山田五郎

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やまだ ごろう
山田 五郎
生誕 武田 正彦(たけだ まさひこ)[1]
(1958-12-05) 1958年12月5日
日本の旗 日本・東京都[2]渋谷区[3]
死没 (2026-07-14) 2026年7月14日(67歳没)
出身校 上智大学文学部[2][4]新聞学科
職業 評論家、編集者[注 1]、タレント、コラムニスト、YouTuber
活動期間 1981年 - 2026年
雇用者 講談社(1981年 - 2004年)
フリーランス(2004年 - 2026年)
公式サイト 無
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山田五郎・YouTubeチャンネル
YouTube
チャンネル
活動期間 2021年[7] - 2026年
ジャンル 美術
登録者数 約91.6万人
総再生回数 約1億8621万回
事務所(MCN) 東阪企画[8]
チャンネル登録者数・総再生回数は
2026年8月10日時点。
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山田 五郎(やまだ ごろう、1958年〈昭和33年〉12月5日[9] - 2026年〈令和8年〉7月14日)は、日本の評論家、編集者[注 1]、タレント、コラムニスト、YouTuber。

本名は 武田 正彦(たけだ まさひこ)[1]。東京国立博物館評議員[10][11]。イギリス古時計協会(AHS)アカデミー会員[10][11]。ジュネーブ時計グランプリ財団(GPHG)元アカデミー会員[10][11]。

生涯

生い立ち

静岡市出身[12] の両親のもと、東京都[2][4]渋谷区[3]で、武田家の第1子・長男[1]として生まれた。父は旭化成株式会社勤務[4]のサラリーマンである。低学年の頃、父の仕事の都合で兵庫県西宮市へ転居した。小学校3年の時、一家で大阪府豊中市へ転居、豊中市立原田小学校に転校し、地元の豊中市立第一中学校を卒業。大阪府立北野高等学校に入学し、文芸部や美術部に所属した。

上智大学文学部に進学後、大学に美術史専門の学科がなく、ザルツブルク大学(英語版)への西洋美術史専攻での留学を勧められた[13]。この時に相談した教授の一人に、客員教授として同大学で教鞭を執っていた、ロックバンド「BARBEE BOYS」のメンバーいまみちともたかの父(今道友信)がいる[13]。留学したのは3年生の9月から4年生の9月までの1年間であった[5][4]。しかし、留学先での授業内容は日本で受けられるものとさほど変わらず、得るものは少なかった[13]。田舎すぎてやることもなく、退屈な日々であったという[13]。

帰国後は大学院へ進んで留学し直すことを検討していたが、相談した先輩たちの意見や父の帰国と祖父の他界、兄弟の年齢等の生活環境の変化で、今までのような奨学金は受け取れなくなるなどがあり、進学を諦め就職活動に目標を切り替えた[5]。卒業論文は「戦後野球漫画の様式的発展」であった。大学卒業後の1981年(昭和56年)4月、講談社入社[4]。大手であれば美術書を作らせてもらえるのではないかと期待していたが、配属されたのは情報雑誌の編集部であった[5]。ファッションに特別興味は無かったが、若者ファッションの情報雑誌『ホットドッグ・プレス』の編集を担当、後に『ソフィア』『チェックメイト』『TOKYO1週間』などの情報雑誌を担当した。『ホットドッグ・プレス』では編集長を務めた。いとうせいこうは同社の後輩であり、数年間『ホットドッグ・プレス』の編集部員であった。

1991年(平成3年)[14]、テレビ出演のきっかけは『タモリ倶楽部』のコーナー「今週の五ツ星り」に出演していた赤井英和が降板することになり、同番組の構成作家で知り合いの高橋洋二から代役としての出演を急遽依頼されたことにある[注 2]。当時の肩書は「お尻評論家」であった[14]。同番組は音楽に合わせて女性が入れ替わり立ち替わり画面の前で尻を振りまくるのが定番オープニングであり、お尻評論家としてオーディション審査員出演を皮切りに、バラエティ番組に多数出演するようになっていった。

2004年(平成16年)6月に講談社を退社して独立。以後はフリーランスの編集者、評論家、タレント、コラムニストとして活動。

2011年(平成23年)9月8日、TBSラジオの情報バラエティ番組『荒川強啓 デイ・キャッチ!』の出演を取材名目で休む[15]。翌週15日に復帰し、前週休んだ理由が初期の食道癌の治療(手術)であったことを明かした[15]。

2021年1月7日、YouTubeチャンネル『山田五郎 オトナの教養講座』と、これに対応したTwitterアカウント『【公式】山田五郎 オトナの教養講座』[16] を開設し、明くる1月8日付で、YouTubeチャンネルにて美術を主なテーマとした動画配信を開始する[7]。同年4月30日には早くもYouTubeチャンネルの登録者数10万人突破記念のライブ配信を行っていた[17]。

