北京南駅
| 北京南駅 | |
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駅舎全景(2015年12月) | |
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ペキンみなみ Beijingnan Beijing South[注 1] | |
| 所在地 |
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| 所属事業者 |
中国国家鉄路集団(CR) 北京京港地鉄有限公司(北京地下鉄) |
| 北京南駅 | |
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| 各種表記 | |
| 繁体字: | 北京南站 |
| 簡体字: | 北京南站 |
| 拼音: | Běijīng nán Zhàn |
| 発音: | ベイジンナン ヂャン |
| 英文: |
Beijingnan Railway Station Beijing South Railway Station |
北京南駅(ペキンみなみえき、中国語: 北京南站、英語: Beijingnan Railway Station)は、中華人民共和国北京市豊台区と東城区に跨って所在している中国国家鉄路集団(中国国鉄)と北京地下鉄の駅。京津都市間鉄道、京滬高速鉄道の北京方の起点である。歴史的には馬家堡駅および永定門駅とも称された[2]:1。
1957年から1958年にかけて、北京駅の補助的な旅客駅として整備拡張され[3]、2006年以前は長距離優等列車中心の北京駅、北京西駅に対し、中、短距離の客車列車の発着が主たる駅であった。2006年から2008年には旧駅舎取り壊しを伴う大規模拡張を経て、工事後は高速鉄道列車も多く乗り入れるほか、地下鉄やバスも広く利用可能な、大型の交通ターミナルとして機能している[4]。
利用可能な鉄道路線
- 中国国家鉄路集団(中国国鉄)
- 在来線
- 高速線
- 北京地下鉄
利用可能な主な列車
- 京津都市間鉄道の列車 - 列車は天津行き、または浜海新区の浜海行きである。
- 京滬高速列車 - 当駅と上海駅/上海虹橋駅の間を、最速4時間18分で結んでいる。停車駅が少ない速達便は、済南西、南京南などに停車する[5]。
- 京済高速列車 - 済南西/済南東行き
- 京青高速列車 - 青島/青島北行き
- 京合高速列車 - 合肥南行き
- 京杭高速列車 - 杭州東行き
- 京甬高速列車 - 寧波行き
- 京福高速列車 - 福州行き
- 京廈高速列車 - 廈門北行き
- 在来線
歴史





1895年(光緒21年)の旧暦8月、当時の両江総督劉坤一は天津から盧溝橋に至る鉄道路線の建設を提言した。同年10月20日、清の朝廷は上諭を公布し、胡燏棻に天津-北京間の鉄道建設を指揮させた。路線が清東陵を通過して風水を損なうことを防ぐため、通州を通過する東線案は放棄され、終点を北京の西にある盧溝橋に変更することで路線名は津蘆線と命名された。清皇帝の庭園や狩猟場といった施設が数多くあった南苑を避けるため、のちに路線は西の黄村および豊台へ移され、豊台から盧溝橋への支線が建設された[8]。
1896年(光緒22年)の10月15日、胡燏棻が外国人技師のクロード・ウィリアム・キンダーに看丹へ赴き詳細な調査を命じたところ、当該地は交通の要衝ではあるものの京城(北京)から10余里も離れており、旅客の往来にも不便であるとの回答が得られ、駅を移転するべきであると上奏を行った。この意見が通り、馬家堡に津蘆線の北京側の終点駅を建設することが決定された[8]。
