倉本寿彦

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倉本 寿彦
ハヤテベンチャーズ静岡 #5
2024年3月27日 ちゅ~るスタジアム清水にて
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 神奈川県茅ヶ崎市
生年月日 (1991-01-07) 1991年1月7日(35歳)
身長
体重
180 cm
85 kg
選手情報
投球・打席 右投左打
ポジション 内野手
プロ入り 2014年 ドラフト3位
初出場 2015年3月27日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

倉本 寿彦(くらもと としひこ、1991年1月7日 - )は、神奈川県茅ヶ崎市出身のプロ野球選手(内野手)。右投左打。ハヤテベンチャーズ静岡所属。

経歴

プロ入り前

小学校から野球を始め、藤沢リトルリーグに所属。この頃に横浜高等学校野球部のプレーを見て憧れるようになった[1]。

茅ヶ崎市立萩園中学校時代は寒川シニアに所属。

卒業後の進路は「お前では無理だ」と口を揃える中学野球関係者の反対を押しきり[1]、横浜高等学校を一般入試で受験。晴れて合格し、憧れていた野球部に入部する[2]。入学後すぐに、あまりの練習の厳しさとレベルの違いに打ちのめされ、野球部を辞めようとしたことがあった[3]。しかし母から「好きな野球をやると自分で決めたのなら、最後までやり抜きなさい」と叱咤され思い直し、以来、心が折れるたび、その言葉を支えに立ち上がってきた[4]。横浜高校では2年時からレギュラーに定着。3年時に1番・三塁手として第90回全国高等学校野球選手権全国大会に出場。準決勝で浅村栄斗擁する大阪桐蔭高校に敗れたものの、2001年以来7年ぶりのベスト4進出に貢献した[5][6][7]。2学年上に佐藤賢治、下水流昂、福田永将、1学年上に高濱卓也、同学年に土屋健二、1学年下に筒香嘉智がいた。

高校卒業後に進学した創価大学では、東京新大学野球のリーグ戦で、3年秋と4年春にベストナインを獲得。同学年のチームメイトに小川泰弘がいた。

大学4年時にプロ志望届を提出したが、小川が2012年のドラフト会議で東京ヤクルトスワローズから2位指名を受けたのに対して、自身はどの球団からも指名されなかった[8]ため、大学卒業後は日本新薬へ入社した。硬式野球部では1年目から正遊撃手に定着し、社会人野球日本選手権大会に出場したほか、2014年の仁川アジア大会には、野球日本代表の一員として出場した。

2014年10月23日に行われたドラフト会議では、横浜DeNAベイスターズから3位指名を受け、契約金6000万円、年俸1200万円(金額は推定)という条件で入団した[9]。背番号は5。筒香や土屋とは高校以来のチームメイトになった。入団後の12月8日には、遊撃手として社会人野球のベストナインに選ばれた[10]。

高校時代の恩師である渡辺元智は倉本がドラフト指名された時「まさか倉本がプロに行くとは思わなかった」と正直な感想を漏らしている[3]。また、本人は2014年をプロ挑戦最後の年と決めていたが、その願いが達成された格好となった[4]。

DeNA時代

2014年11月22日横浜スタジアムにて

2015年は、開幕一軍入りを果たすと、3月27日に読売ジャイアンツとの開幕戦(東京ドーム)で「7番・遊撃手」としてスタメンで一軍公式戦にデビュー。DeNAの新人選手が、遊撃手として一軍の開幕戦にスタメンで起用された事例は、大洋ホエールズ時代の1971年の野口善男以来44年ぶりであった。5回表の第2打席で、菅野智之からプロ初安打を記録した[11]。前半戦ではスタメンでの起用が続いたが、打撃不振や失策の増加などから、シーズンを通して一軍と二軍を2回往復[12]。一軍公式戦全体では、遊撃手として65試合にスタメンで起用されたが、102試合の出場で打率.208にとどまった。