晩年

2024年10月4日、原発不明がんのステージIVBと診断され、抗がん剤治療を行っていることを自身の YouTubeチャンネル で公表した[18]。

2025年7月17日、第17回伊丹十三賞を受賞した[19][20]。

2026年5月16日、YouTubeで配信されているTBS Podcastの番組「みうら五郎」の 2026年5月16日配信「#47 夢」 において、後述する4日間昏睡時の様子を山田五郎自身が語っている。

2026年7月17日、YouTubeチャンネルの動画に、鼻に酸素吸入のチューブをつけた姿で出演した。同年3月に4日間昏睡状態に陥ったことを明かし、その後は歩行が困難となって車椅子を使用し、さらに腹水と胸水が溜まり、呼吸が困難になって酸素吸入機を使用するなど、不自由な生活を余儀なくされ、加えて固形物が食べられず、タバコも吸えなくなった現状を告白した。

「ご覧の通りですよ。もう人間立って歩いて飯食えているうちは死なないと思ったけど、もう死ぬよ。立って歩くことも飯食うこともできない。そんな状態です」と語った[21][22][23]。

後述のとおり、7月17日に配信された時点で本人は死去していた。また、28年以上にわたり出演した『出没!アド街ック天国』も最晩年まで出演しており、生前最後の収録(同年8月8日放送分)として死去する6日前の同月8日に参加していた[24]。

死去

2026年7月14日夕方、東京都渋谷区内の自宅で死去した。67歳没。

同月22日15時にYouTubeチャンネル『山田五郎 オトナの教養講座』が更新され、正式にマネージャーより訃報が公表された[25][26]。臨終は親族や友人、親交があった関係者により看取られており、長らく共演していた中川翔子も臨終には間に合わなかったが、病院に駆けつけたという[27]。

葬儀は同月19日、東京都文京区の東京カテドラル聖マリア大聖堂で親族や関係者により執り行われた[28][29]。

同月31日には生前に収録していたYouTubeチャンネルの動画が更新され「メメント・モリ」についての講義を行った。動画内でも山田は「このかたちで収録ができるのはたぶん最後だから」と明言しており、動画タイトルに「最後の授業」と銘打たれている[30]。

人物

エピソード

  • 「山田五郎」という芸名は、山田が在籍していた雑誌編集部の落とし物コーナーに放置されていたモンブランの「PIX #75」という高級シャープペンシルに「Yamada」と記名されていたことに由来する[39]。なお、このシャープペンシルを万年筆と間違って記憶している者が多く、これまでに「万年筆」を前提にした質問を何度もされている[39]。万年筆メーカーからの取材まで来てしまうに到り、山田は誤りを正す必要を強く感じていた[39]。ウィキペディアの記事(つまり本項)も「万年筆」としていたため、他者を通じて改訂してもらったというのも、本人の言である[39]。
  • 『タモリ倶楽部』のコーナー「今週の五つ星り」では、タモリに「ヒュフテヴィッセンシャフトラー・山田五郎教授」と紹介された[40]。また、『タモリのボキャブラ天国』では「美術評論家・山田五郎教授」という架空の肩書で出演していた。そのため、番組外でも「美術評論家」などの肩書で記事になったこともあった[41]。なお、"Hüftewissenschaftler(ヒュフテヴィッセンシャフトラー)" とは、ドイツ語で「尻」を意味する "Hüfte" と「学者」を意味する "Wissenschaftler" を組み合わせて「尻学者」の意味を持たせた造語である。

出演

テレビ

レギュラー出演

番組終了

ドラマ

ドキュメンタリー

アニメ

CM

  • YKK AP(ナレーション)
  • ENEOS(ウサゴローの中の人)
  • ANALIVE/中国/ANA
  • 芝浦アイランド(Web)
  • FLET'S光
  • サントリーBOSSコーヒー「プレミアム鉄道(仲間)篇」(2015年3月)- 豪華列車内でタモリが「産まれたての仔馬」の物まねをしているところを、笑って見ている一緒に旅する仲間としてみうらじゅんと共に出演。

ラジオ

レギュラー出演

番組終了

不定期出演

映画

その他

動画配信

主な著書

光ディスク

参考文献

事辞典

書籍、ムック

雑誌

映像資料

脚注

注釈

  1. 1 2 評論家と編集者のどちらを先に表記するかは資料によって異なるが(例えば母校である上智大学は編集者が先[5])、ここでは本人の意向が届きやすい発信源と考えられるYouTubeチャンネル[6] に準拠して評論家を先に記載する。
  2. ↑ 高橋はナンシー関と共に『ホットドッグ・プレス』の読者投稿欄「ぱっくんぷれす」を担当するライターでもあり、山田と親交をもつ人物。
  3. ↑ 7月25日の放送の最後に追悼テロップが流された[42]。