1897年(光緒23年)の旧暦5月、北京南駅の直接の前身となる馬家堡駅の建設工事は着工した。当時の駅の所在地は現在の馬家堡村を流れる馬草河の北側、馬家堡路と馬家堡東路の間であり、北へ南三環路まで約50メートルの距離に位置していた。駅の総面積は1500平方メートル以上であった。駅舎は英国スタイルの建築で南側に入口を有し、高さはおよそ3階建てであった。申報は馬家堡駅について、屋根はすべて鉛板で覆われており、瓦やレンガを使用していなかったと伝えている。駅舎の南側に構内が位置し、プラットホームは長さ約90メートル、幅約11メートル、面積約1000平方メートルであった[8]。駅の完成後、周辺には多くの茶棚(簡易休憩処)、旅館、壺を売る店舗、銭湯、演芸場などが軒を構えるようになった。また駅周辺には商人たちが商品を保管するための大型倉庫群が点在する地域となった[8]。
駅の完成に伴って周辺地域は発展を遂げ、1899年にはドイツのシーメンスは永定門から馬家堡に至る全長約7.5kmの路面電車路線を新たに開通させた[9]。
1900年(光緒26年)の4月から5月にかけて、義和団の乱が直隷地域を中心に急速に広まると、暴動の波は北京にも押し寄せた。5月までに義和団は蘆保線や津蘆線の線路に沿って北京へ進軍し、線路を焼いたり周辺の電線を切断したりした。清廷は聶士成らに武衛軍を率いさせて沿線の義和団の鎮圧に当たらせた。しかし結果として、義和団による鉄道施設の破壊を阻むことができず、光緒26年5月16日(1900年6月12日)に駅は義和団による放火によって焼失している。数日間にわたる火災により、駅の建物と設備は全壊し、地元の人々はこの出来事を火焼洋楼台事件と呼んだ。駅の全壊後、設備や枕木、およびレールの大半は現地の人々によって解体され、持ち去られた[8]。シーメンス社が1899年に建設した路面電車路線の設備も、同時に義和団によって破壊され、車両は破壊され、電柱や線路も消失していたことが報告されている[9]。
同年1900年の7月から8月頃に八カ国連合軍が天津および北京を占領すると、当時の列強各国は豊台から馬家堡に至る区間の鉄道の争奪に走った。イギリスはこの鉄道が自国の資金を用いてイギリス人監督の下で建設されたことを理由として、同鉄道の自国による所有権を主張し、線路の敷設を進めた。同年9月20日、イギリス軍のガシー将軍がジョージ・ハミルトン卿に送った電報には、「我々は8月30日に豊台の鉄道ジャンクションを押さえた。周辺住民との友好交渉を通じて順調に鉄道設備を回収し、線路の敷設を開始した」と記されている[8]。しかし、イギリス軍は駅舎の復元を行うことはせず、津蘆複線のレールを利用して、馬家堡から永定門外を経て南側の外濠を渡り、北京外城の城壁を取り壊して城内へ入り、天壇の城壁の根元まで線路を延長した。 清廷は天壇の直下まで鉄道が引き込まれることは国家の尊厳を損なうと苦言を呈し、イギリスとの話し合いの結果、1901年にイギリス側が永定門から天壇までの鉄道を撤去し、永定門から正陽門東駅への線路を新たに接続し直すことで解決した。これにより、関内外鉄道の北京側の終着駅は馬家堡駅から正陽門東駅へと変更された[8]。
その後路線の変更に伴い、津蘆線は右安門外のそれまでの馬家堡駅を経由しなくなり[8]、新たな駅は1901年11月の新線敷設に伴って、永外大街の西側に設置されたことで[10]:249、右安門外の旧駅は1902年頃に廃止された[11]。同年の旧暦5月、清朝政府によって駅名が永定門駅へと改称された[2]:5。新線開通後、永定門駅は津蘆線が馬家堡駅から正陽門への至るまでの小さな駅に過ぎなかったが、後に拡張され旅客営業を開始した。1916年12月に永定門駅は三等駅に指定された[2]:6。
日中戦争中、駅は日本により接収され、接収した路線の運営にあたった華北交通は南苑支線を永定門駅に接続させて貨物ヤードを建設し、駅を北京城南の旅客および貨物輸送における拠点駅へと昇格させた[12]。
