徐州駅
| 徐州駅 | |
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駅舎(2023年5月) | |
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徐州 じょしゅう Xuzhou | |
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| 所在地 |
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| 所属事業者 | 中国国家鉄路集団 |
| 管轄鉄路局 | 上海局集団 |
| 等級 | 一等駅[1][2] |
| 旧名 | 徐州府駅 |
| 所属路線 | 京滬線、隴海線 |
| 駅構造 | 地上駅 |
| ホーム | 単式ホーム1面、島式ホーム4面 |
| 開業年月日 | 1910年 |
| 徐州駅 | |
|---|---|
| 各種表記 | |
| 繁体字: | 徐州站 |
| 簡体字: | 徐州站 |
| 拼音: | Xúzhōu |
| 発音: | シューヂョウ ヂャン |
| 英文: | Xuzhou Railway Station |
徐州駅(じょしゅうえき)は中華人民共和国江蘇省徐州市泉山区津浦西路に位置する中国国家鉄路集団(中国国鉄,CR)の駅。京滬線、隴海線の二大幹線が交差し、中国鉄路上海局集団が直轄する一等駅である。なお本項では近接する徐州地下鉄の駅、徐州火車站駅[3](じょしゅうかしゃたんえき)についても記述する。
所属路線
歴史
初代の駅は1909年6月に津浦線(後の京滬線)の徐州府駅として建設が始まり、イギリスの建築家小古龍が設計し、中国側からは張伯、陳正庭が技術者として建設を請け負った。当時の駅所在地は子房山(鶏鳴山)の西側であり、駅舎は1910年1月に竣工し、英国様式の煉瓦および木造平屋の建築であった。当時の駅には旅客列車発着用のプラットホームが2線敷設されていた。待合室は竹竿とヨシの筵で仮設され、内部に数個の長椅子が置かれた。また、建築面積2736平方メートルの機関区も同時に建設された[5]。1909年(あるいは1910年)に駅は開業し、地元の有識者が開通式典に参加し、地元住民もこぞって見物に訪れた。駅が東の城門外に置かれたことから、徐州の人々は駅を習慣的に東駅(中: 东站)と呼んでいた。
1915年にはベルギーが建設を請け負った隴海線が当駅に乗り入れたが、イギリスが担当する津浦線とはそれぞれ独立して運営され、両路線間を跨ぐ直通運転は行われていなかった。貨物輸送も駅で貨物を積み替える連絡運輸が行われていた[6]。1927年に駅はそれまでの徐州府駅から徐州駅へと改称された。1931年6月に、津浦・隴海両路線間で初めての直通運転が開始された[6]。1936年には駅名が再度銅山駅へと改称された[7]。
日中戦争が勃発すると1938年の徐州会戦により、駅は日本軍の爆撃によって破壊され、その後日本軍によって駅は隴海線と共に接収された。隴海線の起点である連雲港から日本本土の門司港へは航路で500海里と比較的近い距離であったこともあり、日本軍が隴海線を利用して中国大陸で得た物資を海路で日本本土へ輸送するのに非常に便利であったことから、当駅は当時日本へ向けた物資輸送の中継地点となった。このことから日本によって、駅のホームの改修や駅舎からホームへの地下通路を整備するなどの投資が実施され、また機関区に所属する機関車の数も従来の30両から40両へと増強された[5]。
日中戦争終結後、駅名は徐州駅に戻された。1948年、国共内戦の戦闘淮海戦役によって駅および線路は再び破壊された。同年12月1日に徐州が中国人民解放軍により占領された後、鉄道部と徐州市政府によって、戦闘で破壊された鉄道の復旧工事が行われ、1949年5月には全線復旧して運行が再開された[7]。
第一次五カ年計画以降、輸送量が増加し既存の設備では需要を賄えなくなったことから、1956年に操車場の拡張され、着発線が850mに延長されるとともに、引き上げ線もこれに合わせて延長された。 1957年10月には東駅広場が拡張され、同時に建築工程部北京第二工業建築設計院の設計により、同時に2000人以上を収容可能な2階建て待合室が整備され、1959年2月に完成した[7]。
1958年6月には、大躍進運動後の輸送量急増により、東に操車場が増設され、こちらは1959年12月に竣工した[6]。その後も当駅の操車場部分を拡張する計画は何度かあったが、南京長江大橋の開通による輸送量の更なる増加によって、旅客と貨物を同一の駅で取り扱うことに限界があったこと、また予算上の都合などの要因により、近隣の孟家溝駅(現在の徐州北駅)に新たな操車場を分散する方向に変更され、当駅の貨物駅機能は縮小されることとなった。