2016年は、一軍の開幕戦から「6番・遊撃手」としてスタメンに定着。5月12日の対中日ドラゴンズ戦(横浜スタジアム)では、同点で迎えた10回裏無死満塁の打席で、プロ入り後初めてサヨナラ安打を放った。7月29日の対広島東洋カープ戦(マツダスタジアム)では、プロ入り後初めて1試合5安打を記録した。打撃面では、9月19日の対広島戦(横浜)まで打率3割をキープ。最終的に、レギュラーシーズンを打率3割で終えられなかったものの、セントラル・リーグの規定打席に到達。シーズンを通じて正遊撃手に定着し、6番打者として82試合、7番打者として36試合、5番打者として14試合に出場した。守備面では、失策数を6にとどめ、遊撃手としてはリーグ2位の守備率.989を記録し、球団史上初となるクライマックスシリーズ(CS)進出に貢献した。

2017年は、4月14日の対東京ヤクルトスワローズ戦(横浜)で初めて9番打者に起用され、5月4日の対巨人戦(東京ドーム)を境に9番へ定着した。打線の8番に投手を組み込む監督のアレックス・ラミレスの方針(詳細後述)によるもので、打撃が復調しても、NPB全12球団で規定打席を満たしている野手ではただ1人9番打者への起用を継続[13]。前述の巨人戦以降に9番以外の打順で出場した試合は、6番で起用された6月14日の対千葉ロッテマリーンズ戦(横浜)だけであった。8月16日の対中日戦(横浜)では、2-2の同点で迎えた9回裏一死一塁の打席で、前年に続く自身2度目のサヨナラ安打を記録[14]。9月12日の対広島戦(マツダ)2回表の打席では2点適時打を打ち、プロ入り後自己最多のシーズン44打点を達成する[13]と、最終的には50打点にまで伸ばした。レギュラーシーズンで一軍公式戦全143試合フルイニング出場[注 1]を初めて果たすなど、正遊撃手としてチームの2年連続クライマックスシリーズ進出に貢献した。得点圏打率でリーグ2位の .342を記録し、通算3度のサヨナラ打を打つなど勝負強いバッティングを見せた。しかし、打率(.262)が前年の.294から低下し、102三振を記録。守備面では、失策数(14)が前年から倍増したほか、守備率も.979にまで低下した。チームのCS突破を経て臨んだ福岡ソフトバンクホークスとの日本シリーズでは、1点リードで迎えた第2戦7回裏一死一塁の場面で今宮健太が打ったゴロを捌いた二塁手・柴田竜拓からの送球を落球[15][16]。このプレーで併殺を完成させられず、チームはソフトバンクに逆転負けを喫した[15][16][17]。しかし、第3戦では3安打を放ち、遊撃の守備でも好プレーを見せた[17]。チームは第6戦での延長11回サヨナラ負けで日本一を逃したが、倉本自身は全6試合に出場、打率.333。最終的にレギュラーシーズン、クライマックスシリーズ、日本シリーズの156試合全てにフルイニング出場を果たし、不動のレギュラーかつチームの看板選手としての地位を確立した[18]。

2018年は、国内FA権の行使によって阪神から移籍した大和を正遊撃手へ起用するチーム方針の下で、「9番・二塁手」として一軍公式戦をスタート。開幕4戦目であった4月4日の対阪神タイガース戦では、8回裏の第4打席で四球を選んで出塁した後に宮本秀明を代走へ送られ、フルイニング出場記録が途切れた[19]。開幕当初からの打撃不振に加え、課題としていた守備にもミスが目立ち5月31日には出場選手登録を抹消された[20]。6月29日から一軍に復帰するが、7月の月間打率は.188と打撃の状態は向上せず、8月以降はスタメン出場は相性の良い広島戦に限定されるようになっていった。最終的に出場試合数は85試合と前年より減少し、得点圏打率も前年の.342から.255と大きく成績を落とした。

2019年は、首脳陣に「もう一度遊撃で勝負させてほしい」と直訴[21]し、大和と正遊撃手を争う形となった。開幕一軍入りは果たしたものの、オープン戦から極度の打撃不振に陥る。レギュラーシーズンに入っても打撃が上向かず出場試合数は24試合で打率.121、本塁打も0本に終わった。