1949年以降、北京駅の旅客需要の増加による分散のため、1956年に当駅を旅客駅として改修する計画が上がり、旧駅から1kmの位置に移転開業させることとなった。旧駅の西側に分岐を設けて旅客ホームを配置し、南へ曲がって京山線へ接続し、馬家堡線路所(信号場)を設置した。新駅には本線2線、着発線4線の設備が設けられ、駅舎は平屋建ての木造、レンガ造りによる8131平方メートルのものが新たに建設された。工事は1957年6月に着工、1958年6月に新駅は竣工し、翌1959年に旧駅は取り壊された。 新たな駅は当時、仮設の旅客駅として設計され、設計耐用年数もわずか10年であったが、実際には2005年までの48年間にわたり運用された[13][9]。
建設から長らく、当駅は北京駅の補助的な旅客駅として機能し、主に鈍行の旅客列車の発着を担当した。1985年には跨線橋が増設、出札窓口や手荷物取扱所が拡張され、1986年には1987平方メートルの待合室が仮設で増設された。1988年1月1日にそれまでの永定門駅から現在の北京南駅へと改称された[12][14]:6。
北京への高速鉄道路線建設に伴い、当駅を京津都市間鉄道および京滬高速鉄道の北京側のターミナル駅として改修する計画が持ち上がったことにより、駅は2006年5月9日をもって営業を休止しての改修工事に入った[15][16]。2008年8月1日の京津都市間鉄道開通とともに新駅舎によって、営業は再開され、旧駅より北東約500メートルの位置に移設された[9]。同時に従来、北京駅を始発としていた京滬線(在来線)経由の動車組の一部も当駅からの発着に変更された[17]。2009年9月28日には当駅に乗り入れる初の北京地下鉄の路線として、北京地下鉄4号線の駅が開業した[18]。2011年7月1日には京滬高速鉄道が開業し[19]、以降当駅は高速鉄道列車のみが発着する駅となった。2015年12月26日には続いて2本目の地下鉄路線である北京地下鉄14号線が開通した[20]。
駅構造
駅の大部分は2008年に供用開始され、国鉄の駅舎、地下駐車場、高架道路といった周辺施設で構成され、敷地面積は49万9200平方メートル[21]、北京地下鉄4号線、14号線、路線バスのりばへの乗り換え通路が整備されている[22]。
中国国家鉄路集団
| 中国国鉄 北京南駅 | |
|---|---|
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南駅舎(2017年5月) | |
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ペキンみなみ Beijingnan | |
![]() | |
| 所属事業者 | 中国国家鉄路集団 |
| 管轄鉄路局 | 北京鉄路局 |
| 等級 | 特等駅 |
| 電報略号 | VNP |
| 駅構造 | 地上駅 |
| ホーム | 13面24線 |
| 開業年月日 | 1897年 |
| 乗入路線 3 路線 | |
| 所属路線 | 京滬線 |
| キロ程 | 7.0 km(北京起点) |
| 所属路線 | 京津都市間鉄道 |
| キロ程 | 0.0 km |
| 所属路線 | 京滬高速鉄道 |
| キロ程 | 0.0 km |
国鉄の駅舎は建築規模が非常に大きくなることから、駅舎と碁盤目状に整備された区画との摩擦を避けるべく楕円の形状が採用された。デザインのコンセプトは天壇の祈年殿より着想を得ており、屋根は3つの層に分けた構造が採用された。中央に駅舎を配置し、東西両側には対照的な弧状の2層に分かれた上屋を設けている。この構造によって、中央から両端に向かって段階的に低くなる3層の屋根構成が形成され、祈年殿の3重の屋根に似た造形となっている[23][24][25]。また、これはイタヤガイ科の形状にも似ているとされる[26]。
