームの最終順位は3位で終えた[59][560]。

2011年、第38回日米大学野球選手権大会の大学日本代表メンバーに選ばれたが、大学アメリカ代表に敗れ、優勝を逃した[561]。

NPB時代

2013年10月28日、11月8日から始まる「2013 BASEBALL CHALLENGE 日本 VS チャイニーズタイペイ」の日本代表メンバーには選ばれなかった[562]。

2014年10月9日、11月12日から始まる日米野球の日本代表メンバーには、右肘靭帯損傷の影響で選ばれなかった[563][142]。

2015年7月16日、菅野が11月8日から開催される第1回WBSCプレミア12の日本代表メンバーの第1次候補選手65人に入ったことが発表された[564]。9月10日、日本代表メンバー候補選手45人に菅野が入ったことが発表された[565]。10月9日、日本代表メンバーの最終ロースター28人が発表され、自身プロ入り初の日本代表メンバーに選ばれた[566]。背番号は11[567]。自身初の日本代表選出に関して菅野は「うれしい気持ちとともに、身が引き締まる思いです。自覚と責任を持ち、日の丸の重みを感じながらプレッシャーを力に変えられるように頑張ります」と話した[568]。11月3日、福岡県で日本代表チームに合流した[569]。11月14日、自身の日本代表初登板・初先発登板となった1次ラウンドの対アメリカ戦(桃園国際野球場)では、嶋基宏とバッテリーを組み、4回2失点4奪三振と試合を作りチームは勝利。日本の1次ラウンド1位通過および準々決勝進出に貢献した[570]。準決勝の韓国戦(東京ドーム)では自身は試合に出なかったが、日本が3点リードしている中、8回表から則本昂大が中継ぎ登板するも、1回0/3を投げ4失点1奪三振の内容で逆転された。そのままチームは3対4で敗戦してしまい、決勝進出を逃してしまった[571]。11月21日の対メキシコ戦(東京ドーム)の3位決定戦では、4回裏から中継ぎ登板した。炭谷銀仁朗とバッテリーを組み、3回1失点2奪三振の内容で勝利投手になった。この勝利で日本代表はプレミア12を3位で終えた[572]。菅野は「(今回の大会で自身に)まだまだ力がないことを痛感しました」と話した[573]。個人では2登板(1先発)、1勝無敗、7回3失点、防御率3.86、6奪三振の成績だった[574][575]。同日、東京都でチームは解散した[576]。

2016年2月15日、3月5日から始まる「侍ジャパン強化試合 日本 vs チャイニーズタイペイ」の日本代表メンバーの26名に選出され、初戦(ナゴヤドーム)に先発登板し3回無失点4奪三振の好投で勝利投手になった[577]。

2016年10月18日、11月10日から始まる「侍ジャパン 野球オランダ代表 野球メキシコ代表 強化試合」(東京ドーム)の日本代表メンバーの28名に選出されたが[578]、コンディション不良により出場登録を抹消された(チームには帯同)[579]。

2016年12月20日、2017年3月6日から開催される第4回ワールド・ベースボール・クラシックの日本代表メンバーの28名に選出された。背番号は11。野球日本代表監督の小久保裕紀から「彼(菅野)が中心で回っていくのは間違いない」と日本のエースに指名された[580][581][582]。菅野は「WBCでの戦いを想像すると、身の引き締まる思いがします。オフの間しっかりと練習し、万全の状態で臨みます」と話した[583]。2017年2月22日、宮崎県で日本代表チームに合流した[584]。3月8日、1次ラウンドの対オーストラリア戦(東京ドーム)で、小林誠司とバッテリーを組み、自身WBC初登板・初先発登板をした。4回1/3を投げ1失点4奪三振と試合を作り、チームは勝利。日本の1次ラウンド1位通過および2次ラウンド進出に貢献した[585]。3月14日、2次ラウンドの対キューバ戦(東京ドーム)にも先発し、小林とバッテリーを組んだ。ジュリスベル・グラシアルに2点本塁打を打たれるなど4回4失点6奪三振だったが、味方が逆転してくれ、チームは勝利。その後、日本は2次ラウンドを1位通過し、準決勝に進出した[586]。3月16日、決勝トーナメントのために渡米した[587]。3月22日の準決勝の対アメリカ戦(ドジャー・スタジアム)でも先発し、自身3試合連続で小林とバッテリーを組んだ。小雨が降りコンディションが悪い中、4番ノーラン・アレナドを3三振に打ち取るなど6回1失点(自責点0)6奪三振と好投[588]。1失点の内容も二塁手の菊池涼介の失策によるものだった[589]。しかし、同点の8回表に千賀滉大が中継ぎ登板した際、一死二・三塁の場面で、アダム・ジョーンズが打った三塁へのボテボテのゴロを三塁手の松田宣浩が処理しようとしたが、ボールが手につかず、バックホームできなかった。一塁はアウトにしたものの失点し、千賀は2回1失点5奪三振の内容だったが、味方打線からの援護は無く、1対2でチームは敗退。決勝進出を逃した。WBCは3位決定戦が無いため、日本はベスト4で終えた(その後、決勝に進出したアメリカは、プエルトリコと対戦。8対0で勝利し、優勝している)[588][590][591]。アメリカ代表監督のジム・リーランドは、菅野に対して、「彼はメジャーリーグのピッチャーに相当する」と賛辞を送った[592]。また、アメリカ代表のアンドリュー・マカッチェンは「菅野はとても制球力に優れていた。彼は落ち着いて投げていて、多くのヒットを打つことは難しかったよ」と称賛のコメントをし[593]、同じくアメリカ代表のクリスチャン・イエリッチもこの日登板した菅野と千賀に対して、「チーム内で話題になるくらいすごかった。今すぐでもメジャーでいける」と称賛した[594]。菅野は「自分の野球人生の中でプレッシャーのかかる試合だった。負けてしまったんですけど、役割は果たせたかなと思う。また新たな戦いが始まるので戦った上で考えたいです」と話した[595]。WBCでの個人成績は3先発、0勝無敗、14回1/3を投げ、6失点(自責点5)、防御率3.14、16奪三振で、奪三振数は千賀と共に大会最多タイだった[596][597]。3月23日に帰国後、東京都でチームは解散した[598]。

2018年2月20日、3月3日から始まる「ENEOS 侍ジャパンシリーズ2018 日本 vs オーストラリア」の日本代表メンバーには選ばれなかった[599]。

2018年10月10日、11月9日から始まる日米野球の日本代表メンバーの29名に選ばれたが、扁桃腺の手術のため、辞退した[600]。

2019年2月18日、3月9日から始まる「ENEOS侍ジャパンシリーズ2019 日本vsメキシコ」の 日本代表メンバーには選ばれなかった[601]。

2019年10月2日、11月3日から開催される第2回WBSCプレミア12は腰痛の影響を考慮され日本代表メンバーの28名から外れた[602]。

2021年6月16日、7月28日から始まる2021年東京オリンピックの野球日本代表メンバーの24名に選出された。背番号は11。野球日本代表監督の稲葉篤紀は「(菅野に関して)国際経験豊富。投手陣を引っ張っていってもらいたい」と話し、稲葉監督から田中将大と共に投手リーダーに指名された[603][604][605]。菅野は「本当にうれしい。特別な思いがありますし、1つの目標でもあったので身が引き締まる思い。任された試合は絶対勝つんだという気持ちで投げていきたい」と話した[606]。しかし、7月3日にコンディション不良を理由に2021年東京オリンピック野球日本代表を辞退した[607]。2021年シーズン終了後のインタビューで、自身のオリンピック日本代表の辞退について聞かれた際、菅野は「現状というか今年の感じだったら、正直出場してもいい結果は出なかったと思う。どういう風に表現したらいいかわからないですけど、つらかったですよ」と話した[608]。

2022年10月19日、11月9日から始まる「侍ジャパンシリーズ2022 日本 vs オーストラリア」の日本代表メンバーに選ばれなかった[609]。

2023年1月26日、3月8日から開催される第5回ワールド・ベースボール・クラシックの日本代表メンバーの30名から落選した[610][611]。

2024年2月14日、巨人の台湾遠征の楽天モンキーズ戦のメンバーに選ばれたため、3月6日から始まる「カーネクスト 侍ジャパンシリーズ2024 日本 vs 欧州代表」の日本代表メンバーに選ばれなかった[612][613]。

2024年10月9日、11月9日から開催される第3回プレミア12は前もって今オフに海外FAでメジャー挑戦することを表明していたため、日本代表メンバーに選ばれなかった[614][615][616]。

MLB時代

2025年12月13日、2026年3月5日から開催される第6回ワールド・ベースボール・クラシックの日本代表メンバーに、投手の山本由伸と共に内定したことが報じられた[617]。また、菅野は11月29日に行われたイベントで、「(WBC日本代表メンバーへの)お呼びが掛かれば全力で。僕もラストチャンスになると思うので、プレーしたいなって気持ちはありますし、何か自分にできることがあれば、力になりたいっていう気持ちです」と意気込みを話していた[618]。12月17日、菅野が山本、今永昇太、菊池雄星、千賀滉大、松井裕樹、鈴木誠也と共に最終候補に入ったと報じられた[619]。12月20日、菅野がインタビューで、「(野球日本代表の井端弘和監督から)ユニホームをいただいて、よろしくお願いしますということで」と、やりとりを明かし、WBCへの参加を表明した[620]。2026年1月16日、正式に第6回ワールド・ベースボール・クラシックの日本代表メンバーの30名に選ばれ、チーム最年長での選出および9年ぶりの日本代表メンバーへの復帰となった。背番号は19。井端監督は「彼のように経験と制球力があって、打たせて取る投手はすごくありがたい存在」「本人ともよく話し合いはして、こちらとしても来て欲しいっていうところ、本人としても行きたいというのが一致して、所属先が決まっていなくても発表するという形になりました。いろいろなメジャーのルールがあるなかで、アメリカで1年やって、結果を残しました」と話し、菅野は「今回、日本代表に選出していただき、大変光栄に思うと共に、再び日の丸を背負い戦う重圧を感じ、身の引き締まるおもいです。他国を含めてすごいメンバーが出場すると思うので、チームのために自分の与えられた役割を全うし、団結して世界一を勝ち取りたいと思います」と話した[621][622][623][624][625]。2月22日、宮崎県で日本代表チームに合流した[626]。3月8日、1次ラウンドの対オーストラリア戦(東京ドーム)で、若月健矢とバッテリーを組み、自身9年ぶりのWBC登板・先発登板をした。内容は4回無失点2奪三振と試合を作り、チームは勝利。日本の1次ラウンドの1位通過および準々決勝進出に貢献した。また、この試合は1966年の日米野球以来60年ぶりとなるプロ野球の天覧試合で、天皇徳仁、皇后雅子、愛子内親王が観戦した[627][628]。3月10日、決勝トーナメントのために渡米した[629]。3月15日、準々決勝の対ベネズエラ戦(ローンデポ・パーク)では、自身の登板は無かったが、日本が1点リードしている中、6回裏から伊藤大海が中継ぎ登板するも、1回3失点1奪三振の内容で逆転された。日本は追いつくことが出来ず、チームは5対8で敗戦してしまい、準決勝進出を逃し、ベスト8で終えた(その後、ベネズエラは、準決勝でイタリア、決勝でアメリカに勝利し、優勝している)[630][631]。また、菅野は日本が準決勝に進出していた場合、対イタリア戦(ローンデポ・パーク)に先発登板する予定だった[632]。大会後、菅野は「悔しいっていう表現でいいのかどうか分からないですけど。やっぱり良い経験で終わらせたくないっていうのが1つ強く思っていて。ああいうレベルの高いところで、まだまだやりたいなって気持ちにもなりましたし、同時にまだまだ自分も成長できるなっていう風に思えた期間だったので。それだけでも僕は価値があったと思いますけど。すごく良い経験になったっていうので終わらせたくないなっていう気持ちです」と話した[633]。WBCでの個人成績は1先発、0勝無敗、4回無失点、防御率0.00、2奪三振の成績だった[634]。3月15日、フロリダ州マイアミでチームは解散した[635]。

選手としての特徴

2014年、読売ジャイアンツ時代
MLB・投球データ(2026年)[注 9]
球種配分平均球速
%mphkm/h
スプリッター 21.186.9139.9
フォーシーム 20.592.6149.0
シンカー 19.092.5148.9
スイーパー 11.283.8134.9
カッター 10.789.0143.2
スライダー 9.385.5137.6
カーブ 8.179.9128.6

スリークォーター[637]から繰り出す、平均149.2km/h(2025年度[638])[注 10]・最速157km/h[注 11][注 12](プロ入り後の最速は156km/h[641])のフォーシーム[59]、数種類のシンカー[注 13][218][642][643](ツーシーム[644]、ワンシーム[645]、シュート[646][647])、数種類のスプリッター(スプリット[648]、フォーク[649])、数種類のカッター(カットボール[650]、真っスラ[651])、数種類のスライダー[652][653][647](スイーパー[654][655]、ジャイロスライダー[注 14][656][657])、数種類のカーブ(パワーカーブ[658]、ドロップカーブ[659])、チェンジアップ[注 15][190][662]など、多彩な球種を持ち球とする[663]。球種に関しては「覚えようと思って覚えられなかった球種はない」と述べている[664]。

アマチュア時代・NPB時代は主にフォーシーム、シュート、スライダーの3球種で全投球の約8割を占め、中でもスライダーが高く評価されている。菅野のスライダーは、投げてから途中までフォーシームと同じ軌道で進み、フォーシームの軌道とスライダーの軌道の差(ボールが曲がりだす位置の差)を直径とした「ピッチトンネル」と呼ばれる穴が狭いため、打者は球種の見分けが難しくなり、バットに当てられる確率は低くなっている。相川亮二は菅野のスライダーを岩瀬仁紀のスライダーとイメージが重なると評し、松田宣浩は「(菅野のスライダーは)とくにアウトコースがまったく打てない。振ろうとしてもバットとボールがすれ違う。振り出しからの曲がり幅が大きいからです。『甘く見えるから、それがどんな球でも振りたい』っていう打者心理を利用した変化球ですね。ド真ん中を振ったつもりなのに、捕手はボールゾーンで捕球してました」と話している[665][653][666]。菅野のフォーシームも高く評価されており、橋本信治は「スライダーよりも菅野のアウトコースのストレートが魔球だ」「(菅野のストレートは)打者がバットの先で空振りするんです。通常、ストレートの空振りはバットの上や下を通るのに…。実は彼、スリークオーターの投手ですが、身体の使い方がサイドスローなのです。腕が横回転するので、右打者から逃げていくような真っ直ぐの軌道が実現する。けっしてカットボールのような変化はしていない。でも、右打者のバットが届かない。唯一無二のストレートでした」と評している[667]。また、2020年シーズンの菅野のフォーシームの平均回転数は約2,400rpm、最高2,600rpmを計測している[668]。MLB時代からはスプリットとツーシームを中心とした配球になっており、中でも右斜め下に落ちる独特な変化をするスプリットはMLBで高い評価をされている[669][670][671]。五十嵐亮太は「(菅野のスプリットについて)ポール・スキーンズのスプリンカーと似ている。(スプリットのように)落ちるしシンカーのように曲がる」と評している[672][673]。

野球を始めた頃は内野手をしていたが祖父である原貢に膝の関節と股関節が固いから内野手には向かないことと、手足が長くて体型は投手向きと言われ投手に転向した[674]。