2020年は、オープン戦は二軍で迎えたが[22]開幕は一軍で迎えた[23]。開幕直後は守備固め、代打による出場が多かったが対左投手時の打率が4割を超えていた[24]ことから次第に左投手先発時を中心に出場機会を得る。8月9日のヤクルト戦では、山中浩史から満塁本塁打を放った[25]。9月には5試合連続マルチヒットを打ち打率を.342まで上昇させたが、終盤に調子を落とし最終的には82試合の出場、打率.276でシーズンを終えた。しかしながら遊撃手として55試合のスタメン出場はチームとして最多であり、三振率、選球眼を改善させたシーズンとなった[24]。

2021年3月5日横浜スタジアムにて

2021年は、開幕一軍入りしたものの、5月9日の阪神戦の初回、一塁へのヘッドスライディングで負傷し翌10日に登録抹消、左手薬指の第二関節脱臼及び中節骨剥離骨折と診断された[26]。最終的には46試合の出場、打率.208でシーズンを終え、前年よりも打撃成績が悪化した。

2022年は、開幕当初は一軍入りしていたものの、クライマックスシリーズではベンチから外れていた。DeNAは10月16日、2023年シーズンの契約を結ばないことを通知したと発表した[27]。本人は現役続行を表明した[28][29]。

日本新薬復帰

2023年3月、プロ入り前に所属していた日本新薬硬式野球部へ戻り、社会人野球からプロへの復帰を目指すことが報じられた[30]。DeNA退団後に様々なオファーがあった中、当初はとあるチームからの指導者としての誘いに興味を惹かれ、そのチームに所属する方向で話が進んでいた。そのため日本新薬からのオファーに断りを入れに行った際、日本新薬の会長・前川重信から「最後までひとつの選択肢として残しておいたらいいじゃないか。返事はいつでもいいから」と言われた。その数日後、指導者としての誘いの話が立ち消えになってしまい、選択肢として残していた日本新薬への入部に至った[31]。

チームリーダーとしてプレーし、11月の社会人野球日本選手権の1回戦には2番・二塁手でスタメン出場し、チームは敗退したものの、チームで唯一複数安打を打つなど存在感を発揮した[32][33]。しかし、同月下旬には、今季限りで退部することが報じられた[34]。監督交代に伴うチーム方針の大幅な変更を受け、やむを得ず退部を選んだものであり、この時点では次の進路は決まっていなかった[35]。

同年12月3日、横浜スタジアムの45周年記念イベント「YOKOHAMA STADIUM 45th DREAM MATCH」に、横浜高校出身者として神奈川高校野球レジェンドチームに参加し、DeNAの球団オールスターチームと対戦した[36]。この場でもあらためて現役続行の意思があることを表明した[37]。

ハヤテ時代

12月7日に、翌2024年からのウエスタン・リーグへの参加の承認を受けたハヤテ223(当時チーム名未定、その後「くふうハヤテベンチャーズ静岡」と発表)が倉本の入団を発表した[38]。この入団はくふうハヤテ側からのオファーではなく、別件で山下大輔と連絡を取り合っていた中で、山下がくふうハヤテのGMを務めていたことから、倉本自身から頼み込んで入団が実現したものであった[39]。

2024年、くふうハヤテでは二塁、三塁、遊撃のポジションに就き、4番打者を務める試合もある。NPB12球団の選手補強期限である7月31日までに40試合に出場し、3割近い打率を挙げていたが、シーズン中のNPB復帰はならなかった[40]。最終的な成績は65試合の出場で0本塁打、25打点、1盗塁、規定打席には遠く届かないものの.349の高打率を記録した[41]。

2025年もくふうハヤテで現役を続行。前年とは異なり、守備に就く際は三塁固定となる[42]。チームの中心選手として起用され、7月31日までにNPB球団からのオファーがなかったものの、8月9日の時点では.296の打率でリーグの首位打者に浮上した[43]。最終的に打率を.275まで下げるも、111試合に出場して昨年到達できなかった規定打席に到達し、リーグ4位の打率であった[44]。ほか、0本塁打、34打点、2盗塁の成績だった[45]。

2026年は、昨シーズンで引退した主将の高橋駿に代わって新主将に就任した[46]。

選手としての特徴

打撃

2015年3月15日、横浜スタジアムにて

プロ入り前の日本新薬時代に門田博光から打撃のアドバイスを受けた影響で、DeNA1年目のシーズン中盤までは、門田の現役時代のような一本足打法を採用していた。しかし、打撃不振に陥ったため、シーズンの終盤にすり足打法へ変更した[47]。2年目には、振り子打法に近いフォームに改変している[48]。