1979年頃から津浦線および隴海線の複線化の完了によって輸送量は年々増加するようになり、1984年には貨物列車の待機時間による直接的損失が150.8万元にも上るようになった。
1985年より津浦線と隴海線の立体交差化による平面交差の解消、機関区の拡張や列車整備所の移転が計画され、1992年8月に工事が正式着工、翌年1993年の5月13日に旧駅が閉鎖しての改修工事が開始された。改修期間中の旅客輸送は近隣の徐州西駅および、当時は徐州臨駅や徐州南駅と呼ばれた操車場に分けて取り扱われ、徐州西駅は主に徐州を起終点とする列車を、徐州臨駅は主に当駅を途中停車駅とする列車の着発を担当した[6]。1996年9月25日に新駅の供用が開始され、これらの対応は終了した[7]。新設された徐州駅の駅舎には、白いタイル張りの外壁、青い遮光ガラス、アーチ型の天井によって風をはらむ帆を表現したような意匠が取り込まれていた。また、駅名看板は画家の李可染によって揮毫された[8]。
2007年初頭に1,3番ホームはそれまでの客車列車を基準とした低床ホームから、動車組基準の高床ホームへと嵩上げ改修された[9]。同年4月18日に京滬線で動車組の運行が開始されたが、運行当初は当駅には停車しなかった。同年6月1日より動車組列車であるD31/32次列車が当駅に停車するようになった[10]。9月10日からは隴海線を経由して鄭州から上海へ向かうD88/5およびD82/3次列車[11]、12月21日からは、新たに青島から漢口へ向かうD151/153次および済南から鄭州へ向かうD157/158次列車が当駅に停車するようになった[12]。
2008年3月18日に駅の管轄が済南鉄路局から上海鉄路局へと変更され[4]、その後徐州市政府と上海鉄路局によってさらなる駅の改修が決定された[13]。同年9月より2期に分けられた駅改修工事が着工し、第1期事業としてはホームの改修工事で、総投資額は2.5億元に上り、ホーム上部を覆う上屋の建設などが実施され、工事は2008年末に完了した[7]。第2期事業では2009年末に着工して、駅舎外観の再改修が実施され2010年2月14日に工事は終了した[8][14]。2016年8月10日には、当駅から高速鉄道各線への連絡線が完成し鄭徐旅客専用線の一部列車も当駅へ乗り入れるようになった[15][16]。2019年9月28日に初の地下鉄路線である徐州地下鉄1号線の駅が開業[17],2021年6月28日には続いて徐州地下鉄3号線が開業した[18]。
駅構造
現在の駅舎は1996年に供用開始、2009年に改修されたもので、中鉄十局建築公司が建設を請け負った[19]。 駅舎は徐州の歴史的雰囲気に合わせた、左右対称で優雅なスタイルが採用されている[8]。建築面積は3.3万平方メートルで、主な部分の高さは45m、全8階建ての構造である。高架部分に入場口および待合室、出場口が地下道となっている動線で旅客を誘導する[1]。
乗車券発売所は駅舎の左側に位置し、30の有人窓口と22台の自動券売機が設置されている。駅舎内には合計10の待合室があり、9851平方メートルの総面積に同時に1万人の旅客を収容可能である。待合室は、優等座席旅客用の待合室は1階に位置されているほかは、残りの待合室はすべて跨線部分の高架2階に設置されている[14]。
プラットホームは単式ホーム1面、島式ホーム4面の規模を有し、すべてが高床のホームである。ホームの番線は西から東へ順に、1から10の番号が付されているが、6番線はホームに面していないことから実質的な欠番となっている。構内にはそれぞれ有効長650mの9本の着発線および1本の走行線が設けられており、4方向の列車の発着を同時に行うことができる[8]。 各ホームには待合室に通じる階段があり、旅客、手荷物、郵便輸送用の地下通路も設けられている[1]。ホーム天井は高さ18.5メートル、面積46000平方メートルの巨大な上屋に覆われており[20]、江蘇省の長江以北地域では当駅が初の採用であった[21]。
利用状況
当駅は中国の主要幹線である京滬線と隴海線が交差する駅であり、蚌埠、商丘、連雲港、済南といった各方面への旅客列車を取り扱っている。2017年のダイヤ改正時点での、駅を発着する1日平均の列車本数は109.5往復にも達し、当駅での機関車の交換回数は1日204回にも及ぶ[1]。