2008年の秋、腰痛に悩まされたため、体のメカニズムを勉強し、体幹を鍛えることにした。走り込み、ウエイト、さまざまなメニューに取り組み、それも、むやみと高い負荷をかけるだけではなく、すべてがピッチングにつながることを意識し、上半身と下半身、意識的に右と左、バランスを均整に保つようになるようにトレーニングを実施。その結果、体重は15キロほど増え、筋肉量を計ると左右差がまったくなく、対称だった。このバランスのよさは投げていても実感すると言い、「理想は、どれだけ力感なく投げられるか」を目標にして、自身に合ったトレーニング方法を確立した[675]。

2011年に、雑誌で涌井秀章の握りを見てシュートを習得。ツーシームの握りを応用したらすぐに使えるようになったという[45][676][677]。

2012年1月、アリゾナ州のトレーニング施設で王建民からワンシームとツーシームを習得した。また、王から黒田博樹のツーシームを見習うべきと言われ、黒田のMLBでの投球を研究し始める[678][679]。

2013年オフは、ワンシームを制球難のため封印し、フォーシームの強化に取り組んだ[680][681][682][683]。

2014年オフでは、2014年シーズンでの怪我の経験から、体幹の強化に取り組んだ。体幹強化の目的について菅野は、シーズン途中に膝を少し痛め、その小さな怪我を誤魔化しながら投げていたら、右肘の大きな怪我に繋がってしまったと言い、投げ方、メカニズムを変えずにコンディションを維持するために体幹を強化することにしたという[684]。

2015年のオールスターで前田健太からスライダーを教わり、本塁から7メートル前後で突然曲がり出すスライダーを投げられるようになった[653][685]。

2015年オフに、これまで制球が不安定だったため、封印していたワンシームを解禁し、完全習得した。また、指力を鍛えたことでスピンが増し、フォーシームなどの様々な球種の質が上がった。指力を鍛えた目的について菅野は「投げている感覚では、指の掛かりは直球のスピンにつながっていくんじゃないかと思う。自分なりに考えて出した答え。それを重点的にやった」と話している[686][687]。2017年WBCの準決勝・アメリカ戦での菅野のフォーシームの平均回転数は2,513rpm、カーブも平均2,859rpmを計測し、MLBの平均値より上だった[688]。

2016年11月の日本代表の強化試合で武田翔太からチェンジアップを教わり習得した。新たにチェンジアップを習得した目的について菅野は「(マウンドと本塁間の)奥行きを使いたい。チェンジアップを意識してくれれば、(打者の)ポイントを近くすることができる。打者がそれをイメージするだけで、前に出されたくないとか、詰まらされたくないとか感じるはず。打者は詰まることを一番恐れる。投球の幅を広げるというのが、一番の目的」と話した。握りは金子千尋のフォーシームチェンジを参考にしている。しかし、シーズンでは使用せずに封印した[689][661][190]。

2017年オフの自主トレでシンカーを習得した。新たにシンカーを習得した目的について菅野は、これまでもフォークはあったが、その精度に不満があった。自在に操れる縦の変化球があれば、投球がより楽になる。スライダー以外にも空振りを奪える武器が増えれば余計な球数も減らせるためだと明かしている。しかし、シーズンでは制球難になってしまい、シンカーを封印した[218][690][691]。

2018年2月に金田正一と対談した際、金田から右打者に対してインコースのスライダーを使っていった方が良いとアドバイスを貰い、その後、右打者にもインスラを使うようになった[692][693]。

2018年オフから球威を上げるために上体の力を抜き、体をムチのようにしならせ、パワーをよりボールに伝える「脱力投法」を取り入れている[252]。

2019年オフ、千賀滉大や上野由岐子と共に「鴻江スポーツアカデミー」が主催する合宿に参加し、自身の「うで体(猫背タイプ)」の骨格に合わせた新投球フォームを取り入れた[280]。投球フォームを変えたことにより腰の負担の軽減と共にフォーシーム、スライダー、フォークの平均球速が上がった[694]。また、2019年シーズンは腰痛で苦しんだため、スポーツトレーナーの鴻江寿治から投球フォームを変えることを提案され悩んでいる時に上野から「今年は本当に変えるときだと思うよ。変えていかなきゃダメ。やってみないと。ダメなら元に戻せばいいんだから」とアドバイスを貰っている[695]。

2020年オフからプレートの一塁側から投げるようにし、ツーシームに角度がつくようになった。また、桑田真澄からカーブのコツを教わり、鋭さが増すようになった[325]。

2021年オフは、2021年シーズンでの怪我の経験から身体を隅々まで思い通りに操る感覚を養うために、自重でのトレーニング、裸足での砂浜ダッシュや壁をよじ登るクライミングなどの手足の先の先まで意識した「身体を操るトレーニング」に取り組んだ。また、スライダーの強度の強化にも取り組んだ[696]。

2022年オフは、不調から脱する為に、自力で自身の投球フォームを腕主導のタイプに変えるなど試行錯誤を重ねた[697]。

2023年春、不調のシーズンが続き、自身の選手生命を終えるかどうかまで考えていた中[698][699]、新たに投手コーチとして巨人へ加入した久保康生の指導のもと、投球フォームの見直しが行われた。久保によると「体の使い方がいびつだと体もあちこち痛くなるし状態も悪くなる。理にかなった、守らなければならない部分があって、それを守っていけばそんなに壊れることはない。菅野は昨年の時点であちこちがひずんでいた。」「菅野も以前は(体をねじらずに)そうやって投げていたんだけど、キャリアを重ねるウチに段々と体をねじるようになっていた。」とし、投球始動の時に体をねじっていた動作を自然と体がパタンと倒れる形に変え、自分の高さを生かしたフォームに切り替えていくなど試行錯誤を重ねた[700]。また、「球持ち」をより良くすることを意識し、ボール1個分(約7.3センチ)でも、バッターに近いところから投げることができれば、打球をほとんど詰まらせられることが出来るため、マウンドから打者までの18.44メートルをどれだけ短くできるかを考え、そのためには体重移動や腕の軌道など、投球に関係するあらゆる動作を突き詰める必要があり、必死の努力で新たなフォームを固め、球持ちもさらに良くしたことで、打者からは菅野の直球は実際の球速よりも速く見えるようになったという[701]。

2023年オフも久保の助言に従い、そうした改良を重ねた結果、2024年からようやく成果が出始めた[702]。スポーツ記者の水井基博が菅野を取材した際、菅野は「直球の角度」にもこだわったと話している。バッターは基本、地面と平行に振る「レベルスイング」が多く、ここにボールの角度が付けば、その軌道に合わせるのが難しくなり、一点集中になる。そうなると、バットに当たる確率は下がっていく。菅野が求めた「角度」には、昨年(2023年)から20センチの差が出来たという。右足の使い方から見直し、186センチの身長をなるべく保ったまま、体を打者よりに倒し、近づけていく。久保からは「右足は地面から45度まで倒していい」と助言され、菅野は「自分の中でうまくアレンジしています」と工夫したといい、こうした取り組みで球を離す高さの位置が劇的に変わった。地面から166センチの高さだったリリースポイントは今年(2024年)、186センチまで上がった為、20センチも変われば打者の目線も上がり、球離れも遅くなり、バッターはより近く感じるようになった。打者からは「スライダーの曲がりが全然違う」と言われ、すべての球種に質の向上が見えた。水井は「「復活」という言葉を耳にするが、違う。ここにきて「成長」という表現が正しい」と評している[703]。また、ボールに角度がついたことにより、特に縦の変化がより効果を発揮するようになった。2024年6月下旬から握り方を人さし指だけ縫い目にかける形にしたことが功を奏し、フォークボールが進化したという[704]。そして完全にフォークの習得を確信したのは、7月14日のDeNA戦(東京ドーム)で、タイラー・オースティンに対して投じたストライクの軌道から鋭く落ちるフォークで、空振り三振を奪った際に「あの1球でよし、フォーク使える、つかんだって思いました」と確信を得た。菅野はフォークに関して、「自分の中でも落ちる原理が見つかった。深く握って、いかに回転をかけないように投げようと考えたんですけど、ある日、YouTubeとかでフォークのこと研究していて。横の回転の要素がないと落ちないなと」とYouTubeからヒントを得たと明かしている[705]。また、菅野の2024年シーズンの全奪三振の内、フォークが30%以上を占め、自身の全球種の中で一番奪三振の多い球種だった[706]。さらに制球に関して、「球の軌道も違う。そこにボール行きそうだなとか。コントロールは今が一番いい」「今年のダブルプレーの率を見てほしい。12球団の規定投げている投手の中で一番取った自信がある。そこに投げたら、そこに飛ぶだろうなと思って投げていた」と話し、実際、2024年シーズンの走者一塁での併殺率は12球団トップの19.0%だった[707]。菅野の絶不調から35歳での復活について日本球界で話題になり、複数人のプロ野球OBがそれぞれの分析コメントを出している。

  • 西本聖は「かつてのエース復活ではなく、新たな菅野が誕生した」と評し、「投球フォームが大きく改善され、上半身が突っ込むのがなくなり、右足にしっかり体重が乗って、イチ、ニ、サンと我慢してから左足を踏み出しています。もうひとつ大きかったのは、悔しさを持ったことです。悔しさから生まれたのが体の軸で、昨年(2023年)の成績の不甲斐なさから一念発起して下半身強化に努めたのでしょう」「体の軸がしっかりしたことで、トップの形をしっかり作ることができています。タメが生まれて左肩の開きが抑えられ、ボールを上からリリースできるようになった。体重移動もスムーズで、ストレートの威力とキレが増し、持ち球のスライダーやシュートの制球力もよくなりました。特にフォークボールの精度が上がって要所を締めることができる。すべてがいい方向に向かっています」[708]。
  • 辻恭彦はスガコババッテリーが復活したのが大きいと話し、「安心感からか、小林誠司の構えたミットに投げようとする菅野に余分な動作がなくなりました。投球がシンプルになったことで、2年連続で沢村賞(2017、2018年)を獲得した頃のピッチングに戻った。私も江夏豊とバッテリーを組んでいた時代、どうすれば力が発揮できるかを考えてリードし、結果を出すことで江夏も安心して投げ込んできました。小林も同じで、スッと構えるから菅野も迷いなく投げる。そんな信頼関係が構築されています」[709]。
  • 阿波野秀幸は「やはり体調面で本来の自分を取り戻したことだと思います。昨年は春のキャンプから試行錯誤しながら調整していましたが、右腕痛で戦線離脱。その影響もあって成績を残せませんでした。昨年末はオフを返上してトレーニングを続け、その努力が結実したということでしょう。投手はスタミナの部分で、脂肪も必要ではあります。ただ昨年はかなり走り込んだようで、体にキレが戻ってきました。菅野といえば、代名詞はスライダーですが、体のキレが戻ったことで、ストレートに力強さが出てきました。配球パターンを研究されるなか、もう一度ストレートを見つめ直したのでしょう。また、プレートの踏む位置を一塁側から三塁側に変更するなど、工夫も見てとれます。」とし、次に小林とのバッテリー再結成を挙げ、「小林は同い歳ということもあって、菅野智之という投手を知り尽くしています。後輩捕手だと、リードに遠慮が出てしまう部分があるのですが、そんなことはないし、小林も菅野の引き出しを熟知しています。それに小林は試合に出場しなくても、ベンチで投手にアドバイスを送っていましたし、よく野球を見ていました。」と2番目の復活要因としている。また、2024年からの菅野の投球スタイルについて「もともとコントロールは抜群でした。2024年シーズンの菅野について、「打たせてとる技巧派への転身」と言う人もいますが、年齢も35歳。スライダーで打ちとるパターンを中心とした投球から、打者を見てストレートで押したり、変化球でタイミングを外したり、「角(かど)が取れてきた投球」という表現があっているように思います。」[710]、とそれぞれ分析している。

2024年オフに、自身のメジャーリーグ挑戦に向けて、MLB経験者の桑田真澄から「ボールの違いはすごくある。こちらでもいくつか手に入れてなじませておくことは大事。本当に違うからね。コンディションを整える他に必要なのはそれくらいじゃないかな」、「試合や練習の流れは菅野くらいの経験があれば、順応できるはず。野球をやることで簡単には遅れは取らない」と情報を伝授された[711]。

2025年シーズンから、NPB時代は封印していたシンカーをMLBへの移籍に伴って解禁した[712]。また、アメリカから日本にいる巨人での恩師の久保康生には頻繁に連絡をとるようにしており、久保に自身のピッチング動画を送って、状態を見てもらっている。その理由として菅野は「こっち(MLB)はピッチングコーチも、トラックマンとかデータのことは言ってくれるんですけど、フォームのことは言わないというか。僕もフォームが完成しているとは言えチェック項目があって、人から言われて気づくこともありますし。ちょっと感覚がずれてくると「今どうなってるのかな?」って不安になることがあるので。そういう時は、久保コーチに連絡させてもらっています。」と明かしている[713]。

2025年オフにジャイロスライダーを習得した[714]。菅野は、新たにジャイロスライダーを習得した目的について、「投手地獄」、「投手の墓場」と言われるコロラド・ロッキーズの本拠地クアーズ・フィールドは高地の環境で、回転効率の高い変化球は飛びやすくなるため、シーズンを戦い抜くには、打者の低めに来る変化球が必要だったと話し、今井達也のジャイロスライダーを参考にしたという。さらに菅野は「変化量じゃなくて、ジャイロの基本的な定義は回転を捨てるチェンジアップっていう感覚ですかね。なので、僕が投げるのはジャイロ回転のチェンジアップなんですよ。(通常の)スライダーとかと違って、真っすぐと同じ軌道から自然とヒュッと少しだけ下に落ちるみたいなイメージですね。で、その投げ方ですが、真っすぐと同じところから腕の出だしを持っていきたい。(意識的に)曲げなくても全然大丈夫です」と明かしている[715][716]。

2026年2月のWBC日本代表の宮崎合宿で、アドバイザーとして参加していたダルビッシュ有からMLBでプレーする上での技術面の話など、様々な情報を伝授された。菅野はこの日本代表合宿でダルビッシュに聞きたいことを全て携帯にメモしてきたと言い、会談後の菅野は「今後の野球人生のビジョンが明確になったというか、これからの道筋を良い方向に正してくれたような気がするので、僕の中ですごく言葉にできないくらい忘れられない時間でした」と話している[717][718]。また、菅野の新球種であるジャイロスライダーに関してもダルビッシュからアドバイスを貰い、自分なりに咀嚼していき、握りに好感触を得た時は、すぐにスマホで写真を撮って保存するなど研究を重ねたと明かしている[719]。