出典

  1. 1 2 3 新比惠智子(西村智子)(@89期) (2007年12月20日). “六稜トークリレー【第48回】「情報劣化〜マスメディアの現状が抱える問題点」〜山田五郎さん@89期”. 六稜NEWS. 六稜WEB. 六稜同窓会. 2022年9月19日閲覧。
  2. 1 2 3 4 5 “好きになれないはずがない: 編集者・評論家 山田 五郎”. 金融広報中央委員会. 2017年2月23日閲覧。
  3. 1 2 “ニッポンの想像を超える未来 Vol.4 2020年、その先の東京の未来 評論家 山田五郎さん”. COMWARE PLUS. コラムニッポンの想像を超える未来. NTTコムウェア (2019年8月22日). 2022年9月18日閲覧。
  4. 1 2 3 4 5 新居由香「山田五郎 < ぴいぷる」『zakzak』株式会社産経デジタル、2007年6月9日。オリジナルの2022年8月1日時点におけるアーカイブ。2022年9月18日閲覧。
  5. 1 2 3 4 “「日本はすごい!」ブームはちょっと行き過ぎ? 山田 五郎 編集者・評論家 < 上智人が語る 「日本、そして世界」”. 上智大学 × YOMIURI ONLINE. 上智大学、読売新聞社. 2022年9月18日閲覧。
  6. ↑ “山田五郎 オトナの教養講座 チャンネル概要欄”. YouTube. 2024年11月22日閲覧。
  7. 1 2 YouTube-20210108.
  8. ↑ 読売 20220921.
  9. ↑ kb.
  10. 1 2 3 山田 (2021b), biog.
  11. 1 2 3 山田 (2022a), biog.
  12. ↑ “山田五郎さんの東照宮論”. 静岡新聞 文化生活部記者ブログ「くらしず」 (2015年5月15日). 2023年10月2日閲覧。
  13. 1 2 3 4 “2017.8.2〜 「オーストリアへの留学失敗?!」”. 杏子と政哉の Spice of Life GOLD. 全国FM放送協議会 (JFN) (2017年8月2日). 2022年9月18日閲覧。
  14. 1 2 3 “#435 山田五郎(評論家)< バックナンバー”. BS朝日 (2019年6月22日). 2022年9月19日閲覧。
  15. 1 2 「山田五郎氏が食道がん手術を明かす」『日刊スポーツ』日刊スポーツ新聞社、2011年9月16日。2022年9月21日閲覧。
  16. ↑ 【公式】山田五郎 オトナの教養講座 [@yamadagoroCH] (2021年1月7日). “皆さん初めまして!🙇‍♀️「山田五郎 オトナの教養講座」YouTubeチャンネル開設します!🎉 第1回目は1月8日19時公開予定です☺️ どうぞお楽しみに!!!”. X(旧Twitter)より2022年9月21日閲覧.
  17. ↑ YouTube-20210430.
  18. ↑ “山田五郎、原発不明がんを公表 抗がん剤治療も活動継続へ「がんと共に生きる」”. ORICON NEWS. oricon ME. 2024年10月4日. 2024年10月4日閲覧.
  19. ↑ “山田五郎、「第17回 伊丹十三賞」を受賞「驚愕と恐縮に震えております」【コメント全文】”. ORICON NEWS. oricon ME (2025年7月17日). 2025年7月17日閲覧。
  20. ↑ “山田五郎さん、おめでとうございます!(第17回伊丹十三賞贈呈式レポート)”. ほぼ日 (2025年12月9日).
  21. ↑ 山田五郎 オトナの教養講座 (2026-07-17), 【闘病中に執筆】画題の意味を知れば西洋の宗教画は面白い!「聖書」をテーマに画家の個性が光る!ゴッホ、フェルメール、レオナルド・ダ・ヴィンチ…有名画家の美麗な絵をご紹介 2026年7月22日閲覧。
  22. ↑ 「原発不明がん公表の山田五郎、近影公開 酸素チューブを付け… 3月に一時昏睡状態に「立って歩くことも飯食うこともできねえ」」『オリコンニュース(ORICON NEWS)』2026年7月18日。2026年7月22日閲覧。
  23. ↑ 「がん公表の山田五郎、鼻に酸素チューブ入れ動画登場「3月に昏睡」と告白 ブラックジョークも」『日刊スポーツ』2026年7月19日。2026年7月22日閲覧。