当駅の、中間駅とする列車が多い一方で始発列車が少ない、そして夜間の発着列車が多く昼間の列車本数が少ない特徴は「二多二少(2つの多、2つの少)」という言葉でも表現される。駅で切符の発売する193本の旅客列車のうち、当駅を始発駅とする列車はわずか10往復であり、そのうち管轄局を跨いで長距離運転される列車は僅か4.5往復である。また、1日の発着本数の3分の2が夜間に発着する列車であり、安全面でのプレッシャーは非常に大きい[8][22]。
徐州地下鉄 徐州火車站駅
| 徐州地下鉄 徐州火車站駅 | |
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5番出口(2025年1月) | |
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じょしゅうかしゃたん Xuzhou Railway Station | |
| 所属事業者 | 徐州地下鉄 |
| 駅構造 | 地下駅 |
| ホーム | 各1面2線(2面4線) |
| 開業年月日 | 2019年9月28日 |
| 乗入路線 2 路線 | |
| 所属路線 | ■1号線 |
| キロ程 | (路窩起点) |
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◄民主北路 子房山► | |
| 所属路線 | ■3号線 |
| キロ程 | (振興大道起点) |
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◄白雲山 天橋► | |
駅は大馬路と復興北路の交差点の地下、国鉄徐州駅の西側に置かれている。1号線の駅は大馬路に沿って東西に延びる地下3階建ての地下駅で、長さ171.4m、幅は23.1メートルから25.4メートルの規模を有する[23]。地下1階がコンコース階、地下3階がホーム階となっており、ホームはフルスクリーンタイプのホームドアがついた島式ホームの設置されている。 3号線の駅は復興北路に沿って南北に延びる地下2階建ての地下駅で、長さ294.6m、幅は22.7mから23.35mである[24]。地下1階がコンコース階、地下2階がホーム階となっており、ホームは同じく島式ホーム、フルスクリーンタイプのホームドアが設置されている。
両線ホーム間の乗り換えには連絡通路が設けられており、通路は1号線コンコースの北東側と3号線コンコースの南西側を連絡している。また、3号線の駅は駅の北側に片渡り線を備えており、同時に駅の北西側には1号線と3号線を結ぶ単線の連絡線が設けられ、1号線の西行き本線と3号線の南行き本線を接続している[25]。
- 1号線ホーム(2026年1月)
- 3号線ホーム(2026年1月)
隣の駅
脚注
- 1 2 3 4 “单位概况”. 江苏文明网-上海铁路局徐州站. 2017年9月3日時点のオリジナルよりアーカイブ。2017年9月3日閲覧。
- ↑ 徐州市史志办公室 (2021). 徐州年鉴 2021. 中国文史出版社. ISBN 978-7-5205-3265-5. オリジナルの2023-05-29時点におけるアーカイブ。 2023年10月7日閲覧。
- ↑ “定了!官方公告:徐州地铁1、2、3号线车站正式命名!”. 搜狐网 (2016年12月12日). 2024年12月12日閲覧。
- 1 2 3 “徐州火車站詳情”. 128旅行網. 2011年4月28日時点のオリジナルよりアーカイブ。2026年6月17日閲覧。
- 1 2 “民国元年火车驶进徐州府”. 凤凰网. 2015年10月15日. 2017年9月3日時点のオリジナルよりアーカイブ. 2017年9月2日閲覧.
{{cite news}}: 不明な引数|dead-url=は無視されます。(もしかして:|url-status=) (説明) - 1 2 3 4 “第二节 徐 州 枢 纽”. 江苏省地方志. 2015年8月14日時点のオリジナルよりアーカイブ。2017年9月3日閲覧。
- 1 2 3 4 5 “认识徐州,从火车站开始……”. 搜狐网. 2017年4月3日. 2019年8月1日時点のオリジナルよりアーカイブ. 2017年9月3日閲覧.
{{cite news}}: 不明な引数|dead-url=は無視されます。(もしかして:|url-status=) (説明) - 1 2 3 4 5 “徐州火车站”. 畅言网. 2011年2月18日. 2019年8月3日時点のオリジナルよりアーカイブ. 2017年9月2日閲覧.
{{cite news}}: 不明な引数|dead-url=は無視されます。(もしかして:|url-status=) (説明) - ↑ “春运两天后正式开始 坐火车请别"嫌弃"临客”. 新浪网. 2007年1月31日. 2019年8月2日時点のオリジナルよりアーカイブ. 2019年2月27日閲覧.