2016年にセ・リーグ1位の520本のファウルを打った一方で[49]初球から積極的にスイングするため四球が少なく[50]、2017年には規定打席到達者中リーグワーストの18個を記録した。

前述したように、DeNA3年目の2017年には、ラミレスの方針でおおむね9番打者を任されていた。起用当初は、スタメンから外すことをラミレスに直談判することも考えたほどの打撃不振に見舞われていたため、「不振による打順の降格」と見られていた。9番打者に定着してからは、自身の出塁へ集中することによって、打率が例年の水準にまで上昇。「8番に入れた投手で攻撃を終えても、倉本から始まる次の回の攻撃で上位打線へつなぐことができる」というメリットと相まって、打線全体の得点力の向上にも貢献している[51]。なお、2018年にも、開幕当初は主に9番へ起用されていた。

守備・走塁

50メートル走6秒1の俊足、遠投105メートルの強肩と身体能力が高く、プロ入り前の日本新薬時代には「鳥谷2世」と呼ばれていた[5][52]。

DeNAへの入団1年目から2年連続で.980台の守備率を記録し、堅実な守備が持ち味とされていた。監督を務めていたラミレスからは、「僕が求める守備は確実にアウトを取ってくれること。倉本に打球が飛んだ時点で、相手チームはその先の可能性はないと諦める。倉本の守備は相手に絶望を与える」と絶大な信頼を置かれていた[53]。しかし、高木豊は遊撃手としての守備に厳しい評価を下し[54]、ゼネラルマネージャーだった高田繁からは守備範囲が狭いことを指摘されていた[53]。

遊撃手としては一定水準の送球の強さを持つが、動作の俊敏性に欠け[55]、三遊間の打球の処理を苦手としている[56]。なお、DELTA算出のUZRでは、入団以来一貫してマイナスを記録し、2017年は500イニング以上出場した遊撃手としては両リーグワーストの-17.0を記録した[57]。

人物

愛称は「トシ」[58][59]など。

実妹は元日立ソフトボール部の倉本美穂。シーズンオフには共に練習をすることもあった[60]。

グラウンドではポーカーフェイスを貫いている[1]。

努力家であり、中学時代は「もう帰れ」と言われるまで練習していた[61]。

憧れのプロ野球選手に横浜ベイスターズで活躍した石井琢朗を挙げており、DeNAに入団後は石井と同じ背番号5を背負っている[62]。石井とはプロ入り後に対面し、「現役を引退するまで5番をつけていろよ。ベイスターズの背番号5は倉本と言われるまで頑張れ」と激励されている[63]。また、石井の横浜時代に打席で使用された応援歌の継承を目指しており、石井からは「レギュラーとして納得できる成績が残せるようになれば使っていいよ」と言われている[1]。なお、2015年途中からは石井の大洋時代の応援歌(石井の初代応援歌で上記とは別の曲。元々は日野善朗に使用されていたもの)が倉本に使用されている(応援団のブログなどより)[64][65]。

詳細情報

年度別打撃成績

年

度
球

団
試

合
打

席
打

数
得

点
安

打
二
塁
打
三
塁
打
本
塁
打
塁

打
打

点
盗

塁
盗
塁
死
犠

打
犠

飛
四

球
敬

遠
死

球
三

振
併
殺
打
打

率
出
塁
率
長
打
率
O
P
S
2015 DeNA 1022652451151402612000711002608.208.244.249.493
2016 14156653438157192118338235322029813.294.323.343.665
2017 143539507491332712168503191180410210.262.292.331.624
2018 85235228115370163141201600515.232.251.276.527
2019 2435331410052010020070.121.171.152.323
2020 822161991955401621700001621422.276.333.312.645
2021 4674725150001560000200172.208.230.208.438
2022 445452390011220010100120.173.189.231.419
通算:8年 66719841870137477623856914967226772938940.255.287.304.591
  • 2022年度シーズン終了時
  • 各年度の太字はリーグ最高

