午後の遺言状

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午後の遺言状
監督 新藤兼人
脚本 新藤兼人
製作 新藤次郎
製作総指揮 溝上潔
井端康夫
出演者 杉村春子
乙羽信子
朝霧鏡子
観世栄夫
音楽 林光
撮影 三宅義行
編集 渡辺行夫
製作会社 近代映画協会[1]
配給 日本の旗 日本ヘラルド映画[1]
公開 日本の旗 1995年6月3日
上映時間 112分
製作国 日本の旗 日本
言語 日本語
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『午後の遺言状』(ごごのゆいごんじょう)は、1995年公開の新藤兼人脚本・監督による日本映画[2][3][4][5][6]。

日本を代表する大女優の杉村春子の最後の映画主演作[7]、新藤の妻・乙羽信子の遺作[4][7]、喜劇王清水金一(シミキン)との結婚を機に僅かな作品を残して1950年に引退していた朝霧鏡子の45年ぶりの出演作である[3]。

概要

第69回キネマ旬報ベストテン第1位[4]、第38回ブルーリボン賞および、第19回日本アカデミー賞最優秀作品賞などを受賞し[3]、1995年を代表する日本映画になった[4]。東京有楽町スバル座での20週間にわたるロングラン上映は当時、日本映画の単館公開作品として史上最高のヒットだった[4]。

新藤は「シナリオ」や「撮影日記」、追悼記「乙羽さんのことなど」などを収めた『午後の遺言状』(岩波書店〈同時代ライブラリー〉、1995年3月)を刊行している。

「人生の第4コーナーにさしかかった」と感じた新藤が、自らの「老い」をテーマに書き上げた脚本で、メガホンを取った[3]。新藤は当時82歳[3][5]。人間の老いと死、または生に関する様々な話題を、時にコミカルに、時に悲しく描いている[4][5]。また様々なキャストで舞台化し、現在に至るまで全国各地で上演されている。

ストーリー

蓼科高原。老齢の新劇の大御所女優・蓉子は避暑のために、豊子に管理を委託している山間の別荘に滞在する。そこで、人間の老いと死や夫婦に関わる事件に次々と遭遇する。奇妙な短い遺言とともに大きな石を残した用意の良い老人の自殺、重度の認知症になったかつての女優仲間と、献身的に看護するその夫との再会と別れ、亡き夫の思わぬ人物との不倫、義理の娘の結婚(婚約=足入れ式)など…。その度に蓉子は元気付けられたり、落ち込んだり、自身の死について考えたりする[2][3][4][5]。

スタッフ

キャスト

森本蓉子
演 - 杉村春子
大ベテランの劇団女優。有名で役者関係者からは、「先生」と呼ばれる存在。過去にチェーホフの『かもめ』などを演じ、作中でも劇中のセリフを懐かしんで口にしている。別荘にいる間は、水道水が美味しいためよく飲んでいる。ろくべえに影響を受け、将来自身が入る棺桶の釘を打つための石を、近くの川から拾って大事にする。
柳川豊子
演 - 乙羽信子
蓉子の別荘を管理している老女。年に数日間避暑に訪れる蓉子のために、長年に渡って滞在中の食事の世話などをして働く。ただし使用人ではないのでベテラン女優の蓉子にも媚びたりせず、訛りのある地元の喋り方で接する。昨年亡くなったろくべえについて蓉子に詳しく話す。一人娘のあけみの結婚が決まり喜ぶ。
牛国登美江
演 - 朝霧鏡子
蓉子の数十年来の旧友。蓉子とは若い頃に舞台女優として切磋琢磨し合った仲。5年ほど前から認知症を患い、普段は心ここにあらずでたまに正常な意識が戻る状態。口数は少ないが食欲旺盛。夫婦共に故郷は新潟県の直江津(現在の上越市北部あたり)。夫婦となってから40年近くに渡り妻として藤八郎を支え、病気を患った後も夫を気遣う本来の性格をうかがわせるシーンがある。
牛国藤八郎
演 - 観世栄夫
以前は京都で能役者をやっていたが、登美江の世話をするために仕事を辞めた。蓉子に会いたいという登美江の望みを叶えるために、夫婦で別荘を訪れ数日間を共に過ごす。朝食後に登美江の前で能の稽古をするのが日課で、ちゃんとできていないと「あかーん!(ダメの意味)」とダメ出しをされる。愛妻家で物静かな人物だが能の稽古をする時は大きな声を出す。