巨人に入団した当初から制球力を高く評価されており[720]、自らも「試合でボールがコントロールできずに困ったことはほとんどない」と豪語する[45]。一例として2016年シーズンを挙げると、制球力を示す与四死球率(1.47)やK/BB(7.27)が、いずれもセ・リーグ1位(規定投球回以上)を記録している[721]。さらに2024年の与四死球率はキャリアハイの0.92、K/BBも6.94で共にセ・リーグ1位(規定投球回以上)だった[722]。また、ボルチモア・オリオールズのスカウティングリポートでの菅野の制球力評価は、80点満点中80点と最高評価をされており、オリオールズ投手コーチのドリュー・フレンチは、菅野の制球力に関して「自分のコーチ人生でこれまで見た中でも最高レベルの制球力だ」と話している[723]。浪人中の2012年にはMLBのテレビ中継に没頭し、グレッグ・マダックスの「27球で27個のアウトを取る」という考えが理想になったという[647]。また、ロイ・ハラデイの投球を見て「ピッチングはやっぱりコントロール」と再認識したといい、浪人中はボール1個分の出し入れができる制球力を目指して練習してきたという[647][724]。巨人の公式インスタライブでコントロールを良くする方法を聞かれると「僕は昔から壁当てをしてた。壁が小さくて、そこに当てないと奥の森に取りにいかないといけなかった。自然と当てようとしたらそういうフォームになった」と語っている。腕の使い方は球の出どころを見えにくくするためにテイクバックを小さくして、前を大きくするのを基本とし、肘から先の使い方を特に大切にしている[725][726]。

投球術に関しては、右打者には内角に切れ込んでくる「シュート」をよく使用しており、その投げ方について「あれは、軸足の使い方が違うんです」「軸足(右足)を若干強く蹴ると、シュート回転するんです、自分の場合。右打者は甘いコースから食い込まれるボール、今、そういうボール投げるピッチャーあんまりいないから、嫌ですよね」と明かしている。また、左打者にはカットボールで内角を突くようにしており、どちらも、バットの長さが邪魔になるボールとなっている。菅野は「自分の場合、反復を重ねて身につけるというよりは、実戦でいろいろ試してみて、試行錯誤の中から『あ、これで掴んだかな』と気づいていくタイプなんで。練習で出来ても実戦で出来ないことって多いじゃないですか。でも、試合の中で出来たことって、次の試合でも出来ると思うんで」と実際の試合の中で自身の投球をとことん研究していき、投球術を磨いていった。相手の首脳陣の動きに関しても「いろんなことを考えながら、打者に向かって投げているのと、ただ漠然とキャッチャーのサインにうなずいて、キャッチャーに向かって投げるのじゃ、ぜんぜん違います。たとえば、相手ベンチを観察していれば、監督さんが打者に『左脇を絞めて打て』って指示が見えたりする。投手側の脇を絞めて打とうとすれば、右手が強くなって左手の自由が効きにくくなりますから、落ちる系はまず打てない。ならば、低めに落としておけば大丈夫とか。自分が主役になって相手チームを手玉に取る面白さっていうんですか。たまらないですよね」と試合中入念に観察するようにしている。投球術をさらに向上させるために球質へのこだわりも人一倍で、理想は、打者が振り始めてから動くボールを目指しており「ストレートなら、(ホーム)ベースの上で加速を感じるやつで、スライダーならベースの上で曲がり始めるような。」と語っている。また、過去にバッテリーを組んでいた伏見寅威によると菅野のスライダーは最後の最後で曲がると話している[727]。また、MLBでも菅野の投球術について評価されており、オリオールズのブランドン・ハイド監督は、菅野の投球術は制球力を武器に、打者との駆け引きの中で多彩な変化球を効果的に配球し、打たせて取ることもあれば、三振を量産することもできるとし、「それらは現代野球では「失われた芸術」のようになっている。だから新鮮に感じられる。」と評し、コロラド・ロッキーズのウォーレン・シュエファー監督は菅野の成熟した投球術を「ビンテージ・トモ」と評している[728][729]。

アメリカのデータ専門サイト「スポーツインフォ・ソリューションズ」は、2020年の菅野の投球スタイルについて、「独特なワインドアップ」として、両足をホームプレートの方向に向けて構え、左足を上げる前に上体を三塁側に90度捻ってから動き出すと説明している。最も優れた変化球は80mph中盤(約135km/h)のスライダーで、左右ともに使用し、打者に近いところで変化するため、三振を奪える球種と同時に凡打に打ち取れるボールでもあると絶賛している。さらに、スプリットやカーブも駆使し、菅野の豊富な球種があれば、それだけでメジャーで通用する先発投手となり得ると評価しながらも、「彼の最大の武器はコマンド(狙った位置に投げる能力)」だと言い、高い精度でフォーシームを外角コーナーに投げ込み、変化球を効果的に機能させている。右打者に対しては、スライダーを外角に沈め、さらにそこから大きく曲げることもある。曲がりが打者寄りのため、速球との見分けがつきにくく、ピッチトンネルを形成している。左には、スプリットを外角に投げ、またフォーシームも同じ場所に投げ込みつつ、内角にスライダーを投じることも得意としている」と分析している[730]。

プロ入り1年目の2013年のストレートの平均球速は144km/hで[731]、新人から3年間は「グラウンドボールピッチャー」だったが、2016年以降は「パワーピッチャー」に移行している[732]。2013年に原辰徳から「(小技に頼りすぎずに)もう少し、力投派、速球派という部分でマウンドに上がるべき」と課題を指摘され[733]、投球スタイルを変える前に能見篤史から「何であんなにストレートが良いのに、変化球ばっかり投げてるの?」と言われストレート主体にした方が良いとアドバイスを貰っている[734]。2024年からは「僕の投手としての美学的なのは、変化球ピッチャーだけどストレートも速いのが最強の投手」との思いから新たな投球スタイル「パワー系の変化球ピッチャー」に移行している[735]。

思い通りに球速を操る感覚も優れており、自身が投じるボールの球筋を見て、まず球速を「138km/h(85.8mph)」と予想し実際に「138km/h(85.8mph)」でピタリと球速を言い当て、続いて投じたボールの予想は「137.5km/h(85.4mph)」で小数点以下までピタリと言い当てた。さらに投げる前に球速「140.3km/h(87.2mph)」を宣言してボールを投げると球速「140.3km/h(87.2mph)」を計測するなど驚異的な感覚を発揮している[736]。また球速について、アマ時代は「160km/h(99.4mph)」投げたいと思っていたがプロ入り後は「良いボールを投げる寸評会じゃないので。抑えたピッチャーが偉いと思うし、どんなに良いボールを投げても打たれたら元も子もない。野球ってそういう競技。野球でお金をもらうということは自己満足だけじゃどうにもならない」という考えになった[737]。

スコアラーの志田宗大によると、菅野は自身の試合前のデータに関しての準備が凄いらしく、自分で次の先発登板する時の対戦相手の1番から最後の打者までの打順を予想し、この打者にはこう(攻めて)行くと決め、スコアラーと最終確認のための議論を交わし、意見の食い違いの箇所をとことん追求していくという。また、無数にあるデータや傾向をピックアップするセンスが抜群に優れていて、データ班がいらないくらい知識も豊富で、感性・感覚も優れているため、データでそうなっていても実際に行ってみてどうかというイマジネーション能力も高いと志田は菅野のことを評しており、志田は菅野のこうした準備に関して、仕事が出来る人のやり方だと言い、志田の方もハイレベルな質問にも答えられるように菅野の時は特に準備をすると明かしている。さらに、菅野の影響で2024年シーズンの途中から巨人の一軍先発ローテーションのメンバー全員が菅野と同じ準備をするようになり、そこから巨人の捕手陣も自分たちもやらないとと試合前のデータの準備を今まで以上にやり始め、志田によると、9月にはスコアラーがいらないレベルまで仕上がったという。結果、2024年シーズンのチーム防御率も12球団トップの2.49になるなど、それぞれの巨人のバッテリーのレベルがかなり上がった[738][739]。また、ジ・アスレチックによると、2024年12月の菅野とボルチモア・オリオールズの交渉の際、マイク・エリアスGMと球団幹部の他、ブランドン・ハイド監督、ドルー・フレンチ投手コーチ、ライアン・クリメック投球戦略担当ら現場スタッフも同席し、その交渉の中で契約内容以外にも、フレンチ投手コーチとクリメック投球戦略担当が球種の割合や投げるコースについて提案をし、それに対して菅野はなぜそれをしないのかを明確に説明するなど投球戦略の議論が行われた。エライアスGMは「その会話のやりとりは非常に素晴らしいものだった。提案されたことは、日米のストライクゾーンの違いがあるため、それまではやっていなかったと話していた。彼は非常に頭脳的な投手だ」と称賛し、フレンチ投手コーチも「彼との会話は本当に素晴らしいものだった。我々の話をとても真剣に聞き、彼の顔を見ると我々の意図を完璧に理解していることが分かった」と称賛するなど、球団が菅野の頭脳派ぶりに感銘を受けたと報じられている[740][741]。

俊敏な牽制やフィールディングの技術も備えておりゴールデングラブ賞も5回受賞している[677]。

打撃にもこだわっており、持論は「投手は投げるだけじゃない」で[742]、2016年は投手でありながら打率.222(54-12)を記録している[743]。2017年12月には「本塁打を打って、1-0で完封したいですね。それはもう、僕の夢ですね」[744]と述べている。

スポーツ報知が調べたデータによると菅野の2019年までの7年間で通算の先発登板別失点と勝敗は

  • 無失点 38試合32勝0敗
  • 1失点 45試合29勝8敗
  • 2失点 25試合11勝5敗
  • 3失点 17試合4勝7敗
  • 4失点 16試合4勝9敗
  • 5失点以上 18試合1勝14敗

となっており、3失点すると勝ち星の数が極端に減っている[258]。その無援護から一時期、実況パワフルプロ野球で菅野のキャラクターにマイナス能力「負け運」をつけられてしまっていた[745]。菅野自身も援護点に恵まれないことに悩んでいた中、黒田博樹から「勝ち負けはいろんなものに左右される。向こう(アメリカ)にいた時は、QSが評価の基準になっていた。日本とメジャーでは違うかもしれないが、そこを大事にした方がいい」とアドバイスを貰い、そこから菅野は、勝ち星が恵まれない中でも強いメンタルを持つことができるようになったという[746]。

グラブとスパイクはミズノ社製を使っており、グラブの革は薄めで柔らかく、投球のときに握りやすいものをチョイスし、フィールディングのときに、ボールが出ないように、あとは型崩れもしにくいという理由で絶対に縦とじである。スパイクは負担や疲労の軽減、衝撃緩和のために「ミッドソール」と呼ばれるクッション性の高い素材が、かかとからつま先まで入っており、硬いマウンドが多いため、それに耐えられるだけのものを選んでいる。またスパイクの刃も多く、一般的に、投手は足の前方部分に3本、後方部分に3本の刃を配置する人が多いが、菅野のは土をつかみやすく、硬いマウンドに刺さって安定性が出る「IQソール」と呼ばれるものが使用されており、つま先部分に1本、その下に3本、足の中心部分に2本、かかと部分に2本と、計8本の刃が付いている。さらに刃の長さは体重移動のときに引っかからないように左足の中心部分にある3本の刃のうち、内側にある2本を半分ほど削っている。これにより緩やかな傾斜になっているマウンド上で投球において重要な体重移動の際に、引っかからず、しっかりとパワーを伝えられるようになっている[747]。

より質の高いフォーシームを追求するために2023年オフから「MOI-75」というミズノ社製の回転数向上トレーニング専用ボールを練習で使用している。重さや大きさはNPB球と変わらないが、中に鉄球が組み込まれており、通常の球よりも回転がかかりやすくなっており、その分、指にかからないと高めに抜けやすくなる仕様となっている。菅野は「僕の中で質が大事で、回転効率(回転軸が打者側に向かう角度の質)の方が大事だと思っている。効率良くこっち(投手)側に回転率も上がったらすごい投球になると思う」と回転効率強化のために取り入れたと話している[748]。

配球に対しては、「よく配球と言いますが、配球って正解があるようでないというか。僕としては捕手のリードで抑えることはあっても、リードで打たれることってあまりないのかなと。投手がしっかり投げれば抑えられる。打たれたら投手の責任です。捕手の球種のサインに首を振る権利もある訳ですから」という考えである[749]。

試合中に起こってしまう誤審に対しては「やっていればいろんなことがある。審判の人たちだって大事な試合だって分かってるだろうし。いろいろそういうものを考えるより、頭を切り替えることに意味があると思う。何百試合も投げて、絶対ストライクだろ、絶対振ってるだろということは何回も経験した。ピッチャーにとって大事なストライクだけど、言っても、考えても仕方ないし、イラついても仕方がない」という考えである[750]。

普段の食生活に関してもこだわっており、食事は乳製品を摂取しないグルテンフリーを取り入れている[751]。さらに夏場の対策としてカリウムが含まれた食べ物を意識して食べ、水分はドリンクで飲むと出ていくのが早いため、果物などを食べて水分摂取することで長くキープするなどをしている[752]。お酒に関しても登板した日は必ず禁酒している。疲労が一番溜まっている状態で飲酒をすると疲労回復ができないため、身体のメンテナンスに気をつけている[753]。また、自身の35歳でのMLB挑戦の際、41歳でMLBでの現役を続けているチャーリー・モートンから己の身体との向き合い方についてのアドバイスを貰った。菅野によると「モートンはやっぱりバーランダーであったりとか、すごくいいピッチャーとたくさん(同じチームで)やっていて、どういうことを気にしてるの?って。その(現役を)長くやるための秘訣みたいな話を聞いた時に『これをやろう、これをしなきゃいけない』って決めるよりも、『自分の身体に素直に生きる、生活するのが大事だよ』って。これやろうと決めちゃうと、正直、身体もしんどい中でやることはよくないと。ある程度は決め事を作るのは大事だけど、これ食べなきゃいけない、睡眠も絶対7時間、8時間取らなきゃいけないってやると、どうしてもそれができなかった時にしんどくなる。『自分の身体に正直にやることが大切だよ』ってことを教えてもらった。確かにそう思って、僕はここまでやってます」「今日はトレーニングをガッツリやろうって決めて朝来たけど、ちょっと身体が重たいから、やめておこうとか。食事面もそうですね。今日は身体が重たかったから、あんまり食べない方がいいなとか。今日はお腹空いてたらたくさん食べようとか。自分の身体に正直に生きています」と日々のトレーニングなどのルーティーンに心身ともに捉われすぎないようにしていることを明かしている[754]。

連勝記録

表の「勝敗」とは、菅野智之に勝ち負けが付いたかを指す。菅野智之に勝敗がつかなかった場合は空欄となる。

NPB・開幕投手からのシーズン13連勝

2020年6月19日の開幕戦の阪神タイガース戦(東京ドーム)から10月6日の横浜DeNAベイスターズ戦(東京ドーム)にかけて、開幕投手からのシーズン13連勝を達成した。10月13日の広島東洋カープ戦(東京ドーム)で敗戦投手になったが、この記録は日本プロ野球記録となっている[310]。また開幕からの13連勝もセ・リーグ最多タイ記録となっている[29]。