年度別守備成績

年
度
球
団
一塁二塁三塁遊撃
試

合
刺

殺
補

殺
失

策
併

殺
守
備
率
試

合
刺

殺
補

殺
失

策
併

殺
守
備
率
試

合
刺

殺
補

殺
失

策
併

殺
守
備
率
試

合
刺

殺
補

殺
失

策
併

殺
守
備
率
2015 DeNA ---100109228747.980
2016 --837031.000139189369659.989
2017 ---1432334091480.979
2018 -58110134331.9882987001.000891721.929
2019 --602001.0009131612.967
2020 -4412021.000130311.7506469155327.987
2021 --803001.000251429061.000
2022 2146715.981-2386011.000102011.000
通算 2146715.98162114146333.98987192815.979489636122533223.983
  • 2022年度シーズン終了時
  • 各年度の太字はリーグ最高

記録

初記録

背番号

  • 5(2015年 - 2022年、2024年 - )

登場曲

脚注

注釈

  1. ↑ 2017年のNPB公式戦で全試合フルイニング出場を達成した選手は、両リーグで5人のみ。
  2. ↑ これに伴い彼の得点時にはジョン・シナの「you can't see me」(手の甲を見せて左右に振る)をするようになった。

出典

  1. 1 2 3 4 “「ベイスターズにはヤツがいる2016」vol.1倉本寿彦 | ベイスターズ”. カナロコ by 神奈川新聞 (2016年6月2日). 2021年6月23日閲覧。
  2. ↑ “若き努力家、夢つなぐ 倉本内野手、躍進支え | ベイスターズ”. カナロコ by 神奈川新聞 (2016年9月20日). 2021年6月23日閲覧。
  3. 1 2 “「なんであんなに叩かれてるの?」と心配されるDeNA倉本寿彦の苦闘 (2/5ページ)” (2020年2月20日). 2022年2月17日閲覧。
  4. 1 2 “「なんであんなに叩かれてるの?」と心配されるDeNA倉本寿彦の苦闘 (3/5ページ)”. web Sportiva (2020年2月20日). 2022年2月17日閲覧。
  5. 1 2 “DeNAドラ3一本足打法で特大弾 偵察部隊「3割30発狙える」”. スポニチ Sponichi Annex (2015年2月5日). 2021年10月3日閲覧。
  6. ↑ “第90回全国高校野球選手権 大阪桐蔭 対 横浜 スコア速報”. 日刊スポーツ. 2008年8月17日. 2020年8月13日閲覧.
  7. ↑ “横浜筒香2人目1試合8打点/夏の甲子園”. 日刊スポーツ. 2008年8月17日. 2020年8月13日閲覧.
  8. ↑ “「門田理論を証明したい」。DeNAルーキー倉本寿彦の野望”. Web sportiva (2015年3月8日). 2022年3月8日閲覧。
  9. ↑ “倉本、DeNAと仮契約 日本新薬、ドラフト3位”. 京都新聞. 2014年11月19日. 2015年1月8日閲覧.
  10. ↑ “社会人ベストナイン DeNAドラ3倉本らが選出”. スポーツニッポン (2014年12月4日). 2021年12月25日閲覧。
  11. ↑ “DeNAドラ3倉本 球団44年ぶり開幕新人遊撃!恩師門田氏から激励”. スポーツニッポン (2015年3月27日). 2021年12月25日閲覧。
  12. ↑ “「同じ失敗を繰り返さない」来季DeNAのセンターライン競争で生き残りを誓う、高城・倉本・関根”. ベースボールチャンネル(BaseBall Channel) (2015年11月18日). 2021年6月23日閲覧。
  13. 1 2 "最強の9番"DeNA倉本 自己新44打点「思い切って」 スポーツニッポン 2017年8月17日配信
  14. ↑ DeNA、守護神&9番野手で劇勝!倉本が自身2度目サヨナラ打 サンケイスポーツ 2017年8月17日配信
  15. 1 2 DeNA・倉本、併殺のはずが…痛恨エラーに反省 サンケイスポーツ 2017年10月30日