蓉子に関わる人

森本三郎
演 - 津川雅彦
蓉子の夫で10年ほど前に亡くなっている。趣味は絵を描くことだが、あまり上手くない。生前夫婦間に物足りなさを感じた三郎が不倫していたことが発覚する。
清川浩二
演 - 内野聖陽
蓉子が所属する劇団の新人俳優。蓉子から「有望な若手」と評される。蓉子を東京から別荘まで車で送り届ける。
矢沢尚子
演 - 倍賞美津子
ルポライター。ある日、入水自殺した人物が友人宛に遺書を残していたことを新聞で知る。自身で調べた結果その遺書の相手が有名女優の蓉子だったため、別荘を訪ねてくる。

別荘近くの地元の人たち

あけみ
演 - 瀬尾智美
豊子の娘。22歳。天真爛漫で嫌味のない性格。蓉子が別荘にいる間は、毎日軽トラで家から別荘まで豊子を送り迎えをしている。蓉子とは自身が子供の頃から知り合い。
両岡大五郎
演 - 松重豊
あけみの恋人。25歳。あけみとの結婚を来月に控え、作中では足入れ式という地元に伝わる、初夜の予行演習のような古い風習を行う。まむし取りが得意で、力持ちでもある。
天狗
演 - 麿赤児
足入れ式の祝いの席で踊る人。あけみと大五郎や親族たちが集まる祝いの席で、天狗のお面と下半身に1mぐらいの陰茎に模したものを股間に身につけて滑稽に踊る。
ろくべえ
故人。蓉子の別荘周りの木々の手入れをしていた老人。亡くなった当時のろくべえについて語る豊子の話により、蓉子が人生の終わりについて考えるきっかけとなる。

脱獄囚と警察関係

脱獄囚(かんざき)
演 - 木場勝己
別荘に突然やってきた招かれざる客。中年男。軽井沢の留置場から脱走し、警官から奪った拳銃を所持して偶然別荘にやってくる。拳銃で蓉子たちを脅して食事を要求する。常に興奮しており怒りっぽい。
手塚警部補
演 - 永島敏行
茅野署の警察官。逃亡罪及び銃刀法違反を犯したかんざきを追う。最近蓉子の別荘がある地域に転属してきた。ミーハーらしく、後に蓉子にサインを求める。
大前田署長
演 - 上田耕一
かんざきの犯行や留置場から逃走した経緯について詳しく説明する。
警官
演 - 加地健太郎
手塚の部下。手塚と共にかんざきを追う。

その他

ホテルのフロント
演 - 遠藤守哉
ホテルの支配人
演 - 三木敏彦
ホテルのルーム係
演 - 三浦純子
民宿の主人
演 - 馬場当

製作

主舞台となる蓼科の別荘は、新藤乙羽夫妻の実際の持ち物[3][5]。愛に生きた3女優の波乱の人生を縦糸に、「老い」への問いかけを横糸で紡ぐ映画はクランクインを待つばかりだったが、その矢先の1993年夏、乙羽が重い病に侵されているのが判明し、新藤は身を切るような選択を迫られた[3]。乙羽は末期の肝臓がんで、新藤と次男で近代映画協会社長の新藤次郎は主治医から「17カ月の命です」と告げられた[3]。撮影は自然の生命が吹き出してくる若葉の季節、1994年春からと決めていた。しかし夏場は杉村春子の公演があるため、撮影は中断し、最終ロケは1994年9月にずれ込むことが決っていた[3]。乙羽はそこまでもつのか、もし撮影中に倒れて、映画が完成しなければ、小さな独立プロにとって死活問題になることは間違いなかった[3]。「乙羽さんは女優一筋に生きてきた人。演じない役者は石ころと同じ。女優らしい最期を演じさせてあげたい」と新藤親子は乙羽本人にもスタッフにも乙羽が末期がんと知らせずに撮影を敢行することを決意した[3][6]。