NPB・開幕投手からのシーズン13連勝の内訳
登板日 勝敗 対戦相手 球場 投球回 失点 試合 出典 備考
6月19日 勝利 阪神 東京ドーム 7 2 3-2 [755] 開幕戦。シーズン初勝利[283]。
6月25日 ヤクルト 神宮 5.2 5 6-5 [756]
7月3日 勝利 中日 東京ドーム 9 0 5-0 [757]
7月14日 勝利 広島 マツダスタジアム 5 0 7-2 [758]
7月21日 勝利 中日 ナゴヤドーム 9 0 4-0 [759]
7月28日 勝利 DeNA 東京ドーム 7 2 4-2 [760]
8月4日 勝利 阪神 甲子園 7 2 7-2 [761]
8月12日 勝利 ヤクルト 東京ドーム 7 1 8-1 [762]
8月18日 勝利 阪神 東京ドーム 9 0 1-0 [763]
8月25日 勝利 ヤクルト 東京ドーム 7 2 8-4 [764]
9月1日 DeNA 東京ドーム 7.2 2 3-2 [765]
9月8日 勝利 中日 東京ドーム 7 0 2-0 [766]
9月15日 勝利 阪神 東京ドーム 6 3 6-3 [767] セ・リーグタイ記録となる開幕投手からのシーズン11連勝を達成。セ・リーグでは1982年の北別府学以来38年ぶりの記録[293]。
9月22日 広島 東京ドーム 8 3 5-4 [768]
9月29日 勝利 広島 マツダスタジアム 6 1 6-1 [769] 日本プロ野球タイ記録となる開幕投手からのシーズン12連勝を達成。岩隈久志以来16年ぶり。セ・リーグ新記録[294]。
10月6日 勝利 DeNA 東京ドーム 7 3 6-4 [770] 日本プロ野球新記録の開幕投手からのシーズン13連勝を達成。開幕からのシーズン13連勝も1966年の堀内恒夫以来54年ぶりとなるセ・リーグ最多タイ記録[29]。
10月13日 敗戦 広島 東京ドーム 6 4 3-4 [771]

NPB・開幕からのビジターでのシーズン10連勝

2024年4月4日の中日戦(バンテリンドーム)から9月10日の広島戦(マツダスタジアム)にかけて、開幕からのビジターでのシーズン10連勝を達成した。9月22日の阪神戦(甲子園)で敗戦投手になったが、この記録はセ・リーグ記録およびプロ野球史上2位タイとなっている[772]

NPB・開幕からのビジターでのシーズン10連勝
登板日 勝敗 対戦相手 球場 投球回 失点 試合 出典 備考
4月4日 勝利 中日 バンテリンドーム 7 0 2-0 [773] シーズン初勝利[774]
4月11日 勝利 ヤクルト 神宮 6 0 5-0 [775]
5月11日 勝利 ヤクルト 神宮 6 2 4-3 [776]
5月26日 阪神 甲子園 6.1 1 2-1 [777]
6月2日 勝利 西武 ベルーナドーム 7 0 7-1 [778]
6月16日 日本ハム エスコンフィールド 5.1 3 3-3 [779]
7月7日 勝利 ヤクルト 神宮 5 3 7-3 [780]
7月21日 勝利 中日 バンテリンドーム 6 1 4-1 [781]
7月28日 勝利 DeNA 横浜スタジアム 9 0 6-0 [782]
8月11日 勝利 中日 バンテリンドーム 8.1 1 3-1 [783] 開幕からのビジターでのシーズン8連勝を達成。セ・リーグタイ記録。2001年の入来祐作以来23年ぶり。島田源太郎、高橋一三、外木場義郎、入来と並ぶセ・リーグ史上5人目の記録[784]。
8月18日 DeNA 横浜スタジアム 6 1 1-2 [785]
9月1日 勝利 阪神 甲子園 7 1 3-1 [786] 開幕からのビジターでのシーズン9連勝を達成。セ・リーグ新記録。日本プロ野球史上歴代3位の記録[787]
9月10日 勝利 広島 マツダスタジアム 5 0 6-1 [788] 開幕からのビジターでのシーズン10連勝を達成。自身のセ・リーグ新記録を更新。2013年の田中将大以来11年ぶりの記録。岩隈久志と並ぶ日本プロ野球史上歴代2位タイの記録[789]。
9月22日 敗戦 阪神 甲子園 8 1 0-1 [790]

評価

2018年、読売ジャイアンツ時代、東京ドーム

菅野が鶴の台小学校時代の時に所属していた地元の軟式野球チーム・東林ファルコンズの当時の監督は小学生の菅野について「1年生のころからポジションは基本的にピッチャーです。体も大きかったし、球も速かった。少年野球は変化球が禁止なので、基本的には球の速い子がエースになる。智之も、そういうタイプでした」「菅野のお父さんにもチームのコーチをお願いしていましたが、練習中はあくまでも一人の選手として指導してくれていました。もちろん、自宅に帰れば個人指導や練習を見たりはしていたんでしょうが、チーム内ではしっかりと「線」を引いてくれた。私たちも必要以上に彼の家のことは意識せず、他の子どもたちと同じように指導していました」と話し、チームの指導者、そしてチームメートは当然、少年時代の菅野が有名監督の孫で、スーパースターの甥っ子であることを知っていたが、菅野はチーム内で「特別扱い」されるようなことはなかった。小学6年生になると、菅野はチームで「エースで4番」を任されるようになる。ただ、決して「怪物」のような選手ではなかったというのが、当時の指導者の共通認識だった。監督は「先ほども言ったように、球は速いんです。ただ、細かなコントロールはまだなかったし、バッティングも当たれば飛びますが、空振り三振も多かった。体格に恵まれていたぶん、他の子どもたちと基礎体力やパワーはありましたが「技術」や「センス」が飛び抜けているという印象はなかったですね」と当時は評していたが、菅野が成長し、頭角を表していくのを見て「良い指導者やチームメートにも恵まれて、どんどん成長したという印象です。高校入学以降はプレーを直接見る機会は減りましたけど、3年生のころには『ドラフト候補』といわれるようになりましたからね。正直、『あのトモがここまでの選手になるなんて』という気持ちはありました」と今や日本を代表するエースにまで成長した菅野に対して評価を改めたという。その一方で、当時とほとんど変わらない面もあるといい「顔もあまり変わっていないんですが、マウンド上のしぐさや表情なんかはあのころのままです。打たれた時に見せる顔なんて、本当に小学生のころと同じで、テレビを見ながら笑ってしまうこともあります」「不思議な感覚ですね。見た目も別人なら『成長したな、別世界の人間になったな』と思いますけど、当時の面影や雰囲気はそのままなのに、巨人や侍ジャパンのユニフォームを着て、東京ドームで投げているわけですから」「トモの『血筋』は、確かに特別です。ただ、小学校、中学校までは地元の野球チーム、地元の中学校でプレーをした。いわゆる『普通の野球少年』と同じ環境で成長して、あれだけの選手になった。これからも、相模原の野球少年たちの憧れの存在でい続けてほしいですね」と評している[791]。

スポーツ記者の西尾典文はアマチュア時代の菅野の実力について、2006年の東海大相模高時代はプロフィールは180cm、70kgとなっているように見るからに細く、当時の西尾の取材ノートにも「投手らしさはあるが、上半身と下半身が上手く連動していない」と書いていた。この時は完全にチームメイトの田中広輔の方が目立っていたという。2007年の夏にはだいぶ身体つきは立派になり、ストレートもコンスタントに140キロを超えるようになっていたものの、「同学年で関東ナンバーワンと言われていた唐川侑己と比べるようなレベルではなかった」と菅野に対しての評価はあまり高くなかったという。そんな菅野の印象が大きく変わったのは、東海大2年の春からだったといい、「1年からリーグ戦でも結果を残していたが、この頃から明らかに腕の振りが強くなり、ボールの勢いも見違えるようにアップしていたのを覚えている。ストレート、スライダー、カットボールと投げているボール自体は素晴らしいもので、資質の高さを感じさせた」、「大学生の場合は下級生の頃に素晴らしいパフォーマンスを見せていても、4年生になると勤続疲労や実績をすでに残したという安心感からか、成績を落とすケースも少なくない。しかし菅野の場合は、3年、4年と学年を経るにつれて安定感が増していったというのも特筆すべき点である。4年春には雑誌の取材で1時間以上インタビューする機会もあったが、その話しぶりからは身体作りやフォームについても将来を考えて取り組んでいることがよく伝わり、意識の高さには驚かされた」と当時のことを話し、「高校時代にはそれほど注目されていなかった投手が球界を代表するエースにまで成長した背景には、一貫して野球に対して意識高く取り組んできた姿勢があったことは間違いないだろう」と評している[792]。

野村克也からは「自分をわかっていて、頭を使える投手」「普段は辛口評論の私も、文句のつけようのないのが巨人の菅野智之だ。毎回“これぞエース”と唸るような投球を見せられる。自分有利のカウントに持ち込み、バッターを自在に料理する。ピッチングのお手本といえる」と評されている[793][794]。特に2018年のクライマックスシリーズでのノーヒットノーラン達成時の投球を見た際は「ピッチングと会話ができる投手。これ以上に楽しい投手いないよ。俺も引退したけど、受けてみたくなる投手。」と賛辞を送った[795]。このノーヒットノーランに関して菅野自身は巨人の公式インスタライブに炭谷銀仁朗と出演した際に「インパクトは強いかもしれないけど達成感はあまりなくて。そのくらい調子が悪かった。丁寧に投げようとは思っていたけど最後まで球は切れていなかった」と告白。このシーズンは登板間隔が短いことが多く、疲労困憊の状態だったという。次の登板も見越して一軍投手総合コーチの斎藤雅樹に「しんどい」と打ち明けたが「ヒット1本も打たれてねーぞ」という返しだったため、捕手の小林誠司に「ヒット打たれないと代えてもらえないから早めに打たれようぜ」と告げたエピソードを披露し、炭谷も「珍しいパターンのノーヒットノーランやね」と驚いていた[796]。

伊勢孝夫は菅野のピッチングの特長に関して、失投が極めて少ない、集中力の持続がほかの投手と大きく違っている、外角低めへのコントロールがずば抜けているなどを挙げている[797]。

長年バッテリーを組んだ小林誠司からは「ただ速い球、凄い変化球を投げているだけじゃなくて、考えて投げている。間を使ったり、それがピッチングだと思う。強弱の入れどころとか、若い選手には参考にしてほしい」と若手が見習った方が良い投手と評価されている[798]。

吉見一起は記者から自身が凄いと思う投手について質問された際、菅野の名前を挙げ、「やっぱり圧倒的に凄いですよ」「ストレート、変化球、それぞれボールもいいですけど、何よりマウンドでの風格があるんです。度胸があって自信を持って投げている。ふてぶてしさというか、いい意味での憎たらしさというか。そこが一番いいですね。投手にとっては大切なものですし、本当に投手らしい投手だなと思いますね。」と評価している[799]。

天谷宗一郎からは「私も現役時代に菅野投手と何度も対戦したんですけど、歳を重ねるごとにレベルアップしている。入ってきた当初からレベルの高い投手であったことは間違いないんですけど、そこからいろんな投球フォームの変更、試行錯誤しながらだと思いますが、一つも無駄にしていないんじゃないかなというのが顕著に出ているピッチャーだと思いますね」と歳を重ねるごとに進化していると評価されている[800]。

田原誠次は菅野について「(菅野は)いろんな面できちっとしていることです。先輩に対しても間違っていると思えば、的確に指摘できる。気遣いも一人前でした。外国人が相手だろうと、知りたいことがあればカタコトの英語でコミュニケーションを試みる。プロ意識が高く、わずかな可能性だったとしてもケガのリスクを回避する判断ができる」「菅野の自主トレは、練習を朝5時半から始め、フリーとなる午後からは毎日のようにゴルフに出かけていた」と明かし、田原は「菅野は体力面も一流だったのだなと実感します。ハードな練習をこなし、ゴルフを楽しみ、たくさん飲んで食べて、翌日もしっかりとトレーニングする。病気にかかることもない。ベテランになった今もメジャーリーグで一線級として戦えているのも、体力的な要因が大きいのではないかと思います」と評している[801]。

山口俊は菅野のことを「智之は天才というより努力の人」と表現している。菅野の制球力ついて、毎回同じ投げ方をする再現性が極めて高く、直球だけでなく変化球も含めて安定した投球フォームを維持できているという。山口は「直球は良くても変化球の制球が悪い、とかいろいろあるんですけど。彼(菅野)はスライダーもカーブも含めて、全球種の精度が高い。それがすごさ」「カウントによって、この球種は投げたくないというのは、ピッチャーなら絶対にある。特に3ボールからストライクを取りにいく場面では、スライダーかストレートかカーブの3択になることが多く、フォーク系は使いにくいが、(菅野の場合は)一級品の球種が3~4種類あるため、3ボールから、カーブ、スライダー、ツーシーム、フォークを投げられる。これが本当に強み」「(なかなか結果を残せない投手)は、直球とスライダーの2球種しかないケースが多い。外角への直球は、正直みんな投げられるんですよ。(菅野は)すべてをコントロールできる」とあらゆる球種を自在に操れる制球力こそが、菅野の凄さと評価している[802]。

マイルズ・マイコラスからは「マウンド上での存在感もあるし、何より投球術に優れている。三振を取りたいところで取れるし、併殺に仕留めたいところでは凡打を打たせる。僕も彼のスタイルに学んだところはたくさんあるんだ。日本では押しも押されもしないエースだよ」と、投球術を評価されている[803]。

MLB投球分析家のロブ・フリードマンは菅野について、ザック・グレインキーと投球フォームが似ていると話し、自身のSNSに、2人の投球フォームを重ね合わせた動画を公開し、テイクバックの小さいフォームで、小気味よく直球を次々と投げ込む。リリースの際の腕の位置やフィニッシュの足の形もかなり近いものを感じると評している[804]。また、ギャレット・ジョーンズも菅野の投球タイプについて、グレインキーに似ていると話しており、ジョーンズは「(菅野は)コントロールがいいし、球が動く。(メジャーに)行っても活躍する」と評している[805]。

スコアラーの志田宗大は「おそらく僕の在籍期間で(菅野は)一番(データに)興味があって、そこにトライして、それを利用していた選手」と話し、菅野は登板の2日前に必ずブルペンに入り、そこに必ず計測機器を持ち込んで今の自分の状態を知るってことを必ずやっており、試合でのデータも含めて自分の調子、感覚とボールがどう一致したのかということを継続してずっとやっていたという。そしてそのデータを新たな球種の習得に向けて積極的に活用していたといい、「(菅野は)スライダーというのが大きな武器だったんですが、1つ弱点を言えばフォークボールという球種を持ってなかった。 それを覚えるために計測機器を利用したというところがあります。実際に取り組んでみてなかなかうまくいかなかったんですけど、あるとき急に自分の感覚とデータが一致した。それがすごく力になって、メジャーに行く前年(2024年)にスライダーではなくフォークが決め球になった」と明かし、理想的な軌道を描いているかどうかを表す「縦横の変化量(回転数・回転軸)」を菅野は研究し続けて、フォークボールを習得したという。志田は「トップレベルの選手でもそういうふうに自分と向き合って、データと向き合って、ボールを改良していった。僕はこの仕事を14年やってますけど、(菅野が)一番の選手だったかなと思ってます」と評している[806]。

ダルビッシュ有は平成最強格の投手達の中に菅野の名前も挙げており[注 16]、WBC日本代表合宿で菅野の投球を見た際は、「全球(全球種)同じような感じでリリースしていた。やっぱりいい投手」と評している。また、ダルビッシュは「(菅野は)最初にファイターズから指名されて、1年浪人して、そこからすごくプレッシャーの高いジャイアンツに入って…。原監督との関係もありますし、期待も高い中であれだけの成績をずっと残してきて、エースとして君臨してたわけですから」「自分はそういうこと経験したことない。道のり、めぐってきたというところに自分はリスペクトを持っています」と菅野について語っている[807][808][809]。