  24. ↑ アド街公式X「最期の収録は亡くなる6日前」28年間出演の山田五郎さん功績や感謝の言葉つづる - 日刊スポーツ 2026年7月22日
  25. ↑ “山田五郎さん死去、67歳 西洋美術の魅力を紹介 「アド街」出演”. 朝日新聞 (2026年7月22日). 2026年7月22日閲覧。
  26. ↑ 山田五郎『山田五郎 所属事務所からのご報告【公式発表】』(YouTube配信)、山田五郎 オトナの教養講座、2026年7月22日。2026年7月22日閲覧。
  27. ↑ 中川翔子、山田五郎さん死去の7・14「会いに行きました。あと5分、間に合いませんでした」 - 日刊スポーツ 2026年7月22日
  28. ↑ 山田五郎さん死去 マネジャーが発表「病気が憎い」「天国の取材活動に協力を」/発表まとめ - 日刊スポーツ 2026年7月22日
  29. ↑ 【記事全文】山田五郎さん悲痛 葬儀は「アド街」放送の日だった 親しい友人ら別れ告げた後に登場 最期まで詳しい解説 - Sponichi Annex 2026年7月22日
  30. ↑ 山田五郎さん、“最後の授業”に臨んだ思い語る「メメント・モリの対句…」 - ORICON NEWS 2026年8月1日
  31. ↑ (日本語) 【祝45万人&もうすぐ2周年記念!】山田五郎 オトナの教養講座 第7回生配信 2022年12月26日閲覧。
  32. ↑ (日本語) 【お宝コレクション公開】質問100問にマルかバツで回答!深掘りで五郎の恐怖症も発覚!?【五郎ファン必見企画】 2022年12月26日閲覧。
  33. 1 2 3 山田五郎 オトナの教養講座 (2022年5月27日). 【祝40万人!】山田五郎 オトナの教養講座 第5回生配信 (動画共有サービス). YouTube. 該当時間: 1時間47分35秒〜1時間51分58秒. 2022年9月18日閲覧.
  34. 1 2 ピース又吉直樹【渦】公式チャンネル『山田五郎と初のチャンネルコラボ!初めて買う腕時計…ロレックス?パテックフィリップ?これをつけておけば間違いなし!?【山田五郎さんコラボ #1】』Youtube、2022年10月7日。2024年9月6日閲覧。
  35. 1 2 webChronosTV『これぞ、腕時計の教養講座! 山田五郎が語る、お気に入りの2本とは?』Youtube、2023年11月13日。2024年9月6日閲覧。
  36. ↑ EYE EYE ISUZU『【前編】⼭⽥五郎さんによる「時計好き納得の傑作時計8選」(オメガ、IWC、パネライ、ジャガールクルト)アイアイイスズ 第一回ライブコマース配信』Youtube、2023年8月25日。2024年9月6日閲覧。
  37. ↑ TBSラジオ『みうらじゅんの「サブカルジェッター」〜2番目がいいんじゃない』2007年11月17日の放送より。
  38. ↑ 村松秀太郎 東京文化財研究所
  39. 1 2 3 4 YouTube-20210702.
  40. ↑ R25 2007年6月21日発売号, インタビューより。.
  41. ↑ 「山田五郎 芸術家の「ヘンタイ」部に光を当てるイベント人気」『NEWSポストセブン』小学館、2014年8月26日。2014年11月7日閲覧。
  42. 1 2 “テレ東「アド街ック天国」、14日死去の山田五郎さんをテロップで追悼…28年間出演「安らかな眠りを」”. スポーツ報知. 報知新聞社 (2026年7月25日). 2026年7月25日閲覧。
  43. ↑ “山田五郎のだべり喫茶”. ファミリー劇場. 株式会社ファミリー劇場. 2022年9月23日閲覧。 “今月の放送をもって「山田五郎のだべり喫茶」閉店。3年と1か月に渡り本店をご利用頂き誠にありがとうございました。”
  44. ↑ “浅野忠信×山田五郎 EP1”. NHK. 2025年4月18日. 2025年4月26日時点のオリジナルよりアーカイブ. 2025年4月26日閲覧.
  45. ↑ X. TBSラジオ(@TBSR_PR). 2026年7月22日. 15時2分、2026年7月25日閲覧。
  46. ↑ “TBSラジオ「みうら五郎」26日最終回 山田五郎さんの訃報受け 後番組は未定”. 日刊スポーツ. 日刊スポーツ新聞社 (2026年7月22日). 2026年7月25日閲覧。
  47. ↑ みうら五郎(2026年7月26日アーカイブ分) - TBSラジオ. 2026年7月27日閲覧。

外部リンク