もう一つの大きな問題は、映画館に足を運ぶお年寄りが少なかった当時、老人が主役の映画など見向きもされず[3]、配給先は決まらない[3]。映画が完成する保証もないことから、製作費1億8000万円は自前で調達しなければならなかった[3]。乙羽が全財産をはたいて製作費の半分を出資[3]。残りを新藤と近代映画協会で折半した[3]。

撮影

1994年5月17日クランクイン[3]。乙羽は週に一度、抗がん剤を打つため、車の後部座席に横たわり東京を往復した[3]。監督の気遣いから乙羽の演技シーンは「本番一発OK」が多かったが、ある日、乙羽が「センセイ、今回はいつもと比べて撮り方が早いわ。わたしのことは気遣わないでいつものように粘ってやりなさい」と新藤に囁いた[3]。

撮影の最後は新潟県寺泊ロケ[3]。2カ月半ぶりにスタッフの前に姿を見せた乙羽は別人のようにやつれて、誰もが永くないと気付くほど[3]。完成後のスタッフ試写を乙羽は一度だけ観ることができた[3]。最期まで「老人ばかりの映画が受けるのかしら」と気に掛けながらその2カ月後に生涯を閉じた[3]。映画の公開は乙羽が亡くなって半年後のことだった[3]。

興行

1995年6月3日から東京有楽町スバル座で単館上映[3][6]。初日から白髪交じりの観客が大勢詰めかけ立ち見が出るほどで[3]、観客の頭越しに鑑賞した新藤は「乙羽さん、客が来た」と熱い思いがこみ上げ、スクリーンの乙羽の姿を追うことが出来なかったという[3]。

作品の評価

受賞歴

脚注

  1. 1 2 午後の遺言状 - 国立映画アーカイブ
  2. 1 2 “午後の遺言状”. 日本映画データベース. ユニジャパン. 2026年7月7日閲覧。
  3. 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 進藤健一「NIPPON 映画の旅人 命ある限り 生き抜く 午後の遺言状(1995年)」『朝日新聞be on Saturday』朝日新聞社、2014年6月28日、e1–e2。
  4. 1 2 3 4 5 6 7 午後の遺言状 – WOWOW
  5. 1 2 3 4 5 事務局オフタイム【第166回】「午後の遺言状」 – 午前十時の映画祭
  6. 1 2 3 おかむら良「さらばスバル座 忘れられないあの名作 乙羽信子と新藤監督の“終活”でもあった『午後の遺言状』」『ZAKZAK』産業経済新聞社、2019年9月27日。オリジナルの2023年5月2日時点におけるアーカイブ。2026年7月7日閲覧。
  7. 1 2 午後の遺言状 – 衛星劇場
  8. ↑ 『キネマ旬報ベスト・テン95回全史1924→2021』キネマ旬報社、2022年5月26日、546,554頁。ISBN 978-4-87376-873-1。
  9. ↑ 毎日映画コンクール 過去の受賞作 第50回 日本映画大賞 午後の遺言状
  10. ↑ 報知映画賞 過去の受賞一覧
  11. ↑ “第19回日本アカデミー賞 優秀賞”. 日本アカデミー賞公式サイト. 日本アカデミー賞協会 (1996年3月23日). 2025年6月8日閲覧。
  12. ↑ 杉村 春子 [1906-1997] – 文学座

外部リンク