
ブフ(蒙古語:ᠪᠥᠬᠡ Böke、現代モンゴル語:бөх、中国語:搏克)は、モンゴルに古来より伝わる伝統的な立技組技系格闘技である。その起源は、紀元前3世紀頃とされ馬を早く走らせること、力強く組み合うこと、弓を射ることが人々の間に広まりこの3種目を力で競い合うことから派生してきたとされる[1]。また、宗教的な奉納儀式として、さらに軍事訓練的な要素も持っていたといわれる[1]。
モンゴル国では年に一度の民族の祭典である国家ナーダムが1921年からあり、その催し物の一つとしてブフが行われている。
内モンゴルでは1948年から始まり、1978年から近代スポーツ化を図るためにルールの改革が進み、1999年には賞金制度が導入された。一方、モンゴル国でも1997年には「ブフ・リーグ」が発足、有力企業によるクラブが急増、商業化が進みつつある[2]。神技的な儀式を残しつつもプロスポーツ化され、この点は日本の大相撲に類似している。また、日本で言う力士の事をモンゴルでは「フテチ」と呼ぶ。
ブフは大きく2つに分類できる。一つはモンゴル国で実施されているハルハ・ブフ[3]、もう一つは中国・内モンゴル自治区で実施されているウジュムチン・ブフ[3]である。これらには、ルールや衣装や称号に違いがある。
朝青龍明徳(高砂部屋)の兄スミヤバザルや白鵬翔(宮城野部屋)の父ムンフバトはハルハ・ブフであり、代々木公園で毎年開催されるブフの大会に参加している蒼国来栄吉(荒汐部屋)はウジュムチン・ブフの潮流である[3]。
なお、2大潮流以外にも次のとおり実際にはいくつもの形態・系列に細分化される。
2009年から中国・ロシアからのモンゴル系民族も参加した全モンゴル民族ブフ・トーナメントが開かれており、第1回はモンゴル国のウランバートル、第2回は中国のシリンホト市、第3回はロシアのブリヤート共和国、第4回はロシアのトゥヴァ共和国、第5回もモンゴル国のウランバートルで開かれている[4][5]。
近年では1組の取り組みに1人のヒャナグチ(行司)がつくようになった。以前は1人のヒャナグチが同時に何組みもの取り組みの審判を務めていた。
足の裏以外の部分が先に地面に着いたら負けとなる。手で下半身へ技をかけることは認められないが、足で足に技をかけることが基本である。柔道のように組み手争いから始めるが、取り組みの過程で取っ組み合うことは可能である。レスリングのグレコローマン・スタイルと類似している。
明確な番付はないが長年安定した成績を残したり、128名のトーナメントで3回優勝すればジャンガーという黒以外の色の入った首飾りが付けられる。ジャンガーを持つ力士の中で特別に強い力士は引退式を行い、自分のジャンガーを次世代の有望の力士に譲り渡す習慣は今でも引き継がれている。1984年からは女子のブフも行なわれている[6]。
取り組みをする力士には、それぞれ一人ずつザソール(行司)がつく。ザソールは取り組み中に自分が付き添う力士にアドバイスをすることができるのでボクシングのセコンドのような存在であるが、相撲でいう行司役も務める。
ひじ・ひざ・頭・背中・お尻いずれかが先に地面に着いたら負けとなる。日本の相撲とは異なり、手の平が地面についても負けにはならない。また、土俵がないので押し出しやつり出しといった技はないが、足取りは認められているので足をつかんでのダイナミックな投げ技が多く見られる。
年1回の国家ナーダムで512名のトーナメントが行われ、上位16位以内の力士にはツォル(称号)が授与される。それは次のとおりである[7]。
禁じ手は10種類で、かんぬきで腕を極めるガルフシフは腕が縦に折れるという意味の荒技である。
主な投げ技
未登録
IPFS未登録
📡 0ピア
N=1
CRITICAL
PQS B67