伯父の原辰徳は菅野が2年連続で沢村栄治賞を受賞した際「トモはね、投手として、プレーヤーとしては僕の現役時代をもうとっくに乗り越えた選手になっていますよ」と語っている[810]。

人物

菅野智之のNPB通算1500奪三振記念ユニフォームTシャツ(2024年)

2020年に漫画家の寺嶋裕二と対談し、寺嶋から「理想のエース」について質問された際は、「周りが求めていることに、そのつど応えていく。その日その日で、今日はいけるところまでいってみる。それでチームメイトが、「お前がマウンドを降りる時は、チームが負ける時だ」と言ってもらえるような投手」と菅野は答えている[726]。巨人のエースナンバー「18」については「言葉で表せないぐらい重みがある番号。前年(2018年)のオフに原監督から『来年からどうだ、18番』と言われ、簡単に返事ができなかった。『考えさせてください』と。気軽に返事をしていいものじゃないと思った」と背番号「18」を背負う決断に時間がかかったという。エースの重圧に対しては「過度に背負い込んでも、自分の力で何かできることじゃない。それより、その試合を勝つこと。先制点、四球を与えない、無駄な進塁をさせない。やるべきことは変わらない」と向き合ってきたという[811]。また、巨人からMLBへ移籍し、巨人のエースの重圧から解放された際、「毎日、球場に来るのが楽しいっていう感覚は(MLB・オープン戦終了後の)今でもあります。日本にいるとやっぱ苦しいが勝っていました。もちろんシーズン始まって、こういう(大量失点してしまう)試合になればやっぱ苦しいと思うのでしょう。でも、その中でも新しいことに挑戦し、毎日勉強だっていうふうに自分に言いきかせて、やれていること自体が素晴らしいことだと思う。感謝しなきゃいけないことであり、その気持ちは忘れずに一年間完走したいなと思います」と明かしている[812]。

「原貢の孫、原辰徳の甥」という立場については「いやなことのほうが多かった」と話し、子どものころは「原辰徳の甥なのに大したことないな」と陰口をたたかれたこともあれば、「原辰徳の甥なんだからうまくて当たり前だ」と皮肉を言われたこともあったという。ただ、それでも「そこは自分の中のモチベーションでもある。『菅野智之』として認められることを、ずっと目標にしています」と語っている[45][677][58][553]。高校3年時には周囲からプロ入りも勧められていたが「原監督の甥だからプロに行けたと思われるのがイヤだったんです。大学で文句なしの実力をつけてプロに行きたい」として進学を選んだという[45][58]。伯父のもとでプレーすることについては、2011年のドラフト会議後に「小さい頃には一緒にできたらいいなというくらいしか思ってなかったのが、大学にいってある程度実績を残せるようになって、それが夢ではなく現実となるように自分の中で思い描いていたのはある」と話した[813]。また、2025年2月のインタビューで、「逆境に負けない力の源、その一番の原動力とはなんなのか?」と質問された際、「根底にあるのは反骨心というか。言い方悪いですけど、やっぱり“原辰徳の甥”って言われることが…やっぱりいい気持ちはしなかったんで、僕は。いつか“菅野智之の伯父さんって原辰徳なんだよ”っていうふうになるぐらい頑張ろうってプロに入った時に思ったので」「まだそこに行けてないかもしれないですけど、はい。一つの目標ではありました」と語っている[814]。

ファンから「野球選手になっていなかったら何していたと思いますか?」の質問に、菅野は「ゾッとしますね。僕、小さかった頃は仮面ライダーでした。仮面ライダーになるって言ってたんですけど、野球を始めて野球選手になりたいって言ってからは、絶対になれるもんだと。たぶん野球選手になるんだろうなって勝手に思っていました。だから他の夢を考えたことがなかったです」と答えている[815]。

巨人では、2015年から2019年、2024年は同い年の小林誠司とバッテリーを組むことが多く、小林と組む時はメディアで「スガコバ」の愛称で呼ばれ[816]、2020年から2023年までは大城卓三と組むことが多く、その際メディアでは「スガシロ」と呼ばれていた[817]。オリオールズでは、アドリー・ラッチマンとバッテリーを組んだ際は、日本メディアから「スガッチマン」と呼ばれていた[818]。また、自身と組んできた歴代の捕手に関して菅野は「やっぱりプロ野球の厳しさは阿部さんに教えてもらいましたし、バッテリーで抑えるんだということは小林誠司に教えてもらった。また違うアメリカでの配球だったり戦い方はラッチマンに教えてもらったなと思う。それぞれキャッチャーに良さはある。いろんな人に感謝を伝えたいなと思います」と話している[819]。

2024年に自身が35歳のシーズンで15勝を挙げ、3年間(2021年 - 2023年)の絶不調から復活した。これに関して菅野自身は「15勝という今季の成績を、不思議とできすぎだとは思いません。昔みたく馬車馬のように180イニング、190イニング、200イニングというわけにはいかないけど、自主トレから自分のことを見つめ直して頑張ってきたという自負はある。充実したシーズンになったと思います。右肘の故障で出遅れた昨年は4勝に終わりました。自分の中では2021年くらいから緩やかに状態が落ちていっている自覚はありました。年齢的なものもあるし、ここから自分の投球スタイルを確立していけばいい。そうやって逃げ道をつくっていたけど、どうにもならなくなったのが昨シーズンでした。体はどこも痛くないのに、ブルペンでは134、5キロしか出ない。このままだと終わる。一から自分を変えなきゃいけないと久保コーチに泣きついて、そこから始まりました。正直、今までは「必要とされている」という感覚になったことがあまりありませんでした。ほっておいても成績は残していただろうし、抑えて当たり前という雰囲気がありました。ただ、今季投手コーチとして内海さんが帰ってきて、就任後に真っ先に自分の名前を挙げて、「気持ちも理解できる」と言ってくださいました。その後、杉内コーチも交えてご飯に連れていってもらい、初めて、本当に僕のことを思って言葉をかけてくれていると思えた。ダメになってしまった僕のために、これだけ思ってくれる人を裏切れない。2人のために「絶対来年は」と思ってオフに入りました。もう一つ、力になったのはもともと僕のファンだったという、男子ゴルフの中島啓太の存在です。昨年7月17日のヤクルト戦で1回持たずに6失点し、「これでもダメか」と思っていたときでした。そのころ賞金ランキングでトップに立っていた彼と会食した際、僕に対して本当に目を輝かせてくれるんです。情けない。こんな自分を応援させちゃいけない、というのも原動力になりました。僕は一軍にいない時間を、プラスに考えたくありません。打たれようが何しようが、一軍に居続けることがすべてだと思ってきました。でも去年のあの期間は、間違いなく重要な時間だった。野球人生というより、人として生きる上で糧になったと思います。今年はキャッチャーが同い年の誠司に代わり、新鮮な感覚で投げられました。最近、同級生がみんな引退していくのを見て、あと何試合投げられるのかなと思うことがあります。そういうのを考えると、誠司は「苦しい」ってなるみたいで、試合の度に「緊張するわ」「どうしよう」っていうから、「誠司、どうせやるなら楽しんでやろうよ」と。オールスター明けくらいから、試合前のブルペンが終わってグータッチするときに「よし、今日も楽しんでいこうね」というのが2人の合言葉みたいになっていました。今年に関しては、誠司の存在が大きかった。この一年僕を引っ張ってくれた誠司には感謝したいです」と明かしている[820]。

2017年のWBCの準決勝のアメリカ戦(ドジャー・スタジアム)で投げたことで、メジャーリーグで投げることが自身の夢になったといい、それから8年後にメジャーリーグ初登板の夢を叶えた[821]。メジャー移籍後、オリオールズの地元局から「対戦を楽しみにしている打者」について質問された際は大谷翔平とアーロン・ジャッジの名前を即答で挙げ、そのシーズン中に2人との対戦も実現している[822][823][824]。また、ルーキーイヤーの9月にはジャスティン・バーランダー、クレイトン・カーショウ、マックス・シャーザーと、それぞれメジャー通算200勝以上している現役投手達と3試合連続で投げ合い、菅野は「2年前(2023年)の自分に、教えてあげたいと思います。『2年後、バーランダー、カーショー、シャーザーと投げ合ってるよ』って。それくらい夢のような対戦だし、いい時間だったと思います」と語っている[825]。

好きな食べ物はチャーハンである[826]。中華料理とお酒が大好きで、休日にはぶらっと1人で町中華の店に通っていた。「僕の町中華の定義は、2000円まででおなかいっぱいになる店」と語り、1人で飲むのが好きで、脂っこい料理をビールで流し込むのがたまらないと話している。しかし、それを行うと次の日に体調が悪くなるため、2024年からは優勝までは飲まないと決め、シーズン中は禁酒をしている[827]。

2018年に東海大学野球部が首都大学野球春季リーグ戦で優勝を果たし、全日本大学野球選手権大会への出場権を獲得した際、菅野は後輩たちのリーグ優勝を祝うとともに全国大会に出場する後輩たちを応援しようと、プロ野球選手も使用するメイプルの木で作られた木製バット50本を東海大学野球部に贈っている[828]。

巨人時代は毎年ファンにサプライズでサイン会を開いていた[829][830][831][832]。MLB移籍後もファンへのサイン会を頻繁に行なっている[833]。

趣味はゴルフで、大学4年時にはベストスコア100を記録している[834]。またゴルフ繋がりで松山英樹や中島啓太とも親交があり、中島は2024年1月に合同自主トレをしている[835][836]。

絵画が好きで、自身がタイトルを獲得するたびに絵を買っており、自宅の絵を見ると「あの年に獲った時のものだなと思い出せるようにしていました」「(獲得したタイトル・主要表彰が多くて)今は絵を飾る壁がなくなってきた」と明かしている[837]。

ゲームもよくやっており、城とドラゴンの公式動画にゲストで出演している[838]。他にもプロ野球スピリッツや実況パワフルプロ野球の公式動画にも小林誠司と共に出演している[839][840]。

全国高等学校野球選手権大会が好きで、甲子園で活躍した選手が何処の球団に行くのか気になり、毎年プロ野球ドラフト会議をテレビで見ている[841]。

『クレイジージャーニー』のファンで、キャリーバッグにはクレイジージャーニーのステッカーを貼っている[842]。

千日回峰行を達成した塩沼亮潤のことも尊敬している。千日回峰行について「いやもう想像を絶するというか、自分たちも高校野球の練習とか、死ぬほどきつかったりとかありましたけど、これはできないなと思いました」とコメントしている[842]。自身がプロ通算100勝を達成し巨人の後輩たちからお祝いされた際、塩沼から動画でお祝いメッセージと共に、塩沼がしたためた書をプレゼントされている[843]。

毎年母の日に母、祖母、親戚の叔母などお世話になっている人にカーネーションを送っている[844]。

小学校入学前と小学3年生の時に交通事故にあっており、1度目は歩行中に車にはねられて骨折し、入院を強いられる大事故に見舞われたという。2度目は、事故直後は意識がなくなるほどの激しい事故で、壮絶な記憶として、今も脳裏に焼き付いていると明かしている[845]。

2025年にMLBの企画で、日本出身選手12人[注 17]のそれぞれの出身地やゆかりの地に特製マンホールカバーを設置するプロジェクトが行われ、菅野がデザインされたマンホールはサーティーフォー相模原球場に設置された[846][847]。

家族・親族

祖父の原貢は人生初のキャッチボールの相手だった。6歳の時に貢が投げたボールが顔面に当たって泣いたが、貢が自宅にピッチャー板を埋めこんでくれ、毎日投げていた。悪ければ叱られ、良ければ褒められていた。「自分のじいちゃんが怖いとか、厳しいという感覚を持っている人は少ないと思う。でも、自分はそれが当たり前と思って、生きてきた。相当な覚悟があって、育ててくれた」と感謝しかなかったと語っている[848][849]。菅野が高校1年生の時に右肩を怪我してしまい、野球を本気で辞めようと思い、父、母、祖父の貢にそれぞれ相談をした際、「最初に父親に連絡したら『泣き言言ってんじゃねぇ。そんなんだったら辞めちまえ』と言われて、その後にお母さんに連絡したら『もうちょっと頑張ってみたら。でもそんなに辛いんだったら、そんな思いをしてまでやる必要ないよ』って言ってくれて、最後にじいちゃんに連絡したら『ピッチャーだけが野球じゃねえんだから。智之はバッティングも良いんだし、考え直してみろ。ピッチャー以外で野球を続けるっていうことも考えてみろ』と、前向きな話をしてもらって。そしたら2日後くらいに肩がパッと痛くなくなった」「そこでもし全員が辞めろ、辞めろって言っていたら、多分辞めていただろうし」と祖父の言葉で野球を辞めずに踏みとどまれたことを明かしている。貢が2014年に亡くなった後、菅野はそこから試合のマウンドに立つと、空を見上げるようになり、「亡くなってからは必ずマウンドに立つ時は必ず空を見上げて、その時の気持ちを伝えようと決めて。それだけはずっと僕の野球人生が終わるまで続けていこうと思っています。空から見てくれているなと思うので」と話している。また、2025年にメジャー挑戦のためにアメリカに来た時に日本から持って来たものは「じいちゃんの写真ぐらい」と言い、菅野は挑戦について「人生では欠かせないものというか、野球だけに限らず、そうだなって思っていて。おじいちゃんが『もう死ぬまで挑戦だ、ずっと』って言っていたことを思い出しました」と語っている[850]。

2017年のWBC前の代表合宿に伯父の原辰徳が訪れた際、辰徳は菅野に「原家のDNAを信じて頑張りなさい」とエールを送っている[851]。また、菅野はMLB移籍前に、辰徳にMLB球団との契約について相談をしており、辰徳からは「何年契約してくれないとイヤだとか、そういうケチくさいことは言わない方がいい。まず1年で勝負だ。その1年の中で頑張れば、いいチームが選んでくれるよ」と、とにかくメジャーの戦場に立つことを最優先にするようにアドバイスをされた[852]。その後、無事に菅野のMLBへの移籍が決まり、報道が出る前に菅野が辰徳に連絡をした。その時のことを菅野は「すごい喜んでいましたし、『頑張って来いよ』と背中を押してもらったので、成長した姿を見せたい」と話している[853]。2025年7月に辰徳が菅野の両親ともに菅野の登板試合を観戦するためにオリオール・パーク・アット・カムデン・ヤーズ球場を訪れている[854]。

母の菅野詠美は原家の中で1番運動神経が良く、貢は「ウチで一番、運動神経がいいのは詠美。もし詠美が男だったら、ひょっとしたら辰徳以上の野球選手になっていたかもしれない」と生前話していた[855]。また、詠美の中学校時代の同級生に六角精児がいる[856]。

父は東海大相模高校、法政大学でプレーし、ドラフト候補に名を連ねたこともあるアマチュア野球選手だったが[857]、怪我で結果を残せず、プロ入りは断念した。菅野いわく、とても厳しい父親だったらしく、幼少期は毎日朝5時から自主トレをさせられた。食事も体を大きくするために、毎食大量の食べ物が出され、完食するまで許してもらえず、完食後も無理やり牛乳を飲まされた。とにかくたくさん食べろと言われ、好き嫌いしたら怒られた。菅野は当時、食事の時間が1番嫌だったと明かしている。高校1年生の時に怪我で野球を辞めようとした時は父から激怒され、そのことを母親の詠美に相談したら、過去に父が怪我でプロを諦めたという苦い経験から、もともと線が細かった菅野が怪我に苦しまない体にするために厳しくしていたことを聞かされた。プロ入り後も父から褒められたことがなかったが、2013年の日本シリーズの第6戦でシーズン無敗だった田中将大に菅野が投げ勝った時に、テレビで観戦していた父が「智之はすごい」と褒めたのを詠美だけが聞いており、詠美が「今日くらい直接褒めてあげたら?」と夫に言うと、「あいつを褒める時は引退する時だ」と答えたという。こうしたエピソードからメディアでは「リアル巨人の星」ともいわれている[858][859]。アマチュア野球を引退後は不動産関係の仕事に勤め、その後は馬主にもなっている。2024年10月に所有馬がJRAで初勝利を挙げている[860][861]。