  16. 1 2 DeNA倉本ゲッツーのはずが…逆転招く痛恨エラー 日刊スポーツ 2017年10月30日
  17. 1 2 日本シリーズ 気持ち切り替え汚名返上 DeNA・倉本 毎日新聞 2017年11月1日
  18. ↑ 週刊ベースボール2018年5月7日号 P58
  19. ↑ “【DeNA】なぜ先発3本柱欠き快進撃? ラミレス監督、常に代替案用意し勝利第一主義徹底”. スポーツ報知 (2018年4月15日). 2021年12月25日閲覧。
  20. ↑ “阪神北條ら登録、DeNA倉本ら抹消/31日公示”. 日刊スポーツ (2018年5月31日). 2021年12月25日閲覧。
  21. ↑ DeNA・倉本寿彦 軽快な守備で猛アピール/レギュラー争いダークホース 週刊ベースボール 2019年3月9日配信
  22. ↑ “DeNAが春季キャンプのメンバー発表! 梶谷、楠本、細川が一軍スタート”. BASEBALL KING (2020年1月27日). 2021年12月22日閲覧。
  23. ↑ “2020年セ・リーグ開幕一軍選手一覧 新人では中日・郡司裕也らが登録”. SPAIA (2020年6月18日). 2021年12月22日閲覧。
  24. 1 2 “進化したDeNA倉本寿彦が打倒巨人の切り札になり得る理由”. SPAIA (2020年9月18日). 2021年12月22日閲覧。
  25. ↑ “DeNA・倉本 セ56年ぶり2度目の“スミ4弾” 今季1号がびっくり奇跡の連続”. スポニチ Sponichi Annex (2020年8月10日). 2021年12月22日閲覧。
  26. ↑ “DeNA倉本が左手薬指の脱臼と剥離骨折 9日阪神戦で負傷”. 日刊スポーツ (2021年5月11日). 2021年5月11日閲覧。
  27. ↑ “【DeNA】14年ドラ3倉本寿彦、13年4位三上朋也、11年2位高城俊人ら7人に戦力外通告”. 日刊スポーツ (2022年10月16日). 2022年10月16日閲覧。
  28. ↑ “DeNA戦力外の倉本寿彦、現役続行を希望”. カナロコ. 神奈川新聞 (2022年10月25日). 2022年10月29日閲覧。
  29. ↑ “DeNA戦力外倉本、三上はトライアウト参加せず”. スポニチAnnex. スポーツニッポン (2022年11月4日). 2022年11月14日閲覧。
  30. ↑ “昨季DeNA退団の倉本寿彦、社会人・日本新薬入り 古巣でNPB復帰目指す”. スポーツ報知 (2023年3月11日). 2023年3月11日閲覧。
  31. ↑ 倉本寿彦(インタビュアー:日比野恭三)「「自由契約になったときは“もういいかな”と思っていた」…「倉本寿彦」が導かれた運命的な現役続行の秘話「実は日本新薬にはお断りしていました」」『現代ビジネス』、講談社、1頁、2024年1月25日。2024年1月26日閲覧。
  32. ↑ “元DeNA倉本寿彦が9年ぶりの古巣で好守に躍動!「全国で勝つための行動をしてほしい」NPB時代の経験から若いチームに伝えたいこと【日本新薬】”. THE DIGEST (2023年11月11日). 2023年12月7日閲覧。
  33. ↑ 「元DeNAの日本新薬・倉本寿彦は魂のヘッスラ安打も敗戦「響いてくれたら」/社会人日本選手権」『日刊スポーツ』2023年11月10日。2023年12月7日閲覧。
  34. ↑ 「元DeNA倉本、日本新薬を退団 現役続行へ 「やり残したことある」」『カナロコ by 神奈川新聞』2023年11月25日。2023年12月7日閲覧。
  35. ↑ 倉本寿彦(インタビュアー:日比野恭三)「NPBへ復帰を目指す「倉本寿彦」…「え?違うの?」と思わず出た、「日本新薬退団」から「ハヤテ入団」までの意外すぎる経緯「そんなことはしないです。失礼なので」」『現代ビジネス』、講談社、1頁、2024年1月25日。2024年1月26日閲覧。
  36. ↑ 倉本寿彦(インタビュアー:日比野恭三)「「自由契約になったときは“もういいかな”と思っていた」…「倉本寿彦」が導かれた運命的な現役続行の秘話「実は日本新薬にはお断りしていました」」『現代ビジネス』、講談社、3頁、2024年1月25日。2024年1月26日閲覧。
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関連項目

外部リンク