地上2階、地下3階の計5層で構成され、プラットホームは地平階に位置している。保安検査を通過したあとの待合室と入場改札は設置されているが、地下1階にも京滬高速鉄道および京津都市間鉄道の列車へ急ぐ旅客の為の快速入場口(快速进站口)が設けられている。降車旅客用の出場口は駅の地下1階にある。奇数の番号が振られたのりばは構内北側、偶数の番号が振られたのりばは構内南側に配置され、地下1階のコンコースは地下鉄、路線バス、およびタクシーへの乗り換えが可能な交通ターミナルとして機能している。コンコース中央部は地下鉄の改札および改札内コンコースがあり、コンコースの東西両側にはタクシー乗り場、および地下駐車場が整備されている。
高架階は楕円形をしており、長軸約350メートル、短軸約195メートルの規模を有している。南北両端は吹抜け構造のコンコースとなっており、駅舎屋根の中央軸線上には自然採光を目的とした天窓が配置されている。ホームの上部にも大面積の天窓が設置されている。高架階と地下1階には計8箇所の出札窓口と76台の自動券売機が設置されている。
構内は13面24線の規模となっており北から南へ順に、3面5線の規模、1-5の番号が振られた在来線ホーム、6面12線、6-17の番号が振られた京滬高速鉄道ホーム、および4面7線、18-24の番号が振られた京津都市間鉄道ホームに分かれている[27]。
- 地上入場口(2016年6月)
- 待合室(2010年)
- プラットホーム(2014年2月)
- 14、15番線への改札(2015年8月)
- 京津都市間鉄道のホームへの快速入場口(2023年6月)
- 出場コンコース(2014年11月)
北京地下鉄
| 北京地下鉄 北京南駅 | |
|---|---|
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A出口(2020年7月) | |
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ペキンみなみ Beijing South Railway Station | |
| 所属事業者 | 北京京港地鉄有限公司 |
| 駅構造 | 地下駅 |
| ホーム | 各1面2線(計2面4線) |
| 開業年月日 | 2009年9月28日 |
| 乗入路線 2 路線 | |
| 所属路線 | ■ 4号線 |
| キロ程 | 24.01 km(安河橋北起点) |
| 所属路線 | ■ 14号線 |
| キロ程 | 17.90 km(張郭荘起点) |
4号線と14号線が乗り入れている。共に島式ホーム1面2線の地下駅である。
- B2入口
- 地下鉄コンコース(2021年5月)
- 4号線ホーム(2021年1月)
- 14号線ホーム(2021年1月)
のりば
| 番線 | 路線 | 行先 |
|---|---|---|
| 4号線ホーム(地下2階) | ||
| 北方面 | ■ 4号線 | 安河橋北方面 |
| 南方面 | 公益西橋・天宮院方面 | |
| 14号線ホーム(地下3階) | ||
| 西方面 | ■ 14号線 | 麗沢商務区・張郭荘方面 |
| 東・北方面 | 善各荘方面 | |
(出典:京港地铁北京南站 )
利用状況
この節の加筆が望まれています。 |
2011年通年の旅客数は1909万人にも達した[28]。
駅周辺
- 永定門長距離バスターミナル
- 陶然亭公園
- 陶然亭プール
- 僑園飯店
バス
多くのバス路線が発着し、トロリーバスも発着している。
隣の駅
脚注
注釈
出典
- ↑ “铁道部:火车站名含"东西南北"统一改用拼音”. 2017年7月30日時点のオリジナルよりアーカイブ。2016年2月14日閲覧。
- 1 2 3 《北京南站志》编委会 (1998年8月). 北京南站志
- ↑ 颜吾佴, 颜吾艾, 许勇, 刘天善. 北京交通史 (第1版 ed.). 北京: 清華大学出版社、北京交通大学出版社. pp. 157, 245, 246頁. ISBN 978-7-81123-209-7
- ↑ “北京南站现代化交通枢纽正式投入使用”. 2009年9月24日. 2014年3月30日時点のオリジナルよりアーカイブ. 2012年8月29日閲覧.