{{cite news}}: 不明な引数|dead-url=は無視されます。(もしかして:|url-status=) (説明) - ↑ “京沪动车组增停3站 部分动车组6月1日起提前增开”. 东方网. 2007年6月3日. 2013年6月16日時点のオリジナルよりアーカイブ. 2017年9月2日閲覧.
{{cite news}}: 不明な引数|dead-url=は無視されます。(もしかして:|url-status=) (説明) - ↑ “上海至郑州动车组将开行 郑州纳入沪"8小时经济圈"”. 青年报 (2007年9月7日). 2017年3月5日時点のオリジナルよりアーカイブ。 Template:Cite webの呼び出しエラー:引数 accessdate は必須です。
- ↑ “徐州火车站站将增2对动车组”. 火车票. 2008年12月4日. 2020年11月23日時点のオリジナルよりアーカイブ. 2017年9月2日閲覧.
{{cite news}}: 不明な引数|dead-url=は無視されます。(もしかして:|url-status=) (説明) - ↑ “记忆中的老徐州,就是这个样子……”. 淮海网. 2017年4月16日. 2017年9月3日時点のオリジナルよりアーカイブ. 2017年9月2日閲覧.
{{cite news}}: 不明な引数|dead-url=は無視されます。(もしかして:|url-status=) (説明) - 1 2 “徐州火车站改造主体工程完工”. 人民网. 2010年2月14日. 2010年2月17日時点のオリジナルよりアーカイブ. 2017年9月2日閲覧.
{{cite news}}: 不明な引数|dead-url=は無視されます。(もしかして:|url-status=) (説明) - ↑ “郑徐客专引入徐州枢纽 9月开通运营”. 央广网. 新华网. 2016年7月21日. 2020年12月1日時点のオリジナルよりアーカイブ. 2020年3月12日閲覧.
{{cite news}}: 不明な引数|dead-url=は無視されます。(もしかして:|url-status=) (説明) - ↑ 朱瑜 (2018). “徐州站旅客列车晚点原因分析及对策”. 上海铁道科技.
- ↑ “徐州地铁1号线开通 江苏省内地铁城市数量增至5城”. 中国新闻网 (2019年9月28日). 2024年12月6日閲覧。
- ↑ “徐州地铁3号线一期工程通车”. 国务院国有资产监督管理委员会 (2021年7月1日). 2024年12月7日時点のオリジナルよりアーカイブ。2024年12月4日閲覧。
- ↑ “徐州站”. 中铁十局. 2015年9月18日. 2017年9月3日時点のオリジナルよりアーカイブ. 2017年9月3日閲覧.
{{cite news}}: 不明な引数|dead-url=は無視されます。(もしかして:|url-status=) (説明) - ↑ “徐州火车站将改建成标志性建筑”. 腾讯网. 2008年7月3日. 2017年9月3日時点のオリジナルよりアーカイブ. 2017年9月3日閲覧.
{{cite news}}: 不明な引数|dead-url=は無視されます。(もしかして:|url-status=) (説明) - ↑ “苏北第一风雨棚年底完工[图]”. 东方网. 2009年9月29日. 2017年9月3日時点のオリジナルよりアーカイブ. 2017年9月3日閲覧.
{{cite news}}: 不明な引数|dead-url=は無視されます。(もしかして:|url-status=) (説明) - ↑ “探访徐州火车站“大脑”:指挥调度 力保暑运顺利”. 中国新闻网. 2012年8月20日. 2020年11月28日時点のオリジナルよりアーカイブ. 2017年9月3日閲覧.
{{cite news}}: 不明な引数|dead-url=は無視されます。(もしかして:|url-status=) (説明) - ↑ “徐州火车站站1号线车站主体结构顺利封顶”. 徐州地铁集团有限公司 (2017年7月14日). 2024年12月6日閲覧。
- ↑ “轨道交通3号线一期工程徐州火车站站主体结构顺利封顶”. 徐州地铁集团有限公司 (2019年12月17日). 2024年12月6日閲覧。
- ↑ “徐州市城市轨道交通1、2、3号线一期工程FAS气灭钢瓶检测项目招标公告”. 徐州地铁集团有限公司 (2024年4月3日). 2024年12月6日閲覧。 “徐州市城市轨道交通3号线一期工程正线全长约18.3km,出入段线204m、全线设16座车站,1座车辆段,2处联络线(与1号线在徐州火车站设联络线,与2号线在淮塔东路站设联络线)”