交友関係

小林誠司とは親友で、プロ11年間(2014年 - 2024年)で144試合で共に先発バッテリーを組み、76勝。勝率は.679にのぼる。小林はインタビューで、「僕は東京ドームの広島戦(2014年4月10日)で智之と(公式戦で)初めてバッテリーを組んで、(一緒に)初めてお立ち台に立ったんですよ。『お立ち台に一緒に立てたらいいな~』って言ってたらすぐ立てたし。思い出は多い。ノーヒットノーランも2年連続(2017年、2018年)の沢村賞も、バッテリー賞もあるし…。僕には縁がないタイトルですけど、智之が取ったタイトルは結構僕も携わらせてもらっていて、自分のことのようにうれしかった。感謝しかないです。同級生ですけどすごい面倒を見てもらって、大事な存在ですし、僕がこの世界で戦うのにいないといけない存在」と菅野との思い出を話し、さらに小林はスガコバの愛称に関しても、「ありがたかったですね。智之と一つにしてくれて。智之にはいつも『ありがとう。おかげさまで』って言っていますけどね(笑い)。もう智之が何が言いたいかとか分かりますよね。マウンドだけじゃなくて『あ、これ嫌なんやろな』『合わせてるだけやん!』とか(笑い)。若い時から2人でご飯に行ったりいろんなことしましたし、ズッ友(ずっと友達)みたいな存在です!。最後(2024年シーズン)に智之と組めたことは監督や周りに感謝です」と語り、来季(2025年シーズン)からは、二人三脚で歩んできた菅野はいないことに関しては、「だいぶ寂しいです。でも、同級生の丸と一緒に応援したいなと思います。寂しいですけど、かけがえない存在。それはアメリカに行っても変わらない。ずっと見てるし、応援してる。みんなも応援してくれてると思うんですよ。これだけ頑張ってくれましたし、残してくれたものってたくさんあるので。僕も頑張ります」、「僕も智之から教えてもらったこと、感じた部分は後輩たちに教えていきたい。僕自身ももがいて頑張るしかない。もがいて、ガムシャラに自分らしくやっていきます」と菅野への感謝の思いを明かしている[862]。

坂本勇人に対して「投手、野手で違うし比較はできないですけど、何とかこの人に認めてもらえるように頑張ろう、と思ってやってきました。年が近いこともありますし、どうすればチームが強くなるのか何度も一緒に話をして。僕にとって唯一、思いを共感してもらえる存在です」と尊敬している。坂本から「お前3年やって本物だからな。3年やるまで俺は認めねえぞ」「俺の年俸を抜いたら認めてやるわ」と言われ、菅野が実績を残し、坂本の年俸を抜いた時に半分冗談、半分本気で「勇人さん僕、勇人さんの年俸抜いたんだけど認めてくれた?」と聞くと坂本から「もうとっくの昔に認めてるわ」と言われ「あの言葉は鮮明に覚えていますし、うれしかったですね」と語っている[863]。また、菅野が2020年オフにポスティングを使い、メジャー移籍を目指すことを坂本に伝えると、坂本から「まじか」「お前、俺を1人にするんか」と言われ、菅野は「冗談だと思うんですけど、顔が真剣で」と当時のことを話している[864]。しかし、MLB球団と交渉するもコロナ禍で上手くいかず、巨人残留を決めて、坂本だけにはすぐに報告すると、坂本から「(巨人の)最強の補強や」と励ましてもらったという[865]。その後、2024年12月に海外FA権で菅野のMLBへの移籍が決まった。その際、坂本は菅野に対して2025年1月のインタビューで、「これだけ共に戦った後輩がいなくなるのはめちゃくちゃ寂しい」と心境を語り、巨人時代の思い出で「(菅野と)本気で何回もケンカしたこともありますし、本当に言い合いをしたことも何回もあるので。そういう選手って1人もいないかな。若いときはめちゃくちゃ文句言いまくってました」と明かし、菅野から坂本に再度アメリカ行く相談をされた際も『勇人さんには一番言いづらかった』と言われ、「文句言われると思ったんじゃないですか(笑)。唯一無二っす、智之は」と話している[866]。

子供の頃の憧れの選手に、上原浩治を挙げ、「テレビで見ていてほんとにすごいと思ったし、僕もあんな投手になりたいと思っていましたよ」と答えている。その上原とは2018年から2019年途中までの間に巨人でチームメイトになっている。また、2018年のクライマックスシリーズファーストステージ第1戦でヒーローインタビューに選ばれた上原が、インタビュアーに「明日はエース菅野投手です。どんなピッチングを期待しますか?」と質問された際、「(明日は)1人で投げきってください」と答え、菅野を激励した。次の日に菅野はNPBポストシーズン史上初のノーヒットノーランを達成し、先輩からのリクエストに見事応えた[867][868]。2024年12月に菅野がオリオールズへの移籍が決まった報道が出た際、すぐに上原から「なんでも分からないことがあったら言ってね」と連絡がきたりと、上原が引退してからも交流が続いている[869]。また、菅野と上原は共通点も多く、浪人経験者、巨人、背番号「19」、オリオールズと経歴が似ており、上原は自身が出演しているサンデーモーニングで「経歴も似ていますよね。プロ入る前に僕は大学浪人していますけど、彼はプロ入る前に1浪していますし、経歴というのは似ているかな。ジャイアンツ、背番号も一緒でしたし。気になりますよね、どうしても」とコメントするなど菅野のことを気にかけていると明かしている[870]。2025年2月に菅野のオリオールズでの背番号が「19」に決まった際に、菅野の方も「この上ない番号だと思います。最初にリクエストさせてもらったんですけど。上原さんへの憧れもありましたし、色んなものを含めて、いい番号をもらえたなと思っています」と明かしている[871]。

菅野は自身を不調から復活させてくれた久保康生のことを「心を支え、復活を支えてくれた恩人」と語り、「久保コーチがいなければ今の自分はいない」「(最初は)フィルターがかかって、(久保からの助言を)素直に聞けなかった。その時の自分を殴ってやりたい」「久保コーチの出会いに感謝しないといけないし、教えてもらうことを全て受け入れて、今の自分はもう過去にしようとその時、僕は思いました。本当に1からですよ」と久保に対して感謝をしている。久保によると、初めの頃は菅野は久保の言うことを素直に信じられず、助言を聞き入れてくれるまで時間がかかったと言う。そこで久保は「彼(菅野)には失礼なことをずいぶん言った。お金も稼いで名声も何百勝も、と言ったら、菅野が『いえ、そんな事ない』『全然満足していない。これからですよ』って言ったから、じゃあ、やろうよと。本当にけんか上等やないか、みたいな。やってやろうやないか、両者ともスイッチみたいなものはあった」「プレートに対するアプローチの仕方、投げる前の目線の場所、プレートの位置、これを変えたら彼は劇的に変わる。だから僕は簡単に変われるよって話をした」という。投げ方ではなく立ち方を意識し、これまで投球開始時に、後ろにあった左足をプレートの前に置き、立ち方を変えることでキャッチャーへの目線が変わり、一連の動作がスムーズになり、菅野の球速も戻ってきた。菅野も「これって昔、自分がやっていた事だよなと、意識してきた事だよなとか、そういうのが頭で分かってきて」「こんなに応援してくれる人がいるのに、ここで頑張れない男はダメだと自分を奮い立たせて臨んだ(2024年)シーズンでした。久保コーチが僕を見捨てずにやってくれた。ネットスローも何年ぶりにやったかな」とリスタートし、復活を果たせた[872]。

長野久義とはアマチュア日本代表(2009年)と巨人(2013年 - 2018年、2023年、2024年)でチームメイトになっており、仲が良い。自身が3年間の野球人生最悪のスランプを味わっている時に長野から「俺は智之がメジャーで投げているところを見たいな~」「まだ全然いけるよ」と励ましてもらい、この一言で再びメジャー挑戦への自身の気持ちを呼び覚ましてくれたと明かしている。菅野は長野に対して「(長野は)凄いスーパーポジティブな人だから。あの人は凄いのよ…人を前向きにさせる天才というか。こんな僕に夢を見てくれている人がいるんだって思いましたね」と話し、長野の方は菅野に対して「智之が19歳の時から見てますし、ジャイアンツのエースですし…アメリカで投げている姿を見たいなとずっと思っていました。体が元気であれば智之は絶対やれるなと思っていたんで。覚悟というか…もう絶対とにかく投げた試合は勝つというね。元々そういう負けず嫌いなところが凄くありますし、それが去年(2024年)は特に強かったんじゃないかなと思います。1回(メジャー挑戦が)ダメになったら、普通だったら多分、それでもうこのまま日本で終わると思うんですよ。でも、智之さすがだなって思ったのは、やっぱりもう1回しっかり日本で成績を残して向こうでプレーするという、そういう夢をかなえた姿を本当に尊敬します」と語っている[873]。2025年11月の長野の引退セレモニーでは、菅野がサプライズ登場し、長野へ花束を贈呈している[874]。

菅野は、阿部慎之助からプロで戦うための厳しさを教えてもらったと明かし、阿部からの教えの中でも特に印象に残っているのは、2013年の自身NPB1年目の対オリックス戦で、その日は初回だけで29球を要して先制もされるなど苦しんでいた。そんな中、イニング間にベンチでバッテリーを組んでいた阿部から「こういうときもあるから。長く続けていたらいいことばかりじゃない。粘ったら必ずいいことあるぞ。捨て身になるんじゃなくて丁寧にいこう」と言われ、菅野もその言葉で何とか粘って、8回2失点にまとめた。その後、9回に亀井善行が逆転サヨナラ2点タイムリーを打ってチームは勝利した。試合後、ロッカーで阿部から「粘ってたからいいことあっただろ」と声をかけられたという。菅野は、この試合で阿部から言われた助言を「今でも一番印象に残っている言葉です」と話し、そこから毎試合そのときに自分がやるべきこと、できることに集中して全力でベストを尽くすことを心がけるようになったという[875][876]。

戸郷翔征は自身が重圧でメンタルが今まで以上に落ちていた時に菅野の存在が心の支えになったと話し「一番は菅野さんの影響が大きかったです。厳しい試合で負けた時も『そんなこと野球人生ではあることだ』って声をかけて励ましてもらった」「ずっと話していたね。サウナで一緒になった時も、練習中も、いろんな声をかけてもらって。エース(菅野)の存在は大きかった」「勝ち星も菅野さんを追いかけて、いい刺激になって菅野さんのすごさを感じた。勝ちたい試合で勝てたり、大事な試合で勝てなくてもいい投球ができたり、エースとしての大事さを学んだ」「菅野さんが僕に残してくれたものの一番大きいものの一つは「エース像」だと思います。ジャイアンツを率いるエースというのはこういうものだよって言葉でも背中でも見せてくれました。まだまだそこにはほど遠いですけど自分らしい、菅野さんとはまた違う「エース」になれたらいいと思います。」と菅野のことを尊敬している[877][878]。

山﨑伊織と井上温大は理想の投手に菅野を掲げており、山﨑は「菅野さんは特に今年(2024年)、投手陣をすごい引っ張ってくれました。ウォーミングアップから先頭に立ってやってくださいます。僕にとって菅野さんは「どうしたらプロで成功できるか」を教えてくれているような人ですね。僕が投げた試合の後は必ず話しかけてくれます。前半は勝ち星も増えて、防御率も低くて安定していたけど、落ちてきたな、という時に、かけてもらった言葉を大切にしています。「もう一度、一から試合の入り方や準備の仕方を見つめ直して、すぐ良くなる可能性は低いけど、それをきちんと続けていくことで変わってくると思うから」って。状態がよくない時に、アドバイスをしてくれることが多く、感謝しています。チームやコーチは自分の調整を優先させてくれることが多いけど、菅野さんはそれがダメだと思ったらしっかり言ってくれるんです。僕にとっては東海大の大先輩でもあります。近くで菅野さんを見ていると、長く第一線で結果を出し続ける人の大事なところは分かるんです。自分も少しでも追いつけるように頑張ります!」と話し、井上は「ゆくゆくは菅野さんみたいな存在になりたいなと思います。全部が全部、そうなれるわけではないけど、勝っている時も負けている時もチーム内に伝染しないように同じ振る舞いなので、すごいです。成績も、菅野さんが勝つことで引っ張られるように先発が勝てるようになる。僕が打たれた試合も全部見てくださって、アドバイスをしてくれたり、ご飯に連れて行ってくれたり、全部お世話になっている存在です。配球の話が多く「なんであの球を選択したの?」と聞かれた時に、前まで答えは「ストライクが入るようにその球種を選びました」などでした。でも最近は「打者がこうで、次の打者がこうで何アウトだからこう投げました」と答えられるようになり、「そういうふうに考えられるようになったのは、1個ステップアップしてるよ」と言ってくれました。すれ違う時も、いつもひと声掛けてくれるので、自分からも聞きに行きやすい。そういう雰囲気をつくってくれることにも感謝でいっぱいです!」と語り、2人とも菅野を目標にしている[879]。また、菅野は後輩たちに助言をする理由をインタビューで明かしており、「(後輩たちに)4万人の中で投げる喜びを知ってもらいたいので。球団から支給された端末で、一軍、二軍を行き来する後輩選手達のファームでの投球を見て、『俺はこう思うよ』と伝えていた。配球、組み立てというのは、彼らより経験があるから」と話している[880]。

田中広輔とは高校、大学の同級生で、7年間一緒に野球を頑張ってきた。プロ入り後も会うとお互いに学生時代の思い出話が多いという。高校時代は田中は2年生春の時からレギュラーで、当時の菅野はベンチ外だった。が、そこから次第に菅野が頭角を表していき、田中は菅野の投球に関して「(紅白戦等で)高校のときは、まぁ打ててたんですけど、大学では、ちょっと歯が立たなかったですね。」と当時のことを話している。また、田中は2024年オフにMLBへの移籍が決まった菅野に対して「野球がうまくなることに対して100%、そこに集中できることが菅野の一番すごいところ」「常に上を目指して努力を惜しまないことは、高校、大学と一緒にやってきて見てきた。それを貫いてここまで来たと思う。一緒にやってきた者として尊敬しているし、うれしい」と語っている[881][882][883][884]。