- ↑ 北京-上海高速动车组列车
- ↑ https://skb.gaotie.cn/checi.asp?checi=D9
- ↑ https://skb.gaotie.cn/checi.asp?checi=D11
- 1 2 3 4 5 6 7 8 于音、宋卫忠,京城第一个火车站——马家堡车站考,首都师范大学学报:社会科学版2004(z2):122-126
- 1 2 3 4 “永定门火车站的三次变迁 铁轨上滚滚而去的历史”. 北晚新视觉 (2017年8月20日). 2017年8月22日時点のオリジナルよりアーカイブ。 Template:Cite webの呼び出しエラー:引数 accessdate は必須です。
- ↑ 北京铁路局志编纂委员会 (1995年10月). 北京铁路局志 (第1版 ed.). 北京: 中国铁道出版社. ISBN 9787113021009
- ↑ “马家堡 消失的老站”. 人民铁道网 (2010年12月15日). 2019年3月27日時点のオリジナルよりアーカイブ。 Template:Cite webの呼び出しエラー:引数 accessdate は必須です。
- 1 2 北京市地方志编纂委员会 (2004). 北京志·市政卷·铁路运输志. 北京: 北京出版社. pp. 147. ISBN 7-200-05098-9
- ↑ “京津城际高速列车明日从北京南站发车”. 2008年7月31日. 2010年5月18日時点のオリジナルよりアーカイブ. 2012年8月29日閲覧.
- ↑ 北京铁路分局编委会 (1996). 北京北站志. オリジナルの2020-05-08時点におけるアーカイブ。 2020年4月18日閲覧。
- ↑ “北京南站昨晚送别最后列车”. 北京日報. 2006年5月10日. 2015年2月20日時点のオリジナルよりアーカイブ. 2015年2月20日閲覧.
- ↑ “北京南站将成京沪高铁发车站 今夜开始改造”. 2006年5月9日. 2012年10月30日時点のオリジナルよりアーカイブ. 2012年8月29日閲覧.
- ↑ “8月1日起北京站至天津13对动车组将全停运”. 新华网. 新浪网. 2008年7月30日. 2022年8月8日時点のオリジナルよりアーカイブ. 2022年8月11日閲覧.
- ↑ “北京地铁4号线开通试运营 下午3时起载客运营” (中国語) (2009年9月28日). 2009年10月1日時点のオリジナルよりアーカイブ。2009年9月28日閲覧。
- ↑ “京沪高铁拟7月1日开通 北京南站每日始发69趟”. 新浪 (2011年6月21日). 2017年8月22日時点のオリジナルよりアーカイブ。 Template:Cite webの呼び出しエラー:引数 accessdate は必須です。
- ↑ “14号线新线有望周六开通” (中国語). 北京青年報. 2015年12月25日. 2015年12月27日時点のオリジナルよりアーカイブ. 2015年12月26日閲覧.
- ↑ “京津城际和京沪高铁起点北京南站明年8月投入运营”. 2007年12月18日. 2016年3月4日時点のオリジナルよりアーカイブ. 2012年8月27日閲覧.
- ↑ 杜爽 (2007年4月). “北京南铁路客运站”. 建筑创作: 72-77. オリジナルの2014-05-09時点におけるアーカイブ。 2010年4月4日閲覧。.
- ↑ ““亚洲最大火车站”北京南站八月一日正式运营”. 2008年8月1日. 2014年5月9日時点のオリジナルよりアーカイブ. 2012年8月27日閲覧.
- ↑ “北京南站雨篷玻璃幕墙安装工程完工”. 2008年6月4日. 2008年7月5日時点のオリジナルよりアーカイブ. 2012年8月27日閲覧.
- ↑ “北京南站建设工程初显“天坛”轮廓”. 2007年9月11日. 2016年3月4日時点のオリジナルよりアーカイブ. 2012年8月27日閲覧.
- ↑ ““高铁沿线游”必读:全国高铁经停站点大搜罗”. 2011年6月14日. 2012年2月1日時点のオリジナルよりアーカイブ. 2012年8月27日閲覧.
- ↑ 刘小明, 周正宇, 姜帆, 孙中阁 (2010). 《北京奥运交通丛书之四——北京奥运交通建设》. 北京: 人民交通出版社. pp. 97. ISBN 978-7-114-08522-2
- ↑ 中华人民共和国国家统计局 (2012). 中国统计年鉴2012. 北京: 中国统计出版社. ISBN 978-7-503-76351-9
関連項目