伏見寅威とは東海大時代と就職浪人時代にバッテリーを組み、同部屋の時期もあったため、仲が良く、伏見は菅野に対して「大学4年間、超お世話になった先輩だから。年齢に関係なく挑戦するその姿が、野球人としても男としても、めちゃくちゃカッコイイなって。たくさんありすぎて話すのが大変なぐらい、尊敬できて学べる部分がある人です」、「一年ぐらい同部屋で。数え切れないぐらい食事にも誘っていただいて。どれだけ疲れていても『やる』と決めた事は必ずやる人。オンオフもすごくきっちり使い分けていた。遊ぶ時は全力で一緒に遊んでくれた」と感謝をしており、また、「若い時にとんでもない成績を残して、(35歳で)もう1回、ここで圧倒的な力を見せる。周りが何も言えない状態をつくり上げて(メジャーへ)行くところも菅野さんのかっこよさ。刺激を受けました、ものすごく」、「菅野さんが『もうひと花咲かせたい』って。もう何花も咲かせてる人がね。菅野さんでもずーっとそういう気持ちでいるわけ。(歳は)1個しか変わらない。俺もまだまだここから、そう思えた」と話している[885]。さらに伏見は、2026年のインタビューで、自身が大学2年の時に、大学日本代表に選出された際、チームメイトになった当時の正捕手を務めていた選手に憧れ、そこから試合では、あえて感情を表に出さないようにしたという。しかし、ある日の試合中に、菅野からいきなり呼び止められ、「らしくない。それはおまえの良さを消している。一緒にやっている側もいい気持ちがしない」と言われ、そこからは試合中でも感情を出すようになったという。菅野について「バカやって騒いだりするけど、野球には本当熱い人だった」と語っている[886]。

2011年に、共に大学ビッグ3と呼ばれた同期の藤岡貴裕、野村祐輔と、3人一緒に写真を撮っており、藤岡はその写真を一番の宝物だと言っている[887]。菅野の方も藤岡が2019年に日本ハムから巨人に移籍した時に「困ったことがあれば頼ってほしいです。彼も色んな思いがあると思う。きっと力になってくれると思うので、一緒に頑張りたいなと思います」と話すなど仲も良い[888]。

西勇輝とは師弟関係で、西からは「師匠に勝てないですね、ずっと。勝ち星の違いも、こういうシチュエーション(優勝争いの中)でしっかりものにできるピッチャーなので。ギアの入れ方、配球、奥行きだったり、見てて勉強になる」と尊敬されている[889]。

則本昂大とも普段から仲が良く、則本からは兄貴と慕われており、互いに尊敬している関係である。菅野が沢村賞を受賞した際、則本は「尊敬する菅野さんが獲得したから、僕も(沢村賞を)とりたいです」とインタビューに答えており、菅野も則本に対して「すごく僕もライバル意識がありますし、特別な意識を持ってくれているみたいなので、しっかり真っ向から勝負したいですね」と則本のことを意識している[890][891]。また、菅野が36歳でMLBでの2桁勝利をした影響を受けた則本が「(菅野から)勇気をもらうという言い方は失礼かもしれないですけど、(自身の36歳シーズンでのMLB移籍)チャンスがあるのであれば」と自身の海外FA権行使を決意している(その後、則本はMLBへの移籍は叶わなかったが、菅野が所属していた巨人に入団)[892][893]。

2020年に沢村賞争いをした大野雄大とも仲が良く、それと同時にライバルでもある。菅野は大野と投げ合う試合では「特別な感情がある」と意識をし、大野も「セ・リーグの中では特別な感情を持って、投げ合う投手のことを意識するのは彼くらい」と話している。また大野は「(菅野に関して)2010年代ジャイアンツをずっとひっぱってきたエースですし、年下なんですけれど、見習うところはたくさんある。すごい励みになる存在で、彼も近年、本来の投球ができていない時期があったので、今年(2024年)活躍している姿をみると励みになります」とインタビューに答えている[894]。

三嶋一輝とはNPB時代に治療院が一緒で、オールスターで会うと話したり、菅野のゴルフの冠番組に三嶋が出演したりと交流がある。三嶋は「菅野さんのことは大学時代から知っていて、法政大学で1つ先輩だった三上さんが『菅野は他のピッチャーとは全然違う』と言っていたのが最初の印象でした。三上さんがそこまで言うなんて本当に珍しかったから」と話し、プロ入りしてから菅野と話す機会があって、交流を持つようになった。さらに三嶋は「もっと近くにいたらたくさん野球の話をしたかったなと思います。僕もスライダーを武器にしていましたし、菅野さんもそう。一度スライダーについて話を聞きたくて、治療院の先生に『菅野さんに繋いでもらえませんか』とお願いしたことがあるんです。そうしたら、僕が思っていた答え以上のものをたくさん返してくれました」と明かしている。そして、「僕が今まで関わってきた中で、素晴らしい方はたくさんいますけど、ピッチャーでは菅野さんが一番だなと思ってます。ジャイアンツでエースに君臨し続けて、いいとき悪いときありながら堂々と投げ続ける姿に、僕は圧倒されてました。どこか不具合がある状態であっても工夫して投げ切ることが多々あると話してたんですよね。僕は割と故障の少ないタイプだったので『おまえが羨ましいよ』と言われたことがある。僕としては逆に『どこか悪かったんですか!?』って聞き返したくなるくらい、マウンドでの菅野さんはそんなところ一切見せなかったから」と話している[895][896]。

選手会長時代に日本プロ野球選手会の代表として小川泰弘と共に投げ抹消の問題(登録抹消期間中もFA資格日数を加算する特例創設について)に取り組んでおり、その後、無事に2024年から改善され、FAに必要な日数に6日間を加算されることになった[897]。

プロ入り後は毎年ハワイやアリゾナ州、沖縄などで自主トレをしている。過去には西村健太朗、大田泰示、西勇輝、中川皓太、藤浪晋太郎、山﨑伊織、大城卓三とトレーニングをしていた[898][899][900][901][902][903]。

新町中学校野球部の星野直人監督は菅野に対して、「うちの野球部にとって、菅野の存在はとても大きい。子どもたちの憧れであり、目標。部員が書く自己PRの欄に、『好きな選手は菅野智之』と書いていた生徒もいました」と話し、2016年オフには、読売新聞の企画で、菅野が新町中をサプライズ訪問してくれ、「あのサプライズをきっかけに、部員が増えました。一時期、2学年で14人まで減ったのが、今は3学年で38名。本当にありがたい。菅野が育ったこの野球部を弱くしてはいけないという気持ちは、常に持っています」と感謝している。また、菅野が中学生の時の新町中の監督だった内藤博洋は当時の菅野について「菅野は努力せざるをえない環境にいた。その環境が、あそこまでのピッチャーに成長させたと思います」「土日に試合をして、月曜日が休みというスケジュールでした。火曜日になると、『先生、今日はピッチャー練習をしたいので』と黙々と走っている。よく見ていたのがメモ帳。たぶん、貢さんかお父さんからトレーニングメニューを渡されていたんだと思います。中3夏が終わったあとも、一人で走っていました」と菅野が人一倍努力していたと明かしている。2020年に新型コロナウイルスの影響で、部活動が休止となった時、内藤が「子どもたちに力を貸してほしい」と菅野にLINEを送り、内藤が発案した企画で菅野の応援歌が流れている間に、素振りが何回できるかという企画を実施。相模原市内の小・中学生や教え子に声をかけた。はじめは、菅野が書いたサインボールが優勝賞品の予定だったが、それが、菅野から3ダースぐらいサインボールを贈られ、各校の上位選手にプレゼントできたという。内藤は「相模原の中学野球が衰退しないのは、菅野の存在が大きいと思います。部活動から、菅野のような選手が育った。私たちが、子どもの頃に原辰徳さんを目指したように、今の子どもたちの目標は菅野。菅野は相模原のヒーローであり、新町中のヒーローなんです」と話している[904]。

東海大相模高校監督の門馬敬治は自身の恩師である原貢から「孫(智之)がいくから頼むぞ」と頼まれ、門馬は菅野が長く野球をやるための、人生の土台を3年間でつくる。つくらせたい、という覚悟で高校生の菅野を指導していた。門馬は当時の菅野の実力に関して、「投手としては、スライダーが抜群に良かった。ストレートもスライダー系で、少し曲がるような、カット気味の球でしたが、いいボールを投げていました」と評し、指導では「智之によく言ってたのは「逃げるな」です。2年春の関東大会、鷲宮(埼玉)戦で打たれて、2対7で負けたときも言いました。智之はスライダーを投げれば抑えられるんです。でも、1ランク、2ランク上の投手にするためには、ストレートとわかっていても空振りが取れる、打ち取れる投手にならないといけない。だから、「この試合は直球だけ」と投げさせたこともあります。当然、打たれます。でも、最初から切り札を出すような投手にはさせたくなかった。最後の最後、押し迫った一番の場面でスライダーを投げ込むために、その前の球を磨いていく」と教えた。また、菅野に背番号「1」をつけさせた。これについて門馬は「背番号「1」を背負うということは、私は、何でも1番じゃないといけないと思っています。練習に取り組む姿勢、練習量。その1番をすべて集約したのが、背番号「1」です」「野球は投手の1球から始まります。そして、投手の支配率が高い。ならば、1番をつける人間が、全責任を負う。酷かもしれないけど、それくらいみんなが注目をする、仲間も頼る、それが背番号「1」の資格じゃないか、ということも智之には言いました」と話している。ただ、門馬は菅野に対して後悔していることがあると明かし、菅野が高校3年生の時の夏の神奈川大会で疲労困憊の菅野に頼りすぎたと語り、「智之が3年生だった2007年の夏は、2年生投手の調子が良くなくて、智之に頼らざるを得ない試合が続きました。5回戦の川崎北との試合も競り合いになり、結局、智之を途中から出して170球くらい投げさせてしまいました。準決勝では横浜に勝ちました。夏の横浜スタジアムでのゲームは肉体的疲労はもちろん、精神的な疲労も重なります。その夜は眠れませんでした。決勝で智之を投げさせるか、投げさせないか。悩んでいるうちに、朝になりました。(当時)選手の状態、疲労、ゲーム展開、相手の状態、色んなものが見えなくなっていました。決勝は8対10で負けました。新聞で読んだ智之のコメントが忘れられません。「早く試合が終わらないかなと思っていた」「よく覚えてない」。私の、指導者としての資質が問われるひと言でした」「夏の神奈川大会。7試合を投げきる投手なんていません。わかっています。他の投手も育ててきました。それなのに、自分の思い、欲、いろんな考えが、頭のなかで入り交じり、「智之を投げさせるのが最善」だと思ってしまいました。私の思いが強すぎた。思いが強ければ、目標に到達できる、獲得できる、達成できるとか言いますが、強すぎてはだめなんだ、と。何でも過ぎてしまうと、そこに、無理が出ます。今でも悔いが残ります。智之に申し訳ない。一生、ずっと心に刺さったままの1試合です」と当時のことを明かしている。また、門馬は菅野の件で反省をし、この年以降は、誰か1人に頼るチームは作らないように心がけるようになった[905]。

東海大学野球部監督の横井人輝は菅野について「菅野というピッチャーは、良いことだけで成長してきた子ではない。とにかく試練を与えられて成長している子だから、あいつの価値があるんです。結果的に見ると何連勝もしているし、かなりの数字を残しているけど、そのポイントになっているのは負け試合。負けるたびに成長し、課題を克服してきました」と菅野の大学での成長について話し、菅野が頭角を表し、周りから注目されるようになった際は「騒がれるようになって、果たしてこの子はどうなっていくのかと思っていましたけど、逆に彼を人間的に成長させました。後輩、周りへの気配りがすごくできるようになった。マウンドに上がると闘志をむき出しにするような姿は、入学当初はなかったんです。でも、徐々にそういうのが出るようになった。かつ、人への気配りもできる。こっちがびっくりするくらいの選手になりました」「(就職浪人後も)あいつ、今でもこの中(東海大野球部の現役選手たち)でいちばん練習していますよ。量もそうだけど、自分の身になる練習を自分で考えてやっています。辛い立場にあるのにね。他の選手も見習ってほしいです。しかも、選手たちの練習の邪魔にならないように。そういう気遣いもできる男です。本当に頭が下がります」と話している[906][907]。また、横井は菅野の特徴として「(菅野は)指先の感覚が今まで見てきたどの投手よりも優れている」と評している[45]。

社会貢献活動

社会福祉活動として、2014年から2024年まで毎年クリスマスの時期に他の巨人の選手たちと共に神奈川県伊勢原市にある東海大学医学部付属病院に行き、病室を回って入院中の子供たちにサインや写真、ジャイアンツグッズの入ったクリスマスプレゼントを渡すなどの活動をしていた[908]。

2015年から2024年まで介助犬への支援も毎年続けていた[909]。

2020年4月24日に新型コロナウイルスの対応にあたっている医療従事者支援のために原辰徳、阿部慎之助、坂本勇人、丸佳浩らと共に各1000万円ずつ計5000万円を東京都に寄付した[910]。5月6日に緊急事態宣言で小・中学生の練習自粛や大会中止を受け、中学生以下の子ども対象に巨人の公式Twitter上でものまねコンテストを開催し巨人選手(OB含む)のものまね動画を募集。菅野自ら審査委員長となり、選定100人に選手直筆サイン入りグッズをプレゼントする企画を立ち上げている[911]。8月18日には新型コロナ対策担当大臣の西村康稔の公式Twitterで感染拡大防止のメッセージ動画に丸佳浩、岡本和真、田口麗斗と共に出演した[912]。9月1日から2021年3月31日までの任期でサッカー選手のアンドレス・イニエスタ、お笑いタレントの西川きよしと共に日本政府の「コロナ対策サポーター」に就任した[913]。2021年6月8日、医療現場支援のために寄付したことから、東京都の推薦を受け、紺綬褒章を受章した[335][914]。

2022年から2024年まで、全日本軟式野球連盟を通して学童野球や中学の部活動で軟式野球に取り組む少年・少女への寄付金の支援を行っていた[915]。

2024年11月13日、2015年に「菅野基金」を設立し、「社会福祉法人日本介助犬協会」に、菅野のシーズン公式戦勝利数×10万円をベースにした支援金を寄付。19年には同協会のサポート大使に就任し、寄付支援やPR活動への協力など、多方面でサポートを継続的に取り組んできたことが評価され、ゴールデンスピリット賞を受賞した。選考委員の長嶋茂雄は「菅野投手が復活してエース級の活躍が目立ちました」と菅野を推薦し、他の委員も、社会的影響力、今季の(菅野の)好成績もプラス材料となり、満場一致で菅野の受賞が決定した。9年間で、支援金合計額は1585万円に上った[916]。

自身のMLBへの移籍に伴って、2025年からの介助犬への支援活動は山﨑伊織が引き継いだ[917]。

詳細情報

年度別投手成績

年

度
球

団
登

板
先

発
完

投
完

封
無
四
球
勝

利
敗

戦
セ
丨
ブ
ホ
丨
ル
ド
勝

率
打

者
投
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回
被
安
打
被
本
塁
打
与
四
球
敬

遠
与
死
球
奪
三
振
暴

投
ボ
丨
ク
失

点
自
責
点
防
御
率
W
H
I
P
2013 巨人 272610013600.684729176.01661037051552070613.121.15
2014 232330112500.706640158.21381236321226050412.331.10
2015 2525620101100.476710179.01481041471263046381.911.06
2016 26265239600.600726183.11561226041891046412.010.99
2017 252564317500.773713187.11291031011711036331.590.85
2018 2827108415800.652801202.01661437132003052482.141.00
2019 222231111600.647577136.11382032231200065593.891.25
2020 202033014200.875532137.197825071312033301.970.89
2021 19192106700.462465115.2901525171021041413.190.99
2022 232300010700.588596147.01381526161042052513.121.12
2023 14140004800.33331577.270101503540030293.361.09
2024 242431315300.833608156.2132616041114031291.670.94
2025 BAL 3030000101000.500675157.01733336281063185814.641.33
2026 COL 2929000121200.500656154.1167333603962095925.371.32
NPB:12年 2762744222151367400.64874121857.01568142347125215852505525012.431.03
MLB:2年 5959000222200.5001331311.13406672211202511801735.001.32
  • 2026年度シーズン終了時[918]
  • 各年度の太字はリーグ最高

年度別投手(先発)成績所属リーグ内順位

年

度
年

齢
機

構
リ
|
グ
投手
タイトル数
(※注1)
完

投
完

封
勝

利
勝

率
投
球
回
奪
三
振
防
御
率
2013[919]24NPBセ・リーグ0--3位2位4位3位6位
2014[920]2511位-3位2位-6位1位
2015[921]2602位3位10位10位6位8位2位
2016[922]2721位2位8位4位2位1位1位
2017[923]2821位1位1位2位2位2位1位
2018[924]2931位1位1位2位1位1位1位
2019[925]3002位5位3位--9位-
2020[926]3123位2位1位1位3位2位3位
2021[927]3201位3位---10位-
2022[928]330--5位4位8位-8位
2023[929]340-------
2024[930]3523位4位1位1位5位10位2位
2025[931]36MLBア・リーグ0-------
2026[932]37ナ・リーグ0-------

WBSCプレミア12での投手成績

年

度
代

表
登

板
先

発
勝

利
敗

戦
セ
|
ブ
打

者
投
球
回
被
安
打
被
本
塁
打
与
四
球
敬

遠
与
死
球
奪
三
振
暴

投
ボ
|
ク
失

点
自
責
点
防
御
率
2015[934] 日本 21100287.062201600333.86

WBCでの投手成績

年

度
代

表
登

板
先

発
勝

利
敗

戦
セ
|
ブ
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回
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安
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被
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打
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四
球
敬

遠
与
死
球
奪
三
振
暴

投
ボ
|
ク
失

点
自
責
点
防
御
率
2017[935] 日本 330005814.11421011600653.14
2026[936] 11000154.040000200000.00
  • 太字は大会最高

NPB・ポストシーズン投手成績

年

度
球

団
シ
リ
|
ズ
登

板
先

発
勝

利
敗

戦
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ブ
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|
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勝

率
打

者
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球
回
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安
打
被
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塁
打
与
四
球
敬

遠
与
死
球
奪
三
振
暴

投
ボ
|
ク
失

点
自
責
点
防
御
率
W
H
I
P
2013 巨人 CSファイナル[937] 1110001.000329.0301001110000.000.44
日本シリーズ[938] 221100.5004812.190400900321.461.06
2015 CSファースト[939] 110100.000204.062200500436.752.00
CSファイナル[940] 110100.000266.070211310223.001.33
2018 CSファースト[941] 1110001.000289.000100700000.000.11
2019 日本シリーズ[942] 110100.000276.161000800434.260.95
2020 日本シリーズ[943] 110100.000246.061001400446.001.00
2021 CSファースト[944] 1110001.000247.020101400000.000.43
CSファイナル[945] 110100.000285.250510600511.591.79
2024 CSファイナル[946] 210200.000339.081100600333.001.00
出場:7回 12114800.33329074.15251723632025182.180.93

年度別守備成績

年

度
球
団
投手
試

合
刺

殺
補

殺
失

策
併

殺
守
備
率
2013[947] 巨人 2793622.957
2014[948] 2393512.978
2015[949] 25113911.978
2016[950] 261137031.000
2017[951] 25113622.959
2018[952] 2852310.966
2019[953] 2231410.944
2020[954] 20917011.000
2021[955] 1981512.958
2022[956] 2362713.971
2023[957] 1429001.000
2024[958] 2471511.957
2025[959] BAL 301517011.000
2026[960] COL 291014001.000
NPB 278913031117.973
MLB 592531011.000

通算打撃成績

試

合
打

数
得

点
安

打
二
塁
打
三
塁
打
本
塁
打
塁

打
打

点
盗

塁
盗
塁
刺
犠

打
犠

飛
四

球
敬

遠
死

球
三

振
併
殺
打
打
率
出
塁
率
長
打
率
O
P
S
NPB通算[961] 276536256691180250085115011977.123.148.149.297

タイトル

NPB

表彰

NPB

アマチュア

その他

記録

NPB

初記録
投手記録
打撃記録
  • 初打席:2013年3月30日、対広島東洋カープ2回戦(東京ドーム)、2回裏に久本祐一から投ゴロ[979]
  • 初安打・初打点:2013年5月4日、対広島東洋カープ8回戦(東京ドーム)、2回裏に中﨑翔太から右前適時打[109]
  • 初本塁打:2018年5月18日、対横浜DeNAベイスターズ9回戦(東京ドーム)、5回裏に石田健大から左越ソロ[981]
節目の記録
その他の記録

MLB

初記録
投手記録

NPB/MLB通算

アマチュア

背番号

日本代表

NPB

MLB

登場曲

NPB

MLB

代表歴

アマチュア時代

NPB時代

MLB時代

出演

ドキュメンタリー出演

CM

書籍

脚注

注釈

  1. ↑ 最多勝利4個、最優秀防御率4個、最多奪三振2個、最高勝率2個
  2. ↑ 沢村栄治賞2個、最優秀選手3個、ベストナイン5個、ゴールデングラブ賞5個
  3. ↑ ただし、本人は後のインタビューで「(当時は)幼稚園児だったので具体的には覚えていない。それがきっかけというのは少し“作り”が入っているかもしれない。しかし、引退式を見たことは覚えている。ああいう人になりたいなと思った」と語っている[45]。
  4. ↑ なお、在籍時にチームは甲子園出場(2006年の選抜)をしているが、その時にはベンチ入りできなかった。
  5. ↑ 映画「オールド・ルーキー」の主人公のモデルとなったジム・モリスと同じ35歳でMLBへ挑戦
  6. ↑ ニューヨーク・ヤンキース、ボストン・レッドソックス、タンパベイ・レイズ、トロント・ブルージェイズ
  7. ↑ 気圧が低いため空気抵抗が少なく、他球場に比べて打球の飛距離が約10パーセントも伸びるとされている
  8. ↑ MLB公式データシステムのスタットキャストによると、パークファクターはMLB全30球場ワーストの125の為、クアーズフィールドでの防御率は自責点の0.75倍と仮定して計算し、投手の能力を測る
  9. ↑ baseballsavantによる[636]。
  10. ↑ NPB時代は平均147.9km/h[639]
  11. ↑ アマチュア時代[59]
  12. ↑ MLB時代の最速は154km/h[640]
  13. ↑ MLBへ移籍後から使用
  14. ↑ MLBへ移籍後から使用
  15. ↑ フォーシームチェンジ[660][661]
  16. ↑ 他は上原浩治、松坂大輔、斉藤和巳、杉内俊哉、和田毅、田中将大
  17. ↑ 菊池雄星、大谷翔平、佐々木朗希、ダルビッシュ有、松井裕樹、今永昇太、ラーズ・ヌートバー、鈴木誠也、山本由伸、吉田正尚、千賀滉大、菅野
  18. ↑ 2年連続獲得はセ・リーグ歴代最長タイ記録(他は金田正一、権藤博、村山実、平松政次、江川卓、遠藤一彦、斎藤雅樹、山本昌、セス・グライシンガー、内海哲也、青柳晃洋)
  19. ↑ 4回はセ・リーグ歴代最多記録、3年連続獲得はNPB歴代最長タイ記録(他は稲尾和久、山本由伸)、2014年は平成生まれ初の獲得
  20. ↑ 2年連続受賞は史上5人目、複数回受賞は史上14人目、2017年は平成生まれ初の受賞
  21. ↑ 3回はNPB歴代投手最多タイ記録・史上3人目(他は山田久志、山本由伸)、セ・リーグ投手最多記録、2014年は平成生まれ初の受賞、2020年は投手として初受賞からの最長ブランク選出(6年)、2024年はセ・リーグ投手最年長受賞(35歳)
  22. ↑ 5回はセ・リーグ歴代投手最多タイ記録(他は斎藤雅樹)、2014年は投手部門での平成生まれ初の受賞
  23. ↑ 2016年は投手部門での平成生まれ初の受賞
  24. ↑ 2020年は開幕投手13連勝のプロ野球記録
  25. ↑ 8回はセ・リーグ歴代投手最多タイ記録(他は山本昌、川上憲伸)
  26. ↑ 3回はNPB歴代投手最多タイ記録(他は西口文也、山本由伸)、セ・リーグ歴代投手最多記録
  27. ↑ 192試合での達成は歴代史上7番目のスピード記録、ドラフト制後では歴代史上3番目のスピード記録、平成生まれ初
  28. ↑ 通算投球回数1739回2/3で到達は球団歴代史上最速
  29. ↑ 1回はセ・リーグ歴代最多タイ記録(他は杉下茂、金田正一、権藤博、江川卓、小松辰雄、上原浩治、前田健太)、平成生まれ初、平成最後の投手三冠王
  30. ↑ 史上12人目
  31. ↑ PS歴代史上初、PS史上唯一、平成最後のノーヒットノーラン
  32. ↑ 他は成瀬善久
  33. ↑ 2013年のセ・リーグクライマックスシリーズ完投・完封、2018年のセ・リーグクライマックスシリーズノーヒットノーラン
  34. ↑ プロ野球史上歴代2位タイ記録(他は涌井秀章)
  35. ↑ 他は斉藤和巳、杉内俊哉、チェン・ウェイン
  36. ↑ 他は堀内恒夫
  37. ↑ プロ野球史上歴代2位タイ(他は岩隈久志)
  38. ↑ 他はヴィクトル・スタルヒン、工藤公康
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  42. ↑ 他は高橋一三、槙原寛己、木佐貫洋
  43. ↑ 3年連続勝利は球団歴代最長タイ記録(他は斎藤雅樹)
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出典

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  1043. ↑ 「もう限界に近かった…」巨人・菅野智之、32歳で味わった“野球人生最大の挫折”。逆境に立たされ固めた決意 – テレ朝POST
  1044. ↑ 「MLBコロラド・ロッキーズとの契約合意が発表された菅野智之。 昨季、35歳でMLBに挑んだ「オールドルーキー」は、いきなり10勝をマーク しかし、この夢舞台にたどり着くまで… 男の野球人生はあまりにも激動だった。 およそ15年に渡り取材を続けてきたテレビ朝日のカメラにだけ語った本音とは/ X
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  1048. ↑ 10日のテレ東「neo sports」に杉内、内海、山口、澤村、菅野投手の5投手が登場 | 読売ジャイアンツ(巨人軍)公式サイト
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  1051. ↑ 25日の日本テレビ系「Going!」で菅野投手を特集 | 読売ジャイアンツ(巨人軍)公式サイト
  1052. ↑ 12日の日本テレビ「Going!野球」で亀井、澤村特集 食事会も | 読売ジャイアンツ(巨人軍)公式サイト
  1053. ↑ 「何しに自主トレ来たの?」 坂本勇人が若手選手らに厳しい一言 ライブドアニュース 2018年1月16日
  1054. ↑ Xユーザーの『Going! Sports&News』毎週土日23:55〜OAさん: 「#亀梨和也 の #魔球プロジェクト #巨人 #菅野智之 投手編🌟 菅野投手からカーブとフォークの極意を学びました🤩 右方向に落ちるフォーク⚾️💨 さらに! レジェンド桑田コーチから教わった衝撃のカーブの握りも大公開‼️ 詳しくは12日(日)の #Going で✨✨
  1055. ↑ Xユーザーの『Going! Sports&News』毎週土日23:55〜OAさん: 「今夜の #Going では!📺 昨季プロ11年目ワースト4勝の 巨人 #菅野智之 今季すでに6勝と復活のワケを直撃🎤 菅野が明かした2つのボールの進化! 今季ベストボールはメモリアルな1球 #小林誠司 が捕手目線で感じた進化とは⁉️ #Going 23時55分から
  1056. ↑ 菅野智之、「一番投げたくない球場」明かす 「一番、点を取られるイメージがある」と説明…「Going!」 スポーツ報知 2025年1月12日
  1057. ↑ Xユーザーの『Going! Sports&News』毎週土日23:55〜OAさん: 「35歳で #MLB デビューのオールドルーキー #菅野智之 が語るメジャー1年目の苦悩とは⁉︎ 今シーズン日本投手2位の10勝を上げた 菅野が自身を評価したのは意外な数字👀 さらに#WBC で“警戒する選手“とは…? 今夜23:55〜お楽しみに🌙
  1058. ↑ Xユーザーの『Going! Sports&News』毎週土日23:55〜OAさん: 「⚾️ 菅野智之が自撮り生中継 #MLB 1年目で10勝を挙げ 2度目の #WBC 日本代表に内定!? #菅野智之 がアメリカから自撮り生中継🌺 気になる質問を生直撃‼️ 今夜の #Going は24:00〜
  1059. ↑ Xユーザーの『Going! Sports&News』毎週土日23:55〜OAさん: 「日曜Goingは… #侍ジャパン 最年長⚾️ #菅野智之(36)昨シーズンは、メジャー1年目で10勝! 日米通算10度目の2桁勝利✨ Goingでは、 #WBC を どこよりも詳しくたっぷりお届け!
  1060. ↑ 情熱大陸:宿命と戦う読売巨人軍の若きエース・菅野智之投手に密着 | 毎日新聞
  1061. ↑ アスリートあの金言で今がある どん底からはいあがった錦織圭&具志堅&G菅野(テレ東、2015/6/7 16:00 OA)の番組情報ページ | テレ東・BSテレ東 7ch(公式)
  1062. ↑ テレビ東京「追跡LIVE!SPORTSウォッチャー」で菅野投手を特集 2夜連続で | 読売ジャイアンツ(巨人軍)公式サイト
  1063. ↑ 31日のテレビ東京系「SPORTSウォッチャー」で菅野投手を特集 | 読売ジャイアンツ(巨人軍)公式サイト
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  1072. ↑ スポーツ リアライブ~SPORTS Real&Live~(BSテレ東、2025/2/23 25:35 OA)の番組情報ページ | テレ東・BSテレ東 7ch(公式)
  1073. ↑ 毎週恒例企画「あの時、実は」オリオールズ菅野智之 メジャー1年目で二桁勝利の裏側 スポーツリアライブ
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  1078. ↑ エース達のなぜには物語がある 密着 田中将大・前田健太・菅野智之 | テレ東・BSテレ東 7ch(公式)
  1079. ↑ 菅野智之が35歳にして下した大決断の裏側 16年の密着で見えた“物語”を明かすBSテレ東の「BS25周年共同企画」 | WEBザテレビジョン
  1080. ↑ 侍戦士のなぜには物語がある【BS5社共同企画第4夜】菅野&岡本和真&村上宗隆のなぜ(BSテレ東、2026/3/24 19:00 OA)の番組情報ページ | テレ東・BSテレ東 7ch(公式)
  1081. ↑ Xユーザーの菊池柚花 Kikuchi Yuukaさん: 「今夜21:00〜NHK BS「ワースポ×MLBサンデー」 解説・井口資仁さん 特集は菅野智之投手の独占インタビューをお届け
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関連項目

外部リンク

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